南アフリカにおける特許分割出願に関する留意点
【詳細】
1.南アフリカにおける分割出願制度 南アフリカにおける特許分割出願は、南アフリカ共和国特許法(1978年第57号特許法)の第37条に規定されている。同(1)項の規定により、南アフリカでは、出願(「親出願」)が特許庁に提出された後、当該親出願の認可(acceptance)前であれば、新たな出願(「分割出願」)を提出することができる。また、同項では、分割出願が親出願に開示された事項の一部(part of the matter disclosed)に関するものでなければならないこと、および、分割出願の日付を親出願の提出日以降の日付に遡及させるように登録官(Registrar、日本の特許庁長官に相当)が指示できることが規定されている。
1-1.分割出願の提出期限
上述したように、親出願から分割出願を提出できる期限は、南アフリカ特許庁による親出願の認可日である。現時点において南アフリカ特許庁は未だ無審査主義を採用しているため、特許出願の方式要件が全て満たされていれば当該特許出願は認可され、出願人へのさらなる通知なしに特許が付与される。審査主義の特許庁における手続とは異なり、認可の通知の発行タイミングは予測できないため、実務上では、一般に、特許出願提出時に認可の12ヶ月の延長を請求することが推奨されている。これにより出願人は分割出願の提出期限を明確に知ることができる。延長後の認可日の時点においても分割出願を検討中という場合には、登録官への申請により当該認可日を更に延長することも可能である。
1-2.分割出願の出願日
登録官は、特許分割出願の出願日を親出願の出願日以降の日付に遡及させるよう指示することができる。実務上、南アフリカにおいては、分割出願の日付を親出願の国内段階移行日にまで遡及させる申請を行っている。このようにして遡及された日付が分割出願の有効出願日とみなされ、当該分割出願の維持年金納付期日の計算および当該分割出願に付与された特許の満了日の計算に用いられる。
2.開示された事項の一部(Part of the matter disclosed)
上述したように、1978年第57号特許法の第37条では、分割出願が親出願に開示された事項の一部(part of the matter disclosed)に関するものでなければならないと規定されている。
従来、分割出願は、国際調査報告や他国での対応出願における実体審査で単一の出願において複数の発明が開示されているとの判断がなされており、これを受けて南アフリカにおいても複数の発明の権利化を出願人が求める場合に提出される。このような場合には、分割出願の提出手続と共に、分割出願として提出する明細書に含めるべき事項を親出願から削除(分割)するために親出願の補正手続が行われる。
しかし、分割出願は、対応外国出願において取得する保護範囲が定まらない場合や、出願人が製品クレームや方法クレームといった異なるクレームセットを別々の出願で求める場合にも提出することができる。
3.分割出願に関する最高裁判決
この点、南アフリカ最高裁判所は、最近の判決(「Pharma事件」(Pharma Dynamics (Pty) Ltd v. Bayer Pharma AG (468/13) [2014] ZASCA 123))において、特許分割出願の問題を取り上げた。この判決は、分割出願および分割出願で許容されるクレームの範囲について明確な指針を与えている。
3-1. Pharma事件の概要
Pharma事件は、南アフリカの特許の特任裁判官による法廷(Court of the Commissioner of Patents of South Africa)での特許法第61条に基づく特許の取消申請(訴訟手続であるが、位置づけとしては日本の無効審判に相当)についての判決から上告最高裁判所(Supreme Court of Appeal)への上告審(特許事件についての実質、最上級審。なお、南アフリカにおける憲法解釈についての最上級審は、憲法裁判所、Constitutional Courtとなる)であり、被上告人のBayer Pharma Aktiengesellschaft(以下「Bayer」)は、避妊薬Yasminの南アフリカ特許No. 2004/4083(発明の名称:避妊薬としての用途のためのエチニルエストラジオール[EE]とドロスピレノン[DSP]との医薬的組合せ、以下「2004年特許」。これは先行する2002年特許の分割特許にあたる)の特許権者、上告人のPharma Dynamics (Pty) Ltd(以下「Pharma」)は、避妊薬Yasminに対するジェネリック医薬品を輸入・販売する許可を受けた現地のジェネリック医薬品販売業者である。
第一審の判断(特許法に定められる特任裁判官の法廷)では、2004年特許は有効であり、Pharmaの製品は当該2004年特許を侵害したと判示したが、Pharmaはこの判決を不服とし、2004年特許は下記第1、第2の理由により2002年特許の真正な分割ではなく、新規性を欠いているとして、2004年特許の無効を主張した。
3-2. Pharmaの主張および上告最高裁判所の判断
2004年特許が2002年特許の真正な分割特許ではないとする第1の理由として、Pharmaは、2004年特許の明細書本文および図面による開示内容と2002年特許の明細書本文および図面の開示内容が同じであるということを挙げた。この点に関して、最高裁判所は、先の判決(Napp Pharmaceutical Holdings Ltd v. Ratiopharm GmbHおよびNapp Pharmaceutical Holdings Ltd v. Sandoz Ltd [2009] EWCA)を引用し、本件でも同様の判断を下した。この先の判決において、上告最高裁判所は分割出願の要件に言及し、次のように述べている。
「2つの特許は互いに『分割』されたものであるため、明細書本文は実質的には同じである。相違点は、それぞれのクレーム、および分割手続の結果として変更された箇所の明細書本文にある。」
また、2004年特許が2002年特許の真正な分割特許ではないとする第2の理由として、Pharmaは、2004年特許のクレームが2002年特許のクレームと同じであるということ、すなわち、2004年特許のクレームの範囲と2002年特許のクレームの範囲とが同じであるということを主張した。しかしながら、上告最高裁判所は、クレーム範囲の解釈に基づいてこの主張を退けた。上告最高裁判所は次のように述べている。
「Bayerにより主張された2004年特許のクレームの相反する解釈(この解釈が正しいと当裁判官は認定した)によると、2004年特許のクレームは、溶解速度の高いDSP(ドロスピレノン、drospirenoneの略)をその請求の範囲に含むものであるものの、2002年特許のクレームに請求されるような溶解速度がどのように得られるかということについて請求するものではない。また、2004年特許のクレームの請求の範囲には微粒子化が含まれるものであるが、微粒子化の詳細を限定するものではない。したがって2004年クレームは2002年特許のクレームより範囲が広く、それゆえこれら2つのクレームの範囲は同じではない。」
Pharma事件から、分割出願は親出願の本文に開示された事項の一部に関するものでなければならないということが明らかとなった。また、分割特許のクレームは親特許のいずれかのクレームと同じであってはならないが、親クレームより広い範囲であってもよいということが明らかとなった。したがって、親出願と同一のクレームによる分割出願の提出は可能であるが、特許付与の前に親出願および/または分割出願を補正して、これらの要件を満たすよう注意を払う必要がある。
Pharma事件の判決によって、より狭い範囲のクレームセットで特許を受けられるように出願人が親出願を補正して権利化する一方、それと並行して分割出願としてより広い範囲のクレームを新たに提出し、その分割出願の特許付与前に他国の審査結果を反映して補正して権利化することの適法性が、裁判所の判断として確認された。