シンガポールにおける知的財産の審判等手続に関する調査
「シンガポールにおける知的財産の審判等手続に関する調査」(2020年3月、日本貿易振興機構(JETRO)シンガポール事務所知的財産部)
(目次)
A.はじめに P.2
I.目的 P.2
II.調査範囲 P.2
III.調査方法 P.3
IV.調査結果 P.4
B.審判機関と紛争解決手段
I.審判機関 P.4
II.紛争解決手段 P.6
C.特許
I.特許出願手続の概要 P.8
(特許の出願から高等裁判所へ上訴までの手続概要をフローチャートで説明している。)
II.特許出願の審査手続 P.9
(I.で示した審査手続について関連する法規とともに解説している。)
III.異議申立手続 P.10
(異議申立手続制度概要を解説している。)
IV.取消手続 P.10
(取消手続について関連する法規とともに解説している。フローチャートあり。)
V.特許無効の主張 P.15
(特許無効手続について関連する法規とともに解説している。)
VI.特許付与前および付与後に特許出願の特許性に異議を主張する他の手続 P.16
(特許付与前の第三者情報提供、特許付与後の再審査について解説している。)
VII.統計データ P.18
(2001年から2018年までの特許紛争事件統計情報(申し立てられた件数(取消手続他)、審理された件数(査定系/当時者系)、審理結果の成功率(査定系/当時者系)、上訴結果の件数)について紹介している。)
VIII.判例 P.20
(1.Sunseap Group Pte Ltd and 2 Ors v Sun Electric Pte Ltd 事件(2019)
2.Element Six Technologies Ltd v IIa Technologies Pte Ltd(2020)
3.Singapore Shipping Association and Association of Singapore Marine Industries vs Hitachi, Ltd. and Mitsubishi Shipbuilding Co., Ltd.(2019)の3件を紹介している。)
D.登録意匠
I.意匠出願手続の概要 P.22
(登録意匠の出願から高等裁判所へ上訴までの手続概要をフローチャートで説明している。)
II.意匠登録出願の審査手続 P.23
(I.で示した審査手続について関連する法規とともに解説している。)
III.異議申立手続 P.24
(紹介されている手続はない。)
IV.取消手続 P.24
(取消手続について関連する法規とともに解説している。フローチャートあり。)
V.無効手続 P.27
(紹介されている手続はない。)
VI.統計データ P.27
(2001年から2018年までの意匠紛争事件統計情報(申し立てられた件数(取消)、審理された件数、)について紹介している。)
VII.判例 P.28
(紹介されている判例はない。)
E.商標
I.商標出願手続の概要 P.29
(商標の出願から異議申立までの手続概要をフローチャートで説明している。)
II.商標出願の審査手続 P.30
(審査手続、査定系審理(口頭審理)について関連する法規とともに解説している。)
III.異議申立手続 P.31
(異議申立手続について関連する法規とともに解説している。フローチャートあり。)
IV.取消手続 P.37
(取消手続について関連する法規とともに解説している。フローチャートあり。)
V.無効手続 P.40
(取消手続について関連する法規とともに解説している。)
VI.統計データ P.41
(2001年から2018年までの商標紛争事件統計情報(申し立てられた件数(異議、無効・取消・訂正)、審理された件数(査定系/当事者系)、審理結果の成功率(査定系/当事者系)、上訴結果の件数)について紹介している。)
VII.判例 P.44
(Guccitech Industries (Private Ltd) v Guccio Gucci SpA 事件(2018)を紹介している。)
謝辞 P.46
付属書 P.46
シンガポールにおける商標制度のまとめ-手続編
1. 出願に必要な書類
出願人/代理人は、新しい商標出願を進めるために、商標出願様式TM4をシンガポール知的財産庁(Intellectual Property Office of Singapore : IPOS)に提出する必要がある。
IPOSは、標章内の外国語の英訳および音訳を自動的に生成するので、原則として出願人は提出する必要はない。ただし、自動生成が不可能な場合、出願人に要求する場合がある。
関連記事:「シンガポールにおける商標のコンセント制度」(2017.2.23)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/13205/
関連記事:「シンガポールにおける指定商品又は役務の願書への記載方法」(2014.7.22)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/6187/
2. 登録できる商標/登録できない商標
(1)登録できる商標
・単語、数字、文字、または入力された文字で構成される単語商標
・写真、画像、写実的表現で構成される図案的な商標
・図案的な要素と文字/単語/他の記号の両方を含む複合商標
・新しいタイプの商標
○3次元の形状
○包装の外観(商品が販売されている容器または容器を覆う外装を表す標章)
○色彩、音*による商標(写実的に表現できる限り、シンガポールで出願可能)
*「商標様式TM4ユーザーガイド」によると、音の商標の写実的表現として楽譜による表現が例示されており、また、出願には写実的表現とデジタルファイルの提出が必要とされる。
(2)登録できない商標
・写実的に表現できない商標
関連記事:「シンガポールにおける悪意(Bad-faith)の商標出願に関する法制度、運用および判例」(2019.2.5)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/laws/16489/
関連記事:「シンガポールの商標法における「商標」の定義の観点からの識別性」(2017.12.14)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/14326/
関連記事:「シンガポールの商標法における「認証・証明マーク」についての識別性の要件・考え方および地理的表示(GI)の保護制度との関係」(2017.12.7)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/14313/
関連記事:「シンガポールにおける周知商標の保護」(2015.3.31)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/etc/8484/
関連記事:「シンガポールにおける商号保護」(2015.3.31)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/etc/8486/
3. 出願の言語
出願に使用される言語は英語である。
商標に英語以外の言語が含まれている場合、IPOSは翻訳と音訳を自動生成するが、自動生成が不可能な場合、翻訳と音訳を出願人に要求する場合がある。
翻訳文書は、認定翻訳者によるか、辞書の抜粋または翻訳ウェブサイトによるものも提供できる。翻訳文書は、可能であれば、個別の単語/文字の意味だけでなく、全体としての意味も示す必要がある。
関連記事:「シンガポールにおける商標出願に際しての商品および役務の記述に関する留意事項」(2016.3.29)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/10417/
関連記事:「シンガポールにおける英語以外の言語を含む商標の出願」(2014.5.13)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/5952/
4. グレースピリオド
パリ条約締約国で行われた以前の出願は、シンガポールの商標出願における優先権の主張の対象となる場合がある。
優先権の主張が成功するためには、次の要件が満たされている必要がある。
(a)シンガポール出願は、優先権の基礎となる出願(基礎出願)の出願人またはその承継人によって行われなければならない。
(b)シンガポール出願は、基礎出願の商標と同じ商標でなければならない。
(c)シンガポールの出願には、基礎出願の対象となる少なくとも1つの対応する指定商品または指定役務が必要である。そして
(d)シンガポール出願は、基礎出願が条約国で最初に出願された日から6か月以内に提出されなければならない。
優先権を主張することが認められたシンガポール出願は、基礎出願の出願日(「優先日」)に遡る権利を有する。
なお、登録された商標権は出願日から10年で失効する。優先権主張をともなう商標出願の場合も、起算日は優先日ではなく出願日である。
また、商標は商標登録出願日で登録され、その日が登録日となる。
5. 審査
審査官は以下(i)~(iii)について、実体審査を行う。
(ⅰ)絶対的な拒絶理由(商標法第7条)、
(ⅱ)相対的な拒絶理由(商標法第8条)、
(ⅲ)明細書の不備
拒絶理由または不備がある場合、拒絶理由通知書が発行される。応答の期限は、拒絶理由通知の日付から4か月であり、この期限は3か月単位で延長可能である。期限内に応答または延長申請ない場合、出願は取り下げられたものとして扱われる。
商標出願に拒絶理由が発見されず、出願が認容される場合、2か月間、公開検査のために商標公報に公告される。商標出願がいずれの当事者によっても異議がない場合、商標は登録に進む。
関連記事:「シンガポールの商標関連の法律、規則、審査基準等」(2019.4.2)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/laws/16809/
関連記事:「シンガポールにおけるマドリッド協定議定書の基礎商標の同一性の認証と商品・役務に関する審査の在り方」(2017.5.30)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/13693/
関連記事:「シンガポールにおける商標出願の拒絶理由通知に対する応答」(2016.4.1)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/10419/
関連記事:「シンガポールにおける商標審査基準関連資料」(2016.2.19)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/laws/10281/
6. 出願から登録までのフローチャート
図1 出願から登録までの商標出願のフローチャートおよび解説
(IPOS Trade Marks Infopack p.18より翻訳して引用)
[権利設定前の争いに関する手続]
7. 拒絶査定に対する不服
IPOSには登録官の拒絶査定を不服とする査定不服審判制度はない。
なお、以下の9.にしめすとおり、裁判所への上訴は可能である。
8. 権利設定前の異議申立て
拒絶理由がない、または解消された商標出願は、商標公報に掲載される。利害関係人は、公開日から2か月以内に、異議申立て通知を商標様式TM11に提出することにより、商標登録に異議申立てすることができる。手順は次のとおり。
(ⅰ)商標様式TM11および異議申立ての根拠を示す陳述書をシンガポール知的財産庁へ提出する。
(ⅱ)IPOSへの提出と同時に、同じ商標様式TM11と陳述書の複写を出願人に送付する。
関連記事:「シンガポールにおける商標登録出願制度概要」(2019.7.30)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/laws/17581/
関連記事:「シンガポールの模倣被害に対する措置および対策」(2017.11.21)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/14261/
9. 上記7の判断に対する不服申立て
登録官の決定に不服がある場合、裁判所へ上訴することができる(商標法第75条)。
[権利設定後の争いに関する手続]
10. 権利設定後の異議申立て
IPOSには権利設定後に異議を申し立てる制度はない。
11. 設定された商標権に対して、権利の無効を申し立てる制度
何人も、次の方法で失効または無効の宣言を申請することにより、登録商標の取消または無効化を申請できる。
(ⅰ)商標様式TM28および無効の根拠を示す陳述書をシンガポール知的財産庁へ提出する。
(ⅱ)シンガポール知的財産庁への提出と同時に、同じ商標様式TM28と陳述書の複写を権利者に送付する。
図2 登録商標無効化フロー
(IPOS、Revoking or Invalidating a Registered Trade Markより翻訳・引用)
無効化フローの説明を以下に示す。
(1)何人も、取消または無効の申立てをすることにより、登録商標の取消または無効を求めることができる。
(2)権利者が商標の登録を維持することを望む場合、申立人から取消または無効の申立てを受け取った日から2月以内に、反論を提出する。
(2a)期限の延長を望む場合は延長申請を提出する。
(3)取消または無効の手続きは、反論が提出された日から停止される。登録官への通知は当事者が記入し、1月以内に相手方へコピーを送付する。延長を望む場合は延長申請を提出する。
(4)当事者が調停の意思を知らせた場合、調停のために訴訟手続きを一時停止する。調停のために30、60、または90日を確保できる。当事者から正当な要求がある場合、延長される。
(4a)調停の終了後、2週間以内に、調停の結果を書面で通知する。問題が解決されない場合、審理管理会議で指示をだす。
(5)手続きを再開し、証拠の提出期限を指定し、審理管理会議で取消または無効の陳述および反論の陳述に関する問題を提起する。
(6)取消または無効の陳述の申請者は、申請をサポートする証拠の陳述を提出する。
(6a)申請者は、期限の延長を望む場合は延長申請を提出する。
(7)申請者の法定陳述書を受け取った場合、権利者は反論をサポートする証拠の陳述を提出する。
(7a)権利者は、期限の延長を望む場合は延長申請を提出する。
(8)権利者の法定陳述を受け取った申請者は、権利者の法定陳述に応じて、申請者の証拠を記載した法定陳述を提出することができる。この段階の後、特に許可のない限り、さらなる証拠を提出することはできない。
(8a)申請者は、法定陳述を提出する期限の延長を望む場合は延長申請を提出する。
(9)当事者による証拠の提出が完了したのち、当事者に聴取前の事前レビューに出席するよう指示することができ、当事者に情報を提供するよう要求する場合がある。
(10)聴取の日付を通知し、当事者は、聴取の少なくとも1月前に、提出物と権限の書面を相互に交換する。
(11)聴取の後、できる限り早く、決定理由を当事者に通知する。
(12)当事者は、決定日から28日以内に、決定を高等裁判所に上訴することができる。
(13)決定後、勝者は、商標規則に基づいた費用の請求書を提出し、税務審理および費用の裁定が行われる。
関連記事:「シンガポールにおける商標権関連判例・審決例」(2017.3.21)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/precedent/13266/
関連記事:「シンガポールにおける知的財産の法的手続にかかる根拠規定と担当機関【その2】」(2015.8.4)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/8568/
関連記事:「シンガポールにおける知的財産の法的手続にかかる根拠規定と担当機関【その1】」(2015.7.28
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/8566/
関連記事:「シンガポールにおける商標権に基づく権利行使【その2】」(2015.6.9)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/8564/
関連記事:「シンガポールにおける商標権に基づく権利行使【その1】」(2015.6.2)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/8562/
12. 商標の不使用取消制度
商標法第22条(1)(Cap.332,2005 Rev. Ed.)によると、商標の登録は次の理由で取り消される場合がある。
(a)登録手続の完了日後5年以内に、登録された商品またはサービスに関して、商標が所有者によりまたはその同意を得てシンガポールにおいて業として真正に使用されておらず、不使用の正当な理由がない場合
(b)当該使用が継続して5年間にわたって中断し、不使用の正当な理由がない場合
(c)所有者の作為又は不作為の結果、登録された製品又はサービスに関して、取引において普通名称になった場合
(d)登録された商品又はサービスに関して、所有者によりまたはその同意を得てなされた使用の結果、特に当該商品又はサービスの性質、品質又は原産地に関して公衆を誤認させるおそれが生じた場合
上記のいずれかの理由が満たされた場合、上記11.「設定された商標権に対して、権利の無効を申し立てる制度」によりシンガポール知的財産庁に登録商標の無効化を申請することができる。
関連記事:「シンガポールにおける「商標の使用」の定義と証拠【その2】」(2015.5.26)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/8560/
関連記事:「シンガポールにおける「商標の使用」の定義と証拠【その1】」(2015.5.19)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/8570/
関連記事:「シンガポールにおける商標の識別力を損失した登録商標の取消制度」(2014.11.11)
シンガポールにおける周知商標の保護
【詳細】
〇シンガポールにおける周知商標の商標法上の救済
シンガポール商標法第8条(3)および第8条(4)は、周知商標の所有者が抵触する商標に異議を申し立てる、またはこれを無効にできる理由を、以下のように定めている。
シンガポール商標法第8条(抜粋)
(3)商標登録出願が2004 年7月1日より前になされ、当該商標が、
(a)先の商標と同一または類似のもの、および
(b)先の商標の保護の対象である商品またはサービスとは類似しない商品またはサービスについて登録しようとする後の商標は、次の場合は登録されない。すなわち
(i)先の商標がシンガポールで周知である場合
(ii)後の商標の登録を求める商品またはサービスに関する後の商標の使用が、その商品またはサービスと先の商標の所有者との関係を示すと思われる場合
(iii)当該使用を理由に、公衆の側に混同を生じるおそれがある場合、および
(vi)先の商標の所有者の利益が当該使用により損なわれるおそれがある場合
(4) (5)に従うことを条件として、2004年7月1日またはその以降に提出された登録出願において、商標の全体またはその重要な部分が先の商標と同一または類似する場合は、後の商標は、次の場合において登録されない。
(a)先の商標がシンガポールにおいて周知であり、かつ
(b)後の商標が使用する商品もしくはサービスは
(i)先の商標の所有者とこれらの商品、サービス間の関係を示すことができ、かつ先の商標の所有者の利益を損害するおそれがある場合、または
(ii)先の商標がシンガポールで公衆にとって周知である場合は、
(A)不正な方法で先の商標の識別的な特徴を希釈させる、または、
(B)不正に先の商標の識別的な特徴を利用する。
(5)商標登録出願が先の商標がシンガポールで周知になる前に提出された場合は、当該商標の出願は、(4)によりその登録を拒絶されないが、当該出願が悪意であることを示す場合はその限りではない。
シンガポール商標法第55条(2)、(3)および(4)は、周知商標の所有者が抵触する商標または営業標章の使用を禁じる差止命令を獲得できる理由を、以下のように定めている。
シンガポール商標法第55条(抜粋)
(2) (6)および(7)の規定に従うことを条件として、周知商標の所有者は、同一または類似の商品またはサービスに関して、全部またはその重要な部分が自己の商標と同一または類似の商標の使用が混同を生じるおそれのある場合は、その商標を業として(第三者が)同意なくシンガポールにおいて使用することを差止命令により禁止する権利を有する。
(3) (6)および(7)の規定に従うことを条件として、周知商標の所有者は、商品またはサービスに関して、全部またはその重要な部分が自己の商標と同一または類似の商標を使用することが次の場合は、すなわち、
(a)その商品またはサービスと周知商標の所有者との関係を示す可能性があり、かつ、当該所有者の利益を害するおそれがある場合は、または
(b)当該所有者の商標がシンガポールにおいて国民全体に知られている場合には、
(i)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当な方法で損なう可能性がある場合は、または
(ii)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当に利用する可能性がある場合は、その商標を業として自己の同意なくシンガポールにおいて使用することを差止命令により禁止する権利を有する。
(4) (6)および(7)の規定に従うことを条件として、周知商標の所有者は、全部またはその重要な部分が自己の商標と同一または類似の営業標章を使用することが次の場合は、すなわち、
(a)それが使用される事業と周知商標の所有者との関係を示す可能性があり、かつ、当該所有者の利益を害するおそれがある場合は、または
(b)当該所有者の商標がシンガポールおいて国民全体に知られている場合には、
(i)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当な方法で損なう可能性がある場合は、または
(ii)当該所有者の商標の識別性のある特徴を不当に利用する可能性がある場合は、その営業標章を業として自己の同意なくシンガポールにおいて使用することを差止命令により禁止する権利を有する。
(6)周知商標がシンガポールにおいて周知となる前に、当該商標または場合に応じて営業標章が使用され始めた場合は、その商標または営業標章が悪意によって使用されていない限り、当該所有者は(2)、(3)、(4)にいう権利を有さない。
(7)周知商標の所有者が,当該商標または場合に応じて営業標章がシンガポールにおいて使用されていることを知りながら、かつ、継続して 5 年にわたってその使用を黙認していた場合は、その商標または営業標章が悪意によって使用されていない限り、当該所有者の(2)、(3)、(4)にいう権利は失効する。
本稿では、商標法第55条に基づく周知商標の保護に焦点を当てていく。
〇周知商標保護の概要
周知商標は、商標法第2条(1)において以下の通り定義されている。
シンガポール商標法第2条(1)抜粋
「周知商標」とは、
(a)シンガポールにおいて周知の登録商標、または
(b)シンガポールにおいて周知でありかつ、次の者の未登録商標をいう。
(i)締約国の国民、または
(ii)そのような国に居住する者または現実かつ実際に工業的または商業的な企業を有する者当該者がシンガポールにおいて事業を営んでいるか否かまたはのれんを有しているか否かは問わない。
「締約国」とは同じくシンガポール商標法第2条(1) に定義されている。
シンガポール商標法第2条(1)抜粋
「締約国」とは,
(a)第10条及び附則3(13)において,シンガポール以外の国又は領土で,
(i)パリ条約の同盟国,又は
(ii)世界貿易機関の加盟国であるものをいう。及び
(b)本法におけるその他の規定において,国又は領土で,
(i)パリ条約の同盟国,又は
(ii)世界貿易機関の加盟国であるものをいう。
上記の定義に照らし、登録商標または未登録商標の所有者がシンガポールにおいて当該商標に関する事業を営んでいない、またはのれんを有していない場合であっても、当該登録商標または未登録商標は周知商標として認められ、第8条(3)、第8条(4)および第55条に基づく保護を受けることができる。
商標が「周知」であるかどうかを判断する際に考察すべき要素は、商標法第2条(7)に定められている。
シンガポール商標法第2条(7)
(7) (8)に従うことを条件として、本法の適用上、商標がシンガポールで周知であるかどうかの決定に際し、次の事実を含め、その商標が周知であるという推測ができるすべての事実を考慮するものとする。
(a)シンガポールにおいて公衆の、関連する分野で当該商標が知られているあるいは認知されている度合い
(b)次の継続期間、規模および地理的範囲
(i)商標の使用、または
(ii)当該商標が使用されている商品またはサービスに関する広告、宣伝、もしくは展示会または取引会での表示を含む、商標の普及促進。
(c)商標が使用されているもしくは認知されている国または領土における、登録商標の出願または登録,ならびに当該の出願または登録の継続期間
(d)何れかの国または領土において、商標における権利の成功裏の実施、および商標がその国または領土の管轄当局により周知であると認識されている範囲
(e)商標に関連する価値
商標がシンガポールにおいて「周知」であるか否かは、証拠に基づき判断される。
商標法第55条に基づき周知商標に与えられる保護には、当該商標がシンガポールで獲得している名声の大きさに応じて、二つの異なるレベルがある。すなわち「シンガポールにおいて周知」の商標と、「シンガポールにおける国民全体にとって周知」の商標である。
商標法第55条(2)または第55条(3)(a)は、「シンガポールにおいて周知」の商標を保護する。商標がシンガポールにおける関連分野にとって周知である場合、当該商標は「シンガポールにおいて周知」と見なされる(商標法第2条(8))。商標法第2条(9)に従い、「関連分野の公衆」には、下記のグループのいずれかが含まれる。
シンガポール商標法第2条(9)
(9) (7),(8)における「シンガポールにおける公衆の関連分野」は,次を含める。
(a)商標が使用されている商品またはサービスの、シンガポールにおけるすべての実際の顧客および潜在的な顧客
(b)商標が使用されている商品またはサービスの配布に関わるシンガポールにおけるすべての人
(c)商標が使用されている商標またはサービスの販売に関わるシンガポールにおけるすべての事業と企業。
第55条(3)(b)は、「シンガポールにおける国民全体にとって周知」の商標に対する追加の保護について定めている。「シンガポールにおける国民全体にとって周知」という表現は、商標法に定義されていない。City Chain Stores (S) Pte Ltd v Louis Vuitton Malletier事件([2010] 1 SLR 382)において、シンガポール控訴裁判所は、「シンガポールにおける国民全体にとって周知」の判断基準は、単に「シンガポールにおいて周知」以上のものでなければならないと強調した。かかる商標は、より高い水準で認知されていなければならず、全ての分野の公衆である必要はないが、大半の分野の公衆によって認知されていなければならない。
〇商標法第55条(2)に基づく保護
商標法第55条(2)に基づき保護を受けるには、次の要件を証明しなければならない。
(i)それらの商標が同一または類似であること
(ii)抵触する標章が同一または類似の商品またはサービスに関して使用されていること、さらに
(iii)かかる使用が混同を引き起こす可能性があること
〇商標法第55条(3)(a)に基づく保護
・商標法第55条(3)(a)の定める「要件」 商品またはサービスが同一または類似ではない場合、商標所有者は第55条(3)(a)に依拠することができる。第55条(3)(a)に基づく保護を受けるには、次の要件を証明しなければならない
(i)それらの商標が同一または類似であること
(ii)抵触する標章の使用が被告の商品またはサービスと所有者との関係を示していること、さらに
(iii)かかる使用が所有者の利益を損なう可能性があること。
同じ要件が、第8条(3)および第8条(4)(b)(i)にも適用される。
・商標法第55条(3)(a)の定める「商品またはサービスと周知商標の所有者との関係」
Novelty Pte Ltd v Amanresorts Ltd事件([2009] 3 SLR(R) 216 at [233] ;以下、「Amanresorts事件」において、シンガポール控訴裁判所は、商標法第55条(3)(a)の定める「商品またはサービスと周知商標の所有者との関係」を証明するには、混同の可能性を立証しなければならないことを明確にした。
・商標法第55条(3)(a)の定める「所有者の利益を損害するおそれ」
この要件を分析する地方裁判所の先例において考察された要素には、販売の転換、使用拡大の制限または訴訟のリスクが存在するか否かが含まれていた(Mobil Petroleum Co, Inc v Hyundai Mobis 事件([2010] 1 SLR 512)およびStaywell Hospitality Group Pty Ltd v Starwood Hotels & Resorts Worldwide, Inc.事件([2014] 1 SLR 911))。
〇商標法第55条(3)(b)に基づく保護
・商標法第55条(3)(b)の定める「要件」
第55条(3)(b)に基づく保護を受けるには、次の要件を証明しなければならない
・それらの商標が同一または類似であること
・抵触する標章の使用が、所有者の商標の識別力を不当な方法で希釈化する(損なわせる)、または所有者の商標の識別力を不正に利用するものであること。同じ要件が、第8条(4)(b)(ii)にも適用される。
・商標法第55条(3)(b)の定める「不正な方法で希釈化する」とは
商標法第2条(1)において、「希釈化」は次のように定義されている。
シンガポール商標法第2条(1)抜粋
商標に関して、「希釈化」とは、次のことがあるか否かにかかわらず商品またはサービスを識別または区別する商標の能力の減少を意味する。
(a)商標の所有者と他の当事者の間の競争、または
(b)公衆に誤認をもたらす可能性。
Amanresorts事件における控訴裁判所の判示によれば、「希釈化」は、「ぼやかし行為」による希釈化と「毀損」による希釈化の双方を指す。ぼやかし行為による希釈化は、後の商標の使用のために同一性が消失し、公衆が先の商標を連想するようになったために、商標がその登録対象の商品またはサービスを当該商標の所有者のものとして識別する能力が弱められた場合に生じる。この定義は、European Court of Justice in Intel Corp Inc v CPM United Kingdom Ltd事件([2009] ETMR 13)に示されており、Sarika Connoisseur Café Pte Ltd v Ferrero SpA事件([2013] 1 SLR 531)においてシンガポール控訴裁判所により引用された。毀損による希釈化は、「以前に消費者が当該商標に対して行っていた肯定的な関連づけを損なう否定的な方法で、商標が使用される」場合に生じる(Amanresorts事件)。
・商標法第55条(3)(b)の定める「不正に利用する」とは
この用語は商標法に定義されていない。Ferrero SPA v Sarika Connoisseur Cafe Pte Ltd事件([2011] SGHC 176:以下「Ferrero (HC)事件」)における控訴裁判所の判決によれば、「不正な利用という概念には、特に名声のある商標に便乗した明白な利用がなされる場合が含まれる。すなわち被告の商標が、周知商標の吸引力、名声および評判から利益を得る、さらに金銭的補償をせずに所有者のマーケティング努力を利用する目的で、周知商標にただ乗りする場合が含まれる……」。この問題は、控訴裁判所においては検討されなかった。
不正な利用が行われたかどうかの判断は、複数の要素に基づく包括的な評価である。Ferrero (HC)事件において裁判所が検討した要因を以下に示す。
(i)当該商標の名声の大きさ、および当該商標の識別性の度合い
(ii)係争商標の間における類似性の度合い
(iii)関連商品またはサービスの性質および近接性の度合い
(iv)その標識により当該商標が連想される速さと強さ
〇商標法第55条(4)の定める営業標章
商標法第55条(4)の規定に従い、周知商標の所有者は、自己の商標と同一または類似の営業標章の不正な使用を禁じる差止命令を獲得する権利を有する。「営業標章」は、商標法第2条(1)において次のように定義されている。
「営業標章」とは,グラフィックとして表現でき,営業を識別するために用いられる標識をいう。
営業標章の一例が、会社の名称である。
商標法第55条(4)に基づき主張可能なそれぞれの理由は、第55条(3)に基づき主張可能な理由と同じである。
〇周知商標の保護の制限
周知商標の所有者は、下記の場合には、商標法第55条に基づく差止命令を獲得できない。
(i)所有者の商標がシンガポールにおいて周知となる前に、係争商標または営業標章の使用が開始されていた場合。ただし、当該商標または営業標章が悪意で使用された場合を除く。(商標法第55条(6))
(ii)所有者が、シンガポールにおける係争商標または営業標章の使用を知りながら、連続する5年間にわたり黙認していた場合。ただし、当該商標または営業標章が悪意で使用された場合を除く。(商標法第55条(7))
(iii)工業上または商業上の業務における善良な慣行で、いずれかの者がシンガポールにおいて下記のいずれかを使用している場合
(a)自己の名称、自己の事業所の名称、自己の事業の前権利者の名称または当該前権利者の事業所の名称(商標法第55A条(1)(a))
(b)商品もしくはサービスの種類、品質、数量、用途、価値、地理的原産地その他の特性、または商品の生産時期もしくはサービスの提供時期を示す標識(商標法第55A条(1)(b))
(c)商品(特に付属品もしくは代替部品として)またはサービスの用途を示す商標(商標法第55A条(1)(c))
(iv)「抵触する」商標がシンガポールにおいて登録されており、その登録対象の商品またはサービスに関して使用されている場合(商標法第55A条(2))
(v)周知商標が第三者により、下記の方法で使用されている場合
(1)商業比較広告もしくは販売促進における正当な使用と見なされる方法により(商標法第55A条(3)(a))
(b)非商業目的で(商標法第55A条(3)(b))、または
(c)報道または時事解説を目的として(商標法第55A条(3)(c))