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シンガポールにおける意匠登録の機能性および視認性

1.背景

 

 シンガポールにおいて、意匠法第2条(1)項は「意匠」という用語について、工業的方法により物品に応用される形状、形態、模様または装飾の特徴であると定義している。原則、物品の形状、形態、模様または装飾の特徴は、登録意匠の対象となり得る。しかし、この原則にはいくつかの例外が存在する。本書では、物品の機能によってのみ定まる意匠の登録を禁じる規定について考察する。また、視認不能な意匠の登録可能性についても考察する。

 

2.機能性

 

 意匠法に基づく「意匠」の定義は、物品が果たすべき機能によってのみ定まる物品の形状または形態の特徴を明示的に除外している。このような特徴は、意匠法の規定により登録できない。本書では、このような除外を「機能的意匠の除外」と呼ぶ。

 

 機能的意匠の除外の目的は、登録意匠制度を利用して技術的解決策に対する独占権を取得できないようにすることにある。技術的解決策は、意匠法ではなく、特許法によって保護されるべきである。

 

 シンガポールにおける意匠出願は、方式審査のみを受ける。方式審査において登録官は、出願書類を一見して登録可能な意匠ではない場合には、意匠出願を拒絶する権限を意匠法により与えられている。一方、実体審査は行われないことから、意匠が登録基準を満たしているかどうかについては判断されない。つまり、機能によって定まる特性を有する意匠を出願した場合であっても、出願人はかかる意匠の登録を正式に受けることができる。このような意匠登録に対しては、有効性について異議を唱えることができるため、権利行使の場面において問題が生じる可能性がある。

 

 シンガポールにおける機能的意匠の除外の範囲は、Hunter Manufacturing Pte Ltd and another v. Soundtex Switchgear & Engineering Pte Ltd and another appeal [1993] 3 SLR(R) 1108において説明されている。この事件は、シンガポールの公営集合住宅ビルの廊下の壁に取付けられる電気メーターボックスの登録意匠に関するものであった。この電気メーターボックスは、各家庭の小型遮断器(MCB)、メインスイッチおよび電力メーターを収容するものであった。当該登録意匠の侵害について原告により訴えられた被告は、当該意匠の有効性について異議を唱えた。この上訴院の判決から、下記の原則が生まれている。

 

(a)意匠の一部の特徴が機能により決定づけられているが、他の特徴はそうではない場合、機能的意匠の除外は適用されない。機能的意匠の除外を適用するには、意匠の全ての特徴が機能により決定づけられていなければならない。上訴院は判決を下す際に、この原則を採用した英国枢密院事件のInterlego AG v. Tyco Industries Inc [1998] RPC 343を引用した。

 

(b)意匠が「機能によってのみ定まっている」かどうかは、当該意匠を創作する創作者の目的によって決まる。創作者が物品の機能を確保するためだけに意匠を選択した場合には、当該意匠は「機能によってのみ定まっている」こととなる。したがって、創作者が機能的な目的のみを念頭に置き、美的な目的などの機能以外の目的を考えなかった場合には、機能的意匠の除外が適用される。この原則は、AMP Inc v. Utilux Pty Ltd [1972] RPC 103において英国貴族院が認定したものであった。

 

(c)同じ機能を果たす他の意匠が存在する場合であっても、意匠は「機能によってのみ定まる」可能性がある。シンガポール上訴院は判決を下す際に、AMP Inc v. Utilux Pty Ltdを再び引用した。当該事件において貴族院は、同じ機能を果たすことのできる他のいかなる形状も存在しない状況であれば、形状は機能によってのみ定まるという主張を退けた。貴族院は、仮にそのような状況が「機能によってのみ定まる」ことを意味するのであれば、一つの形状しか機能しない状況を想像することは難しいため、機能的意匠の除外の範囲はほぼ消滅するだろうと述べた。

 

(d)登録意匠が侵害されているかどうかは、二段階のテストにより判断される。まず、新規性の陳述、関連する先行意匠および機能的意匠の除外を考慮して、登録意匠の本質的または重要な特徴を特定する。次に、登録意匠と被疑侵害とを比較して、第一段階で当該意匠の要部として特定された全ての特徴が被疑侵害に視覚的に組み込まれているかどうかを判断する。登録意匠は、新規な特徴か新規ではない特徴かを問わず、全ての特徴を含めた全体として考察されなければならず、比較の際にも全体として考慮されなければならない。被疑侵害意匠が、全体として考察された登録意匠と実質的に異なっている場合、侵害は存在しない。ただし、比較を実施する際に、機能によってのみ定まる特徴、形状または形態は、除外されなければならない。

 

3.視認性

 

 現行の意匠法が制定される前、シンガポールの旧意匠法は、登録意匠が完成品において視覚に訴え、視覚によってのみ判断される特徴(以下「審美性」)を備えていなければならないと定めていた。これは登録意匠に関する旧英国法に基づく要件を反映していた。

 

 審美性はもはや意匠法に基づく要件ではない。ただし、審美性の要件がないとしても、登録意匠として保護を受けるには、意匠が視認可能であることを裁判所は引き続き要求すると思われる。先に引用したHunter Manufacturing Pte Ltd and another v. Soundtex Switchgear & Engineering Pte Ltd and another appealの上訴院判決の第30項は、次のように述べている。

 

 「明らかに、制定法上の定義に基づき完成品に応用される「意匠」の本質は、視覚的に認識される特徴、すなわち物品に具体的な外観を与える形状、形態、模様または装飾の特徴で構成される。物品に応用される視覚的特徴というこの概念は、登録意匠制度の基礎をなすものであり、登録意匠制度は、機能的意匠またはアイディアおよび発明とは対比される、美的価値の保護に関するものであり、これに限定される。」

 

 物品の内部構造の意匠または小さすぎて肉眼では見えない意匠など、視認不能な意匠について明示的に取り上げているシンガポールの事件は存在しない。しかし、意匠は視覚的に認識できるものでなければならないという考えを、シンガポールの裁判所が容易に放棄するとは思えない。

 

 物品の外部から直接見えない意匠に関しては、このような意匠が登録可能であると判示した古い英国の事件が存在する。

 

・Ferrero and CSpa’s Application [1978] RPC 473: チョコレート製イースターエッグの意匠は、当該意匠の一部が卵の内部の外観で構成されており、かかる内部の外観は卵を壊すまでは見えないにも拘わらず、登録可能と判示された。

 

・KK Suwa Seikosha’s Application [1982] RPC 166:デジタル腕時計の表示盤の模様は、腕時計のスイッチを入れなければ視認可能にならないにも拘わらず、登録可能と判示された。

 

 隠れた意匠の場合、物品の使用時に視認できれば登録可能であると理解される。このような「内部の」意匠は、販売時に視認可能な物品外部の意匠と同様に、物品を購入する需要者の意思決定に影響力を及ぼす可能性がある。しかしながら、シンガポールの裁判所がこのような事件をどう取扱うかは、予断を許さない。