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フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(前編から続く)

5. 請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1. 対比の一般手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、クレームされた発明と引用した先行技術を比較して、一致点と相違点を確認する手順については、明確には記載されていない。しかし、審査官による実務としては同一性テストを採用することが規定されており(第II部第7章第4節第5項5.5)、日本における実務と違いはないと考えられる。

 新規性の評価には、厳格な同一性テストが要求される。新規性を否定するためには、先行技術を開示した一つの文献が、クレームされた発明の各要素を開示していなければならない。均等物は、進歩性の評価においてのみ考慮される。

5-2. 上位概念または下位概念の引用発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念または下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第7項7.4

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、上位概念または下位概念の引用発明の認定について規定があり、日本における実務と同じ考え方がなされている。

 新規性を検討する際には、通常、一般的な開示(上位概念)は、その開示の条件に該当する具体例(下位概念)の新規性を否定することはないが、具体的な開示はその開示を包含する一般的な請求項の新規性を否定することを念頭に置くべきである。例えば、銅の開示は、一般的概念としての金属の新規性を否定することになるが、銅以外の金属の新規性を否定することにはならない。リベットの開示は、一般的概念としての締結手段の新規性を否定するが、リベット以外の締結手段の新規性を否定することにはならない。

5-3. 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法は、明確には記載されていない。上位概念または下位概念の引用発明の認定は、5-2.を参照されたい。

5-4. 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第7項7.3

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法は、明確には記載されていないが、「新規性を判断する際には、先行文献は、文献の公開日に当業者が読んだであろうように読まれるべきである」と規定されている。したがって、出願時の技術常識を参酌する日本における実務とは異なると考えられる。

6. 特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.8

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合のクレームの解釈について明確には記載されていないが、装置等を作用的に特定するクレームの解釈については規定があり、日本の実務に近い考え方であると解される。

 クレームが「工程等を実施するための装置」のような文言で始まる場合、これは単に工程を実施するのに適した装置を意味すると解釈されなければならない。クレームに規定された特徴をすべて備えているが、記載された目的には適さないか、またはそのように使用するためには改変が必要であるような装置によって、通常、クレームの発明は新規性を否定されない。

6-2. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.8、4.9、4.9a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、用途限定のあるクレームの解釈について規定があり、日本における実務と同じ考え方であると解される。

 特定のプロセスにおいて使用される装置または物質に関するクレームは、そのようなプロセスにおける装置または物質の使用に限定されたクレームと解釈されるべきであり、したがって、その新規性は、そのような使用に対する開示によってのみ否定される。

 同じく、特定の用途のための物質または組成物に対するクレームは、記載された用途に実際に適している物質または組成物を意味するものと解釈されるべきである。クレームで定義された物質または組成物と一応同じであるが、記載された用途には適さないような形態である既知の製品は、クレームの新規性を阻却することはないが、既知の製品が、その用途について記載されたことはないが、記載された用途に実際に適している形態である場合は、クレームの新規性を否定することになる。

6-3. サブコンビネーションの発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、クレームにおけるサブコンビネーションの発明の認定について明確には記載されていないが、複数の構造物の組合せからなる発明の留意事項については解説がなされている(第II部第7章第3節第4項4.8a)。

 物理的装置に関するクレームが、その装置を使用する際の特徴を参照して発明を定義しようとする場合、明確さが欠如する可能性がある。これは特に、クレームが装置自体を定義するだけでなく、クレームされた装置の一部ではない2番目の構造物との関係も特定する場合に当てはまる(例えば、エンジン内の位置によって特徴づけられるエンジン用のシリンダーヘッド)。

 2つの装置の組み合わせに対するクレームの構成要素を検討する前に、出願人は通常、2番目の装置との関係によって定義されていたとしても、最初の装置自体について独立して保護を受ける権利があることを常に認識する必要がある。多くの場合、最初の装置は2番目の装置とは独立して製造および販売できるため、通常は、クレームを適切に表現することで独立した保護を得ることができる。

 最初の装置を明確に定義することができない場合、最初と2番目の装置の組み合わせよりなるクレームを考えるべきである(例えば、「シリンダーヘッドを備えたエンジン(engine with a cylinder head)」または「シリンダーヘッドを含むエンジン(engine comprising a cylinder head))。

6-4. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.7b

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、製造方法によって生産物を特定しようとする記載があるクレームの解釈について規定があり、実質的に日本における実務と同じ考え方であると解される。

 製造方法に基づいて定義された物についてのクレームは、そのような物が特許要件、すなわち、新規性および進歩性を満たす場合にのみ認められる。物は、単に新しい製法によって製造されるという事実によって新規性が付与されるわけではない。製造方法によって物を定義するクレームは、そのような物に関するクレームとして解釈され、クレームは、「製法Yによって得られた製品X(Product X obtained by process Y)」ではなく、「製法Yによって得ることのできる製品X(Product X obtainable by process Y)」またはそれと同等の表現をとることが望ましい。

6-5. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.7a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、数値限定を用いて発明を特定しようとする記載があるクレームは、例外的に認められる場合があることが規定されている。

 発明が、化学化合物に関する場合、クレームは様々な方法で定義することができる。化学式によって定義する方法、(より明確な定義が不可能な場合は)プロセスの産物として定義する方法、または、例外的にパラメータによって定義する方法がある。

 パラメータとは、特性値のことで、直接測定可能な特性値(例えば、物質の融点、鋼材の曲げ強度、導電体の抵抗値)である場合もあれば、複数の変数の複雑な数学的組み合わせとして数式の形で定義される場合もある。

 化合物を、そのパラメータのみによって特徴付けることは、原則として許されない。ただし、発明が他の方法で適切に定義できない場合、すなわち、達成される結果とは無関係に、それらのパラメータが当該技術分野で通常使用されており、明細書中の表示または当該技術分野で通常使用されている客観的手順によって明確、かつ確実に決定できる場合には、パラメータを使用することが認められる場合がある。これは、例えば、高分子鎖の場合に起こり得る。また、パラメータによって定義されるプロセスに関連する特徴にも、同じように適用される。

 通常とは異なるパラメータや、パラメータを測定するためのアクセス不可能な装置が採用されている場合は、新規性の欠如を偽装している可能性があるため、精査する必要がある。

7. その他
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはフィリピンの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

 特になし

シンガポールにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の新規性については、シンガポール特許法第14条に規定されている。

第14条 新規性
(1) 発明は、それが技術水準の一部を構成しない場合は、新規とみなされる。
(2) 発明の場合の技術水準とは、その発明の優先日前の何れかの時点で書面若しくは口述による説明、使用又は他の方法により(シンガポールにおいてか他所においてかを問わず)公衆の利用に供されているすべての事項(製品、方法、その何れかに関する情報又は他の何であるかを問わない)を包含するものと解する。
(3) 特許出願又は特許に係わる発明の場合の技術水準とは、次の条件が満たされるときは、その発明の優先日以後に公開された他の特許出願に含まれる事項をもまた包含するものと解する。
(a) 当該事項が当該他の特許出願に、出願時にも、公開時にも、含まれていたこと、及び
(b) 当該事項の優先日が当該発明の優先日よりも早いこと
((4)以下省略)

 新規性に関する審査基準については、シンガポール特許審査ガイドライン(以下、「シンガポール特許審査基準」という。)の「第3章 新規性」に規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。
第3章 新規性
A. 法廷要件(3.1-3.4)
B. 先行技術(3.5-3.10)
  i. 第三者による自明性(3.11-3.17)
C. 先行開示(3.18-3.24)
D. 実施可能性(3.25-3.29)
E. 公開物(3.30-3.38)
F. 黙示的開示(3.39-3.41)
G. 必然的な開示(3.42-3.48)
H. 誤った引用(3.49-3.53)
I. 予測される開示(3.54-3.56)
J. 範囲の予測性(3.57-3.59)
K. パラメータクレームの予測性(3.60-3.61)
L. 用途クレームの予測性(3.62-3.72)
M. 先行使用(3.73-3.79)
N. 第14条 (3)に基づく先行技術(3.80-3.84)
O. 優先日(3.85-3.109)
P. 新規性の例外(グレースピリオド)(3.110-3.125)
  i.学会(3.126-3.128)

2. 基本的な考え方
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.1-3.4

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準では、日本の審査基準で規定されるような審査官の具体的な審査手順は規定されておらず、裁判例に基づいたクレームや新規性の解釈および考え方が主に述べられている。

 シンガポール特許審査基準によれば、発明が、技術水準の一部を形成しない場合は、新規性があると見なされる。具体的な特徴の組み合わせが、先行技術ですでに開示されている場合、クレームで定義された発明は新規性がない(第3章3.1-3.3)。

 新規性の判断について、シンガポールの裁判所は一般的に英国の判例に従ってきた。英国のアプローチに関する最新の解説(SmithKline Beecham Plc’s (Paroxetine Methanesulfonate) Patent [2006] RPC 10)では、英国貴族院の判断として、事前開示と実施可能性の2つが予測性の要件とされている。この2つは別々の概念で、独自の規則があり、それぞれに充足する必要がある(第3章3.4)。

3. 請求項に記載された発明の認定
3-1. 請求項に記載された発明の認定

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.5-2.8、第5章5.45、5.74

(2) 異なる事項または留意点
 特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または場合により特許明細書に含まれる説明および図面により解釈されたクレームにおいて指定された発明であると解され、かつ特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される(第2章2.5-2.7)。

 審査の過程では、常に目的論的アプローチが取られるべきである。クレーム解釈は、法律問題であって、特許権者自身が実際に言わんとしていることとは関係がない。クレームの文言から、当業者であれば、特許権者の意図をどのように理解するかを判断する目的で、解釈されるべきである(第2章2.8)。

 クレームの単語を解釈する際は、まず、それらの単語の意味が、発明の時点で当業者が通常考えたはずの意味を持つと想定すべきである。書き手が特別な意味を与えた用語については、そのことを考慮に入れる必要がある(第2章2.37)。

 シンガポール特許法第113条では、与えられる保護の範囲は、特許明細書に含まれる説明および図面によって解釈される出願のクレームに従って決定されると定めている(第5章5.74)。

 シンガポールでは、クレーム解釈においては目的論的な手法が取られている。審査官はクレーム解釈において、明細書の本文、図面および技術常識を考慮する。

 シンガポール特許法第25条(5)(b)では、クレームは明確かつ簡潔でなければならないと規定している。当業者にとって、使用されている文言を理解するのが難しいかどうかが、明確性の基準である(Strix Ltd v Otter Controls Ltd [1995] RPC 607)。この要件は、クレーム全体にも、個々のクレームにも適用される(第5章5.45)。

 明細書の本文、図面および技術常識を考慮しても、クレームが不明確な場合、審査官が調査を実施しない場合もあるので注意が必要である。

3-2. 請求項に記載された発明の認定における留意点
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.5-2.7、第5章5.76

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、クレーム解釈においては目的論的な手法が取られており、審査官は、クレームに焦点を当てて特許の範囲を判断する。クレームと明細書の本文および図面との間に何らかの矛盾があり、保護の範囲に不確実性が生じれば、明確性違反の拒絶理由が通知される。

 先に述べたように、特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または場合により特許明細書に含まれる説明および図面により解釈されたクレームにおいて指定された発明であると解され、かつ特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される(第2章2.5-2.7)。

 補正の結果として、明細書の本文や図面の中に、クレームと矛盾する具体的な実施例や記載があり、その矛盾が、出願人が求める保護の範囲に疑いを投げかける場合は、明確性違反の拒絶理由を通知すべきである。この拒絶理由を(通知された場合)どのように克服するかは出願人次第であり、一般に最もシンプルな方法は、クレームの範囲に含まれなくなった主題を削除することであるが、その主題が発明の実施例の構成要素でないことが明細書の本文で明らかになっていれば、その主題を保持することもできる(第5章5.76)。

4. 引用発明の認定
4-1. 先行技術
4-1-1. 先行技術になるか

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.2、3.35-3.36

(2) 異なる事項または留意点
 発明における技術水準には、当該発明の優先日以前のいずれかの時点で、書面、口頭説明またはその他の方法によって(シンガポールか他国かを問わず)公開されたすべての事項(生産物、方法、そのいずれかまたはそれ以外のものに関する情報)が含まれると解釈される。

 特許出願または特許に係る発明における技術水準には、以下の条件を満たす場合、当該発明の優先日以降に公開された別の特許出願に記載された事項も含まれると解されるべきである(第3章3.2)。
 (a) 当該事項が、別の特許出願の出願時点と公開時点の両方で記載されていた、
 (b) 当該事項の優先日が、発明の優先日よりも早い。

 シンガポールでは、時や分に関する基準は定められていないが、時差については、先行技術公開の判断において考慮され、シンガポール時間(GMT +8)が適用される(第3章3.35-3.36)。

4-1-2. 頒布された刊行物に記載された発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(1)刊行物に記載された発明」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.32

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、不完全な先行技術に関する具体的な規制はなく、刊行物の記載に基づいて先行技術が認識されるという明確な基準も定められていない。審査基準では、発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になると規定されている。したがって、不完全であっても、あるいは刊行物の記載でなくても、公開され次第、先行技術になる。

 開示された発明は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない。文献は、閲覧のために料金が必要であっても、公開されていることになる。また、文献が実際に公衆の一人に読まれたことを証明する必要はなく、公衆による当然の権利として閲覧が可能であれば、その文献は公開されたものと見なされる(第3章 3.30、3.32)。

4-1-3. 刊行物の頒布時期の推定
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.33

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールには、特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1の「(2)頒布された時期の取扱い」で定めているような具体的な基準はない。資料に公開日があれば、その日付が公開日として使用される。ネット上の資料に公開日がなければ、WayBack Machineを使用して公開日を証明する。

 時差は、先行技術の公開を判断する際に考慮される。例えば、米国時間の2015年2月7日にUSPTO(GMT -5)に出願された米国出願を基礎とする優先権を主張したシンガポール特許出願について、先行技術がインターネットによってシンガポール時間の2015年2月7日の午前9時に公開されたとすると、この先行技術はシンガポール時間(GMT +8)では、シンガポール特許法第14条(2)に基づいて技術水準となる。なぜなら、先行技術のインターネットによる公開の日は、GMT -5のタイムゾーンでは2015年2月6日であったということになり、米国基礎出願の出願日よりも早いからである(第3章3.33)。

 先に述べたように、発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない(第3章3.30)。

 公開日が文献に示されている場合(例:特許や公報にある公開日)は、それが公開日と見なされる。この公開日に出願人が異議を唱える場合は、反対の証拠が必要になる。インターネット上の日付は問題をはらんでいるかもしれないが、一般にウェブページと関連していれば、実際の公開日と見なすことができる。一方、ウェブページが明確に公開日を表示していない場合、審査官はWayBack Machineのようなネット上のアーカイブ・データベースを使用して、ウェブページがいつ公開されたについての証拠を提示できる(第3章3.33)。

4-1-4. 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.32-3.33

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準では、あらゆる公開に関する一般的な基準が示されており、電気通信回線を通じた公開に限定された記載はない。
 発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない(第3章3.30)。
 文献は、閲覧のために料金が必要であっても、公開されていることになる。また、文献が実際に公衆の一人に読まれたことを証明する必要はなく、公衆による当然の権利として閲覧が可能であれば、その文献は公開されたものと見なされる(第3章3.30、3.32)。
 公開日が文献に示されている場合(例:特許や公報の記事にある公開日)は、それが公開日と見なされる(第3章3.33)。

4-1-5. 公然知られた発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30-3.31、3.110

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、出願日に先立つ12か月の間に、不法にまたは守秘義務に違反してなされた開示は、先行技術から除外される。秘密として保持しようとする発明者の意図にかかわらず「公然知られた発明」になる日本とは異なる。

 発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。公衆の一人に対して、抑制的な束縛なく伝えることで、公開されたとするのに十分である(Bristol-Myers Co.’s Application [1969] RPC 146)。同様にMonsanto (Brignac’s) Application [1971] RPC 153事件の判決では、開示に対する制限なく、同社が販売員に文献を渡したことで、それを公開したと判断されている(第3章3.30-3.31)。

 発明を構成する事項の開示は、特許出願日直前の12か月が始まった後に、当該事項が不法にまたは守秘義務に違反して取得された結果として行われた場合は無視される(第3 章3.110)。

4-1-6. 公然実施をされた発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施をされた発明(第29条第1項第2号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、公然実施をされた発明に関する具体的な基準はないが、先使用に関する類似の基準はある。

 シンガポール特許法第14条に定める技術水準には、先使用によって公開された事項が含まれる。特に、先使用は公にされる必要があり、秘密の使用は含まれない(秘密の先使用者の権利は、第71条で保護される)。コモンローおよび衡平法に基づき、少なくとも、自由に利用できる立場にある公衆の一人に情報が公開されていなければならない(PLG Research Ltd v Ardon International Ltd [1993] FSR 197)。ただし閲覧者に守秘義務がある場合は、発明が開示されたとは解釈されない(J Lucas (Batteries) Ltd v Gaedor Ltd [1978] RPC 297)(第3章3.73)。

(後編に続く)

シンガポールにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(前編から続く)

5. 請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1.  対比の一般手法

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.12、2.5、第3章3.20、3.26、3.3、3.4

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準には、日本の審査基準にあるような審査官の具体的な審査手順は規定されておらず、裁判例に基づいたクレームや新規性の解釈および考え方が主に述べられている。

 新規性の判断について、シンガポールの裁判所は英国の判例に従ってきた。英国のアプローチに関する最新の解説(SmithKline Beecham Plc’s (Paroxetine Methanesulfonate) Patent [2006] RPC 10)では、英国貴族院の判断として、事前開示と実施可能性の2つが予測性の要件とされている。この2つは別々の概念で、独自の規則があり、それぞれに充足する必要がある(第3章3.4)。

 すなわち、シンガポールでは開示の予測性の要件として、事前開示と実施可能性の2つがあるが、事前開示については、対象となるクレームのすべての特徴が、先行技術で開示されているかを検討する(第3章3.20)。実施可能性については、当業者が当該発明を実施できなければならない(第3章3.26)。

 特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または特許の明細書のクレームにおいて指定された発明であると解される(第2章2.5)。

 文献によってクレームの新規性が否定されるのは、クレームのすべての特徴が開示されている場合に限られる。クレームに、同等または追加の特徴が含まれる場合、通常は自明性の問題になる(第2章2.12)。

 具体的な特徴の組み合わせが、先行技術ですでに開示されている場合、クレームで定義された発明は新規性がない(第3章3.3)。

 したがって、新規性の規定では、対象となるクレームのすべての特徴が、先行技術で開示されているかを検討する。一般に事前開示については、クレームで特定されるすべての特徴が開示されている場合に限って、新規性が否定される。技術的に同等または追加的な特徴がクレームに含まれている場合は、自明の拒絶理由のほうが適切である(第3章3.20)。

5-2.  上位概念または下位概念の引用発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念または下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.54-3.56

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、先行技術で下位概念の特徴が開示されると、上位概念のクレームは新規性が否定される。先行技術で上位概念の特徴が開示されても、下位概念のクレームは新規性が否定されない。

 クレームは、その範囲に含まれるものの事前開示がある場合に、新規性を欠く。よって、代替物を参照して発明を定義している場合、代替物のうちの一つが既知であれば、クレームは新規性がない。例えば、銅製コイルばねが開示されることで、後の金属製コイルばねのクレームが予測される。このような場合は、権利範囲からの除外によって、新規性喪失の拒絶理由を克服することが可能である。一方、上位概念の先行技術の開示は、一般に、後の下方概念のクレームを予測しない。したがって、金属製コイルばねによって、銅製コイルばねが後にクレームされるとは予測されない(第3章3.54-3.56)。

5-3.  請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールの特許審査基準には、数値範囲に関しては、類似する基準がある。
 パラメータによって発明を数値範囲内に限定するクレームの新規性について考える場合、その範囲内または限界点にある一つの例が既知である場合、クレームに係る範囲は新規性がない。上位概念の範囲内にある下位概念が、先行技術で明確に言及されていない場合に、下位概念の数値範囲を選択することで、クレームに係る発明を特徴づけることもできる。下位概念の範囲の新規性を証明するには、選択された範囲が狭く、例示によって、既知の上位概念の中から十分に特定されるものでなければならない。下位概念の範囲内における特定の技術的効果の有無は、進歩性を判断する際に考慮すべき事項に該当すると思われ、新規性判断の際に考慮されるべきではない(第3章3.57-3.59)。

5-4.  対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.24

(2) 異なる事項または留意点
 出願時の技術常識を参酌する手法は、日本と同じ考え方がシンガポールの審査においても適用されていると考えられる。

 技術常識を有していることが当業者の最も重要な側面の一つであり、当業者を特徴づけるものであると言っても過言ではない。目的論的な解釈では、当業者が明細書を解釈する際に使用するのがこの技術常識であり、そうした背景や状況を踏まえて、当業者の立場から先行技術を解釈する(第2章2.24)。

6. 特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1.  作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.39、3.42-3.43

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールには、「機能、特性等の記載により、クレームに係る発明と先行技術との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合、クレームに係る発明の新規性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いたときに限り、審査官は、新規性が否定される旨の拒絶理由通知をする」のような具体的な基準はない。

 先行技術は、当業者の目を通して解釈され、その結果、文献の黙示的な特徴が新規性判断の目的で考慮されることもある。よって、当業者であれば、具体的に言及されていない特徴が、開示に含まれると解釈するであろうと考えられる場合は、開示に含まれる黙示的な特徴と見なされる(第3章3.39)。

 General Tire v Firestone事件の判決にあるように、先の公開に含まれる指示を実行すると、必然的にクレームの侵害になる物が作られたり、侵害になる事が行われたりする場合、クレームに係る発明は新規性がない。これは、特にパラメータを参照して発明を定義するクレームと関連する。黙示的な特徴とは区別されるかもしれないが、この場合、当業者は、特徴が先行技術で開示されているとは解釈せず、先行技術の教示を繰り返せば、必然的にその結果が得られることになる。例えば、開示において特定のパラメータが示されていない場合でも、実行すると、必然的にクレームの範囲内に入る場合、その開示によって、方法または生産物が予測される。ただし、先行技術の教示が、クレームに係る発明を必然的にもたらすという判断は、妥当な推論に基づかなければならない(第3章3.42-3.43)。

6-2.  物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.63-2.65、第3章3.62-3.64

(2) 異なる事項または留意点
 用途限定がある場合のクレーム解釈は、日本と同じ考え方がシンガポールの審査においても適用されていると考えられる。

 特定の用途がある装置または材料のクレームは、通常、その用途に適した装置または材料のクレームと解釈される(Adhesive Dry Mounting Co Ltd v Trapp and Co [1910] 27 RPC 341; G.E.C’s Application [1943] RPC 60)。したがって、「~用の生産物」というクレームでは、特定の装置または材料が、定義された用途に適していることが要求されると解釈される(第2章2.63)。

 しかし、特定の用途に適しており、その態様で使用されても、その装置のクレームの範囲は限定されない(L’Air Liquide Societe’s Application 49 RPC 428)。したがって、先行技術文献において、当該発明が有する特徴のすべてが開示され、その用途にも適していると思われる場合は、新規性を否定する開示となる。一方、既知の生産物が、クレームで定義された材料や組成と同じであるが、記載された用途には明らかに適さない形式の場合、クレームの新規性は失われない。同様に、物理的な変更をしなければ、記載された用途では使用できない装置は、特定の用途には適さない(第2章2.64)。

 「X、Y、Zの特徴からなる魚釣り用のフック」というクレームに関しては、魚釣りに使用できるX、Y、Zの特徴からなるフックであれば、先行技術において魚釣りに使用すると記載されているか否かにかかわらず、クレームが予測されることになる。「hook for fishing」(魚釣り用のフック)を補正で「fishing hook」(魚釣りのフック)にしても、本質的には同じ意味であり、クレームは救われない。しかし、X、Y、Zの特徴からなるクレーンのフックは、魚釣りのフック(釣り針)としての使用に適さない物理的な制限(寸法や重量)を有しており、クレームの範囲から除外される(第2章2.65)。

 既知の装置の新たな使用方法は、新規性があると見なされる場合がある。これはParker J in Flour Oxidizing Co Ltd v Carr and Co Ltd(25 RPC 428)の判決で確立されている。ただし、新たな使用に対する独占を制限するようなクレーム形式にしなければならない。

 特定の用途(例:他のクレームの方法を実行するため)の装置に関するクレームは、通常、その用途に適した装置に対するクレームと解釈される。すなわち用途は、その態様で使用されても、装置に対するクレームを制限しない(L’Air Liquide Societe’s Application 49 RPC 428)。よって、クレームで特定される機能をすべて有し、その用途に使用される装置は、異なる用途で使用されても、クレームは予測される。「魚釣りフック」と「魚釣り用のフック」は本質的には同等であり、この用途に適したフックを開示する引用文献では、いずれかの形式を用いたクレームが予測される(第3章3.62-3.64)。

6-3.  サブコンビネーションの発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、「他のサブコンビネーション」に関する具体的な基準はないが、他のサブコンビネーションに関する新規性判断の目的で、黙示的な特徴が考慮される。

 先行技術は当業者の目を通して解釈され、その結果、文献の黙示的な特徴が新規性判断の目的で考慮されることもある。よって、当業者であれば、具体的に言及されていない特徴が、開示に含まれると解釈するであろうと考えられる場合は、開示に含まれる黙示的な特徴と見なされる。

 例えば、内燃機関の冷却システムの制御装置を開示する場合、システムにあるラジエーターやその他の熱交換器には言及しないかもしれないが、それが必要であることは常識である。したがって、引用文献でこの特徴が特定されない場合でも、新規性違反の拒絶理由は通知され得る。一方、ラジエーターは内燃機関の前方に取り付けるのが一般的な方法であるが、必ずしもそうであるとは限らない。こうした状況では、この特徴を具体的に開示していない引用文献に基づいて、新規性違反の拒絶理由を通知することはできない(第3章3.39-3.41)。

6-4.  製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.73-2.74

(2) 異なる事項または留意点
 方法による生産物の特定に関しては、シンガポールの基準は全般的に日本の基準と似ていると言える。

 限定的な状況では、方法によって生産物を定義することができる。構造、組成、特性、その他の手段(生産物の構造や組成が不明の場合)を参照して、その生産物を十分に特徴づけることができない場合、プロダクト・バイ・プロセス・クレームを使って生産物をクレームすることが認められるものと思われる。審査において、このようなクレームは、クレームに記載された製造方法に起因する特徴を有する、生産物それ自体に関するクレームと解釈されるべきである。例えば、「鉄のサブパネルとニッケルのサブパネルを溶接することで作られる2層構造のパネル」というクレームでは、先行技術に照らして特許適格性を判断する際に、審査官は「溶接」という方法を考慮に入れるであろう。なぜなら、溶接は、最終的な生産物において、溶接以外の方法で生産された生産物とは異なる物理的特性をもたらすからである。すなわち、生産物は、方法のステップのみで定義され得る(第2章2.74)。

 方法によって得られる生産物に関するクレームに関して、「方法Yによって得られるまたは作成される生産物X」は、「得られる」、「得ることができる」、「直接得られる」など、どのような言い回しであるかにかかわらず、生産物それ自体に関するクレームと解釈されるのが普通である(Kirin-Amgen Inc v Hoechst Marion Roussel Ltd [2005] RPC affirming EPO law, i.e., Decision T 150/82 International Flavors and Fragrances Inc. [1984] 7 OJEPO 309)。このようなクレームは、先行技術の生産物が、仮に未開示の方法で作られたとしても、クレームに係る生産物と同じまたは区別がつかないように見える場合は、新規性がない。プロダクト・バイ・プロセス・クレームで定義される生産物の特許適格性は、生産の方法によって左右されない。したがって、生産物は、新たな方法によって生産されたという事実のみによって新規性があるとされるわけではない(第2章2.73)。

6-5.  数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.57

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、範囲が狭いまたは具体的な特徴が先行技術で開示されている場合、より一般的な(上位概念の)クレームの新規性が否定される。一般的な特徴が先行技術で開示されている場合、より範囲が狭いまたは具体的なクレームの新規性は否定されない。

 パラメータによって発明を数値範囲内に限定するクレームの新規性について考える場合、その範囲内または限界点にある一つの例が既知である場合、クレームに係る範囲は新規性がない。上位概念の範囲内にある下位概念が、先行技術で明確に言及されていない場合に、下位概念の数値範囲を選択することで、クレームに係る発明を特徴づけることはできる。下位概念の範囲の新規性を証明するには、選択された範囲が狭く、例示によって、既知の上位概念の中から十分に特定されるものでなければならない。下位概念の範囲内における特定の技術的効果の有無は、進歩性を判断する際に考慮すべき事項に該当すると思われ、新規性判断の際に考慮されるべきではない(第3章3.57)。

7. その他
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはシンガポールの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

7-1.  グレースピリオド中の開示
 シンガポール特許法第14条(4)~(6)では、ある一定の事項について、一定の条件下で、かつ12か月の「グレースピリオド」中の開示は無視されると規定している(第3章3.110-3.125)。すなわち、特許または特許出願において発明を構成する事項の開示は、当該特許出願の出願日直前の12か月の期間が始まった後に生起し、かつ第14条(4)~(6)の条件を満たす場合は、無視される。