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シンガポールにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の進歩性については、シンガポール特許法第15条に規定されている。

第15条 進歩性
発明は、それが第14条(3)を考慮に入れずに第14条(2)のみに基づいて技術水準の一部を構成する何れかの事項に鑑みて当該技術の熟練者にとって自明でない場合は、進歩性があると認められる。

 審査基準については、シンガポール特許審査ガイドライン(以下、「シンガポール特許審査基準」という。)の「第4章 進歩性」に規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。

第4章 進歩性
A. 法定要件(4.1-4.3)
B. 基本的な考え方(4.4-4.14)
C. 後知恵の回避:進歩性テスト(4.15-4.17)
D. Windsurfingテスト(4.18-4.21)
E. 改良されたWindsurfingテスト:Pozzoliアプローチ(4.22-4.24)
F. 進歩性の概念(4.25-4.29)
G. 進歩性判断の出発点(4.30-4.37)
H. 進歩性のための開示の組み合わせ(モザイク化)(4.38-4.46)
I. 発明は自明か(4.47-4.51)
  i. 容易に入手できる手段(4.51-4.56)
  ii. 現場での改変(4.57-4.61)
  iii. 商業的成功および長年の要望(4.62-4.71)
  iv. 明白な自明(4.72-4.73)
  v. 技術的な偏見(4.74-4.78)
  vi. 現実的な困難性の克服(4.79)
  vii. 発明の利点(4.80-4.82)
  viii. 選択発明(4.83-4.92)
  ix. なぜこれまで行われなかったのか(4.93-4.96)
  x. 自明な試み(4.97-4.103)

2. 基本的な考え方
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.2、4.18

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準では、日本の審査基準で規定されるような審査官の具体的な審査手順は規定されておらず、裁判例に基づいた進歩性の解釈および考え方が主に述べられている。

 技術水準を形成する事項を考慮して、当業者に自明でない発明は、進歩性があると見なされる。シンガポール特許法第14条(3)は考慮せず、第14条(2)のみに基づいて判断される(第4章4.2)。

 シンガポールでは、Windsurfing International Inc. v Tabur Marine (Great Britain) Ltd [1985] RPC 59の判決で示されたテストが、数多くの判決で採用されている(第4章4.18)。

 シンガポールでは、進歩性を判断する際、審査官は4ステップのWindsurfingテストを使用する(第4章4.20)。

1) クレームに係る発明の概念を明らかにする。
2) 優先日の時点での、当技術分野における通常の技能は有しているがunimaginativeな当業者があると仮定し、その時点での当技術分野における技術常識があると見なす。
3) 「すでに知られている、利用されている」ものとして引用されている事項と、発明とされるものとの間に、相違があるか、どのような相違かを明らかにする。
4) 発明とされるものについての知識が一切ない場合、当業者にとって、前述の相違が自明であるか、それともある程度の発明を必要とするものであるかを判断する。

3. 用語の定義
3-1. 当業者
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.20-2.23

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、明細書は、当業者の目を通して解釈され、被疑侵害、先行技術、あるいは明細書よりも後の文献などを関連するものとして参照することなく、当該技術分野の状況を踏まえて全体として考慮される(Glaverbel v British Coal [1995] RPC 255)。受け手は、発明に関する最先の有効な優先権主張日における、特定の技術分野における技術常識を有する当業者と見なされる(第2章2.20)。

 Peng Lian Trading v Contour Optik [2003] 2 SLR 560において裁判所が参照した、英国のTechnograph Printed Circuits Ltd v Mills & Rockley (Electronics) Ltd [1972] RPC 346の判決では、以下のように述べている。「...仮想の受け手は、技能を備えた技術者であって、現場の技術に精通し、関連する文献を注意深く読んでいる。多くの明細書の内容を吸収する能力には制限がないが、発明する能力は一切ないと想定される」(第2章2.21)。

 発明の技術が複数の技能を必要とする場合は、当業者がチームで構成されることもある(第2章2.21)。

 Prakash J in Ng Kok Cheng v Chua Say Tiong [2001] SGHC 143では、当業者は以下のような人であるとして、不可欠の特徴をまとめている。
1) 当該の主題に関する技術常識を有している。
2) 特許の主題に実際的な関心があるか、または示されている手順通りに行動する可能性が高い。
3) unimaginativeであるが、適度な知性を備えており、特許実施の手順を実行したいと考えている(第2章2.23)。

 当業者の4つの重要な特徴を定めた日本の審査基準のような厳密な当業者の定義は、シンガポールにはないが、裁判例を考慮すると両国の当業者の特徴は非常に似ていると考えられる。

3-2. 技術常識及び技術水準
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識」及び「技術水準」に対応するシンガポール特許基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.24、2.26、第3章3.2(2)

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、技術常識とは、概念的な当業者の技術背景であって、当業者が覚えたことや、念頭に置いていることに限定されない。自身が従事している分野に存在することを知っており、意図的に思い出せない場合でも当然のこととして言及するはずであり、さらなる作業の基盤として使用したり、主張された先行技術を理解したりする上で十分信頼できるものと考える、すべての材料が含まれる(第2章2.24)。技術的な一般常識や技術基準を指すものではない。

 技術常識を有していることが当業者の最も重要な側面の一つであり、当業者を特徴づけるものであると言っても過言ではない。目的論的な解釈では、当業者が明細書を解釈する際に使用するのがこの技術常識であり、そうした背景や状況を踏まえて、当業者が先行技術を解釈する(第2章2.24)

 パブリック・ドメインであるからと言って、必ずしも技術常識の一部になるとは限らないため、技術常識とパブリック・ドメインとを区別することは重要である(第2章2.26)。

 技術水準には、当該発明の優先日以前のいずれかの時点で、書面、口頭説明またはその他の方法によって(シンガポールか他国かを問わず)公開されたすべての事項(生産物、方法、そのいずれかまたはそれ以外のものに関する情報)が含まれると解釈される(第3章3.2(2))。

3-3. 周知技術及び慣用技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術」及び「慣用技術」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準には、対応する記載がない。

(2) 異なる事項または留意点
 審査基準では、技術常識のみが規定されており、JPOのような周知技術に関する具体的な基準はない。

 進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については、中編および後編をご覧ください。

シンガポールにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(中編)

(前編から続く)
4. 進歩性の具体的な判断
4-1. 具体的な判断基準
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」の第3段落に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.20

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、審査官は、4ステップのWindsurfingテストを使用して進歩性を判断する。先行技術とクレームに係る発明との相違を明らかにし、当業者の目を通した場合、その相違が自明か否かを判断する(第4章4.20)。

1) クレームに係る発明の概念を明らかにする。
2) 優先日の時点での、当技術分野における通常の技能は有しているがunimaginativeな当業者があると仮定し、その時点での当技術分野における技術常識があると見なす。
3) 「すでに知られている、利用されている」ものとして引用されている事項と、発明とされるものとの間に、相違があるか、どのような相違かを明らかにする。
4) 発明とされるものについての知識が一切ない場合、当業者にとって、前述の相違が自明であるか、それともある程度の発明を必要とするものであるかを判断する。

4-2. 進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1. 課題の共通性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 該当する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールの特許審査基準では、解決すべき課題が共通する2種類の文献を組み合わせることについては、具体的に論じていないが、進歩性に関して開示を組み合わせることについては論じており、第4章4.38では、以下のように述べている。

 「進歩性の判断には、技術水準を形成するいかなる単一の開示も使用してよいが、2つ以上の開示を組み合わせる場合はまず、当業者であれば、それらの開示を組み合わせるかどうかを、判断しなければならない。」

 進歩性に関する異なる開示を組み合わせるかどうか判断する場合、審査官は、それらの文献が同じ技術分野のものかどうか、隣接する分野か、離れている分野かを考慮する。2つの先行技術が共通の課題に関するものであれば、審査官は、それらが同じ技術分野のものであると判断してよい(第4章4.43)。

4-2-2. 作用、機能の共通性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 該当する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 「4-2-1. 課題の共通性」を参照されたい。

4-2-3. 引用発明の内容中の示唆
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 該当する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 審査官は、2以上の文献にある開示を組み合わせることが自明かどうかを判断する際、それらの文献が互いに参照している箇所があるかどうかを考慮する(第4章 4.43)。明らかな相互参照があれば、審査官は、文献の寄せ集めに基づく進歩性の主張は自明であると判断する。

4-2-4. 技術分野の関連性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 該当する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、審査官が同じ技術分野の2つの文献を組み合わせることはあるが、解決すべき課題の共通性、作用や機能の共通性、引用発明の内容中の示唆などのような、動機付けとなるその他の記載について、具体的な基準はない。

 2以上の文献にある開示を組み合わせることが自明かどうかを判断する際には、それらの文献が同じ技術分野のものかどうか、隣接する分野か、離れている分野かを考慮することが重要になると思われる(第4章4.43)。

4-2-5. 設計変更
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.57、4.83、4.88

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールには、設計変更および選択発明に関する一般的な基準があるのみで、日本の審査基準におけるような明確な基準はない。

 先行技術からの「単なる設計改善」にすぎないクレームに進歩性がないことは、当業者であれば通常の設計開発をする技能を有するとされることから明らかである(Pfizer Ltd’s Patent [2001] FSR 16を参照)。ただし、単なる設計改善/変更となるかどうかの判断は一般には難しいと思われる(第4章4.57)。

 発明が、多くの選択肢のうちの一つであり、かつ先行技術に、ある特定の選択肢が、他の選択肢よりも有利であると示されていない場合、当該発明を非自明と見なしてよい(第4章4.83)。

 実際の技術的進歩がない選択は、自明と見なされる(第4章4.88)。

4-2-6. 先行技術の単なる寄せ集め
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.46

(2) 異なる事項または留意点
 発明が、別々の特徴の組み合わせであって、それぞれが通常の機能を実行するにすぎない場合、その発明は単なる寄せ集めになると考えられる。また、組み合わせる特徴の数は、進歩性の判断に影響しない(第4章4.46)。

4-2-7. その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なるシンガポール特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特審査基準第4章4.47-4.48

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、審査官は、進歩性(自明性)の判断に、4ステップのWindsurfingテストを使用している(上記第4-1項参照)。後半の2つのステップでは、先行技術と当該発明の間に存在する相違点を明らかにし、それらの相違点が、当業者であれば自明のステップを構成するか、ある程度の発明が必要かを判断する(第4章4.47)。

 審査官は、審査する技術に関連する技能を持っていたり、審査する分野に関する実践的な知識を取得していたりすることが多い。そのため通常は、自分の前に置かれた出願や先行技術などの資料に基づき、発明に進歩性があるかどうかを、判断できる立場にある(第4章4.48)。

 シンガポールの裁判所では、自明性を判断するため、以下に挙げるようなさまざまなアプローチが使用されてきた。

「容易に入手できるもの」(Peng Lian Trading Co v Contour Optik Inc & Ors [2003] 2 SLR 560, and Merck & Co Inc v Pharmaforte Singapore Pte Ltd [2000] 3 SLR 717)
 特定の問題に対する解決策が、当業者にとって日常的に入手可能な材料等を使用するものである場合は進歩性が否定される。

 「設計変更」(ASM Assembly Automation Ltd v Aurigin Technology Pte Ltd and others [2009] SGHC 206)
 日常的な作業で行う設計変更は、当業者であれば当然に有する技能であるから、進歩性が否定される。

 「商業的成功」および「長年の切実な市場ニーズ」(Muhlbauer AG v Manufacturing Integration Technology Ltd [2009] SGHC 45、Trek Technology (Singapore) Pte Ltd v FE Global Electronics Pte Ltd [2005] 3 SLR 389:控訴審(FE Global Electronics Pte Ltd v Trek Technology (Singapore) Pte Ltd [2006] 1 SLR 876)において支持)) 
 市場での商業的な成功は、その製品が市場において長年にわたり切望されていた市場ニーズを満たしていることを示しているものであり、これらは進歩性を肯定する要因となる。

 「極めて明白」(First Currency Choice Pte Ltd v Main-Line Corporate Holdings Ltd and Another Appeal [2007] SGCA 50)
 発明の自明性が極めて明白である場合は、Windsurfingテストのような定式化されたアプローチに従うメリットがほとんどなく、このテストを用いない場合もあり得る。

 「技術的な先入観」(Muhlbauer AG v Manufacturing Integration Technology Ltd [2010] SGCA 6)
 当業者の技術的な先入観に反した技術によって課題が解決された場合には、その進歩性を肯定する要因となる。

 「現実的な困難の克服」(V-Pile Technology (Luxembourg) SA and Others v Peck Brothers Construction Pte Ltd [2000] 3 SLR 358) (Chapter 4 Section 4.50)
 発明者が独自の創意工夫によって現実的な困難を克服することにより発明を完成させた場合は、その発明の進歩性を肯定する要因となる。

4-3. 進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1. 引用発明と比較した有利な効果
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(1) 引用発明と比較した有利な効果の参酌」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.80

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、一般的に予期しない有利な効果がある発明は、非自明であるとされている。

 発明の有利な効果が進歩性の判断要素として議論され得るとしても、当業者が容易に考える発明には進歩性がない(Technical Board of Appeal of the EPO in Decision T119/82)。しかし、有利な効果が予期しないものである場合は、進歩性を肯定する要素となり得る。同様に、当業者が発明には不利益があると考えるが、実際には予想に反して有利な効果がある場合には、非自明とされることもあり得る(第4章4.80)。

4-3-2. 意見書等で主張された効果の参酌
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールの審査官は、通常、当業者の目を通してクレームを解釈し、有利な効果が明細書の本文に述べられていれば考慮する。

 付与される特許は、クレームで定義される発明のみを保護するが、クレームは、明細書の本文および図面を踏まえて解釈される(第2章2.1)。

 明細書は、当業者の目を通して解釈され、被疑侵害、先行技術、あるいは明細よりも後の文献などを関連するものとして参照することなく、周囲の状況を踏まえて全体として考慮される(第2章2.20)。

4-3-3. 阻害要因
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.74-4.75

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、進歩性の主張に関する技術的な先入観を判断する際の一般的な基準が定められているが、日本では、4つの具体的な阻害要因が挙げられている。

 審査官は、当業者であれば、どのようなことをしようと考えるか、また、どのような行為に対して先入観があるかについて、考慮すべきである。一般的に受け入れられている見解や慣例に反する場合は、非自明と見なすことができる(第4章4.74)。

 このことが、決定要因となる場合としては、以下の例がある。

1) 当業者が、技術常識からは先行技術に問題があると認識できないような場合。
2) 当業者であれば、特定の用途に適さないと考えるはずの資料や技術があり、それが十分な根拠のない先入観であることを、発明者が発見した場合。
3) ある方法のステップまたはある装置の構成要素が、不可欠であると考えられていたが、省略してもよいことを発明者が発見した場合(第4章4.75)。

 技術的な先入観は、当技術分野で一般に共有されているもの、つまり、概念的な当業者によるものとされるほど、十分に普及しているものでなければならない。よって、ある特定の点についての当技術分野における見解が分かれている場合は、当技術分野で広く受け入れられている先入観と言えるものではない。例えばGlaxo Group’s Patent [2004] RPC 43では、喘息の治療におけるβ2拮抗薬の使用に関して、相当な論争があり、裁判所は、このような論争がある以上、当業者によるものとされるほど十分に普及していると見なすことはできないと判示している(第4章4.76)。

4-3-4. その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なるシンガポール特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 特に記載はない。

(後編に続く)

シンガポールにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(中編から続く)
4-4. その他の留意事項
4-4-1. 後知恵
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.15

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールの審査基準では、Windsurfingアプローチによって後知恵を回避すべきであると強調されているのに対し、日本では2つの具体的な後知恵の事例が挙げられている。

 後知恵または事後分析は、審査における重要な問題である。審査官は、課題に直面した当技術分野の当業者の立場になるよう努めることが求められるが、課題と解決策の両方を考慮しなければならないため、実際には進歩性の判断は難しい。裁判所では、後知恵に陥る危険を最小化するため、さまざまなアプローチが考案されてきたが、その結果Windsurfingアプローチが採用されている。審査では、可能な限りこのテストの原則に従うべきである(第4章4.15)。

4-4-2. 主引用発明の選択
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールの審査基準では、第4章4.2において、どのような文献を先行技術として使用できるかが具体的に述べられているのみで、主引用発明の選択に関する規則はない。審査官は4ステップのWindsurfingテストを使用して、進歩性を判断する。

4-4-3. 周知技術と論理付け
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、Windsurfingテストを使用して進歩性を判断する。当業者は、当技術分野の技術常識を考慮して、クレームに係る発明の自明性を判断する。

4-4-4. 従来技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールの審査官は、当業者の立場になって明細書を読み、技術水準を判断する。

4-4-5. 物の発明と製造方法・用途の発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法およびその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールにおける審査では、プロダクト・バイ・プロセス・クレームは、「得られる」、「得ることができる」、「直接得られる」など、どのような言い回しであるかにかかわらず、一般に生産物それ自体に関するクレームと解釈される(第3章3.70)。

 既知の装置の新たな使用方法のクレームは、新規性があると見なされる場合がある。これはParker J in Flour Oxidizing Co Ltd v Carr and Co Ltd(25 RPC 428)の判決で確立されている。ただし、その新たな使用に限定するようなクレーム形式にしなければならない(第3章3.62)。

 クレームに係る事項の先行技術における開示が、定義された用途にまったく適さないようにする形式の場合、クレームは予測されない。同様に、先行技術の開示が、定義された用途に適したものにするために修正が必要な場合も、クレームは予測されない(第3章3.67)。

 特定の方法で使用される場合の生産物に関するクレームは、方法自体に関するクレームと解釈される。例えば、「除草剤として使用する化合物X」のクレームは、化合物Xを除草剤として使用する方法のクレームとなる。同様に「化合物Xの除草剤としての使用」のクレームも、化合物Xを除草剤として使用する方法のクレームと解釈される。これらのクレームは、こうした方法を開示する文献のみによって予測される(第3章3.68)。

4-4-6. 商業的成功などの考慮
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第4章4.62

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、進歩性の判断に商業的成功が考慮される(第4章4.62)。審査では、進歩性の判断にWindsurfingテストが使用される。審査官は、発明を定義するクレームに注目し、先行技術とクレームの定義との相違が、当業者の目を通して見た場合に自明かどうかを評価する。

 長年の切実な市場ニーズや、発明の商業的成功の証拠は、進歩性に関連する考慮事項になると思われる(参照例:Hickman v Andrews [1983] RPC 147 and PLG Research Ltd v Ardon International Ltd [1993] FSR 197)。市場での商業的な成功は、その製品が市場において長年にわたり切望されていた市場ニーズを満たしていることを示しているものであり、これらは進歩性を肯定する要因となる。ほとんどの特許は、発明後の早い段階で権利化されるため、審査の初期段階において商業的な成功を評価することは困難であるが、発明からある程度の期間が経過した審査の後半では、考慮事項になる可能性がある(第4章4.62)。

5. 数値限定
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準 第3章3.58

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、数値範囲は主に新規性の分野で説明されている(第3章3.57-3.59)。クレームにおいて数値範囲が定義されている場合、新規性を判断するために、クレームに係る範囲と先行技術の相違が明らかにされる。数値範囲の相違が自明かどうかは、当業者が行うWindsurfingテストによって判断される。「選択発明」の基準は満たさなければならない。

 上位概念の範囲内にある下位概念が、先行技術で明確に言及されていない場合に、下位概念の数値範囲を選択することで、クレームに係る発明を特徴づけることもできる。下位概念の範囲の新規性を証明するには、選択された範囲が狭く、例示によって、既知の上位概念の中から十分に特定されるものでなければならない。下位概念の範囲内における特定の技術的効果の有無は、進歩性を判断する際に考慮すべき事項に該当すると思われ、新規性判断の際に考慮されるべきではない(T 230/07 Colloidal binder/PAROC、T1233/05 Refrigerant compositions/INEOS)。下位概念の範囲が新規と判断される場合は、第4章4.83-4.92に定める「選択発明」の基準も満たさなければならない(第 3章3.58)。

6. 選択発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準 第4章4.83、4.85、4.88

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールには、選択発明を判断するための基準があるが、日本では、選択発明に進歩性があるとされるために満たすべき3つの条件があり、シンガポールには、そのような明確に規定された条件はない。

 発明が、考え得る多くの選択肢の一つであり、ある特定の選択肢が、他の選択肢よりも有利であると先行技術に示されていない場合、その発明は非自明と見なされ得る。このようなことが最もよく起きるのは化学分野の出願である。マーカッシュ形式のクレームでは、広い範囲の化合物をカバーすることができるが、具体的に開示するのは、限定的な範囲の実施例のみで、その後、化合物のうち特定の一部を、予期しない有利な効果に基づいて出願した場合、そのクレームは特許性があると判断されるかもしれない。こうした状況は「選択」と呼ばれることが多い(第4章4.83)。

 また、シンガポール特許審査基準では、EPO審判部の審決T939/92(AGREVO/Triazoles)を引用して選択発明の基準を示し、単なる任意の選択は自明であり進歩性が否定されると述べている(第4章4.85、4.88)。

7. その他の留意点
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第1節「新規性」に記載されている、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定、およびこれらの発明の対比については、以下のとおりである。

7-1. 請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.3、2.5-2.7、2.37、2.45、2.74

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、クレーム解釈においては目的論的な手法が取られている。審査官はクレーム解釈において、明細書の本文、図面および技術常識を考慮する。明細書の本文、図面および技術常識を考慮しても、クレームが不明確の場合、審査官には、調査を実施しないという選択肢がある。

 特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または場合により特許明細書に含まれる説明および図面により解釈されたクレームにおいて指定された発明であると解され、かつ特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される(第2章2.5-2.7)。

 審査の過程では常に目的論的アプローチが取られるべきである。クレーム解釈は法律問題であって、特許権者自身が実際に言わんとしていることとは関係がない。クレームの文言から、当業者であれば、特許権者の意図をどのように理解するかを判断する目的で、解釈されるべきである(第2章2.8)。

 クレームの中にある単語を解釈する際はまず、それらの単語の意味が、発明の時点で当業者が通常考えたはずの意味を持つと想定すべきである。書き手が特別な意味を与えた用語については、そのことを考慮に入れる必要がある(第2章2.37)。

 特許法の第25条(5)(b)では、クレームは明確かつ簡潔でなければならないと規定している。当業者にとって、使用されている文言を理解するのが難しいかどうかが、明確性の基準である(Strix Ltd v Otter Controls Ltd [1995] RPC 607)。この要件は、クレーム全体にも、個々のクレームにも適用される(第5章5.45)。

 特許法の第113条では、与えられる保護の範囲は、特許明細書に含まれる説明および図面によって解釈される、出願のクレームに従って決定されると定めている(第5章5.74)。

7-2. 引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準 第3章3.2、第4章4.2

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、優先日は先行技術を判断する上で不可欠の指標である。先行技術は2つに分類され、1つめは、優先日の前に公開された先行技術(シンガポール特許法第14条(2)の文献)、2つめは、公開は優先日以降であるが、優先日は当該発明よりも早い先行技術である(シンガポール特許法第14条(3)の文献)。

 進歩性に関して使用される先行技術は、新規性に関して使用されるものとは異なる。新規性に関する文献には、シンガポール特許法第14条(2)と(3)に定める文献が両方とも含まれるが、進歩性に関しては、シンガポール特許法第14条(2)の文献のみである。

 シンガポール特許法第14条(2)の文献では、発明における技術水準には、当該発明の優先日以前のいずれかの時点で、書面、口頭説明またはその他の方法によって(シンガポールか他国かを問わず)公開されたすべての事項(生産物、方法、そのいずれかまたはそれ以外のものに関する情報)が含まれると解釈される(第3章3.2(2))。

 シンガポール特許法第14条(3)の文献:特許出願または特許に係る発明における技術水準には、以下の条件を満たす場合、当該発明の優先日以降に公開された別の特許出願に記載された事項も含まれると解されるべきである(第3章3.2(3))。

(a) 当該事項が、別の特許出願の出願時点と公開時点の両方で記載されていた、
(b) 当該事項の優先日が、発明の優先日よりも早い。

 技術水準を形成する事項を考慮して、当業者に自明でない発明は、進歩性があると見なされる。特許法第14条(3)は考慮せず、第14条(2)のみに基づいて判断される(第4章4.2)。

7-3. 請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.5、2.12、第3章3.3、3.20、3.26、3.4

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、クレームに係る発明と先行技術の比較の基準は、主に新規性の分野で説明されている。予測性の要件には、事前開示と実施可能性の2つがある。事前開示については、対象となるクレームのすべての特徴が、先行技術で開示されているかを検討する(第3章3.20)。実施可能性については、当業者が当該発明を実施できなければならない(第3章3.26)。

 特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または特許の明細書のクレームにおいて指定された発明であると解される(第2章2.5)。

 文献によってクレームの新規性が否定されるのは、クレームのすべての特徴が開示されている場合に限られる。クレームに、追加の特徴が含まれる場合、通常は自明性の問題になる(第2章2.12)。

 具体的な特徴の組み合わせが、先行技術ですでに開示されている場合、クレームで定義された発明は新規性がない(第3章3.3)。したがって、新規性の規定では、対象となるクレームのすべての特徴が、先行技術で開示されているかを検討する。一般に事前開示については、クレームで特定されるすべての特徴が開示されている場合に限って、新規性が否定される。技術的に追加的な特徴がクレームに含まれている場合は、自明の拒絶理由のほうが適切である(第3章3.20)。

 新規性の判断について、シンガポールの裁判所は一般的に英国の判例に従ってきた。英国のアプローチに関する最新の解説(SmithKline Beecham Plc’s (Paroxetine Methanesulfonate) Patent [2006] RPC 10)では、英国貴族院の判断として、事前開示と実施可能性の2つが予測性の要件とされている。この2つは別々の概念で、独自の規則があり、それぞれに充足する必要がある(第3章3.4)。

8. 追加情報
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはシンガポールの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 特に記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 特に記載はない。

フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(前編から続く)

5. 請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1. 対比の一般手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、クレームされた発明と引用した先行技術を比較して、一致点と相違点を確認する手順については、明確には記載されていない。しかし、審査官による実務としては同一性テストを採用することが規定されており(第II部第7章第4節第5項5.5)、日本における実務と違いはないと考えられる。

 新規性の評価には、厳格な同一性テストが要求される。新規性を否定するためには、先行技術を開示した一つの文献が、クレームされた発明の各要素を開示していなければならない。均等物は、進歩性の評価においてのみ考慮される。

5-2. 上位概念または下位概念の引用発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念または下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第7項7.4

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、上位概念または下位概念の引用発明の認定について規定があり、日本における実務と同じ考え方がなされている。

 新規性を検討する際には、通常、一般的な開示(上位概念)は、その開示の条件に該当する具体例(下位概念)の新規性を否定することはないが、具体的な開示はその開示を包含する一般的な請求項の新規性を否定することを念頭に置くべきである。例えば、銅の開示は、一般的概念としての金属の新規性を否定することになるが、銅以外の金属の新規性を否定することにはならない。リベットの開示は、一般的概念としての締結手段の新規性を否定するが、リベット以外の締結手段の新規性を否定することにはならない。

5-3. 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法は、明確には記載されていない。上位概念または下位概念の引用発明の認定は、5-2.を参照されたい。

5-4. 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第7項7.3

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法は、明確には記載されていないが、「新規性を判断する際には、先行文献は、文献の公開日に当業者が読んだであろうように読まれるべきである」と規定されている。したがって、出願時の技術常識を参酌する日本における実務とは異なると考えられる。

6. 特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.8

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合のクレームの解釈について明確には記載されていないが、装置等を作用的に特定するクレームの解釈については規定があり、日本の実務に近い考え方であると解される。

 クレームが「工程等を実施するための装置」のような文言で始まる場合、これは単に工程を実施するのに適した装置を意味すると解釈されなければならない。クレームに規定された特徴をすべて備えているが、記載された目的には適さないか、またはそのように使用するためには改変が必要であるような装置によって、通常、クレームの発明は新規性を否定されない。

6-2. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.8、4.9、4.9a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、用途限定のあるクレームの解釈について規定があり、日本における実務と同じ考え方であると解される。

 特定のプロセスにおいて使用される装置または物質に関するクレームは、そのようなプロセスにおける装置または物質の使用に限定されたクレームと解釈されるべきであり、したがって、その新規性は、そのような使用に対する開示によってのみ否定される。

 同じく、特定の用途のための物質または組成物に対するクレームは、記載された用途に実際に適している物質または組成物を意味するものと解釈されるべきである。クレームで定義された物質または組成物と一応同じであるが、記載された用途には適さないような形態である既知の製品は、クレームの新規性を阻却することはないが、既知の製品が、その用途について記載されたことはないが、記載された用途に実際に適している形態である場合は、クレームの新規性を否定することになる。

6-3. サブコンビネーションの発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、クレームにおけるサブコンビネーションの発明の認定について明確には記載されていないが、複数の構造物の組合せからなる発明の留意事項については解説がなされている(第II部第7章第3節第4項4.8a)。

 物理的装置に関するクレームが、その装置を使用する際の特徴を参照して発明を定義しようとする場合、明確さが欠如する可能性がある。これは特に、クレームが装置自体を定義するだけでなく、クレームされた装置の一部ではない2番目の構造物との関係も特定する場合に当てはまる(例えば、エンジン内の位置によって特徴づけられるエンジン用のシリンダーヘッド)。

 2つの装置の組み合わせに対するクレームの構成要素を検討する前に、出願人は通常、2番目の装置との関係によって定義されていたとしても、最初の装置自体について独立して保護を受ける権利があることを常に認識する必要がある。多くの場合、最初の装置は2番目の装置とは独立して製造および販売できるため、通常は、クレームを適切に表現することで独立した保護を得ることができる。

 最初の装置を明確に定義することができない場合、最初と2番目の装置の組み合わせよりなるクレームを考えるべきである(例えば、「シリンダーヘッドを備えたエンジン(engine with a cylinder head)」または「シリンダーヘッドを含むエンジン(engine comprising a cylinder head))。

6-4. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.7b

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、製造方法によって生産物を特定しようとする記載があるクレームの解釈について規定があり、実質的に日本における実務と同じ考え方であると解される。

 製造方法に基づいて定義された物についてのクレームは、そのような物が特許要件、すなわち、新規性および進歩性を満たす場合にのみ認められる。物は、単に新しい製法によって製造されるという事実によって新規性が付与されるわけではない。製造方法によって物を定義するクレームは、そのような物に関するクレームとして解釈され、クレームは、「製法Yによって得られた製品X(Product X obtained by process Y)」ではなく、「製法Yによって得ることのできる製品X(Product X obtainable by process Y)」またはそれと同等の表現をとることが望ましい。

6-5. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.7a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、数値限定を用いて発明を特定しようとする記載があるクレームは、例外的に認められる場合があることが規定されている。

 発明が、化学化合物に関する場合、クレームは様々な方法で定義することができる。化学式によって定義する方法、(より明確な定義が不可能な場合は)プロセスの産物として定義する方法、または、例外的にパラメータによって定義する方法がある。

 パラメータとは、特性値のことで、直接測定可能な特性値(例えば、物質の融点、鋼材の曲げ強度、導電体の抵抗値)である場合もあれば、複数の変数の複雑な数学的組み合わせとして数式の形で定義される場合もある。

 化合物を、そのパラメータのみによって特徴付けることは、原則として許されない。ただし、発明が他の方法で適切に定義できない場合、すなわち、達成される結果とは無関係に、それらのパラメータが当該技術分野で通常使用されており、明細書中の表示または当該技術分野で通常使用されている客観的手順によって明確、かつ確実に決定できる場合には、パラメータを使用することが認められる場合がある。これは、例えば、高分子鎖の場合に起こり得る。また、パラメータによって定義されるプロセスに関連する特徴にも、同じように適用される。

 通常とは異なるパラメータや、パラメータを測定するためのアクセス不可能な装置が採用されている場合は、新規性の欠如を偽装している可能性があるため、精査する必要がある。

7. その他
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはフィリピンの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

 特になし

シンガポールにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の新規性については、シンガポール特許法第14条に規定されている。

第14条 新規性
(1) 発明は、それが技術水準の一部を構成しない場合は、新規とみなされる。
(2) 発明の場合の技術水準とは、その発明の優先日前の何れかの時点で書面若しくは口述による説明、使用又は他の方法により(シンガポールにおいてか他所においてかを問わず)公衆の利用に供されているすべての事項(製品、方法、その何れかに関する情報又は他の何であるかを問わない)を包含するものと解する。
(3) 特許出願又は特許に係わる発明の場合の技術水準とは、次の条件が満たされるときは、その発明の優先日以後に公開された他の特許出願に含まれる事項をもまた包含するものと解する。
(a) 当該事項が当該他の特許出願に、出願時にも、公開時にも、含まれていたこと、及び
(b) 当該事項の優先日が当該発明の優先日よりも早いこと
((4)以下省略)

 新規性に関する審査基準については、シンガポール特許審査ガイドライン(以下、「シンガポール特許審査基準」という。)の「第3章 新規性」に規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。
第3章 新規性
A. 法廷要件(3.1-3.4)
B. 先行技術(3.5-3.10)
  i. 第三者による自明性(3.11-3.17)
C. 先行開示(3.18-3.24)
D. 実施可能性(3.25-3.29)
E. 公開物(3.30-3.38)
F. 黙示的開示(3.39-3.41)
G. 必然的な開示(3.42-3.48)
H. 誤った引用(3.49-3.53)
I. 予測される開示(3.54-3.56)
J. 範囲の予測性(3.57-3.59)
K. パラメータクレームの予測性(3.60-3.61)
L. 用途クレームの予測性(3.62-3.72)
M. 先行使用(3.73-3.79)
N. 第14条 (3)に基づく先行技術(3.80-3.84)
O. 優先日(3.85-3.109)
P. 新規性の例外(グレースピリオド)(3.110-3.125)
  i.学会(3.126-3.128)

2. 基本的な考え方
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.1-3.4

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準では、日本の審査基準で規定されるような審査官の具体的な審査手順は規定されておらず、裁判例に基づいたクレームや新規性の解釈および考え方が主に述べられている。

 シンガポール特許審査基準によれば、発明が、技術水準の一部を形成しない場合は、新規性があると見なされる。具体的な特徴の組み合わせが、先行技術ですでに開示されている場合、クレームで定義された発明は新規性がない(第3章3.1-3.3)。

 新規性の判断について、シンガポールの裁判所は一般的に英国の判例に従ってきた。英国のアプローチに関する最新の解説(SmithKline Beecham Plc’s (Paroxetine Methanesulfonate) Patent [2006] RPC 10)では、英国貴族院の判断として、事前開示と実施可能性の2つが予測性の要件とされている。この2つは別々の概念で、独自の規則があり、それぞれに充足する必要がある(第3章3.4)。

3. 請求項に記載された発明の認定
3-1. 請求項に記載された発明の認定

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.5-2.8、第5章5.45、5.74

(2) 異なる事項または留意点
 特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または場合により特許明細書に含まれる説明および図面により解釈されたクレームにおいて指定された発明であると解され、かつ特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される(第2章2.5-2.7)。

 審査の過程では、常に目的論的アプローチが取られるべきである。クレーム解釈は、法律問題であって、特許権者自身が実際に言わんとしていることとは関係がない。クレームの文言から、当業者であれば、特許権者の意図をどのように理解するかを判断する目的で、解釈されるべきである(第2章2.8)。

 クレームの単語を解釈する際は、まず、それらの単語の意味が、発明の時点で当業者が通常考えたはずの意味を持つと想定すべきである。書き手が特別な意味を与えた用語については、そのことを考慮に入れる必要がある(第2章2.37)。

 シンガポール特許法第113条では、与えられる保護の範囲は、特許明細書に含まれる説明および図面によって解釈される出願のクレームに従って決定されると定めている(第5章5.74)。

 シンガポールでは、クレーム解釈においては目的論的な手法が取られている。審査官はクレーム解釈において、明細書の本文、図面および技術常識を考慮する。

 シンガポール特許法第25条(5)(b)では、クレームは明確かつ簡潔でなければならないと規定している。当業者にとって、使用されている文言を理解するのが難しいかどうかが、明確性の基準である(Strix Ltd v Otter Controls Ltd [1995] RPC 607)。この要件は、クレーム全体にも、個々のクレームにも適用される(第5章5.45)。

 明細書の本文、図面および技術常識を考慮しても、クレームが不明確な場合、審査官が調査を実施しない場合もあるので注意が必要である。

3-2. 請求項に記載された発明の認定における留意点
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.5-2.7、第5章5.76

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、クレーム解釈においては目的論的な手法が取られており、審査官は、クレームに焦点を当てて特許の範囲を判断する。クレームと明細書の本文および図面との間に何らかの矛盾があり、保護の範囲に不確実性が生じれば、明確性違反の拒絶理由が通知される。

 先に述べたように、特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または場合により特許明細書に含まれる説明および図面により解釈されたクレームにおいて指定された発明であると解され、かつ特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される(第2章2.5-2.7)。

 補正の結果として、明細書の本文や図面の中に、クレームと矛盾する具体的な実施例や記載があり、その矛盾が、出願人が求める保護の範囲に疑いを投げかける場合は、明確性違反の拒絶理由を通知すべきである。この拒絶理由を(通知された場合)どのように克服するかは出願人次第であり、一般に最もシンプルな方法は、クレームの範囲に含まれなくなった主題を削除することであるが、その主題が発明の実施例の構成要素でないことが明細書の本文で明らかになっていれば、その主題を保持することもできる(第5章5.76)。

4. 引用発明の認定
4-1. 先行技術
4-1-1. 先行技術になるか

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.2、3.35-3.36

(2) 異なる事項または留意点
 発明における技術水準には、当該発明の優先日以前のいずれかの時点で、書面、口頭説明またはその他の方法によって(シンガポールか他国かを問わず)公開されたすべての事項(生産物、方法、そのいずれかまたはそれ以外のものに関する情報)が含まれると解釈される。

 特許出願または特許に係る発明における技術水準には、以下の条件を満たす場合、当該発明の優先日以降に公開された別の特許出願に記載された事項も含まれると解されるべきである(第3章3.2)。
 (a) 当該事項が、別の特許出願の出願時点と公開時点の両方で記載されていた、
 (b) 当該事項の優先日が、発明の優先日よりも早い。

 シンガポールでは、時や分に関する基準は定められていないが、時差については、先行技術公開の判断において考慮され、シンガポール時間(GMT +8)が適用される(第3章3.35-3.36)。

4-1-2. 頒布された刊行物に記載された発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(1)刊行物に記載された発明」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.32

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、不完全な先行技術に関する具体的な規制はなく、刊行物の記載に基づいて先行技術が認識されるという明確な基準も定められていない。審査基準では、発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になると規定されている。したがって、不完全であっても、あるいは刊行物の記載でなくても、公開され次第、先行技術になる。

 開示された発明は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない。文献は、閲覧のために料金が必要であっても、公開されていることになる。また、文献が実際に公衆の一人に読まれたことを証明する必要はなく、公衆による当然の権利として閲覧が可能であれば、その文献は公開されたものと見なされる(第3章 3.30、3.32)。

4-1-3. 刊行物の頒布時期の推定
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.33

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールには、特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1の「(2)頒布された時期の取扱い」で定めているような具体的な基準はない。資料に公開日があれば、その日付が公開日として使用される。ネット上の資料に公開日がなければ、WayBack Machineを使用して公開日を証明する。

 時差は、先行技術の公開を判断する際に考慮される。例えば、米国時間の2015年2月7日にUSPTO(GMT -5)に出願された米国出願を基礎とする優先権を主張したシンガポール特許出願について、先行技術がインターネットによってシンガポール時間の2015年2月7日の午前9時に公開されたとすると、この先行技術はシンガポール時間(GMT +8)では、シンガポール特許法第14条(2)に基づいて技術水準となる。なぜなら、先行技術のインターネットによる公開の日は、GMT -5のタイムゾーンでは2015年2月6日であったということになり、米国基礎出願の出願日よりも早いからである(第3章3.33)。

 先に述べたように、発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない(第3章3.30)。

 公開日が文献に示されている場合(例:特許や公報にある公開日)は、それが公開日と見なされる。この公開日に出願人が異議を唱える場合は、反対の証拠が必要になる。インターネット上の日付は問題をはらんでいるかもしれないが、一般にウェブページと関連していれば、実際の公開日と見なすことができる。一方、ウェブページが明確に公開日を表示していない場合、審査官はWayBack Machineのようなネット上のアーカイブ・データベースを使用して、ウェブページがいつ公開されたについての証拠を提示できる(第3章3.33)。

4-1-4. 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30、3.32-3.33

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準では、あらゆる公開に関する一般的な基準が示されており、電気通信回線を通じた公開に限定された記載はない。
 発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。特に、開示の期間、場所、種類(紙か電子データか)、刊行物の言語などについて、シンガポール特許法ではいかなる要件も定めていない(第3章3.30)。
 文献は、閲覧のために料金が必要であっても、公開されていることになる。また、文献が実際に公衆の一人に読まれたことを証明する必要はなく、公衆による当然の権利として閲覧が可能であれば、その文献は公開されたものと見なされる(第3章3.30、3.32)。
 公開日が文献に示されている場合(例:特許や公報の記事にある公開日)は、それが公開日と見なされる(第3章3.33)。

4-1-5. 公然知られた発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.30-3.31、3.110

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、出願日に先立つ12か月の間に、不法にまたは守秘義務に違反してなされた開示は、先行技術から除外される。秘密として保持しようとする発明者の意図にかかわらず「公然知られた発明」になる日本とは異なる。

 発明の開示は、初めて公開された日に技術水準の一部になる。公衆の一人に対して、抑制的な束縛なく伝えることで、公開されたとするのに十分である(Bristol-Myers Co.’s Application [1969] RPC 146)。同様にMonsanto (Brignac’s) Application [1971] RPC 153事件の判決では、開示に対する制限なく、同社が販売員に文献を渡したことで、それを公開したと判断されている(第3章3.30-3.31)。

 発明を構成する事項の開示は、特許出願日直前の12か月が始まった後に、当該事項が不法にまたは守秘義務に違反して取得された結果として行われた場合は無視される(第3 章3.110)。

4-1-6. 公然実施をされた発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施をされた発明(第29条第1項第2号)」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、公然実施をされた発明に関する具体的な基準はないが、先使用に関する類似の基準はある。

 シンガポール特許法第14条に定める技術水準には、先使用によって公開された事項が含まれる。特に、先使用は公にされる必要があり、秘密の使用は含まれない(秘密の先使用者の権利は、第71条で保護される)。コモンローおよび衡平法に基づき、少なくとも、自由に利用できる立場にある公衆の一人に情報が公開されていなければならない(PLG Research Ltd v Ardon International Ltd [1993] FSR 197)。ただし閲覧者に守秘義務がある場合は、発明が開示されたとは解釈されない(J Lucas (Batteries) Ltd v Gaedor Ltd [1978] RPC 297)(第3章3.73)。

(後編に続く)

シンガポールにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(前編から続く)

5. 請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1.  対比の一般手法

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.12、2.5、第3章3.20、3.26、3.3、3.4

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポール特許審査基準には、日本の審査基準にあるような審査官の具体的な審査手順は規定されておらず、裁判例に基づいたクレームや新規性の解釈および考え方が主に述べられている。

 新規性の判断について、シンガポールの裁判所は英国の判例に従ってきた。英国のアプローチに関する最新の解説(SmithKline Beecham Plc’s (Paroxetine Methanesulfonate) Patent [2006] RPC 10)では、英国貴族院の判断として、事前開示と実施可能性の2つが予測性の要件とされている。この2つは別々の概念で、独自の規則があり、それぞれに充足する必要がある(第3章3.4)。

 すなわち、シンガポールでは開示の予測性の要件として、事前開示と実施可能性の2つがあるが、事前開示については、対象となるクレームのすべての特徴が、先行技術で開示されているかを検討する(第3章3.20)。実施可能性については、当業者が当該発明を実施できなければならない(第3章3.26)。

 特許出願が行われたかまたは特許が付与された発明は、文脈上他に要求されない限り、当該出願または特許の明細書のクレームにおいて指定された発明であると解される(第2章2.5)。

 文献によってクレームの新規性が否定されるのは、クレームのすべての特徴が開示されている場合に限られる。クレームに、同等または追加の特徴が含まれる場合、通常は自明性の問題になる(第2章2.12)。

 具体的な特徴の組み合わせが、先行技術ですでに開示されている場合、クレームで定義された発明は新規性がない(第3章3.3)。

 したがって、新規性の規定では、対象となるクレームのすべての特徴が、先行技術で開示されているかを検討する。一般に事前開示については、クレームで特定されるすべての特徴が開示されている場合に限って、新規性が否定される。技術的に同等または追加的な特徴がクレームに含まれている場合は、自明の拒絶理由のほうが適切である(第3章3.20)。

5-2.  上位概念または下位概念の引用発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念または下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.54-3.56

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、先行技術で下位概念の特徴が開示されると、上位概念のクレームは新規性が否定される。先行技術で上位概念の特徴が開示されても、下位概念のクレームは新規性が否定されない。

 クレームは、その範囲に含まれるものの事前開示がある場合に、新規性を欠く。よって、代替物を参照して発明を定義している場合、代替物のうちの一つが既知であれば、クレームは新規性がない。例えば、銅製コイルばねが開示されることで、後の金属製コイルばねのクレームが予測される。このような場合は、権利範囲からの除外によって、新規性喪失の拒絶理由を克服することが可能である。一方、上位概念の先行技術の開示は、一般に、後の下方概念のクレームを予測しない。したがって、金属製コイルばねによって、銅製コイルばねが後にクレームされるとは予測されない(第3章3.54-3.56)。

5-3.  請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールの特許審査基準には、数値範囲に関しては、類似する基準がある。
 パラメータによって発明を数値範囲内に限定するクレームの新規性について考える場合、その範囲内または限界点にある一つの例が既知である場合、クレームに係る範囲は新規性がない。上位概念の範囲内にある下位概念が、先行技術で明確に言及されていない場合に、下位概念の数値範囲を選択することで、クレームに係る発明を特徴づけることもできる。下位概念の範囲の新規性を証明するには、選択された範囲が狭く、例示によって、既知の上位概念の中から十分に特定されるものでなければならない。下位概念の範囲内における特定の技術的効果の有無は、進歩性を判断する際に考慮すべき事項に該当すると思われ、新規性判断の際に考慮されるべきではない(第3章3.57-3.59)。

5-4.  対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.24

(2) 異なる事項または留意点
 出願時の技術常識を参酌する手法は、日本と同じ考え方がシンガポールの審査においても適用されていると考えられる。

 技術常識を有していることが当業者の最も重要な側面の一つであり、当業者を特徴づけるものであると言っても過言ではない。目的論的な解釈では、当業者が明細書を解釈する際に使用するのがこの技術常識であり、そうした背景や状況を踏まえて、当業者の立場から先行技術を解釈する(第2章2.24)。

6. 特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1.  作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合

 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.39、3.42-3.43

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールには、「機能、特性等の記載により、クレームに係る発明と先行技術との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合、クレームに係る発明の新規性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いたときに限り、審査官は、新規性が否定される旨の拒絶理由通知をする」のような具体的な基準はない。

 先行技術は、当業者の目を通して解釈され、その結果、文献の黙示的な特徴が新規性判断の目的で考慮されることもある。よって、当業者であれば、具体的に言及されていない特徴が、開示に含まれると解釈するであろうと考えられる場合は、開示に含まれる黙示的な特徴と見なされる(第3章3.39)。

 General Tire v Firestone事件の判決にあるように、先の公開に含まれる指示を実行すると、必然的にクレームの侵害になる物が作られたり、侵害になる事が行われたりする場合、クレームに係る発明は新規性がない。これは、特にパラメータを参照して発明を定義するクレームと関連する。黙示的な特徴とは区別されるかもしれないが、この場合、当業者は、特徴が先行技術で開示されているとは解釈せず、先行技術の教示を繰り返せば、必然的にその結果が得られることになる。例えば、開示において特定のパラメータが示されていない場合でも、実行すると、必然的にクレームの範囲内に入る場合、その開示によって、方法または生産物が予測される。ただし、先行技術の教示が、クレームに係る発明を必然的にもたらすという判断は、妥当な推論に基づかなければならない(第3章3.42-3.43)。

6-2.  物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.63-2.65、第3章3.62-3.64

(2) 異なる事項または留意点
 用途限定がある場合のクレーム解釈は、日本と同じ考え方がシンガポールの審査においても適用されていると考えられる。

 特定の用途がある装置または材料のクレームは、通常、その用途に適した装置または材料のクレームと解釈される(Adhesive Dry Mounting Co Ltd v Trapp and Co [1910] 27 RPC 341; G.E.C’s Application [1943] RPC 60)。したがって、「~用の生産物」というクレームでは、特定の装置または材料が、定義された用途に適していることが要求されると解釈される(第2章2.63)。

 しかし、特定の用途に適しており、その態様で使用されても、その装置のクレームの範囲は限定されない(L’Air Liquide Societe’s Application 49 RPC 428)。したがって、先行技術文献において、当該発明が有する特徴のすべてが開示され、その用途にも適していると思われる場合は、新規性を否定する開示となる。一方、既知の生産物が、クレームで定義された材料や組成と同じであるが、記載された用途には明らかに適さない形式の場合、クレームの新規性は失われない。同様に、物理的な変更をしなければ、記載された用途では使用できない装置は、特定の用途には適さない(第2章2.64)。

 「X、Y、Zの特徴からなる魚釣り用のフック」というクレームに関しては、魚釣りに使用できるX、Y、Zの特徴からなるフックであれば、先行技術において魚釣りに使用すると記載されているか否かにかかわらず、クレームが予測されることになる。「hook for fishing」(魚釣り用のフック)を補正で「fishing hook」(魚釣りのフック)にしても、本質的には同じ意味であり、クレームは救われない。しかし、X、Y、Zの特徴からなるクレーンのフックは、魚釣りのフック(釣り針)としての使用に適さない物理的な制限(寸法や重量)を有しており、クレームの範囲から除外される(第2章2.65)。

 既知の装置の新たな使用方法は、新規性があると見なされる場合がある。これはParker J in Flour Oxidizing Co Ltd v Carr and Co Ltd(25 RPC 428)の判決で確立されている。ただし、新たな使用に対する独占を制限するようなクレーム形式にしなければならない。

 特定の用途(例:他のクレームの方法を実行するため)の装置に関するクレームは、通常、その用途に適した装置に対するクレームと解釈される。すなわち用途は、その態様で使用されても、装置に対するクレームを制限しない(L’Air Liquide Societe’s Application 49 RPC 428)。よって、クレームで特定される機能をすべて有し、その用途に使用される装置は、異なる用途で使用されても、クレームは予測される。「魚釣りフック」と「魚釣り用のフック」は本質的には同等であり、この用途に適したフックを開示する引用文献では、いずれかの形式を用いたクレームが予測される(第3章3.62-3.64)。

6-3.  サブコンビネーションの発明
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、「他のサブコンビネーション」に関する具体的な基準はないが、他のサブコンビネーションに関する新規性判断の目的で、黙示的な特徴が考慮される。

 先行技術は当業者の目を通して解釈され、その結果、文献の黙示的な特徴が新規性判断の目的で考慮されることもある。よって、当業者であれば、具体的に言及されていない特徴が、開示に含まれると解釈するであろうと考えられる場合は、開示に含まれる黙示的な特徴と見なされる。

 例えば、内燃機関の冷却システムの制御装置を開示する場合、システムにあるラジエーターやその他の熱交換器には言及しないかもしれないが、それが必要であることは常識である。したがって、引用文献でこの特徴が特定されない場合でも、新規性違反の拒絶理由は通知され得る。一方、ラジエーターは内燃機関の前方に取り付けるのが一般的な方法であるが、必ずしもそうであるとは限らない。こうした状況では、この特徴を具体的に開示していない引用文献に基づいて、新規性違反の拒絶理由を通知することはできない(第3章3.39-3.41)。

6-4.  製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第2章2.73-2.74

(2) 異なる事項または留意点
 方法による生産物の特定に関しては、シンガポールの基準は全般的に日本の基準と似ていると言える。

 限定的な状況では、方法によって生産物を定義することができる。構造、組成、特性、その他の手段(生産物の構造や組成が不明の場合)を参照して、その生産物を十分に特徴づけることができない場合、プロダクト・バイ・プロセス・クレームを使って生産物をクレームすることが認められるものと思われる。審査において、このようなクレームは、クレームに記載された製造方法に起因する特徴を有する、生産物それ自体に関するクレームと解釈されるべきである。例えば、「鉄のサブパネルとニッケルのサブパネルを溶接することで作られる2層構造のパネル」というクレームでは、先行技術に照らして特許適格性を判断する際に、審査官は「溶接」という方法を考慮に入れるであろう。なぜなら、溶接は、最終的な生産物において、溶接以外の方法で生産された生産物とは異なる物理的特性をもたらすからである。すなわち、生産物は、方法のステップのみで定義され得る(第2章2.74)。

 方法によって得られる生産物に関するクレームに関して、「方法Yによって得られるまたは作成される生産物X」は、「得られる」、「得ることができる」、「直接得られる」など、どのような言い回しであるかにかかわらず、生産物それ自体に関するクレームと解釈されるのが普通である(Kirin-Amgen Inc v Hoechst Marion Roussel Ltd [2005] RPC affirming EPO law, i.e., Decision T 150/82 International Flavors and Fragrances Inc. [1984] 7 OJEPO 309)。このようなクレームは、先行技術の生産物が、仮に未開示の方法で作られたとしても、クレームに係る生産物と同じまたは区別がつかないように見える場合は、新規性がない。プロダクト・バイ・プロセス・クレームで定義される生産物の特許適格性は、生産の方法によって左右されない。したがって、生産物は、新たな方法によって生産されたという事実のみによって新規性があるとされるわけではない(第2章2.73)。

6-5.  数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
 特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するシンガポール特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 シンガポール特許審査基準第3章3.57

(2) 異なる事項または留意点
 シンガポールでは、範囲が狭いまたは具体的な特徴が先行技術で開示されている場合、より一般的な(上位概念の)クレームの新規性が否定される。一般的な特徴が先行技術で開示されている場合、より範囲が狭いまたは具体的なクレームの新規性は否定されない。

 パラメータによって発明を数値範囲内に限定するクレームの新規性について考える場合、その範囲内または限界点にある一つの例が既知である場合、クレームに係る範囲は新規性がない。上位概念の範囲内にある下位概念が、先行技術で明確に言及されていない場合に、下位概念の数値範囲を選択することで、クレームに係る発明を特徴づけることはできる。下位概念の範囲の新規性を証明するには、選択された範囲が狭く、例示によって、既知の上位概念の中から十分に特定されるものでなければならない。下位概念の範囲内における特定の技術的効果の有無は、進歩性を判断する際に考慮すべき事項に該当すると思われ、新規性判断の際に考慮されるべきではない(第3章3.57)。

7. その他
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはシンガポールの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

7-1.  グレースピリオド中の開示
 シンガポール特許法第14条(4)~(6)では、ある一定の事項について、一定の条件下で、かつ12か月の「グレースピリオド」中の開示は無視されると規定している(第3章3.110-3.125)。すなわち、特許または特許出願において発明を構成する事項の開示は、当該特許出願の出願日直前の12か月の期間が始まった後に生起し、かつ第14条(4)~(6)の条件を満たす場合は、無視される。