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フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(前編から続く)

5. 請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1. 対比の一般手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、クレームされた発明と引用した先行技術を比較して、一致点と相違点を確認する手順については、明確には記載されていない。しかし、審査官による実務としては同一性テストを採用することが規定されており(第II部第7章第4節第5項5.5)、日本における実務と違いはないと考えられる。

 新規性の評価には、厳格な同一性テストが要求される。新規性を否定するためには、先行技術を開示した一つの文献が、クレームされた発明の各要素を開示していなければならない。均等物は、進歩性の評価においてのみ考慮される。

5-2. 上位概念または下位概念の引用発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念または下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第7項7.4

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、上位概念または下位概念の引用発明の認定について規定があり、日本における実務と同じ考え方がなされている。

 新規性を検討する際には、通常、一般的な開示(上位概念)は、その開示の条件に該当する具体例(下位概念)の新規性を否定することはないが、具体的な開示はその開示を包含する一般的な請求項の新規性を否定することを念頭に置くべきである。例えば、銅の開示は、一般的概念としての金属の新規性を否定することになるが、銅以外の金属の新規性を否定することにはならない。リベットの開示は、一般的概念としての締結手段の新規性を否定するが、リベット以外の締結手段の新規性を否定することにはならない。

5-3. 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法は、明確には記載されていない。上位概念または下位概念の引用発明の認定は、5-2.を参照されたい。

5-4. 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第7項7.3

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法は、明確には記載されていないが、「新規性を判断する際には、先行文献は、文献の公開日に当業者が読んだであろうように読まれるべきである」と規定されている。したがって、出願時の技術常識を参酌する日本における実務とは異なると考えられる。

6. 特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.8

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、作用、機能、性質または特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合のクレームの解釈について明確には記載されていないが、装置等を作用的に特定するクレームの解釈については規定があり、日本の実務に近い考え方であると解される。

 クレームが「工程等を実施するための装置」のような文言で始まる場合、これは単に工程を実施するのに適した装置を意味すると解釈されなければならない。クレームに規定された特徴をすべて備えているが、記載された目的には適さないか、またはそのように使用するためには改変が必要であるような装置によって、通常、クレームの発明は新規性を否定されない。

6-2. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.8、4.9、4.9a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、用途限定のあるクレームの解釈について規定があり、日本における実務と同じ考え方であると解される。

 特定のプロセスにおいて使用される装置または物質に関するクレームは、そのようなプロセスにおける装置または物質の使用に限定されたクレームと解釈されるべきであり、したがって、その新規性は、そのような使用に対する開示によってのみ否定される。

 同じく、特定の用途のための物質または組成物に対するクレームは、記載された用途に実際に適している物質または組成物を意味するものと解釈されるべきである。クレームで定義された物質または組成物と一応同じであるが、記載された用途には適さないような形態である既知の製品は、クレームの新規性を阻却することはないが、既知の製品が、その用途について記載されたことはないが、記載された用途に実際に適している形態である場合は、クレームの新規性を否定することになる。

6-3. サブコンビネーションの発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、クレームにおけるサブコンビネーションの発明の認定について明確には記載されていないが、複数の構造物の組合せからなる発明の留意事項については解説がなされている(第II部第7章第3節第4項4.8a)。

 物理的装置に関するクレームが、その装置を使用する際の特徴を参照して発明を定義しようとする場合、明確さが欠如する可能性がある。これは特に、クレームが装置自体を定義するだけでなく、クレームされた装置の一部ではない2番目の構造物との関係も特定する場合に当てはまる(例えば、エンジン内の位置によって特徴づけられるエンジン用のシリンダーヘッド)。

 2つの装置の組み合わせに対するクレームの構成要素を検討する前に、出願人は通常、2番目の装置との関係によって定義されていたとしても、最初の装置自体について独立して保護を受ける権利があることを常に認識する必要がある。多くの場合、最初の装置は2番目の装置とは独立して製造および販売できるため、通常は、クレームを適切に表現することで独立した保護を得ることができる。

 最初の装置を明確に定義することができない場合、最初と2番目の装置の組み合わせよりなるクレームを考えるべきである(例えば、「シリンダーヘッドを備えたエンジン(engine with a cylinder head)」または「シリンダーヘッドを含むエンジン(engine comprising a cylinder head))。

6-4. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.7b

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、製造方法によって生産物を特定しようとする記載があるクレームの解釈について規定があり、実質的に日本における実務と同じ考え方であると解される。

 製造方法に基づいて定義された物についてのクレームは、そのような物が特許要件、すなわち、新規性および進歩性を満たす場合にのみ認められる。物は、単に新しい製法によって製造されるという事実によって新規性が付与されるわけではない。製造方法によって物を定義するクレームは、そのような物に関するクレームとして解釈され、クレームは、「製法Yによって得られた製品X(Product X obtained by process Y)」ではなく、「製法Yによって得ることのできる製品X(Product X obtainable by process Y)」またはそれと同等の表現をとることが望ましい。

6-5. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.7a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、数値限定を用いて発明を特定しようとする記載があるクレームは、例外的に認められる場合があることが規定されている。

 発明が、化学化合物に関する場合、クレームは様々な方法で定義することができる。化学式によって定義する方法、(より明確な定義が不可能な場合は)プロセスの産物として定義する方法、または、例外的にパラメータによって定義する方法がある。

 パラメータとは、特性値のことで、直接測定可能な特性値(例えば、物質の融点、鋼材の曲げ強度、導電体の抵抗値)である場合もあれば、複数の変数の複雑な数学的組み合わせとして数式の形で定義される場合もある。

 化合物を、そのパラメータのみによって特徴付けることは、原則として許されない。ただし、発明が他の方法で適切に定義できない場合、すなわち、達成される結果とは無関係に、それらのパラメータが当該技術分野で通常使用されており、明細書中の表示または当該技術分野で通常使用されている客観的手順によって明確、かつ確実に決定できる場合には、パラメータを使用することが認められる場合がある。これは、例えば、高分子鎖の場合に起こり得る。また、パラメータによって定義されるプロセスに関連する特徴にも、同じように適用される。

 通常とは異なるパラメータや、パラメータを測定するためのアクセス不可能な装置が採用されている場合は、新規性の欠如を偽装している可能性があるため、精査する必要がある。

7. その他
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはフィリピンの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

 特になし