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フィリピンにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の進歩性については、フィリピン知的財産法第26条に規定されている。

第26条 進歩性
26.1 発明を請求する出願の出願日又は優先日において当該発明が先行技術に照らして当該技術の熟練者にとって自明でない場合は、その発明は進歩性を有する。
26.2 薬剤製品に関して、既知物質の新たな形式若しくは性質であって、当該物質の既知の効力の向上をもたらさないものの発見にすぎないもの、既知物質の何らかの新たな性質若しくは新たな用途の発見にすぎないもの又は既知方法の使用にすぎないもの(ただし、当該既知方法が少なくとも一種の新たな反応物を含む新たな製品を製造できる場合はこの限りではない)に基づく発明は、進歩性を有さない。

 進歩性に関する審査基準については、フィリピン特許審査マニュアル(以下、「フィリピン特許審査基準」という。)の第II部第7章「実体審査」第4節「特許要件」の第9項、第4節第9項の附属書1、第4節第9項の附属書2に進歩性に関する規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。

フィリピン特許審査基準
第II部
 第7章 実体審査
  第4節 特許要件
   第9項 進歩性(9.1-9.10)
   第4節第9項の附属書1(進歩性評価のガイダンス)
    1. 既知の手段の適用であるか
     1.1 既知の手段の自明な方法での適用であって進歩性が否定される発明
     1.2 既知の手段の非自明な方法での適用であって進歩性が肯定される発明
    2. 自明な特徴の組合せであるか
     2.1 自明な特徴の組合せであって進歩性が否定される発明
     2.2 非自明な特徴の組合せであって進歩性が肯定される発明
    3. 自明な選択であるか
     3.1 複数の既知の可能性の中からの自明であって進歩性のない選択
     3.2 複数の既知の可能性の中からの非自明であって進歩性のある選択
    4. 技術的な偏見を克服しているか
    5. その他の例
   第4節第9項の附属書2(進歩性について)
    1. 課題解決アプローチ
    2. 4つのステップによる課題解決アプローチ
    3. サブテスト
     3.1 通常進歩性を否定する指標を提供するサブテスト
     3.2 進歩性を肯定する可能性のある指標を提供するサブテスト

2. 基本的な考え方
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.3

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、発明することが自明であったかという進歩性の考え方については、次のように示されている。なお、クレームにおける発明の進歩性の評価については、「課題解決アプローチ」を用いることが規定されており(中編「4-1.具体的な判断基準」参照)、自明であるかを判断する指標を用いた「サブテスト」が解説されている。

 発明を定義するクレームに関して検討すべき問題は、そのクレームの優先日において、公知の技術を考慮すれば、クレームの条件に該当するものを発明することが当業者にとって自明であったかどうかである。もしそうであれば、そのクレームは、進歩性の欠如となる。「自明」という用語は、技術の通常の発展を超えるものではなく、単に先行技術から明白または論理的に導かれるもの、すなわち、当業者に期待される以上の技術や能力の行使を伴わないものを意味する。進歩性を検討する際には、公開された文献をその後の知識に照らして解釈し、クレームの出願日または優先日において当業者が一般的に利用可能な全ての知識を考慮することが、正しい評価の仕方である。

3. 用語の定義
3-1. 当業者
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.6

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、「当業者」について、次のように規定されており、基本的には日本の審査基準と同じと考えられる。

 「当業者」は、関連する日付において当該技術分野における一般知識を有している通常の実務者であると、推定されるべきである。また、「先行技術」に属するすべてのもの、特に調査報告書で引用された文献にアクセスすることができ、日常的な作業や実験のための通常の手段や能力を自由に利用することができると推定されるべき者である。

 課題が、当業者に他の技術分野にその解決策を必要とさせる場合、その分野の専門家が問題を解決する資格を有する者(当業者)である。したがって、解決策が進歩性を有するかどうかの評価は、その専門家の知識と能力に基づいて行われるべきである。研究チームや製造チームなど、一人で考えるよりも複数人で考えた方が適切な場合もある。例えば、コンピュータや携帯電話システムのような特定の先端技術や、集積回路の商業生産、複雑な化学物質の製造のような高度に専門化された工程がこれに該当する。

3-2. 技術常識及び技術水準
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識」および「技術水準」に対応するフィリピン特許基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、1.

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準によれば、技術常識(共通一般知識)とは、「その技術分野における通常の熟練工が知っているであろうこと、および標準的な教科書に記載されているであろうこと」とされており、日本の審査基準とは定義が異なる。

3-3. 周知技術及び慣用技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術」および「慣用技術」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、「周知技術及び慣用技術」について規定はないが、実務上は「周知技術」とは、よく知られた教科書や標準的な辞書に記載されている技術をいう(第II部第7章第4節第9項9.7(iii))。

 進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については、中編および後編をご覧ください。

フィリピンにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(中編)

(前編から続く)
4. 進歩性の具体的な判断
4-1. 具体的な判断基準
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」の第3段落に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、2.「課題解決アプローチの4つのステップ」

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、進歩性を評価する際、審査官は通常「課題解決アプローチ」を適用するとされている。
 課題解決アプローチでは、審査官はまず、クレームの発明から最も近い先行技術まで一歩後退し、次にこの先行技術と発明の比較に基づいて、いわゆる「客観的課題」を定式化する。最後に、この課題に対する解決策が使用可能であり、使用されていたかどうかに関する指標を求めて、従来技術が検索される。
 課題解決アプローチは、次の4つのステップからなる。

ステップ1:最も近い先行技術を決定する
 発明の技術的特徴とそれに関連する技術的効果、および発明の全体的な効果、目的、または意図される用途を理解するまで出願を検討する。次に、先行技術を個別に検討する。
 各先行技術について、発明に共通する技術的特徴と技術的効果を特定する。発明と各先行技術との相違点、およびその相違点がもたらす技術的効果を特定する。そして、どれが最も近い先行技術であるかを決定する。

ステップ2:最も近い先行技術とクレームされた発明との違いを評価する
 次のステップは、クレームされた発明と最も近い先行技術との差異を判断することである。この相違点は、クレームにはあるが最も近い先行技術にはない構造的、機能的特徴であり、識別特徴と呼ばれる。

ステップ3:技術的課題の定式化
 この違いに基づいて、課題を定式化する。この課題は、特徴的な機能が提供する技術的効果に基づいている。通常、この特徴の効果は、出願自体に記載されているか、明細書の説明から明らかである。例えば、電子部品に隣接する熱伝導体は、熱を部品から遠ざける効果がある。対応する課題は、「電子部品の冷却」として定式化されることがある。
 技術的課題を正しく定式化することが、課題解決アプローチの核心である。適正に定式化されていない場合、進歩性の正しい評価に到達しようとする際に困難が生じる。

ステップ4:発明は自明か
 技術的課題と先行技術が決定した、次のステップは、当業者が先行技術文献を組み合わせて、発明が技術的課題を達成するように、あるいは別の言い方をすれば、同一の課題を解決するように導くような指標が、先行技術にあるかどうかを判断することである。
 技術的課題と先行技術に直面した当業者に、その解決策を最も近い先行技術と組み合わせることを検討させ、課題を解決する発明へ導くような指標が先行技術にない場合、最も近い先行技術から本発明へと当業者を導くようなものがないため、本発明は自明ではない。
 そのような指標がある場合、技術的課題と先行技術に直面した当業者は、解決策を最も近い先行技術と組み合わせることを検討し、クレームの主題に到達するであろうから、発明は進歩性を伴わない。

 ステップ4では、最も近い先行技術から出発して、他の先行技術を考慮して、当業者が発明に至ったであろう指標があるか否かを判断することになるが、この判断には、サブテストと呼ばれる手順が使用される(後述「4-2-5. 設計変更」を参照)。

4-2. 進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1. 課題の共通性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.7

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許基準では、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けとして課題の共通性を検討する規定はなく、複数の文献を組み合わせる際に審査官が留意すべき事項として以下の記載がある。審査官は、組み合わせる「文献の内容が、発明によって解決される課題に関係する当業者が、それらを結合する可能性が高いか、または低いかどうか」を考慮するとされているので、「課題の共通性」は進歩性の評価の項目とされていると考えられる。

 進歩性の有無を検討する際、2つ以上の文献、文献の一部、同一文献の異なる部分、他または他の先行技術の開示を組み合わせることは許されるが、進歩性が否定されるのは、そのような組み合わせが審査中の特許出願の出願日また優先日において、当業者にとって自明であった場合に限られる。審査官は、2つ以上の別個の開示を組み合わせることが、自明であるか否かを判断する際、以下の点に留意すべきである。

(i) 留意事項の一つは、文献の内容が、発明によって解決される課題に関係する当業者が、それらを結合する可能性が高いか、または低いかどうかである。例えば、全体として考慮される2つの開示が、発明に不可欠な開示された特徴における本質的な特性のために、実際には容易に組み合わせることができない場合、これらの開示の組み合わせは、通常、自明とみなされるべきではない。

(ii) 留意事項の一つは、2つの開示が、類似の技術分野であるか、隣接する技術分野であるか、または離れた技術分野の文献であるかどうかである。

(iii) 文献の2つ以上の部分を組み合わせることは、当業者がこれらの部分を相互に関連付けるための合理的な根拠があれば自明であろう。通常、周知の教科書や標準辞書を、従来技術の文献と組み合わせるのは、自明である。これは、複数の文献の教示と当該技術分野における共通の一般知識を組み合わせることが明らかであるという一般命題の特殊なケースにすぎない。一方の文献に他方の文献を参照することが明確に開示されている2つの文献を結合することも、一般的に自明である。文献を、使用など他の方法で公知とされた先行技術と組み合わせることについても、同様の留意事項が適用される。

4-2-2. 作用、機能の共通性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.7

(2) 異なる事項または留意点
 「4-2-1. 課題の共通性」に記載のとおり、審査官の留意事項として、「文献の2つ以上の部分を組み合わせることは、当業者がこれらの部分を相互に関連付けるための合理的な根拠があれば自明であろう」とされているので、合理的な根拠の要素として複数の文献の間の作用、機能の共通性が考慮されると考えられる。

4-2-3. 引用発明の内容中の示唆
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.7

(2) 異なる事項または留意点
 「4-2-1. 課題の共通性」に記載のとおり、審査官の留意事項として「一方の文献に他方の文献を参照することが明確に開示されている2つの文献を結合することも、一般的に自明である」とされているので、引用発明の内容中の示唆は、進歩性の評価の際に考慮されると考えられる。

4-2-4. 技術分野の関連性
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.7

(2) 異なる事項または留意点
 「4-2-1. 課題の共通性」に記載のとおり、審査官の留意事項として「2つの開示が、類似の技術分野であるか、隣接する技術分野であるか、または離れた技術分野の文献であるかどうかである」とされているので、複数の文献の間の技術分野の関連性が考慮されると考えられる。

4-2-5. 設計変更
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3、3.1

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、設計変更の類型に関する進歩性の判断について、以下のように規定されている。

 審査官による進歩性の評価では、最も近い先行技術から始めて、他の先行技術を比較検討し、最も近い先行技術から当業者が本発明に至ったであろう示唆があるか否かを判断する。この際、サブテストと呼ばれる要素が使用される。サブテストは、評価者が判断に至るための指標を提供するものである。
 サブテストには、進歩性の存在を肯定するポジティブ・サブテストと、進歩性の存在を否定するネガティブ・サブテストがある。そして、「設計変更」はネガティブ・サブテストの指標の一つとされている。
 
・寸法、形状又は比率の変更
 限られた可能性の範囲から特定の寸法を選択し、日常的な試行錯誤の結果生じたもの、または通常の設計手順を適用して到達したものは自明である。
 事例:発明は、既知の反応を実施するためのプロセスに関するものであり、不活性ガスの流量が規定されていることを特徴とする。規定の流速は、当業者が必然的に到達する流速にすぎない場合、そのよう設計変更は自明であり、進歩性は否定される

4-2-6. 先行技術の単なる寄せ集め
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3、3.1

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、先行技術の単なる寄せ集めによる発明については、「4-2-5. 設計変更」で述べた、進歩性の存在を否定するネガティブ・サブテストの指標の一つとされている。

・組み合わせまたは並置
 発明が、公知の装置またはプロセスを組み合わせ、または並置することのみから成り、各装置は他の要素と相互作用することなく通常の方法で機能し、予期せぬ技術的効果を生じない場合、そのよう組み合わせは自明であり、進歩性は否定される。
 事例:ソーセージを製造する機械は、公知のミンチ機と公知の充填機とが並んで配置されている。

4-2-7. その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なるフィリピン特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特審査基準には特に記載はない。

4-3. 進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1. 引用発明と比較した有利な効果
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(1) 引用発明と比較した有利な効果の参酌」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3、3.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、「4-2-5. 設計変更」で述べた進歩性の存在を肯定するポジティブ・サブテストの指標の一つとして、「予想外の技術的効果」が規定されている。

・予想外の技術的効果
 このような効果の例としては、別個に知られた先行技術を、本発明の特定の方法で組み合わせると、これらの既知の手段の単なる組み合わせから予想される以上の技術的効果が得られる場合である(これを相乗効果と呼ぶこともある)。これは、「組み合わせ効果」として、進歩性を肯定する指標として知られている。化学分野における発明では、このような現象がしばしば発生する。
 他に、予想外の技術的効果があると言えるのは、既知の方法や手段がまったく別の目的に的確に使われた場合である。
 予想外の技術的効果が、クレームの特徴によって本当に引き起こされたものであることを確認するためには注意が必要である。出願人は、自分の発明が何らかの効果をもたらすと主張するが、その効果はクレームの特徴によってではなく、他の特徴によってもたらされることが判明することがある。予想外の技術的効果は、主観的なテストであると主張することもできる。しかし、効果が客観的に測定され(例えば、より高い効率や収量が得られる場合)、先行技術から予想されるものとは異なることが示される限り、主観的なものではないと言える。

4-3-2. 意見書等で主張された効果の参酌
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第6節第5項5.6a、5.7a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許査基準には、意見書等で主張された効果の参酌については次の規定があり、日本と同じ考え方がフィリピンの審査にも適用されると言える。

 明細書において技術的特徴が明確に開示されているが、その効果が記載されていないか、または十分に記載されていなかった場合でも、出願時に当業者が容易に推察できる場合には、その後の明細書におけるその効果の明確化は、出願の補正の要件(フィリピン知的財産法第49条)に反しない。

 実施例の追加による補正は、常に慎重に検討されるべきで、一般的には認められない。例えば、当初提示された発明が、特定の流体で衣類を処理することからなる、毛織物衣類を洗浄するためのプロセスに関するものであった場合、出願人は、そのプロセスが衣類を蛾の害から保護するという利点も有するという記述を後から明細書に追加することは許されるべきではない。

 しかし、特定の状況下では、出願後に提出された実施例または新たな効果は、たとえ当初の出願に記載がなかったとしても、請求された発明の特許性を裏付ける証拠として審査官が考慮することができる。審査官は、新たな効果を、当初の出願に開示された効果によって暗示されているか、または少なくとも関連していることを条件として、進歩性を裏付ける証拠として考慮することができる。

4-3-3. 阻害要因
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3、3.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、先行技術を組み合わせることを阻害する事情が進歩性を肯定する要素となる、と明確には規定されていないが、技術的な偏見を克服することが進歩性を肯定する理由であることが、次のように規定されている。

・技術的偏見の克服
 これは通常、「非自明性」に対する説得力のある指標である。専門家により特定の開発方法に対する不信感や懐疑などの技術的な偏見があり、先行技術により提案されている発明を通常は使用することはない場合、それは進歩性の存在を強く裏付けるものとみなされる。しかし、出願人は、出願日または優先日においてそのような偏見が存在したことを証明する証拠を提出しなければならない。技術的な偏見があったという単なる主張だけでは不十分である。また、技術的偏見が、出願人だけが認識していたのではなく、世間一般に知られていたことを、出願人が証明しなければならない。

 事例:炭酸ガス入り飲料は、殺菌後、熱いうちに殺菌瓶に入れられる。一般的な見解では、充填装置からボトルを取り出した直後、ボトル詰めされた飲料が噴出しないように、ボトル詰めされた飲料は自動的に外気から遮断されなければならない。したがって、同じ工程を含むが、飲料を外気から遮断するための予防措置が取られない(実際にはその必要がないため)工程は、進歩性が肯定される。

4-3-4. その他
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なるフィリピン特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3、3.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、進歩性が肯定される次の指標が規定されている。

・専門家の認識または技術的評価
 専門家の意見や発明に対する賞賛は、発明の非自明性を示唆するものである。もちろん、これらの専門家が、出願人に雇用されていたり、出願人と商業的に関係があったりする場合には、その意見には注意が必要である。

・発明者から取得したライセンス
 この指標は、商業的成功の概念に関連しており、発明に対する既存のニーズとそれに関連する商業的利益を示唆している。発明者の競合他社がライセンスを取得した場合、競合他社は契約を締結する前に発明の価値を慎重に検討するはずであるから、これは、競合他社が異議申立や侵害訴訟で勝てないと確信していることの表れであり、非自明性を示すものである。

・外国出願
 出願人は、米国、欧州、その他の国でその発明について特許が付与されているから、他国でも同様に特許が付与されるべきであると主張することがある。このような主張はある程度重視されるべきであり、実際、経験の浅い知財庁は、経験豊富な知財庁の実績を利用することが推奨される。

・長年のニーズの充足(時間的要因)
 ある技術的問題に対する解決策に対するニーズが長年存在していたときに、その発明が直ちにそのニーズを満たすものであった場合(例えば、直ちに商業的成功を収めることで証明される場合)、その発明が示す解決策は自明でなかったことを示唆する。

(後編に続く)

フィリピンにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)

(中編から続く)
4-4. その他の留意事項
4-4-1. 後知恵
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.9

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許査基準には、後知恵について次の規定があり、日本と同じ考え方がフィリピンの審査にも適用される。

 一見すると自明に見える発明でも、実際には、進歩性が認められる可能性があることに留意すべきである。新しい発明が、定式化されると、既知のものから始めて、一見簡単な一連の手順によって、どのようにしてその発明に到達するかを理論的に示すことができる。審査官は、この種の事後分析に注意する必要がある。
 審査官は、調査で得られた先行文献は、必然的に、どのような発明がなされるのかを事前に知った上で入手されたものであることを常に念頭に置いておく必要がある。審査官は、出願人が貢献する前に当業者が入手できたであろう先行技術全体を可視化して、当業者が行ったであろう現実の評価を行うように努めるべきである。

4-4-2. 主引用発明の選択
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、1.

(2) 異なる事項または留意点
 中編「4-1. 具体的な判断基準」を参照されたい。

4-4-3. 周知技術と論理付け
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.3a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許査基準には、周知技術と論理付けについて明確な規定はないが、組み合わせの発明において個々の発明が自明である場合の考え方が示されており、日本と実質的に同じ考え方が審査に適用されると解される。

 クレームされた発明は、通常、全体として考慮されなければならない。したがって、組み合わせクレームの場合、組み合わせた個別の特徴それ自体が公知または自明であるから、クレームされた対象発明が自明であると主張することは、一般原則として正しくない。この規則の唯一の例外は、組み合わせの特徴の間に機能的関係がない場合、すなわち、クレームが単に特徴の並置を求めるものの場合である

4-4-4. 従来技術
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.5

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許査基準には、明細書中の従来技術について次の規定があり、日本と同じ考え方がフィリピンの審査にも適用される。

 進歩性があるかどうかを判断するために、特定の発明が当該技術分野に及ぼす貢献を特定する際には、出願人自身が明細書の中で何を認識し、何が知られていると主張しているかをまず考慮すべきである。出願人自身が間違っていたと主張しない限り、公知技術に関するそのような認識は、審査官によって正しいと見なされるべきである。しかし、先行技術調査に含まれる先行技術は、出願人の明細書における視点とは全く異なる観点から発明を位置づける可能性があり得る(実際、この引用された先行技術により、出願人は自発的に特許請求の範囲を補正して、発明を再定義することになる可能性がある。)。クレームの主題が、進歩性を含むかどうかについて最終的な結論に達するためには、そのクレームの主題と先行技術との違いを判断する必要があり、その際に、審査官は、請求項の形式によって示唆される観点のみから進められるものではないことに留意しなければならない。

4-4-5. 物の発明と製造方法・用途の発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法およびその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項9.5a

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許査基準には、物の発明と製造方法・用途の発明との関係について次の規定があり、日本と同じ考え方がフィリピンの審査にも適用される。

 製品に対するクレームが新規、かつ自明でない場合、その製品の製造に必然的に関係する製造方法に関するクレームや、その製品の用途に関するクレームについては、自明性を調査する必要はない。

4-4-6. 商業的成功などの考慮
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3、3.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、進歩性を肯定する指標の一つとして、商業的な成功を獲得することが、次のように記載されている。

 商業的成功は、発明が市場に出てから(通常、出願審査が終了してから)しか起こり得ない。したがって、商業的成功が出願日前の発明の設計に影響を与えることはあり得ず、通常、進歩性の論拠として使用することはできない。商業的な成功は、市場における幸運に恵まれることはもちろんのこと、例えば、最初に市場に参入したこと、巧みな商品位置づけ、優れた販売技術、効果的な広告など、様々な要因によってもたらされる可能性がある。しかし、商業的成功が、長年の欲求の充足のような他の要因と結びつき、発明の技術的特徴に由来することが証明できれば、それは関連性があると認められることはあり得る。

5. 数値限定
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3.1、3.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、数値限定の発明については、複数の既知の可能性の中からの選択に関する発明の一類型として、次のように規定されている。

 発明が、単に多数の等しく可能性のある選択肢の中から選択することにある場合は、自明である。
 事例:発明は、反応混合物に電気的に熱を供給することが知られている既知の化学プロセスに関する。このように熱を供給する方法には、多数のよく知られた代替方法があり、本発明は、単に一つの代替方法を選択することにある。

 しかし、既知の範囲内で特定の操作条件(例えば、温度や圧力)を特別に選択することで、プロセスの操作や得られる製品の特性に予期せぬ効果をもたらす場合は、自明とは言えない。
 事例:物質Aと物質Bが高温で物質 C に変換されるプロセスでは、一般に、温度が50~130℃の範囲で上昇するにつれて、物質 C の収量が常に増加することが知られていた。クレームされている、63℃から65℃の温度範囲では、物質Cの収率は予想よりもかなり高いことが判明した。

6. 選択発明
 日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第9項 付属書2、3.1、3.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、選択発明については、複数の既知の可能性の中からの選択に関する発明の一類型として、次のように規定されている。

 発明が、単に多数の等しく可能性のある選択肢の中から選択することにある場合は、自明である。
 事例:発明は、反応混合物に電気的に熱を供給することが知られている既知の化学プロセスに関する。このように熱を供給する方法には、多数のよく知られた代替方法があり、本発明は、単に一つの代替方法を選択することにある。

 しかし、多数の公知の可能性の中からの選択であっても予期せぬ効果をもたらす場合は、自明ではなく、結果として進歩性が肯定される。例えば、発明が、幅広い分野から特定の化合物または組成物(合金を含む)を選択することにあり、そのような化合物または組成物は、予期せぬ技術的な利点を有する場合が該当する。
 事例:発明が、先行文献の開示で定義された可能性の全領域から置換基ラジカル「R」を選択することにある。この選択は、可能な分野の特定の領域を包含しており、有利な特性を有することを示す化合物をもたらす。しかし、先行文献には、当業者を他の選択ではなく、この特定の選択に導くような示唆はない。

7. その他の留意点
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第1節「新規性」に記載されている、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定、およびこれらの発明の対比については、以下のとおりである。

7-1. 請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項

(2) 異なる事項または留意点
 「フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」の「3.請求項に記載された発明の認定」を参照されたい。

7-2. 引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第5項

(2) 異なる事項または留意点
 「フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」の「4.引用発明の認定」を参照されたい。

7-3. 請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 「フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」の「5-1. 対比の一般手法」を参照されたい。

8. 追加情報
 これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはフィリピンの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 特に記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 特に記載はない。

フィリピンにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)

1. 記載個所
 発明の新規性については、フィリピン知的財産法第23条に、先行技術については、フィリピン知的財産法第24条に規定されている。

フィリピン知的財産法 
第23条 新規性 
発明は、それが先行技術の一部である場合は新規であるとはみなさない。 
 
第24条 先行技術  
先行技術は、次のものからなる。 
24.1 発明を請求する出願の出願日又は優先日の前に世界の何れかの場所において公衆が利用することができるようにされているすべてのもの 
24.2 本法の規定に従って公開され、フィリピンにおいて出願され又は効力を有し、かつ、当該出願の出願日又は優先日より前の出願日又は優先日を有する特許出願、実用新案登録又は意匠登録の全内容。ただし、第31条の規定に従って先の出願の出願日を有効に請求する出願は、当該先の出願の出願日において有効な先行技術であるものとし、かつ、その両方の出願の出願人又は発明者が同一ではないことを条件とする。 

 新規性に関する審査基準については、フィリピン特許審査マニュアル(以下、「フィリピン特許審査基準」という。)の第II部第7章実体審査第4節特許要件の第5項-第8項に規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。

フィリピン特許審査基準 
第II部 
 第7章 実体審査 
  第4節 特許要件 
   第5項 新規性;先行技術(5.1-5.5) 
   第6項 他のフィリピン出願との抵触(6.1-6.4) 
   第7項 新規性テスト(7.1-7.6) 
   第8項 不利益とならない開示(8.1-8.4) 

2. 基本的な考え方
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように、クレームされた発明と引用した先行技術を比較して、相違点があるか否かを判断する手順については、明確には記載されていないが、審査官による実務としては、同一性テストを採用することが規定されており(第II部第7章第4節第5項5.5)、日本における実務と違いはないと考えられる。

 新規性の評価には、厳格な同一性テストが要求される。新規性を否定するためには、先行技術を開示した一つの文献が、クレームされた発明の各要素を開示していなければならない。均等物は、進歩性の評価においてのみ考慮される。

3. 請求項に記載された発明の認定
3-1. 請求項に記載された発明の認定
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第3節第4項4.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、日本の審査基準のように、クレームされた発明の認定について、クレームの記載どおりに認定することが規定されており、日本と同じ考え方がフィリピンの審査にも適用されると考えられる。

 各請求項は、明細書において明示的な定義等により特別な意味を付与している場合を除き、関連技術分野において通常有している意味とその意味する範囲内において読むべきである。さらに、そのような特別な意味が適用される場合、審査官は可能な限り、クレームの文言のみからその意味が明確になるよう、クレームの補正を要求すべきである。また、クレームは、技術的な意味を理解するように試みながら読むべきである。このような読み方には、クレームの文言の厳密な字義通りの意味から逸脱することが含まれる場合もあり得る。特許請求の範囲と明細書で使用される用語は、互いに整合していなければならない。

3-2. 請求項に記載された発明の認定における留意点
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン知的財産法第75条第1項の「クレームは、明細書及び図面を考慮して解釈する」という規定を考慮すると、特許請求の範囲と明細書の記載の間の矛盾は避けなければならない。フィリピン特許審査基準には、クレームの記載と明細書が一致しない場合として次の3つの場合が記載されている(第II部第7章第3節第4項4.3)。

(i) 単なる文言上の不一致がある場合
 明細書には、クレームに記載された発明が特定の特徴に限定されることを示唆する記載があるにもかかわらず、特許請求の範囲ではそのように限定がされていない場合がこれに該当する。

(ii) 明らかに本質的な特徴に関する矛盾がある場合
 一般的な技術知識から、あるいは明細書に記載または暗示されている事項から、独立請求項に記載されていないある技術的特徴が発明の実施に不可欠である、言い換えれば発明が関連する課題の解決に必須である、と思われる場合がこれに該当する。

(iii) 明細書および/または図面の主題の一部が、特許請求の範囲に属さない場合
 クレームでは、半導体デバイスを使用した電気回路が規定されているが、明細書および図面の実施形態の一つでは真空管が使用されている場合がこれに該当する。

4. 引用発明の認定
4-1. 先行技術
4-1-1. 先行技術になるか
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第5項5.1

(2) 異なる事項または留意点
 先行技術とは、フィリピン知的財産法第24条第1項において、「世界の何れかの場所において公衆が利用することができるようにされているすべてのもの」と定義されており、この定義の幅の広さには注意が必要である。関連する情報が、公衆に提供された地理的場所、言語または方法(書面または口頭による説明、使用またはその他の方法によるもの等)については、何ら制限はない。ただし、外国での先行使用は、印刷文書または有形の形態で開示されなければならない。

 情報が公衆に利用可能であるとみなされるのは、それが秘密情報でない場合、または特定のグループによる利用に限定されていない場合である。フィリピン国内外を問わず、先行使用および口頭開示は、相当な証拠をもって証明されなければならない。

4-1-2. 頒布された刊行物に記載された発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節3.1.1「(1)刊行物に記載された発明」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章4節第5項5.2

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、頒布された刊行物(書面に記載されたもの、すなわち先行文献)については、該当する日付において公衆がその文献の内容を知ることが可能であり、そのような知識の使用または普及を制限する秘密保持の禁止がなかった場合、公開されたとみなされるべきであるとされている。例えば、ドイツの実用新案は、実用新案登録簿に登録された日に既に公的に利用可能であり、これは特許公報に公表された日に先立つ。

4-1-3. 刊行物の頒布時期の推定
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準には、日本の審査基準のように刊行物の頒布時期の推定については規定がないが、審査における審査官の公開日の推定については以下の規定がある(第II部第7章4節第5項5.2)。

 審査官は、審査において、公開の事実に関する疑念や文献の正確な公開日の真偽に関する疑念が、完全に解消されていない場合であっても、先行文献として引用することがあり得る。この場合に、出願人が、文献の公開可能性または推定される公開日について異議を唱える場合、審査官はその問題をさらに調査するかどうかを検討する必要がある。出願人が、その文献が、「先行技術」の一部となることを疑問とする正当な理由を示し、それ以上の調査によってその疑念を取り除くのに十分な証拠が得られない場合、審査官はその問題をそれ以上追及すべきではない。

4-1-4. 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 フィリピン特許審査基準第II部第7章第4節第5項5.1

(2) 異なる事項または留意点
 4-1-1.に記載したように、関連する情報が、公衆に提供された地理的場所、言語または方法(書面または口頭による説明、使用またはその他の方法によるもの等)については、何ら制限はないから、インターネット等で公開された情報も先行技術に含まれる。

4-1-5. 公然知られた発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 フィリピン特許審査基準では、日本の審査基準のような「公然知られた発明」と「公然実施された発明」の区別はなく、「文献以外の方法による先行技術」として、以下の規定がある(第II部第7章4節第5項5.4a、5.4b、5.4c)

 使用またはその他の方法で公衆に利用可能となった先行技術または情報は、機密でない場合や使用が制限されていない場合に、公衆に利用可能とされたとみなされ、先行技術とされる。フィリピン国内外を問わず、先行使用および口頭による開示は、相当な証拠をもって証明されなければならない。

 その他の方法で利用可能となった先行技術の使用としては、対象物の生産、提供、販売、その他の方法による利用、またはプロセスもしくはその使用法の提供、販売、プロセスの使用が該当する。マーケティングは、例えば、販売や交換によって行われる。また、先行技術は、例えば、専門家養成やテレビにおいて対象物やプロセスを実演することによって、また、他の方法で公衆に提供されることもある。その他の方法による公衆への利用可能化には、技術の進歩がその後、当該先行技術の態様を利用可能にするために提供し得るすべての可能性も含まれる。

 また、例えば、対象物が公衆に無条件で販売される場合、購入者は製品から得られる知識を無制限に所有することになるため、先行技術となる場合があり得る。このような場合、対象物の具体的な特徴が、外見からではなく、さらなる分析によってのみ判明する可能性があるとしても、そのような特徴は、公衆の利用に供されたものとみなすことができる。

 他方で、対象物が所定の場所(例えば、工場)で見ることができ、その場所には、対象物の具体的な特徴を確認するのに十分な技術的知識を有する者を含め、秘密に拘束されない公衆が出入りすることができる場合、専門家が純粋に外部からの検査によって得ることができたすべての知識は、公衆に提供されたとみなされる。ただし、そのような場合、対象物を解体または破壊することによってのみ確認できる隠された特徴は、公衆に利用可能になったとはみなされない。

 採用されるべき基本原則は、秘密保持に関する明示的または黙示的な合意があり、それが破られていない場合、またはそのような秘密保持が善意もしくは信頼関係に由来するような事情がある場合には、対象物は使用またはその他の方法によって公衆に提供されたことにはならないということである。善意または信頼は、契約上または商業上の関係において生じうる条件である。

4-1-6. 公然実施をされた発明
 日本の特許・実用新案審査基準の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施をされた発明(第29条第1項第2号)」に対応するフィリピン特許審査基準の記載は、以下のとおりである。

(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
 対応する記載はない。

(2) 異なる事項または留意点
 4-1-5.を参照されたい。

(後編に続く)