マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
1. 記載個所
発明の進歩性については、マレーシア特許法第15条に規定されている。
第15条 進歩性 第14条(2)(a)に基づく先行技術を構成するすべての事項を考慮した場合に、その進歩性が、それに係る技術において通常の技量を有する者にとって自明なものでないときは、その発明は進歩性を有するものとみなす。 |
進歩性に関する審査基準については、マレーシア特許審査ガイドライン(以下、「マレーシア特許審査基準」という。)の「パートD 特許性」の8.0に進歩性に関する規定があり、その概要(目次)は、以下のとおりである。
8.0 進歩性 8.1 総論 8.2 先行技術 8.2.1 文献の作成時期 8.3 発明概念の特定 8.4 当業者 8.5 当業者の技術常識 8.6 自明性 8.7 進歩性の検討の出発点 8.7.1 進歩性テスト 8.7.2 自明性の判断 8.7.3 進歩性のための文献の組合せ(「モザイク化」) 8.7.4 文献と周知技術の組合せ 8.7.5 自明性を判断するためのアプローチ 8.7.5.1 容易に入手できる手段 8.7.5.2 単なる現場での改良 8.7.5.3 日常的な試行錯誤 8.8 組合せと並列又は集約 8.9 事後分析 8.10 発明の過程 8.11 肯定的な要素 8.11.1 予測することのできない効果 8.11.2 長年解決されない技術的課題、商業的な成功 8.12 出願人が提出した証拠及び主張 8.13 選択発明 8.14 バイオテクノロジー分野における進歩性の評価 8.15 従属請求項、さまざまなカテゴリーのクレーム 8.16 事例 |
2. 基本的な考え方
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」第一段落に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準パートD 8.7.2
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、審査官による進歩性の判断は、発明が当業者にとって自明であったか否かに基づくものであるとして、次のように規定している。
「審査官は、先行技術と当該発明との間に存在する相違点を特定し、それらの相違点が当業者にとって自明であったであろう手順を構成するか、それともある程度の発明を必要とする手順を構成するか、を判断することが求められる。」
「発明が自明であるか否かの判断は、出願人にとっても公衆にとっても極めて重要であるため、審査官はこの作業に多大な労力を費やす覚悟が必要である。審査官が、当業者に示すべき関連する技術常識を正しく特定することが特に重要である。」
「審査官は、先行技術やその他の関連する技術的事項を考慮した上で、その結果が進歩性の有無を示唆するものであるか否かを判断する能力を有する者でなければならない。」
3. 用語の定義
3-1. 当業者
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「当業者」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.4
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、「当業者」について、次のように規定されており、基本的には日本の審査基準と同じと考えられる。
「「当業者」とは、平均的な知識と能力を有し、出願時において当該技術分野において一般的な知識を有する熟練した実務者であると推定される。また、当業者は、「技術水準」のすべて、特にサーチレポートで引用された文献にアクセスでき、当該技術分野において通常必要とされる日常的な作業や実験の手段や能力を有している者と推定される。」
マレーシア特許審査基準には「専門家からなるチーム」という表現に正確に対応する文言はない。しかし、次の審査基準の解説は、間接的に「専門家からなるチーム」を示唆しており、日本における定義と類似している。
「当業者が、課題解決のために他の技術分野の手助けを必要とする場合に、当該他の分野の専門家が課題解決の資格を有する者となり得る。」
3-2. 技術常識及び技術水準
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「技術常識」および「技術水準」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.5
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、当業者の技術常識(一般知識)について解説されている。基本的な教科書や単行本は、技術常識を代表するものと考えられている。単一の出版物あるいは文献は、技術常識の一部とはみなされない。技術常識は、様々な情報源から得られるものであり、必ずしも特定の文書の出版に依存するものではない。実験、分析、製造の方法、技術の理論などについては特に言及されていないが、基本的な教科書ではカバーされていると理解されている。
3-3. 周知技術及び慣用技術
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「2. 進歩性の判断に係る基本的な考え方」でいう「周知技術」および「慣用技術」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、「周知技術及び慣用技術」については触れられていない。「3-2. 技術常識及び技術水準」が参考となる。
進歩性の具体的な判断、数値限定、選択発明、その他の留意点については「マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)」をご覧ください。
マレーシアにおける進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)
(前編から続く)
4. 進歩性の具体的な判断
4-1. 具体的な判断基準
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」の第3段落に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.1
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、審査官は、出願日または優先日における当該技術分野の技術常識を判断し、発明と技術水準との相違点を特定するために、通常の技術を備えるがunimaginativeな名宛人(a normally skilled but unimaginative addressee)の役割を担うものとされている。そして、その立場で審査官は、相違点が自明であるか、それともある程度の発明を要するかを判断する。これは、日本の審査基準では「動機付け」など異なる表現になっているが、様々な要因に基づいて、クレームされた発明に容易に到達することが可能か不可能かということでは共通すると言える。具体的には、次の4つのアプローチが採用されている。
(i) クレームされた発明の概念を特定する。
(ii) 出願日または優先日において、当該技術分野における技術常識を有する、通常の技術を備えるがunimaginativeな名宛人の立場を想定する。
(iii) 技術水準として引用された事項と、クレームされた発明との間に相違点がある場合は、それを特定する。
(iv) クレームされている発明についてまったく知識がなくても、これらの違いが通常の技術を有する者((ii)で想定した者)にとって自明のステップを構成するかどうか、または何らかの程度の発明が必要かどうかを判断する。
4-2. 進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1. 課題の共通性
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、課題が共通することが動機付けの根拠となるということが明確には記載されてはおらず、あくまでも組み合わせの発明に関する自明性の問題として扱われている。しかし、審査官は「(組み合わせる)文献の性質と内容が、当業者が文献を組み合わせるかどうかにどのように影響するか」を検討するとされているので、課題の共通性についても自明性の検討要素として考慮されると解され、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。
4-2-2. 作用、機能の共通性
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、作用や機能が共通することが動機付けの根拠となるということが明確には記載されてはおらず、あくまでも組み合わせの発明に関する自明性の問題として扱われている。ただし、発明の特徴については、次のように説明されており、「作用、機能」を発明の特徴の一部と解すれば、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。
「一連の公知の特徴の組み合わせは、多くの場合、単なる設計や単なる組み合わせの問題であり、発明ではない。」
ただし、「開示された特徴が一見して本質的に相容れないように見える場合や、1つの(特徴的な)発明が組み合わせから導かれる傾向がある場合、これらの組み合わせに進歩性があることを示唆するものとなる。」
4-2-3. 引用発明の内容中の示唆
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、引用発明を組み合わせる際の審査官の検討要素として、「ある文献内の別の文献への参照」が挙げられているので、引用発明の内容中の示唆については、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。
4-2-4. 技術分野の関連性
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、技術分野の関連性が動機付けの根拠となるということが明確には記載されていない。しかし、文献を組み合わせる際に審査官は、「文献が同じ技術分野のものであるか、それとも近接あるいは離れた技術分野のものであるか」を検討しなければならないとされているので、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用されると考えられる。
4-2-5. 設計変更
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.5.1~8.7.5.3
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、設計変更の類型に関する進歩性の判断について、以下が規定されている。
・容易に入手できる手段
特定の技術課題に対する解決策が、当業者にとって日常的に入手可能な手段を使用するものである場合は、進歩性は否定される。例えば、解決策が、当業者であれば、特定された課題あるいはそれに伴ういくつかの現実的な問題を解決する際に考慮するであろう、通常の選択肢のうちの1つである場合はこれに該当する。
・単なる現場での改良
クレームされた発明が、先行技術に対する「単なる現場での改良」である場合、進歩性を欠くことになる。一般に、「単なる現場での改良」は、当業者であれば、実用上支障なく、かつ、技術的あるいは商業的に大きな改良を期待することなく、実施することができるものであるから、これは進歩性を欠くものである。
・日常的な試行錯誤
発明が、限られた範囲から特定の寸法、温度範囲、その他のパラメータを選択するものであり、これらのパラメータが、日常的な試行錯誤や通常の設計手順の適用によって得られることが明らかである場合は、進歩性は否定される。例えば、既知の反応を実行する方法に関する発明が、不活性ガスの特定の流量を特徴とする場合に、所定の速度が、熟練した専門家によって必然的に到達される速度にすぎない場合、この速度を選択することは自明である。
4-2-6. 先行技術の単なる寄せ集め
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.8
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、先行技術の単なる寄せ集めによる発明については、進歩性は否定されることが規定されており、日本と同じ考え方が適用されると考えられる。
「クレームされた発明は通常、全体として考慮されなければならない。従って、組み合わせ(combination)による発明の場合、個々の特徴が公知または自明であるから、クレームされた発明全体が自明であると主張することは、原則として正しくない。しかし、クレームされた発明が単なる「特徴の集合体または並列(aggregation or juxtaposition of features)」である場合は、個々の特徴が自明であることを示すだけで進歩性を否定するのに十分である。技術的特徴の集合は、その特徴の機能的相互作用が、個々の特徴の技術的効果の合計とは異なり、例えば、それよりも大きい複合的な技術的効果を達成する場合、特徴の組み合わせの発明とみなされる。すなわち、個々の特徴の相互作用が相乗効果を生み出さなければ発明の進歩性は否定される。」
4-2-7. その他
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なるマレーシア特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特審査基準には特に記載はない。
4-3. 進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1. 引用発明と比較した有利な効果
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(1) 引用発明と比較した有利な効果の参酌」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.11.1
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、予期せぬ技術的効果は進歩性を肯定する要素として、次のように規定されている。この場合に、発明の対象となる製品またはプロセスが既知のものよりも優れている必要はなく、その特性や効果が予想されなかったことで十分とされる。
「予期せぬ技術的効果は、進歩性を示すものとみなすことができる。しかし、その効果は、単に明細書にのみ記載されている特徴からではなく、クレームに記載された特徴に基づくものでなければならない。また、クレームに記載されているとしても、単に先行技術に既に含まれている特徴に基づくのではなく、既に知られた特徴を組み合わせた発明に関する特徴に基づくものでなければならない。」
4-3-2. 意見書等で主張された効果の参酌
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.12
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、意見書等で主張された効果の参酌については次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。
「進歩性を評価するために審査官が考慮すべき論拠および証拠は、最初に提出された特許出願から採用することも、またその後の手続中に出願人が提出する意見書から採用することもできる。ただし、そのような新たな効果は、最初の出願で示された技術的課題によって暗示されているか、少なくともそれに関連する場合にのみ考慮される。」
4-3-3. 阻害要因
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.16 ANNEX V 5.0
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、先行技術を組み合わせることを阻害する事情が進歩性を肯定する要素となる、と明確には規定されていないが、技術的な偏見を克服することが進歩性を肯定する理由であることが、次のように規定されている。
「先行技術によれば、当業者はその発明によって提案される手順から遠ざかるであろう場合には、進歩性が認められる。例えば、当業者が、公知の方法の代替案があるかどうかを判断するための実験さえ行われていなかったような技術的障害を克服した場合にこの考え方が適用される。」
4-3-4. その他
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なるマレーシア特許審査基準の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.11.2
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、進歩性が肯定される他の類型として、長年存在した課題やニーズを解消した発明が、次のように規定されている。
・長年存在していた技術的課題やニーズの解消
当業者が長い間解決しようとしてきた技術的な課題を発明が解決した場合、または、長い間存在していたニーズを満たした場合、このことは進歩性を示すものとみなすことができる。
4-4. その他の留意事項
4-4-1. 後知恵
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.9
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、後知恵について次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。
「一見、自明のように見える発明にも、実は進歩性がある可能性があることを忘れてはならない。ひとたび新しい発明がなされれば、既知のものから出発して、一見簡単そうに見える一連のステップを経て、どのようにしてその発明に到達するかを理論的に示すことができる場合が多い。審査官はこの種の事後的分析に注意する必要がある。審査官は、検索で発見した文献が、必然的に、クレームされた発明を構成する事項を知った上で入手されたものであることを常に念頭に置くべきである。」
4-4-2. 主引用発明の選択
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.3
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、日本の審査基準のように、主引用発明と副引用発明の定義はない。複数の文献を組み合わせることについては、「異なる文書からの情報を、発明が自明であることを立証するために適切に組み合わせることができるかどうかについては、単純なルールは存在しない。」と規定している。
4-4-3. 周知技術と論理付け
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.7.4
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、周知技術と論理付けについて次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。
「一つの文献と一般的な知識を組み合わせることによって発明を生み出すことができる場合、そのような組み合わせは当業者にとって自明であろうという強い推定が成り立つ。このような判断を行う場合、審査官は、特定の特徴が一般的な知識であると主張する根拠を明確に詳述すべきである。」
4-4-4. 従来技術
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.12
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、明細書中の従来技術について次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。
「進歩性の有無を判断するために、発明が当該技術に与える効果を特定する際には、まず出願人自身が明細書の中で認めている内容を考慮すべきである。このような先行技術の認定は、出願人が誤りであると主張しない限り、審査官によって正しいものとみなされるべきである。」
4-4-5. 物の発明と製造方法・用途の発明
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法およびその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.15
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準には、物の発明と製造方法・用途の発明との関係について次の規定があり、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。
「製品に関するクレームの発明が新規かつ非自明であれば、必然的にその製品の製造プロセスに関するクレームや、その製品の用途に関するクレームの発明の新規性や非自明性を調査する必要はない。」
4-4-6. 商業的成功などの考慮
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.11.2
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、進歩性を肯定する要素の一つとして、商業的な成功を獲得することが、次のように記載されている。
「商業的成功だけでは進歩性を示すとはみなされないが、長年のニーズと関連した即時的な商業的成功の証拠は、審査官が、その成功が発明の技術的特徴に由来するものであり、他の影響(例えば、販売方法や広告)に由来するものではないと納得する場合には、進歩性は肯定的に判断される。」
5. 数値限定
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.13
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、数値限定の発明については「選択発明」の一類型として、次のように規定されている。
「選択発明は、選択された部分要素または部分的な数値範囲を表示する点で先行技術とは異なる。この選択が特定の技術的効果に関連しており、かつ、当業者がその選択に至る示唆が存在しない場合には、進歩性が認められる(選択された範囲内で生じるこの技術的効果は、より広い公知の範囲によって達成されるのと同じ効果であってもよいが、予想外の程度である必要がある。)。」
「予想外の技術的効果は、クレームされた範囲全体に適用されなければならない。クレームされた範囲の一部分においてのみ効果が生じる場合、クレームされた発明は、その効果が関係する特定の問題を解決するものではない。」
6. 選択発明
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応するマレーシア特許審査基準の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.13
(2) 異なる事項または留意点
「5. 数値限定」を参照されたい。
7. その他の留意点
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「新規性」に記載されている、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定、およびこれらの発明の対比については、以下のとおりである。
7-1. 請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準 パートD 8.3
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準では、審査官が発明概念を特定する際の留意点について、次のように規定されている。
「明細書全体から導き出される一般化された概念ではなく、当該クレームの発明概念を考慮しなければならない。クレームが異なれば、一般的に発明コンセプトも異なる。」
「クレームの発明概念を特定するには、クレームの目的論的解釈を伴う可能性が高い。しかし、そのような解釈を行うだけでは、発明の思想または原理の実施に寄与するクレームの部分と、寄与しないクレームの部分とを区別することができないため、厳格になりすぎる可能性がある。クレームの本質を見出すには、クレームから不必要な語弊のある表現を削除することも含まれるべきである。」
「クレームの発明の「発明コンセプト」と「技術的貢献」は異なる。「発明コンセプト」は、発明の核心、(すなわち、発明者の成果を発明的と呼ばれるに値するものとする、本質的な着想や応用)で特定されるものである。」
7-2. 引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準には、該当する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準にはこれに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。
7-3. 請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
マレーシア特許審査基準には、該当する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
マレーシア特許審査基準にはこれに該当する記載はないが、日本と同じ考え方がマレーシアの審査にも適用される。
8. 追加情報
これまでに記載した事項以外で、日本の実務者が理解することが好ましい事項、またはマレーシアの審査基準に特有の事項ついては、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特に記載はない。
マレーシアにおける特許の新規性について
1.新規性の判断基準
マレーシアでは、発明が先行技術により予測されないものである時は、その発明は新規性を有すると判断される。ここでいう先行技術とは、具体的には、以下の(a)、(b)により構成されるものをいう(マレーシア特許法第14条第1項、第2項)。
(a)刊行物、口頭の開示、使用または他の方法によって、出願日もしくは優先日前に、世界のいずれかの場所において開示されたもの。
(b) 先行する出願日または優先日を有する国内特許出願に記載されている内容であって、マレーシア特許法第33Ð条に基づいて公開される特許出願に包含されているもの。
マレーシア特許法 第14条 新規性 (1) 発明が先行技術により予測されないものであるときは,その発明は新規性を有する。 (2) 先行技術は,次に掲げるものによって構成されるものとする。 (a) その発明をクレームする特許出願の優先日前に,世界の何れかの場所において,書面による発表,口頭の開示,使用その他の方法で公衆に開示されたすべてのもの (b) (a)にいう特許出願より先の優先日を有する国内特許出願の内容であって,その内容が前記の国内特許出願に基づいて33D条に基づいて公開される特許出願に包含されている場合のもの[法律A1649:5による改正] |
2.特許の新規性喪失の例外(グレースピリオド)
先行技術の開示が、次に掲げる事情(a)、(b)、(c)に該当している場合は、その開示は無視するものとされ(a disclosure・・・shall be disregarded)、その開示により特許出願は新規性を失わない(マレーシア特許法第14条第3項)。
(a) その開示が、その特許の出願日前1年以内に生じており、かつ、その開示が、出願人またはその前権利者の行為を理由とするものであったかまたはその行為の結果であったこと。
(b) その開示が、その特許の出願日前1年以内に生じており、かつ、その開示が、出願人またはその前権利者の権利に対する濫用を理由とするものであったかまたはその濫用の結果であったこと。
(c) その開示が、本法の施行日に、英国特許庁に係属している特許登録出願によるものであること。
マレーシア特許法 第14条 新規性 (3) (2)(a)に基づいてなされた開示が次に掲げる事情に該当している場合は,その開示は無視するものとする。 (a) その開示がその特許の出願日前1年以内に生じており,かつ,その開示が出願人又はその前権利者の行為を理由とするものであったか又はその行為の結果であったこと (b) その開示がその特許の出願日前1年以内に生じており,かつ,その開示が出願人又はその前権利者の権利に対する濫用を理由とするものであったか又はその濫用の結果であったこと (c) その開示が,本法の施行日に,英国特許庁に係属している特許登録出願によるものであること (4) (2)の規定は,先行技術に含まれる物質又は組成物の,第13条(1)(d)にいう方法における使用に関する特許性を排除するものではない。ただし,そのような方法におけるその使用が先行技術に含まれていないことを条件とする。 |
上述のグレースピリオドの適用を主張する場合、出願人は、出願時にまたはその他いつでも、上記の各理由によって先行技術としては無視されるべきと考える事項を、付属の陳述書(an accompanying statement)において明らかにしなければならない(マレーシア特許規則20)。
なお、証拠書類を陳述書と併せて提出する必要はなく、証拠の提出に関する具体的な日数制限があるわけでもないが、実務においては、拒絶理由通知を受けた後に補充することが行われている。
マレーシア特許規則 規則20 先行技術との関係で無視されるべき開示 出願人は,出願時に又はその他の何時であれ,自己が認識しかつ特許法第14条(3)に基づき先行技術としては無視されるべきと考える開示事項を述べるものとし,その事実を付属の陳述書において明らかにするものとする。 |
3.審査基準
マレーシア特許審査基準では、新規性に関して、D 7.0「新規性」に記載されている。
審査基準D 7.0冒頭に、前記特許法第14条第1項の条文を引用し、先行技術により予測されない発明は新規性を有する、と記載されている。
なお、先行技術とは、審査基準D 5.1において、マレーシア特許出願の出願日(または優先日)より前に、書面または口頭による説明、使用、またはその他の方法によって公衆に利用可能になったすべてのもの、と定義されている。
以下、審査基準D 7.1~7.9の各項における主な記載内容を紹介する。
3-1. マレーシア特許法第14条第2項に基づく先行技術(審査基準 D 7.1)
新規性の検討において、先行技術文献に記載された先行技術、または異なる実施形態の別個の項目を組み合わせることは認められない。文献内で明示的に否認されている事項や明示的に記載されている先行技術は、その文献に含まれているとみなされ、その範囲や意味を解釈し理解する際に考慮されるべきである。
新規性を評価する際、文献の教示に周知の同等物が含まれていると解釈することは不適切である。つまり、特許請求範囲に従来技術にはないマイナーな特徴(周知の同等物)が含まれている場合、その請求項は新規性があるとみなすことができる。先行技術からの発展が、技術的な問題を解決しない周知の同等物を代用するものである場合、既知のもの、または先行技術からの非発明的な発展については、独占を認めるべきではない。
3-2. 暗黙の特徴またはよく知られた同等物(審査基準 D 7.2)
発明または実用新案の新規性を評価するために先行技術が引用される場合、先行技術に記載された明示的な技術内容と、当業者が開示内容から直接的かつ曖昧さなく推測できる暗黙的な技術内容の両方が含まれる技術内容が使用される。先行技術に明示的または黙示的に開示されている特徴の周知同等物は、先行技術から「直接かつ曖昧さなく導出可能」とはみなされず、したがって、進歩性の評価のためにのみ考慮される。
3-3. 先行技術文献の関連日(審査基準 D 7.3)
新規性を判断するために、先行技術文献は、関連日において当業者によって読まれ理解されたであろうように読まれ考慮される。先行技術の検討における関連日とは、当該先行技術が公開された日を意味する。ただし、関連する先行技術が先の出願である場合を除く。この場合、関連する日は、当該先の出願の出願日、または特許法第14条第2項に該当する場合には優先日となる。
3-4. 先行技術文献における実施可能な開示(審査基準 D 7.4)
実施可能な開示を提供する先行技術文献は、その時点における当該分野の一般的な知識を考慮して、当業者が請求項に係る発明を実施することを可能にするのに十分な詳細さで請求項に係る発明を記載している場合、請求項に係る発明を予見させるものである。先行技術に名称または式が記載されている化学化合物は、先行技術に記載された情報と、先行技術の関連日において利用可能であった追加的な一般知識とによって、当該化合物の調製または天然に存在する化合物の場合には分離が可能とならない限り、自動的に公知とはならない。
3-5. 一般的な開示と具体例(審査基準 D 7.5)
請求項の範囲に含まれる内容が先に開示されている場合、請求項は新規性を欠く。従って、発明を代替案の観点から定義した請求項は、その代替案の一つが既に公知であれば新規性を欠くことになる。対照的に、先行技術の一般的な開示は、通常、より具体的な請求項を予見させることはない。
3-6. 暗黙の開示とパラメータ(審査基準 D 7.6)
新規性の欠如は、通常、先行技術の明示的な開示から明確に明白でなければならない。しかしながら、先行技術が、先行技術の内容およびその教示の実際的な効果に関して審査官に何の疑いも残さない暗黙的な方法でクレームされた主題を開示している場合、審査官は新規性の欠如に関する異議を提起することができる。
このような状況は、特許請求の範囲において、発明やその特徴を定義するためにパラメータが使用されている場合に起こり得る。関連する先行技術では、異なるパラメータが記載されているか、パラメータが全く記載されていない可能性がある。公知製品と特許請求の範囲に記載された製品が他の全ての側面において同一である場合、新規性欠如の異議を生じる可能性がある。しかし、出願人がパラメータの相違について立証可能な証拠を提出できる場合、請求項に係る発明が、指定されたパラメータを有する製品を製造するために必要なすべての必須特徴を十分に開示しているかどうか、を評価する必要がある。
3-7. 新規性の審査(審査基準 D 7.7)
新規性を評価するために請求項を解釈する場合、特定の意図された用途の非特徴的な特徴は無視されるべきである。他方、たとえ明示的に記載されていなくても、特定の用途によって暗示される特徴的な特性は考慮されるべきである。
異なる純度の公知化合物を有するだけでは、その純度が従来の方法によって達成可能である場合、新規性は付与されない。出願人は、新規性を克服するためには、請求項に係る発明の純度は、従来のプロセスでは得られないことを示すのではなく、その代わりに従来公知のプロセスや方法では達成不可能な結果であることを示す必要がある。
3-8. 選択発明(審査基準 D 7.8)
選択発明には、従来技術におけるより大きな既知の範囲では明確に言及されていない個々の要素、サブセット、または部分範囲を主張する発明が含まれる。これらの発明は、先行技術の開示の範囲内、またはそれをオーバーラップするものである。
請求項に係る発明が、具体的に開示された1つの要素リストから要素を選択したものであっても、新規性は立証されない。しかし、2つ以上のリストから選択された要素を、その組み合わせを明示的に開示することなく組み合わせることは、新規性があるとみなされる可能性がある。
従来技術のより広い数値範囲から選択された請求項に係る発明の部分範囲は、以下の場合に新規である。
- 既知の範囲と比較して狭い。そして
- 従来技術に開示されている特定の例および既知の範囲の終点から十分に離れている。
選択発明は、例えば、請求される主題と先行技術の数値範囲や化学式など、オーバーラップする範囲を含むこともできる。数値範囲がオーバーラップする物理パラメータの場合、既知の範囲の終点、中間値、またはオーバーラップする先行技術の具体例が明示されていれば、請求された主題は新規ではない。
先行技術の範囲から新規性を否定する特定の値を除外するだけでは、新規性の立証には不十分である。また、当該分野の当業者が、オーバーラップする領域内での作業を真剣に検討するかどうかも考慮する必要がある。
化学式がオーバーラップする場合、請求された主題が、新たな技術要素または技術的教示によって、オーバーラップする範囲において先行技術と区別されれば、新規性が立証される。
3-9. 数値の誤差範囲(審査基準 D 7.8.1)
関連分野の当業者であれば、測定に関連する数値は、その精度を限定する誤差の影響を受けることを考慮しなければならない。このため、科学技術文献における標準的な慣行が適用され、数値の最後の小数位がその精度のレベルを示す。他の誤差が指定されていない状況では、最後の小数位を四捨五入して最大誤差を決定すべきである。
3-10. リーチスルークレームの新規性(審査基準 D 7.9)
「リーチスルー(Reach-through)」クレームは、生物学的標的に対する製品の作用を機能的に定義することにより、化学製品、組成物または用途の保護を求めることを目的として策定される。これらのクレームは、基本的に明細書の開示事項を超えて拡張され、明示的に記載されていないが、本発明を使用して開発される可能性のある主題を包含する。
多くの場合、出願人は新たに同定された生物学的標的に基づいて化合物を定義する。しかし、これらの化合物が作用する生物学的標的が新しいからといって、必ずしも新しいとは限らない。実際、出願人は、既知の化合物が新しい生物学的標的に対して同じ作用を発揮することを示す試験結果を提示することが多い。その結果、このように定義された化合物に関するリーチスルークレームは、新規性を欠くことになる。