メキシコにおける特許の補正の制限
1.パリ条約優先権出願およびPCT出願の国内移行前の内容変更
メキシコでは、産業財産法および同規則に、先に提出された出願(パリ条約優先権出願またはPCT出願)の修正・内容変更に関する規定がなく、メキシコは、PCT出願の国内移行に際して、国際出願から内容を変更して移行手続をすることが認められる中南米では数少ない国の一つである。メキシコの実務では、対応する国際出願の国際公開から明細書およびクレームの内容を変更した出願書類の提出が認められる。つまり、パリ条約優先権出願およびPCT出願のメキシコ国内移行に際して、明細書およびクレームとして、優先権出願時またはPCT出願時の明細書およびクレームに基づいて手続できるだけでなく、優先権の基礎となる出願(日本企業の多くの場合は日本出願)の明細書およびクレーム、または、それらの内容に変更を加えた書面で移行手続を行うことも可能である。ただし、メキシコへの国内移行手続時の内容の変更は、優先権の基礎となる出願の当初の開示範囲を超えてはならず、優先権出願またはPCT出願に対して追加された場合、追加された事項については優先権の恩恵は受けられない。
2.特許付与前の補正
出願が提出された後、自発的に、あるいは、IMPIからの庁指令に応じて特許要件を満たすため、特許付与前に補正を行うことができる。自発補正の場合も、庁指令に対する補正の場合も、特許付与通知が発行される前であれば、出願の係属中はいつでも、特許出願における明細書、クレーム、図面または配列表などのあらゆる特許付与前補正を行うことができる。ただし、原出願の全体に含まれる開示範囲を拡大するような新規事項の追加や、クレームの追加は認められない。これらの制限は、産業財産法第116条に規定されている
2-1.自発補正
自発補正は、主として出願の本文もしくはデータにおける誤りを訂正するために、または出願を特許可能な状態にする目的でクレームを減縮するために、出願人により自発的に行われる補正である。この自発補正は特許査定または拒絶査定が発せられる前までに限り、行うことができる(産業財産法第116条)。一方、特許の存続期間中のあらゆる時点で、修正または訂正を申請することが可能である(産業財産法第121条)。
出願を早期に権利化するための手続として、PPH申請の他、自発補正の活用が挙げられる。前述のとおり、出願人は出願係属中、いつでも自発補正を提出することができる。審査開始前に、出願の本文もしくはデータの誤りの訂正や、出願を特許可能な状態にする目的でクレームを減縮する補正を行うことが、出願の早期権利化に有効な場合が多い。
2-2.IMPIからの庁指令に対する補正
補正は通常、IMPIにより行われた方式および実体審査の結果として生じる庁指令に応じて出願人が提出する。メキシコの実務によれば、方式要件に関する庁指令は最大で2回、実体要件を満たすための庁指令は最大4回発行され、その応答として出願を補正する機会が与えられる。かかる庁指令への応答期限は2か月であり、2か月の延長が可能である。これらの期限は、産業財産法第106条および第117条に規定されている。
自発補正の場合と同様に、IMPIからの要求に対する明細書、図面またはクレームの補正は、出願当初の開示の範囲を拡大するような新規事項を含めてはならない(産業財産法第116条)。つまり補正後の記載内容が、優先権の基礎となる出願当初の明細書によって完全に裏づけられていなければならない。
2-3.PPH申請時の補正
出願の早期権利化を目的として提出される特許審査ハイウェイ(Patent Prosecution Highway:PPH)での補正は、基本的に出願クレームを優先権の基礎となる出願のクレームと一致させるために行われるものであり、PPHプログラム参加国の特許庁により認められている。なお、メキシコは、JPO(日本特許庁)の他、USPTO(米国特許商標庁)、EPO(欧州特許庁)、KIPO(韓国特許庁)、CNIPA(中国国家知識産権局)、CIPO(カナダ知的財産局)およびIPOS(シンガポール知的財産庁)などとPPH協定を結んでいる。
IMPIに出願し、さらにPPH申請により国外へ出願する場合に適用される要件の概略は、以下のとおりである。
・メキシコ出願の審査が始まっていてはならない。つまり、実体審査に対応する庁指令がIMPIにより発行された後は、PPH申請は認められない。
・メキシコ特許出願の公開日から2か月の第三者情報提供期間(observation period)の後に、PPH申請しなければならない。
・ビジネス方法、コンピュータプログラムまたは手術、診断もしくは治療方法といった、メキシコ特許法上では特許されない主題が、クレームに含まれていてはならない。
関連情報:特許審査ハイウェイのガイドライン(JPO、メキシコ編)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/soki/pph/document/guideline/mexico_impi_ja.pdf
3.特許付与後の訂正および減縮
特許付与後の訂正および減縮は、特許権が付与された後に提出するものであり、明白な誤りもしくは方式上の誤りの訂正、または特許付与された主題の範囲の減縮のみに制限されている。これらの制限は、産業財産法第121条、第122条および第123条に規定されている。
第121条 特許又は登録の所有者は,その権利の存続期間内であれば,本法の施行規則に定める条件で,本庁宛の申請書及び対応する手数料証明書とともに,権利について,放棄,訂正及び減縮を申請することができる。 申請が受理されれば,本庁は申請者に通知し,対応する権利の,放棄,訂正及び減縮を公報に掲載する。 本庁が申請書に不備があると認めた場合,所有者に必要とみなすものを特定又は明確にして不備の解消を求めることができる。申請者が上記不備を2月以内に解消しない場合,申請は却下される。 |
第122条 本法第119条に規定されている,特許又は登録における正式な名称の誤記を訂正することは承認される。 訂正がクレーム又はそれらを解釈するために供される要素に関連する場合,誤記は当該技術の熟練者にとって明白でなければならない。 名称の訂正は,与える保護を拡張するような方法であってはならない。 |
第123条 特許又は実用新案登録によって付与される権利の減縮が次のような場合,承認される。 (1) 1つ以上のクレームの削除,又は (2) 独立クレームに従属するように1以上の従属クレームを含めること。 減縮案が特許又は登録によって付与された保護を拡張する場合,当該減縮案は認められない。減縮の前に発せられた,特許又は実用新案登録の侵害に関する強制力のある処分は,減縮によって損なわれることはない。 |
特許出願に対して特許付与通知が発行された後、特許登録料の納付とともに、特許付与前に訂正および減縮を提出したとしても、この段階での訂正および減縮は、特許付与後の訂正および減縮と同様に取り扱われる。すなわち、この段階の訂正および減縮は、明白な誤りもしくは方式上の誤りの訂正、または特許付与された主題の範囲の減縮のみに制限される。特許権存続期間中は、特許付与後の訂正および減縮を提出することができる。
ただし、特許の無効手続が係属中の場合、付与後の訂正および減縮は認められない(産業財産法第125条)。
第125条 本節に関する如何なる申請書も,次の場合は拒絶される。 (1) 特許又は登録の有効性に関する手続の審査が係属中である場合。 本節に基づく申請書の提出後に行政処分手続が開始された場合,それぞれの申請書に係わる許容性に関する審査が決定されるまで,当該手続は一時停止される。 (2) 特許又は登録の名称の訂正に関する申請を除き,特許若しくは登録の所有権又はそれらに対する他の権利の承認を主張する訴訟がある場合。 |
【留意事項】
産業財産法等に明文規定は無いが、メキシコにおいて特許出願の補正を行う際には、補正の提出書面、または発行された庁指令に対する応答書において、特許出願の補正を裏づける明確な正当性および根拠を明示することが必要である。特許出願の補正が、優先権基礎出願の明細書(パリルートおよびPCTルートの場合いずれも)により適正に裏づけられていることは、修正案が承認される可能性を最大化するためには、重要である。その他の内容的な制限は、その提出時期によっても異なるので注意が必要である。
メキシコにおける特許制度の運用実態
【詳細】
ブラジル・メキシコ・コロンビア・インド・ロシアの産業財産権制度及びその運用実態に関する調査研究報告書(平成27年3月、日本国際知的財産保護協会)第2部-Ⅱ-B
(目次)
第2部 各国の産業財産権制度・運用調査結果
Ⅱ メキシコ合衆国
B 特許 P.103
1 産業財産権制度の枠組 P.103
2 出願・登録の手続 P.113
3 審査業務 P.116
4 統計情報 P.119
参考資料 総括表
B 特許 P.410