インドにおける知的財産訴訟の統計データ
1. インドにおける知的財産専門部署の導入による知的財産訴訟の改革
2021年4月4日に施行された「2021年審判所改革(合理化および勤務条件)令」により、知的財産審判委員会(IPAB)は廃止された。IPABは、特許庁および商標登録官の決定に対する審判請求を審理するための審判機関として2003年に設立されたが、各種審判所の機能強化および合理化を目的とした広範な改革の一環として解散された。IPABの廃止および2021年審判所改革法の施行により、IPABに継続中の知的財産事件と、1999年商標法、2001年植物品種および農業者の権利保護法、1970年特許法、1957年著作権法および1999年商品の地理的表示(登録および保護)法に基づいてIPABに提起されたであろう新たな知的財産事件のすべてが、IPABの支所が所在していたデリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイ、アーメダバードを所管する各高等裁判所に移管されることとなった。
今後、新たに提起される知的財産審判事件については、対象とされる知的財産の出願された特許庁(デリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイ)を管轄する高等裁判所に属することとなった。これは、既存の司法システムの中で知的財産権紛争の専門的な知識を確保し、より効率的な解決を図ることを目的としている。また、2022年にデリー高等裁判所、2023年にマドラス高等裁判所(在チェンナイ)に知的財産部が設置され、最近では、コルカタ高等裁判所においても知的財産を所管するための規則案が通知されており、近いうちにコルカタ高等裁判所にも知的財産部が設置される予定である。なお、知的財産部が設置されていない高等裁判所では、通常の上訴法廷で審理される。
2. 分析方法および分析期間
インドの知的財産訴訟に関しては、すべての裁判所の訴訟情報を網羅した単一のデータベースが存在しないため、公開された報告書等により知的財産訴訟の進捗状況を確認するとともに、デリー高等裁判所とボンベイ最高裁判所の公式ウェブサイトで訴訟記録を調査した。両裁判所は、同国の知的財産訴訟の約85%を扱っていると推定されている。
なお、各裁判所の公式サイトにおける訴訟情報の公表状況は、全てのデータを考慮したものではなく、データの統計的な正確性を保証するものではない。また、複数の知的財産権が侵害されていると主張されている場合もあり、同一の訴訟が複数回計上されることによって、全体の数値が実際の件数と若干異なる場合がある。
データの集計期間は2014年1月から2023年12月までであるが、2021年から2023年までのデータは、デリー高等裁判所のみに関するものである。
また、デリー高等裁判所は、「デリー高等裁判所知的財産部門年次報告書2022-23」を公表しており、知的財産部門の導入後の訴訟動向が提供されている。
本稿で提供されたデータの分析は、インドにおける知的財産訴訟の成長について楽観的な見通しを与えてくれる。
3. 新たに提起された知的財産訴訟の分析
3-1. 2014-2016年
2014、2015年および2016年に新たに提起された知的財産関連の訴訟件数は、以下のとおりである。
2014年 | 2015年 | 2016年 | |
商標 | 446 | 440 | 495 |
著作権 | 141 | 167 | 230 |
特許 | 15 | 40 | 54 |
意匠 | 30 | 10 | 15 |
その他のIP | 2 | 0 | 9 |
合計 | 634 | 657 | 803 |
2014年、2015年、2016年には、毎年平均約697件の訴訟が提起され、そのピークは2016年であった。
2014年に新たに提起された知的財産に関する訴訟のうち、約7割が商標に関するもの(商標権侵害、詐称通用等)であったが、2015年には67%、2016年には62%となっている。
著作権および著作隣接権に関する訴訟の割合は、2014年の22%、2015年の25.4%から2016年には28.6%と大幅に増加している。
特許権および意匠権に関する訴訟は、商標および著作権に関する訴訟に比べて圧倒的に少ないが、2014年には7%であった特許権および意匠権に関する訴訟は、2015年には7.6%、2016年には8.6%と増加している。
3-2. 2017-2019年
2017、2018年および2019年に新たに提起された知的財産関連の訴訟件数は、以下のとおりである。
2017年 | 2018年 | 2019年 | |
商標 | 316 | 598 | 674 |
著作権 | 182 | 293 | 368 |
特許 | 55 | 118 | 44 |
設計 | 15 | 17 | 14 |
その他のIP | 9 | 7 | 4 |
合計 | 577 | 1033 | 1104 |
毎年の訴訟件数は、2017年には若干減少したものの、2018年以降急速に増加しており、2019年の訴訟件数は、2014年の634件から1104件に増加している。
2017年に提起された知的財産権に関する新規訴訟のうち、商標(商標権侵害・詐称通用等)に関するものは約55%であったが、2018年には58%、2019年には61%と増加している。
著作権および著作隣接権に関する訴訟の比率は、2017年には31.5%、2018年には28.4%、2019年には33.3%と引き続き増加傾向にあり、特許および意匠に関する訴訟は、2017年には12%、2018年には13%と一貫して増加傾向にあったが、2019年には5.25%に減少している。
3-3. 2020-2023年
2020年以降に新たに提起された知的財産権に関する訴訟件数は、以下のとおりである。
2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | |
商標 | 412 | 379 | 347 | 513 |
著作権 | 215 | 164 | 114 | 227 |
特許 | 43 | 40 | 38 | 55 |
設計 | 14 | 13 | 12 | 28 |
その他のIP | 4 | 3 | 2 | 1 |
合計 | 688 | 599 | 514 | 824 |
毎年の訴訟件数は、2020年から2022年にかけて、世界的なCOVID-19の流行の影響もあり減少したが、2023年には若干ではあるが再び増加しており、今後さらに増加することが予想される。
2020年に新たに提起された知的財産権に関する訴訟のうち、商標(商標権侵害・詐称通用等)に関するものは約6割あり、2021年には63.3%、2022年には67.5%、2023年には62.2%となっている。
著作権および著作隣接権に係る訴訟の比率は、2020年には31.25%、2021年には27.3%、2022年には22.1%、2023年には27.5%と20~30%台で推移しているが、特許および意匠に係る訴訟の比率は、2020年以降増加傾向にあり、全知的財産訴訟のうち特許権および意匠権に係る訴訟の比率は8.3%であったが、2021年には8.8%に上昇し、2022年には更に増加して10%となり、2023年は横ばいであった。
上記の数字は、インドの知的財産環境が、成長過程にあり、かつイノベーションと知的資産の保護に積極的な姿勢であるというダイナミズムを示していることを表している。
4. 提起された知的財産訴訟において認められた仮差止命令の分析
2014年から2023年までの仮差止処分の内訳は、以下のとおりである。
仮差止処分命令(%) | 仮差止命令が認められなかった件数 | |
2014年 | 397(62.6) | 237 |
2015年 | 334(50.8) | 323 |
2016年 | 312(38.9) | 491 |
2017年 | 205(35.5) | 372 |
2018年 | 331(34.3) | 634 |
2019年 | 306(27.7) | 798 |
2020年 | 321(46.7) | 367 |
2021年 | 263(23.8) | 841 |
2022年 | 153(29.8) | 361 |
2023年 | 314(38.1) | 510 |
2014年に提起された知的財産訴訟のうち、裁判所が仮差止命令を発令したのは、62.6%である。
2015年には、判決が出るまでの間に、50.8%の事件が原告の権利を保護するために仮差止命令を発令したが、2016年には38.8%に減少し、2017年には35.5%にさらに減少し、2018年には34.3%に減少し、2019年には27.7%とさらに減少した。
2020年には、裁判所は46.7%の事件で仮差止命令の発令を支持しているようであるが、2021年には23.8%に、2022年には29.8%に、再び減少している。2023年には、裁判所は38%の事件で差止命令を発令した。
インドの裁判所は、知的財産訴訟における仮差止命令の発令には一般的に慎重であるが、権利保有者が一応の根拠に基づいて侵害を証明できる場合には、積極的かつ迅速に仮差止命令を発令し、調査活動を行う地方委員を任命する。調査活動は、当事者による調査、証拠調べ、物件への立ち入りなどの申請に基づいて、裁判所が任命した地方委員によって実施される。
5. 知的財産訴訟の最終処分の分析(2014-2023)
2014年から2023年までの裁判所による差止請求に対する最終処分結果を、以下に示す。
裁判所の最終処分 | 和解/取り下げ | 合計 | |
2014年 | 217 | 436 | 653 |
2015年 | 260 | 424 | 684 |
2016年 | 251 | 221 | 472 |
2017年 | 156 | 334 | 490 |
2018年 | 149 | 292 | 441 |
2019年 | 360 | 204 | 564 |
2020年 | 411 | 440 | 851 |
2021年 | 213 | 179 | 392 |
2022年 | 113 | 25 | 138 |
2023年 | 114 | 73 | 187 |
インドの裁判所は、多くの事件において、早期の裁判外の和解を推奨する傾向が見られる。インドに提起された知的財産訴訟の大半は、当事者が望む場合には、調停その他の紛争解決手段に付託されている。2014年から2018年まで、処理された事件全体のおよそ2/3が和解または取り下げとなっている。2019年には、事件の和解または取下げは36%に減少したが、裁判所による事件の処理は増加しているようである。2020年から2023年にかけても同様の傾向が見られるが、事件が係属中であり、多くの事件について最終処分の結果が得られないため、データが正確でない可能性がある。
しかし、2023年4月の「デリー高等裁判所知的財産部年次報告書2022-23」において、知的財産権問題におけるADRメカニズムの利用が極めて成功していることが報告され、統計によれば、デリー高等裁判所では斡旋・調停センター送致事件の80%から85%が解決されている。
6. まとめ
2005年の施策により特許訴訟が増加したが、インドにおける知的財産訴訟に関する統計データによれば、依然として商標権と著作権の行使に関しての知的財産訴訟の提起が多くを占めている。
裁判所はまた、長年にわたり、知的財産訴訟における紛争の早期解決のための調停手続を奨励してきており、この手続により、裁判所は、未決の訴訟の多くを解決することができている。
立法改革、規制調整、技術の進歩によって推進されたインドの知的財産環境のダイナミックな変化は、進化するグローバルなイノベーション環境に適応するためのインドの積極的な姿勢を示している。迅速な特許審査プログラムの実施と商標出願の合理化は、多様な産業にわたるイノベーションの育成と促進に対するインドの目指す姿勢の明確な表れである。裁判所の枠組みの中に知的財産部門(IPD)を設立することは、知的財産事件を解決する専門の手段を提供し、より強固で効率的な法的手段を確保するための重要な一歩である。インドが知的財産という複雑な分野を進み続ける中で、これらの進歩的なイニシアティブと戦略的発展は、インドを活気に満ちた包括的なイノベーション・エコシステムの育成の最前線に位置付ける。将来、インドが経済的・技術的発展をする上で、必ずや知的財産がより不可欠な役割を果たすことになるであろう。
インドにおける特許異議申立制度-付与前異議申立と付与後異議申立
1.付与前異議申立
付与前異議申立は、対象特許出願の公開の日から登録の日まで提出可能である。ただし、申立てられた異議について審査管理官(Controller)が検討するのは、当該出願について審査請求がなされた後である。付与前異議申立の制度は、特許に対して異議を申立てる機会を公衆に与えることを意図しているため、「何人も」申立てることができる(特許法第25条(1))。異議申立人が付与前異議申立を提出する十分な時間を確保するため、特許出願の公開から6か月間は特許権が付与されないことが、インド特許規則(以下、特許規則)に規定されている(特許規則55(1A))。
1-1.付与前異議申立の理由
付与前異議申立は特許法第25条(1)に規定された11項目の異議理由に基づき、申立てが可能である。このうち代表的な異議理由として、以下の4点が挙げられる。
・出願の請求項に開示された発明が、出願人によって不正に取得された
・何れかの請求項で請求される発明が、当該請求項の優先日の前に公開されていた
・発明が、進歩性を有さない
・出願人が、インド特許法第8条の要求(たとえば、他国で出願された同一または実質的に同一発明に関する詳細情報のインド特許意匠商標総局への提出)を順守していない
1-2.付与前異議申立の手続
付与前異議申立は、所定の書式(Form 7A)を用いて、インド特許意匠商標総局長官宛に提出する(特許法第25条、特許規則55(1))。申立を考慮した長官が当該出願を拒絶すべきという見解を持った場合、異議申立人が作成した異議申立書の副本を添えて出願人へ通知される(特許規則55(3))。出願人は異議の通知に対して、通知の発行日から3か月以内に、応答書を(証拠と共に)提出しなければならない(特許規則55(4))。出願人は、長官の付与前異議申立に対する決定が下されて手続が終了する前に口頭手続の機会を求めることができる(特許法第25条(1))。
出願人の意見を考慮した後、長官は、出願の特許付与を拒絶するか、または、特許付与前に出願の補正を求めるか、あるいは異議申立を棄却するか、のいずれかを行う事ができ、通常、長官は、付与前異議申立手続の終了から1か月以内に、決定を下さなければならない(特許規則55(5))。長官による決定に対して、高等裁判所への不服申立が可能である(特許法第117A条、Tribunals Reforms Act 2021第13条)。
図1. 付与前異議申立の手続フロー
2.付与後異議申立
付与後異議申立は、特許法第25条(2)に規定されている。付与後異議は、特許登録の公開の日から1年以内に申立てなければならない。付与前異議申立と異なり、付与後異議申立は、「利害関係人」のみが申立てることができる。特許法第2条(1)(t)によれば、「利害関係人」とは、当該発明が関係する同一分野の研究に従事している、または、これを促進する業務に従事する者を含む。Ajay Industrial Corporation v. Shiro Kanao of Ibaraki City事件(1983)においてデリー高等裁判所は、「利害関係人」とは、「登録された特許の存続によって、損害その他の影響を受ける、直接的で現実の、かつ具体的な商業的利害を有する」者と解釈している。付与後異議申立の異議理由は、付与前異議申立の異議理由と同様である(特許法第25条(2))。
2-1.付与後異議申立の手続
付与後異議申立は、所定の書式(Form 7)を用いて、特許意匠商標総局長官宛に異議申立書を提出する(特許規則55A)。異議申立書の受領後、長官は付与後異議申立の合議体として審査管理官3名からなる異議委員会(異議部)を設置する(特許法第25条(3)、特許規則56(1))。当該出願を審査した審査官は、委員会メンバーとしての適格性をもたない(特許規則56(3))。通常は、次席審査管理官(Deputy Controller of Patents)または審査管理官補(Assistant Controller of Patents)が異議委員会の委員長として任命され、2名の上級審査官が残りのメンバーとして任命される。付与後異議申立手続において、異議申立人は、自らの利害や基礎となる事実、求める救済措置について述べる異議申立陳述書を作成し、証拠(ある場合)とともに異議申立書に添付して、長官宛に提出し、その異議申立陳述書と証拠(ある場合)の写しを特許権者に送付しなければならない(特許規則57)。
特許権者が異議申立に対して争う場合、異議申立人から異議申立書を受領した日から2か月以内に、所轄庁に、証拠(ある場合)とともに異議に争う理由を記述した答弁書を提出し、その写しを異議申立人に送付しなければならない(特許規則58(1))。特許権者が答弁書を提出しない場合、特許は取り消されたものとみなされる(特許規則58(2))。特許権者の答弁書を受領した異議申立人は、受領の日から1か月以内に、弁駁書を提出できるが、そのような異議申立人の弁駁書は、特許権者が提出した証拠に関する内容に厳しく限定される(特許規則59)。両者(特許権者、異議申立人)からのさらなる答弁は、長官が許可した場合にのみ提出可能である(特許規則60、62)。答弁書の提出完了後3か月以内に、異議委員会は、異議委員会の勧告を長官に提出する(特許規則56(4))。
その後、長官は、口頭手続の期日を指定する(特許法第25条(4))。口頭手続の通知は、口頭手続期日の10日以上前に両者(特許権者、異議申立人)に送付されなければならず、また、異議委員会の勧告について、審査管理官が口頭手続の期日を設定する前に、異議申立人と特許権者に通知しなければならない(特許規則62(1))。この異議委員会に対する手続上の要件は、知的財産審判部(IPAB、現在は廃止)の過去の決定で示されたものである(M/s. Diamcad N.V. v. Asst. Controller of Patent and Ors. (2012))。また、知的財産審判部(IPAB)は、異議申立手続における異議委員会の勧告および審査管理官の決定には、充分な理由づけが必要、と示した決定もある(Sankalp Rehabilitation Trust v. F Hoffmann-LA Roche AG (2012))。長官は、異議委員会メンバーに口頭手続への同席を指示することができる(特許規則62(1))。口頭審理後、長官は決定を下す(特許規則62(5))。決定に対しては、高等裁判所への不服申立が可能である(特許法第117A条、Tribunals Reforms Act 2021第13条)。
図2. 付与後異議申立の手続フロー
3.異議申立と取消手続との違い
「利害関係人」は、特許法第64条に基づき特許の取消しを求めることができる。異議申立と取消手続との主な違いは、以下の通りである。
・異議申立の異議理由とは別に、取消手続には、取消理由が規定されており、異議理由には該当しないが、取消理由に該当する場合もある。たとえば、秘密保持指令(特許法35条)への違反は、異議理由とはならないが、取消理由となる。
・付与前異議申立は特許の登録前の申立てが必要であり、付与後異議申立は特許登録の公開の日から1年以内に申立てが必要となる。一方、取消手続は、特許の登録の後、いつでも申請が可能である。
・インド政府は、異議を申立てることができない(長官の指示・指令に対して、インド政府が異議を申立てる理由がない)。一方、取消手続はインド政府も申請することができる、例えば、原子力関連発明が誤って特許になった場合など、政府が自分で取り消すことができる(特許法第65条)。
なお、異議申立(付与前、付与後)は、インド特許意匠商標総局(IPAB)への申請であったが、IPAB廃止後は高等裁判所への提訴となった。
インドの特許権侵害訴訟におけるクレーム解釈および特許発明と被疑侵害製品の比較について
「インドの特許侵害訴訟におけるクレーム解釈および特許発明と被疑侵害製品の比較に関する調査報告」(2020年3月、日本貿易振興機構 ニューデリー事務所(知的財産権部))
1.クレーム解釈手法及びその根拠条文/主要判例 P.3
(インド特許法には、特許権侵害を定義する明確な規定およびクレームの解釈手法に係る特定の規定はない。特許権侵害とクレーム解釈について、インド特許法第48条および第10条の規定ならびに主要な判例を用いて解説している。)
1.1.特許侵害とクレーム解釈 P.3
1.1.1.特許権/特許侵害 P.3
1.1.2.クレーム解釈 P.3
1.2.「備える」対「…から成る」の範囲 P.5
1.3.マークマンヒアリング: P.6
1.4.明細書とクレームの関係: P.7
2.特許発明と被疑侵害製品の比較 P.9
(侵害訴訟の立証責任について、該当するインド特許法第104A条および第106条の規定ならびに判例を紹介し解説している。また、特許発明と被疑侵害製品との比較法、クレーム解釈について、判例を用いて解説している。)
2.1.立証責任 P.9
2.2.「製品特許」対「製法特許」 P.9
2.3.特許発明と被疑侵害製品との比較法 P.11
2.4.クレーム解釈:文言解釈or意図的解釈 P.13
3.特許審査段階でのクレーム解釈 P.17
(審査段階と訴訟段階のクレーム解釈を比較し、審査段階では有効とされた特許が訴訟段階によって無効とされる可能性があることを説明している。なお、2020年の報告書のため2021年4月に廃止されたIPABが訴訟段階に含まれている。)
4.侵害訴訟を見越した現地専門家からのアドバイス P.18
(現地専門家からのクレームや明細書の記載、侵害立証の証拠に関する7つのアドバイスを紹介している。)
インドにおける知的財産審判委員会(IPAB)の廃止 -その後-
記事本文はこちらをご覧ください。
インド知的財産審判委員会(IPAB)の構成、機能、および現状(前編:構成、機能)
記事本文はこちらをご覧ください。
また、本記事の後編「インド知的財産審判委員会(IPAB)の構成、機能、および現状(後編:現状)」も併せてご覧ください。
インド知的財産審判委員会(IPAB)の構成、機能、および現状(後編:現状)
記事本文はこちらをご覧ください。
また、本記事の前編「インド知的財産審判委員会(IPAB)の構成、機能、および現状(前編:構成、機能)」も併せてご覧ください。
インドにおける特許出願の補正の制限
【詳細】
1.はじめに
インドにおいて、特許出願書類の補正は、自発的な補正と非自発的な補正の2つの分類することができる。これらの補正は特許出願後から特許が有効である間いつでも行うことができる。なお、本稿において、別段の定めがない限り、「特許出願書類」には完全明細書および特許出願に関連する文書が含まれる。
ここで、インド特許法では、仮明細書を添付する場合(仮出願)と、完全明細書を添付する場合(本出願)の2つの出願様式が認められており(インド特許法第7条(4))、上記完全明細書とは、本出願に添付される明細書を意味する。なお、仮出願は、簡易化された出願手続により優先日を確保することにより、主として研究成果などについて特許による早期の権利保護を図るための制度で、米国の仮出願制度や、日本の国内優先権出願制度に類似した制度である。
2.非自発的な補正
非自発的な補正とは、特許庁長官が要求する補正のことで、出願人が特許庁から特許出願書類の補正を求められる状況としては、次のような場合がある。
(1)長官が、出願審査後に特許出願がインド特許法の要件を遵守していないと判断した場合。この場合、長官は、出願人に対し補正を要求する(インド特許法第15条)。出願人がその補正を行わない場合、長官は当該特許出願を拒絶することができる。
(2)分割出願がなされた場合で、長官が、クレームされている主題が重複しないよう親出願または分割出願の補正を求める場合(インド特許法第16条)。
(3)長官が、クレームされた発明がすでに公開されているものであると認めた場合。この場合、長官は、出願人に対し、完全明細書を補正するよう要求する(インド特許法第18条)。
(4)特許出願に開示されている発明を実施しようとした場合に、他の特許のクレームを侵害する虞があると、長官が認め、かつ、出願人が当該他の特許についての言及を特許出願に含めることを拒む場合。この場合、長官は、出願人に対し完全明細書を補正するよう要求する(インド特許法第19条)。
3.自発的な補正
出願人はインド特許法第57条に基づき、特許出願書類を自発的に補正する機会を有している。自発的な補正を行うにあたっては、所定の特許庁費用とともにForm13による補正申請書をインド特許庁に提出する必要がある。補正申請書には、その補正案の内容および当該申請の理由を記載する必要がある。長官はその裁量によりインド特許法第57条に基づき補正を拒絶もしくは許可すること、または適切と認める条件を付して補正を許可することができる。ただし、特許権侵害訴訟または特許取消手続が高等裁判所に係属している間は、補正申請を拒絶または許可することはできない。
特許付与後に提出された補正申請は、その内容が本質的なものである場合には、インド特許庁により公開される。「利害関係人」は、補正申請の公開後3カ月以内に当該補正に異議を申し立てることができる。インド特許法第2(t)条によれば、「利害関係人」には、当該発明に係る分野と同一の分野における研究に従事し、またはこれを促進する者を含む。補正に対して異議申立がなされた場合、長官は出願人にこれを通知し、決定を下す前に出願人と異議申立人の両方に対し聴聞の機会を与える。補正に対する異議申立手続は、特許の異議申立手続と同じである。特許付与後に提出された補正が許可された場合も、公報に公開される。
4.審判部または高等裁判所における明細書の補正
知的財産審判部(Intellectual Property Appellate Board:IPAB)または高等裁判所における特許無効手続において、特許権者は、自己の完全明細書の補正許可を申請することができる。IPABまたは高等裁判所は、適切と認める条件を付した上で特許権者の申請を許可できる。Solvay Fluor GmBH v.E.I. Du Pont de Nemours and Company事件(2010年6月4日決定第111/2010号)において、IPABは「出願人が補正理由の詳細を十分に提示しない場合」には、補正許可の申請を却下可能であるとの決定を下している。
当該補正許可申請の通知は、手続上特許庁長官に対しても発せられ、補正を許可する内容のIPABまたは高等裁判所の命令の写しは、当該命令がなされた後に長官に送付され、長官は特許登録簿への登録を行う。なお特許の発行後に、長官、IPABまたは高等裁判所により特許の補正が許可された場合、次のようになる。
(1)当該補正は明細書の一部を構成するものとみなされる。
(2)明細書その他の関連書類が補正されたという事実はできる限り速やかに公表される。
(3)出願人または特許権者の補正請求の権利に対しては、詐欺を理由とする場合を除きその有効性を争ってはならなくなる。
5.特許出願書類の補正の制限
インド特許法第59条は、特許出願書類の補正に対する制限を定めており、「権利の部分放棄、訂正もしくは説明以外の方法によって一切補正してはならず,かつ,それらの補正は事実の挿入以外の目的では,一切認められない」と規定している(なお、「それらの補正は事実の挿入以外の目的では、一切認められない」とは、補正の目的が、誤りを訂正することに関係したものでなければならないということを意味していると考えられるが、この点の解釈を争った判例がないのが実情である)。また補正の範囲についても、新規事項を追加するような補正は認められず、また、クレームの範囲を拡大するような補正も認められない。また異議または審判の手続中の補正に関しても、M/s. Diamcad N.V. v. Mr. Sivovolenko Sergei Borisovish事件(2012年8月3日決定第189/2012号)において、知的財産審判部(IPAB)は、「インド特許法第58条および第59条は、異議または審判の手続中に、認可された特許クレームを、最初に認可されたクレームの保護範囲を拡大するような方法で補正することはできないことを要求するものであるとしている」との判断を下している。
6.結論
上述の通り、インド特許法第59条は、認められる補正の内容および範囲を制限するものである。よって、後の段階になって補正を行う必要がないように、明細書作成の時点で、完全なものとしておくことが極めて重要である。
インドにおける特許異議申立制度-付与前異議と付与後異議
【詳細】
1.付与前異議申立
付与前異議申立は、対象特許出願の公開の日から登録の日まで提出可能である。ただし、申し立てられた異議について審査管理官(Controller)が検討するのは、当該出願について審査請求がなされた後である。付与前異議申立の制度は特許に対して異議を申し立てる機会を公衆に与えることを意図しているため、「何人も」申し立てることができる。異議申立人が付与前異議申立を提出する十分な時間を確保するため、特許出願の公開から6か月間は特許権が付与されないことが、特許法に規定されている。
1-1.付与前異議申立の理由
付与前異議はインド特許法第25条(1)に規定された11項目の異議理由に基づき、申立が可能である。このうち代表的な異議理由として、以下の4点が挙げられる。
- 出願に開示された発明が、出願人によって不正に取得された
- 発明が、何れかの請求項の優先日の前に公開されていた
- 発明が、進歩性を有さない
- 出願人が、インド特許法第8条の要求(たとえば、他国で出願された同一または実質的に同一発明に関する詳細情報のインド特許庁への提出)を順守していない
1-2.付与前異議申立の手続
付与前異議申立は、所定の書式(Form 7A)を用いて、インド特許庁に提出する。申立を考慮した審査管理官が当該出願を拒絶すべきという見解を持った場合、異議申立人が作成した異議申立書の副本を添えて出願人へ通知される。出願人は異議の通知に対して、通知の発行日から3か月以内に、応答書を(証拠と共に)提出しなければならない。出願人は、審査管理官の付与前異議申立に対する決定が下されて手続が終了する前に口頭手続の機会を求めることができる。
出願人の意見を考慮した後、審査管理官は、出願の特許付与を拒絶するか、または、特許付与前に出願の補正を求めるか、のいずれかを行う事ができる。通常、審査管理官は、付与前異議申立手続きの終了から1か月以内に、決定を下さなければならない。管理官による決定に対して、知的財産審判部(Intellectual Property Appellate Board:IPAB)への不服申立が可能である。
2.付与後異議申立
付与後異議申立は、インド特許法第25条(2)に規定されている。付与後異議は、特許登録の公開の日から1年以内に申し立てなければならない。付与前異議と異なり、付与後異議は、「利害関係人」のみが申し立てることができる。インド特許法第2条(1)(t)によれば、「利害関係人」は、当該発明が関係する同一分野の研究に従事している、または、これを促進する業務に従事する者を含む。Ajay Industrial Corporation v. Shiro Kanao of Ibaraki事件(1983)においてデリー高等裁判所は、「利害関係人」とは、「登録された特許の存続によって、損害その他の影響を受ける、直接的で現実の、かつ具体的な商業的利害を有する」者と解釈している。付与後異議申立の異議理由は、付与前異議申立の異議理由と同様である。
2-1.付与後異議申立の手続
所定の書式(Form 7)を用いて、特許庁に異議申立書を提出する。異議申立書の受領後、特許庁は付与後異議申立の合議体として審査管理官3名からなる異議委員会を設置する。当該出願を審査した審査官は、委員会メンバーとしての適格性をもたない。通常は、次席審査管理官(Deputy Controller of Patents)または審査管理官補(Assistant Controller of Patents)が異議委員会の委員長として任命され、2名の上級審査官が残りのメンバーとして任命される。付与後異議申立手続きにおいて、異議申立人は、自らの利害や基礎となる事実、求める救済措置について述べる異議申立陳述書を作成し、証拠(ある場合)ともに異議申立書に添付して、特許庁に提出し、その異議申立陳述書と証拠(ある場合)の写しを特許権者に送付しなければならない。
特許権者が異議申立に対して争う場合、異議申立人から異議申立書を受領した日から2か月以内に、特許庁に、証拠(ある場合)とともに異議に争う理由を記述した答弁書を提出し、その写しを異議申立人に送付しなければならない。特許権者が答弁書を提出しない場合、特許は取り消されたものとみなされる。特許権者の答弁書を受領した異議申立人は、受領の日から1か月以内に、弁駁書を提出できる。ただし、そのような異議申立人の弁駁書は、特許権者が提出した証拠に関する内容に厳しく限定される。両者(特許権者、異議申立人)からのさらなる答弁は、審査管理官が許可した場合にのみ提出可能である。答弁書の提出完了後に、異議委員会は、異議委員会の勧告を審査管理官に提出する。
その後、審査管理官は、口頭手続の期日を指定する。口頭手続の通知は、口頭手続期日の10日以上前に両者(特許権者、異議申立人)に送付されなければならない。異議委員会の勧告について、審査管理官が口頭手続の期日を設定する前に、異議申立人と特許権者に通知しなければならない。この異議委員会に対する手続き上の要件は、知的財産審判部(IPAB)の過去の決定で示されたものである(M/s. Diamcad N.V. v. Asst. Controller of Patent and Ors. (2012))。また、知的財産審判部(IPAB)は、異議申立手続における異議委員会の勧告および審査管理官の決定には、充分な理由づけが必要、と示した決定もある(Sankalp Rehabilitation Trust v. F Hoffmann-LA Roche AG (2012))。審査管理官は、異議委員会メンバーに口頭手続への同席を指示することができる。口頭審理後、審査管理官は決定を下す。決定に対しては、知的財産審判部(IPAB)への不服申立が可能である。
3.異議申立と取消手続との違い
「利害関係人」は、インド特許法第64条に基づき特許の取消を求めることができる。異議申立と取消手続との主な違いは、以下の通りである。
・異議申立(付与前、付与後)は、特許庁に申請する。一方、取消手続は知的財産審判部(IPAB)または、侵害の訴えに対する反訴として高裁に提訴する。
・異議申立の異議理由とは別に、取消手続には、取消理由が規定されており、異議理由には該当しないが、取消理由に該当する場合もある。たとえば、秘密保持指令(インド特許法36条 国防上の秘密保持の指令)への違反は、異議理由ではないが、取消理由となる。
・付与前異議は特許の登録前の申立が必要。付与後異議は特許登録の公開の日から1年以内に申立が必要となる。一方、取消手続は、特許の登録の後、いつでも申請が可能である。
・インド政府は、異議を申し立てることはできない。一方、取消手続はインド政府も申請することができる。