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インド知的財産審判委員会(IPAB)の構成、機能、および現状(前編:構成、機能)

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また、本記事の後編「インド知的財産審判委員会(IPAB)の構成、機能、および現状(後編:現状)」も併せてご覧ください。

インド知的財産審判委員会(IPAB)の構成、機能、および現状(後編:現状)

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インドにおける特許無効手続に関する統計データ(後編:取消請求および訴訟)

 1970年インド特許法の改正が2005年1月1日に発効し、インドで医薬品に関する物質特許制度が導入された。それをきっかけに、市場開拓を目指す多国籍企業がこぞってインドに投資し、医薬品関連の特許出願を提出するようになった。このような新規参入企業が出現した結果、医薬品関連のインド国内市場の競争は激化し、特許異議申立、取消請求および訴訟が増加した。

 

 2005年以降、インド裁判所およびインド特許庁は、かかる特許異議申立や訴訟の急激な増加に直面している。このような特許訴訟の中には世界的な注目を浴びているものもある。例えば、特許権者が攻撃的な姿勢で特許権を行使し、これに対してインド後発薬企業が特許の無効を主張している特許訴訟などである。

 

 1970年インド特許法(改正を含む)(以下、「特許法」という)は、特許の有効性について異議を唱える手段として、以下の手続を規定している。

 

(i) 特許法第25条(2)項に基づく特許庁に対する特許付与後の異議申立:あらゆる利害関係人は、特許付与後で特許付与の公告の日から1年間の満了前であればいつでも異議申立書を提出できる。

(ii) 特許法第64条(1)項に基づく知的財産審判部に対する取消請求(申立):あらゆる利害関係人または中央政府は、特許の存続期間中いつでも取消申立を提出できる。

(iii) 訴訟が提起されている高等裁判所に対する、特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求*

 

*注意すべき点として、同じ特許が複数の裁判所における取消手続の対象となることはできない。Dr. Aloys Wobben & Anr. Vs. Yogesh Mehra & Ors., AIR 2014 SC 2210事件において、インド最高裁判所は、すべての救済手段を同一の目的に同時に利用することはできないと判示した。

 

 諸外国の法制度とは異なり、インド特許法は特許有効性の推定を規定していない。実際、立法機関は様々な段階で特許の精査を可能にするのが適切であると考えてきた。インド知的財産審判部は複数の決定において、価値のない特許が存続するのは他の同業者の利益に反するだけでなく、公益にも反するとしている。

 

 2007年から2016年6月までの期間におけるインドの特許取消請求に関する統計データを参照した。参照された統計データは下記4つである。

 

(a) 特許取消請求の件数の統計データ

(b) 特許取消請求における決定(審決)の比率の統計データ

(c) 特許取消請求における決定(審決)の理由の比率の統計データ

(d) 特許取消請求における請求人および特許権者の国籍の統計データ

 

また、特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求に関する統計データとして、以下の2つを参照した。

 

(e) 反訴請求の件数の統計データ

(f) 反訴請求における請求人および特許権者の国籍の統計データ

 

(別記事)「インドにおける特許無効手続に関する統計データ(前編:特許付与後の異議申立)」はこちら

 

1. インド知的財産審判部における取消請求の件数に関する統計データ

 インド知的財産審判部は2007年から2016年6月までに約246件の取消請求を受領しており、そのうち100件が処理されているが、146件はまだ係属中である。図1

は、インド知的財産審判部に提出された取消請求の件数の統計データを示している。

 

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図1:係属中および処理済みの取消請求の比率(2007年-2016年6月)

 

 2007年から2016年6月における取消請求の59%が係属中であるのに対し、取消請求の41%が処理済みであった。

 

 

2. 取消請求における決定(審決)の比率に関する統計データ

 当所の調査によると、2007年から2016年6月までにインド知的財産審判部により処理された取消請求は約100件あった。これらの処理済みの取消請求100件のうち、56件が取消を承認されており、実体的事項により却下されたのはわずか8件であり、36件は和解による取下げなどの様々な理由で却下されていた。図2に取消請求の処理結果の内訳を示す。

 

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図2:取消請求の処理結果の内訳

 

  • 処理済み取消請求の56%において、特許が取り消された。
  • 処理済み取消請求の36%が、和解による取下げなどの様々な理由で却下された。
  • 処理済み取消請求の8%が却下され、係争特許が有効と認定された。

 

3. 取消請求における決定(審決)の理由の比率に関する統計データ

 取消請求がインド知的財産審判部により承認された理由に関し、請求人が取消請求で提起した共通の理由は少ない。このような共通の理由とは、進歩性の欠如、特許を受けられない主題、新規性の欠如または不十分/不明瞭な記載である。図3のグラフは、取消請求における決定(審決)の理由の比率に関する統計データを示している。

 

 2007年から2016年6月までにインド知的財産審判部により処理された100件の取消請求に関する当所の調査の結果、請求人が進歩性の欠如を理由に挙げた場合、取消に成功したのは12%に過ぎず、88%は失敗していた。同様に、請求人が新規性の欠如および不十分/不明瞭な記載を理由に挙げた場合、取消の成功率はそれぞれ36%および10%であった。しかし、特許を受けられない主題を理由に挙げた場合は、取消の成功率はかなり高くなっている(62%)。

 

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図3:取消請求における決定(審決)の理由の比率に関する統計データ

 

4. 取消請求における請求人および特許権者の国籍に関する統計データ

 100件の処理済み取消請求のうち、93件はインド国籍を有する者により提出され、外国居住者により提出されたのはわずか7件であった。これらの取消請求は、63件の外国居住特許権者および37件のインド居住特許権者に対して提出されていた。図4、5は、取消請求における請求人および特許権者の国籍の統計データを示している。

 

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図4:取消請求における請求人の国籍の統計データ

 

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図5:取消請求における特許権者の国籍の統計データ

 

5.  特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求の件数に関する統計データ

 インドには特許訴訟事件に関する一元化されたデータベースがないため、インドの裁判所に提出された反訴請求に関する統計データを参照するのは難しい。したがって、当所は法律関係雑誌に報告されたすべての特許訴訟事件を追跡すると共に、デリーおよびボンベイ高等裁判所の公式ウェブサイトに掲載された訴訟提出記録も追跡した。デリー高等裁判所のウェブサイトから収集したデータによれば、97件の特許権侵害訴訟のうち52件で、係争特許の無効を求める反訴が提出されていた。ボンベイ高等裁判所では8件の特許権侵害訴訟のうち、反訴が提出されたのはわずか2件であった。図6は、2005年から2015年の間にデリーおよびボンベイ高等裁判所に提出された反訴請求の件数の統計データを示している。

 

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図6:反訴請求の件数(2005年-2015年)

 

6. 反訴請求における請求人および特許権者の国籍に関する統計データ

 20件の処理済み反訴請求のうち、すべての反訴請求はインド国籍の者により提出されていた。これらの反訴請求は、16件の外国居住特許権者および4件のインド居住特許権者に対して提出されていた。図7、8は、反訴請求における請求人および特許権者の国籍の統計データを示している。

 

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図7:反訴請求における請求人の国籍の統計データ

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図8:反訴請求における特許権者の国籍の統計データ

 

7. 結論

 年を追うごとにインド国内の団体または個人による特許出願件数は徐々に増加しているものの、外国の団体または個人が出願人の中心的存在であることに変わりはない。インドにおけるほとんどの特許権侵害訴訟が外国の団体または個人により提起されていることが、それを如実に物語っている。入手可能なデータを見れば、特許製品の製造能力を備えたインド企業が積極的な姿勢を取っており、インドにおける特許取消請求および特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求の大半はインド国内の団体または個人によって提起されていることも分かる。

 

 しかし、特許訴訟の激化は、インド知的財産審判部における既存の未処理業務に追加されたものに過ぎないことも事実である。特にインド知的財産審判部における特許無効事件の迅速な処理が、依然として重要な課題として残されているが、新規審査官の任命および審査管理官(Controllers)の対応能力の向上により、近い将来に改善すると期待されている。また、専門的な知的財産裁判所の設立に向けたステップとして、2015年商事裁判所並びに高等裁判所の商事専門部及び商事控訴部法(the Commercial Courts, Commercial Division and Commercial Appellate Division of High Courts Act, 2015)の制定も、特許権侵害訴訟で提出された反訴の迅速な処理につながるだろう。

インドにおける特許無効手続に関する統計データ(前編:特許付与後の異議申立)

 1970年インド特許法の改正が2005年1月1日に発効し、インドで医薬品に関する物質特許制度が導入された。それをきっかけに、市場開拓を目指す多国籍企業がこぞってインドに投資し、医薬品関連の特許出願を提出するようになった。このような新規参入企業が出現した結果、医薬品関連のインド国内市場の競争は激化し、特許異議申立、取消請求および訴訟が増加した。

 

 2005年以降、インド裁判所およびインド特許庁は、かかる特許異議申立や訴訟の急激な増加に直面している。このような特許訴訟の中には世界的な注目を浴びているものもある。例えば、特許権者が攻撃的な姿勢で特許権を行使し、これに対してインド後発薬企業が特許の無効を主張している特許訴訟などである。

 

 1970年インド特許法(改正を含む)(以下、「特許法」という)は、特許の有効性について異議を唱える手段として、以下の手続を規定している。

 

(i) 特許法第25条(2)項に基づく特許庁に対する特許付与後の異議申立:あらゆる利害関係人は、特許付与後で特許付与の公告の日から1年間の満了前であればいつでも異議申立書を提出できる。

(ii) 特許法第64条(1)項に基づく知的財産審判部に対する取消請求(申立):あらゆる利害関係人または中央政府は、特許の存続期間中いつでも取消申立を提出できる。

(iii) 訴訟が提起されている高等裁判所に対する、特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求*

 

*注意すべき点として、同じ特許が複数の裁判所における取消手続の対象となることはできない。Dr. Aloys Wobben & Anr. Vs. Yogesh Mehra & Ors., AIR 2014 SC 2210事件において、インド最高裁判所は、すべての救済手段を同一の目的に同時に利用することはできないと判示した。

 

 諸外国の法制度とは異なり、インド特許法は特許有効性の推定を規定していない。実際、立法機関は様々な段階で特許の精査を可能にするのが適切であると考えてきた。インド知的財産審判部は複数の決定において、価値のない特許が存続するのは他の同業者の利益に反するだけでなく、公益にも反するとしている。

 

 2005年1月1日から2016年12月31日の期間におけるインドの特許付与後の異議申立に関する統計データを参照した。参照された統計データは下記4つである。

 

(a) 特許付与後の異議申立の件数の統計データ

(b) 特許付与後の異議申立における決定(審決)の比率の統計データ

(c) 特許付与後の異議申立における決定(審決)の理由の比率の統計データ

(d) 特許付与後の異議申立における申立人および特許権者の国籍の統計データ

 

(別記事)「インドにおける特許無効手続に関する統計データ(後編:取消請求および訴訟)」はこちら

 

1. 特許付与後の異議申立の件数に関する統計データ

 図1のグラフは、2006年から2016年における特許付与後の異議申立の件数の統計データを示しており、各年毎に、提出された件数、処理された件数および係属中の件数をそれぞれ示している。

 

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図1:特許付与後の異議申立の動向

 

  • 2006年から2009年に提出された特許付与後の異議申立の件数が急増した後、2016年まで緩やかに減少している。
  • このグラフは、2006年から2016年の間に平均で年間9件の特許付与後の異議申立が処理されていることを示している。
  • 2006年から2016年における特許付与後の異議申立の全体的状況を見ると、提出された異議申立の合計は251件、処理されたのは94件であり、160件の異議申立が係属中で、特許庁による処理を待っている。

 

 

2. 特許付与後の異議申立における決定(審決)に関する統計データ

 インド特許庁のウェブサイトに掲載された処理済みの特許付与後の異議申立に関する45件のインド特許庁からの命令を分析した結果、29件の異議申立が承認され、11件の異議申立が実体的事項により却下され、残りの5件が取り下げられたために却下されたことが分かった。図2において、特許付与後の異議申立における決定(審決)に関する統計データを示す。

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図2:特許付与後の異議申立てに対する決定の内訳(2008年-2016年)

 

3. 特許付与後の異議申立における決定(審決)の理由に関する統計データ

 当所が45件の特許付与後の異議申立に関するインド特許庁からの命令を分析した結果、29件の異議申立がインド特許庁により承認されていた。そのうち24件では進歩性の欠如が理由として認められ、14件では特許を受けられない主題が理由として認められ、15件では不十分/不明瞭な記載が理由として認められ、さらに2件では特許法第8条の要件(対応外国特許出願情報の開示)を満たしていないことが理由として認められていた。図3のグラフは、特許付与後の異議申立における決定(審決)の理由に関する統計データを示している。このグラフから、決定(審決)の理由が相互に排他的ではないこと、すなわちインド特許庁の無効命令が複数の理由に基づいて出されていることが分かる。

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図3:特許付与後の異議申立における決定の理由に関する統計データ

 

 

4. 特許付与後の異議申立における申立人および特許権者の国籍に関する統計データ

 当所はさらに、インド特許庁のウェブサイトに掲載されている45件の特許付与後の異議申立について申立人および特許権者の国籍に関する統計データを参照した。これらの異議申立に関するインド特許庁からの命令を分析した結果、特許付与後の異議申立のほとんどはインド国籍の者により提出されていた。また、33%が外国居住特許権者に対して、67%がインド国籍特許権者に対して提出されていた。

 

 図4、5は、特許付与後の異議申立手続における申立人および特許権者の国籍の統計データを示している。

 

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図4:異議申立における異議申立人の国籍の統計データ

 

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図5:異議申立における特許権者の国籍の統計データ

 

5. 結論

 年を追うごとにインド国内の団体または個人による特許出願件数は徐々に増加しているものの、外国の団体または個人が出願人の中心的存在であることに変わりはない。インドにおけるほとんどの特許権侵害訴訟が外国の団体または個人により提起されていることが、それを如実に物語っている。入手可能なデータを見れば、特許製品の製造能力を備えたインド企業が積極的な姿勢を取っており、インドにおける特許付与後の異議申立の大半はインド国内の団体または個人によって提起されていることも分かる。

 

 インド特許庁では、未処理案件の増加と審査の長期化が長年問題視されてきた。しかし、新規審査官の任命および審査管理官(Controllers)の対応能力の向上により、特許付与後の異議申立の処理が近い将来に改善すると期待されている。