インドにおける特許異議申立制度-付与前異議申立と付与後異議申立
1.付与前異議申立
付与前異議申立は、対象特許出願の公開の日から登録の日まで提出可能である。ただし、申立てられた異議について審査管理官(Controller)が検討するのは、当該出願について審査請求がなされた後である。付与前異議申立の制度は、特許に対して異議を申立てる機会を公衆に与えることを意図しているため、「何人も」申立てることができる(特許法第25条(1))。異議申立人が付与前異議申立を提出する十分な時間を確保するため、特許出願の公開から6か月間は特許権が付与されないことが、インド特許規則(以下、特許規則)に規定されている(特許規則55(1A))。
1-1.付与前異議申立の理由
付与前異議申立は特許法第25条(1)に規定された11項目の異議理由に基づき、申立てが可能である。このうち代表的な異議理由として、以下の4点が挙げられる。
・出願の請求項に開示された発明が、出願人によって不正に取得された
・何れかの請求項で請求される発明が、当該請求項の優先日の前に公開されていた
・発明が、進歩性を有さない
・出願人が、インド特許法第8条の要求(たとえば、他国で出願された同一または実質的に同一発明に関する詳細情報のインド特許意匠商標総局への提出)を順守していない
1-2.付与前異議申立の手続
付与前異議申立は、所定の書式(Form 7A)を用いて、インド特許意匠商標総局長官宛に提出する(特許法第25条、特許規則55(1))。申立を考慮した長官が当該出願を拒絶すべきという見解を持った場合、異議申立人が作成した異議申立書の副本を添えて出願人へ通知される(特許規則55(3))。出願人は異議の通知に対して、通知の発行日から3か月以内に、応答書を(証拠と共に)提出しなければならない(特許規則55(4))。出願人は、長官の付与前異議申立に対する決定が下されて手続が終了する前に口頭手続の機会を求めることができる(特許法第25条(1))。
出願人の意見を考慮した後、長官は、出願の特許付与を拒絶するか、または、特許付与前に出願の補正を求めるか、あるいは異議申立を棄却するか、のいずれかを行う事ができ、通常、長官は、付与前異議申立手続の終了から1か月以内に、決定を下さなければならない(特許規則55(5))。長官による決定に対して、高等裁判所への不服申立が可能である(特許法第117A条、Tribunals Reforms Act 2021第13条)。
図1. 付与前異議申立の手続フロー
2.付与後異議申立
付与後異議申立は、特許法第25条(2)に規定されている。付与後異議は、特許登録の公開の日から1年以内に申立てなければならない。付与前異議申立と異なり、付与後異議申立は、「利害関係人」のみが申立てることができる。特許法第2条(1)(t)によれば、「利害関係人」とは、当該発明が関係する同一分野の研究に従事している、または、これを促進する業務に従事する者を含む。Ajay Industrial Corporation v. Shiro Kanao of Ibaraki City事件(1983)においてデリー高等裁判所は、「利害関係人」とは、「登録された特許の存続によって、損害その他の影響を受ける、直接的で現実の、かつ具体的な商業的利害を有する」者と解釈している。付与後異議申立の異議理由は、付与前異議申立の異議理由と同様である(特許法第25条(2))。
2-1.付与後異議申立の手続
付与後異議申立は、所定の書式(Form 7)を用いて、特許意匠商標総局長官宛に異議申立書を提出する(特許規則55A)。異議申立書の受領後、長官は付与後異議申立の合議体として審査管理官3名からなる異議委員会(異議部)を設置する(特許法第25条(3)、特許規則56(1))。当該出願を審査した審査官は、委員会メンバーとしての適格性をもたない(特許規則56(3))。通常は、次席審査管理官(Deputy Controller of Patents)または審査管理官補(Assistant Controller of Patents)が異議委員会の委員長として任命され、2名の上級審査官が残りのメンバーとして任命される。付与後異議申立手続において、異議申立人は、自らの利害や基礎となる事実、求める救済措置について述べる異議申立陳述書を作成し、証拠(ある場合)とともに異議申立書に添付して、長官宛に提出し、その異議申立陳述書と証拠(ある場合)の写しを特許権者に送付しなければならない(特許規則57)。
特許権者が異議申立に対して争う場合、異議申立人から異議申立書を受領した日から2か月以内に、所轄庁に、証拠(ある場合)とともに異議に争う理由を記述した答弁書を提出し、その写しを異議申立人に送付しなければならない(特許規則58(1))。特許権者が答弁書を提出しない場合、特許は取り消されたものとみなされる(特許規則58(2))。特許権者の答弁書を受領した異議申立人は、受領の日から1か月以内に、弁駁書を提出できるが、そのような異議申立人の弁駁書は、特許権者が提出した証拠に関する内容に厳しく限定される(特許規則59)。両者(特許権者、異議申立人)からのさらなる答弁は、長官が許可した場合にのみ提出可能である(特許規則60、62)。答弁書の提出完了後3か月以内に、異議委員会は、異議委員会の勧告を長官に提出する(特許規則56(4))。
その後、長官は、口頭手続の期日を指定する(特許法第25条(4))。口頭手続の通知は、口頭手続期日の10日以上前に両者(特許権者、異議申立人)に送付されなければならず、また、異議委員会の勧告について、審査管理官が口頭手続の期日を設定する前に、異議申立人と特許権者に通知しなければならない(特許規則62(1))。この異議委員会に対する手続上の要件は、知的財産審判部(IPAB、現在は廃止)の過去の決定で示されたものである(M/s. Diamcad N.V. v. Asst. Controller of Patent and Ors. (2012))。また、知的財産審判部(IPAB)は、異議申立手続における異議委員会の勧告および審査管理官の決定には、充分な理由づけが必要、と示した決定もある(Sankalp Rehabilitation Trust v. F Hoffmann-LA Roche AG (2012))。長官は、異議委員会メンバーに口頭手続への同席を指示することができる(特許規則62(1))。口頭審理後、長官は決定を下す(特許規則62(5))。決定に対しては、高等裁判所への不服申立が可能である(特許法第117A条、Tribunals Reforms Act 2021第13条)。
図2. 付与後異議申立の手続フロー
3.異議申立と取消手続との違い
「利害関係人」は、特許法第64条に基づき特許の取消しを求めることができる。異議申立と取消手続との主な違いは、以下の通りである。
・異議申立の異議理由とは別に、取消手続には、取消理由が規定されており、異議理由には該当しないが、取消理由に該当する場合もある。たとえば、秘密保持指令(特許法35条)への違反は、異議理由とはならないが、取消理由となる。
・付与前異議申立は特許の登録前の申立てが必要であり、付与後異議申立は特許登録の公開の日から1年以内に申立てが必要となる。一方、取消手続は、特許の登録の後、いつでも申請が可能である。
・インド政府は、異議を申立てることができない(長官の指示・指令に対して、インド政府が異議を申立てる理由がない)。一方、取消手続はインド政府も申請することができる、例えば、原子力関連発明が誤って特許になった場合など、政府が自分で取り消すことができる(特許法第65条)。
なお、異議申立(付与前、付与後)は、インド特許意匠商標総局(IPAB)への申請であったが、IPAB廃止後は高等裁判所への提訴となった。
インドにおける特許制度のまとめ-手続編
1. 出願に必要な書類
特許権を受けようとする者は、以下の書類および手数料を提出しなければならない。
(1) 有効出願日を確保するために必要な書類
・願書
・明細書(直接出願の場合、完全明細書または仮明細書。条約出願や国内段階出願の場合、完全明細書)
・発明者である旨の宣言書
・手数料
(2) 必要に応じて提出する書類
・出願権の証拠(出願人が発明者ではない場合)
・委任状(現地代理人に代理権を与える場合)
・外国出願に関する陳述書および誓約書(インド特許出願と実質的に同じ内容の外国出願がある場合)
・優先権書類と、その翻訳文(優先権を主張する場合)
関連記事:「インドにおける特許出願制度概要」(2019.6.13)
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関連記事:「日本とインドにおける特許出願書類の比較」(2015.7.24)
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2. 出願の言語
ヒンディー語または英語(特許規則9)。外国語出願制度はない。
3. グレースピリオド
(1) 意に反する公開:出願人から取得され、その者の意に反して発明が公開された場合であって、その公開後、速やかに特許出願が行われた場合、当該発明は新規性を失わない(特許法29条(2)、特許法29条(3))。
(2) 政府への伝達:特許出願に係る発明は、当該発明もしくはその価値を調査するため政府もしくは政府により委任された者に当該発明を伝達した場合であっても、新規性を失わない(特許法30条)。
(3) 博覧会などにおける発表:特許出願に係る発明は、以下の行為が行われても、その最初の発表後12か月以内に特許出願を行った場合に限り、新規性を失わない(特許法31条)。
(i) 中央政府によって官報で指定された博覧会において、真正かつ最初の発明者、または発明者から権原を取得した者の同意を得て行われた発明の展示、またはその開催場所において当該博覧会を目的としてその者の同意を得て行われた発明の実施
(ii) 博覧会における発明の展示または実施の結果としての当該発明の説明の公開
(iii) 発明が博覧会において展示もしくは実施された後、および博覧会の期間中、真正かつ最初の発明者などの同意を得ないで何人かが行った発明の実施
(iv) 真正かつ最初の発明者が学会において発表した論文に記載されまたはその者の同意を得て当該学会の会報に公表した発明の説明
(4) 試験目的の実施:特許出願に係る発明は、特許出願の優先日前1年以内に、出願人またはその同意を得た者が、特許出願に係る発明の適切な試験目的のためにインドにおいて公然と実施したとしても、新規性を失わない(特許法32条)。ただし、発明の内容に鑑み、その試験を公然と実施する合理的必要性があった場合に限る。
(5) 仮出願の後の実施および公開による先発明:仮出願を行った場合、仮出願後、仮明細書に記載された事項がインドで実施され、またはインドまたは他の地域で公開されても新規性を喪失しない(特許法33条)。
関連記事:「インドにおける特許新規性喪失の例外」(2017.6.1)
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関連記事:「日本とインドにおける意匠の新規性喪失の例外に関する比較」(2015.7.24)
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4. 審査
(1) 実体審査
実体審査:あり
審査請求制度:あり(特許法11B条(1))
審査請求期間:出願日(優先日)から48か月以内(特許法11B条(1))
請求人:出願人および利害関係人(特許法11B条(1))
(2) 早期審査(優先審査)
以下の要件のうちのいずれかに該当する場合、早期審査請求を行うことができる(特許規則24C条(1))。
(a) 出願人が国際出願の国際調査機関または国際予備審査機関としてインド特許意匠商標総局(the Office of the Controller General of Patents, Designs & Trade Marks (CGPDTM)、以下「インド特許庁」)を選択したこと
(b) 出願人が、インド国内外を問わず、スタートアップ企業であること(スタートアップ企業の定義:設立から5年以内で、年間売上高が2億5千万ルピー(約3億8千万円)未満の事業体、規則2(fb))
(c) 出願人が小規模団体(small entity)である
(d) 出願人が、全員が自然人であって、そのうち女性が含まれている
(e) 出願人が政府系機関である
(f) 出願人が、中央政府もしくは州政府によって設立された機関であって、中央政府が所有もしくは管理する機関である
(g) 出願人が会社法2013の項目45の2条に定義される「政府系企業」である
(h) 出願人が、政府が実質的に資金を提供している機関である
(i) 政府の要請に基づいて指定された産業に関連する出願である
(j) 出願人がインド特許庁と他国特許庁との合意に従って出願を処理するための資格を有する(いわゆるPPHを申請している)
(3) 出願を維持するための料金
特許権を維持するためには所定の納付期間内に更新手数料を納付しなければならない(特許法53条(2))。
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関連記事:「インドにおける特許審査および口頭審理」(2018.4.17)
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関連記事:「インドの特許出願審査における「アクセプタンス期間」」(2016.4.19)
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5. 出願から登録までのフローチャート
(1) 出願から登録までの特許出願のフローチャート
(2) フローチャートに関する簡単な説明
ⅰ) 特許出願の種類は、直接出願(本出願および仮出願)、国際出願、国際出願の国内段階移行出願、パリ条約に基づく条約出願がある。
ⅱ) 特許出願の出願日(優先日)から18か月が経過すると、特許出願は公開される。特許出願は公開される前に取下げることができる。
ⅲ) 審査請求がなされた出願は審査(方式的、実体的)される。審査請求を行わなかった場合、出願は取下げられたものとみなされる。
ⅳ) 審査の結果は、最初の審査報告(FER: First Examination Report)として出願人に通知される。FERの発送日は、拒絶理由解消期間(6か月)の起算日になる。出願人は、拒絶理由解消期間内に、特許出願が許可される状態にしなければならない(特許法21条)。後続の審査報告(SER: Subsequent Examination Report)が発行されても拒絶理由解消期間は延びない。拒絶理由解消期間は、最長3か月延長できる。特許出願が許可される状態にするというのは、すべての拒絶理由を解消するような応答書(意見書、補正書)を提出することを意味する。
ⅴ) 応答書が提出されていればインド特許庁はもう一度審査を行う。拒絶理由があり、拒絶理由解消期間が経過していない場合はSERが出願人に通知され、拒絶理由解消期間が経過している場合で出願人から聴聞申請があれば聴聞通知が出願人に発送される。聴聞が行われた後に、出願人に応答書(意見書、補正書)を提出する機会が与えられる。
ⅵ) 拒絶理由がすべて解消すると、特許査定(Notice of Grant)が通知され、特許公報(Publication of Grant)が発行される、特許証が交付され、設定登録によって特許権が発生する。拒絶理由が残っている場合、拒絶査定(Notice of Refusal)が通知される。
ⅶ) 特許権の存続期間は出願日(優先日)から20年である。特許権をこの存続期間維持するためには、特許権者は、更新手数料を納付しなければならない。
ⅷ) 何人も特許出願に対して、出願公開後、特許権付与前までに付与前異議申立て(特許法25条(1))を請求することができる。付与後異議申立ては、利害関係人が、特許公報発行後、1年以内に請求することができる(特許法25条(2))。
ⅸ) 特許庁の決定、指示、指令に対して不服がある場合、決定、指示、指令の通知日から3か月以内に知的財産審判委員会(IPAB: Intellectual Property Appellate Board)に審判請求を行うことができる(特許法117A条)。
ⅹ) 利害関係人は、所定の無効理由の1つまたは複数に基づいて、特許の取消をIPABに審判請求することができる(特許法64条(1))。
関連記事:「インドにおける特許制度の運用実態」(2015.12.4)
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関連記事:「日本とインドの特許の実体審査における拒絶理由通知への応答期間と期間の延長に関する比較」(2015.7.17)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/9330/
[権利設定前の争いに関する手続]
6. 拒絶査定に対する不服
出願人は、特許庁の(特許出願を拒絶する)決定に対して不服がある場合、決定の通知日から3か月以内にIPABに審判請求を行うことができる(特許法117A条)。
関連記事:「インドにおける特許出願から特許査定までの期間の現状と実態に関する調査」(2018.1.18)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/14428/
7. 権利設定前の異議申立て
何人も特許出願に対して付与前異議申立て(特許法25条(1))を行うことができる。付与前異議申立ては、出願公開後、特許権付与前までに請求することができる。
8. 上記6の判断に対する不服申立て
IPABによる拒絶査定維持の審決に不服がある場合、出願人は、この審決に対して高等裁判所に裁量不服申立て、または最高裁判所に特別許可申請を行うこともできる。IPABによる拒絶査定取消の審決に対して原則として不服を申し立てることはできない。
[権利設定後の争いに関する手続]
9. 権利設定後の異議申立て
利害関係人が、特許公報発行後、1年以内に付与後異議申立てを請求することができる。
関連記事:インドにおける特許無効手続きに関する統計データ(前編:特許付与後の異議申立て)」(2018.3.15)
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10. 設定された特許権に対して、権利の無効を申し立てる制度
利害関係人が、所定の無効理由の1つまたは複数に基づいて、特許の取消をIPABに審判請求することができる(特許法64条(1))。
関連記事:「インドにおける特許無効手続に関する統計データ(後編:取消請求および訴訟)」(2018.3.15)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/statistics/14680/
11. 権利設定後の権利範囲の修正
特許出願の願書および明細書などの補正は、特許権付与前はもちろんのこと、特許権付与後においても行うことができる(特許法57条(1))。しかし、拒絶査定がなされた後は補正を行うことができない。明細書の補正は、権利の部分放棄、訂正、または釈明による方法で行わなければならず、事実の挿入を目的とするものでなければならない(特許法59条(1))。
特許権付与後に補正申請が行われた場合、特許庁は、その補正の内容が本質的(実体的)なものか否かを審査し、補正内容が本質的なものである場合、補正申請の内容を公告する(特許法57条(3)、特許規則81条(3)(a))。補正内容が形式的なものである場合でも、管理官の裁量によって公告することもできる(特許法57条(3))。利害関係人は、補正の内容に異議がある場合、補正申請の公告の日から3か月以内に異議申立てを行うことができる(特許法57条(4)、特許規則81条(3)(b))。
12. その他の制度
(1) 外国出願許可(特許法39条)
特許法は、外国へ特許出願を行おうとする「インドに居住する者」に対して、外国出願許可(FFL: Foreign Filing License)の取得を義務付けている。インドに居住する者は、原則として外国出願許可を取得しなければインド国外で特許出願を行い、またはさせてはならない(特許法39条(1))。また、当該発明が国防目的または原子力に関連する判断した場合、特許庁は、中央政府の事前承認なしに外国出願許可を付与できない(同第39条(2))。発明者および出願人の一人でもインドに居住する者であれば本法は適用される。ただし、保護を求める出願がインド国外居住者によりインド以外の国において最初に出願された発明に関しては本法は適用しない(同第39条(3))。外国出願許可の規定に違反した場合、対応するインド特許出願は放棄されたものとみなされ、付与された特許権は無効理由を有する(特許法64条(1)(n))。また、外国出願許可の規定に違反した者は、禁固もしくは罰金に処され、またはこれらが併科される(特許法118条)。
(2) 国内実施報告制度(特許法146条)
インドには、特許発明の商業的実施状況を定期的に報告することを毎年、特許権者および実施権者に義務付ける独自の制度が存在する。排他的権利を有する特許権者に対してインドにおける特許発明の適正な実施を促すための制度である。実施状況の報告を怠ると罰金の対象となり、実施状況の虚偽報告を行った者には罰金刑または禁固刑、またはこれらが併科される。インド特許庁は、実施の状況を公開することができる。インドにおいて適正に実施されていない特許に対して、利害関係人が強制実施権を申請できる。
(3) 拒絶理由解消期間(特許法21条)
特許法においては、所定の期間内(拒絶理由解消期間)に特許出願を特許権付与可能な状態にしなければ、特許出願は放棄されたものとみなされる。拒絶理由解消期間は、最初の審査報告(FER:First Examination Report、日本の拒絶理由通知書に相当)の発送日(The date of issue (dispatch):FERに記載された日)から6か月である(特許法21条、特許規則24B条(5))。
(4) 聴聞(特許法14条)
インドにおいて聴聞(Hearing)は、特許審査手続を構成する重要な手続の1つである。出願人から聴聞の申請があれば、インド特許庁は出願人に不利な決定を行う前に出願人に聴聞を受ける機会を与えなければならない。インド特許庁は職権で聴聞を設定することもできる。出願人は、拒絶理由解消期間内に応答書を提出し、聴聞の申請を行えば、拒絶査定が行われる前に聴聞を受ける機会が出願人に付与され(特許法14条)、拒絶理由解消期間経過後も特許出願をインド特許庁に係属させることができる。
関連記事:「日本とインドの特許の実体審査における拒絶理由通知への応答期間と期間の延長に関する比較」(2019.10.31)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/laws/17841/
関連記事:「インド国内で生まれた発明の取扱い―インド国外への特許出願に対する制限」(2019.9.26)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/laws/17745/
関連記事:「インドにおける特許の実施報告制度」(2015.3.31)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/etc/8376/
インドにおける特許異議申立制度-付与前異議と付与後異議
【詳細】
1.付与前異議申立
付与前異議申立は、対象特許出願の公開の日から登録の日まで提出可能である。ただし、申し立てられた異議について審査管理官(Controller)が検討するのは、当該出願について審査請求がなされた後である。付与前異議申立の制度は特許に対して異議を申し立てる機会を公衆に与えることを意図しているため、「何人も」申し立てることができる。異議申立人が付与前異議申立を提出する十分な時間を確保するため、特許出願の公開から6か月間は特許権が付与されないことが、特許法に規定されている。
1-1.付与前異議申立の理由
付与前異議はインド特許法第25条(1)に規定された11項目の異議理由に基づき、申立が可能である。このうち代表的な異議理由として、以下の4点が挙げられる。
- 出願に開示された発明が、出願人によって不正に取得された
- 発明が、何れかの請求項の優先日の前に公開されていた
- 発明が、進歩性を有さない
- 出願人が、インド特許法第8条の要求(たとえば、他国で出願された同一または実質的に同一発明に関する詳細情報のインド特許庁への提出)を順守していない
1-2.付与前異議申立の手続
付与前異議申立は、所定の書式(Form 7A)を用いて、インド特許庁に提出する。申立を考慮した審査管理官が当該出願を拒絶すべきという見解を持った場合、異議申立人が作成した異議申立書の副本を添えて出願人へ通知される。出願人は異議の通知に対して、通知の発行日から3か月以内に、応答書を(証拠と共に)提出しなければならない。出願人は、審査管理官の付与前異議申立に対する決定が下されて手続が終了する前に口頭手続の機会を求めることができる。
出願人の意見を考慮した後、審査管理官は、出願の特許付与を拒絶するか、または、特許付与前に出願の補正を求めるか、のいずれかを行う事ができる。通常、審査管理官は、付与前異議申立手続きの終了から1か月以内に、決定を下さなければならない。管理官による決定に対して、知的財産審判部(Intellectual Property Appellate Board:IPAB)への不服申立が可能である。
2.付与後異議申立
付与後異議申立は、インド特許法第25条(2)に規定されている。付与後異議は、特許登録の公開の日から1年以内に申し立てなければならない。付与前異議と異なり、付与後異議は、「利害関係人」のみが申し立てることができる。インド特許法第2条(1)(t)によれば、「利害関係人」は、当該発明が関係する同一分野の研究に従事している、または、これを促進する業務に従事する者を含む。Ajay Industrial Corporation v. Shiro Kanao of Ibaraki事件(1983)においてデリー高等裁判所は、「利害関係人」とは、「登録された特許の存続によって、損害その他の影響を受ける、直接的で現実の、かつ具体的な商業的利害を有する」者と解釈している。付与後異議申立の異議理由は、付与前異議申立の異議理由と同様である。
2-1.付与後異議申立の手続
所定の書式(Form 7)を用いて、特許庁に異議申立書を提出する。異議申立書の受領後、特許庁は付与後異議申立の合議体として審査管理官3名からなる異議委員会を設置する。当該出願を審査した審査官は、委員会メンバーとしての適格性をもたない。通常は、次席審査管理官(Deputy Controller of Patents)または審査管理官補(Assistant Controller of Patents)が異議委員会の委員長として任命され、2名の上級審査官が残りのメンバーとして任命される。付与後異議申立手続きにおいて、異議申立人は、自らの利害や基礎となる事実、求める救済措置について述べる異議申立陳述書を作成し、証拠(ある場合)ともに異議申立書に添付して、特許庁に提出し、その異議申立陳述書と証拠(ある場合)の写しを特許権者に送付しなければならない。
特許権者が異議申立に対して争う場合、異議申立人から異議申立書を受領した日から2か月以内に、特許庁に、証拠(ある場合)とともに異議に争う理由を記述した答弁書を提出し、その写しを異議申立人に送付しなければならない。特許権者が答弁書を提出しない場合、特許は取り消されたものとみなされる。特許権者の答弁書を受領した異議申立人は、受領の日から1か月以内に、弁駁書を提出できる。ただし、そのような異議申立人の弁駁書は、特許権者が提出した証拠に関する内容に厳しく限定される。両者(特許権者、異議申立人)からのさらなる答弁は、審査管理官が許可した場合にのみ提出可能である。答弁書の提出完了後に、異議委員会は、異議委員会の勧告を審査管理官に提出する。
その後、審査管理官は、口頭手続の期日を指定する。口頭手続の通知は、口頭手続期日の10日以上前に両者(特許権者、異議申立人)に送付されなければならない。異議委員会の勧告について、審査管理官が口頭手続の期日を設定する前に、異議申立人と特許権者に通知しなければならない。この異議委員会に対する手続き上の要件は、知的財産審判部(IPAB)の過去の決定で示されたものである(M/s. Diamcad N.V. v. Asst. Controller of Patent and Ors. (2012))。また、知的財産審判部(IPAB)は、異議申立手続における異議委員会の勧告および審査管理官の決定には、充分な理由づけが必要、と示した決定もある(Sankalp Rehabilitation Trust v. F Hoffmann-LA Roche AG (2012))。審査管理官は、異議委員会メンバーに口頭手続への同席を指示することができる。口頭審理後、審査管理官は決定を下す。決定に対しては、知的財産審判部(IPAB)への不服申立が可能である。
3.異議申立と取消手続との違い
「利害関係人」は、インド特許法第64条に基づき特許の取消を求めることができる。異議申立と取消手続との主な違いは、以下の通りである。
・異議申立(付与前、付与後)は、特許庁に申請する。一方、取消手続は知的財産審判部(IPAB)または、侵害の訴えに対する反訴として高裁に提訴する。
・異議申立の異議理由とは別に、取消手続には、取消理由が規定されており、異議理由には該当しないが、取消理由に該当する場合もある。たとえば、秘密保持指令(インド特許法36条 国防上の秘密保持の指令)への違反は、異議理由ではないが、取消理由となる。
・付与前異議は特許の登録前の申立が必要。付与後異議は特許登録の公開の日から1年以内に申立が必要となる。一方、取消手続は、特許の登録の後、いつでも申請が可能である。
・インド政府は、異議を申し立てることはできない。一方、取消手続はインド政府も申請することができる。