インドネシアにおける商品・役務の類否判断について
1.はじめに
日本では先行商標と出願商標が非類似とされているケースで、インドネシアでは、同じ商標の出願について、同じ先行商標と類似と判断され、拒絶査定を受けることがある。この相違は、両国の指定商品・役務に関する審査ガイドラインの違いによって生じる場合がある。例えば、日本は「類似群」と呼ばれるグループ分けを採用しており、商品・役務が同じグループに属さない限り、原則として非類似とみなされる。しかし、インドネシアの審査ガイドラインでは、商品・役務をあらかじめグループ化していないため、判断が異なる可能性がある。
本稿では、インドネシアの審査ガイドラインに基づく商品・役務の類否判断について紹介し、日本の審査ガイドラインとの相違点を明らかにすることを目的とする。具体的には、①商品・役務の類似・非類似を判断する基本原則、②商品間の類似・非類似、③役務間の類似・非類似、④商品・役務間の類似・非類似、の4点について比較・検討する。
なお、本稿では、商品・役務の類似性について、商品・役務の類似性を超えて保護される可能性がある著名商標の類似性、同一図形要素商標の類似性については論じていない。
2.商品・役務の類似・非類似を判断する基本原則
インドネシアにおける審査手順は、日本の審査手順と同様であると考えられ、具体的には、通常以下のようなアプローチが行われる。
① 出願商標が識別力を有するか否かを判断する。
② ①で識別力があると判断された場合、出願商標の指定商品または指定役務と同一または類似する商品または役務を指定した先行商標を特定する。
③出願商標と上記先行商標の標識(マーク)が同一または類似であるか否かを判断する。
(i)出願商標の指定商品と同一または類似の商品、(ii)出願商標の指定役務と同一または類似の役務、 または、(iii)出願商標の指定役務と類似の商品もしくは出願商標の指定商品と類似の役務を指定し、かつ、同一または類似の標識(マーク)を有する先行商標が存在する場合、出願商標は登録できない。商品・役務の類似性の判断基準は、「商標登録に関するインドネシア共和国法務人権大臣規則2016年第67号(以下、「大臣規則」という。)」に規定されている。
3.商品間の類似・非類似について
(1) 商品間の類否判断の考え方
インドネシアにおける商品間の類似性を判断するための基準は日本と同様と考えられ、大臣規則第17条第2項において、以下のように規定されている:
a. 商品の性質
b. 商品の使用目的および使用方法
c. 商品の補完性
d. 商品の競合性
e. 商品の流通経路
f. 関連する消費者
g. 商品の由来(原産地、製造者または提供者)
(2) ニース分類の活用
大臣規則第14条第4項において、ニース分類を採用することが規定されており、ガイドライン等は公開されていないが、実務上、同じくニース分類を採用している欧州連合知的財産庁(EUIPO)と同様のアプローチで審査されると考えればよい。
例えば、同じ区分に分類される商品であっても、類似しない例を示す。
(左側が先行商標、右側が後出願商標、以下同じ)
また、異なる区分に分類される商品が類似とみなされる例を示す。
関連情報:欧州連合商標審査ガイドライン
Part B Examination 1 Introduction:
https://guidelines.euipo.europa.eu/2058843/2046764/trade-mark-guidelines/1-introduction
4.2.2 Influence of classification on the scope of protection:
https://guidelines.euipo.europa.eu/2058843/2042025/trade-mark-guidelines/4-2-2-influence-of-classification-on-the-scope-of-protection
(3) 商品名選択時の留意点
インドネシアでは、電子出願システムの採用に伴い、商品または役務はシステム上に表示される選択肢から選択する必要があり、それ以外の商品名または役務名を選択することはできない。出願人は、希望する商品または役務に最も適した商品名または役務名をシステム上の選択肢から選ぶことが求められる。
システム上に表示される商品・役務のリストは、マドリッド商品・役務リスト(Madrid Goods & Services Manager、MGS)に準拠している。
なお、日本からの出願には類見出しのみからなる商品名が散見される。システム上に表示されている類見出しの商品名は出願可能であるが、表示されていない類見出しの商品名は指定できないとされている。
下記、関連記事も参照されたい。
関連記事:「インドネシアにおける指定商品または役務に関わる留意事項」(2021.6.24)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/laws/20279/
4.役務間の類似・非類似について
(1) 役務間の類否判断の考え方
役務間の類似性を判断するための基準も日本と同様と考えられ、大臣規則第17条第2項において、以下のように規定されている:
a. 役務の性質
b. 役務の使用目的および使用方法
c. 役務の補完性
d. 役務の競合性
e. 役務の流通経路
f. 関連する消費者
g. 役務の由来(原産地、製造者または提供者)
(2) ニース分類の活用
大臣規則第14条第4項において、ニース分類を採用することが規定されており、ガイドライン等は公開されていないが、実務上、同じくニース分類を採用している欧州連合知的財産庁(EUIPO)と同様のアプローチで審査されると考えればよい。
例えば、同じ区分に分類される役務であっても、類似しないとされる場合がある。
一方、異なる区分に分類される役務であっても、その役務に関連性があれば、類似とみなされる場合がある。
(3) 役務「小売(Retail Services:小売の業務における顧客への便益の提供)」について
「小売」を役務とする商標、すなわち、デパートやスーパーマーケットのように提供される品目を特定しない「小売」サービス全般を指定する商標の出願、は認められている。
なお、MGSでは、retail and wholesale services(小売および卸売の業務における顧客への便益の提供);retail or wholesale services(小売または卸売の業務における顧客への便益の提供);retail or wholesale store services(小売または卸売の店舗業務における顧客への便益の提供)を選択できるので、これらを指定することで現地代理人と日本の出願人の理解を一致させることが可能となり、好ましい。
「小売」を役務とする商標の標識(マーク)と同一または類似の先行商標が商品商標として存在する場合、これを引用して拒絶される可能性がある。
また、販売商品を特定しない小売を指定する先行商標が存在しても、特定商品の小売を指定する後願商標が登録された例を以下に示す。
さらに、販売商品を特定しない「小売」を指定する先行商標が、同じ「小売」を指定する役務商標(下表上段)や多くの商品を例示した「小売」の役務商標(下表下段)を排除した例を示す。
なお、「小売」を役務とする登録商標は、市場における混同が証明できる場合に限り、同一または類似の商品商標に対しても排他権を有する。また、当該登録商標が特定の商品に使用されていないことを理由として不使用取消請求しても、他の商品で「小売」の役務商標を使用している限り、取消の対象とはならない。
(4) 役務名選択時の留意点
商品名と同様に、MGSに挙げられている役務名は、電子出願システム上に表示される選択肢から役務名を選択することが求められ、その役務名を変更することはできない。希望する役務を含む最も類似した役務名を選択する必要がある。最も広範な役務名から、より具体的な役務名まで選択することが望まれる。
5.商品・役務間の類否について
(1) 商品・役務間の類否判断の考え方
商品・役務間の類似性を判断するための基準も日本と同様と考えられ、大臣規則第17条第2項において、以下のように規定されている:
a. 商品と役務の性質
b. 商品と役務の使用目的および使用方法
c. 商品と役務の補完性
d. 商品と役務の競合性
e. 商品と役務の流通経路
f. 関連する消費者
g. 商品と役務の由来(原産地、製造者または提供者)
異なる区分の商品や役務であっても、事業や消費者が関連するなど、上記の基準に基づいて、類似しているとみなされる可能性がある。以下に例を挙げる。
(2) 商品・役務間を考慮した指定商品・役務の選択時の留意点
商標出願時に、出願人は指定する商品および役務の区分について、保護を希望する範囲を関連する商品および役務に拡大することを検討すべきである。商標審査官は、標識(マーク)が非常に類似しているか、よく知られているか、または先行商標からの異議申立があり、注意している場合を除き、例えば、商品・役務間の場合には、必ずしも区分を跨いだクロスサーチ(日本の備考審査)を行うとは限らないことに留意しなければならない。
インドネシアにおける商標の識別性に関する調査
「ASEAN主要国における商標の識別性に関する調査」(2020年3月、日本貿易振興機構(JETRO)バンコク事務所知的財産部)
(目次)
第2章 各国の商標審査制度
Ⅵ.インドネシア p.57
(所管庁の概要、出願から登録までの審査手続について説明(フローチャートあり)、商標の識別性に関する関連法規、商標の識別性に関するガイドライン、制度・運用に関する留意点(他国であれば拒絶される可能性がある商標のインドネシアで登録された例の紹介)、識別性に係る審査判断に対する反論手段、ディスクレーム制度(制度の採択なし)、商標権の効力が及ばない範囲について紹介している。)
第3章 事例紹介及び考察
Ⅵ.インドネシア p.118
(3件の商務裁判所の判決概要とメニューやサービス形態を商標登録した事例を紹介している。)