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香港における特許制度のまとめ-実体編

1. 特許制度の特徴

 香港には、(1)再登録による標準特許(「標準特許(R)」)、(2)香港独自の付与による標準特許(「標準特許(O)」)、(3)短期特許の3種類の特許がある。

(1)標準特許(R)
 標準特許(R)を取得するための再登録システムには、2つの段階がある。
 第1段階では、保留中の下記指定特許庁への出願に基づいて香港特許登録簿に「記録請求」を提出する必要がある。
・中華人民共和国国家知識産権局への出願
・英国を指定する欧州特許庁への出願
・英国特許庁への出願
 香港での記録請求の提出は、指定特許庁への出願の公開から6か月以内に行う必要がある(特許条例第15条)。
 第2段階として、指定特許庁への出願に対して特許が付与された後、6か月以内に「登録付与請求」を提出する必要がある(特許条例第23条)。
 指定特許出願に対する各特許庁での審査に依存しているため、香港での標準特許(R)の出願については、実体審査は行われない。

(2)標準特許(O)
 香港は2019年に独自の特許付与(OGP:Original Grant Patent)システムを導入し、出願人は、方式審査および実体審査を通過すれば、標準特許(O)を取得できる(特許条例第37P条、第37T条、第37U条)。出願から付与までの通常の審査プロセスには少なくとも2~3年かかると予想されるが、出願人は、出願の早期公開の要求を提出し、可能な限り早く審査官の指令に対応することにより、審査期間全体を短縮することができる(特許条例第37Q条および特許規則第31Z条)。

(3)短期特許
 短期特許は、国際調査機関または(1)に示した3つの指定特許庁のいずれかからの調査報告に基づいて付与される(特許条例第113条)。通常、付与前の実体審査は行われない。特許権者または第三者は、付与後に実体審査の実施を請求することができる。この実体審査は、裁判所での執行措置を開始するための前提条件となっている(特許条例第127B条および第129条)。

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2. 発明の保護対象

 特許条例第9A条(1)に次の規定がある。
 (1)以下の条件を満たす発明は特許可能である。
  (a)新規であり、
  (b)進歩性を伴い、
  (c)産業上の利用が可能である。

 特許条例第9A条(2)(3)に次の規定がある。
 (2)以下は、(1)にいう発明とはみなさない。
  (a)発見、科学理論または数学的方法、
  (b)美的創造、
  (c)精神的行為を実行するため、ゲームをするため、またはビジネスをするためのス
  キーム、ルール、または方法、あるいはコンピュータプログラム、
  (d)情報の提示
 (3)(2)の除外は、特許または特許出願が除外された主題自体に関連する範囲にのみ適用
 される。
 特許条例第9A条(4)~(6)に次の規定がある。
 (4)手術または治療による人体または動物の体の治療方法、または人体または動物の体
 に対して実施される診断方法は、産業利用可能性がある発明とはみなされない。ただし、これらの方法に使用される製品、物質、組成物には適用されない。
 (5)公序良俗または道徳に反する出版物または著作物の発明は特許性がない。
 (6)以下は特許性がない。
  (a)植物または動物の品種、
  (b)植物または動物の生産のための本質的に生物学的なプロセス(ただし、微生物学
  的なプロセスまたはその製品を除く)。

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3. 特許を受けるための要件
3.1 一般要件(特許条例第9A条(1))
・新規である、すなわち最新技術の一部を形成していない(特許条例第9B条)。
・進歩性を伴う、すなわち最新技術を考慮した場合にも当業者に明らかでない(特許条例第9C条)。
・産業上の利用が可能である、すなわち農業を含むあらゆる種類の産業で製造または使用が可能である(特許条例9D条)。

3.2 説明要件
 特許規則第31N条および第59条は、それぞれ標準特許(O)および短期特許を出願するための説明要件を規定している。また、特許規則第31O条および第60条は、出願に含まれる図面の要件を規定している。

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4. 職務発明の取り扱い
4.1発明の所有権
 特許条例第57条(1)によると、従業員の発明は、次の場合に雇用主に帰属するものとされる。
(a) 従業員の通常の職務の過程または通常の職務の範囲外の職務の過程で行われたが、特にその従業員に割り当てられたものであり、いずれの場合も、発明が合理的に期待されるような状況であった職務の遂行による場合;また
(b) 発明が従業員の職務の過程で行われ、発明を行う時点で、職務の性質および職務の性質から生じる特定の責任のため、従業員が使用者の事業利益を促進する特別な義務を負っていいた場合。

 それ以外の従業員による発明はすべてその従業員に帰属するものとする。

 特許条例第60条に基づき、従業員の発明に関連する雇用主と従業員との間の契約の条項は、発明またはそれらの発明の特許またはそれらの特許の出願における従業員の権利を減少させる場合、強制力を持たない。

4.2特定の発明に対する従業員の報酬
 使用者が被用者所有の従業員の発明から顕著な利益を得る場合、または従業員がその発明を使用者に譲渡または独占的にライセンス供与した場合、裁判所が従業員に報酬を与えるべきであるとの見解を示した場合、裁判所は従業員への補償を裁定することができる(特許条例第58条)。

 従業員は、使用者が特許、または、発明または特許出願における、またはそれによる財産または権利の使用者と関係のある人への譲渡または供与、から得ることができるまたは合理的に期待できる利益、の公正な配分を受け取ることができる(特許条例第59条(1)(2))。

 特許条例第59条(3)および(4)は、使用者所有の従業員の発明および従業員所有の従業員の発明に対してそれぞれ確保される公正な利益の配分を決定する際に考慮すべき要素を定めている。

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5. 特許権の存続期間
5.1 期間
・標準特許
 特許の存続期間は、標準特許(R)の場合、みなし出願日(対応する指定特許の出願日)から20年であり、標準特許(O)の場合、出願日から20年である。ただし、特許は3年目の終了後、毎年更新する必要がある(特許条例第39条)。

 指定特許出願が記録請求の公開から5年を経て付与に進んでいない場合、保留中の標準特許出願(R)に年間維持費が必要となることがある。年間維持費の期日は指定特許出願日である(特許条例第33条)。

・短期特許
 短期特許の場合、特許の存続期間は、特許出願日から8年である。ただし、特許を有効に保つためには、4年目の満了前に一度更新する必要がある(特許条例第126条)。

5.2 特許件存続期間の延長
 特許権の存続期間を延長する制度はない。

5.3 審査の遅れによる期間の延長補償
 審査の遅れによる期間の延長補償制度はない。

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6. 特許権の行使と侵害

 特許権の所有者は、差止命令、損害賠償、不当利得および申告などの救済を請求するために、侵害行為に関する民事訴訟を提起する権利がある(特許条例第80条)。

 ただし、被告が侵害の日に特許が存在したことを認識しておらず、推測する合理的な理由がないことを被告が証明できる場合、裁判所は損害賠償を認めたり利益計算の命令を行わない可能性がある(特許条例第81条)。

 特許条例第82条は、部分的に有効な特許の侵害に対する救済の付与に関する裁判所の見解を規定している。

関連記事:
「香港における均等論に対する裁判所のアプローチ」(2017.06.20)
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香港における特許の権利取得手続

 「香港知的財産保護マニュアル」(2021年1月改訂、日本貿易振興機構香港事務所(知的財産部))第2章 権利取得手続 第2節 特許権の取得、第3節 特許代理制度の改定

(目次)
第2章 権利取得手続
(出願、登録件数の統計、登録要件および制限、標準特許および短期特許出願手続の流れ(フローチャートあり)、料金、補正、指定特許に対する特許付与後措置、権利付与後の変更、審判制度等について、特許条例または規則に基づき紹介している。また、2件の著名な判例を紹介している。)

第2節 特許権の取得 p.31
序 p.31
1 統計:特許出願・登録 p.33
2 特許協力条約 p.36
3 パリ条約 p.37
4 所有権 p.37
5 登録要件 p.37
6 登録制限 p.38
7 標準特許(R)出願手続の流れ p.40
 7.1 出願の維持 p.44
8 標準特許(O)の出願手続の流れ p.45
9 短期特許の出願手続 p.50
10 指定特許に対する特許付与後措置 p.55
11 権利付与後の変更 p.55
12 翻訳の問題 p.56
13 香港におけるPCTの実施状況 中国経由による香港出願 p.57
14 審判制度 p.59
 14.1 不服申立 p.59
 14.2 審判手続に要する費用と時間 p.59
15 取消 p.59
16 特許権取得・維持に関する著名な判例 p.61

第3節 特許代理制度の改定 p.63
(2019年12月の新特許制度創設にともない、新特許条例において暫定措置として香港で特許関係職業の資格について他人を誤解させる、または混乱させる名称や説明の使用を禁止した。)

香港における医薬用途発明

記事本文はこちらをご覧ください。

香港における均等論に対する裁判所のアプローチ

1.均等論とは何か?

 

 均等論とは、製品または方法が、同一の結果を得るために実質的に同一の方法で同一の機能を果たすという点において、当該製品または方法が特許請求の範囲と均等であると判断される場合、特許権侵害が認定されるという法理である。均等論を支持する立場の者は、実質的に同一の機能を有する製品への軽微な変更により非侵害とするような特許の狭義の解釈により、独占権の保護が無用なものとなるとの見解を示す一方、均等論を批判する立場の者は、均等論は、特許範囲の予期できない拡大により不確実性をもたらすと見解を示す。

 

2.香港における特許法

 

 香港における特許は、香港特許条例(Cap. 514)および特許(一般)規則(Cap. 514C)の規定に従い付与される。現在、香港には2種類の特許が存在する。すなわち、最大権利期間20年の標準特許と、最大権利期間8年の短期特許である。

 

 香港標準特許は、以下の3つの特許庁のうち最初に付与された1つの特許の再登録である:(1)中国国家知識産権局(SIPO)、(2)英国知的財産庁(UKIPO)、または欧州特許庁(EPO)(英国(UK)を指定する欧州特許)。香港知的財産局(HKIPD)において関連する方式要件を満たせば、各特許庁により付与されたこれら3つの外国特許の1つを「指定して」香港標準特許を付与することができる。そして、指定した特許と全く同一の特許明細書を香港標準特許の特許明細書とする。

 

 香港は、コモン・ローの国であり、その判例法の大部分は、英国の判例法に由来する。英国の判例法に依拠する傾向が強いものの、必ずしも香港の裁判所を拘束するものではなく、特に特許分野においては、英国判例の効力はあまり強くない。一方で、特許性に関して、香港の裁判所は、EPO審判部の審決例に依拠する傾向がある。しかし、これも必ずしも香港の裁判所を拘束するものではない。

 

3.「目的論的解釈」の原則の発展

 

 香港は、特許請求の範囲を目的論的に解釈するという点において、英国の立場を採用してきた。目的論的解釈は、香港において均等論に最も近い法的理論であり、非文言上の特許権侵害を検討するための枠組みである。特許請求の範囲の目的論的解釈は香港特許条例第76条に基づく。第76条自体は、1977年英国特許法の第125条を原型とするものであり、英国および香港において裁判所により適用される欧州特許条約(EPC)第69条に対応する条項である。

 

 特許請求の範囲の解釈にかかる基本的テストは、香港特許条例第76条(1)(b)に以下のように定められている:

 

香港特許条例第76条(1)(b)

 (1)本[特許]条例の適用上、…

 (b)特許付与された発明は、文言上特段の解釈を要する場合を除き、特許明細書に含まれる説明および図面により解釈される明細書の特許請求の範囲に特定される発明とし、

特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される。

 

 EPC第69条の解釈に関するプロトコルに基づき、香港特許条例第76条(3)は、下記記載の手法によって解釈するべきではなく、むしろ特許権者または特許出願人の公平な保護を、第三者のために正当な程度の安定性と結び付けることにより解釈されなければならないと規定する。

 (1)香港特許の保護は、特許請求の範囲、および特許請求の範囲中に見出された曖昧性を解決することのみを目的として参照される明細書および図面において使用されている文言の厳密な意味により解釈されてはならない;または

 (2)特許請求の範囲は、解釈の指針としてのみ役割を担うのではなく、香港特許の保護は、当業者による説明および図面の解釈を超えて、特許権者が予期するところまでは及ぶことができない。

 

 目的論的解釈の原則は、これら2つの手法のバランスを取ろうとするものである。これらは、Improver Corp v Raymond Industrial Ltd [1991] 1 HKLR 251において香港控訴裁判所により採用されたCatnic Components Ltd v Hill & Smith [1982] RPC 183における英国貴族院の判決において定められた。要約すると、以下の通りである:

 

 (1)特許権者は、表現を選択して、特許明細書中の発明の本質的特徴が何であるかを当業者に対して説明する;

 (2)厳密な言語分析による、特許明細書の文言上の解釈は採用されるべきではなく、目的論的解釈が行われるべきである

 (3)特許請求の範囲に記載の文言が厳密に解釈されることを特許権者が意図していた(特許請求の範囲における文言を補正した場合に、当該補正が発明に実質的影響を与えない場合であっても、当該補正は特許請求の範囲に記載された独占権の範囲外となる)と、当業者が理解するか否かによって、目的論的解釈の採用の適否が判断される。

 

 裁判所は、特許請求の範囲の解釈にあたり、当業者の立場に立つこととなる。特許請求の範囲からの変更が発明に対して実質的影響を与える場合、侵害は認定されない。特許権者が特許請求の範囲中の特定の文言について、発明に対する実質的影響を与えない小さな変更を排除しないと当業者が考える場合のみ、侵害が認定される。

 

 英国特許裁判所のHoffmann J(当時)はさらに、Improver Corp v Remington Consumer Products Ltd [1990] FSR 181において、Catnic Components Ltd事件における原則を「Three-part test」として体系化し、香港控訴裁判所は、Improver Corp v Raymond Industrial Ltd [1991] 1 HKLR 251において、これに追随した。「Three-part test」は、以下の通り定める:

 

 (1)特許請求の範囲からの変更が、発明の作用に実質的影響を与えるか?与える場合、当該変更は権利範囲外である(すなわち、非侵害を意味する)。

 (2)当該変更が、発明の作用に実質的影響を与えない場合、特許の公開日時点において、当該変更は当業者にとって自明であったか?自明でない場合、当該変更は権利範囲外である(すなわち非侵害を意味する)。

 (3)当該変更が自明である場合において、特許請求の範囲の文言を厳格に解釈することが発明の本質的要件であることを特許権者が意図したと当業者が理解するか?理解した場合には、当該変更は権利範囲外である(すなわち非侵害を意味する)。

 

 「Three-part test」の適用にあたり、(1)(3)の質問が否定され、(2)の質問が肯定された場合、特許請求の範囲中の特定の文言は、文言上の意味を有するものではなく、当該変更を含む意味を有するとして解釈される。したがって、保護の範囲は、均等論の適用に相当する効力を有するよう拡大される。

 

 Kirin-Amgen v. Hoechst Marion Roussel [2005] RPC 9において、英国貴族院は、目的論的解釈の原則について、包括的な検討を行った。特許は、技術分野の一般的常識と共に当業者が理解するであろう意味に従い解釈されるべきであることが確認された。この原則は、SNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2014] 2 HKLRD 822において、香港高等裁判所により採用され、控訴審のSNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2015] 4 HKLRD 517において、香港控訴裁判所により認められた。

 

 Catnic Components Ltd事件において、Hoffmann判事はさらに「Three-part test」について、均等物が特許請求の範囲内にあたるか否かを決めるための枠組であるとみなした。Hoffmann判事は、「Three-part test」に基づく目的論的解釈の原則と、均等物にこれを適用するための指針とを区別することが重要であり、これにより、「Three-part test」は、当業者が特許の意味を解釈する助けとなる、単なる指針であるという点で、法的規則として扱われるべきではないと強調した。

 

4.目的論的解釈の文言における均等論および禁反言

 

 包袋禁反言の原則は、審査中の補正により関連する限定が導入された場合、均等論を適用することができないと定める。この原則は、審査の包袋を精査することなくして、特許の解釈および保護範囲を判断することはできないことを意味する。一方、貴族院によりKirin-Amgen事件においても判示された通り、特許は、当業者が包袋を取得したか否かにかかわらず変化しないものとみなされる。英国の立場は、包袋禁反言の適用に否定的な立場である。審査中に行われた補正等の証拠は、特許請求の範囲がどのように解釈されるかを判断するものではなく、裁判所は、特許権者が実際に特許請求の範囲に明確に記載したものを考慮する。

 

 香港においては、禁反言に関する判例法はない。ただし逆のことを示すものがない限り、香港の裁判所は、包袋禁反言の適用に異を唱える英国の立場に追随することとなる。

 

5.まとめ

 

 香港においては、非文言上の侵害を判断するために、一般的に均等論は用いられないが、これに近い目的論的解釈が用いられる。目的論的解釈の適用に際して、香港の裁判所は、当業者の立場に立ち、当業者が特許の意味をどのように解釈するかを求める。香港においては、包袋禁反言の原則に関する判例法はないが、訴訟手続において包袋禁反言が認められない可能性が高い。

 

 香港において、特許は、特許権者が自らの言葉で当業者に向けた一方的声明である。裁判所は、目的論的解釈に基づき、特許請求の範囲を書き直したり補正したりしない。裁判所は、特許権者に合理的な保護を与える利益と、第三者に対して合理的な確実性を与える利益とのバランスを取る義務がある。