インドネシアにおける商標権の権利行使と模倣意匠への対応
【詳細】
1.インドネシアにおける商標権に基づく権利行使の検討
インドネシアは先願主義を採用しており、商標権侵害で侵害者に対して措置を講じるには、商標を登録し商標権を得ておかなければならない。商標が先に登録され、その保護範囲が広範であるほど、商標権者は、自らの権利を行使し知的財産を保護するための有利な立場を得ることが出来る。
しかしながら、商標権侵害において侵害者に対して法的措置を講じる前に、商標権者は以下のような事項を事前に理解しておく必要がある。
1-1.刑事手続き
親告罪である知的財産権侵害事件は、インドネシア知的財産権総局(Directorate General of Information and Public Relations: DGIPR)の捜査局または警察により着手される。当局が侵害に対する手続きを進める前に、権利者は正式な告発状を提出しなければならない。
告発状を受理すると、DGIPR捜査局の捜査官は、知的財産権侵害に関する捜査の実施に関して警察と同様の権限が与えられる。通常、捜査はレイド(摘発)へとつながるが、滞貨案件と捜査官不足のため、実際にレイドが実施されるまでには数ヶ月かかることもある。
1-2.民事手続き
登録商標の商標権者またはライセンシー(適切なライセンス契約の登録を条件として)は、損害賠償請求または登録商標の不正使用に関する行為を止めさせるために、商標権侵害者を相手取り、商務裁判所に訴訟を提起することができる。
訴訟審理中のさらなる損失を防ぐため、商標権者(原告)は、侵害者(被告)に対して商標権者の被侵害商標を使用した製品またはサービスの生産、流通および取引を停止することを命じるよう、裁判所に差止請求することができる。
商務裁判所は裁判所の判決が最終的なものとなり、法的拘束力を有した後に初めて商品を処分するよう命じることができる。また、商務裁判所の判決に対しては最高裁判所に上告することができる。
1-3.水際取締り
インドネシア関税法には、税関登録や輸出入商品に関する知的財産疑義侵害物品の差止命令の申し立ては規定されていないが、差止め命令および仮処分に関する2012年最高裁判所規則に基づき、要求することが可能となった。この規則に基づき、知的財産権者は、疑義侵害商品の通関を一時的に差し止める申し立てを商務裁判所に請求することができる。
税関職員は、商務裁判所の発効した令状を受理すると、輸入者、輸出者または商品の所有者に対して書面で通知を行い、令状の受理日をもって商品の通関を差し止めなければならない。知的財産権者は、商務裁判所長から許可が得られれば、疑義侵害物品を調査することができる。
差止期間は10営業日で、商務裁判所から追加の令状が発行されることにより、さらに10営業日延長することができる。この期間内に、知的財産権者は自らの権利を維持するために必要とされる法的手続きを行っていることを税関職員に通知しなければならず、通知がなければ税関職員は商品の差止を終了する。
しかしながら、この規則にもかかわらず、実際にこの手続きを進めることは非常に難しい。貨物に関する十分な情報と裏付け証拠がない場合が多く、商品が模倣品であるか否かを判断することは難しい。
2.権利侵害された場合の準備
侵害者に対して措置を講じる前に、知的財産権者は、自らの権利に関して瑕疵が無いことを確認し、侵害者が反訴を提起してくることも想定しておく必要がある。こうした対応には、知的財産権の有効性確認、市場における知的財産権の使用状況調査、知的財産権権利者の確認、証拠の保全等が含まれる。
インドネシアでは知的財産権者は侵害者を訴追するよりも侵害者と和解することを選択することが多く、和解では通常、模倣品の破壊、誓約および侵害者による公的謝罪を行う。
権利侵害された場合の対応の第一歩として、侵害者および被侵害商標の使用に関する可能な限り多くの情報を集める調査を行うことが重要である。この調査結果を基に侵害者に対する戦略構築を行う必要がある。調査は、DGIPRの捜査官を通じて実施することが可能ではあるが、調査結果を速やかに入手し、秘密を保持する観点から調査会社等を使用することが推奨される。侵害製品が食品または医薬品に関するものである場合、インドネシア食品医薬品監督庁(Badan Pengawas Obat dan Makanan: BPOM)における調査も実施されなければならない。
警告状は、調査により得られた情報に基づき作成する。ただし警告状はインドネシア語で記載しなければならない。警告状送付の後、追加書面の提出や相手側との交渉等が行われる。
3.侵害請求した場合のリスク
商標権者が商標登録に関して商標権を主張した場合、当該商標をインドネシアにおいて3年間継続して使用していない場合、相手方から不使用取消審判請求されると当該商標は取り消され得る。したがって、相手方による権利濫用の抗弁等を回避するためには、商標に関する有効性の確認および使用状況を確認することは重要である。
知的財産権者が疑義侵害商品の通関を一時的に差し止める令状を商務裁判所に請求したが、当該商品が侵害していないことが判明した場合、当該商品の所有者は、知的財産権者に対して逆告訴し、商品の留置に対する損害賠償請求を求めることができる。
4.「商標を使用している」の定義と証拠
登録商標は、登録後継続して3年間使用されていない場合、不使用取消の対象となる。商標が取り消されることを防ぐためには当該商標が使用されていなければならないが、その際、商標権者は、「商標の使用」の定義を念頭に置かなければならない。
インドネシア商標法第61条によると、登録商標は、その商標の使用が登録商標と合致していない場合、取消の対象となる。ここで言う「合致」とは、製品上における商標の実際の表示と商標登録証における商標の表示が、言葉、文字および色の表現など全て同一でなければならないことを意味する。
(参考)インドネシア商標法第61 条
(1)商標登録簿からの商標登録抹消は、DGIPRにより職権でまたは当該商標の所有者の請求に基づいて行われる。
(2) DGIPRの職権による商標登録抹消は、次に掲げる場合に行うことができる。
(a)商標が、DGIPRにより認められる理由がある場合を除き、登録の日または最後に使用した日から継続して3年以上商品またはサービスの取引に使用されていない場合
(b)商標が、登録商標と合致しない商標の使用を含め、登録出願された商品またはサービスの種類と一致しない商品及び/またはサービスの種類に使用されている場合
(3)(2)(a)にいう理由とは、次に掲げることである。
(a)輸入の禁止
(b)当該商標を使用した商品の流通の許可に関する禁止する権限のある当局からの暫定的な決定、または
(c)政令で定められたその他の同様の禁止
(4)(2)にいう商標登録抹消は,商標登録簿に記録され、商標官報に公告される。
(5)(2)にいう商標登録抹消の決定に対する不服申立は、商務裁判所に提出することができる。
例えば、商標が平易なブロック文字で登録されているが、製品上で様式化、すなわちデザイン化された文字などで表現されている場合、登録商標は「使用された」と見なされないことを意味する。また、商標が登録証において白と黒で表示されているが、製品上では赤色で表現されている場合も「使用」とは見なされない。
商標の使用証拠には、商標が付され登録後3年間継続して使用された証拠として日付が付された出版物、広告物、請求書、カタログ、製品やサービスの包装などが含まれる。
また、各ライセンス契約が適切にDGIPRに登録されていれば、ライセンシーによる登録商標の使用が当該商標の適切な使用であると見なされる。
5.盗用(模倣)意匠出願に対する対策
インドネシア工業意匠法第26条によると、利害関係人は、意匠公開日から3ヶ月以内に公開された意匠出願に対して異議を申し立てることができる。
(参考)インドネシア工業意匠法第 26 条
(1)第25条(1)に規定する公開開始日以降、何人も実体的な事由の異議をDGIPRに対して書面でかつ本法に規定する手数料の支払って申し立てることができる。
(2)(1)の規定における異議は、公開開始日から3ヶ月以内に申し立てることができる。
(3)(2)に規定する異議は、DGIPRから出願人に通知される。
(4)(2)に規定する異議に対して、出願人はDGIPRからの通知送付の日から3ヶ月以内に答弁することができる。
(5)(1)に規定する異議申立があったときは、審査官による実体審査が行われる。
(6)DGIPRは異議および答弁を当該出願の登録または拒絶の審査における参考資料として提供する。
(7)DGIPRは(1)に規定する異議を認めるか否かの決定を(2)に規定する公開の終了日から6ヶ月以内に下す。
(8)(7)に規定するDGIPRの決定は、出願人または代理人に対して当該決定の日から30日以内に書面で通知される。
異議申立の通知を受領した後、当該意匠出願人は、当該通知がDGIPRにより送付された日から3ヶ月以内に答弁を提出することができる。
その後、審査官は、異議申立および答弁の双方を考慮し、当該意匠出願の実態審査を行い6ヶ月以内に決定を下す。登録を拒絶された出願人は、拒絶通知の日から3ヶ月以内に商務裁判所に訴訟を提起することができる。
盗用(模倣)意匠出願が既に登録されている場合、インドネシア工業意匠法第37条および第38条は、利害関係人が工業意匠権の登録取り消しを求める訴訟を商務裁判所に提起することを認めている。
(参考)インドネシア工業意匠法第37条
(1)登録された意匠は、意匠権者の書面による請求に基づいて、DGIPRにより取り消すことができる。
(2)(1)に規定する意匠権の取消は、意匠一般登録簿に記録された実施権者が、当該登録取消の請求に添付される書面において承認を与えない場合は、認められない。
(3)意匠権の取消の決定はDGIPRにより次の者に書面で通知される。
(a)意匠権者
(b)意匠登録簿の記録に従い、ライセンスを得ている実施権者
(c)取消請求をした者。この場合は、取消の決定の日以降に意匠権がもはや有効でないことを記載する。
(4)(1)に規定される意匠の取消の決定は、意匠登録簿に記録され、意匠公報により公告される。
(参考)インドネシア工業意匠法第 38 条
(1)意匠登録の取消訴訟は、利害関係人によって第2条(2)または第4条に規定する理由を伴い商務裁判所に提起することができる。
(2)(1)の規定における意匠登録の取消に関する商務裁判所の判決は、判決の日から14 日以内にDGIPRに送付される。
しかしながら、意匠登録原簿に登録されているライセンシーが、登録の取消請求に添付されなければならない承認書を提供しない場合、取消を行うことができない。したがって、すでにライセンス登録されている場合、第三者にライセンスされた意匠登録の権利取下げをすることは難しい。
意匠権者は、異議申立の機会を逸しないように、模倣および類似の意匠を監視するために民間のウォッチサービス企業を活用する方法もある。企業が多くの登録意匠を有する場合、主要な意匠分類についてのみ監視することも費用削減のために考慮する必要がある。
潜在的な侵害者に対して、意匠をコピー使用すると侵害として見なされ得るということを警告するために、すべての製品上に「登録意匠」という語を記載することが推奨される。
インドネシアにおける意匠の新規性の判断と新規性喪失の例外
【詳細】
(1)工業意匠法に基づく新規性
インドネシアにおける工業意匠は現在、工業意匠に関する法律第31号(2000年12月20日制定、2001年6月14日施行;「工業意匠法」)により保護されている。それまでは工業意匠は法的に保護されていなかった。工業意匠法は第2条で、以下の通り、意匠出願は新規性要件を満たさなければならないと定められている。
インドネシア工業意匠法第2条
(1)意匠権は、新規な意匠に対して与えられる
(2)意匠は、出願日において事前に公表された意匠と同一でない場合は、新規であるものとみなされる
(3)(2)の規定における事前の公表とは、次の日以前、インドネシアの国内または国外で公開または使用されたことを意味する
(a)出願日、または
(b)出願が優先権を伴う場合は、優先日
上記規定に基づき、意匠出願の新規性は、出願日または優先日(優先権を主張する出願の場合)前にインドネシア内外で開示された同一意匠の有無に基づき判断が下される。
(2)工業意匠法による新規性喪失の例外
意匠出願が出願日または優先日前に既に開示されている場合について、工業意匠法第3条は以下の通り定めている。
インドネシア工業意匠法第3条
意匠は、その出願日前6ヶ月以内に次の項目に該当する場合は、公開されたものとはみなされない。
(a)インドネシア国内または国外における公のまたは公とみなされる国内または国際博覧会において展示される場合、または
(b)教育、研究、開発の目的で創作者によって試験的に国内で使用された場合
工業意匠法第3条の解説によると、「公の展示(an official exhibition)」とは、インドネシア政府が開催する展示会を意味し、「公とみなされる展示(an exhibition deemed to be official)」とは一般市民によって開催され、インドネシア政府が承認または認可した展示会をいう。
(3)職権審査
工業意匠法の規定では、出願が要件を満たす場合、その出願は公開されることとなっている。公開から3ヶ月以内は、何人も当該出願に対して異議を申し立てることができる。異議が申し立てられた場合、出願人は異議答弁書を提出する機会が与えられる。この場合、意匠審査官は異議申立と異議答弁を考慮に入れた実体審査を行い、結論を下す。第三者からの異議申立がない場合、当該出願は新規性に関する審査を受けることなく自動的に登録される。
新規性審査を行わない登録制度により、新規性を欠いた多くの意匠が登録され、その結果、権利濫用の弊害を伴う制度となった。2004年、インドネシア知的財産総局(DGIPR)は、公告期間(3ヶ月)後に意匠出願の新規性について職権審査を行うことで、この問題を最小限にする措置を取った。新規性審査は、意匠審査官が登録簿その他既存の引例について調査を行う。
当該意匠出願は新規なものであると審査官が判断する場合、その出願は庁指令書が発行されることなく登録される。しかし、審査官が当該意匠出願について、新規性が欠如すると判断した場合、庁指令書(拒絶理由通知)が発行され、出願人はかかる庁指令書の受領日から30日以内に答弁書を提出しなければならない。審査官は出願人の主張を踏まえて決定を下す。DGIPRの拒絶決定に不服の場合は、拒絶査定の日から3ヶ月以内に商事裁判所(Pengadilan Niaga)に不服を申し立てることができる。
(4)新規性の判断
この職権審査が開始されたことにより、実務家の間では類否判断について疑問が生じている。つまり、審査官はどのように2つの意匠の類似性を判断しているのか、という点である。新規性を審査するにあたり、意匠審査官はDGIPR内のガイドラインとして「実体審査の技術指針」を使用している。この指針は、意匠審査官が先行例に対する類似性と新規性欠如など、新規性を判断する際の基準を示している。
上図によれば、工業意匠法第2条(2)における「同一」とは、「似ているが、微細な部分すなわち一部の要素の寸法、色、位置が異なる」ことを意味する。したがって、DGIPRによる類似性判断の余地は非常に狭いと言える。先行意匠の形状や輪郭と相当な相違がある場合、DGIPRはその意匠を新規とみなす。
このような基準にもかかわらず、実際の類似性の判断は非常に主観的な場合がある。類似性判断はDGIPR、法執行官(判事や警察など)、そして専門家証人によって異なる場合がある。以下に、類似性判断の例外的なケースをいくつか紹介する。
○今後の動向
上記の事例以外にも、インドネシアでは工業意匠権の権利行使について法的不透明性をもたらすことになるような事例が多い。この法的不透明性ゆえに、多くの企業は工業意匠権では自らの権益を守れないとして、工業意匠による保護に魅力を感じなくなっている。
現行の工業意匠法を改善するとともに、この問題を解決するため、同法の見直しが進んでいる。現在の工業意匠改正法案には以下の点が含まれる。
(1)工業意匠の定義の見直し
現行法では、工業意匠とは「形状、輪郭または立体もしくは平面形状における線または色彩からなる構図もしくは線および色彩またはそれらの組合せに関する創作……」である(第1条第1項)。現在この定義は、工業意匠は「形状、輪郭、線および/または色彩からなる構図」だけでなく、DGIPRに出願される意匠仕様および図面に表現される一切の要素を含むように見直されている。
(2)新規性の判断と審査手続き
現行法は新規性判断やこれまで行われてきた新規性審査実務について定めていないが、見直しでは現在の実務に法的根拠を与えるためにこれらを含んでいる。
(3)ハーグ協定への加盟
加盟国との調和を推進するため、ASEANは2015年までに政治・安全保障共同体、経済共同体、社会・文化共同体を通じて加盟国を統合するASEAN共同体の創設を計画している。地域経済統合の目標は、ASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community : AEC)である。この目標を達成するため、ASEAN諸国はIP(知的財産)と2015年のASEAN経済共同体(AEC)を通じて、この地域を革新的で競争的な地域に変えることを目指す行動計画を採択してきた。ASEAN知的財産権行動計画2011~2015には、インドネシアを含む7加盟国によるハーグ協定への加盟が含まれる。したがって、インドネシアが2015年までにハーグ協定に加盟することは義務となり、現在検討されている工業意匠改正法案はハーグ協定加盟を想定したものとなることが見込まれている。