中国における専利出願の取下げ
1. 自発的な取下げ
中国では、出願人は、専利※1出願について、権利が付与されるまで、いつでもその出願を取下げる(中国語「撤回」)ことができる(専利法第32条)。ただし、専利出願の取下げに当たっては、如何なる条件も付けてはならない※2(中国専利審査指南(以下「審査指南」という。)第1部第1章6.6)。
※1 専利には、日本の特許、実用新案、意匠が含まれる。
※2 例えば、公開条件を満たす案件(方式審査(中国語「初步审查」)の要件を満たした案件)について取下げ手続を行う場合に、「公開されない」という条件をつけることはできない。
(1) 取下げの際に必要な手続
出願人は専利出願を取下げる場合、国務院専利行政部門(国家知識産権局専利局)に、発明創造の名称(中国語「发明创造的名称」)、出願番号および出願日(中国語「申请号和申请日」)を記載した、専利出願の取下げ声明を提出しなければならない(実施細則第41条第1項)。
専利出願の取下げは、出願人全員の同意が必要であり、出願人全員が署名もしくは捺印した専利出願の取下げに同意する旨の証明資料を添付するか、または出願人全員が署名もしくは捺印した専利出願の取下げ声明そのものを提出する方法がある。なお、専利代理機構に委任している場合は、専利出願の取下げ手続は、その専利代理機構が代行する必要がある(審査指南第1部第1章6.6)。
(2) 取下げ声明、取下げに同意する旨の証明資料
上述の出願人全員が署名もしくは捺印した専利出願の取下げに同意する旨の証明資料、または出願人全員が署名もしくは捺印した専利出願の取下げ声明は、原本を提出しなければならない。証明書類が複製物である場合、公証を受けているものか、または証明書類を発行した主管部門が公印を押捺したものでなければならない(原本が専利局に届け出されて確認されているものを除く)。外国で作成された証明書類が複製物である場合、公証を受けなければならない(審査指南第1部第1章6.7.2.6(3))。
(3) 取下げ声明の取り消し
出願人は、正当な理由なく、専利出願の取下げ声明の取り消しを要求してはならない。ただし、専利出願の真の保有者以外の者が、悪意的な専利出願取下げを要求した後に、専利出願の真の保有者(有効な法律書類を提供してこれを証明しなければならない)は専利出願の取下げ声明の取り消しを要求してよいとされている(審査指南第1部第1章6.6)。
(4) 効果
専利出願の取下げ声明が規定事項に合致しない場合は未提出とみなす通知書が、規定に合致する場合には手続合格通知書が、審査官により発行される。専利出願の取下げの発効日は手続合格通知書の発行日であり、公開された発明専利出願については、さらに、専利公報で公告しなければならない(審査指南第1部第1章6.6)。
専利出願の取下げ声明が、専利出願が公開、公告の準備段階に移行した後に提出された場合、出願書類は通常どおりに公開または公告されるが、審査手続は終止される(審査指南第1部第1章6.6)。
2. みなし取下げ
専利出願は、主に以下の場合に取下げられたものとみなされる。
(1) 特許出願については、出願人が出願日(優先日があるときは優先日)から3年以内に審査請求を行わない場合(専利法第35条第1項)
(2) 特許、実用新案、意匠出願の方式審査(中国語「初步审查」)において、補正命令(中国語「补正通知」)が出され、出願人が指定期間内に正当な理由なく応答しない場合(実施細則第50条第1項および第2項)
(3) 特許出願の実体審査において、拒絶理由通知が出され、出願人が指定期間内に正当な理由がなく応答しない場合(専利法第37条)
(4) 出願費用等を規定される期間内に納付しない場合(実施細則第112条第1項)
(5) 登録料等を規定される期間内に納付しない場合(専利権の取得を放棄したとみなされる)(実施細則第60条第2項)
【留意事項】
専利出願について、発明等の実施状況または権利化の見通し等の理由から権利化は不要と判断した場合、その出願を放棄する方法として、上記の「自発的取下げ」あるいは「みなし取下げ」の2つがある。
未だ公開、公告されていない出願について、公開、公告を回避したい場合には、できるだけ早めに自発的に取下げを行うべきである。具体的には、中国では、方式審査合格通知書が発行された後、通常、約3か月で公開され、登録手続を行った後、2~3か月で公告されるため、公開を回避したい場合には遅くとも方式審査合格後すぐに、公告を回避したい場合には遅くとも登録手続後、1か月以内に、取下げ手続を行うべきである。
一方、既に公開になった特許出願を放棄する場合に関しては、審査請求を行わない方法や拒絶理由通知に応答しない等により、みなし取下げの方法を取った方がよいと思われる。みなし取下げは自らの意思表示をしないため、万が一、後で権利化が必要となった場合に、実施細則第6条第1項および第2項に規定される期限を徒過した場合の権利回復が適用される可能性があり、これによって権利回復を果たすことができるからである。また、みなし取下げの場合、出願を放棄する手続を行うわけではないため、現地代理人費用が不要であるというメリットもある。
中国におけるハーグ協定加入後の運用について
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中国における意匠の優先権主張について
【備考】中国では、2021年6月1日より新たな「専利法」が施行されたが、本稿の作成時点(2021年12月)では、上記専利法に合う新たな「専利実施細則」および「専利審査指南」はまだ発行されていないため、本稿はその意見募集稿の関連する内容を参照している。このため、今後発行される「専利実施細則」および「専利審査指南」の確認が必要である。
【詳細及び留意点】
1.優先権主張(中国語「要求优先权」)の手続
優先権を主張する場合、専利法第29条、第30条、専利法実施細則第31条、第32条、およびパリ条約における関連規定を満たす必要がある(審査指南第1部分第3章5.2)。具体的には以下のとおりである。
(1)外国優先権について、出願人は、発明または実用新案を外国で最初に専利出願した日から12か月以内に、または意匠を外国で最初に専利出願した日から6か月以内に、中国で同一の主題について専利出願するときは、その外国と中国が締結した協定、または共に加盟している国際条約、または優先権の相互承認原則に基づき、優先権を享受することができる(専利法第29条第1項)。
(2)中国国内の優先権について、出願人は発明または実用新案を中国で最初に専利出願した日から12か月以内に、または意匠を中国で最初に意匠出願した日から6か月以内に国務院特許行政部門に同一の主題について専利出願するときは、優先権を享受することができる(専利法第29条第2項)。
(3)出願人が意匠専利の優先権を主張するときは、出願時にその旨の書面を提出し、3か月以内に最初の出願時の専利出願書類の謄本を提出しなければならない。その旨の書面を提出しないか、または期間内に専利出願書類の謄本を提出しないときは、優先権を主張していないものとみなす(専利法第30条)。
(4)優先権を主張する場合、出願人が提出する基礎出願の出願書類の謄本について、元の受理機構の証明を受けなければならない。国務院専利行政部門と当該受理機構とが締結した取り決めに従い、国務院専利行政部門が電子交換などの方法により基礎出願の出願書類の謄本を入手したときは、出願人は当該受理機構が証明した基礎出願の出願書類の謄本を提出したものとみなす。本国優先権を主張する場合、出願人が願書に基礎出願の出願日および出願番号を明記するときは、基礎出願の出願書類の謄本を提出したとみなす(専利法実施細則第31条)。中国では、意匠出願について、デジタルアクセスサービス(DAS)の利用が認められる。つまり、電子交換によって謄本を省略することができる。
(5)優先権を主張する出願人が基礎出願の出願人と一致しない場合、中国出願に係る出願人が基礎出願の承継人であることを証するための証明資料(優先権譲渡証明書(中国語「优先权转让证明」)を提出しなければならない(詳細は「優先権主張の手続き(外国優先権)」参照)(審査指南第1部分第3章5.2.4)。
(6)出願人は1つの意匠出願において、複数の優先権を主張することもできる(実施細則第32条第1項)。
(7)優先権を主張する中国出願の出願日から2か月以内、または受理通知書を受取った日から15日以内(期限の遅いものを基準とする)に、出願費の納付と同時に優先権主張の費用を納付しなければならない(実施細則第95条、審査指南第1部分第1章6.2.5)。
2.意匠の優先権主張成立の要件
(1)意匠優先権の確認は、外国優先権と本国優先権の確認を含む。意匠の同一主題の認定は、後願意匠とその最初の出願に示した内容に基づいて判断する。同一主題に該当する意匠は以下の二つの条件を同時に満たさなければならない。
(a)同一製品における意匠に該当すること。
(b)後願で保護を求める意匠が、その最初の出願に明確に示されていること(審査指南第4部分第5章9.1、9.2)。
例えば、外国基礎意匠出願に斜視図、正面図、背面図、左側面図のみがあり、中国出願に平面図と右側面図を追加した場合、中国出願の正面図、背面図、左側面図および斜視図が外国基礎意匠出願のものと同一であり、かつ平面図および右側面図の形態が外国基礎意匠出願の斜視図に明瞭に表れているのであれば、優先権主張は成立する。
また、外国基礎意匠出願において意匠の簡単な説明(中国語「简要说明」)を備えていない場合でも、中国の専利法実施細則の規定に則して提出した簡単な説明が基礎出願書類における図面または写真に示される範囲を超えていなければ、優先権の主張には影響しない(実施細則第31条)。
(2)2021年6月1日以前は、外国基礎意匠出願が部分意匠であったとしても、中国出願時に当該部分意匠の点線を実線に変更して全体意匠として出願する場合には、優先権を主張できると認めていた。2021年6月1日より、中国では、部分意匠制度が導入され、全体意匠と部分意匠が交差して優先権を主張する場合、優先権を享有できるかどうかという点は出願人に注目されている。現在の「専利法実施細則」および「専利審査指南」の意見募集稿に明確な規定はないが、出願日から2か月以内に行うことが可能な自発補正に関する規定によれば、全体意匠から部分意匠への変更や部分意匠から全体意匠への変更や同一の全体物品のうちの一部に係る部分意匠から別の部分に係る部分意匠への変更が許されている。そのため、これらの変更は新規事項の追加に該当しないと推定できる。したがって、上記3種類の変更について優先権を主張する場合、優先権主張が認められる可能性は高いと思われるが、最終的に認められるかどうかは今後発行される「専利法実施細則」および「専利審査指南」を確認する必要がある。
(3)なお、中国出願と外国基礎意匠出願との意匠の物品名は完全に同一でなくてもよい。例えば、基礎出願が自動車用タイヤである場合、中国出願時に「タイヤ」としてもよい。また、外国基礎意匠出願の意匠がタイヤトレッドの部分意匠である場合、中国出願時に点線を実線に変更して全体意匠として出願し、これに合わせて「タイヤトレッド」という部分の名称を物品全体の名称「タイヤ」に変更することができる。無論、外国基礎意匠出願が部分意匠である場合、中国で部分意匠を出願してもよい。
(4)中国出願と外国基礎意匠出願との図面は、異なる製図方法により作成したものであってもよいが、表現する意匠は全く同一でなければならない。