オーストラリアにおける分割出願に関する留意事項
1.はじめに
オーストラリアにおける標準特許出願とイノベーション特許出願を説明する。標準特許出願とは、実体審査を経て標準特許が付与される特許出願であり、標準特許の権利期間は特許の日(”date of the patent”、完全明細書の提出日、特許法第65条)から20年である(特許法第67条)。イノベーション特許出願とは、実体審査を経ずにイノベーション特許が付与される特許出願であり、イノベーション特許の権利期間は特許の日(完全明細書の提出日)から8年である(特許法第68条)。イノベーション特許は実体審査を経ずに付与されるが、権利行使をするには、審査請求を行い実体審査されたことの証明(certificate)(以下、「審査証明」)を得る必要がある(特許法第120条1A)。
なお、イノベーション特許出願制度は段階的な廃止が決定されており、2021年8月26日以降は、分割出願としてのみ出願することができ、すべてのイノベーション特許が期限切れとなる2029年8月26日までに段階的に廃止される(イノベーション特許の段階的廃止法)。
オーストラリアでは、下記の理由により分割出願が行われる。
・発明の単一性に係る拒絶理由への対応のため
・出願認可後に、より狭いクレームまたは代替のクレームでの権利化を目指すため
・侵害者への権利行使を行う目的で、速やかにイノベーション特許の付与とその審査証明を得るため
オーストラリアの分割出願は、標準特許出願、イノベーション特許出願、標準特許出願に基づく分割出願、およびPCT出願に基づき出願することができる。分割出願には、親出願の種類と出願日に応じて異なる法律や規則が適用される。これらの点について以下で詳しく解説する。
2.標準特許出願に基づく分割出願を行うことができる時期
標準特許出願に基づく分割出願の出願期限は、標準特許出願の許可通知が公表される日から3か月であり、この期限を延長することはできない。分割出願は、標準特許出願として出願することができる(特許法第79B条、特許規則6A.1)。また、親出願の標準特許が2021年8月26日より前に出願された場合、イノベーション特許として出願することもできる。
分割出願の出願期限は、特許付与に対する異議申立人からの異議申立期限と同じである。なお、異議申立人が異議申立を行った際に、出願人に代替のクレーム(例えば、より広範なクレーム)で分割出願を行うことができる機会を与えないために、実務上、異議申立は期限当日に行うのが一般的である。
3.イノベーション特許出願に基づく分割出願を行うことができる時期
イノベーション特許の審査の実行通知が、公表される日から1か月以内の期間、分割出願を行うことができる。
この期間はイノベーション特許出願としてのみ分割出願を行うことができる期間であり、親出願に開示されていた発明についてのみ(例えば、出願人が、親出願に対して発明の単一性に係る拒絶理由を受けた場合に)分割出願を行うことができる(特許法第79C条、特許規則6A.2)。
4.PCT出願に基づく分割出願を行うことができる時期
PCT出願は、標準特許の完全出願として扱われ、したがって、オーストラリアを指定国とするPCT出願は、分割出願の出願時に、PCT出願が失効、拒絶または取下げられていないことを条件として、分割出願の親出願とすることができる(特許法第29A条)。
また、PCT出願が2021年8月26日より前に出願されていた場合、PCT出願の分割出願をイノベーション特許として出願することもできる。
5.分割出願の出願要件
分割出願として認められるためには、分割出願の出願時点において親出願が有効に存続している(すなわち、親出願が、失効しておらず、拒絶または取り下げもされていない)必要がある。しかし、分割出願の出願日以降に親出願が失効、拒絶または取り下げられても、分割出願は無効とはならない(特許法第79B条、第79C条)。
また、分割出願は、親出願に含まれる開示によって裏付けられるクレームを少なくとも1つ含む必要がある(特許審査基準2.10.5a)。
6.分割出願における主題の追加(新規事項)
オーストラリアではクレームごとに優先日が決定される(特許法第43条)。
分割出願には新規事項を含めることを禁止する条項は無い。しかし、この新規事項に関するクレームは、親出願に含まれていないため、分割出願された日が当該クレームの優先日となる(特許規則2.3、3.12、3.13D、特許審査基準2.10.5a)。
7.その他―追加特許
特許出願の出願日以降に発明に軽微な改良または変更が行われた場合、出願人は、これらの改良または変更を保護するために、当該特許出願に基づき追加特許出願を行うことができる。追加特許出願のクレームは、親特許および親特許出願の開示に対して新規性がなければならないが、進歩性を有する必要はない(特許法第25条、特許規則2.4)。
追加特許出願については、下記の点に注意する必要がある。
(a)親出願でクレームされた発明の改良または変更に関するものでなくてはならない。
(b)標準特許または標準特許出願に基づき出願できる。
(c)親特許の付与後に権利が付与される。
(d)親特許が有効に存続している間のみ、効力を維持する。
(特許法80条、81条、82条、83条)
オーストラリアにおける庁指令に対する応答期間
オーストラリアにおける実体審査においては、実体審査の結果、拒絶理由が見出された場合、拒絶理由を指摘する第一回庁指令の日付から起算する所定期間内(以下、「受理期限」)に、全ての拒絶理由を解消し、出願が受理されなければならない。この受理期限までに、全ての拒絶理由が解消されない場合、受理期限の経過後、出願は失効する。庁指令毎に応答期間は定められていない。庁指令の発行とそれに対する応答を受理期限までに複数回行う場合にも、受理期限までに全ての拒絶理由を解消し、出願が受理されなければならない。従って、受理期限までに出願が受理されるように、全ての拒絶理由に対する応答を受理期限より前に十分余裕をもって出願人は提出する必要がある。
(特許法第49条、第49A条)
実体審査は、審査請求により開始される。審査請求は、標準特許出願(存続期間:20年間)においては出願人が、登録されたイノベーション特許(存続期間:8年間、無審査登録主義)においては特許権者および第三者が行い得る。なお、イノベーション特許出願制度は段階的な廃止が決定されており、2021年8月26日以降は新規の出願ができなくなっているが、存続している登録されたイノベーション特許については、引き続き審査請求可能であり、関係条文が残っている。実体審査において、標準特許出願については出願の受理を、イノベーション特許についてはイノベーション特許が特許要件を満たしていることを決定する審査証明書を、下記期限までに受けなければならない。
(1)標準特許出願:2013年4月15日より前に審査請求された場合は第一回庁指令の日から21か月、2013年4月15日以降に審査請求された場合は第一回庁指令の日から12か月(2013年4月15日、2012年法律第35号で改正された1990年特許法が施行)。
(2)イノベーション特許:第一回庁指令の日から6か月。
(特許法第44条、第49条、第67条、第68条、第101B条、第101E条、特許規則9A.4、規則13.4)
標準特許の付与を受けるためには、付与前の審査請求が必要である。イノベーション特許は、実体審査を経ずに登録されるが、登録後に実体審査を受け、特許要件を満たしていることを決定する審査証明書を受けた後でなければ権利行使をすることができない。イノベーション特許の登録後の審査の請求は、特許権者だけでなく第三者も請求することができる。
(特許法第44条、第101A条)
標準特許出願では、当該受理期限までに、審査官が提起する全ての拒絶理由を解消し、審査官がその出願を受理できる状態にしないと標準特許出願は失効する。また、イノベーション特許は、所定期間内に特許要件を満たしている旨の「認証(審査証明書)」を取得できないと失効する。
(特許法第101E条、第142条、特許規則9A.4、規則13.4)
いずれの場合も、特許庁による拒絶に対して裁判所に不服申立をすると、受理期限は延長される。なお、受理期限は、後述する場合を除き、期間延長の請求や料金の支払いをしても延長することはできない。
(特許法第51条、第142条、第223条、特許規則13.4)
なお受理期限が第一回庁指令の日から21か月の場合(すなわち、2013年4月15日より前に審査請求した場合)、第一回庁指令の日付から12か月以降に庁指令への応答書を提出する際には、応答の遅延による手数料が必要となるが、延長申請は必要ではない。
(特許規則13.4)
受理期限の延長に関する規定は、受理期限までに全ての拒絶理由を解消し、出願の受理を受けることができなかったことが、故意によるものではないと立証できる場合にのみ適用される。「故意によるものではない」事情としては、例えば、「自然災害のように出願人が制御することができない状況」または「過誤または遺漏」が挙げられる。延長のためには、証拠の提出を伴った詳細な理由を提示しなければならず、証拠の準備および詳細な理由の作成のために費用と労力を要する。
(特許法第223条、特許規則22.11))
また受理期限までに全ての拒絶理由を解消し、出願の受理を受けることが困難であることが事前に判断できる場合には、受理期限までに分割出願を行い、分割出願において審査を継続することが、出願の権利化を進めるための安全な方法である(イノベーション特許出願についても、分割出願は可能である)。一方、上述の「故意によるものではない」事情がある場合には、受理期限の経過後に延長に関する規定を適用することもできる。この際に申請する延長期間の長さは制限されていない。ただし、受理期限の経過を知った後、延長申請までに不当な遅延がある場合、これは延長申請の却下理由となる。
(特許法第79B条、第79C条、特許規則2.3、規則6A.1、規則6A.2)
オーストラリアにおける庁指令に対する応答期間
【詳細】
オーストラリアにおける実体審査においては、実体審査の結果、拒絶理由が見出された場合、拒絶理由を指摘する第一回庁指令の日付から起算する所定期間内(以下“受理期限”)に、全ての拒絶理由を解消し、出願の受理を受けなければならない。この受理期限までに全ての拒絶理由が解消されない場合、受理期限の経過後、出願は失効する。庁指令毎の応答期間は定められていない。庁指令の発行とそれに対する応答を受理期限までに複数回行う場合にも、受理期限までに全ての拒絶理由を解消し、出願の受理を受けなければならない。従って、受理期限までに出願が受理されるように、全ての拒絶理由に対する応答を受理期限より十分前に出願人は提出する必要がある。
実体審査は、審査請求により開始される。審査請求は、「標準」特許出願(存続期間:20年間)においては出願人が、登録された「イノベーション(革新)」特許(存続期間:8年間、無審査登録主義)においては特許権者および第三者が行い得る。実体審査において、「標準」特許出願については出願の受理を、「イノベーション」特許については「イノベーション」特許が特許要件を満たしていることを決定する審査証明書を、下記期限までに受けなければならない。
(1)標準特許出願:2013年4月15日より前に審査請求された場合は第一回庁指令の日から21ヶ月、2013年4月15日以降に審査請求された場合は第一回庁指令の日から12ヶ月(2013年4月15日付で特許法改正が施行)。
(2)イノベーション特許:第一回庁指令の日から6ヶ月。
標準特許の付与を受けるためには、付与前の審査請求が必要である。イノベーション特許は、実体審査を経ずに登録されるが、登録後に実体審査を受け、特許要件を満たしていることを決定する審査証明書を受けた後でなければ権利行使をすることができない。イノベーション特許の登録後の審査の請求は、特許権者だけでなく第三者も請求することができる。
標準特許出願では、当該受理期限までに、審査官が提起する全ての拒絶理由を解消し、審査官がその出願を受理できる状態にしないと標準特許出願は失効する。また、イノベーション特許は、所定期間内に特許要件を満たしている旨の「認証(審査証明書)」を取得できないと失効する。
いずれの場合も、特許庁による拒絶に対して裁判所に不服申立をすると、受理期限は延長される。なお、受理期限は、後述する場合を除き、期限延長の請求や料金の支払いをしても延長することはできない。
なお受理期限が第一回庁指令の日から21ヶ月の場合(すなわち、2013年4月15日より前に審査請求した場合)、第一回庁指令の日付から12ヶ月以降に庁指令への応答書を提出する際には、応答の遅延による手数料が必要となるが、延長申請は必要ではない。
受理期限の延長に関する規定は、受理期限までに全ての拒絶理由を解消し、出願の受理を受けることができなかったことが、故意によるものではないと立証できる場合にのみ適用される。“故意によるものではない”事情としては、例えば、「自然災害のように出願人が制御することができない状況」または「過誤または遺漏」が挙げられる。延長のためには、証拠の提出を伴った詳細な理由を提示しなければならず、証拠の準備および詳細な理由の作成のために費用と労力を要する。
また受理期限までに全ての拒絶理由を解消し、出願の受理を受けることが困難であることが事前に判断できる場合には、受理期限までに分割出願を行い、分割出願において審査を継続することが、出願の権利化を進めるための安全な方法である。一方、上述の“故意によるものではない”事情がある場合には、受理期限の経過後に延長に関する規定を適用することもできる。この際に申請する延長期間の長さは制限されていない。ただし、受理期限の経過を知った後、延長申請までに不当な遅延がある場合、これは延長申請の却下理由となる。
オーストラリアにおける分割出願に関する留意事項
【詳細】
最初に、オーストラリアにおける標準特許出願とイノベーション特許出願を説明する。標準特許出願とは実体審査を経て標準特許が付与される特許出願であり、標準特許の権利期間は出願から20年である。イノベーション特許出願とは実体審査を経ずにイノベーション特許が付与される特許出願であり、イノベーション特許の権利期間は出願から8年である。イノベーション特許は実体審査を経ずに付与されるが、権利行使をするには、審査請求を行い実体審査されたことの証明(certificate)(以下、「審査証明」と称する)を得る必要がある。
オーストラリアでは、下記の理由により分割出願が行われる。
・発明の単一性に係る拒絶理由への対応のため
・出願認可後に、より狭いクレームまたは代替のクレームでの権利化を目指すため
・侵害者への権利行使を行う目的で、速やかにイノベーション特許の付与とその審査証明を得るため
・出願が認可期限(最初の審査報告書の日から12か月)までに認可されなかった場合に審査を継続するため
オーストラリアの分割出願は、標準特許出願、イノベーション特許出願、分割出願(標準特許)、分割出願(イノベーション特許)、およびPCT出願に基づき出願することができる。親出願が標準特許出願であるかイノベーション特許出願であるかに応じて、分割出願に適用される法律や規則が異なる。以下、これらの点について詳細に論じる。
1.標準特許出願に基づく分割出願を行うことができる時期
標準特許出願に基づく分割出願の出願期限は、標準特許出願の認可の公告日から3ヶ月である。この期限を延長することはできない。分割出願は、標準特許出願として行うこともできるし、またはイノベーション特許出願として行うこともできる。
この出願期限は、特許付与に対する異議申立人からの異議申立期限と同じである。なお、異議申立を行った際に、出願人に代替のクレーム(例えば、より広範なクレーム)で分割出願を行うことができる期間を与えないために、実務上、異議申立は期限当日に行うのが一般的である。
2.イノベーション特許出願に基づく分割出願を行うことができる時期
イノベーション特許出願に基づく分割出願を行うことができる時期としては、下記の2つの期間が存在する。
(1)イノベーション特許出願の出願から特許付与までの期間
この期間は標準特許出願またはイノベーション特許出願として分割出願を行うことができる期間である。イノベーション特許出願は、通常極めて迅速に(例えば、若干の方式審査の後、出願から2~4週間で)権利付与されるため、分割出願を希望する場合には、親イノベーション特許出願後、直ちに分割出願を行う必要がある。なお、親出願が下記(2)に示す期間に出願された分割イノベーション特許出願である場合、この(1)に示される期間は適用されない。
(2)イノベーション特許の審査請求後から審査証明の公告後1ヶ月間
この期間はイノベーション特許出願としてのみ分割出願を行うことができる期間であり、親出願に開示されていた発明についてのみ分割出願を行うことができる(例えば、出願人が、親出願に対して発明の単一性に係る拒絶理由を受けた場合)。
3.分割出願の出願要件
分割出願としての地位が認められるためには、分割出願の出願時点において親出願が有効に存続している(すなわち、親出願が、失効しておらず、拒絶または取り下げもされていない)必要がある。しかし、分割出願の出願日以降に親出願が失効、拒絶または取り下げられても、分割出願は無効とならず、分割出願としての地位を失うことはない。
また、分割出願は、親出願に対して優先権の主張ができるクレームを少なくとも1つ含む必要がある。
4.分割出願における主題の追加(新規事項)
分割出願には新規事項を含めることが可能である。しかし、この新規事項に関するクレームには、分割出願の優先日が適用され、親出願の優先日は適用されない。
5.その他
特許出願の優先日以降に発明に小さな改良または変更が行われた場合、出願人は、これらの改良または変更を保護するために追加特許出願を行うことができる。追加特許出願のクレームは、親特許および親特許出願の開示に対して新規性がなければならないが、親特許および親特許出願の開示に対して進歩性を有する必要はない。
追加特許出願については、下記の点に注意する必要がある。
(a)親出願でクレームされた発明の改良または変更に関するものでなくてはならない。
(b)標準特許または標準特許出願に基づき出願できる。
(c)親特許の付与後に権利が付与される。
(d)親特許が有効に存続している間のみ、有効に存続する。
オーストラリアにおける特許の審査基準・審査マニュアル
【詳細】
各国における特許の審査基準・審査マニュアルに関する調査研究報告書(平成26年3月、日本国際知的財産保護協会)第Ⅱ部7
(目次)
第Ⅱ部 調査対象国の審査基準関連資料の詳細
7 オーストラリア P.235