インド国内で生まれた発明の取扱い―インド国外への特許出願に対する制限
【詳細】
インド特許法(The Patents Act, 1970(incorporating all amendments till 23-06-2017))第39条によれば、以下の条件が満たされた場合を除き、インド居住者によるインド国外への特許出願が制限される。
・同一発明についての特許出願が、インド国外における出願の6週間以上前にインドにおいてされており、かつ当該インド出願に対して第35条に基づく秘密保持の指示が発せられなかった場合。または、
・外国出願許可(foreign filing license: FFL)をインド特許庁長官から得た場合。
・インド特許法第39条 居住者に対する事前許可なしのインド国外の特許出願の禁止
(1)インドに居住する何人も,所定の方法により申請し長官により又は長官の代理として交付された許可書での権限による以外は,発明につきインド国外で特許付与の出願をし又はさせてはならない。ただし,次の場合はこの限りでない。
(a)同一発明についての特許出願が,インド国外における出願の6週間以上前にインドにおいてされていた場合,及び
(b)インドにおける出願に関して第35条(1)に基づく指示が一切発せられておらず又は当該指示が全て取り消されている場合
(2)長官は所定の期間内に各当該出願を処理しなければならない。
ただし,当該発明が国防目的又は原子力に関連するときは,長官は中央政府の事前承認なしに許可を与えてはならない。
(3)本条は,保護を求める出願がインド国外居住者によりインド以外の国において最初に出願された発明に関しては適用しない。
第39条の起源は、1907年英国特許法にさかのぼる。第39条の適用範囲は、当初は政府に譲渡される発明のみに限定されていたが、第二次世界大戦中、その範囲は公衆による発明にまで拡大された。
現在の第39条の運用を見ると、インドに居住する発明者が発明を行った場合(発明者の全員がインド居住者である場合であれ、1人以上のインド非居住発明者を含む場合であれ)、本条文は適用される。発明者の全員がインド居住者であり、出願人もインド居住者である場合にとりうる最も簡略な方法は、まずインド特許出願を行い、インド国外への特許出願を行うまで6週間の経過を待つことである(代替案は後述する)。他方、インド居住者とインド非居住者が共同で発明を行った場合で、インド非居住の発明者または出願人が他国においても同様の義務を有する場合、とりうる最も簡略な方法は、インド特許庁からFFLを得ることである。
FFLを得るためには、インド居住発明者の場合、所定の書式(Form 25)および発明の簡単な説明(通常は最低3ページの文書)を提出する必要がある。弁護士または弁理士がインド居住の発明者を代理してFFLを請求する場合、インド居住発明者の委任状が必要となる。手数料はインド居住発明者の場合、8,000ルピーである(*)。なお、インド特許規則71によれば、提出書類の不足や記載不備がない限り、FFLは請求の提出日から21日以内に認められる。
(*)オンライン出願を行った場合で、出願人が個人または小規模企業でない場合の手数料
第39条の規定を解釈するときに直面する問題を以下に掲げ、説明する。
1.第39条による規制の適用対象は誰か
第39条は、「居住者」に適用される。また、第1項は以下のように規定している。
「インドに居住する何人も、所定の方法により申請し長官により又は長官の代理として交付された許可書での権限による以外は、発明につきインド国外で特許付与の出願をし、またはさせてはならない。」
したがって、本条の適用において国籍や市民権は無関係である。
次に、「人」は自然人および法人を含むため、本条は、インド居住者である発明者およびインドに居所を有する企業を含む。
第3項に以下の例外規定がある。
「本条は,保護を求める出願がインド国外居住者により、インド以外の国において最初に出願された発明に関しては適用しない。」
2.インド居住者を共同発明者に含む出願の場合、他の発明者がいずれも非インド居住者の場合でもFFLを請求する必要はあるのか
インド居住者を共同発明者に含む出願の場合、インド特許庁に対しFFLを請求し、これを得た後にインド国外に出願することが要求される。FFLは、インド居住発明者が請求することができる。出願人がインド企業である場合、インド居住発明者の代わりに、インド企業がFFLを請求することができるが、インド居住発明者からインド企業への当該発明に対する権利の移転を示す証拠文書も提出する必要がある。
3.特許法は「居住者」や「インドに居住する人」について定義しているか
特許法は、どのような場合に「居住者」や「インドに居住する人」に該当するのか、具体的に定義していない。改正前の1970年特許法や、2002年特許法(現行法第39条に相当する条項を含む)、また現行のインド特許法2017年6月23日版においても、これらの用語について定義されていない。
4.インドの他の法律で「居住者」や「インドに居住する人」を定義しているものはあるか。もしある場合には、インド特許庁やインドの裁判所が、それらの法律における「居住者」や「インドに居住する人」の定義を採用する可能性はあるか
「居住者」や「インドに居住する人」は、少なくとも他の二つの法律において定義されている。それは、所得税法(Income Tax Act,2012)と外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act(FEMA),2000)である。
所得税法および外国為替管理法はそれぞれ、「居住者」と「インドに居住する人」を定義しているが、その定義はあくまで当該法律を解釈することを目的とする旨が、それぞれの法律に明記されている。さらに、この二つの法律における定義を比較してみると、その定義は一致しない。そもそも、これらの法律と特許法では目的を全く異にしており、インド特許庁やインドの裁判所が、所得税法や外国為替管理法における「居住者」や「インドに居住する人」の定義をそのまま採用する可能性は極めて低い。
以上に照らせば、係争などになった場合、インド特許庁やインドの裁判所は、複数の辞書に示されている一般的定義に基づき、かつ特許法の立法趣旨や、他国(英国,米国等)の特許法における同等の規定も参照しつつ、「居住者」や「インドに居住する人」について適切と判断する定義を採用するものと考えられる。
5.規定された21日の期間内に外国出願許可を確実に得るためにすべきことは
インド特許庁と請求人とのやり取りの過程で露呈する不備等により、手続きが遅れることがある。必要書類の提出漏れや記載不備などがこれに該当する。したがって、請求人は、FFL請求を提出する際、発明を明確かつ十分に開示し、また代理人を通して請求を提出する場合には委任状を付すことを怠ってはならない。これらの書類を遅滞なく提出することにより、規則で定められる21日の期間内にFFLが認められる確率が高くなる。
6.不注意によりインド国外に特許出願を行った後で、FFLを請求することは可能か
不注意によりインド国外に特許出願を行った後でFFLを請求する仕組みについて、特許法には規定がない。
7.不注意によりFFLを得ずインド国外に特許出願を行った場合、いかなる事態が起こるのか
第39条を順守しない場合、少なくとも以下の措置がとられることになる。
(a)当該インド特許出願は放棄扱いとされる、
(b)特許登録されていた場合は取消処分とされる、
(c)2年以内の禁固刑、罰金、もしくはこれらが併科される。
8.第39条に係る特許規則71が改正された。
第39条は改正される予定はないが、特許規則71は2017年6月23日付で改正され、ただし書きが追加された。そこには「国防又は原子力に関する発明の場合は、21日の期間は、(インド特許庁が)中央政府からの同意の受領日から起算する」と規定されている。したがって、FFL請求がインド特許庁から中央政府に付託された場合、21日の期間は、インド特許庁が中央政府の承認を受領した日から計算されることになる。
・インド特許規則71 第39条に基づいてインド国外で特許出願をする許可
(1)インド国外で特許出願をする許可を求める請求は,様式25によらなければならない。
(2)長官は,(1)に基づいてされた請求を,当該請求の提出日から21日の期間内に処理する。
ただし,国防又は原子力に関する発明の場合は,21日の期間は,中央政府からの同意の受領日から起算する。
【留意事項】
第39条不順守の場合に起こりうる深刻な事態に照らせば、インド国外に特許出願する前にインドに居住する発明者によってFFLを得ること、あるいは最初にインドに特許出願し、その後6週間の間に秘密保持命令を受けなかった場合にインド国外に特許出願することが必須である。
ブラジルにおける特許ライセンスおよび技術移転における留意点
記事本文はこちらをご覧ください。
ベトナムにおける商標ライセンス契約の留意点
記事本文はこちらをご覧ください。
インド国内で生まれた発明の取扱い―インド国外への特許出願に対する制限
【詳細】
インド特許法(The Patents (Amendment) Act, 2005)第39条によれば、以下の条件が満たされた場合を除き、インド居住者によるインド国外への特許出願が制限される。
・同一発明についての特許出願が、インド国外における出願の6週間以上前にインドにおいてされており、かつ当該インド出願に対して第35条に基づく秘密保持の指示が発せられなかった場合。または、
・外国出願許可(foreign filing license: FFL)をインド特許庁長官から得た場合。
第39条の起源は、1907年英国特許法にさかのぼる。第39条の適用範囲は、当初は政府に譲渡される発明のみに限定されていたが、第二次世界大戦中、その範囲は公衆による発明にまで拡大された。
現在の第39条の運用を見ると、インドに居住する発明者が発明を行った場合(発明者の全員がインド居住者である場合であれ、1人以上のインド非居住発明者を含む場合であれ)、本条文は適用される。発明者の全員がインド居住者であり、出願人もインド居住者である場合にとりうる最も簡略な方法は、まずインド特許出願を行い、インド国外への特許出願を行うまで6週間の経過を待つことである(代替案は後述する)。他方、インド居住者とインド非居住者が共同で発明を行った場合で、インド非居住の発明者または出願人が他国においても同様の義務を有する場合、とりうる最も簡略な方法は、インド特許庁からFFLを得ることである。
FFLを得るためには、インド居住発明者の場合、所定の書式(Form 25)および発明の簡単な説明(通常は最低3ページの文書)を提出する必要がある。弁護士または弁理士がインド居住の発明者を代理してFFLを請求する場合、インド居住発明者の委任状が必要となる。手数料はインド居住発明者の場合、8,000ルピーである(*)。なお、インド特許規則71によれば、提出書類の不足や記載不備がない限り、FFLは請求の提出日から21日以内に認められる。
(*)オンライン出願を行った場合で、出願人が個人または小規模企業でない場合の手数料
第39条の規定を解釈するときに直面する問題を以下に掲げ、説明する。
1.第39条による規制の適用対象は誰か
特許法第39条は、「居住者」に適用される。また、第1項は以下のように規定している。
「インドに居住する何人も、所定の方法により申請し長官により又は長官の代理として交付された許可書での権限による以外は、発明につきインド国外で特許付与の出願をし、またはさせてはならない」
したがって、本条の適用において国籍や市民権は無関係である。
次に、「人」は自然人および法人を含むため、本条は、インド居住者である発明者およびインドに居所を有する企業を含む。
第3項に以下の例外規定がある。
「本条は,保護を求める出願がインド国外居住者により、インド以外の国において最初に出願された発明に関しては適用しない」
2.インド居住者を共同発明者に含む出願の場合、他の発明者がいずれも非インド居住者の場合でもFFLを請求する必要はあるのか
インド居住者を共同発明者に含む出願の場合、インド特許庁に対しFFLを請求し、これを得た後にインド国外に出願することが要求される。FFLは、インド居住発明者が請求することができる。出願人がインド企業である場合、インド居住発明者の代わりに、インド企業がFFLを請求することができるが、インド居住発明者からインド企業への当該発明に対する権利の移転を示す証拠文書も提出する必要がある。
3.特許法は「居住者」や「インドに居住する人」について定義しているか
特許法は、どのような場合に「居住者」や「インドに居住する人」に該当するのか、具体的に定義していない。改正前の1970年特許法や、2002年特許法(現行法第39条に相当する条項を含む)においても、これらの用語について定義されていない。
4.インドの他の法律で「居住者」や「インドに居住する人」を定義しているものはあるか。もしある場合には、インド特許庁やインドの裁判所が、それらの法律における「居住者」や「インドに居住する人」の定義を採用する可能性はあるか
「居住者」や「インドに居住する人」は、少なくとも他の二つの法律において定義されている。それは、所得税法(Income Tax Act, 2012)と外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act (FEMA), 2000)である。
所得税法および外国為替管理法はそれぞれ、「居住者」と「インドに居住する人」を定義しているが、その定義はあくまで当該法律を解釈することを目的とする旨が、それぞれの法律に明記されている。さらに、この二つの法律における定義を比較してみると、その定義は一致しない。そもそも、これらの法律と特許法では目的を全く異にしており、インド特許庁やインドの裁判所が、所得税法や外国為替管理法における「居住者」や「インドに居住する人」の定義をそのまま採用する可能性は極めて低い。
以上に照らせば、係争などになった場合、インド特許庁やインドの裁判所は、複数の辞書に示されている一般的定義に基づき、かつ特許法の立法趣旨や、他国(英国,米国等)の特許法における同等の規定も参照しつつ、「居住者」や「インドに居住する人」について適切と判断する定義を採用するものと考えられる。
5.規定された21日の期間内に外国出願許可を確実に得るためにすべきことは
インド特許庁と請求人とのやり取りの過程で露呈する不備等により、手続きが遅れることがある。必要書類の提出漏れや記載不備などがこれに該当する。したがって、請求人は、FFL請求を提出する際、発明を明確かつ十分に開示し、また代理人を通して請求を提出する場合には委任状を付すことを怠ってはならない。これらの書類を遅滞なく提出することにより、規則で定められる21日の期間内にFFLが認められる確率が高くなる。
6.不注意によりインド国外に特許出願を行った後で、FFLを請求することは可能か
不注意によりインド国外に特許出願を行った後でFFLを請求する仕組みについて、特許法には規定がない。
7.不注意によりFFLを得ずインド国外に特許出願を行った場合、いかなる事態が起こるのか
第39条を順守しない場合、少なくとも以下の措置がとられることになる。
(a)当該インド特許出願は放棄扱いとされる、(b)特許登録されていた場合は取消処分とされる、(c)2年以内の禁固刑、罰金、もしくはこれらが併科される。
8.第39条に係る規定が改正される可能性はあるか
第39条が近い将来改正される予定はないが、規則71が改正される可能性はある。2015年10月26日付で、インド特許庁が公告した規則改正案(パブリックコメント募集中)によれば、規則71に新たに(3)項が追加されている。そこには「発明が国防または原子力の出願に関する場合、21日の期間は、中央政府の承認を受領した日から計算される」と記載されている。したがって、この規則改正が成立すれば、FFL請求がインド特許庁から中央政府に付託された場合、21日の期間は、中央政府の承認を受領した日から計算されることになる。
【留意事項】
第39条不順守の場合に起こりうる深刻な事態に照らせば、インド国外に特許出願する前にインドに居住する発明者によってFFLを得ること、あるいは最初にインドに特許出願し、その後6週間の間に秘密保持命令を受けなかった場合にインド国外に特許出願することが必須である。
タイの営業秘密関連訴訟における損害賠償額の算定
【詳細】
損害賠償額の算定は、訴訟のあらゆる要素の中でも難しいプロセスである。そして、営業秘密を伴う事案は、他の知的財産権関連訴訟と比べてもとりわけ複雑で不透明な部分が多く、損害賠償額の算定は一段と困難を極める。
原告も被告も営業秘密が係わる製品を開発し販売しており、売上実績が把握されている事案では、現実の損害が立証できれば、逸失利益を回復できる可能性がある。逸失利益は、通常、純利益すなわち売上高から間接費と経費を差し引いたものとして算定される。多くの裁判所は、営業秘密関連訴訟における損害賠償額算定の基準として、原告の逸失利益または被告の利益を採用する傾向にある。このような算定の基準となる売上実績の情報が裁判所に提出されない場合、裁判所は、逸失利益について損害賠償額の基準としては推測的色彩が強すぎるとみなす可能性が高いと考えられる。
損害賠償額を算定する裁判所は、原告の逸失利益をさまざまな手法で算定する。これには比較的ストレートな手法もあれば、極めて複雑な手法もあり、以下に裁判所がかかる算定にあたり考慮する要因を示す。
・流用された営業秘密の性質
・研究開発費用
・原告および被告のビジネス上の競合関係
・市場の規模、および数量化が困難な他の要因
したがって、上記を踏まえ、原告には(公判中に)裁判所に対し、技術、時間、資金、知的財産権、予防措置、人員等に関連して、営業秘密に長年にわたり多大な投資を行ったことを立証することを強く推奨する。原告が、これらの要因を証明する証拠を裁判所に提出することによって、裁判所は損害賠償額の算定にあたり、これらの証拠を考慮することができる。
タイ中央知的財産・国際取引裁判所(Central Intellectual Property and International Trade Court:CIPITC)は、判決(No.IP38/2011、2011年4月4日)において、原告に認める損害賠償額の算定について以下のように明示している。
(1)侵害により、またはこれを理由として被告が得た利益の賠償金は、原告の営業秘密を侵害する装置および手順により作られた被告製品の売上に基づき算定される。
CIPITCはさらに、営業秘密法第13(1)条(B.E. 2545(2002))により、同裁判所は現実に生じた損害のみ判断する権限を与えられていると判示した。
この判例において原告は、被告の侵害装置および手順により製造された製品が流通したことにより、売上の損失を被ったと主張した。しかし、同裁判所は、原告は現実に被った損害につき(賠償を)請求していないと判断し、また、被告の製品を購入した顧客は、営業秘密侵害が無くても原告から製品を購入しなかった可能性があるため、原告の売上が失われたすべての原因が、被告製品の流通にあるとは言い切れず、原告の損害は不明確と判断した。しかし、被告が原告に対して行った営業秘密の侵害により、原告は不可避的に損害を被ったと思料され、この理由に基づいて、原告に認められる損害賠償額を判定するのが適切と判断された。
(2)本件訴訟で原告に生じた費用の賠償額を立証し、原告の営業秘密の機密性を維持し、訴訟費用、探偵の費用、輸送費用、弁護士費用、その他の費用を立証するためには、原告は輸送費用や弁護士費用やその他の費用の領収書などの証拠書類を裁判所に示さなければならない。
ただし、これらの裏付け書類が提出されたからといって、裁判所は、必ずしも原告の請求に応じた損害賠償額を認めるとは限らないので留意する必要がある。
(3)提訴日以降、被告が原告の営業秘密侵害を停止するまでに原告に生じた損害は、原告側の証拠次第で決まる。これをどのように判断するかは、判事の裁量に任される。
上記にもかかわらず、当事務所が手がけた最新の営業秘密侵害事件で、CIPITCは、損害賠償金として2000万タイバーツ(66万6666米ドル)、提訴日から損害賠償金が満額支払われるまで年率7.5%の金利を原告に支払うよう被告に命じた。これは同裁判所がこれまでに命じた最も高額な損害賠償金額であり、損害賠償額の決定に際しての同裁判所の柔軟性を示している。この柔軟性は利点もある反面、営業秘密関連訴訟における損害賠償額の予測を困難にすることになった。
中国における未登録知的財産(商標・発明)の保護
【詳細】
1.未登録商標の保護
中国の未登録商標の保護に関する主な法律は「商標法」と「不正競争防止法」である。
「商標法」第15条の規定によれば、代理人や代表者は授権なしかつ自分の名義で授権者の商標を登録してはならない。
「商標法」第32条の規定によれば、未登録かつ一定の影響力を持つ商標について第三者が先取り登録してはならない。
「商標法」第44条第1項の規定によれば、詐欺または不当な手段により登録された商標について、商標局は自主的に取り消すことができ、また商標評価委員会は申請により当該登録商標を取り消すことができる。
さらに、2014年5月1日より施行された商標法第三次改正の際に、先使用によって商標登録に対抗する制度が導入された。「商標法」第59条第3項の規定により、商標登録人が商標を出願する前から、自己が既に同一または類似する商品に商標登録人の商標と同一または類似する商標を使用しており、かつ一定の影響力を有する場合、先に使用している範囲内で引き続き自己の商標を使用することができる。
ただし、商標登録人はその商標に対して、商標登録人の商標との混同を防止するための標識を付けることを要求する権利を有する。当該条項に規定された未登録商標が以下の要件を充足しなければ保護を受けることはできない。
- 商標登録人が商標を出願する以前から使用していること
- 一定の影響力を有すること
- 先に使用している範囲内で使用すること
これらの条件が満たされれば、先使用商標は登録商標に対抗することができる。
「不正競争防止法」第5条第2項は、事業者は著名商標特有の名称、包装、装飾を侵害してはならないと規定している。当該条項の「著名商標特有の名称、包装、装飾」は、一般的な認識では未登録商標を意味する。したがって、当該規定を援用すれば、未登録商標を保護できると考えられる。
- 未登録商標の保護に関する法律
-
- 「商標法」(2014年5月1日改正)
- 「反不正当競争法」(1993年12月1日施行)
2.未登録発明の保護
未登録発明は技術秘密として保護することができる。この場合、企業が技術秘密を特定する必要がある。さらに重要なこととして、技術秘密を保護するためには、企業において秘密保持制度を設ける必要がある。一般的には以下のパターンが使用されている。
- 労働契約に秘密保持条項を設ける
- 発明者と秘密保持契約を締結する
- 職務発明の場合は、社内の職務発明規程を制定し、技術秘密の漏洩を防止する条項を設ける
秘密保持条項を設ける際に、秘密保持義務を負わせる対象を在職の従業員に限定するのではなく、退職者も取り入れるべきである。このように規定することによって、企業を離職した者も守秘義務を負うこととなり、リスクを軽減することができる。
- 未登録発明の保護に関する法律
-
- 「不正競争防止法」(1993年12月1日施行)
- 「商業秘密侵害行為の禁止に関する若干規定」(1998年12月3日改正)
- 「最高人民法院による不当競争の民事事件の審理における法律適用の若干問題についての解釈」(2007年2月1日施行)
- 「専利法(日本における特許法、意匠法、実用新案法に相当。)」(2008年12月27日改正)
- 「刑法」(2011年5月1日改正)
韓国における営業秘密にかかる紛争解決
【詳細】
営業秘密流出対応マニュアル(韓国)(2015年3月、日本貿易振興機構)第4編
(目次)
第4編
第1章 紛争解決の手順とロードマップ P.105
1 概要 P.105
2 証拠資料の確保 P.105
3 警告状の発送 P.106
4 和解・調停・仲裁 P.106
5 民事上・刑事上の訴訟 P.106
6 公正取引委員会への申告または貿易委員会への調査要請 P.112
7 営業秘密の流出発生時における韓国企業の措置の実態 P.112
第2章 民事的解決方法 P.114
1 民事的対応の必要性および方法 P.114
2 本案訴訟 P.114
3 仮処分訴訟 P.129
4 民事上の救済方法の限界 P.132
第3章 刑事的解決方法 P.134
1 刑事的対応の必要性および方法 P.134
2 営業秘密保護法による救済 P.136
3 産業技術の流出防止および保護に関する法律 P.150
4 一般刑法による対応 P.159
5 その他の特別法による対応 P.167
6 刑事的解決方法の限界 P.170
第4章 その他の紛争解決方案 P.173
1 調停 P.173
2 仲裁 P.175
3 公正取引委員会または貿易委員会への申告 P.177
韓国における営業秘密流出の実態と事前防止策
【詳細】
営業秘密流出対応マニュアル(韓国)(2015年3月、日本貿易振興機構)第2編、第3編
(目次)
第2編
第1章 営業秘密の流出実態 P.23
1 年度別による産業技術の流出現況 P.23
2 企業の規模別による産業技術の流出現況 P.23
3 技術分野別による技術流出現況 P.24
4 技術流出の主体別による技術流出現況 P.25
5 技術流出の動機別による技術流出現況 P.26
6 技術流出の類型別による技術流出現況 P.26
7 技術流出の経路別による技術流出現況 P.27
8 営業秘密保護法上の侵害行為の類型別による流出現況 P.27
第2章 営業秘密保護法上における営業秘密侵害行為類型の事例 P.29
1 不正取得行為の事例 P.29
2 不正取得行為および不正取得者からの悪意取得行為事例 P.30
3 不正公開行為 P.31
4 不正公開行為および不正公開行為者からの悪意取得行為の事例 P.35
第3編
第1章 営業秘密の保護措置 P.38
1 営業秘密の範囲設定および分類体系の構築 P.38
2 制度的規則 P.44
3 人的管理 P.51
4 物的管理 P.56
5 営業秘密管理における履歴の保管 P.60
6 韓国特許情報院が提供する営業秘密標準管理 P.61
7 営業秘密保護センターの管理実態診断および営業秘密の教育サービス P.65
第2章 営業秘密流出発生後の被害を最小化するための事前措置 P.70
1 営業秘密の原本証明サービス P.70
2 技術任置サービス P.76
第3章 企業間における取引時の営業秘密流出実態および事前防止策 P.84
1 中小企業と大企業間における取引時の営業秘密流出実態 P.84
2 取引企業の技術資料提供要求に対する対応方法 P.88
第4章退職者による営業秘密の流出実態および事前防止策 P.96
1 退職者による営業秘密の流出実態 P.96
2 退職者による営業秘密流出の事前防止策-侵害禁止仮処分 P.98
インドにおける技術流出対策と営業秘密の保護
【詳細】
一般に企業は、特許保護を求めることにより自らの技術を保護している。ただし、特許要件を満たさない発明は、営業秘密としてのみ保護することができる。さらに、事業活動においては、自社の顧客に関する情報や構築した関係についての情報が収集され、顧客から求められた課題解決を導くための様々な情報がデータベース上に構築される。
このように収集され、蓄積された情報には価値があり、営業秘密としての保護に適している。知的所有権の貿易関連側面に関する協定(TRIPS協定)は、誠実な商慣行に反するような方法での無許可の情報開示、取得、あるいは使用を防ぐため、秘密情報の保護を法的に義務付けている。
営業秘密としての保護適格を有するには、秘密であり、商業的価値を有しており、その秘密を保つための合理的な措置が当該情報の保有者によってとられていなければならない。
○技術および営業秘密の保護と流出防止のための実務
(1)該当する情報に「秘密」の表示を付し、従業員や関係者に対し、専有情報に触れていること、および契約義務の一部としてこれらの秘密保持が求められていることを認識させること。
(2)特許技術や営業秘密に関する情報を保存しているデータベース、サーバー、コンピュータプログラムへのアクセスは、業務上の必要性を有する限られた者のみに制限すること。機密性の高い領域へ入るときは、サーバーへのアクセスはパスワードで保護するようにし、コンピュータスクリーン上に適切な注意事項を表示させるよう設定すること。
(3)営業秘密としての専有情報や技術情報の重要性を、従業員に教育すること。
(4)営業秘密の取り扱いが適切な文言で規定されているかどうか、雇用契約を確認すること。
(5)業務提携や取引可能性を検討するため、第三者やベンダーと専有技術情報を共有する場合、秘密保持契約を結ぶこと。
○労働契約における制限条項
従業員が自主的にまたは雇用期間終了により退職した場合に、技術関連の秘密情報を持ち出す行為を制限するような契約を締結することが使用者にとって一般的である。使用者はまた、離職した従業員を競業者が雇用し、元従業員の顧客を勧誘することを制限したいと考える。秘密保持条項や競業避止条項を含む、適切に作成された雇用契約がビジネスにおいては一般的に使用されている。
ここで、最初に懸念される事項としては、同一事業分野の他企業への転職や、同一事業分野において従業員が起業することを制限する競業避止条項が、法的に強制可能か否かである。このような条項はインド契約法第27条の定める取引制限に該当する可能性がある。インド契約法第27条は以下のように定めている。
「合法的な職業に就き、事業を行うことを制限するいかなる契約も、不当な制限を課す範囲において無効である。」
この規定に対する唯一の例外は以下のとおりである。
「ビジネス上ののれん(goodwill)を利用し、販売する者は、購入者が(またはのれんを使用する権利を受けている者が)特定の地域で、類似のビジネスを実施しないことを契約してもよい。」
上記以外のすべての状況下では、従業員の職業選択の自由等を制限する契約は無効として取り扱われる。インドには営業秘密を保護する成文法が存在しないため、営業秘密を保護するために使用者が従業員に対して要求できる合理的制限については、各裁判所が異なる見解をとってきた。以下に紹介する判決は、従業員側に有利な判断を下している。ただし、裁判所は雇用期間中に従業員が当該使用者のみに雇用されることを義務とする契約条件については、不当な取引制限ではないとしている。
○商取引における営業秘密の保護に関する判決例
ベンダー、フランチャイジーあるいはディーラーによる競合技術の使用を制限する契約条項は、フランチャイザーが商品の流通促進を目的とするものであって、不当な取引制限とはみなされない。
John Richard Brady And Ors v. Chemical Process Equipments P. Ltd. and Anr事件(第AIR 1987 Delhi 372号)において、原告は「飼料製造ユニット」を発明し、その現地生産のため被告からの加熱パネルの供給が必要となり、その交渉期間中に「飼料製造ユニット」について被告との間で技術資料、詳細なノウハウ、図面および明細書を共有した。被告は同意したにもかかわらず加熱パネルを供給せず、自ら「飼料製造ユニット」の製造を開始した。原告は、被告に開示したノウハウ、情報、図面、意匠および明細書が不正流用されたとし、訴訟を提起した。裁判所は、たとえ契約書に明示的な秘密保持規定がなくとも、その義務は暗示されており、被告は秘密保持義務違反について責任がある判断した。
○営業秘密および著作権の保護に関する判決例
・Mr. Diljeet Titus, Advocate v. Mr. Alfred A. Adebare and Ors.事件(第130 (2006) DLT 330)
原告は、被告が勤務していた法律事務所を運営していた。原告および被告の雇用関係が悪化した後、被告の一人が事務所の勤務時間後に原告の事務所を訪ずれ、原告の重要データを含む7.2ギガバイトのデータをダウンロードした、と原告は主張した。原告はまた、被告が原告の10件を超える文書のハードコピーも盗んだと申し立てた。原告は、1957年インド著作権法による占有データの保護を求めた。
被告は、当該データや文書は被告が原告運営の法律事務所に勤務していた際に行った業務の著作物であり、著作権者は被告であると反論した。原告は、コンピュータネットワーク、カスタマイズしたソフトウェア、法律図書、オフイスのインフラ等を習得させるのに相当の費用が費やされ、被告の業務成果物は原告に帰属すると抗弁した。
裁判所は、被告が類似サービスをおこなうこと自体は制限しなかったが、当該成果物は法的には原告のものとされることを認め、その範囲において、雇用期間後の被告による情報の使用を制限した。
・Zee Telefilms Ltd. v. Sundial Communications Pvt. Ltd.(第2003(27)PTC457(Bom)号)
ボンベイ高等裁判所は、秘密保持義務違反に関する法律は著作権に関する法律とは異なる、として以下のように判示した。秘密保持義務違反に関する法律は、著作権に関する制定法上の権利よりも範囲が広範である。アイデアや情報に関して著作権は存在し得ず、アイデアが表現されたものの実質的な複製がなければ、他人のアイデアを採用しても著作権侵害にはあたらない。ただし、もしそのアイデアや情報が、それを公表することが信義に反し、公表する正当な理由がないような状況において得られた場合、裁判所は、秘密保持義務違反を根拠に差止命令を出すことができる。
著作権と秘密保持義務違反に関する法律との間の区別は、提出された未発表の原稿であって公開または使用について未承認であるものに関しては、極めて重要である。著作権は、恒久的な形式とされた資料を保護する一方、秘密保持義務違反に関する法律は、書面および口頭による秘密情報を保護する。
○まとめ
財産的価値のある情報の漏洩を防止する契約について、制限的な取り決めに関する法的な位置付けを以下にまとめる。
(1)雇用期間中、従業員はいかなる他の業務にも従事しないことを期待され、使用者の営業秘密を漏洩してはならず、従業員による営業秘密の漏洩を禁止する取決めは有効であり、強制可能である。
(2)退職後、使用者と同じ事業分野での転職または同じ事業を行う従業員の職業選択の自由を制限する取決めは、営業の自由の制限としても判断されている。
(3)使用者が、競業者への移籍を望む従業員に対して包括的な制限を課し、会社の秘密情報に従業員がアクセスしたといった曖昧な主張を展開しても、裁判所が認める可能性は低い。しかし、退職する従業員が実際に情報を入手し、あるいは営業秘密についてアクセスした具体的な証拠があれば、裁判所は、起業のためまたは新しい雇用者のために使用される情報について、使用差止命令を出す可能性がある。
(4)契約当事者間での非勧誘条項自体は、取引制限や職業制限にはあたらず、契約法第27条に該当しないと考えられる。
(5)商業上の契約、パートナーシップ契約、フランチャイズ契約などについて、裁判所は、使用者と従業員間の契約に比べ、制限的な取決めであっても、より寛大な態度をとる傾向にある。