中国知的財産訴訟における公証利用の実例
【詳細】
1. 中国公証の利用状況
2010年末の統計データによれば中国国内には3,000を超える公証役場が存在する。北京市内においても25ヶ所の公証役場が存在し、北京市中信公証処には約30名の公証人が所属する。北京市内に所在する北京市中信公証処における年間公証発行総件数は年間約15万件程度であり、そのうち知的財産権関連の公証発行件数は年間約1万件程度、また、その申請者の大半は中国人によるものである。
公証を取得していない証拠も、人民法院に提出することはできるが、信用度が低く、他の証拠によりその真実性を裏付けることができないとされて、採用されない場合もあるため、中国域内で入手した証拠であっても、人民法院に提出する際には、中国の公証を取得しておくことが望ましい。
2. 判例などからみる公証利用の実例
知的財産権関連の公証発行件数が増加している。訴訟手続きにおいて、公証された資料が提出され、それらが証拠として正式に採用された事件が報道や判例などを通じて数多く紹介されてきたことから、公証の利用そのものもより広く認知されるようになった。特に、内国人同士の知的財産に関する紛争の増加とともに、内国人にも公証取得の有効性が認知されるようになったこともその増加の一因となっている。
それら中国知財訴訟の判例の中から、公証人に現場に帯同してもらい公証を取得した事案、近年増加しているインターネット公証に関する事案を紹介する。
【事例1】 製氷器の意匠権侵害事件
上海市高級人民法院 民事判决(2013)沪高民三(知)終字第24 号
原告:馬尼托瓦(中国)餐飲設備有限公司
被告:上海通佳電器有限公司
2013年、業務用冷蔵庫メーカーである原告が製氷器の意匠権侵害者を訴えた案件である。食品関係の博覧会で侵害品を見つけるも、通常の店舗ではないので一般人は購入できなかった。そこで展示会場まで公証人が原告に同行し、写真、カタログ等の証拠を現場で公証した。この案件では一審および二審ともに原告が勝訴している。証拠を確保するために公証人に現場に帯同してもらうという公証手法は、以前から模倣品対策としても知られる手法である。
【事例2】 医療機器の特許侵害事件
北京市第一中級人民法院 民事判決(2011)一中民初字16747 号
原告:伊西康内外科公司
被告:常州市智業医療機器研究所有限公司
2011年、医療機器メーカーが自社特許の侵害者を見つけた事案であり、侵害品を公証人の立会いの下で購入し公証を取得、また侵害品が掲載されているウエブサイトを公証役場のパソコンで閲覧し、そのURL、画面コピーなどを公証して証拠として利用した。公証役場に設置されている専用端末を用いて公証人と一緒に対象とするウエブサイトを閲覧し証拠を確保するという手法が用いられた。なお、近年このような証拠の利用が増加している。中国の公証役場の多くは、インターネット公証を行う専用の個室に端末が用意されており、その場で対象データをCDなどの記録媒体に記録し、物証として公証を取得することができる。
3. 日本企業における防衛的な公証の利用例
具体的な訴訟とはなっていないが防衛的な対応策として公証を利用する日本企業も増えている。日本企業が中国での公証を取得している例を紹介する。
(取得例1)専利出願に至らなかった発明など
中国での専利出願を予定していたが、諸事情により出願が見送りとなった発明の開示書面について公証を取得する。
(取得例2)自社模倣品と思われる他社製品が掲載されているショッピングサイト
自社製品の権利を侵害していると思われる製品が掲載されているショッピングサイト(alibaba)のURLおよび該当ページを資料にまとめて公証を取得する。これまではサイト運営企業に対して、その都度、該当頁の削除依頼を行ってきたが、継続的なもの、悪質なものは該当頁の画面コピーなどをまとめて公証を取得し、公証取得後に削除依頼を行うようにすると効果的である。
(取得例3)カタログ、パンフレット、製品パッケージの写真、製品仕様書、取扱説明書、業務マニュアルなど
中国国内で販売している製品が掲載されているカタログ、パンフレット、製品パッケージの写真、製品仕様書、取扱説明書、業務マニュアルなどを対象に公証を取得する。既に公知の資料ではあるがそれらの存在および公知となる日付を客観的に立証するのは容易ではないため、公証を取得する。
(取得例4)プレゼンテーション資料、展示会関連資料など
各種イベントで配布するプレゼンテーション資料、展示会での自社ブースの写真、展示資料、展示サンプルの写真などを対象に公証を取得する。
営業部門が中心となって作成されることが多い販売促進用資料は知的財産関連部門の承認を得ずに作成、配布されることもある。展示会など各種イベントには海外顧客や競業者も多く来場し、第三者による知的財産の盗用や、無許可での使用につながる恐れがある。このため、展示会資料等について、公証を取得する。
(取得例5)会議用資料、プレゼンテーション資料
中国のパートナー企業との交渉過程で、配布するプレゼンテーション用資料を対象に事前に公証を取得する。既に、秘密保持契約を締結済みのパートナー企業であっても、情報管理の万全を期すため、重要情報が記載されている資料に関しては、公証を取得する。
(取得例6)自社工場の見学コースの掲示資料
中国に所在する自社工場の見学コースに掲示されている資料を対象に公証を取得する。
工場見学のコースに掲示されている資料の中には関連技術について詳細に記述されている資料や製造装置の写真などがある場合もあり、また、掲示資料に記載されているキャラクターなども模倣される可能性があるため、掲示資料を対象に公証を取得する。
(取得例7)日本特許出願済みの明細書
日本で特許出願は行ったが、中国への特許出願を行うか否か未定の日本特許明細書について、出願番号が判明次第、出願番号を記載し公証を取得する。18ヶ月後には日本出願は公開されるが、仮にその公開前の中国国内での発明の実施者が現れた場合などに対応を取るため、公証を取得する。
(取得例8)契約書類
過去に中国企業や現地で採用した従業員などと交わした契約書類を対象に公証を取得する。
重要な契約書に関しては個別に公証を取得することが望ましいが、それ以外の契約書に関して、一定期間分のものをまとめて定期的に公証を取得する場合もある。
紹介した公証取得例の中には公証取得だけではなく、民間の防衛公開サービスも併用するケースもある。中国においても先使用権の抗弁は可能だが、たとえ同じ製品であっても増産して数量が増えたことだけでも先使用権は成り立たないなど他国の制度と比較すると中国での先使用権は活用しにくい制度であると言われているため、他者の取得した専利の行使を予め回避するためには、公証取得と防衛公開を行う場合がある。
中国で自社製品の販売を開始する際、販売の事実について資料をまとめて公証を取得することをルール化するなど、中国での公証を積極的に活用する欧米企業がある一方、そのような欧米企業に比べて、日本企業の公証の利用は未だ少ないといわれている。
しかし、外国企業が当事者となる知的財産訴訟は増加傾向にあり、日本人または日本企業が中国知的財産訴訟の当事者となる事件は、今後増えると予測する。これにともない、日本企業の中国における公証の利用が増加していくことになるだろう。