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ベトナムにおける「.vn」ドメイン名紛争の解決

1. はじめに
 ベトナムにおけるドメイン名の占拠および転売などのサイバースクワッティング(Cybersquatting)については、ベトナム知的財産法07/2022/QH15(以下「知的財産法」という。)第130条第1項d、政令第99/2013/ND-CP号(以下「政令99/2013」という。)第14条第16項a号および通達06/2024/TT-BKHCN号(以下「通達06/2024」という。)第1条第10項により改正された通達11/2015/TT-BKHCN(以下「通達11/2015」という。)第19条第2項にて、不正競争行為と規定されている。すなわち、他人の保護された商標と同一または紛らわしいほど類似するドメイン名を、そのドメインが導くサイト上で、同一・類似または関連する商品やサービスを紹介、提供、販売するために、許可なく使用する行為、当該商標の名声・評判を利用して不当な利益を得る目的でドメイン名を使用して混同を惹起する行為、当該商標の使用権を有しない悪意の他人が当該商標と混同を生じるドメイン名を所有・占有する行為などは不正競争行為とされる。

 また、「.vn」ドメイン名の登録、使用および占有について紛争の処理を申し立てできる者(以下「申立人」という。)は、不正競争行為により損害を受けた、または損害を受ける可能性のある者と規定している(通達06/2024第1条第10項で改正された通達11/2015第19条第2項(a))。

 一方、「.vn」ドメイン名は、ベトナム・インターネット・ネットワーク情報センター(Vietnam Internet Network Information Center:VNNIC、日本における「JPNIC」に相当。)により管理されている。VNNICは、情報通信省の管理下で、インターネットドメイン名の管理、割り当て、使用の監督および促進を担っている。「.vn」ドメイン名の取得は、先着順(first come, first served)で行われる(政令第72/2013/ND-CP号第3条第8項bおよび第12条)。

 VNNICには、「.vn」ドメイン名をめぐる紛争において取消決定を下す権限はなく、(1) 適切な管轄権を有する機関による行政救済(取消決定を含むこと)、(2) 当事者間の交渉による取消決定を含む和解合意、(3) 裁判所での民事救済(取消決定を含む判決または仲裁)などの決定に基づき、VNNICが「.vn」ドメイン名取消の実務を担当する(2016年6月8日付共同通達第14/2016/TTLT-BTTTT-BKHCN号第12条)。

2. 紛争解決手続
2-1. 予備的観察
 「.vn」ドメイン名に関する不正競争行為について、知的財産権者は裁判所に民事救済を求めることができるが(知的財産法第198条第1項dおよび第202条)、ベトナムにおいて極めて稀である。これは裁判所の知的財産に関する知識が不足していること、結果が出るのが遅いことおよび仲裁の裁定ならびに判決の結果予測性が低いことが原因となっている。

 一方、行政救済については、知的財産法第198条第2項、政令99/2013第14条第16項aおよび通達11/2015第4条を改正した通達06/2024第1条第3項に「.vn」ドメイン名に関する不正競争行為に対する行政救済が規定された。また、政令99/2013第35条第1項には、知的財産権の不正競争行為全般については科学技術省監査局に罰則措置を講ずる権限があることが規定され、同条第3項には「.vn」ドメイン名に関する不正競争行為については、情報通信省監査局にも罰則措置を講ずる権限があることが規定されている。

 よって、「.vn」ドメイン名をめぐる紛争を解決する最も一般的なルートとして、完全に満足いくものではないが、交渉と行政救済が実質的に残る選択肢となっている。以下、行政救済とそれに先立つ交渉について説明する。

2-2. 交渉
 「.vn」ドメイン名をめぐる紛争の行政救済の前提要件として、警告書と事前交渉などにより合意に達することができなかったこと、との要件が通達11/2015第4条第1項bに規定されていた。この要件は通達06/2024第1条第3項に置き換わることによりなくなったが、依然として、交渉は推奨される。「.vn」ドメイン名登録者の善意次第では、行政救済よりも交渉の方がはるかに時間的効率の良い解決方法となる場合がある。また、商標出願係属中の出願人には「.vn」ドメイン名の登録取消を求める法的資格はないが、登録者が友好的な解決に同意すれば、交渉によって紛争解決の機会を得ることができる。
 行政救済による法的措置が避けられない場合でも、警告書を発行して交渉を行うことは、権利者が問題を友好的に解決しようと努力した証拠となり、その後の法的措置の手続において有利になると考えられる。
 交渉が不調に終わった場合は、中央または省レベルで科学技術省監査局経由での訴えを提起し、行政救済を申し立てることを推奨する(政令99/2013第16条)。

2-3. 行政救済
 行政救済は、通常、次のように進められる。

ステップ1:申立書の提出
 第一ステップは、知的財産権者である申立人が、科学技術省監査局など適切な管轄権を有する当局(以下「当局」という。)に、以下の(i)と、(ii)と、(iii)または(iv)との証拠を全て、ドメイン名に関する救済の申立書と同時に提供する必要がある(政令147/2024/ND-CP(以下「政令147/2024」という。)第16条および通達11/2015第19条2項を改正する通達06/2024第1条第10項c)。

(i) 不正競争行為に係わる「.vn」ドメイン名と同一または紛らわしいほど類似する商標、地理的表示もしくは商号を申立人が所有することを証明する登録証明書または同等の法的文書。

(ii) 被申立人が、不正競争行為に係わる「.vn」ドメイン名に関して、正当な権利または利益を有していないことを示す証拠。

(iii) 被申立人が申立人の商標、商号、または地理的表示の評判を不当な利益のために利用したと申立人が主張する場合、申立人は、以下のものを提出しなければならない。
・商標、商号、または地理的表示がベトナムで広く使用され、認識され、またはよく知られているとみなされていることを証明する情報。
・被申立人が、「.vn」ドメイン名を使用して、申立人の保護された権利に関連するものと同一または類似の商品またはサービスを販売または宣伝し、混乱を引き起こし、申立人の評判から不当に利益を得ていることを示す証拠。

(iv) 被申立人の悪意を主張する場合、申立人は、以下を提供しなければならない。
・被申立人が、申立人の商標、商号、または地理的表示がベトナムで保護されていることを認識した上で、「.vn」ドメイン名を販売、譲渡、またはその他の方法で利益を得る意図を持っていることの証明。
・「.vn」ドメイン名にリンクされたウェブサイトが、保護された商標、商号、または地理的表示の評判または信用を損なうことを示す証拠。

 「.vn」ドメイン名に関する不正競争行為の救済の申立は、通常、申立人の権利が「.vn」ドメイン名の登録または使用より前から存在していることを証明する必要がある。なお、新しく登録された商標に基づいて、ベトナムで当該商標が存在する前にすでに使用されていた「.vn」ドメイン名に対する申立は、当該商標が国際的に著名な場合などを除き、認められる可能性は低いと考えられる。

 「.vn」ドメイン名に関する不正競争行為の救済手続において、申立の根拠となる商標自体に争いがある場合(例えば、不使用取消請求の対象となっている場合)、権利の有効性が当該救済手続において重要な要素であるため、当該救済手続は一時停止されることがある。根拠となる権利が無効とみなされるか、不使用などの理由で取り消された場合、救済の根拠はもはや存在せず、救済は認められない。

 なお、知的財産権者が「vn.」ドメイン名取消の行政救済を申し立てる期限は2年である。この期限起算日は、不正競争行為を発見した日または不正競争行為が終了していた場合は行為終了日である(政令99/2013第28条第1項cに引用される行政上の罰則措置法第6条第1項aおよびb)。ただし、侵害者が不当な遅延を理由に抗弁を主張することを防ぐために、不正競争行為を発見したらすぐに救済を申し立てることが望ましい。

ステップ2:当局との面談または被申立人の施設における検査
 申立書が受理された場合、当局は、通常、「.vn」ドメイン名に関する不正競争行為を主張する申立人と「.vn」ドメイン名登録者である被申立人との面談を設定し、まずは友好的に解決するよう両当事者の説得を試みる。当局は、協議のために被申立人との面談を複数回にわたり試みる場合がある。代理人が、このような面談に参加するよう要請されることがある。

 被申立人が面談の要請に応じないか、これを拒絶する場合、当局は、被申立人の事業所の検査を手配する判断を下すことができる(政令99/2013第26条第3項)。

ステップ3:通知および処分決定の発行
 面談または検査の後、被申立人が「.vn」ドメイン名を所有する権利を有していないと判断し、かつ、「.vn」ドメイン名の取下または譲渡に応じない場合、当局は、(i) 制裁決定を発行するか、(ii) 当該「.vn」ドメイン名が申立人の権利を侵害しているとの書面による結論を発行することができる。
(ii) の場合、当局は当該結論を申立人および被申立人に通知し、両当事者が合意するための条件を定める(政令99/2013 第27条の英文に基づく)。
 両当事者が合意に達しない場合には、当局が当該案件に対処するものとし、当局は処分決定を行うことができる(政令99/2013第30条)。

 例えば、「.vn」ドメイン名の取消処分決定から30日後、被申立人が「.vn」ドメイン名登録の取下を行っていない場合、処分決定を下した当局は、VNNICに対し、「.vn」ドメイン名の取消を要請することができる(政令99/2013第31条第3項)。

【留意事項】
 「.vn」ドメイン名の紛争解決については、特に行政救済による「.vn」ドメイン名の取消を求める処分決定に対し、被申立人(「.vn」ドメイン名登録者)は、原則、30日以内に対応しなければならず(政令99/2013第25条第3項a)、以前に比べ改善した。しかしながら、申立人(知的財産権者)は、当該紛争に対処するよう当局を説得し、当局が相応の決定を下すよう働きかけるために、手続のすべての段階において自ら密接に関与する必要がある。一般的に、処分決定を得られるまで12~18か月かかる。

 さらに、行政救済においても以下の問題点が残されている。ベトナムの制度において、行政救済による処分決定は、ベトナム国内に拠点を有しない外国人に対し発行することができない。よって、外国人が登録した「.vn」ドメイン名については、行政救済による処分決定は適用されない。また、同制度は、ベトナム人のサイバースクワッター(ドメイン占拠者)であっても「通知の送達」、すなわち居所の特定ができない者に対しては無力である。当局は裁判所と異なり、「一方的な申立による(ex parte)」事件を扱わないからである。法令の規定には、申立人が、友好的な和解期間中に登録人の変更がなされるのを防いだり、当該ドメイン名が取り消されたり別の登録人に「譲渡」されるのを防いだりするための規定も存在しない。これらの状況を打開するための解決策が検討されており、より実効的な紛争解決の手段が示されることが期待される。

インドにおけるジョイント・ベンチャーと知的財産保護

 「ジョイント・ベンチャーと知的財産保護」(2023年9月、日本貿易振興機構 ニューデリー事務所(知的財産権部))

目次
第1章 ジョイント・ベンチャーと知的財産の関係 P.1
(事業拡大の戦略の方法、ジョイント・ベンチャーの概要、ジョイント・ベンチャーに関連する一般的な法律(インドではジョイント・ベンチャーを規定する具体的な法律は存在せず)、知的財産との関連性および契約に関する確認事項などについて説明している。)

  1. 事業拡大戦略 P.1
    1.1. 共同研究 P.1
    1.2. 共同開発 P.1
    1.3. 生産委託 P.2
    1.4ジョイント・ベンチャー P.2
  2. ジョイント・ベンチャー概要 P.4
    2.1. ジョイント・ベンチャーの有用性 P.4
    2.2. ジョイント・ベンチャーの種類 P.4
    2.3. インドでジョイント・ベンチャーを設立できる者 P.6
    2.4. インドでのジョイント・ベンチャーを規制する法規定 P.7
  3. ジョイント・ベンチャーと知的財産 P.10
    3.1. バックグラウンド知的財産とフォアグラウンド知的財産 P.10
    3.2. ジョイント・ベンチャーのライフサイクルと知的財産 P.10
    3.3. ジョイント・ベンチャー契約の知的財産に関する要確認事項 P.12

第2章 ジョイント・ベンチャーのライフサイクルと知的財産 P.13
(ジョイント・ベンチャーのライフサイクルの段階ごとの知的財産の取り扱いについて、留意すべき事項を具体的に解説している。また、ジョイント・ベンチャーの観点から、知的財産に関連する法律および権利種別ごとの留意点(特許については参考判例の紹介あり)を説明している。)

  1. 契約前および契約段階での留意点 P.13
    1.1. 知的財産デュー・デリジェンス P.13
    1.2. 知的財産の商業的価値の評価 P.16
    1.3. バックグラウンド知的財産とそのライセンシング P.18
    1.4. 第三者の知的財産の侵害に対する免責条項の検討 P.26
    1.5. 職務発明(雇用契約) P.26
    1.6. パートナーの撤退 P.26
  2. 事業を実施している期間の留意点 P.27
    2.1. フォアグラウンド知的財産の扱い P.27
    2.1.1. 著作権 P.27
    2.1.2. 商標権 P.28
    2.1.3. ドメイン名 P.29
    2.1.4. 会社名 P.29
    2.1.5. 特許権 P.30
    2.1.6. 意匠権 P.35
    2.2. ライセンシング P.36
  3. ジョイント・ベンチャー終了に際した留意点 P.38
  4. ライフサイクルを通して必要な機密保持契約の重要性 P.41
    4.1. 営業秘密保護に関する問題 P.41
    4.2. 情報漏洩 P.42
    4.3. 機密保持契約の重要性と留意点 P.42

第3章 紛争解決 P.45
(ジョイント・ベンチャー契約において適切な紛争解決規定を策定する上で参考にできる、インドで対応可能な紛争解決手段(仲裁については参考判例の紹介あり)の概要や留意事項を紹介している。)

  1. 裁判外紛争解決手続 (ADR) P.45
    1.1. 仲裁 P.46
    1.2. 調停(コンシリエーション) P.50
    1.3. 調停(メディエーション) P.50
    1.4. 人民裁判(Lok Adalat) P.52
    1.5. 調停および仲裁における企業秘密の機密保持と保護に関する留意点 P.52
  2. 裁判 P.55
    2.1. 民事訴訟(商事裁判) P.55
    2.2. 刑事訴訟 P.56
  3. 紛争解決手段の比較 P.58

シンガポールにおけるモデル契約書(技術検証契約書(AI編))を活用するに際しての留意点

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インドネシアにおけるモデル契約書(秘密保持契約書(新素材編))を活用するに際しての留意点(後編)

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