ホーム 第一国出願

ロシア・ウクライナ情勢を巡る知財関連問題

『国際知財制度研究会』報告書(令和四年度) 第3章 I. ロシア・ウクライナ情勢を巡る知財関連問題に関連する条約・協定(TRIPS協定、日露投資協定等)、主要国の法制度等の分析(2023年3月、知的財産研究教育財団 知的財産研究所)

目次
1.安全保障に関連するTRIPS協定等 P.379
(TRIPS協定第73条/GATT第21条について解説している。また、WTOの紛争解決手続において審理されている事案について分析している。さらに、安全保障に関連すると考えられる諸外国の法制度等(特許収用制度については10か国、特許非公開制度については、日本、ロシアを含む31か国、第一国出願義務等の外国出願制限については、日本、ロシアを含む32か国、緊急事態等における強制実施権制度については、日本、ロシア含む31か国)について紹介している。)

2.ロシアが知的財産制度関連で講じている措置とその影響等 P.432
(2022年にロシアが実施した措置(ライセンス料支払い禁止、国家安全保障等のための強制実施権、一時的な並行輸入の合法化、ライセンス契約の一方的な変更/終了を禁止する法律の草案等)について解説している。また、主要国(日本を含む6つの国または地域)の特許庁が講じている制裁措置を紹介している。)

3.ロシアの投資関係の条約 P.446
(海外の知的財産権の保護と投資協定の関係、日露投資協定、主要国(日本を含む7か国)とロシアとの間の投資協定における収用等に関する規定を紹介している。)

4.まとめ P.455

5.知的財産権に関するロシアの反制裁措置 -国際ルールに基づく対処の可能性- P.457
(東京大学大学院法学政治学研究科 伊藤一頼教授の知的財産権に関するロシアの反制裁措置についての見解を紹介している。)

ブラジルにおけるPPHの技術分野の限定撤廃

記事本文はこちらをご覧ください。

トルコにおける第一国出願義務

【詳細】

 トルコ国内でなされた発明に関する登録出願をトルコで最初に行う必要があるとする法規定は存在しない。しかし、下記の「秘密特許」と題された産業財産法第124条は、以下のとおり、一定の発明については、国防省の許可なしに他国で特許出願することができないと規定している。

 

トルコ産業財産法第124条

(1)トルコ特許商標庁は、出願に係る発明が国の安全の観点から重要であると判断した場合、出願の写しを、見解を得るために国防省に送付し、状況を出願人に通知する。

(2)トルコ国防省は、出願に係る発明を秘密裏に実施することを決定した場合、通知日から3か月以内に決定を特許庁に通知する。秘密裏に行われることの決定がなされない場合または期間内に特許庁に通知しない場合、出願に関する業務は開始される。

(3)特許出願が秘密の対象となる場合、特許庁は状況を出願人に通知し、出願審査を進める前に出願を秘密特許出願として登録する。

(4)特許出願人は、秘密特許出願に係る発明を、権限がないものに開示することはできない。

(5)特許出願人の要求により、特許出願に係る発明の一部または全部使用が国防省により許可されうる。

(6)特許出願人は、特許出願の秘密保持期間について政府から補償を請求することができる。支払われる補償額に関して合意に達しない場合、補償額は裁判所により決定される。補償は、発明の重要性および出願人が自由に使用する場合取得するであろうと推定される利益の額を考慮して算出される。特許出願人の過失により秘密特許出願の対象となる発明が開示された場合、補償請求権は消滅する。

(7)秘密特許出願に関して秘密保持期間中、特許庁に特許登録料は支払われない。

(8)トルコ特許商標庁は、国防省の要求により、特許出願のために予見された秘密保持を取り消すことができる。秘密保持が取り消された特許出願は、秘密保持が取り消された日から特許出願として業務が行われる。

(9)トルコで生まれた発明が国の安全の観点から重要である場合、他国で特許出願をすることができない。トルコで生まれた発明に関して特許庁に行われた特許出願が第1項から第8項の条項の対象となる場合、国防省の許可なしに他国で特許出願をすることができない。

(10)発明者の居住地がトルコである場合、反証が行われない限り、発明がトルコで行われたと認められる。

 

 上記の規定により、トルコ特許商標庁が出願に係る発明が国の安全の観点から重要であると判断し、国防省が出願業務を秘密裏に行うことを決定した場合、国防省の許可なしに他国で特許出願を行うことはできない。すなわち、産業財産法第124条で規定されている例外の場合、他国への出願は国防省の許可に左右される。

 

 上記の例外に該当しないトルコでなされた発明に関する特許出願を最初にトルコで行う義務は産業財産法に規定されていない。

 

 実務上、トルコでなされた発明は、PCTおよびEP出願として行うこともできる。産業財産法第93条によると、トルコを含むパリ条約またはWTO設立協定の加盟国である政府に対して特許または実用新案に関する出願を適法に行った出願人は、同一の発明についてトルコで出願する際に、最初の出願日から12か月以内であれば優先権を主張することができる。

 

【留意事項】

 産業財産法において、国防省の許可なしに国の安全の観点から重要である発明を他国で出願することに関する罰則は規定されていない。

 トルコでなされた、国の安全の観点から重要である発明に関する最初の特許出願をトルコ国外で行い、トルコでの出願に際して優先権を主張した場合についても、産業財産法において罰則は規定されていない。

韓国における微生物寄託制度

記事本文はこちらをご覧ください。

ロシアにおける第一国出願義務

【詳細】

 ロシア連邦民法には、国家機密の保護を目的として、ロシア国内で生まれた発明に関する規定が設けられている。

(ロシア連邦民法第1395条)

 ロシア国内で開発された発明は、ロシア特許庁に最初に特許出願され、かつ、ロシア特許庁が国家機密に関するとして外国出願を禁止しない場合に限り、外国特許庁への特許出願が許される。

 

 ロシア特許庁は特許出願について安全保障確認を行う。発明が国家機密に分類される場合、ロシア特許庁は、ロシア出願日から6か月以内に出願人に発明が国家機密に分類される旨を通知する(ロシア連邦民法第1395条)。発明が国家機密に分類された場合、特許出願は秘密発明出願として、特別に取り扱われる(ロシア連邦民法第1401条)。発明が国家機密に分類される旨の通知がないかぎり、出願人はロシア国外で特許出願を行うことができる。なお、ロシア出願から国家機密に分類される旨の通知が届く期限である6か月経過する前は、外国特許庁への特許出願することの許可を、ロシア出願の際にロシア特許庁に求めることもできる。

 

 出願人がロシア国民、ロシア法人(日本企業の現地法人を含む)である場合にのみ、特許出願に係る発明が国家機密に分類され得る。ロシア国外の個人または法人によって出願された特許出願に係る発明は、国家機密に分類されない(ロシア連邦民法第1401条)。

 

 一方、第一国出願義務は、出願人の住所や国籍を問わず、ロシア国内でなされたすべての発明に適用される。発明がロシア国内でなされたのか否かが不明な場合、最終的には、裁判所が判断することになる。第一国出願義務に違反した場合、行政処罰が科される可能性がある。出願人が法人の場合、80,000ルーブル以下の罰金が科される。なお、第一国出願義務への違反は現実には発覚しにくく、(筆者が知る限り)第一国出願義務違反に関する実際の判例は存在していない。

 

 ロシア特許庁を受理官庁とするPCT出願によっても、第一国出願義務を果たしたものとされる。ロシア特許庁を受理官庁とするPCT出願では、欧州特許庁(EPO)を国際調査機関として選択することができる。EPOを国際調査機関とする場合、英語でのPCT出願が可能である。第一国出願義務を果たすために、ロシア語翻訳を提出したり、対応ロシア出願を出願する必要はない。PCT出願から6か月以内に、受理官庁としてのロシア特許庁は、国際事務局と国際調査機関(EPO)へ、明細書など出願書類のコピーを送付する。

 

 出願書類のコピーを、受理官庁(ロシア特許庁)が国際事務局と国際調査機関(EPO)へと迅速に送付することを望む場合、出願人は、安全保障確認の早期実行をロシア特許庁に求めることができる。安全保障確認の早期実行のために、出願人は、出願書類のロシア語翻訳と、「出願は国家機密に関連する如何なる情報も含んでいない」という宣誓書と、をロシア特許庁に提出する。この宣誓書には、出願人とすべての発明者とが署名する。

トルコにおける第一国出願義務

【詳細】

トルコ国内で生まれた発明について、第一国出願義務があるか否か(トルコ国外に出願する前にトルコ特許庁に出願する必要があるか否か)という点について、国内で生まれた発明についていずれも最初にトルコに特許出願すべきと直接的に義務付ける規定はトルコ特許法にはない。一方、トルコ特許法第125条および第128条は、以下を規定する。

 

トルコ特許法第125条(秘密保持の条件):

・・・トルコ特許庁は、出願に係る発明が、国防に重要であるものとみなすに至る場合は、・・・当該状況を文書で出願人に通知するものとし、直ちにトルコ国防省に出願の複写を送達することによりトルコ国防省に伝達するものとする。・・・

 

トルコ特許法第128条(秘密特許の外国における出願に係る許可):

トルコにおいてなされた発明が第125条を条件として、トルコ特許庁の許可なくトルコ特許庁に対する特許出願日から2月の期間の満了前に何れの外国においても当該発明につき特許出願はできない。外国出願の許可は,トルコ国防省の具体的な許可がなければ発行されないものとする。

発明者がトルコに居住する場合で,反証を欠くときは,発明はトルコでなされたものとみなす。

 

これらの規定は、トルコ国内で生まれた発明がトルコの国防にとって重要である場合は、トルコ特許庁の許可がなければ、トルコ国外に特許出願することができない、ことを意味する。つまり、トルコ特許法第125条および第128条の組み合せから、トルコの国防にとって重要な発明がトルコ国内でなされた場合は、最初にトルコに出願すること(第一国出願義務)が求められる。

 

なお、トルコ国内で生まれたトルコ国防にとって重要性を有する発明について、トルコに第一国出願しなかった場合についての罰則は、トルコ特許法には規定されていない。

 

また、トルコに第一国出願した発明がトルコ特許庁によってトルコ国防に重要であるものとみなされた後に、トルコ特許庁の許可なく同一発明について外国に特許出願した場合、についての罰則も、トルコ特許法には規定されていない。

 

さらに、トルコ国内で生まれたトルコ国防にとって重要性を有する発明についてトルコ国外に第一国出願し、このトルコ国外出願を優先権主張してトルコに出願した場合の取り扱いについても、トルコ特許法には規定されていない。

 

トルコ特許法に明確な規定はないが、トルコの国防にとって重要性を有さないことが明白である場合は、トルコで生まれた発明であっても、最初にトルコ国外に特許出願してもよい、と考えられている。

 

実際には、トルコにおいてなされた発明について、トルコに第一国出願をするよりも、PCT出願またはEPOへ欧州特許出願(以下EP出願)がなされることが多い。PCT出願またはEP出願の場合、出願から12か月(優先権主張期間終了)よりも十分前に出願に関する調査報告書を取得することができ、出願人にとって、対応外国出願を行うべきか否かを評価することができる、というメリットがあるからである。一方、トルコ出願については、トルコ特許庁において調査報告書が作成されて出願人へ送付されるまでには、通常、出願から12ヶ月を超える。

 

ただし、トルコ特許法第125条および第128条の目的が有効に達成されるためには、トルコ特許庁が最初に発明を確認する必要がある。このため、トルコにおいてなされた発明についてのPCT出願またはEP出願は、たとえトルコを指定国に含んでも、トルコ特許法第125条および第128条が間接的に要求する第一国出願義務を満たすことにならない。

 

したがって、トルコ国内で生まれた発明がトルコ国防にとって重要性を有する場合は、PCT出願やEPC出願ではなく、トルコ特許出願または実用新案出願を最初にトルコ特許庁に行う必要がある。

 

また、トルコ国内で生まれた発明が、トルコ国防にとって重要性を有する可能性があるのであれば、トルコ特許出願または実用新案出願を最初にトルコ特許庁に行うべきであろう。

 

【留意事項】

トルコ国内で生まれた発明がトルコ国防にとって重要性を有する場合は、PCT出願やEP出願ではなく、トルコ特許出願または実用新案出願を最初にトルコ特許庁に出願する必要がある。

オーストラリアで生まれた発明の取扱い(国家安全保障に関連する法規制)

【詳細】

1.一般ルール

 オーストラリアには、特許出願をオーストラリアに第一国出願しなければならない、とする法規定は存在せず、出願人は自ら選択した国に第一国出願することができる。

 ただし、オーストラリア国外へ出願するに際し、出願人は、当該出願対象の発明が以下の「戦略的技術」に該当するか否か検討しなければならない。「戦略的技術」に該当する場合、当該情報を国外に持ち出す前に政府の承認を得ることが必要となる。

 

2.戦略的技術

 オーストラリアにとって戦略的に重要な情報の国外持ち出しを規制する法律として、2012年防衛取引管理法(the Defence Trade Control Act of 2012: DTCA)が存在する。DTCAは、戦略的かつ軍民の両用可能な物品・技術を適用対象とする。

 DCTAは、防衛戦略上、機密扱いされるべき情報や技術を、輸出、提供または公開することを同法の違反行為としているが、オーストラリアで生まれた発明がかかる情報や技術に該当する場合、外国出願する目的で行われる発明情報のあらゆるやり取りに適用される可能性がある。

 特定の物品、ソフトウェア、技術が「防衛戦略物資リスト(Defence and Strategic Goods List: DSGL)」に含まれているか否かを判断する際に、オーストラリア国防省のオンラインツール(https://dsgl.defence.gov.au)を参照することができる。特定の項目が規制対象であるのか、物品自体がリストアップされているのか、関連する材料、装備、ソフトウェア、技術がリストアップされているのか、について確認する必要がある。コンピュータやソフトウェアといった品目がリストアップされている場合、DSGLに規定された規制閾値と、当該物品の技術仕様や性能を比較し確認する必要がある。

 対象技術がDSGLに含まれる場合、オーストラリア国防省に国外持ち出しの許可を申請しなければならない。オーストラリア国防省は、15日以内に承認または拒否を決めることとされている。

 また、安全保障に関するさまざまの技術分野に対応した各種の法律が存在し、核兵器・生物兵器を含む大量破壊兵器に関しても、別途規定されている。

 なお、オーストラリア特許法第152条および第173条の規定に基づき、オーストラリア特許庁長官は、「戦略的技術」については公開を禁止する命令を発することが可能とされている。ただし、当該規定は、あくまでオーストラリア特許庁に特許出願されたことを前提としており、外国に特許出願する前に安全保障上の確認を要求するものではない。