インドにおける特許異議申立制度-付与前異議申立と付与後異議申立
1.付与前異議申立
付与前異議申立は、対象特許出願の公開の日から登録の日まで提出可能である。ただし、申立てられた異議について審査管理官(Controller)が検討するのは、当該出願について審査請求がなされた後である。付与前異議申立の制度は、特許に対して異議を申立てる機会を公衆に与えることを意図しているため、「何人も」申立てることができる(特許法第25条(1))。異議申立人が付与前異議申立を提出する十分な時間を確保するため、特許出願の公開から6か月間は特許権が付与されないことが、インド特許規則(以下、特許規則)に規定されている(特許規則55(1A))。
1-1.付与前異議申立の理由
付与前異議申立は特許法第25条(1)に規定された11項目の異議理由に基づき、申立てが可能である。このうち代表的な異議理由として、以下の4点が挙げられる。
・出願の請求項に開示された発明が、出願人によって不正に取得された
・何れかの請求項で請求される発明が、当該請求項の優先日の前に公開されていた
・発明が、進歩性を有さない
・出願人が、インド特許法第8条の要求(たとえば、他国で出願された同一または実質的に同一発明に関する詳細情報のインド特許意匠商標総局への提出)を順守していない
1-2.付与前異議申立の手続
付与前異議申立は、所定の書式(Form 7A)を用いて、インド特許意匠商標総局長官宛に提出する(特許法第25条、特許規則55(1))。申立を考慮した長官が当該出願を拒絶すべきという見解を持った場合、異議申立人が作成した異議申立書の副本を添えて出願人へ通知される(特許規則55(3))。出願人は異議の通知に対して、通知の発行日から3か月以内に、応答書を(証拠と共に)提出しなければならない(特許規則55(4))。出願人は、長官の付与前異議申立に対する決定が下されて手続が終了する前に口頭手続の機会を求めることができる(特許法第25条(1))。
出願人の意見を考慮した後、長官は、出願の特許付与を拒絶するか、または、特許付与前に出願の補正を求めるか、あるいは異議申立を棄却するか、のいずれかを行う事ができ、通常、長官は、付与前異議申立手続の終了から1か月以内に、決定を下さなければならない(特許規則55(5))。長官による決定に対して、高等裁判所への不服申立が可能である(特許法第117A条、Tribunals Reforms Act 2021第13条)。
図1. 付与前異議申立の手続フロー
2.付与後異議申立
付与後異議申立は、特許法第25条(2)に規定されている。付与後異議は、特許登録の公開の日から1年以内に申立てなければならない。付与前異議申立と異なり、付与後異議申立は、「利害関係人」のみが申立てることができる。特許法第2条(1)(t)によれば、「利害関係人」とは、当該発明が関係する同一分野の研究に従事している、または、これを促進する業務に従事する者を含む。Ajay Industrial Corporation v. Shiro Kanao of Ibaraki City事件(1983)においてデリー高等裁判所は、「利害関係人」とは、「登録された特許の存続によって、損害その他の影響を受ける、直接的で現実の、かつ具体的な商業的利害を有する」者と解釈している。付与後異議申立の異議理由は、付与前異議申立の異議理由と同様である(特許法第25条(2))。
2-1.付与後異議申立の手続
付与後異議申立は、所定の書式(Form 7)を用いて、特許意匠商標総局長官宛に異議申立書を提出する(特許規則55A)。異議申立書の受領後、長官は付与後異議申立の合議体として審査管理官3名からなる異議委員会(異議部)を設置する(特許法第25条(3)、特許規則56(1))。当該出願を審査した審査官は、委員会メンバーとしての適格性をもたない(特許規則56(3))。通常は、次席審査管理官(Deputy Controller of Patents)または審査管理官補(Assistant Controller of Patents)が異議委員会の委員長として任命され、2名の上級審査官が残りのメンバーとして任命される。付与後異議申立手続において、異議申立人は、自らの利害や基礎となる事実、求める救済措置について述べる異議申立陳述書を作成し、証拠(ある場合)とともに異議申立書に添付して、長官宛に提出し、その異議申立陳述書と証拠(ある場合)の写しを特許権者に送付しなければならない(特許規則57)。
特許権者が異議申立に対して争う場合、異議申立人から異議申立書を受領した日から2か月以内に、所轄庁に、証拠(ある場合)とともに異議に争う理由を記述した答弁書を提出し、その写しを異議申立人に送付しなければならない(特許規則58(1))。特許権者が答弁書を提出しない場合、特許は取り消されたものとみなされる(特許規則58(2))。特許権者の答弁書を受領した異議申立人は、受領の日から1か月以内に、弁駁書を提出できるが、そのような異議申立人の弁駁書は、特許権者が提出した証拠に関する内容に厳しく限定される(特許規則59)。両者(特許権者、異議申立人)からのさらなる答弁は、長官が許可した場合にのみ提出可能である(特許規則60、62)。答弁書の提出完了後3か月以内に、異議委員会は、異議委員会の勧告を長官に提出する(特許規則56(4))。
その後、長官は、口頭手続の期日を指定する(特許法第25条(4))。口頭手続の通知は、口頭手続期日の10日以上前に両者(特許権者、異議申立人)に送付されなければならず、また、異議委員会の勧告について、審査管理官が口頭手続の期日を設定する前に、異議申立人と特許権者に通知しなければならない(特許規則62(1))。この異議委員会に対する手続上の要件は、知的財産審判部(IPAB、現在は廃止)の過去の決定で示されたものである(M/s. Diamcad N.V. v. Asst. Controller of Patent and Ors. (2012))。また、知的財産審判部(IPAB)は、異議申立手続における異議委員会の勧告および審査管理官の決定には、充分な理由づけが必要、と示した決定もある(Sankalp Rehabilitation Trust v. F Hoffmann-LA Roche AG (2012))。長官は、異議委員会メンバーに口頭手続への同席を指示することができる(特許規則62(1))。口頭審理後、長官は決定を下す(特許規則62(5))。決定に対しては、高等裁判所への不服申立が可能である(特許法第117A条、Tribunals Reforms Act 2021第13条)。
図2. 付与後異議申立の手続フロー
3.異議申立と取消手続との違い
「利害関係人」は、特許法第64条に基づき特許の取消しを求めることができる。異議申立と取消手続との主な違いは、以下の通りである。
・異議申立の異議理由とは別に、取消手続には、取消理由が規定されており、異議理由には該当しないが、取消理由に該当する場合もある。たとえば、秘密保持指令(特許法35条)への違反は、異議理由とはならないが、取消理由となる。
・付与前異議申立は特許の登録前の申立てが必要であり、付与後異議申立は特許登録の公開の日から1年以内に申立てが必要となる。一方、取消手続は、特許の登録の後、いつでも申請が可能である。
・インド政府は、異議を申立てることができない(長官の指示・指令に対して、インド政府が異議を申立てる理由がない)。一方、取消手続はインド政府も申請することができる、例えば、原子力関連発明が誤って特許になった場合など、政府が自分で取り消すことができる(特許法第65条)。
なお、異議申立(付与前、付与後)は、インド特許意匠商標総局(IPAB)への申請であったが、IPAB廃止後は高等裁判所への提訴となった。
インドにおける特許無効手続に関する統計データ(後編:取消請求および訴訟)
1970年インド特許法の改正が2005年1月1日に発効し、インドで医薬品に関する物質特許制度が導入された。それをきっかけに、市場開拓を目指す多国籍企業がこぞってインドに投資し、医薬品関連の特許出願を提出するようになった。このような新規参入企業が出現した結果、医薬品関連のインド国内市場の競争は激化し、特許異議申立、取消請求および訴訟が増加した。
2005年以降、インド裁判所およびインド特許庁は、かかる特許異議申立や訴訟の急激な増加に直面している。このような特許訴訟の中には世界的な注目を浴びているものもある。例えば、特許権者が攻撃的な姿勢で特許権を行使し、これに対してインド後発薬企業が特許の無効を主張している特許訴訟などである。
1970年インド特許法(改正を含む)(以下、「特許法」という)は、特許の有効性について異議を唱える手段として、以下の手続を規定している。
(i) 特許法第25条(2)項に基づく特許庁に対する特許付与後の異議申立:あらゆる利害関係人は、特許付与後で特許付与の公告の日から1年間の満了前であればいつでも異議申立書を提出できる。
(ii) 特許法第64条(1)項に基づく知的財産審判部に対する取消請求(申立):あらゆる利害関係人または中央政府は、特許の存続期間中いつでも取消申立を提出できる。
(iii) 訴訟が提起されている高等裁判所に対する、特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求*。
*注意すべき点として、同じ特許が複数の裁判所における取消手続の対象となることはできない。Dr. Aloys Wobben & Anr. Vs. Yogesh Mehra & Ors., AIR 2014 SC 2210事件において、インド最高裁判所は、すべての救済手段を同一の目的に同時に利用することはできないと判示した。
諸外国の法制度とは異なり、インド特許法は特許有効性の推定を規定していない。実際、立法機関は様々な段階で特許の精査を可能にするのが適切であると考えてきた。インド知的財産審判部は複数の決定において、価値のない特許が存続するのは他の同業者の利益に反するだけでなく、公益にも反するとしている。
2007年から2016年6月までの期間におけるインドの特許取消請求に関する統計データを参照した。参照された統計データは下記4つである。
(a) 特許取消請求の件数の統計データ
(b) 特許取消請求における決定(審決)の比率の統計データ
(c) 特許取消請求における決定(審決)の理由の比率の統計データ
(d) 特許取消請求における請求人および特許権者の国籍の統計データ
また、特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求に関する統計データとして、以下の2つを参照した。
(e) 反訴請求の件数の統計データ
(f) 反訴請求における請求人および特許権者の国籍の統計データ
(別記事)「インドにおける特許無効手続に関する統計データ(前編:特許付与後の異議申立)」はこちら
1. インド知的財産審判部における取消請求の件数に関する統計データ
インド知的財産審判部は2007年から2016年6月までに約246件の取消請求を受領しており、そのうち100件が処理されているが、146件はまだ係属中である。図1
は、インド知的財産審判部に提出された取消請求の件数の統計データを示している。
図1:係属中および処理済みの取消請求の比率(2007年-2016年6月)
2007年から2016年6月における取消請求の59%が係属中であるのに対し、取消請求の41%が処理済みであった。
2. 取消請求における決定(審決)の比率に関する統計データ
当所の調査によると、2007年から2016年6月までにインド知的財産審判部により処理された取消請求は約100件あった。これらの処理済みの取消請求100件のうち、56件が取消を承認されており、実体的事項により却下されたのはわずか8件であり、36件は和解による取下げなどの様々な理由で却下されていた。図2に取消請求の処理結果の内訳を示す。
図2:取消請求の処理結果の内訳
- 処理済み取消請求の56%において、特許が取り消された。
- 処理済み取消請求の36%が、和解による取下げなどの様々な理由で却下された。
- 処理済み取消請求の8%が却下され、係争特許が有効と認定された。
3. 取消請求における決定(審決)の理由の比率に関する統計データ
取消請求がインド知的財産審判部により承認された理由に関し、請求人が取消請求で提起した共通の理由は少ない。このような共通の理由とは、進歩性の欠如、特許を受けられない主題、新規性の欠如または不十分/不明瞭な記載である。図3のグラフは、取消請求における決定(審決)の理由の比率に関する統計データを示している。
2007年から2016年6月までにインド知的財産審判部により処理された100件の取消請求に関する当所の調査の結果、請求人が進歩性の欠如を理由に挙げた場合、取消に成功したのは12%に過ぎず、88%は失敗していた。同様に、請求人が新規性の欠如および不十分/不明瞭な記載を理由に挙げた場合、取消の成功率はそれぞれ36%および10%であった。しかし、特許を受けられない主題を理由に挙げた場合は、取消の成功率はかなり高くなっている(62%)。
図3:取消請求における決定(審決)の理由の比率に関する統計データ
4. 取消請求における請求人および特許権者の国籍に関する統計データ
100件の処理済み取消請求のうち、93件はインド国籍を有する者により提出され、外国居住者により提出されたのはわずか7件であった。これらの取消請求は、63件の外国居住特許権者および37件のインド居住特許権者に対して提出されていた。図4、5は、取消請求における請求人および特許権者の国籍の統計データを示している。
図4:取消請求における請求人の国籍の統計データ
図5:取消請求における特許権者の国籍の統計データ
5. 特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求の件数に関する統計データ
インドには特許訴訟事件に関する一元化されたデータベースがないため、インドの裁判所に提出された反訴請求に関する統計データを参照するのは難しい。したがって、当所は法律関係雑誌に報告されたすべての特許訴訟事件を追跡すると共に、デリーおよびボンベイ高等裁判所の公式ウェブサイトに掲載された訴訟提出記録も追跡した。デリー高等裁判所のウェブサイトから収集したデータによれば、97件の特許権侵害訴訟のうち52件で、係争特許の無効を求める反訴が提出されていた。ボンベイ高等裁判所では8件の特許権侵害訴訟のうち、反訴が提出されたのはわずか2件であった。図6は、2005年から2015年の間にデリーおよびボンベイ高等裁判所に提出された反訴請求の件数の統計データを示している。
図6:反訴請求の件数(2005年-2015年)
6. 反訴請求における請求人および特許権者の国籍に関する統計データ
20件の処理済み反訴請求のうち、すべての反訴請求はインド国籍の者により提出されていた。これらの反訴請求は、16件の外国居住特許権者および4件のインド居住特許権者に対して提出されていた。図7、8は、反訴請求における請求人および特許権者の国籍の統計データを示している。
図7:反訴請求における請求人の国籍の統計データ
図8:反訴請求における特許権者の国籍の統計データ
7. 結論
年を追うごとにインド国内の団体または個人による特許出願件数は徐々に増加しているものの、外国の団体または個人が出願人の中心的存在であることに変わりはない。インドにおけるほとんどの特許権侵害訴訟が外国の団体または個人により提起されていることが、それを如実に物語っている。入手可能なデータを見れば、特許製品の製造能力を備えたインド企業が積極的な姿勢を取っており、インドにおける特許取消請求および特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求の大半はインド国内の団体または個人によって提起されていることも分かる。
しかし、特許訴訟の激化は、インド知的財産審判部における既存の未処理業務に追加されたものに過ぎないことも事実である。特にインド知的財産審判部における特許無効事件の迅速な処理が、依然として重要な課題として残されているが、新規審査官の任命および審査管理官(Controllers)の対応能力の向上により、近い将来に改善すると期待されている。また、専門的な知的財産裁判所の設立に向けたステップとして、2015年商事裁判所並びに高等裁判所の商事専門部及び商事控訴部法(the Commercial Courts, Commercial Division and Commercial Appellate Division of High Courts Act, 2015)の制定も、特許権侵害訴訟で提出された反訴の迅速な処理につながるだろう。
インドにおける特許無効手続に関する統計データ(前編:特許付与後の異議申立)
1970年インド特許法の改正が2005年1月1日に発効し、インドで医薬品に関する物質特許制度が導入された。それをきっかけに、市場開拓を目指す多国籍企業がこぞってインドに投資し、医薬品関連の特許出願を提出するようになった。このような新規参入企業が出現した結果、医薬品関連のインド国内市場の競争は激化し、特許異議申立、取消請求および訴訟が増加した。
2005年以降、インド裁判所およびインド特許庁は、かかる特許異議申立や訴訟の急激な増加に直面している。このような特許訴訟の中には世界的な注目を浴びているものもある。例えば、特許権者が攻撃的な姿勢で特許権を行使し、これに対してインド後発薬企業が特許の無効を主張している特許訴訟などである。
1970年インド特許法(改正を含む)(以下、「特許法」という)は、特許の有効性について異議を唱える手段として、以下の手続を規定している。
(i) 特許法第25条(2)項に基づく特許庁に対する特許付与後の異議申立:あらゆる利害関係人は、特許付与後で特許付与の公告の日から1年間の満了前であればいつでも異議申立書を提出できる。
(ii) 特許法第64条(1)項に基づく知的財産審判部に対する取消請求(申立):あらゆる利害関係人または中央政府は、特許の存続期間中いつでも取消申立を提出できる。
(iii) 訴訟が提起されている高等裁判所に対する、特許権侵害訴訟にある特許の取消を求める反訴請求*。
*注意すべき点として、同じ特許が複数の裁判所における取消手続の対象となることはできない。Dr. Aloys Wobben & Anr. Vs. Yogesh Mehra & Ors., AIR 2014 SC 2210事件において、インド最高裁判所は、すべての救済手段を同一の目的に同時に利用することはできないと判示した。
諸外国の法制度とは異なり、インド特許法は特許有効性の推定を規定していない。実際、立法機関は様々な段階で特許の精査を可能にするのが適切であると考えてきた。インド知的財産審判部は複数の決定において、価値のない特許が存続するのは他の同業者の利益に反するだけでなく、公益にも反するとしている。
2005年1月1日から2016年12月31日の期間におけるインドの特許付与後の異議申立に関する統計データを参照した。参照された統計データは下記4つである。
(a) 特許付与後の異議申立の件数の統計データ
(b) 特許付与後の異議申立における決定(審決)の比率の統計データ
(c) 特許付与後の異議申立における決定(審決)の理由の比率の統計データ
(d) 特許付与後の異議申立における申立人および特許権者の国籍の統計データ
(別記事)「インドにおける特許無効手続に関する統計データ(後編:取消請求および訴訟)」はこちら
1. 特許付与後の異議申立の件数に関する統計データ
図1のグラフは、2006年から2016年における特許付与後の異議申立の件数の統計データを示しており、各年毎に、提出された件数、処理された件数および係属中の件数をそれぞれ示している。
図1:特許付与後の異議申立の動向
- 2006年から2009年に提出された特許付与後の異議申立の件数が急増した後、2016年まで緩やかに減少している。
- このグラフは、2006年から2016年の間に平均で年間9件の特許付与後の異議申立が処理されていることを示している。
- 2006年から2016年における特許付与後の異議申立の全体的状況を見ると、提出された異議申立の合計は251件、処理されたのは94件であり、160件の異議申立が係属中で、特許庁による処理を待っている。
2. 特許付与後の異議申立における決定(審決)に関する統計データ
インド特許庁のウェブサイトに掲載された処理済みの特許付与後の異議申立に関する45件のインド特許庁からの命令を分析した結果、29件の異議申立が承認され、11件の異議申立が実体的事項により却下され、残りの5件が取り下げられたために却下されたことが分かった。図2において、特許付与後の異議申立における決定(審決)に関する統計データを示す。
図2:特許付与後の異議申立てに対する決定の内訳(2008年-2016年)
3. 特許付与後の異議申立における決定(審決)の理由に関する統計データ
当所が45件の特許付与後の異議申立に関するインド特許庁からの命令を分析した結果、29件の異議申立がインド特許庁により承認されていた。そのうち24件では進歩性の欠如が理由として認められ、14件では特許を受けられない主題が理由として認められ、15件では不十分/不明瞭な記載が理由として認められ、さらに2件では特許法第8条の要件(対応外国特許出願情報の開示)を満たしていないことが理由として認められていた。図3のグラフは、特許付与後の異議申立における決定(審決)の理由に関する統計データを示している。このグラフから、決定(審決)の理由が相互に排他的ではないこと、すなわちインド特許庁の無効命令が複数の理由に基づいて出されていることが分かる。
図3:特許付与後の異議申立における決定の理由に関する統計データ
4. 特許付与後の異議申立における申立人および特許権者の国籍に関する統計データ
当所はさらに、インド特許庁のウェブサイトに掲載されている45件の特許付与後の異議申立について申立人および特許権者の国籍に関する統計データを参照した。これらの異議申立に関するインド特許庁からの命令を分析した結果、特許付与後の異議申立のほとんどはインド国籍の者により提出されていた。また、33%が外国居住特許権者に対して、67%がインド国籍特許権者に対して提出されていた。
図4、5は、特許付与後の異議申立手続における申立人および特許権者の国籍の統計データを示している。
図4:異議申立における異議申立人の国籍の統計データ
図5:異議申立における特許権者の国籍の統計データ
5. 結論
年を追うごとにインド国内の団体または個人による特許出願件数は徐々に増加しているものの、外国の団体または個人が出願人の中心的存在であることに変わりはない。インドにおけるほとんどの特許権侵害訴訟が外国の団体または個人により提起されていることが、それを如実に物語っている。入手可能なデータを見れば、特許製品の製造能力を備えたインド企業が積極的な姿勢を取っており、インドにおける特許付与後の異議申立の大半はインド国内の団体または個人によって提起されていることも分かる。
インド特許庁では、未処理案件の増加と審査の長期化が長年問題視されてきた。しかし、新規審査官の任命および審査管理官(Controllers)の対応能力の向上により、特許付与後の異議申立の処理が近い将来に改善すると期待されている。
インドにおける特許出願の補正の制限
【詳細】
1.はじめに
インドにおいて、特許出願書類の補正は、自発的な補正と非自発的な補正の2つの分類することができる。これらの補正は特許出願後から特許が有効である間いつでも行うことができる。なお、本稿において、別段の定めがない限り、「特許出願書類」には完全明細書および特許出願に関連する文書が含まれる。
ここで、インド特許法では、仮明細書を添付する場合(仮出願)と、完全明細書を添付する場合(本出願)の2つの出願様式が認められており(インド特許法第7条(4))、上記完全明細書とは、本出願に添付される明細書を意味する。なお、仮出願は、簡易化された出願手続により優先日を確保することにより、主として研究成果などについて特許による早期の権利保護を図るための制度で、米国の仮出願制度や、日本の国内優先権出願制度に類似した制度である。
2.非自発的な補正
非自発的な補正とは、特許庁長官が要求する補正のことで、出願人が特許庁から特許出願書類の補正を求められる状況としては、次のような場合がある。
(1)長官が、出願審査後に特許出願がインド特許法の要件を遵守していないと判断した場合。この場合、長官は、出願人に対し補正を要求する(インド特許法第15条)。出願人がその補正を行わない場合、長官は当該特許出願を拒絶することができる。
(2)分割出願がなされた場合で、長官が、クレームされている主題が重複しないよう親出願または分割出願の補正を求める場合(インド特許法第16条)。
(3)長官が、クレームされた発明がすでに公開されているものであると認めた場合。この場合、長官は、出願人に対し、完全明細書を補正するよう要求する(インド特許法第18条)。
(4)特許出願に開示されている発明を実施しようとした場合に、他の特許のクレームを侵害する虞があると、長官が認め、かつ、出願人が当該他の特許についての言及を特許出願に含めることを拒む場合。この場合、長官は、出願人に対し完全明細書を補正するよう要求する(インド特許法第19条)。
3.自発的な補正
出願人はインド特許法第57条に基づき、特許出願書類を自発的に補正する機会を有している。自発的な補正を行うにあたっては、所定の特許庁費用とともにForm13による補正申請書をインド特許庁に提出する必要がある。補正申請書には、その補正案の内容および当該申請の理由を記載する必要がある。長官はその裁量によりインド特許法第57条に基づき補正を拒絶もしくは許可すること、または適切と認める条件を付して補正を許可することができる。ただし、特許権侵害訴訟または特許取消手続が高等裁判所に係属している間は、補正申請を拒絶または許可することはできない。
特許付与後に提出された補正申請は、その内容が本質的なものである場合には、インド特許庁により公開される。「利害関係人」は、補正申請の公開後3カ月以内に当該補正に異議を申し立てることができる。インド特許法第2(t)条によれば、「利害関係人」には、当該発明に係る分野と同一の分野における研究に従事し、またはこれを促進する者を含む。補正に対して異議申立がなされた場合、長官は出願人にこれを通知し、決定を下す前に出願人と異議申立人の両方に対し聴聞の機会を与える。補正に対する異議申立手続は、特許の異議申立手続と同じである。特許付与後に提出された補正が許可された場合も、公報に公開される。
4.審判部または高等裁判所における明細書の補正
知的財産審判部(Intellectual Property Appellate Board:IPAB)または高等裁判所における特許無効手続において、特許権者は、自己の完全明細書の補正許可を申請することができる。IPABまたは高等裁判所は、適切と認める条件を付した上で特許権者の申請を許可できる。Solvay Fluor GmBH v.E.I. Du Pont de Nemours and Company事件(2010年6月4日決定第111/2010号)において、IPABは「出願人が補正理由の詳細を十分に提示しない場合」には、補正許可の申請を却下可能であるとの決定を下している。
当該補正許可申請の通知は、手続上特許庁長官に対しても発せられ、補正を許可する内容のIPABまたは高等裁判所の命令の写しは、当該命令がなされた後に長官に送付され、長官は特許登録簿への登録を行う。なお特許の発行後に、長官、IPABまたは高等裁判所により特許の補正が許可された場合、次のようになる。
(1)当該補正は明細書の一部を構成するものとみなされる。
(2)明細書その他の関連書類が補正されたという事実はできる限り速やかに公表される。
(3)出願人または特許権者の補正請求の権利に対しては、詐欺を理由とする場合を除きその有効性を争ってはならなくなる。
5.特許出願書類の補正の制限
インド特許法第59条は、特許出願書類の補正に対する制限を定めており、「権利の部分放棄、訂正もしくは説明以外の方法によって一切補正してはならず,かつ,それらの補正は事実の挿入以外の目的では,一切認められない」と規定している(なお、「それらの補正は事実の挿入以外の目的では、一切認められない」とは、補正の目的が、誤りを訂正することに関係したものでなければならないということを意味していると考えられるが、この点の解釈を争った判例がないのが実情である)。また補正の範囲についても、新規事項を追加するような補正は認められず、また、クレームの範囲を拡大するような補正も認められない。また異議または審判の手続中の補正に関しても、M/s. Diamcad N.V. v. Mr. Sivovolenko Sergei Borisovish事件(2012年8月3日決定第189/2012号)において、知的財産審判部(IPAB)は、「インド特許法第58条および第59条は、異議または審判の手続中に、認可された特許クレームを、最初に認可されたクレームの保護範囲を拡大するような方法で補正することはできないことを要求するものであるとしている」との判断を下している。
6.結論
上述の通り、インド特許法第59条は、認められる補正の内容および範囲を制限するものである。よって、後の段階になって補正を行う必要がないように、明細書作成の時点で、完全なものとしておくことが極めて重要である。
インドにおける特許異議申立制度-付与前異議と付与後異議
【詳細】
1.付与前異議申立
付与前異議申立は、対象特許出願の公開の日から登録の日まで提出可能である。ただし、申し立てられた異議について審査管理官(Controller)が検討するのは、当該出願について審査請求がなされた後である。付与前異議申立の制度は特許に対して異議を申し立てる機会を公衆に与えることを意図しているため、「何人も」申し立てることができる。異議申立人が付与前異議申立を提出する十分な時間を確保するため、特許出願の公開から6か月間は特許権が付与されないことが、特許法に規定されている。
1-1.付与前異議申立の理由
付与前異議はインド特許法第25条(1)に規定された11項目の異議理由に基づき、申立が可能である。このうち代表的な異議理由として、以下の4点が挙げられる。
- 出願に開示された発明が、出願人によって不正に取得された
- 発明が、何れかの請求項の優先日の前に公開されていた
- 発明が、進歩性を有さない
- 出願人が、インド特許法第8条の要求(たとえば、他国で出願された同一または実質的に同一発明に関する詳細情報のインド特許庁への提出)を順守していない
1-2.付与前異議申立の手続
付与前異議申立は、所定の書式(Form 7A)を用いて、インド特許庁に提出する。申立を考慮した審査管理官が当該出願を拒絶すべきという見解を持った場合、異議申立人が作成した異議申立書の副本を添えて出願人へ通知される。出願人は異議の通知に対して、通知の発行日から3か月以内に、応答書を(証拠と共に)提出しなければならない。出願人は、審査管理官の付与前異議申立に対する決定が下されて手続が終了する前に口頭手続の機会を求めることができる。
出願人の意見を考慮した後、審査管理官は、出願の特許付与を拒絶するか、または、特許付与前に出願の補正を求めるか、のいずれかを行う事ができる。通常、審査管理官は、付与前異議申立手続きの終了から1か月以内に、決定を下さなければならない。管理官による決定に対して、知的財産審判部(Intellectual Property Appellate Board:IPAB)への不服申立が可能である。
2.付与後異議申立
付与後異議申立は、インド特許法第25条(2)に規定されている。付与後異議は、特許登録の公開の日から1年以内に申し立てなければならない。付与前異議と異なり、付与後異議は、「利害関係人」のみが申し立てることができる。インド特許法第2条(1)(t)によれば、「利害関係人」は、当該発明が関係する同一分野の研究に従事している、または、これを促進する業務に従事する者を含む。Ajay Industrial Corporation v. Shiro Kanao of Ibaraki事件(1983)においてデリー高等裁判所は、「利害関係人」とは、「登録された特許の存続によって、損害その他の影響を受ける、直接的で現実の、かつ具体的な商業的利害を有する」者と解釈している。付与後異議申立の異議理由は、付与前異議申立の異議理由と同様である。
2-1.付与後異議申立の手続
所定の書式(Form 7)を用いて、特許庁に異議申立書を提出する。異議申立書の受領後、特許庁は付与後異議申立の合議体として審査管理官3名からなる異議委員会を設置する。当該出願を審査した審査官は、委員会メンバーとしての適格性をもたない。通常は、次席審査管理官(Deputy Controller of Patents)または審査管理官補(Assistant Controller of Patents)が異議委員会の委員長として任命され、2名の上級審査官が残りのメンバーとして任命される。付与後異議申立手続きにおいて、異議申立人は、自らの利害や基礎となる事実、求める救済措置について述べる異議申立陳述書を作成し、証拠(ある場合)ともに異議申立書に添付して、特許庁に提出し、その異議申立陳述書と証拠(ある場合)の写しを特許権者に送付しなければならない。
特許権者が異議申立に対して争う場合、異議申立人から異議申立書を受領した日から2か月以内に、特許庁に、証拠(ある場合)とともに異議に争う理由を記述した答弁書を提出し、その写しを異議申立人に送付しなければならない。特許権者が答弁書を提出しない場合、特許は取り消されたものとみなされる。特許権者の答弁書を受領した異議申立人は、受領の日から1か月以内に、弁駁書を提出できる。ただし、そのような異議申立人の弁駁書は、特許権者が提出した証拠に関する内容に厳しく限定される。両者(特許権者、異議申立人)からのさらなる答弁は、審査管理官が許可した場合にのみ提出可能である。答弁書の提出完了後に、異議委員会は、異議委員会の勧告を審査管理官に提出する。
その後、審査管理官は、口頭手続の期日を指定する。口頭手続の通知は、口頭手続期日の10日以上前に両者(特許権者、異議申立人)に送付されなければならない。異議委員会の勧告について、審査管理官が口頭手続の期日を設定する前に、異議申立人と特許権者に通知しなければならない。この異議委員会に対する手続き上の要件は、知的財産審判部(IPAB)の過去の決定で示されたものである(M/s. Diamcad N.V. v. Asst. Controller of Patent and Ors. (2012))。また、知的財産審判部(IPAB)は、異議申立手続における異議委員会の勧告および審査管理官の決定には、充分な理由づけが必要、と示した決定もある(Sankalp Rehabilitation Trust v. F Hoffmann-LA Roche AG (2012))。審査管理官は、異議委員会メンバーに口頭手続への同席を指示することができる。口頭審理後、審査管理官は決定を下す。決定に対しては、知的財産審判部(IPAB)への不服申立が可能である。
3.異議申立と取消手続との違い
「利害関係人」は、インド特許法第64条に基づき特許の取消を求めることができる。異議申立と取消手続との主な違いは、以下の通りである。
・異議申立(付与前、付与後)は、特許庁に申請する。一方、取消手続は知的財産審判部(IPAB)または、侵害の訴えに対する反訴として高裁に提訴する。
・異議申立の異議理由とは別に、取消手続には、取消理由が規定されており、異議理由には該当しないが、取消理由に該当する場合もある。たとえば、秘密保持指令(インド特許法36条 国防上の秘密保持の指令)への違反は、異議理由ではないが、取消理由となる。
・付与前異議は特許の登録前の申立が必要。付与後異議は特許登録の公開の日から1年以内に申立が必要となる。一方、取消手続は、特許の登録の後、いつでも申請が可能である。
・インド政府は、異議を申し立てることはできない。一方、取消手続はインド政府も申請することができる。