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台湾における著名商標保護に関する知的財産裁判所判例

【詳細】

(1)事実概要

 台湾で有名な飲食業を営む「三井日本料理餐廳有限公司」(以下「三井日本料理餐廳」)は、2010年11月19日、指定商品を35類の「食品の小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、飲料の小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、農産品小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、水産品小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ネットショッピング」とした「三井選品MITSUI」商標(以下「係争商標」)を出願した。

 

 知的財産局は、審査において、(i)係争商標は「日商三井物産股份有限公司」(以下「三井物産公司」)およびその関連企業より出願登録された「Mitsui」・「三井農林Mitsui Norin」・「三井銘茶Mitsui Green Tea」等の先行登録商標(以下「引用商標」)と類似する、(ii)係争商標と先行登録商標の指定商品または役務は関連性がある、(iii)係争商標の出願時に先行登録商標は既に関連事業または消費者において広く普遍的に認知され著名となっており、係争商標は関連公衆を誤認混同させる恐れがある、という理由で拒絶査定を下した。

 

 「三井日本料理餐廳」はこれを不服とし、経済部訴願審議委員会に対して不服を申し立てたが却下され、後に行政訴訟を提起した。知的財産裁判所は「三井日本料理餐廳」敗訴という102年度(2013年)行商訴字第154号判決を下した。(台湾では台湾(中華民国)が成立した1912年を元年とした台湾暦を使用しています。102年度は西暦2013年となります。「行商訴字」は商標行政訴訟を指します。)

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(2)知的財産裁判所の見解

(i)「引用商標」は著名商標である

 ・「引用商標」の商標権者である「三井物産公司」は、有名な日本企業グループの一つであり、「三井」および「MITSUI」は当該グループの標識である。そして台湾で20件以上の商標権を保有している。輸出入貿易の実績をみればわかるように、輸出入が伸びている優良な企業である。

 

 ・裁判所も係争商標出願時である2007年8月31日時点で、「引用商標」の有する信頼、名誉および品質は台湾関連業者および消費者に広く普遍的に認知されているため、「引用商標」は著名商標であると認定した判決を下している。

 

 ・「三井物産公司」が台湾で有していた第806322・796862・801528・102267号等の登録商標は、2005年から2007年までに既に取り消され失効しているが、「三井物産公司」は多角化経営を進めており、台湾で20件以上の登録商標を有していることを考慮すれば、一部の商標が取消され失効していたとしても、「三井」および「MITSUI」等引用商標が著名商標であると言える。

 

 ・裁判所はかつて、引用商標は著名商標であると認定した判決を下しているが、判決を下した時期は1990年3月15日、2004年12月3日、2007年8月31日であり、係争商標の出願日である2010年11月19日とは少なくとも3年以上の期間の差があり、著名商標の著名性は時間の経過とともに変化するはずで一定期間が経過した判決は引用すべきでない云々、と「三井日本料理餐廳」は主張した。しかし、「著名商標の著名程度は、継続的に使用されていないという状況のもとでは、相当期間の経過が必要であり、さらに市場商品の入れ替わりにより、徐々に関連消費者の印象から消えていくのであり、商標が著名から非著名に変化したと短期間内に断定できるものではない」(最高行政裁判所100年度判字第1140号判決意旨参照)。ここでいう相当期間とは、商標各事例に合わせて観察しなければならず、長い時間が経過して初めて消費者の印象から消えていくことになる。さらに引用商標の指定商品役務は多岐に渡ることに加え、「三井」等文字の商標も市場で使用されており、消費者の印象から消失したとは認定し難い。

 

(ii)係争商標と引用商標は類似に該当する

 ・係争商標にある「三井」という二文字は、デザインが施され独特の形象が付されたフォントであるが、関連消費者は観察時にそれを「三井」という中国語二文字であると識別することができる。よって、このような特殊なデザインによる文字であっても、中国語の範囲を超えて図形概念のレベルまで達するまでには至らない。したがって、係争商標と引用商標の「三井」部分は同一に属する。

 

 ・三井物産公司の関連企業が所有する商標は「農林」およびアルファベット「Norin」部分、または「銘茶」およびアルファベット「Green Tea」部分を有するが、これらの文字は、商品属性または役務区分の説明であるという印象を容易に消費者に与える。一方、両商標において関連消費者が最も注目する部分は「三井」および「MITSUI」である。したがって、時と場所を異にして観察する隔離観察および全体観察をした場合、関連消費者は同一系列の商標であるという連想を抱き、両商標の商品または役務の出所を同一とする、または出所は同一ではないが関連があると誤認することになる。

 

(ⅲ)係争商標と引用商標の指定商品役務は異なるが、引用商標は程度が高い著名商標に属するため、商品の保護範囲は指定された商品区分に制限されない。よって係争商標は関連公衆に対し誤認混同を招く恐れがある。

 

(3)係争商標の指定商品および原告の主張

 係争商標の指定商品は第35類の「食品の小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、飲料の小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、農産品小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、水産品小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ネットショッピング」である。

 

 一方、「三井農林Mitsui Norin」の指定商品は第30類・第32類、「三井銘茶Mitsui Green Tea」の指定商品は第30類であり、係争商標の指定する第35類食品および海産品等関連輸出入役務とは完全に異なるため、係争商標と引用商標の商品は類似ではなく、関連公衆にも誤認混同を抱かせる恐れもない等、と「三井日本料理餐廳」は主張した。

 

しかし、裁判所は次のような見解を示した:

 「2つの商標が標章する各商品または役務が誤認混同の恐れを生じるか否かの判断は、商標の著名程度および識別性と密接な関係があり相互に影響し合う。商標がより識別性を有し、より著名であればあるほど、区分を超えて保護される商品範囲はより広くなり、誤認混同のおそれが生じると認定しやすくなる。逆に、散見される商標または著名性が低い商標であれば、区分を超えて保護される範囲は狭くなる。

 

 三井物産公司が多角化経営を進めていることを鑑みれば、「食料本部」・「食品事業本部」の業務には係争商標の指定商品役務「食品の小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、飲料の小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、農産品小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、水産品小売または卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ネットショッピング」が実質的に含まれ、三井物産公司はこの分野において積極的に多角化経営を行う計画があると判断できる。

 

 従って、係争商標と引用商標が指定する商品役務は異なるが、本件の引用商標は著名性が高い著名商標に属し、その著名性に基づけば保護される商品範囲は自ずと比較的広範にならなくてはならず、実際に指定された商品区分に限られることはない。」

 

(4)まとめ

 商標が著名か否かは、国内消費者の認知を基準としなければならない。国内消費者がその商標の存在を普遍的に認知することができるのは、通常は国内で広範に使用された結果である。商標が著名であると主張する場合は、原則として、該当商標の国内使用に関する証拠を提出しなければならない。

 

 しかし、台湾において未だ使用されていないまたは台湾での実際の使用状況が広範ではないとしても、当該商標が国外で広範に使用されたことにより築かれた知名度が我が国へも達していると客観証拠で明らかにされる場合は、著名商標と認定される可能性がある。

 

 商標の知名度が台湾へも達しているか否かについては、当該商標が使用された地域範囲が台湾と密接な関係にあるか、例えば経済貿易や旅行において頻繁な関わりがあるか、文化・言語が近いか等の要素を考慮し総合的に判断される。当該商標の商品が台湾での販売を通じ新聞雑誌で広範に渡り報道される、または中国語インターネットで広範、頻繁に論じられる等も、当該商標の知名度が台湾へも達しているか否かについての参考要素となり得る。

 

 関連消費者が衝突する二つの商標のうち一つの商標しか認知していない場合は、その比較的認知されている商標には厚い保護が与えられるべきと考えられる。権利者が多角化経営を行っており、その商標を多数の商品役務で使用または登録している場合、係争商標と誤認混同の恐れが生じるか否かを考慮する際は、各商品役務に分けて比較するべきではなく、多角化経営の状況を判断要素に加えた総合的な判断が行われなければならない。

 

 本件において裁判所は、引用商標権者の関係企業は多角化経営を進めておりその経営項目にも食品の小売等役務が含まれ、引用商標も著名程度が非常に高いと判断したため、その保護は指定された商品役務に限られてはならない、という見解を示した。この事例から、台湾裁判所が著名商標の保護をより重視したことがわかる。