シンガポールにおける特許新規性喪失の例外
1. 背景
シンガポールにおいて、発明が新規とみなされるのは、シンガポール特許法(以下、「特許法」という。)の第14条(2)項に定義される「技術水準」の一部を構成しない場合である。
シンガポール特許法 第14条 新規性 (1) 発明は、それが技術水準の一部を構成しない場合は、新規とみなされる。 (2) 発明の場合の技術水準とは、その発明の優先日前の何れかの時点で書面若しくは口述による説明、使用又は他の方法により(シンガポールにおいてか他所においてかを問わず)公衆の利用に供されているすべての事項(製品、方法、その何れかに関する情報又は他の何であるかを問わない)を包含するものと解する。 (3) 特許出願又は特許に係わる発明の場合の技術水準とは、次の条件が満たされるときは、その発明の優先日以後に公開された他の特許出願に含まれる事項をもまた包含するものと解する。 (a) 当該事項が当該他の特許出願に、出願時にも、公開時にも、含まれていたこと、及び (b) 当該事項の優先日が当該発明の優先日よりも早いこと ((4)以下省略) |
一方、特許法第14条(4)項は、シンガポールにおいて発明の新規性評価の際に無視される特定の種類の開示に関して、12か月の猶予期間を規定している。この12か月の猶予期間は、優先日(該当する場合)ではなく、シンガポールにおける特許出願日から起算することに注意すべきである。
2. 新規性評価から除外される開示
2-1. 不法な開示または秘密漏洩による開示
特許法第14条(4)項(a)および(b)は、あらゆる者によるあらゆる不法または不正な開示は新規性評価から除外されると規定している。日本の特許法に基づく要件と同様に、この例外規定に依拠するには、開示が不法または不正なものであった(即ち、不法な方法もしくは秘密漏洩により情報が入手された、または秘密漏洩により情報が開示された)という証拠を示す必要がある。シンガポールの法律は出願の提出後すぐにかかる証拠を提出することを義務づけていないが、IPOS(Intellectual Property Office of Singapore)は、先行開示が実際に不法または不正なものであったと納得できるように(宣誓供述書その他の証拠に基づく)証明を要求する場合がある。したがって、発明者または出願人は、発明に関する情報または文書に「秘密」の表示が確実に付されるように手段を講じることが望ましい。さらに重要な点として、かかる情報または文書(秘密情報)が限定された目的のためだけに提供されるものであって、他の目的への当該秘密情報の使用は不正使用となることを、当該秘密情報の受領者に確実に認識させるための手段を講じるべきである。
2-2. 国際博覧会での開示
特許法第14条(4)項(c)において、国際博覧会で発明者により行われたあらゆる開示は新規性評価の際に無視されると規定されている。「国際博覧会」の範囲は、特許法第2条(1)項において、下記のように狭義に定義されている。
シンガポール特許法 第2条 定義 (1) 本法では、文脈上他に要求されない限り、 (途中省略)「国際博覧会」とは、国際博覧会に関する条約の規定に該当するか又は同条約に代わるその後の条約の規定に該当する公式又は公認の国際博覧会をいう。 (以下省略) |
実際問題として、この例外規定に依拠するのは難しい。なぜなら、「国際博覧会」の狭義の定義に該当する博覧会は、極めて少ないためである。博覧会国際事務局のウェブサイト(https://www.bie-paris.org/site/en)において、「国際博覧会」として指定された博覧会には「万国博覧会」、「専門博覧会」、「園芸博覧会」、「ミラノ・トリエンナーレ装飾芸術・近代建築展」の4種類があり全博覧会が掲載されている。
この例外規定を利用するには、2017年10月の法改正以前は、シンガポール出願の提出時にIPOSに対し手続が必要であったが、現在は、事後の届出で足りることとなった(シンガポール特許出願審査ガイドライン(以下、「ガイドライン」という。)第3章3.113)。出願人は、出願にかかる発明が国際博覧会において開示された旨を述べるとともに、国際博覧会の開会日、開会日が最初の開示を行った日と異なる場合には最初の開示を行った日の特定、そして発明が国際博覧会で展示されたことを示す1件以上の証拠を添付する必要がある(シンガポール特許規則(以下、「特許規則」)という。)8(1)(b))。
2-3. 学会発表における開示
特許法第14条(4)項(d)において、学会(learned society)において、書面による発明に関する解説が発明者により発表された場合、もしくは発明者の同意の下または発明者の代理として他人が発表した場合は、新規性評価の際に無視されると規定されている。特許法の解釈上、「学会」とは次のものを含む。
シンガポール特許出願審査ガイドライン 第3章 3.126 「学会」には、シンガポールまたは他のあらゆる場所で設立されたあらゆる会員制組織または団体であって、その主な目的がいずれかの学問または科学技術の振興であるものが含まれる。 (以下省略) |
さらに、具体的な規定がガイドライン第3章3.126-3.128項に設けられており、一部を抜粋すると「例として政府の部局、大学の部門、または企業の開催する会議は学会に該当しない。その一方、the Royal Society of Chemistry(英国王立化学会)やIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers、米国電気電子学会)の開催する会議は一般的に学会と判断される。」と規定されている。
2-4. 発明者により行われた開示、または発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行うあらゆる開示
2017年10月の法改正により、特許法第14条(4)項(e)において、発明者により行われた開示、または発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行うあらゆる開示について、特許法第14条(6)項および(7)項に該当する場合、新規性喪失の例外規定の適用とする旨、規定されている。
特許法第14条(6)項および(7)項においては、例外規定の適用を受けられる知的財産行政庁による公開類型を規定している。
例えば、
①発明者の同意を得ずに、発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行った出願が公開になった場合
②出願公開前に取下げ、拒絶、放棄になり、シンガポールまたはそれ以外の法律に基づき公開の必要がないにも拘らず、出願が誤って公開になった場合
③シンガポールまたはそれ以外の法律に基づき誤って所定の公開・公告時期よりも早く開示された場合。その場合、所定の公開・公告時期に開示されたものとして取り扱う。
上記②、③の場合であって海外の知的財産行政庁が関わる場合には、誤って公開になったことの確認、および上記③の場合には所定の公開・公告時期に関する情報を含む、海外の知的財産行政庁による確認書面を提出する必要がある(特許規則8(1)(c))。
特許法第14条(4)項(e)は、発明者自身による開示行為、および発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行う開示行為を包括的に例外規定の適用対象としつつ、特許法第14条(6)項および(7)項において、知的財産行政庁(各国の特許庁や国際機関を含む)による公開類型に制限をかけ、例えば、出願人が自ら行った出願が出願公開になった場合に新規性喪失の例外規定の適用とならないようにしている(ガイドライン第3章3.110項)。
3. 新規性喪失の例外規定の適用手続
3-1. 適用申請の時期
以下に示すいずれかの時期に適用申請を行うことができる(ガイドライン第3章3.113)。
①サーチ・審査請求時
②審査請求時
③サーチ・審査報告または審査報告に対する再審理(review)請求時
④審査官の指令に対する応答時
3-2. 適用申請の必要書類
宣誓書/宣誓供述書の形式で必要な証拠を添付して適用申請を行うものとする(特許規則8(1)(a))。
4. 新規性喪失の例外規定の適用対象となる開示行為
2017年10月の法改正点については、新規性喪失に至る開示行為が2017年10月30日以降に行われた場合に適用となる。開示行為が2017年10月30日よりも前に行われた場合には、シンガポールでの特許出願が2017年10月30日以降に行われた場合であっても、改正法に基づく新規性喪失の例外規定は適用されない(ガイドライン第3章3.120)。
【留意点】
シンガポールでは、2017年10月の改正により、発明者により行われた開示、または発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行うあらゆる開示を包括的に対象とすべく、発明の新規性喪失の例外規定の適用範囲が拡大された。IPOSは、発明の新規性喪失の例外規定の拡大は、発明が出願に先立って公知となった場合の限定的なセーフティネットを提供するものに過ぎないとし、公知とする前に出願することを推奨していることに留意されたい。
韓国の特許・実用新案出願における新規性喪失の例外規定
特許法における新規性喪失の例外の要件および手続は、次のとおりである。実用新案法は、同法第11条において特許法第30条を準用している(特許法第30条、実用新案法第11条、特許・実用新案審査基準)。
(i) 公知の対象
韓国では、公知形態は問われず、特許を受けることができる権利を有する者が韓国国内または国外で公知とした全ての公知が対象となる。ただし、条約または法律に基づき、国内または国外で出願公開や登録公告された場合は、特許を受けることができる権利を有する者による公知ではないため、除外される。なお、日本では、かつては学会発表や試験、刊行物発表等、一定の公知行為にしか新規性喪失の例外規定は適用されなかったが、2012年4月1日施行の改正特許法では公知行為の制限は撤廃された。
(ii) 公知にした者
新規性喪失の例外規定で規定されるところの「公知にした者」とは、発明者または特許を受けることができる権利の正当な承継人でなければならない。発明者の許可を受けた者であったとしても、特許を受けることができる承継人でなければ、この規定の適用を受けることができない。ただし、公開を委託して新聞記事に載せ、記事内に発明者または承継人が記載されていれば、適用を受けることができる。なお、記事内に発明者または承継人が記載されていなくても、原稿の寄稿者が権利者であることを認証することができる場合は適用可能である。
また、特許を受けることができる権利を有する者の意志に反して、即ち、漏洩・盗用等によって、第三者が発明を公知とした場合にも、新規性喪失の例外規定の適用を受けることができる。
(iii) 時期的制約
新規性喪失の例外規定の適用を受けるためには、出願は、公知日から12か月以内にしなければならない。複数の公開である場合には、最初の公開日から12か月以内に出願しなければならない。日本出願を基礎として優先権主張をするとしても、この規定の適用を受けるためには、公知日から12か月以内に韓国に出願しなければならない(特許法第30条第1項)。
また、12か月以内であっても、条約または法律によって国内または国外で出願公開されるか、登録公告された場合には、適用を受けない。
PCTの場合は、公知日から12か月以内にPCT出願をし、韓国への国内移行過程においては、国内書面提出期間経過後(その期間内に審査請求をした場合には、その請求日から)、30日以内に新規性喪失の例外の適用を受けようとする旨を記載した書類と公知事実を証明できる書類を提出しなければならない(特許法第200条、特許法施行規則第111条、実用新案法第41条、実用新案法施行規則第17条)。
(iv) 要件
・この規定の適用を受けるためには、願書に新規性喪失の例外適用を受けようとする旨を記載しなければならない。
・また、出願日から30日以内に証明書類を提出しなければならない。発明者が提出した証明書類に問題がある場合、方式審査で補正命令を受ける。すなわち、公知行為を行った者と出願人(発明者)が一致しない場合や公知日に誤りがある場合等について、補正命令を受けた際に補正することができる。しかし、補正ができなければ、新規性喪失の例外規定の適用の手続に関して無効処分を受けることになり、提出された公知資料は先行技術に使用され得る恐れがある。方式審査で補充資料が要求される場合もある(特許法第30条第2項)。
(v) 趣旨記載および証明書類提出の追加規定
補完手数料(特許料等の徴収規定第2条6の2)を納付した場合には、特許法第30条第2項の規定にかかわらず、補正することのできる期間内(特許法第47条第1項)、特許査定決定謄本送達後3か月以内(ただし登録料納付前)に新規性喪失例外規定の適用を受けるための趣旨記載および証明書類を提出することができる(特許法第30条第3項)。
【留意事項】
新規性喪失の例外規定では、公知となった日から12か月以内に出願すれば、この規定の適用を受けることができる。韓国では新規性喪失の例外規定の期限が公知となった日から12か月だが、可能な限り早く出願することが望ましい。その理由は、次のとおりである。
まず、公知Aとなった日から出願Aの間に、同一発明について第三者により公知Cとなった場合、新規性喪失の例外適用を受けた出願Aは、新規性欠如(特許法第29条第1項)により特許を受けることができないことになるからである。ただし、第三者による公知Cが、出願人の意に反してなされたという事実が明白な場合は、別途の新規性喪失の例外規定の適用を受け、特許を受けることができる。
また、別の理由としては、公知Aとなった日から出願Aまでの間に、同一発明について第三者により出願Bがなされた場合、第三者の出願Bは公知Aに基づく新規性欠如により特許を受けることができないが、新規性喪失の例外適用を受けた発明者による出願Aも、第三者による出願Bが公開される(公開B)と、拡大された先願(特許法第29条第3項)に基づき、特許を受けることができないからである。
マレーシアにおける特許の新規性について
1.新規性の判断基準
マレーシアでは、発明が先行技術により予測されないものである時は、その発明は新規性を有すると判断される。ここでいう先行技術とは、具体的には、以下の(a)、(b)により構成されるものをいう(マレーシア特許法第14条第1項、第2項)。
(a)刊行物、口頭の開示、使用または他の方法によって、出願日もしくは優先日前に、世界のいずれかの場所において開示されたもの。
(b) 先行する出願日または優先日を有する国内特許出願に記載されている内容であって、マレーシア特許法第33Ð条に基づいて公開される特許出願に包含されているもの。
マレーシア特許法 第14条 新規性 (1) 発明が先行技術により予測されないものであるときは,その発明は新規性を有する。 (2) 先行技術は,次に掲げるものによって構成されるものとする。 (a) その発明をクレームする特許出願の優先日前に,世界の何れかの場所において,書面による発表,口頭の開示,使用その他の方法で公衆に開示されたすべてのもの (b) (a)にいう特許出願より先の優先日を有する国内特許出願の内容であって,その内容が前記の国内特許出願に基づいて33D条に基づいて公開される特許出願に包含されている場合のもの[法律A1649:5による改正] |
2.特許の新規性喪失の例外(グレースピリオド)
先行技術の開示が、次に掲げる事情(a)、(b)、(c)に該当している場合は、その開示は無視するものとされ(a disclosure・・・shall be disregarded)、その開示により特許出願は新規性を失わない(マレーシア特許法第14条第3項)。
(a) その開示が、その特許の出願日前1年以内に生じており、かつ、その開示が、出願人またはその前権利者の行為を理由とするものであったかまたはその行為の結果であったこと。
(b) その開示が、その特許の出願日前1年以内に生じており、かつ、その開示が、出願人またはその前権利者の権利に対する濫用を理由とするものであったかまたはその濫用の結果であったこと。
(c) その開示が、本法の施行日に、英国特許庁に係属している特許登録出願によるものであること。
マレーシア特許法 第14条 新規性 (3) (2)(a)に基づいてなされた開示が次に掲げる事情に該当している場合は,その開示は無視するものとする。 (a) その開示がその特許の出願日前1年以内に生じており,かつ,その開示が出願人又はその前権利者の行為を理由とするものであったか又はその行為の結果であったこと (b) その開示がその特許の出願日前1年以内に生じており,かつ,その開示が出願人又はその前権利者の権利に対する濫用を理由とするものであったか又はその濫用の結果であったこと (c) その開示が,本法の施行日に,英国特許庁に係属している特許登録出願によるものであること (4) (2)の規定は,先行技術に含まれる物質又は組成物の,第13条(1)(d)にいう方法における使用に関する特許性を排除するものではない。ただし,そのような方法におけるその使用が先行技術に含まれていないことを条件とする。 |
上述のグレースピリオドの適用を主張する場合、出願人は、出願時にまたはその他いつでも、上記の各理由によって先行技術としては無視されるべきと考える事項を、付属の陳述書(an accompanying statement)において明らかにしなければならない(マレーシア特許規則20)。
なお、証拠書類を陳述書と併せて提出する必要はなく、証拠の提出に関する具体的な日数制限があるわけでもないが、実務においては、拒絶理由通知を受けた後に補充することが行われている。
マレーシア特許規則 規則20 先行技術との関係で無視されるべき開示 出願人は,出願時に又はその他の何時であれ,自己が認識しかつ特許法第14条(3)に基づき先行技術としては無視されるべきと考える開示事項を述べるものとし,その事実を付属の陳述書において明らかにするものとする。 |
3.審査基準
マレーシア特許審査基準では、新規性に関して、D 7.0「新規性」に記載されている。
審査基準D 7.0冒頭に、前記特許法第14条第1項の条文を引用し、先行技術により予測されない発明は新規性を有する、と記載されている。
なお、先行技術とは、審査基準D 5.1において、マレーシア特許出願の出願日(または優先日)より前に、書面または口頭による説明、使用、またはその他の方法によって公衆に利用可能になったすべてのもの、と定義されている。
以下、審査基準D 7.1~7.9の各項における主な記載内容を紹介する。
3-1. マレーシア特許法第14条第2項に基づく先行技術(審査基準 D 7.1)
新規性の検討において、先行技術文献に記載された先行技術、または異なる実施形態の別個の項目を組み合わせることは認められない。文献内で明示的に否認されている事項や明示的に記載されている先行技術は、その文献に含まれているとみなされ、その範囲や意味を解釈し理解する際に考慮されるべきである。
新規性を評価する際、文献の教示に周知の同等物が含まれていると解釈することは不適切である。つまり、特許請求範囲に従来技術にはないマイナーな特徴(周知の同等物)が含まれている場合、その請求項は新規性があるとみなすことができる。先行技術からの発展が、技術的な問題を解決しない周知の同等物を代用するものである場合、既知のもの、または先行技術からの非発明的な発展については、独占を認めるべきではない。
3-2. 暗黙の特徴またはよく知られた同等物(審査基準 D 7.2)
発明または実用新案の新規性を評価するために先行技術が引用される場合、先行技術に記載された明示的な技術内容と、当業者が開示内容から直接的かつ曖昧さなく推測できる暗黙的な技術内容の両方が含まれる技術内容が使用される。先行技術に明示的または黙示的に開示されている特徴の周知同等物は、先行技術から「直接かつ曖昧さなく導出可能」とはみなされず、したがって、進歩性の評価のためにのみ考慮される。
3-3. 先行技術文献の関連日(審査基準 D 7.3)
新規性を判断するために、先行技術文献は、関連日において当業者によって読まれ理解されたであろうように読まれ考慮される。先行技術の検討における関連日とは、当該先行技術が公開された日を意味する。ただし、関連する先行技術が先の出願である場合を除く。この場合、関連する日は、当該先の出願の出願日、または特許法第14条第2項に該当する場合には優先日となる。
3-4. 先行技術文献における実施可能な開示(審査基準 D 7.4)
実施可能な開示を提供する先行技術文献は、その時点における当該分野の一般的な知識を考慮して、当業者が請求項に係る発明を実施することを可能にするのに十分な詳細さで請求項に係る発明を記載している場合、請求項に係る発明を予見させるものである。先行技術に名称または式が記載されている化学化合物は、先行技術に記載された情報と、先行技術の関連日において利用可能であった追加的な一般知識とによって、当該化合物の調製または天然に存在する化合物の場合には分離が可能とならない限り、自動的に公知とはならない。
3-5. 一般的な開示と具体例(審査基準 D 7.5)
請求項の範囲に含まれる内容が先に開示されている場合、請求項は新規性を欠く。従って、発明を代替案の観点から定義した請求項は、その代替案の一つが既に公知であれば新規性を欠くことになる。対照的に、先行技術の一般的な開示は、通常、より具体的な請求項を予見させることはない。
3-6. 暗黙の開示とパラメータ(審査基準 D 7.6)
新規性の欠如は、通常、先行技術の明示的な開示から明確に明白でなければならない。しかしながら、先行技術が、先行技術の内容およびその教示の実際的な効果に関して審査官に何の疑いも残さない暗黙的な方法でクレームされた主題を開示している場合、審査官は新規性の欠如に関する異議を提起することができる。
このような状況は、特許請求の範囲において、発明やその特徴を定義するためにパラメータが使用されている場合に起こり得る。関連する先行技術では、異なるパラメータが記載されているか、パラメータが全く記載されていない可能性がある。公知製品と特許請求の範囲に記載された製品が他の全ての側面において同一である場合、新規性欠如の異議を生じる可能性がある。しかし、出願人がパラメータの相違について立証可能な証拠を提出できる場合、請求項に係る発明が、指定されたパラメータを有する製品を製造するために必要なすべての必須特徴を十分に開示しているかどうか、を評価する必要がある。
3-7. 新規性の審査(審査基準 D 7.7)
新規性を評価するために請求項を解釈する場合、特定の意図された用途の非特徴的な特徴は無視されるべきである。他方、たとえ明示的に記載されていなくても、特定の用途によって暗示される特徴的な特性は考慮されるべきである。
異なる純度の公知化合物を有するだけでは、その純度が従来の方法によって達成可能である場合、新規性は付与されない。出願人は、新規性を克服するためには、請求項に係る発明の純度は、従来のプロセスでは得られないことを示すのではなく、その代わりに従来公知のプロセスや方法では達成不可能な結果であることを示す必要がある。
3-8. 選択発明(審査基準 D 7.8)
選択発明には、従来技術におけるより大きな既知の範囲では明確に言及されていない個々の要素、サブセット、または部分範囲を主張する発明が含まれる。これらの発明は、先行技術の開示の範囲内、またはそれをオーバーラップするものである。
請求項に係る発明が、具体的に開示された1つの要素リストから要素を選択したものであっても、新規性は立証されない。しかし、2つ以上のリストから選択された要素を、その組み合わせを明示的に開示することなく組み合わせることは、新規性があるとみなされる可能性がある。
従来技術のより広い数値範囲から選択された請求項に係る発明の部分範囲は、以下の場合に新規である。
- 既知の範囲と比較して狭い。そして
- 従来技術に開示されている特定の例および既知の範囲の終点から十分に離れている。
選択発明は、例えば、請求される主題と先行技術の数値範囲や化学式など、オーバーラップする範囲を含むこともできる。数値範囲がオーバーラップする物理パラメータの場合、既知の範囲の終点、中間値、またはオーバーラップする先行技術の具体例が明示されていれば、請求された主題は新規ではない。
先行技術の範囲から新規性を否定する特定の値を除外するだけでは、新規性の立証には不十分である。また、当該分野の当業者が、オーバーラップする領域内での作業を真剣に検討するかどうかも考慮する必要がある。
化学式がオーバーラップする場合、請求された主題が、新たな技術要素または技術的教示によって、オーバーラップする範囲において先行技術と区別されれば、新規性が立証される。
3-9. 数値の誤差範囲(審査基準 D 7.8.1)
関連分野の当業者であれば、測定に関連する数値は、その精度を限定する誤差の影響を受けることを考慮しなければならない。このため、科学技術文献における標準的な慣行が適用され、数値の最後の小数位がその精度のレベルを示す。他の誤差が指定されていない状況では、最後の小数位を四捨五入して最大誤差を決定すべきである。
3-10. リーチスルークレームの新規性(審査基準 D 7.9)
「リーチスルー(Reach-through)」クレームは、生物学的標的に対する製品の作用を機能的に定義することにより、化学製品、組成物または用途の保護を求めることを目的として策定される。これらのクレームは、基本的に明細書の開示事項を超えて拡張され、明示的に記載されていないが、本発明を使用して開発される可能性のある主題を包含する。
多くの場合、出願人は新たに同定された生物学的標的に基づいて化合物を定義する。しかし、これらの化合物が作用する生物学的標的が新しいからといって、必ずしも新しいとは限らない。実際、出願人は、既知の化合物が新しい生物学的標的に対して同じ作用を発揮することを示す試験結果を提示することが多い。その結果、このように定義された化合物に関するリーチスルークレームは、新規性を欠くことになる。
中国における特許出願の新規性喪失の例外について
1.新規性喪失の例外適用の猶予期間および適用対象
出願日(優先権主張の場合、優先日を指す)から遡って6か月以内の下記行為の何れかに該当する場合には、新規性を喪失しないとされる。
(1) 国家において緊急事態または非常事態が発生し、公共の利益のために初めて公開した場合。
(2) 中国政府が主催または認める国際展覧会で初めて展示された場合。
(3) 規定の学術会議、または技術会議上で初めて発表された場合。
(4) 他人が出願人の同意を得ずに、その内容を漏洩した場合。
(専利法第24条、専利法実施細則(以下、「細則」とする)第11条)
中国政府が主催した国際展覧会とは、国務院や各中央部門、各中央委員会が主催したまたは国務院の認可によってその他の機関または地方の政府が開催する国際展覧会を指し、中国政府が認める国際展覧会とは、国際博覧会条約に定められた、博覧会国際事務局に登録したあるいはそれに認められた国際展覧会を指す。
既定の学術会議または技術会議とは、国務院の関係主管部門または全国的な学術団体が組織開催する学術会議または技術会議を指すとされているが、新規性喪失の例外に該当する学術会議または技術会議のリストは公表されていない。
(細則第30条)。
2.関連手続き
2-1. 中国政府が主催したまたは認める国際展覧会における初めての展示、または既定の学術会議または技術会議での初めての発表の場合
出願される発明、実用新案、意匠について新規性喪失の例外を受けたい場合は、出願人は、出願時にその旨を声明し、かつ出願日から2か月以内に、国際展覧会、学術会議または技術会議の主催者が発行した証明資料を提出しなければならない。
証明資料は、主催部門、単位(団体)の公印が押印された証明書でなければならない。また、証明資料には、開催時期、場所、展覧会や会議の名称および当該発明が展示または発表された日時・形式・内容を明記しなければならない。
(細則第30条、専利審査指南第1部分第1章6.3.1および6.3.2)
2-2. 他人が出願人の同意を得ずに、その内容を漏洩した場合
出願する発明、実用新案、意匠について、出願日以前の6か月以内に、第三者が出願人の同意を得ずにその内容を漏らし、それを出願日前に出願人が知っていた場合で新規性喪失の例外適用を望む場合は、出願人は専利出願時に願書で声明し、出願日から2か月以内に証明資料を提出しなければならない。
出願人が、第三者による漏洩の事実を出願日以降に知った場合は、事情を知ってから2か月以内に、新規性を喪失しない猶予期間を要求する声明を提出し、証明資料を添付しなければならない。
審査官は必要であると判断した際に、指定された期間内に証明資料を提出するよう、出願人に要求することができる。
(専利審査指南第1部分第1章6.3.3)
3.留意事項
中国では新規性喪失の例外に該当するケースは、日本と比べてかなり制限されている。日本基礎出願の優先権主張を伴って中国へ出願する場合、日本法では新規性喪失の例外に該当するにしても、必ずしも中国法で新規性喪失の例外に該当すると限らない。中国で出願することを考えているが、出願前にどうしても発表等しなくてはならない事情がある場合は、そのような発表が中国において新規性喪失の例外に該当するか否かについて、まず、現地代理人等に確かめた方が良いと考えられる。しかし、中国では新規性喪失の例外に該当する学術会議又は技術会議のリストが公表されていないため、現地代理人に確かめても、結論が出ない場合がある。このような状況に鑑み、将来中国出願の予定のある発明については、できるだけ新規性喪失の例外適用を考えず、開示は極力控えるべきである。
シンガポールにおける特許新規性喪失の例外
1. 背景
シンガポールにおいて発明が新規とみなされるのは、シンガポール特許法(第221章)(以下、「特許法」)の第14条(2)項に定義される「技術水準」の一部を構成しない場合である。
「書面もしくは口頭説明により、使用により、または他のあらゆる方法により(シンガポールまたは他のいずれかの場所で)、当該発明の優先日より前のあらゆる時点において、一般に利用可能となった……全ての事項を含む」
一方、特許法第14条(4)項は、シンガポールにおいて発明の新規性評価の際に無視される特定の種類の開示に関して、12か月の猶予期間を規定している。この12か月の猶予期間は、優先日(該当する場合)ではなく、シンガポールにおける特許出願日から起算することに注意すべきである。
2. 新規性評価から除外される開示
2-1. 不法な開示または秘密漏洩による開示
特許法第14条(4)項(a)および(b)は本質的に、あらゆる者によるあらゆる不法または不正な開示は新規性評価から除外されると規定している。日本の特許法に基づく要件と同様に、この例外規定に依拠するには、開示が不法または不正なものであった(即ち、不法な方法もしくは秘密漏洩により情報が入手された、または秘密漏洩により情報が開示された)という証拠を示す必要がある。シンガポールの法律は出願の提出後すぐにかかる証拠を提出することを義務づけていないが、シンガポール知的財産庁(Intellectual Property Office of Singapore : IPOS)は先行開示が実際に不法または不正なものであったと納得できるように(宣誓供述書その他の証拠に基づく)証明を要求する場合がある。したがって、発明者または出願人は、発明に関する情報または文書に「秘密」の表示が確実に付されるように手段を講じることが望ましい。さらに重要な点として、かかる情報または文書(「秘密情報」)が限定された目的のためだけに提供されるものであって、他の目的への当該秘密情報の使用は不正使用となることを、当該秘密情報の受領者に確実に認識させるための手段を講じるべきである。
2-2. 国際博覧会での開示
特許法第14条(4)項(c)において、国際博覧会で発明者により行われたあらゆる開示は新規性評価の際に無視されると規定されている。「国際博覧会」の範囲は、特許法第2条(1)項において、下記のように狭義に定義されている。
「国際博覧会条約の条件に該当する、または当該条約の後続条約もしくは代替条約の条件に該当する、公式または公認の国際博覧会」
実際問題として、この例外規定に依拠するのは難しい。なぜなら「国際博覧会」の狭義の定義に該当する博覧会は極めて少ないためである。博覧会国際事務局のウェブサイト(https://www.bie-paris.org/site/en)において、「国際博覧会」として指定された博覧会のリストが掲載されている。
この例外規定を利用するには、2017年10月の法改正以前は、シンガポール出願の提出時にIPOSに対し手続が必要であったが、現在は、事後の届出で足りることとなった(特許出願審査ガイドライン第3.96(5C)項)。出願人は、出願にかかる発明が国際博覧会において開示された旨を述べるとともに、国際博覧会の開会日、開会日が最初の開示を行った日と異なる場合には最初の開示を行った日の特定、そして発明が国際博覧会で展示されたことを示す1件以上の証拠を添付する必要がある(特許規則8(1)(b))。
2-3. 学会発表における開示
特許法第14条(4)項(d)において、学会(learned society)において、書面による発明に関する解説が発明者により発表された場合、若しくは発明者の同意の下または発明者の代理として他人が発表した場合は、新規性評価の際に無視されると規定されている。特許法の解釈上、「学会」とは次のものを含む:
「シンガポールまたは他のあらゆる場所で設立されたあらゆる会員制組織または団体であって、その主な目的がいずれかの学問または科学技術の振興であるもの」(特許出願審査ガイドライン第3.96(5)項)
更に具体的な規定が特許出願審査ガイドライン第3.111-3.113項に設けられており、一部を抜粋すると「例として政府の部局、大学の部門、または企業の開催する会議は学会に該当しない。その一方、the Royal Society of Chemistry(英国王立化学会)やIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers、米国電気電子学会)は一般的に学会と判断される。」と規定されている。
2-4. 発明者により行われた開示、または発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行うあらゆる開示
2017年10月の法改正により、特許法第14条(4)項(e)において、発明者により行われた開示、または発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行うあらゆる開示について、特許法第14条(5A)項および(5B)項に該当する場合、新規性喪失の例外規定の適用とする旨、規定されている。
特許法第14条(5A)項および(5B)項においては、例外規定の適用を受けられる知的財産行政庁による公開類型を限定している。
①発明者の同意を得ずに、発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行った出願が公開になった場合
②出願公開前に取下げ、拒絶、放棄になり、シンガポールまたはそれ以外の法律に基づき公開の必要がないにも拘らず、出願が誤って公開になった場合
③シンガポールまたはそれ以外の法律に基づき誤って所定の公開・公告時期よりも早く開示された場合。その場合、所定の公開・公告時期に開示されたものとして取り扱う。
上記②、③の場合であって海外の知的財産行政庁が関わる場合には、誤って公開になったことの確認、および、上記③の場合には所定の公開・公告時期に関する情報を含む、海外の知的財産行政庁による確認書面を提出する必要がある(特許規則8(1)(c))。
特許法第14条(4)項(e)は発明者自身による開示行為、発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行う開示行為を包括的に例外規定の適用対象としつつ、特許法第14条(5A)項および(5B)項において知的財産行政庁(各国の特許庁や国際機関を含む)による公開類型に制限をかけ、例えば出願人が自ら行った出願が出願公開になった場合に新規性喪失の例外規定の適用とならないようにしている(特許出願審査ガイドライン第3.105項)。
3. 新規性喪失の例外規定の適用手続
(1)適用申請の時期(特許出願審査ガイドライン第3.96(5C), 3.99項)
以下に示すいずれかの時期に適用申請を行うことができる。
①サーチ・審査請求時
②審査請求時
③サーチ・審査報告または審査報告に対する再審理(review)請求時
④審査官の指令に対する応答時
(2)適用申請の必要書類
宣誓書/宣誓供述書の形式で必要な証拠を添付して適用申請を行うものとする(特許規則8(1)(a))。
4. 新規性喪失の例外規定の適用対象となる開示行為
2017年10月の法改正点については、新規性喪失に至る開示行為が2017年10月30日以降に行われた場合に適用となる。開示行為が2017年10月30日よりも前に行われた場合には、シンガポールでの特許出願が2017年10月30日以降に行われた場合であっても、改正法に基づく新規性喪失の例外規定は適用にならない(特許方式審査マニュアル(2018年11月版)6.1.22)。
【留意点】
シンガポールでは、2017年10月の改正により、発明者により行われた開示、または発明者から直接的または間接的に発明の主題を知った者が行うあらゆる開示を包括的に対象とすべく、発明の新規性喪失の例外規定の適用範囲が拡大された。シンガポール知的財産庁(IPOS)は、発明の新規性喪失の例外規定の拡大は、発明が出願に先立って公知となった場合の限定的なセーフティネットを提供するものに過ぎないとし、公知とする前に出願することを推奨していることに留意されたい。
韓国の特許・実用新案出願における新規性喪失の例外規定
新規性喪失の例外の要件および手続は次のとおりである(特許法第30条、実用新案法第5条、審査指針書)。
(i)公知の対象
韓国では公知形態は問われず、特許を受けることができる権利を有する者が韓国国内または国外で公知した全ての公知が対象となる。ただし、条約または法律に基づき国内または国外で出願公開や登録公告された場合は、特許を受けることができる権利を有する者による公知でないため、除外される。なお、日本では、従来は学会発表や試験、刊行物発表等、一定の公知行為にしか新規性喪失の例外規定は適用されなかったが、2012年4月1日施行の改正特許法では公知手段の制限は撤廃された。
(ii)公知にした者
発明者またはその承継人でなければならない。発明者の許可を受けた者であったとしても、特許を受けることができる承継人でなければ、この規定の適用を受けることができない。ただし、公開を委託して新聞記事に載せ、記事内に発明者または承継人が記載されていれば、適用を受けることができる。なお、記事内に発明者または承継人が記載されていなくても原稿の寄稿者が権利者であることを認証することができる場合は適用可能である。
また、特許を受けることができる権利を有する者の意志に反して、即ち、漏洩・盗用等によって、第三者が発明を公知とした場合にも新規性喪失の例外規定の適用を受けることができる。
(iii)時期的制約
出願は公知日から12ヶ月以内にしなければならない。複数の公開である場合には、最初の公開日から12ヶ月以内に出願しなければならない。日本出願を基礎として優先権主張をするとしても、この規定の適用を受けるためには、公知日から12ヶ月以内に韓国に出願しなければならない(特許法第30条1項)。
また、12ヶ月以内であっても条約または法律によって国内または国外で出願公開されるか、登録公告された場合には、適用を受けない。
PCTの場合は、公知日から12ヶ月以内にPCT出願をし、韓国国内移行過程においては、国内書面提出期間経過後(その期間内に審査請求をした場合にはその請求日から)、30日以内に新規性擬制の旨を記載した書類と公知事実を証明できる書類を提出しなければならない(特許法第200条/特許法施行規則第111条/実用新案法第41条/実用新案法施行規則第17条)。
(iv)要件
・この規定の適用を受けるためには、出願書に新規性喪失の例外適用を受ける旨を記載しなければならない。
・また、出願日から30日以内に証明書類を提出しなければならない。発明者が提出した証明書類に問題がある場合、方式審査で補正命令を受ける。即ち、公知行為を行った者と出願人(発明者)が一致しない場合、公知日が間違っている場合等、補正命令をし、その時に補正することができる。しかし、補正ができなければ、新規性喪失の例外規定の適用の手続きに関して無効処分を受けることになり、提出された公知資料は先行技術に使用され得る恐れがある。方式審査で補充資料が要求される場合もある(特許法第30条第2項)。
(v)趣旨記載及び証明書類提出の追加規定
上記特許法第30条第2項にもかかわらず、補完手数料(特許料等の徴収規定第2条6の2)を納付した場合、補正することのできる期間内(特許法第47条第1項)、特許査定決定謄本送達後3ヶ月以内(ただし登録料納付前)に新規性喪失例外規定の適用を受けるための趣旨記載および証明書類を提出することができる(特許法第30条第3項)
【留意事項】
新規性喪失の例外規定では、公知となった日から12ヶ月以内に出願すれば、この規定の適用を受けることができる。韓国では新規性喪失の例外規定の期限が公知となった日から12ヶ月だが、可能な限り早く出願することが望ましい。その理由としては次のとおりである。
まず、公知Aとなった日から出願Aの間に、同一発明について第三者により公知Cとなった場合、新規性喪失の例外適用を受けた出願Aは新規性欠如(特許法第29条第1項)により特許を受けることができないことになるからである。ただし、第三者による公知Cが出願人の意に反してなされたという事実が明白な場合は、別途の新規性喪失の例外規定の適用を受け、特許を受けることができる。
また、別の理由としては、公知Aとなった日から出願Aまでの間に、同一発明について第三者により出願Bがなされた場合、第三者の出願Bは公知Aに基づく新規性欠如により特許を受けることができないが、新規性喪失の例外適用を受けた発明者による出願Aも、第三者による出願Bが公開Bされると、拡大された先願(特許法第29条第3項)に基づき、特許を受けることができないからである。
シンガポールにおける特許新規性喪失の例外
1. 背景
シンガポールにおいて発明が新規とみなされるのは、シンガポール特許法(第221章)(以下、「特許法」)の第14条(2)項に下記のように定義されている「技術水準」の一部を構成しない場合である。
「書面もしくは口頭説明により、使用により、または他のあらゆる方法により(シンガポールまたは他のいずれかの場所で)、当該発明の優先日より前のあらゆる時点において、一般に利用可能となった……全ての事項を含む」
一方、特許法第14条(4)項は、シンガポールにおいて発明の新規性評価の際に無視される特定の種類の開示に関して、12か月の猶予期間を規定している。この12か月の猶予期間は、優先日(該当する場合)ではなく、シンガポール特許出願の提出日から遡及することに注意すべきである。
2. 新規性評価から除外される開示
2-1. 不法な開示または秘密漏洩による開示
特許法第14条(4)項(a)および(b)は本質的に、あらゆる者によるあらゆる不法または不正な開示は新規性評価から除外されると規定している。日本の特許法に基づく要件と同様に、この例外規定に依拠するには、開示が不法または不正なものであった(即ち、不法な方法もしくは秘密漏洩により情報が入手された、または秘密漏洩により情報が開示された)という証拠を示す必要がある。シンガポールの法律は(日本の特許法の要件とは異なり)出願の提出後すぐにかかる証拠を提出することを義務づけていないが、シンガポール知的財産庁(Intellectual Property Office of Singapore : IPOS)は先行開示が実際に不法または不正なものであったと納得できるように(宣誓供述書その他の証拠に基づく)証明を要求する場合がある。したがって、発明者または出願人は、発明に関する情報または文書に「秘密」の表示が確実に付されるように手段を講じることが望ましい。さらに重要な点として、かかる情報または文書(「秘密情報」)が限定された目的のためだけに提供されるものであって、他の目的への当該秘密情報の使用は不正使用となることを、当該秘密情報の受領者に確実に認識させるための手段を講じるべきである。
2-2. 国際博覧会での開示
特許法第14条(4)項(c)において、国際博覧会で発明者または出願人により行われたあらゆる開示は新規性評価の際に無視されると規定されている。「国際博覧会」の範囲は、特許法第2条(1)項において、下記のように狭義に定義されている。
「国際博覧会条約の条件に該当する、または当該条約の後続条約もしくは代替条約の条件に該当する、公式または公認の国際博覧会」
この例外規定を利用するには、シンガポール出願の提出時にIPOSに対し、当該発明が国際博覧会において先行開示されたことを届け出る必要がある。その後、かかる先行開示の裏づけ証拠書類をIPOSに提出しなければならない。実際問題として、この例外規定に依拠するのは難しい。なぜなら「国際博覧会」の狭義の定義に該当する博覧会は極めて少ないためである。博覧会国際事務局のウェブサイト(http://www.bie-paris.org/site/en)において、「国際博覧会」として指定された博覧会のリストが掲載されている。
2-3. 学会で発明について説明する発明者による開示、またはその結果として行われた開示
特許法第14条(4)項(d)において、学会で発明者により行われたあらゆる開示、または発明者の同意を得て行われたあらゆる開示は、新規性評価の際に無視されると規定されている。特許法の解釈上、「学会」とは次のものを含む:
「シンガポールまたは他のあらゆる場所で設立されたあらゆる会員制組織または団体であって、その主な目的がいずれかの学問または科学技術の振興であるもの」
「学会」という用語は特許法において幅広く定義されているものの、IPOSの特許出願審査ガイドライン(2016年5月版)(第3章、第N節、i項の3.77)に従い、IPOSは「学会」とみなされるものを判断する際は慎重な態度を取るだろう。この例外規定に依拠するには、かかる開示が行われた会員制組織または団体が確かに「学会」であると、IPOSを納得させる必要がある。IPOSは、先行開示が確かに「学会」で行われたと納得できるように(宣誓供述書その他の証拠に基づく)証明を要求する場合がある。この例外規定を利用する際、IPOSから要求された場合に証明を提出すれば良い。シンガポール出願の提出時にIPOSに対し当該発明が学会において先行開示されたことを届け出る必要はない。
- 結論
シンガポールにおいて発明の新規性評価の際に無視される開示の特定の種類は、日本の特許法に規定されているものと比べて、かなり限定されている。それゆえ、シンガポールは12か月という長い猶予期間(日本の場合は6か月)を規定しているものの、シンガポールにおける例外要件を満たすことが困難な場合もある。しかし、今後はこれらの要件が緩和される見通しである。シンガポール政府は2017年2月現在、12か月の猶予期間内に行われた(直接的か間接的かを問わず)発明者自身によるあらゆる一般開示を新規性評価の際に無視できるようにするため、特許法の改正案を検討中である。
ロシアにおける特許新規性喪失の例外
ロシアにおける特許の新規性喪失の例外に関して、ロシア特許制度では、特許出願前に発明の開示が行われた場合について、その発明の開示が新規性喪失の例外と認められる猶予期間が定められている。
すなわち、発明者もしくは出願人により、またはこれらの者から直接的もしくは間接的に情報を入手したあらゆる者により、発明の開示(以下、「先行開示」と言う)が行われた場合には、6か月の猶予期間が与えられる(ロシア連邦民法第IV部の第1350条(3)項、「出願の調査・審査に関する規則」の規則17)。
先行開示の例としては、学術会議、博覧会または論文発表などにおける開示が挙げられる。ここで、先行開示が意図的に行われたかどうかは問われない。
この6ヶ月の猶予期間内にロシア国内に特許出願が行われた場合、ロシアでの実体審査段階において新規性および進歩性を判断する際に、先行開示は考慮されない。ロシア国内の特許出願としては、優先権の有無を問わずロシア国内への直接出願であればよく、PCT出願も含まれる。したがって、ロシア国外の出願人は、先行開示から6か月以内にPCT出願を管轄受理官庁に行う必要がある。
ロシア特許庁に猶予期間の申請手続きを自発的に行う必要はない。ただし、審査官または第三者により先行開示の存在が指摘された場合には、出願人は、その先行開示より6ヵ月以内に特許出願を行ったことと、その先行開示が発明者もしくは出願人により、またはこれらの者から直接的もしくは間接的に情報を入手した者により行われたことを示す証拠を提出する必要がある。
ロシアにおける特許取得は、ロシア特許庁にロシア国内特許出願を行う代わりに、ユーラシア特許制度を利用して、ユーラシア特許庁にユーラシア特許出願を行うことによっても可能である。ただし、ロシアとユーラシアでは、猶予期間の判断が異なることに注意が必要である。ユーラシア特許出願の場合、優先権出願を行う前の6か月以内に先行開示が行われた場合には、新規性喪失の例外とみなされる(ユーラシア特許条約に基づく特許規則の規則3(2))。したがって、出願人は先行開示から6か月以内に優先権出願(即ち、対応するユーラシア出願の優先権主張の基礎となる出願)を行えば、十分である。この場合、猶予期間内にユーラシア出願またはPCT出願を提出する必要はない。猶予期間の申請は、ユーラシア出願時にユーラシア特許庁に提出しなければならない。
新規性喪失の例外の他の例が、ロシア連邦民法第IV部の第1385条(3)項、および「出願の調査・審査に関する規則」の規則17に明示されている。この条項に従い、先の特許出願が公開されたものの、公開日以前にその先の特許出願が放棄された、または取り下げられたとみなされた場合、この特許出願は同じ出願人の後の特許出願に対する先行技術とはみなされない。ただし、かかる後の特許出願が先の(放棄された、または取り下げられた)出願の公開日から12か月以内になされていることを条件とする。この規定は、ロシア特許庁が出願人に与えた別の種類の「猶予期間」とみなすことができる。この猶予期間は、例えば同じ出願人により提出されたが、公開日の前に放棄された、または取り下げられた特許出願に関する情報をロシア特許庁が公開してしまった場合などに利用することができる。
インドネシアにおける特許発明の新規性喪失の例外
1.インドネシアにおける特許制度
インドネシアにおける特許制度は先願主義である。これは、インドネシアの法域において特許出願を行う最初の者が、すべての要件が満たされ出願が登録された時点で特許権を有することを意味する。インドネシア特許法第13/2016号の第37条において述べられている通り、「異なる日に異なる出願人による類似の発明に関する二以上の出願がある場合、最先の出願日を有する出願が、登録されるべきものとみなされる出願である」。したがって、特許出願の出願日に注意を払うことが極めて重要である。
2.特許における新規性とは?
新規性は、特許にとって最も重要な要件である。インドネシア特許法に基づき、出願の出願日時点において、発明が「従前の技術開示」とは「同一でない」場合に、当該発明は新規であるとみなされる。
ここで、「技術開示」とは、書面、口頭による説明、実演その他の方法により、インドネシアの国内外で発表されたものであり、出願日または優先日(優先権主張出願の場合)より前に当該発明を当業者が実施することを可能とするものをいう。
「従前の技術開示」には、審査対象である出願の出願日以降に公開され、実体審査を受けている他のインドネシア出願であって、その出願日が審査対象である出願の出願日または優先日より前であるものが含まれる(インドネシア特許法第13/2016号の第5条(3)に規定)。
「同一でない」という用語は、その一以上の技術的特徴においてすべての先行技術と異なることを意味するものである。「従前の技術開示」という用語は、特許文献と非特許文献の双方から成る最新技術または先行技術を意味する。
新規性の判断基準は、既に公衆に利用可能となっていない技術に対してのみ特許が付与されることを確実にする。すなわち、クレーム発明は、特許出願の出願日または優先日よりも前に、世界中のどこかで、例えば、刊行物により、または、公に製造され、実施され、口頭により提示され、または使用されたことの結果として、公衆に既に開示されていてはならない。
3.新規性喪失の例外
出願の新規性喪失は、以下の場合において例外とみなされ得る
3-1.自己開示
3-1-1. 試験としての実施
発明に関して特許を受ける権利を有する出願人が、インドネシア特許出願の出願日の前6ヶ月以内に研究または開発を目的として試験を実施した場合(インドネシア特許法第13/2016号の第6条(1))。
3-1-2. 展示会における公開
発明が、インドネシアまたは他国において開催された国際展示会、または公に認められた国内展示会において、インドネシア特許出願の出願日の前6ヶ月以内に公開された場合(インドネシア特許法第13/2016号の第6条(1))。
3-1-3.講演会その他科学技術会議における発表
発明が、インドネシア特許出願日の前6ヶ月以内に科学技術講演会またはその他科学技術会議において発明者により発表された場合(インドネシア特許法第13/2016号の第6条(1))。学術誌における発明の開示、例えば、論文、学位論文または学術論文を目的とした実験または実験段階における学術講義、および、大学や公の学術機関における研究結果に関する議論のための学術フォーラムは、特許出願が当該開示後6ヶ月以内に行われれば、発明の新規性を否定しない。
3-2.不正開示
当該発明に関して特許を受ける権利を有する出願人の意図に反して、インドネシア特許出願の出願日の前12ヶ月以内に発明が公知となった場合(インドネシア特許法第13/2016号の第6条(2))。
4.新規性喪失の例外の申請に関する手続
インドネシア特許法には、発明の公開が出願より前に行われたことを宣誓するための要件を定める明確な規定はない。しかし、第三者がその公開に乗じる可能性を回避するために、一定の時点において宣誓を行うことが推奨される。こうした宣誓書を提出する時期は、知的財産権総局により要求された時である。さらに、出願人がこうした宣誓書の提出を希望する場合、その提出物には、公開の詳細および状況が含まれなければならない。
5.新規性喪失の例外に関する証拠書面
新規性喪失の例外にかかる技術開示の証拠は、書面でなければならない。新規性の判断基準で述べた通り、「技術開示」は特許文献と非特許文献を含む。非特許文献の例としては、非言語の開示、実演、または観察された先の使用などの再現可能なあらゆる形態の情報、学術誌における論文、ビデオテープ、CD-ROM、テープその他の情報を保存する媒体に含まれる情報、およびオンライン調査結果からの抄録などのオンライン設備を通じて取得された情報(出願人は、当該発表のアクセス日を特定しなければならない)が含まれる。さらに、その他の方法で公衆に利用可能となった開示、例えば、実演、販売申し出、マーケティング活動、先の使用または一定の関連当事者に対するレクチャーなどであってもよい。