台湾司法実務における均等論についての規定および適用
1. 台湾における均等論
1-1. 2016年以前の実務/基準
台湾における均等論の適用は、1996年に経済部中央標準局(すなわち、TIPOの前身)により発表された「専利侵害鑑定基準」、および2004年にTIPOにより発表された「専利侵害判断要点」に論拠を見出すことができる。実際問題として、特許クレームと被疑対象を比較する手順および段階には、基本的に下記が含まれる。
第1段階:特許クレームの技術的特徴(クレーム範囲)を解釈する。
第2段階:被疑対象の技術的内容を解釈する。
第3段階:オール・エレメント・ルールに基づき、被疑対象が特許クレームに文言通りに記載されているかどうかを判断する。
第4段階:第3段階が当てはまる(または当てはまらない)場合、逆均等論および均等論が被疑対象に適用されるかどうかを判断する。
文言通りの記載によって正確かつ周到な特許クレームを作成するのは困難であるため、特許クレームの範囲は、その特許クレームと実質的に同じ範囲にまで拡大され、文言通りの範囲に限定されることはない。それゆえ均等論を適用する目的は、侵害者が被疑対象の技術的特徴をわずかに変更するだけで特許権侵害の責任を逃れることのないようにし、特許権者の権利を保護することにある。
2016年以前における特許権侵害を判断するための段階を、下記のフローチャートに示す。
1-2. 2016年以降の実務および基準
2016年2月にTIPOは「専利侵害鑑定基準」を改定し、「専利侵害判断要点」(「新指針」)と名称を改め、参考のために台湾の裁判所に提出した。新指針において、均等論問題に関して重大な変更があった部分を以下に示す。
(1)以前の指針および指示に従い適用されていた逆均等論を削除
(2)均等論の適用上の制限として、オール・エレメント・ルールを記載
(3)均等論に基づいて侵害を判断する事例を提示
(4)出願経過禁反言の問題を検討する際に、フレキシブル・バーの原則を採用
逆均等論の削除に関しては、逆均等論が適用される非侵害事件はごくわずかであり、さらに逆均等論により解決すべき問題は、クレーム解釈段階で解決できるため、TIPOは新指針から逆均等論を削除することを決定した。
均等論の適用上の制限としてオール・エレメント・ルールを記載したことに関しては、均等論が適用可能な場合の要件とは、被疑対象がオール・エレメント・ルールに基づき特許クレームに文言通りに記載されていないことであるため、この改定は均等論の原理に即したものである。さらに新指針は、将来における均等論事件の判断を円滑にするため、様々な均等論の事例を提示している。
新指針に定められた特許権侵害の判断に関するフローチャートを、下記に示す。
(*4つの制限には、オール・エレメント・ルール、出願経過禁反言、先行技術の制限効果、および発明の開放原則が含まれる。)
2. 均等論が適用可能な場合の要件および制限
2-1. 均等論の要件
上記のフローチャートから分かるように、均等論が適用可能な場合の要件は、被疑対象がオール・エレメント・ルールに基づき特許クレームに文言通りに記載されていないことである。このような状況においては、均等論が適用可能かどうかを判断する必要がある。
新指針に従い、均等論を被疑対象に適用するかどうかを判断する際の基準は、「全体として」ではなく、「要素ごと」である。つまり、特許クレームの技術的特徴全体を被疑対象の技術的特徴全体といきなり比較するのは間違っている。特許クレームと被疑対象との間における技術的内容の相違を区別した後に比較を行い、均等論を被疑対象に適用するかどうかを判断すべきである。
対応する特徴が相互に実質的に同じかどうかを判断する上で、新指針において最も一般的な方法が、いわゆる三要素テスト(機能-方法-結果テスト)である。三要素テストに基づき、被疑対象の技術的内容が特許クレームと実質的に同じ方法を用いて、実質的に同じ機能を果たし、実質的に同じ結果に結びつく場合には、被疑対象の技術的特徴は特許クレームの技術的特徴と実質的に同じであると判断されるため、この場合に均等論が適用される。この「実質的に同じ」とは、被疑対象と特許クレームとの相違が容易に実現できる、または当業者に知られているという意味である。
三要素テストに加えて、もう一つのテスト方法が非実質的相違テストである。非実質的相違テストに基づく重要な点は、特許クレームと被疑対象との相違が「非実質的な変更」であるかどうかを判断することである。つまり、特許クレームに記載された発明を実現する上で、すなわち補正の時点で入手可能な情報だけを考慮して実質的に同じ方法により同じ機能を果たして同じ結果を得る上で、かかる均等物が当業者にとって予測可能であったかどうかを判断しなければならない。予測可能であれば、被疑対象の対応する特徴は特許クレームの特徴と非実質的に異なる(すなわち、実質的に同じ)とみなされるため、均等論が適用される。
2-2. 均等論の制限
新指針に従って均等論を適用する際には、4つの制限が存在する。かかる制限には次のものが含まれる
(1)オール・エレメント・ルール
(2)出願経過禁反言
(3)先行技術の制限効果
(4)発明の開放原則
上記いずれかの制限が存在する場合、均等論は評価の際に適用されない。
2-3. 最近の判例
三要素テストおよび非実質的相違テストは共に、新指針に基づき適用可能であるものの、知的財産裁判所(特許権侵害に関する事件および特許の有効性に関する行政訴訟に対する優先管轄権を有する)が、非実質的相違テストに基づいて均等論を適用することは稀であるというのが、当所の見解である。一方、三要素テストは、台湾ではかなり一般的に採用され、議論されている。
2016年以前、知的財産裁判所は既に、特許権者が均等論を主張する多くの事件で判決を下していた(500件を超える)。概算によれば、2016年以前は均等論事件の約25%で特許権者が勝訴していた。2016年に新指針が発効した後は、特許権侵害を主張する代わりに均等論に言及する事件が見受けられる(第一審および第二審を含めて、約50件)。2016年2月以降に下された判決のうち、約5件で逆均等論が主張され、かかる主張を知的財産裁判所が審理したことは、注目に値する。まだ判例となる事件の数が少ないため、知的財産裁判所が均等論問題の審理に関して自己の実務または基準を変更したのかを結論づけることはできない。
3. 均等論と出願経過禁反言との関係
出願経過禁反言(「包袋禁反言」としても知られる)は、均等論の制限の一つである。出願経過禁反言の原則に基づき、特許出願を提出した後、有効性の問題に対応するために当該出願の減縮補正を行った者は、補正により放棄された被疑対象を保護する目的でクレーム範囲を拡大するために均等論に依拠することを禁じられるべきである。
出願経過禁反言を評価に適用するかを判断する際は、下記の複数の要件が検討される
(1)特許クレームが補正により減縮されたかどうか
(2)補正により放棄された特許範囲に被疑対象が含まれていたかどうか
特許範囲が補正により減縮されていない場合には、かかる特許範囲に依然として均等論を適用できる(下記を参照)。
・補正手続中に特許権者により提示された目的または理由に基づき、補正により減縮された特許範囲に被疑対象が含まれていると確認できる場合には、均等論の適用を制限するために出願経過禁反言が適用されるため、被疑対象は均等論に基づく特許権侵害を生じない。
・一方、特許権者により提示された目的または理由が、補正により放棄された特許範囲を判断する上で十分ではない場合には、やはり出願経過禁反言が適用されるため、被疑対象は均等論に基づく特許権侵害を生じない。
・さらに、特許出願が提出された時点で被疑対象の技術的内容が予測可能ではなかったことを特許権者が立証できる場合には(例えば、電子分野における先端技術である「トランジスタ」は、真空管技術に基づいて予測できない)、被疑対象は補正により放棄された特許範囲とは無関係である、または特許権者が特許出願の提出時に被疑対象を特許範囲に含めることは不可能であるため、出願経過禁反言は均等論の適用を制限しない。
新指針は2016年に発効したばかりであるため、その後の裁判所の実務がどのように進展していくかはまだ分からない。しかし、新指針における均等論に関する改定部分から判断すると、知的財産裁判所の今後の均等論に関する判決は、新指針に定められた基準および事例に基づき、より慎重なものになると予想される。