インドにおける商標異議申立制度
インドにおける商標異議申立手続は、2010年商標(改正)法の第21条および2002年商標規則の規則47~57に規定されている。
異議申立書
商標出願に対して異議を申し立てたいと望む「いかなる者」も、登録官に対して異議申立書を提出することができる。それゆえ、インドにおいて「権利を害された者」のみが提起できる取消手続とは異なっている。「いかなる者」とは、必ずしも個人である必要はなく、法人または非法人組織であってもよい。
異議申立書は、商標出願が商標公報に公告されてから4ヵ月以内に提出する必要がある。
異議申立は、商標法に定められた理由を根拠としなければならない。主として、絶対的拒絶理由について詳述する第9条、および相対的拒絶理由について詳述する第11条が適用される。
第9条には、(1)項から(3)項が含まれている。第9条(1)項は、出願商標の識別性の問題に関する(a)号から(c)号の規定を含んでおり、以下の商標は登録することができないとしている。
(a)識別性を欠く商標、すなわち、ある者の商品もしくは役務を、他人の商品もしくは役務から識別できないもの
(b)取引上、商品の種類、品質、数量、意図する目的、価格、原産地、当該商品生産の時期もしくは役務提供の時期、または当該商品もしくは役務の他の特性を指定するのに役立つ標章または表示からもっぱら構成されている商標
(c)現行言語において、または公正な確立した取引慣行において慣習的となっている標章または表示からもっぱら構成されている商標
第9条(1)項には例外規定が設けられており、出願日より前に、商標が使用の結果として識別性を獲得している、または周知である場合には、登録を拒絶されることはない。
第9条(2)項は、公益および公序良俗の問題に言及する規定を含んでおり、以下の商標は登録することができないとしている。
(a) 公衆を誤認させるか、または混同を生じさせる内容のものであるとき
(b) インド国民の階級もしくは宗派の宗教的感情を害するおそれがある事項からなり、またはそれを含んでいるとき
(c) 中傷的もしくは卑猥な事項からなり、またはそれを含んでいるとき
(d) その使用が1950年紋章および名称(不正使用防止)法により禁止されているとき
第9条(3)項は、識別性があるとみなすことができない特定の形状からなる商標の登録を禁じており、以下の商標は登録することができないとしている。
(a) 商品自体の内容に由来する商品の形状
(b) 技術的成果を得るために必要な商品の形状
(c) 商品に実質的な価値を付与する形状
相対的拒絶理由に関しては、第11条(1)項に従い、先行商標との同一性または類似性、および商品または役務の同一性または類似性を理由に、公衆に混同を生じる可能性がある場合、その商標は登録されない。
第11条(2)項は、パリ条約の第6条の2を要約したものであり、本質的に異なる商品および役務に関して、周知商標が第三者の商標から保護される。
第11条(3)項では、コモンロー上の権利および著作権法の重要性を認め、詐称通用に関する法律または著作権法により商標の使用を阻止すべき場合には、当該商標は登録されないとしている。
第11条(6)項、(7)項は、商標が周知であるかどうかを判断する際に考慮すべき事実および証拠について説明している。以下に挙げるこれらの事項は、異議申立人または出願人が異議申立手続において、自己の商標が周知であると認定してもらい、それにより自己の主張を裏づけるための証拠の収集および提出の際の参考となる。
- 当該商標の使用促進の結果として得られたインドにおける知識を含む公衆の関係階層における当該商標についての知識または認識
- 当該商標の使用についての期間、範囲および地域
- 当該商標が適用される商品もしくは役務についての博覧会もしくは展示会における広告または宣伝および紹介を含め、当該商標の使用促進についての期間、範囲および地域
- 本法に基づく当該商標の登録、または登録出願についての期間および地域であって、当該商標の使用または認識を反映している範囲
- 当該商標に関する諸権利の執行記録、特に、当該商標が当該記録に基づいて裁判所または登録官により周知商標として認識された範囲
- 実際のまたは潜在的な消費者の数
- 流通経路に介在する人員の数
- それを取り扱う業界
第11条(10)項では、「同一または類似の商標に対して周知商標を保護しなければならず、かつ、商標権に影響を及ぼす、出願人もしくは異議申立人の何れかに含まれた不誠実を参酌しなければならない」とし、周知商標と同一または混同を生じるほど類似の商標を採用する第三者に関連する「悪意」の概念について確認すると共に、周知商標を保護する必須義務を登録官に負わせている。
第11条(11)項は逆に、「商標が登録官に重要な情報を開示して公正に登録された場合または商標についての権利が本法の施行前に善意の使用を通じて取得された場合は、本法は、当該商標が周知商標と同一または類似するとの理由では、当該商標登録または当該商標使用の権利の有効性を一切害さない。」とし、善意で使用されている出願または登録商標を保護している。異議申立における抗弁として、この規定を用いることができる。
なお、先行商標の所有者が既に後続商標に同意している場合には、後続商標の登録を許可している。(第11条(4)項)
また、第12条では、「善意の同時使用」または他の「特別な事情」がある場合には、商標が第11条に抵触するにもかかわらず、登録官は当該商標の登録を許可することができると定めている。
答弁書
出願人は、登録官から異議申立書を受領した日から2ヵ月以内に、答弁書を提出しなければならない。答弁書の提出期限は延長できないため、出願人が2ヵ月以内に答弁書を提出しない場合、異議対象の出願は放棄されたとみなされる。
証拠
出願人により提出された答弁書が、登録官により異議申立人に送達された後、異議申立人は、答弁書を受領した日から2ヵ月(1ヵ月の延長が可能)以内に証拠を提出するよう要求される。異議申立人が証拠の提出を望まない場合、この2ヵ月+1ヵ月の期間内に異議申立書に明記された事実に依拠する旨を登録官に対して通知すると共に、出願人にも通知しなければならない。これらの措置が取られない場合、異議申立人は自己の異議申立を放棄したとみなされる。
異議申立人が証拠を提出、または事実に依拠する旨を通知した後、出願人は、異議申立人の証拠を受領した日から2ヵ月(1ヵ月の延長が可能)以内に、出願を裏づける証拠を提出、または答弁書に明記した事実に依拠する旨を登録官に対して通知すると共に、異議申立人にも通知するよう要求される。異議申立人とは異なり、出願人がこれらの措置を取らなかったとしても、出願が放棄されたとみなされることはない。この場合、インドの法律に基づき、出願人は答弁書を提出することにより、自己の出願を防御する意思を示したと理解され、この防御は、出願人が証拠を提出しない場合でも、維持することができる。
出願人が証拠を提出した場合、異議申立人は、出願人の証拠を受領後1ヵ月(1ヵ月の延長が可能)以内に、弁駁証拠を提出することができる。
これをもって、異議申立手続における訴答および証拠段階は終了する。
なお、以下の2002年商標規則の規則53に基づき、最終審理の前に追加証拠を提出することが可能である。
追加の証拠は、何れの側に対しても提出してはならないが、登録官に対する何らかの手続においては、登録官は、自己が適当と認めるときはいつでも、出願人または異議申立人の何れに対しても、証拠を提出することについて、登録官が適当と認める費用またはその他の条件を付して、許可することができる。
しかしながら、商標規則に定められた証拠の提出期限については、追加の延長を請求することが可能であるかどうかが問題となる。この問題は2つの異なる高等裁判所で争われたが、それぞれの見解が分かれている。グジャラート高等裁判所は追加証拠の提出を認める立場を示したが(2006年)、デリー高等裁判所はこれを認めていない(2007年)。したがって、高等裁判所の上位の法廷が、追加証拠の提出を認める裁定を下すまでは、異議申立の当事者は十分な注意を払い、商標規則に定められた期限を厳守することが望ましい。
ヒアリング
答弁書および証拠の提出段階が完了すると、登録官は口頭による意見陳述のために双方の当事者を招集するヒアリングの日程を定める。双方の当事者は、口頭による意見陳述の代わりに、またはこれに追加して、主張の要約書を提出することができる。
異議申立手続の期間
商標局にはかなりの未処理案件があり、何千件もの異議申立が係属中である。未処理案件を処理するために、過去数年にわたり様々な取り組みが行われてきた。とりわけ異議申立もしくは出願が取り下げられた事件、出願人が期限内に答弁書を提出しなかった事件、または当事者間で和解したために異議決定が出されなかった事件が整理された。
このような取り組みの中でも目新しいのが、1987年法律サービス庁法に基づいて定められた仲裁または調停を通して係属中の事件を処理することを目的とした、商標局とデリー州法律サービス庁(DSLSA)との協力体制である。2016年当初に、未決の500件の異議申立についてパイロット・プロジェクトが実施されたが、現在では最終ヒアリングがまだ行われていない全ての異議申立に対して仲裁または調停手続が認められるようになっている。
審判請求
商標法第21条に基づく登録官のあらゆる命令または決定を不服とする当事者は、商標法第91条(1)にもとづき、その命令または決定が当該当事者に通知された日から3ヵ月以内に、知的財産審判部に審判請求を提出することができる。