シンガポールにおける特許を受けることができる発明と特許を受けることができない発明
1. ソフトウェア
1-1. 特許法改正の経緯
1995年2月にシンガポール特許法が施行された際に、第13条(2)によって「コンピュータプログラム」は、以下のように「発明」ではないと規定されていた。
シンガポール特許法(1995年2月施行)第13条 特許性のある発明 (1) (2)および(3)に従うことを条件として、特許性のある発明とは、次の条件を満たすものである。 (a) 発明が新規であること (b) 発明に進歩性があること (c) 発明が産業上利用できること (2)次のものから成るものは、本法を目的として、発明ではないことをここに宣言する。 (a) 発見、科学的理論、数学的方法 (b) 言語、戯曲、音楽または芸術作品、もしくはその他あらゆる審美的創作物 (c) 精神活動、ゲームまたはビジネスのためのスキーム、ルールまたは方法、もしくはコンピュータプログラム (d) 情報の提示 ただし、前述の規定は、特許または特許出願に関する範囲内において、あらゆるものが本法における発明として取り扱われることを禁止するものである。 ((3)以下省略) |
しかし、1996年1月1日に施行された改正により、シンガポール特許法第13条(2)は削除された。
1-2.ソフトウェア発明に関連する裁判例
ソフトウェアクレームが特許を受けることができるかどうかを考察するために、First Currency Choice v Main-Line Corporate Holdings Ltd事件([2007] SGCA 50)を説明する。この事件において、クレジットカード取引を処理するために使用される希望通貨を、(データ処理方法を通じて)自動的に特定する通貨換算方法およびシステムに対して特許を付与することが、適切かどうかが争点となった。最高裁判所の高等法廷(High Court)は、この特許は新規性と進歩性を有さないと判示し、この判決は、最高裁判所の上訴法廷(Court of Appeal)によって支持された。
1-3. ソフトウェア発明の発明適格性
シンガポール特許法第13条(2)の削除とFirst Currency Choice v Main-Line Corporate Holdings Ltd事件の判決に基づき、シンガポールにおいてソフトウェアのクレームは特許を受けることができるとの見解を持つ者がいるが、シンガポール知的財産庁は、この見解を認めていない。ソフトウェア発明には、新規性、進歩性、産業上の利用可能性の要件に加えて、技術的特徴も含まれていなければ、特許は付与されない。
シンガポール知的財産庁の特許出願審査ガイドライン(以下「ガイドライン」という。)の8.6および8.7は、ソフトウェア発明の一種であるコンピュータ実装発明の発明適格性について、以下のように規定している。
特許出願審査ガイドライン 8.6 コンピュータ実装発明(computer-implemented inventions:CIIs)に関するクレームの実際の貢献を検討する場合、審査官は、クレームで定義された発明にコンピュータ(またはその他の技術的特徴)がどの程度貢献しているかを判断する必要がある。このようなCIIsの場合、コンピュータ(またはその他の技術的特徴)が実際に貢献するためには、クレームで定義されたコンピュータ(またはその他の技術的特徴)が発明に不可欠であることが証明されなければならない。 8.7 例えば、コンピュータが実装されたビジネス方法に関連するクレームは、さまざまな技術的特徴(サーバー、データベース、ユーザー・デバイスなど)がビジネス方法のステップと(i)重要な程度に、かつ(ii)特定の問題に対処するような方法で相互作用する場合、発明とみなされる。「重要な程度」が意味する例として、クレームは、ビジネス方法を実行するための既知のハードウェアコンポーネントを記載している場合があるが、ハードウェアの全体的な組み合わせが、取引を実行するためのより安全な環境を提供する場合、ハードウェアは特定の問題に対処するためにビジネス方法と重要な程度で相互作用しているとされる。この場合、実際の貢献は、ビジネス方法にそのハードウェアを組み合わせて使用することである可能性が高く、これは発明とみなされる。 ただし、クレームに記載されている技術的特徴が、標準的なオペレーティングシステムの動作に過ぎない場合、特に、純粋なビジネス方法を実行するための汎用コンピュータ、またはコンピュータ・システムの使用である場合、そのような相互作用は重要な程度とはみなされず、特定の問題が解決されないことは明らかである。実際の貢献はビジネス方法である可能性が高く、クレームされた主題は、クレームに「コンピュータの実装」という用語または同様の一般的な用語を単に含めるだけでは「発明」とはみなされない。 |
2. 治療方法
2-1. 特許法の規定
現行のシンガポール特許法(以下「特許法」という。)第16条(2)によって、治療方法は、以下のとおり、産業上利用可能であるとは認められないと規定されている。
シンガポール特許法 第16条 産業上の利用 (2)人もしくは動物の体の外科術若しくは治療術による処置方法または人若しくは動物の体について行う診断方法の発明は、産業上利用可能であるとは認められない。 (3) (2)は、物質または組成物から成る製品が当該方法において用いるために発明されたという理由のみの理由で、当該製品を産業上利用可能として取り扱うことを妨げるものではない。 ((1)は省略) |
しかし、産業上の利用可能性による特許適格性の除外は、人または動物の体について行う外科術、治療術または診断の方法にのみ適用され、特許法第16条(3)は、このような方法で使用する目的で発明された物質または組成物からなる製品については、特許を受けることができると規定している。
また、特許法第16条(3)は、さらに特許法第14条(10)によって補足されている。特許法第14条(10)は、第16条(2)により除外された治療方法において使用される既知の物質または組成物の場合、当該物質または組成物が技術水準の一部を構成するという事実は、当該物質または組成物の当該方法における使用が技術水準の一部を構成しないときは、発明を新規なものと認めることを妨げるものではないと規定している。
シンガポール特許法 第14条 新規性 (10) 人もしくは動物の体の外科術若しくは治療術による処置方法または人もしくは動物の体について行われる診断方法において用いる物質または組成物から成る発明の場合に、当該物質または組成物が技術水準の一部を構成するという事実は、当該物質または組成物の当該方法における使用が技術水準の一部を構成しないときは、発明を新規なものと認めることを妨げるものではない。 ((10) 以外は省略) |
2-2. ガイドラインの解釈による医療用途クレーム
ガイドラインの8.118および8.138において、特許法第16条(2)および第16条(3)の解釈に基づき、次のように説明している。
すなわち、ガイドライン8.118では「これまで医療目的で使用されたことのない既知の物質または組成物は、第一医療用途クレームとして請求項に記載することが可能である」とし、また8.138では「物質または組成物の第二以降の医療用途クレームは、スイスタイプクレームの形式でのみ請求項に記載することができる」としている。
2-2-1. 第一医療用途クレームの具体例
ガイドラインの8.120と8.122において、認められる第一医療用途クレームについて、例が示されている。
(1) 治療において使用される化合物X
(2) 薬品として使用される化合物X
(3) 疾患Yの治療に使用される化合物X
また、ガイドライン8.124には、認められない第一医療用途クレームの例が示されている。
(4) 治療時に使用される化合物X
(5) 疾患Yの治療のための化合物X
2-2-2. 第二医療用途クレームの具体例
ガイドライン8.145には、認められる第二医療用途クレームについて例が示されている。
(1) 疾患Yの治療のための医薬品の製造における化合物Xの使用
(2) 疾患Yの治療のための医薬組成物の製造における化合物Xの使用
ガイドライン8.146では、認められない第二医療用途クレームの例が示されている。
(3) 疾患Yの治療のための化合物Xの使用
(4) 病状Yの治療において使用する化合物X
3. 特許を受けることができないその他の主題
前述のシンガポール特許法(1995年2月施行)第13条(2)は削除されたが、これに替わってガイドラインは8.9から8.34において、特許を受けることができない主題を列記している。例えば、以下のような記載がある。
(1) 発見
多くの発明は発見に基づいているが、発明を構成するには「それ以上の何か」がなければならない。物質の特定の特性を発見すると、その物質に関する知識は蓄積されるがそれ自体は発明ではない。ただし、その特性によってその物質が新しい用途に応用される場合は、発明を構成する可能性がある(ガイドライン8.11)。
(2) 科学的理論および数学的方法
科学的理論や数学的方法それ自体は発明ではないが、その原理を応用することで新しい材料やプロセスが生まれた場合、その結果得られた製品は、発明とみなされる可能性がある(ガイドライン8.17)。
(3) 審美的創作物(言語、戯曲、音楽または芸術作品)
純粋に美的な創作物(文章、写真、絵画、彫刻、音楽、スピーチ、その他の芸術作品を含む)は発明ではない。これには、創作物のアイデアや精神的な側面だけでなく、作品の物理的な表現も含まれる(ガイドライン8.28)。
(4) 精神活動の遂行、ゲームの実行または事業の実施のための計画、規則または方法
精神的な活動や計画とみなされる方法は、一般的には発明ではない。これには、教授法(言語や読書の学習法など)、暗算法、記憶法、製品の設計法などが含まれる(ガイドライン8.31)。
(5) 情報の提示
情報の内容によってのみ特徴付けられる発明は、たとえ物理的な装置がその提示に関係していたとしても、発明ではない(ガイドライン8.33)。
オーストラリアにおける特許を受けることができる発明とできない発明
1. 特許法に基づき特許を受けることができない発明
オーストラリア特許法第18条第2項において、「人間およびその産生のための生物学的方法」は特許性の適用対象から除外されている。この条項は、立法上の論争の結果として設けられたもので、特許保護の対象外とされる発明に関して、倫理的な根拠に基づく唯一の条文となっている。
この人間に関する特許性の適用除外は、機能的に人間と等価な存在にまで論理的に拡張され、ヒトの受精卵、接合体、胚盤胞、胎芽、胎児、全能性幹細胞等が特許性の適用除外の対象に含まれる。ただし、全能性を持たないヒトの多能性幹細胞は、それら細胞から完全な人間を再生することができないという理由で特許保護の対象となる。
体外受精の方法、核DNAの置換によるクローン作製方法、受精卵および接合体および胎芽の育成もしくは培養に関わる方法、導入遺伝子もしくはドナー遺伝物質もしくはドナー細胞質を受精卵および接合体および胎芽への導入に関わる方法など、特定の方法も特許保護の対象外とされている。
ヒトの胎芽の生成に関わる方法も特許性を阻却される。たとえば、胚性幹細胞を得るための方法に胎芽生成の工程が含まれている場合、胎芽の生成がいかにして行われるかに関わらず、そのような方法は特許性を阻却されることになる。
(根拠条文等:Patent Manual of Practice and Procedure(以下「Manual」という。)5.6.8.14)
特許法により特許保護の対象外とされる別の例は、食品もしくは医薬品として利用しうる物質(人間と動物のいずれに用いられるかを問わず、また内用または外用の別を問わない。)であって、既知の成分の「単なる混合」に過ぎないものに関係している。そのような「単なる混合物」の作製方法も特許保護の対象外とされる。
「既知の成分の単なる混合」とは、各成分についての既知の特性を総和した以上のものではない、つまり新規の特性を発現するものではない混合物のことである。「混合物」に含まれるものとしては、固形状態(タブレットや錠剤)の粉末もしくは顆粒や、液体もしくは気体の混合物が挙げられ、懸濁液および溶液もこれに含まれうる。
特許法により特許保護の対象外とされる最後の例は、「法に反する」発明に関するものである。法に反する発明とは、その主な用途が紙幣の複製方法などのように明らかな犯罪行為にあたると思われる発明のことである。
(根拠条文等:Manual 5.6.8.18)
2. コモンローに基づき特許保護の対象外とされる発明
オーストラリアの特許保護の対象外となる発明は、特許法に明示されている発明の他に判例が判断基準となる。特許法条文に定義されていない「製造の態様」(manner of manufacture)の解釈と運用は判例に委ねられている。
1959年の最高裁判決、National Research Development Corporation v Commissioner of Patents (1959) 102 CLR 252; (1961) RPC 134; 1A IPR 63(NRDC判決)は、「製造の態様」の解釈において重要な判決である。NRDC判決では、「製造の態様」の要件を満たすためには、発明が「芸術(fine arts)」ではなく「有用な技術(useful arts)」であり「実質的な利点(material advantage)」をもたらすこと、加えて、経済活動の分野における「人為的に創出された状態(artificially created state in the field of economic endeavour)」をもたらす場合に限り、特許保護の対象とされることを示した(Manual 5.6.8.20「National Research Development Corporation v Commissioner of Patents [1959] HCA 67」、「オーストラリアにおける特許適格性判断」パテント2020 Vol.73 No.74)。
この判例は、特許権を主張された発明が単なる着想や発見の域を超えて商業的に有用な結果を生じさせるか否かを基準として、特許保護対象の判断に関し広範な法理を確立した。
方法に関する発明に有用性があるとされるためには、有用な商業的製品に結びついている必要はないが、特許権者が明細書の中に記載した用途が実現可能であることと、具体的、実質的にして信頼性のある用途が存在することが満たされればよい(オーストラリア特許法第7A条、第18条(1)、Manual 5.6.8.19)。
しかし、以下の主題は、「製造の態様」(manner of manufacture)に関する要件を満たさないため、特許保護の対象外とされる主題であるとされている。
・実施する手段のない発見
・単なる着想
・単なる構想もしくは計画
・科学理論
・数学的アルゴリズム
一般に、技術的または実用的な領域に属するものは特許保護の対象とされるが、知的または学術的な領域に属するものは特許保護の対象外とされる。
以下では、具体的なカテゴリーについて述べることにする。
2-1. 医学的治療方法
経済的な実用性を有する医学的治療方法および診断方法は、特許保護の対象となる可能性がある。同様に、人体の外見を改善もしくは変化させるための美容的処置についても、特許保護の対象となる可能性がある(Manual 5.6.8.13)。
2-2. ビジネスモデルおよびソフトウェア特許
オーストラリア特許法の下では、コンピュータソフトウェアまたはソフトウェア関連製品として実施される発明に関して、特許保護の対象であるか否かを明確に規定していない。ただし、その主題は、「製造の態様」に関する要件を満たしていなければならず、単なる構想、抽象的なアイデアもしくは情報の域を超えていなければならない。したがって、事業計画そのものは特許性を持たないが、ビジネスや金融に関係する手法がコンピュータ技術の新たな応用を必要とするものである場合、または別段の有用な物理的成果を生じさせるものである場合、そのような手法は、特許保護の対象とされる可能性がある(Manual 5.6.8.6)。
2-3. 生物学的素材
ある生命体が、人間の技術的介入の結果として生じた人工的な状態であって自然には発生しないものであるならば、特許性を認められる可能性がある(Manual 5.6.8.12)。
発明として提示した生物が、生き物であるという理由よって、その生物が特許保護の対象外とされることはない。ただし、その生物が特許保護の対象となるためには、改良もしくは改変された有用な特性を備えている必要がある(Manual 5.6.8.20 Ranks Hovis McDougall Ltd’s Application [1976] AOJP 3915)。例えば、有機的組織体の機能に影響しない変わった特徴を備えているというだけでは特許保護の対象外となる。
自然発生する微生物は、特許性を持たない。それらは発見されたものであって発明ではないからである。ただし、微生物を純粋培養するための方法に関する発明は、技術的発明の要件を満たす(Manual 5.6.8.12)。
D’Arcy v Myriad Genetics Inc. (2015) HCA 35 (Myriad)において、オーストラリア高等裁判所は、単離された核酸配列は特許性を持たないとの判断を示した。単離された核酸配列に組み込まれた情報は、人間に存在する関連するヌクレオチド配列を再現したものであり、したがって「作られた」情報ではない、というのが高裁の判断の根拠である。なお、単離された天然物またはその誘導体が特許性から除外される、という一般的な規則を定めたものではない。また、この判決では、一般的な「遺伝子特許」に関するものではないことを明確にし、プローブ、ベクター、製造方法、診断方法を対象とした特許の残りのクレームに関しては、いかなる判断も下されていない(Manual 5.6.8.11)。
2-4. 組合せ、コロケーション、キット、パッケージ、および単なる混合物
既知の要素の新規な組合せが、実際に機能する相互関係もしくは潜在的に機能する相互関係を備えている場合、その組合せは、特許保護の対象となる(Manual 5.6.8.16)。例えば、
混合物の完全体が新規かつ進歩性がある場合、製造の態様(manner of manufacture)および進歩性の要件は満たされる。しかしながら、請求項において、既知の完全体の混合物のみが定義され、キット(既知の要素の組み合わせ)が含まれていない場合、進歩性の要件を満たしていないとして、審査官は拒絶理由通知を発行することになる。
2-5. 美術
「美術」の領域に属する発明は、特許保護の対象外とされている。「美術」とは、通常、美的表現を模索する人間の知的活動の成果であるような「芸術」を含み、絵画や彫刻、音楽その他の美的創造物である。
ある物の純粋な美的効果は、特許性を持たないが、その物が技術的な特徴を備えている場合、特許保護の対象とされる可能性がある。例えば、タイヤの接地面のパターンである。美的な感動を生じさせるための過程または手段の中に技術的な革新が含まれていて、そのために特許性が認められることもありうる。
(根拠条文等:Manual 5.6.8.3)
2-6. 情報の提示
情報の提示は、情報それ自体の性質に基づき、特許保護の対象外とされている。文書、書籍、映画等の知的もしくは視覚的なコンテンツは、実用技術ではなく美術もしくは知的技術に関係している。
情報の提示に物理的な器機が関係している可能性があるというだけでは、特許保護の対象となるわけではない。情報の提示の効果が純粋に知的もしくは視覚的な性質のものではなく、実質的な利益を提供するものである場合、その主題は特許保護の対象とされる可能性がある。
(根拠条文等:Manual 5.6.8.5)
2-7. 数学的アルゴリズム
数学的アルゴリズムは、それ自体としては特許性を持たないが、処理手順に数学的アルゴリズムが含まれているという事実のみによって特許保護の対象外となるわけでない。数学的手法に関する発明における特定の過程に数式もしくは数学的アルゴリズムを適用することで実質的な利益が生じる場合、それは有用であって特許保護の対象になると考えられる(Manual 5.6.8.8)。
2-8. 試験方法
試験、観察もしくは測定の方法に関する発明は、単なる計画や作業指示を超えるものであれば特許保護の対象となる場合がある。例えば、物理的特性の測定や観察の精度を向上させるなど、技術的な制限に対処する方法は、一般的に許可される(Manual 5.6.8.9)。
2-9. 作業指示
従来と同一の製品を製造するために行われる既存の装置または製法の作業構成の「単なる」変更は、特許保護の対象外とされている。この種の発明は、一般に「作業指示」(working directions)と呼ばれる。独創的な発明の創意を必要としない作業指示の変更は、「単なる」変更である。
「単なる」変更の結果が新規である場合、または「変更」に発明的な選択がなされる場合、変更された製法は、特許性を有する。ただし、単に従来製品をより効率的に生産するため、あるいは従来と同じ効果を生み出す既知の装置をより効率的に操作するために、試行錯誤や日常的な実験により既知の工程の最適化が行われただけでは、作業指示であり特許性を有しない。
(根拠条文等:Manual 5.6.8.10)
2-10. 農業および園芸の方法
農業および園芸の方法は、自然に発生するものではなく、人間の技術的介入を伴い経済活動の分野で有用である場合、製造方法とみなされ特許を受けることができる(Manual 5.6.8.15)。
2-11. 既知の物質の新規な用途
既知の物質の新規な用途は、特許性を有する。ただし、その用途は、以前知られていなかった特性を利用したものでなければならない。例えば、特定の疾病の治療にとって有用だと分かっている医薬用物質が別の病気の治療にとっても有用だと判明することがある。その場合、第二医薬用途に関する方法は、特許保護の対象とされる。
既知の物質を特定の用途に適したものにしている既知の特性を求めて、既知の製品の製造に既知の物質を使用することに関係する発明は、特許保護の対象とされる。
(根拠条文等:Manual 5.6.8.17)
2-12. 発見、アイデア、科学的理論、単なる計画や構想
法則、自然原理または科学の発見、単なるアイデア、科学的理論および数学的アルゴリズムそれ自体、単なる計画や構想は特許を受けることはできない。なお、発明が技術的または実用的な事項に属している場合は、特許を受けることができる。
「単なる計画や構想もしくは計画以上」として特許が認められた例としては、電気的振動の生成、種蒔き後の土地の完全除草区画、煙霧のない大気、消火後の地下層の形成等が挙げられる。
(根拠条文等:Manual 5.6.8.4)
2-13. ゲームおよびゲーム機器
ゲーム自体は、単なる精神的なプロセス、抽象的なアイデア、または計画であるため、特許を受けることはできない(Manual 5.6.8.7)。
3. 結論
以上のように、オーストラリアにおいては、ある発明が特許法に規定された比較的狭いカテゴリーのいずれにも該当せず、かつその発明が当該技術分野に利益を提供することができる場合に、特許保護の対象になる。
台湾における医薬関連特許の審査基準改訂(前編)
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マレーシアにおける医薬用途発明保護
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香港における医薬用途発明
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タイにおける医薬用途発明の保護制度
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メキシコにおける特許を受けることができる発明とできない発明
【詳細】
1.概要
メキシコにおいては、特に動植物の発生、複製または繁殖を目的とする本質的に生物学的な方法等、特許不適格な発明が存在する。また、理論上または科学上の原理、コンピュータプログラム、情報提供の方法、治療方法、発明とみなされない発見についても特許不適格とされている。なお、バイオテクノロジー分野に属する相補的DNAや、IT分野に属するコンピュータ関連発明等については、特許性について指針が十分に提供されておらず、メキシコの国内法には整備の余地が残されている。
2.法的枠組み
特許性について定めたメキシコ産業財産法(以下「MIPL」と称する)の具体的な規定を以下に掲げる。
- メキシコ産業財産法
-
第4条 その内容が公序良俗、道徳または適正な慣行に反する場合、または当該内容が法の規定に違反する場合は、本法の適用を受ける法的機関または組織に関係する特許、登録および許可は与えられず、また官報での公告も認められないものとする。
-
第16条 新規であり、かつ進歩性の成果であって産業上の利用可能性を有する発明は、以下に該当する場合を除き、本法の文言に基づき特許適格とされるものとする。
- 動物の出生や植物の発生、複製または繁殖を目的とする本質的に生物学的な方法
- 自然界で発見される生物学的および遺伝学的な素材
- 動物の品種
- 人体および人体を構成する生きた材料
- 植物の品種
-
第19条 本法の適用上、以下のものは発明とはみなされない。
- 理論上または科学上の原理
- これまで人間には知られていなかったが自然界に既に存在していたものを公開または公表する研究成果
- 精神作用の実行、遊戯の実施または事業活動遂行のための図式、計画、規則および方法、ならびに数学的手法
- コンピュータプログラム
- 情報提供の方法
- 美的創造物、芸術的著作物および文学的著作物
- 人体または動物に適用可能な外科手術、治療もしくは診断の方法
- 既知の発明の組合せ、既知の製造物の混合、またはそれらの用途、形状、寸法もしくは材料の変更。ただし、現実にそれらの結合もしくは一体化の程度が強く別個の状態では機能しない場合や、それらの特徴もしくは機能が変化しているために当該分野の当業者にとって自明でないような産業上の成果もしくは用途が生じている場合はこの限りではない。
上に掲げた第4条、16条および19条は、メキシコにおいて特許として認められないものを規定している。しかし、前述したように、これら規定の解釈において問題が生じる場合がある。メキシコの国内法に具体的な判断基準が設けられていないため、相補的DNAやコンピュータ関連発明などは、特許性の適格を判断するにあたって、さまざまな解釈を生じさせてしまっており、現時点においてメキシコ産業財産庁(以下「IMPI」と称する)による特定性の適格判断は一貫性を欠いてしまっている。
3.実務面における主題の特許性
ある出願について、MIPLの規定に基づいて特許不適格と指摘された場合であっても、請求項の記述内容を変更することで、権利化を目指すことができる場合があるたとえば生命科学の分野において、治療方法に関する請求項(クレーム)に対して特許不適格な主題であると指摘された場合、そのようなクレームをEPC2000型のクレーム(特定の疾病Yの治療に使用される化学物質または化合物X)もしくはスイス型のクレーム(疾病Yの治療用医薬品製造のための化学物質または化合物Aの使用)に書き直すことで、認可となる可能性がある。現在、IMPIは医療的用途についてEPC2000型とスイス型のどちらを認容すべきかの基準を定めていないため、どちらの形式の請求項記述でも認められている。
また、先述のように、生命科学の分野においては、相補的DNA等の特定の主題に関する特許適格性について指針が提供されていない。しかしながら、相補的DNAは自然発生するものではなく、自然界に存在するものとは構造的に異なっていることから、相補的DNAに関する出願が特許不適格との理由で拒絶される可能性は低いと考えられる。一方、単離されたDNA配列の場合は事情が異なる。単離されたDNA配列は、それ自体としては自然界に存在しないが、自然界に存在するものと構造的に同一である(Alejandro Luna FandiñoおよびErwin Cruz著「Biotech: Guidance changes US patentability and its impact in Mexico」(The Patent Lawer掲載)。この点に関して言えば、遺伝子の単離された配列もしくは部分的配列は、それらが特定の機能を有する限りにおいて、欧州特許条約(EPC)の加盟国および欧州連合においては、特許性が認められている(EPC規則23e(2))。メキシコにおける特許性の判断基準は、欧州特許庁(EPO)の基準を忠実に踏襲している。しかし、国内法に具体的な指針が欠けているため、IMPIが採択した基準は、単離されたDNA配列は特許適格な主題とは見なされないというものであった。つまり、この特定の主題に関するIMPIの基準は、Myriad事件(Association for Molecular Pathology v Myriad Genetics, Inc., 569 U.S.__, 133 S. Ct. 2107,(2013))以後の米国特許庁が採用している基準の方により近い。単離されたDNAは、それ自体としては自然界に存在しないため、この基準は議論の的になるものと思われる。
また、バイオテクノロジー関連発明に関しては、公序良俗、道徳もしくは適正慣行に反するという理由で(前掲のMIPL第4条を参照)、審査官から拒絶の指摘を受けることがある。この種の指摘は、ヒト胚芽に絡んだ特許出願について、ごく稀に受けることがあり、特に、その特許出願の明細書にヒト胚芽の破壊に関する記述が含まれている場合、そうした傾向がある。
また、コンピュータ関連発明に関する特許出願についても、特許適格な主題であるか否かが問われることが多い。前掲のメキシコ第19条VII項に記述されているように、コンピュータプログラムは特許適格な主題とは見なされていない。しかしながら、メキシコ特許法には「コンピュータプログラム」の定義が示されておらず、コンピュータ関連発明の特許性に関する規定も存在しない。このため、長年にわたってコンピュータ関連発明は、コンピュータプログラムそれ自体と見なされて拒絶されてきた。ところが、2013年にメキシコのFCTA(連邦租税行政裁判所)は、コンピュータ関連発明とコンピュータプログラムもしくはソフトウェアそれ自体とを明瞭に区別する決定を言い渡した(2013年6月。2154/09-EPI-01-3 IMPI vs. Microsoftの事件において、FCTAは被告マイクロソフトに有利な判決を示し、被告の特許出願を拒絶したIMPIの以前の決定を棄却した。コンピュータ関連発明とコンピュータプログラムそれ自体の線引きを明確に示したメキシコで最初の判例であった)。この判決以降、メキシコにおいてコンピュータ関連発明の特許性に関する状況は、かなり改善されてきている。
4.結論
特許適格な主題に関するMIPLのグレーゾーンは、相当広い範囲に及んでいる。だが、こうした不確実性のある現状は、メキシコ特許法の改善に役立つ司法判断の先例を生み出す可能性に満ちているということもできる。先述のコンピュータ関連発明の例は、この最たる事例である。メキシコ特許出願に関する当面の実務としては、もしも審査官から「主題に特許性がない」との指摘を受けた場合、その指摘が特許法第16条もしくは第19条の明示的な規定に基づいたものでなければ、反論により解消できる可能性があるといえる。