日本と香港における特許分割出願に関する時期的要件の比較
1. 日本における特許出願の分割出願に係る時期的要件
日本国特許法第44条は、下記の(1)~(3)のいずれかの時または期間内であれば、2以上の発明を包含する特許出願の一部を1または2以上の新たな特許出願とすること(分割出願すること)ができることを規定している。
(1) 願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面について補正をすることができる時または期間内(第44条第1項第1号)
なお、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面について、補正をすることができる時または期間は、次の(i)~(iv)である。
(i) 出願から特許査定の謄本送達前(拒絶理由通知を最初に受けた後を除く)(第17条の2第1項本文)
(ii) 審査官(審判請求後は審判官も含む。)から拒絶理由通知を受けた場合の、指定応答期間内(第17条の2第1項第1号、第3号)
(iii) 拒絶理由通知を受けた後第48条の7の規定による通知を受けた場合の、指定応答期間内(第17条の2第1項第2号)
(iv) 拒絶査定不服審判請求と同時(第17条の2第1項第4号)
(2) 特許査定(次の(i)および(ii)の特許査定を除く)の謄本送達後30日以内(第44条第1項第2号)
(i) 前置審査における特許査定(第163条第3項において準用する第51条)
(ii) 審決により、さらに審査に付された場合(第160条第1項)における特許査定
なお、特許「審決」後は分割出願することはできない。また、上記特許査定の謄本送達後30日以内であっても、特許権の設定登録後は、分割出願することはできない。また、(2)に規定する30日の期間は、第4条または第108条第3項の規定により第108条第1項に規定する期間が延長されたときは、その延長された期間に限り、延長されたものとみなされる(第44条第5項)。
(3) 最初の拒絶査定の謄本送達後3月以内(第44条第1項第3号)
第44条第1項第3号に規定する3か月の期間は、第4条の規定により第121条第1項に規定する期間が延長されたときは、その延長された期間に限り、延長されたものとみなされる(第44条第6項)。
日本国特許法第44条(特許出願の分割) 特許出願人は、次に掲げる場合に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。 一 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる時又は期間内にするとき。 二 特許をすべき旨の査定(第百六十三条第三項において準用する第五十一条の規定による特許をすべき旨の査定及び第百六十条第一項に規定する審査に付された特許出願についての特許をすべき旨の査定を除く。)の謄本の送達があつた日から三十日以内にするとき。 三 拒絶をすべき旨の最初の査定の謄本の送達があつた日から三月以内にするとき。 (第2項以下省略) |
2. 香港における特許出願の分割出願の時期的要件
香港における特許出願には、標準特許(R)出願、標準特許(O)出願、短期特許出願があり(香港特許条例(以下「条例」という。)第2条(1))、それぞれの出願について、分割出願することのできる時期的要件が異なる。
(1) 標準特許(R)について分割出願ができる時期
香港における標準特許(R)出願は、香港特許庁に直接出願するものではなく、指定特許庁※に出願された特許出願(指定特許出願)が公開された段階で、香港特許庁へ記録請求手続を行うものである(条例第15条(1))。その後、指定特許出願に対して指定特許庁で特許付与された段階で、その指定特許について香港特許庁へ登録付与請求手続を行うことで香港における標準特許(R)が付与される(条例第23条(1)、条例第27条(1))。
※ 指定特許庁として、以下の3つの特許庁が指定されている(条例第8条)※。
・中華人民共和国国家知識産権局
・欧州特許庁(英国を指定した特許に限る)
・英国特許庁
※香港特許庁ホームページ掲載サイト「Standard patent(R)」の「Designated patent application(指定特許出願)」参照 https://www.ipd.gov.hk/en/patents/faqs/standard-patent-r/index.html
標準特許(R)出願からの分割出願を香港特許庁へ直接行うことはできないが、標準特許(R)出願に対応する指定特許出願が指定特許庁で分割された場合に、その分割指定特許出願の公開日または記録請求公開日(当該標準特許(R)出願(親出願)の香港における公開日)のいずれか遅い方の後6か月以内に、その分割指定特許出願の記録請求(親出願の分割出願に相当)をすることができる(条例第22条(1))。
(2) 標準特許(O)について分割出願ができる時期
標準特許(O)出願とは、2019年に導入された制度であり、香港特許庁に直接行う特許出願をいい、香港特許庁の登録官によって実体審査が行われる(条例第2条(1)、第37A条、第37U条)。
標準特許(O)出願からの分割出願については、香港特許庁に直接行うことができる(条例第37Z条)。標準特許(O)について分割出願できる時期は、標準特許(O)出願(親出願)が登録査定された場合は登録公告の準備が完了する前まで(条例第37Z条(3)(a)(iii))、また標準特許(O)出願(親出願)について拒絶理由通知を受領した場合は、通知の日後2か月以内である(条例第37Z条(3)(a)(iv)、香港特許(一般)規則第31ZS条(2))。なお、標準特許(O)出願(親出願)が取下げられたか、取下げられたとみなされた後は、分割出願をすることができない(条例第37Z条(3)(a)(i),(ii))。
(3) 短期特許出願について分割出願ができる時期
標準特許(R)出願または標準特許(O)出願とは別に、香港特許庁へ直接出願する短期特許出願(日本の実用新案に相当、権利期間は出願から8年)もある(条例第2条(1)、第126条(1))。短期特許出願の場合には、その公開準備が完了する前まで、分割短期特許出願を行うことができる(条例第116条)。
香港特許条例 第22条 分割指定特許出願の場合の記録請求の規定 (1) 標準特許(R)出願において、次に該当する場合は、出願人は、分割指定特許出願の公開日又は本条例に基づく記録請求公開日の何れか遅い方の後6月以内に、登録官に対し、その分割指定特許出願を登録簿に記入するよう請求することができる。 (以下省略) |
香港特許条例 第37Z条 分割標準特許(O)出願 (1) (2)は、次の場合に適用される。 (a) 標準特許(O)出願(先の出願)がなされている場合、および (b) 出願人又は出願人の権原承継人が、(3)に定める条件を満たす新たな標準特許(O)出願をする場合 (2) 第103条(1)に従うことを条件として、 (a) 先の出願の出願日は、新たな出願の出願日とみなされる。また (b) 新たな出願は、優先権の利益を享受する。 (3) 条件は、次の事項である。 (a) 新たな出願が、次の通りなされること (i) 先の出願が取り下げられる前に (ii) 先の出願が取り下げられたものとみなされる前に (iii) 標準特許(O)が先の出願のために付与されている場合は、特許明細書の第37X条 (2)(a)に基づく公開のための準備が完了する前に、または (iv) 先の出願が登録官により拒絶された後所定期間内に、ならびに (b) 新たな出願が、 (i) 先の出願に含まれる主題の何れかの部分に関してなされること、および (ii) 所定の要件を遵守していること |
香港特許条例 第116条 分割短期特許出願 短期特許出願がなされた後、特許明細書の公開の準備が完了する第122条に基づく日付の前に、短期特許の新規出願が、所定の規則に従い原出願人または当該人の権原承継人によりなされた場合であって、出願が次に該当する場合は、当該新規出願は、先の短期特許出願の出願日をその出願日として有するものとして取り扱い、如何なる優先権の利益をも有する。 (a) 先の短期特許出願に含まれる主題の何れかの部分に関するものである場合 (以下省略) |
(条例の他の条文、および香港特許(一般)規則第31ZS条は、【ソース】の規定を参照されたい。)
日本と香港における特許分割出願に関する時期的要件の比較
日本 | 香港 | ||
分割出願の時期的要件(注) | 補正ができる期間 | 標準特許(R)出願 | 分割指定特許出願の公開日または記録請求公開日の何れか遅い方から6か月以内 |
標準特許(O)出願 | ・親出願が、登録査定された場合は、登録公告の準備が完了する前まで ・親出願が、拒絶理由通知を受領した場合は、通知の日後2か月以内 | ||
短期特許出願 | 公開準備が完了する前まで |
日本と香港における特許出願書類の比較
1. 日本における特許出願の出願書類
(1) 出願書類
所定の様式により作成した以下の書面を提出する(特許法第36条第2項)。
・願書
・明細書
・特許請求の範囲
・必要な図面
・要約書
(i) 願書
願書には、特許出願人および発明者の氏名(出願人が法人の場合は名称)、住所または居所を記載する(特許法第36条第1項柱書)。
(ⅱ) 明細書
明細書には、発明の名称、図面の簡単な説明、発明の詳細な説明を記載する(特許法第36条第3項)。
発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならない(特許法第36条第4項第1号)。
(ⅲ) 特許請求の範囲
特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない(特許法第36条第5項)。
(ⅳ) 要約書
要約書には、明細書、特許請求の範囲または図面に記載した発明の概要等を記載しなければならない(特許法第36条第7項)。
(2) 手続言語
書面は、日本語で記載する(特許法施行規則第2条1項)。
(3) 手続言語以外で記載された明細書での出願日確保の可否
書面は日本語で作成するのが原則であるが、英語その他の外国語(その他の外国語に制限は設けられていない)により作成した外国語書面を願書に添付して出願することができる(特許法第36条の2第1項、特許法施行規則第25条の4)。この場合は、その特許出願の日(最先の優先日)から1年4か月以内(分割出願等の場合は出願日から2か月以内)に、外国語書面および外国語要約書面の日本語による翻訳文を、特許庁長官に提出しなければならない(特許法第36条の2第2項)。ただし、特許法条約(PLT)に対応した救済規定がある(特許法第36条の2第6項)。
(4) 優先権主張手続
外国で最初に出願した日から12か月以内に、パリ条約による優先権の主張を伴う日本特許出願をすることができる(パリ条約第4条C(1))。優先権主張の基礎となる出願の出願国と出願日を記載した書類を、最先の優先日から1年4か月または優先権の主張を伴う特許出願の日から4か月の期間が満了する日のいずれか遅い日までの間に、特許庁長官に提出しなければならない(特許法第43条第1項、特許法施行規則第27条の4の2第3項第1号)。優先権主張書の提出は、特許出願の願書に所定の事項を記載することで、省略することができる(特許庁「出願の手続」第二章第十二節「優先権主張に関する手続」)。また、最先の優先日から1年4か月以内に、特許庁長官に優先権証明書類を提出しなければならない(特許法第43条第2項)。
ただし、日本国特許庁と一部の外国特許庁、機関との間では、優先権書類の電子的交換を実施しており、出願人が所定の手続を行うことで、パリ条約による優先権主張をした者が行う必要がある書面による優先権書類の提出を省略することが可能となっている(特許法第43条第5項)。
<参考URL>
特許庁:優先権書類の提出省略について(優先権書類データの特許庁間における電子的交換について)
https://www.jpo.go.jp/system/process/shutugan/yusen/das/index.html
2. 香港における特許出願の出願書類
香港における標準特許出願には、標準特許(R)出願と標準特許(O)出願があり(香港特許条例(以下「条例」という。)第2条(1))、それぞれの出願について必要とされる出願書類等が異なる。
2-1. 標準特許(R)出願
香港における標準特許(R)出願は、香港特許庁に直接出願するものではなく、指定特許庁に出願手続きを行い(指定特許出願)、指定特許出願が公開された段階で、香港特許庁に対して「記録請求手続」を行うものである(条例第15条(1))。その後、指定特許出願が指定特許庁により特許付与された段階で、その指定特許に基づき香港特許庁に対して「登録および付与請求」の手続をすることで香港における標準特許が付与される(条例第23条(1)、第27条(1))。
指定特許庁として、以下の3つの特許庁が指定されている(条例第8条)※。
・中華人民共和国国家知識産権局
・欧州特許庁(英国を指定した特許に限る)
・英国特許庁
※香港特許庁ホームページ掲載サイト「Standard patent(R)」の「Designated patent application(指定特許出願)」参照 https://www.ipd.gov.hk/en/patents/faqs/standard-patent-r/index.html
したがって、香港において標準特許(R)の権利化を求める場合は、中国出願、英国出願あるいは欧州出願(英国指定を含む)を行う必要がある。
(1) 出願書類
香港特許庁に対する記録請求手続は、指定特許庁での出願公開日から6か月以内に下記の情報および書類の提出が求められる(条例第15条(1)および(2))。
(i) 指定特許出願と共に公開された説明、クレーム、図面、調査報告または要約を含む、公開された指定特許出願の写し
(ⅱ) 指定特許出願が発明者の名称を含まない場合は、出願人が発明者と信じる者を特定する陳述書
(ⅲ) 請求人の名称および住所
(ⅳ) 請求人が指定特許出願に出願人として記載されている者とは別の場合、標準特許(R)出願の権利を説明する陳述書およびその陳述書を裏付ける所定の書類
(ⅴ) 優先権(条例第11B条)が主張されている場合は、次の詳細を示す陳述書
(a) 主張されている優先日
(b) 先の出願が提出された国
(ⅵ) 指定特許庁の法律の適用上新規性を害さない開示であった発明の先の開示について指定特許庁の法律に従って主張がなされていた場合は、当該先の開示についての所定の詳細を示す陳述書
(ⅶ) 書類送達のための香港における宛先
(2) 手続言語
特許出願は、公用語の一つで行わなければならない(条例第104条(1),(3))。香港の公用語は、中国語と英語である(香港基本法第9条)。
(3) 手続言語以外で記載された明細書での出願日確保の可否
指定特許出願の、手続言語へのまたは公用語の一つへの翻訳文は、必要とされない(香港特許(一般)規則(以下「規則」という。)第56条(4))ので、仮に香港特許庁への「記録請求」時に提出される指定特許出願の公開明細書の写し(上記提出書類(i))が手続原語以外で記載されていたとしても、公用語への翻訳文の添付なしで出願日が確保されると解されるが、指定特許庁は、上記2-1.に記載したとおりであるから、指定特許出願は一般的に中国語または英語で指定特許庁に出願されているため、手続原語以外で記載された明細書(写し)をもって香港特許庁に「記録請求」するケースはないと考えられる。
(4) 優先権主張手続
記録請求時における優先権主張の陳述書の提出(条例第15条(2)(e))、および登録付与請求時における優先権主張の裏付け書類の複写の提出(条例第23条(3)(c))を条件として優先権が与えられる(条例第11B条)。指定特許出願が享受する優先日が標準特許(R)出願の優先日とみなされる(条例第11C条)。
2-2. 標準特許(O)出願
標準特許(O)出願とは、2019年に導入された制度であり、香港特許庁に直接行う特許出願をいい、香港特許庁の登録官によって実体審査が行われる(条例第2条(1)、第37A条、第37U条)。
(1) 出願書類
標準特許(O)出願は,次のものを含まなければならない(条例第37L条(2))。
(ⅰ) 標準特許(O)の付与を求める願書
(ⅱ) 次の事項を記載した明細書
・出願の主題である発明の説明
・少なくとも1のクレーム
・説明またはクレームにおいて言及される図面
(ⅲ) 要約
(ⅳ) 新規性を損なわない開示の主張を望む場合は、要求される陳述書および証拠
(ⅴ) 出願人が先の出願の優先権の利用を望む場合、優先権陳述書および先の出願の謄本
(ⅵ) 発明がその実施のために微生物の使用を必要とする場合は、当該微生物の試料を公衆が利用できる可能性に関する情報
(2) 手続言語
特許出願は、公用語の一つで行わなければならない(条例104条(1))。香港の公用語は、中国語と英語である(香港基本法第9条)。
(3) 手続言語以外で記載された明細書での出願日確保の可否
特許出願は公用語で行わなければならず、提出する書類が公用語によらない場合は、公用語への翻訳文を含まなければならない(条例第104条(1)、規則第56条(1))。
(4) 優先権主張手続
先の出願の優先権の利用を希望する標準特許(O)出願人は、先の出願の出願日後12か月の期間中、優先権の主張を伴った出願をすることができ(条例第37C条(2)、規則第31C条(1)(b))、優先権陳述書は当該後の出願とともに提出しなければならない(条例第37E条(1)、規則第31C条(3))。ただし、所定の手数料を支払いかつ出願公開の請求が行われていない場合は、優先権陳述書は、主張される最先の優先日後16月以内に提出することができる(条例第37E条(1)、規則第31C条(4),(5))。また、先の出願の謄本は、主張される最先の優先日後16月以内に提出することができる(条例第37E条(1)、規則第31C条(7))。なお、標準特許(O)出願の優先日とは、優先権が主張される先の出願の出願日である(条例第37F条(1))。