シンガポールにおける商品・役務の類否判断について
1.はじめに
日本では、先行商標と出願商標は非類似とされているケースで、シンガポールでは、同じ商標の出願について、同じ先行商標と類似と判断され、拒絶査定を受けることがある。この相違は、両国の指定商品・役務に関する審査実務の違いによって生じる場合がある。例えば、日本の商標審査では、「類似群」と呼ばれるグループ分けを採用しており、商品・役務が同じグループに属さない限り、原則として非類似とみなされる。しかし、シンガポール商標審査ガイドライン(以下、「審査ガイドライン」という。)では、商品・役務を事前にグループ分けしていないため、判断が異なる可能性がある。そこで、本稿では、審査ガイドラインに基づく商品・役務の類似判断について紹介する。なお、著名商標との類似性、同一図形要素商標との類似性については、商品・役務の類似性を超えて保護される可能性があるため、考慮しないこととする。
2.商標の類似、非類似を判断する際のアプローチ
シンガポールにおける審査方法は、具体的には、以下のようなアプローチが一般的である。
① 出願商標が、識別力を有するか否かを判断する。
② ①で識別力があると判断された場合、出願商標が、同一/類似である先行商標を特定する。
③先行商標と本願商標の指定商品・役務が、同一/類似であるか否かを判断する。
適用される法律は、商標法第8条である。
異議申立に際しては、審査ガイドライン「相対的拒絶理由 5.1 ステップ・バイ・ステップ アプローチ」に、以下の判断手法で行われることが記載されている。
a. 出願商標が、先行商標の標識と同一/類似であるかを判断する。
b. 出願商標の指定商品・役務が、先行商標の指定商品・役務と同一/類似であるかを判断する。
c. a.およびb.の同一性/類似性から、公衆が混同するおそれがあるかを判断する。
a.の適用上、審査官は、標識が類似しているかどうかを確認する際、特に専門的および非専門的な識別力および支配的な構成要素に留意しつつ、標識が与える全体的な印象に基づいて、外観、称呼および観念の類似性を検討する。
Sariko Connoisseur v. Ferrero [2012] SGCA 56において、「登録商標は識別性があればあるほど、類似していると判断されないためには、商標に十分な変更が加えられたこと、または商標に差異があることを示す必要がある。」と控訴裁判所は判示した。
b.については、「3. 商品・役務の類似、非類似を判断する際のアプローチ」の項で詳しく述べる。
c.の適用上、混同の可能性を判断する際、審査官は、例えば、購入取引の長さ/複雑さ、高い教育水準を有する購入者または専門家によって購入されるなどの購入時に専門的な知識が必要か否かなど、商品・役務の購入において行使された注意の水準を考慮する。すなわち、高い注意水準が必要な場合、混同の可能性は、低い要因となる。
3.商品・役務の類似、非類似を判断する際のアプローチ
シンガポールでは、British Sugar PLC v. James Robertson & Sons Ltd., 1996 R.P.C. 281 の判決に基づき、ブリティッシュシュガー・ファクターと呼ばれる原則が確立した。すなわち、上記審査ガイドライン「相対的拒絶理由 5.3.3. 商品・役務の類似性」に示されているように、商品と役務とを特に区別せず、(a)~(f)の要件が規定されている。
(a) 商品・役務の用途;
(b) 商品・役務の需要者;
(c) 商品・役務の特性;
(d) 商品・役務が市場に到達するそれぞれの取引経路;
(e) セルフサービスの消費財商品の場合、それらがスーパーマーケットにおいて実際に陳列され、あるいは陳列され得る場所。(例えば、同じ棚であるか否か、など。);
(f) 商品・役務がどの程度競争的であるか。(例えば、市場調査会社が、当該商品・役務を同じ部門に分類するか否か。取引関係者が、当該商品を如何に分類するか。)
上記要件は、審査ガイドラインによれば全て適用されるとは限らず、各要素の重み付け(the weight which ought to be accorded to each factor)は、関連する全ての要素を評価した上で判断する、とされており、ケースバイケースで適用されると考えるべきである。
4.ニース分類の適用
シンガポール商標規則の規則19において、出願日に有効なニース分類を適用することが規定されている。
上記審査ガイドライン「相対的拒絶理由 5.3.3.1 商品または役務の区分は重要か?」で示されているように、商品・役務が分類される区分によって、その類似性が決定されるわけではない。すなわち、商品・役務がニース分類の同一区分に属するからといって、その商品・役務が自動的に類似になるということではない。例えば、第9類は広範な商品を対象としており、この区分に属する「消火器」と「コンピュータ」とは類似とみなされない。
さらに、異なる区分であっても、商品・役務は類似していると判断される場合がある。つまり、ニース分類の区分番号が異なるからといって、自動的にその商品・役務が非類似であるという結論には至らない。
商品・役務の類似性の判断は、願書中の指定商品・役務を具体的に比較しなければならない。
また、新興国等知財情報データバンクでは、「シンガポールにおける商標出願に際しての商品および役務の記述に関する留意事項」を公開しており、併せて参照されたい。
関連記事:「シンガポールにおける商標出願に際しての商品および役務の記述に関する留意事項」(2016.03.29)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/10417/
5.類見出し(Class Heading)について
ニース分類の類見出しは、特定の区分に含まれる商品および役務の一般的な表示で、類見出しで構成される指定商品・役務が、その区分に含まれるすべての商品・役務をクレームしていることと解してはならない(シンガポール商標審査ガイドライン「商品・役務の区分 5.3 ニース分類における類見出し」)。
類見出しについては、新興国データバンクの下記関連記事の「(2) クラスヘディング」の項も併せて参照されたい。
関連記事:「シンガポールにおける指定商品又は役務の願書への記載方法」(2014.07.22)
https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/6187/
6.商品名/役務名選択時の留意点
シンガポールでは、商品名・役務名の選定について、特に制限はない。すなわち、MGSM(Madrid Goods and Services Manager)リスト以外の商品名・役務名も可能である。
新興国データバンクの関連記事「シンガポールにおける指定商品又は役務の願書への記載方法」(前出)も併せて参照されたい。
韓国における進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)
進歩性に関する審査基準の記載個所、基本的な考え方、用語の定義については「韓国における進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)をご覧ください。
4.進歩性の具体的な判断
4-1.具体的な判断手順
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1
(2) 異なる事項または留意点
発明の進歩性は、以下の手順により判断する。
(i) 請求項に記載された発明を特定する。
(ii) 引用発明を特定する。複数の引用発明を特定することも可能である。引用発明を特定するときは、請求項に記載された発明と共通する技術分野および技術的課題を前提に通常の技術者の視覚で特定しなければならない。
(iii) 請求項に記載された発明と「最も近い引用発明」を選択し両者を対比し、その差異点を明確にする。差異点を確認する際には発明の構成要素間の有機的結合性を勘案しなければならない。より具体的には、発明をなす構成要素のうち有機的に結合しているもの同士は構成要素を分解せず結合された一体として引用発明の対応する構成要素と対比する。
(iv) 請求項に記載された発明が最も近い引用発明と差異があるにもかかわらず、最も近い引用発明から請求項に記載された発明に至ることが通常の技術者に容易か、容易でないかを他の引用発明と出願前の技術常識および経験則等に照らして判断する。
4-2.進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1.課題の共通性
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.2
(2) 異なる事項または留意点
引用発明と請求項に記載された発明の課題が共通した場合に、それは通常の技術者が引用発明によって請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる(大法院2007フ5024)。
もし、引用発明が請求項に記載された発明と技術的課題が共通しない場合には、出願発明の課題が該当技術分野で自明な課題なのか、技術常識に照らして容易に考えられる課題なのかについて、より綿密に検討して進歩性を否定できる根拠にすることはできないか判断する。
引用発明が請求項に記載された発明とその課題が互いに異なる場合にも、通常の技術者が引用発明から通常の創作能力を発揮し、請求項に記載された発明と同一の構成を導出することができたという事実が自明な場合には進歩性を否定することができる。
4-2-2.作用、機能の共通性
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.3
(2) 異なる事項または留意点
引用発明と請求項に記載された発明の機能または作用が共通する場合に、それは通常の技術者が引用発明によって請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる。
4-2-3.引用発明の内容中の示唆
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.1
(2) 異なる事項または留意点
引用発明の内容中に請求項に記載された発明に対する示唆があれば通常の技術者が引用発明により請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる(大法院2006フ3724)。
4-2-4.技術分野の関連性
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.4
(2) 異なる事項または留意点
出願発明に関連する技術分野の公知技術中に技術的課題解決に関係する技術手段が存在するという事実は、通常の技術者が引用発明によって請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる(大法院2005フ3321等)。
4-2-5.設計変更
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.2
(2) 異なる事項または留意点
請求項に記載された発明が引用発明の技術思想をそのまま用いて単純に適用上の具体的な環境変化にしたがい設計変更したものであり、そのためにより良い効果があると認められないときには特別な事情がない限り通常の技術者の通常の創作能力の発揮に該当して進歩性が認められない(大法院2004フ1137)。
例えば、請求項に記載された発明と引用発明との差異が公知された技術構成の具体的な適用により発生したもので、単純に構成要素の大きさ、比率、相対寸法または量にだけある場合には通常の技術者が有する通常の創作能力の発揮に該当するものとみて進歩性を否定する。ただし、そのような差異によって動作や機能等が異なる効果があり、そのような効果が通常の技術者の有する通常的の予測可能範囲を外れるより良い効果と認められる場合には進歩性を認めることができる(大法院2000フ2088、大法院2000フ3623)。
4-2-6.先行技術の単なる寄せ集め
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.5
(2) 異なる事項または留意点
先行技術に記載され、その構成および機能が既に知られている公知の技術を出願発明の技術的課題解決のため必要により付加してその機能通りに使用することで予測可能な効果のみを得た場合には進歩性が認められない。ただし、出願時の技術常識を参酌する際に公知の技術が適用され、他の構成要素と有機的結合関係が形成されることにより先行技術に比べてより良い効果が得られる場合には進歩性を認めることができる(大法院2005フ2991等)。
4-2-7.その他
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なる特許・実用新案審査基準(韓国)の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 該当する事項が記載された審査基準の場所
(i)特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.1(均等物による置換)
(ii)特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.3(一部構成要素の省略)
(2) 異なる事項または留意点
(i) 均等物による置換
発明の構成の一部と同一の機能を成し遂げるため、互換性のある公知の構成に置換することは、より良い効果を有する等の特別な事情がない限り通常の技術者の通常の創作能力の発揮に該当して進歩性が認められない(大法院2002フ2099等)。
ここで、均等物による置換が通常の技術者が有する通常の創作能力の発揮に該当するというためには置換された公知の構成要素が均等物として機能するという事実だけでは十分でなく、その置換が出願時に通常の技術者に自明でなければならない。このとき、置換された構成要素が均等物として機能するという事実が出願前に知られている等、その均等性が該当技術分野において既に知られている場合、その置換が通常の技術者に自明であるという証拠となり得る。
(ii) 一部の構成要素の省略
先行技術に開示された公知の発明の一部の構成要素を省略した結果、関連する機能が失われる、または品質(発明の効果を含む)が劣化した場合には、そのような省略は通常の技術者に自明なこととみなされ進歩性が否定される。
4-3.進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1.引用発明と比較した有利な効果
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.3
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
4-3-2.意見書等で主張された効果の参酌
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.3(3)
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
4-3-3.阻害要因
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章8.(1)
(2) 異なる事項または留意点
先行技術文献がその先行技術を参酌しないように教示している(例えば、先行技術文献において、その先行技術の結合により先行技術文献内の発明が否定的な効果を有することが記載されている)のであれば、すなわち通常の技術者をして出願発明にいたらないよう阻害するならば、その先行技術が出願発明と類似していても、その先行技術文献により当該出願発明の進歩性が否定されない。このとき先行技術文献において、その先行技術が劣ったものと表現したという事実のみでは阻害要因とはいえない。
4-3-4.その他
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なる特許・実用新案審査基準(韓国)の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章8.(3)~(6)
(2) 異なる事項または留意点
(i) 出願発明が長期間に通常の技術者が解決しようとした技術的課題を解決する、または長期間要望された必要性を満たしたという事実は、出願発明が進歩性を有するという証拠となり得る。
(ii) 発明が当該技術分野において特定の技術課題に対する研究および開発を妨害する技術的偏見により、通常の技術者が放棄した技術的手段を採用することにより作られたものであり、これによりその技術課題を解決したならば、進歩性判断の指標のうちの一つとして考慮できる。
(iii) 出願発明が他の者が解決しようとして失敗した技術的困難を克服する方法を提示する、または課題を解決する方法を提示したものであれば、発明の進歩性を認める有利な証拠となり得る(大法院2006フ3052)。
(iv) 出願発明が新しい先端技術分野に属しており、関連する先行技術が全くない場合、または最も近い先行技術が出願発明と差異がかけ離れている場合、進歩性が存在する可能性が高い。
4-4.その他の留意事項
4-4-1.後知恵
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章9.(1)
(2) 異なる事項または留意点
審査の対象となる出願の明細書に記載された事項により得た知識を前提として進歩性を判断する場合には、通常の技術者が引用発明から請求項に記載された発明を容易に発明できるものと認めやすい傾向があるので注意を要する。
4-4-2.主引用発明の選択
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「主引用発明」について、韓国の特許・実用新案審査基準では、最も近い概念として、「最も近い引用発明」と記載しており、以下のとおりの内容が記載されている。
請求項に記載された発明と「最も近い引用発明」を選択し両者を対比し、その差異点を明確にする(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(3))。
「最も近い引用発明」は選定された引用発明のうち通常の技術者が利用できる最も有力な先行技術を意味し、出願発明の技術的特徴を最も多く含んでいるもので、できる限り請求項に記載された発明の技術分野と近接している、または同一もしくは類似した技術的課題、効果または用途を有する引用発明の中から選択することが望ましい(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.2(2))。
4-4-3.周知技術と論理付け
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「周知技術と論理付け」について、特に記載されていないが、「7.結合発明の進歩性判断」の部分で、「結合発明の進歩性は2以上の先行技術(周知慣用技術含む)を相互結合させて判断できるが、その結合は当該発明の出願時に通常の技術者が容易にできると認められる場合に限る。」(特許・実用新案審査基準 第3部第3章7(2))と記載しており、周知慣用技術についても他の引用発明と同一に論理付けをすることができるのかを検討するものと思われる。
4-4-4.従来技術
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.2(4)。
(2) 異なる事項または留意点
特別な点はないが、韓国では「背景技術」の用語を用いている。
4-4-5.物の発明と製造方法・用途の発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章9.(3)
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
4-4-6.商業的成功などの考慮
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章8.(2)
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
5.数値限定
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.4.2
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
6.選択発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.4.1
(2) 異なる事項または留意点
日本の審査基準の該当項目に対応する記載はないが、選択発明の進歩性について以下のように記載されている。
公知技術から実験的に最適また好適したものを選択することは、一般的に通常の技術者の通常の創作能力の発揮に該当し進歩性が認められない。ただし、選択発明が引用発明に比べてより良い効果を有する場合には、その選択発明は進歩性が認められ得る。このとき、選択発明に含まれる下位概念の全てが引用発明の有する効果と質的に異なる効果を有している、または質的な差異がなくても量的に顕著な差異がなければならない(大法院2008フ736等)。
7.留意点
7-1.請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(1)
(2) 説明
請求項に記載された発明の特定方法は新規性の場合と同一である。
7-2.引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(2)
(2) 説明
引用発明の特定方法は新規性の場合と同一である。
7-3.請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(3)
(2) 説明
請求項に記載された発明と「最も近い引用発明」を選択し両者を対比して、その差異点を明確にする。差異点を確認する際には発明の構成要素間の有機的結合性を勘案しなければならない。
7-4.その他
1)有機的結合性の勘案
進歩性判断の手順(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1)において、請求項に記載された発明と引用発明を対比して差異点を確認する際に、発明の構成要素間の有機的結合性を勘案するようにしている。具体的に、発明をなす構成要素のうち有機的に結合されているものどうしは構成要素を分解せず結合された一体として引用発明の対応する構成要素と対比するようにしている。
これは請求項に記載された発明が個別の構成要素ではなく、個別の構成要素が有機的に結合された全体での技術思想だからである。また、両発明の個別構成要素の共通点・差異点のみを確認するにとどめることはできず、個別構成要素の有機的結合を通じて示す発明の効果および技術的課題の差異も確認しなければならない(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1)。
2)他国の審査例
発明の進歩性は特許出願された具体的発明によって個別的に判断されるものであり、他の発明の審査例にこだわるものではないため、法制と慣習を異にする他の国の審査例は参考事項となり得るが特許性の判断に直接的な影響を及ぼさない(特許・実用新案審査基準 第3部第3章9.(7))。
韓国の審査実務ガイドの改訂について
記事本文はこちらをご覧ください。
タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)
1.記載個所
1-1.目次
新規性の審査基準は、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」第1章第3部「3.3.4 第5条に定める実体審査」において、進歩性などとともに記載されている。その概要(目次)は以下のとおり。
3.3.4 第5条に定める実体審査 3.3.4.1 第5条に定める検討に用いられるための先行技術の規定 3.3.4.1.1 先行技術及びその記載に関する法令及び規則 3.3.4.1.2 先行技術の決定に適用する出願日を決定する場合の原則 3.3.4.2 新規性及び進歩性の審査手順 3.3.4.3 発明の新規性(Novelty)の審査 3.3.4.3.1 新規性の検討手順 3.3.4.3.2 新規性の検討例 |
1-2.日本の審査基準との対応関係
特許・実用新案審査基準(日本)との対応関係は、概ね、以下のとおりとなる。
特許・実用新案審査基準(日本) 第III部第2章 |
特許及び小特許審査マニュアル(タイ) |
第1節 2. 新規性の判断 |
第1章第3部 3.3.4.3.1 新規性の検討手順 |
第3節 2. 請求項に係る発明の認定 |
対応する記載なし(第1章第3部 3.3.4.3に関連記載あり) |
第3節 3.1 先行技術 |
第1章第3部 3.3.4.1.1 先行技術およびその記載に関する法令および規則 |
第3節 3.1.1 頒布された刊行物に記載された発明(第29条第1項第3号) |
対応する記載なし(第1章第3部 3.3.4.3.1(i)に関連記載在り) |
第3節 3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号) |
対応する記載なし |
第3節 3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号) |
対応する記載なし |
第3節 3.1.4 公然実施された発明(第29条第1項第2号) |
第1章第3部 3.3.4.3.1.i 発明の新規性の検討に用いられる発明と先行技術との比較の指針 |
第3節 3.2 先行技術を示す証拠が上位概念又は下位概念で発明を表現している場合の取扱い |
第1章第3部 3.3.4.3.2 新規性の検討例 |
第3節 4.1 対比の一般手法 |
第1章第3部 3.3.4.3.1新規性の検討手順 |
第3節 4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法 |
対応する記載なし |
第3節 4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法 |
対応する記載なし |
第4節 2. 作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合 |
対応する記載なし |
第4節 3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合 |
対応する記載なし |
第4節 4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合 |
対応する記載なし |
第4節 5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合 |
第5章第1部 6.3 化学的又は物理的パラメータ値又は、製造工程を説明した化学製品の新規性審査 |
第4節 6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合 |
第5章第1部 6.3 化学的又は物理的パラメータ値又は、製造工程を説明した化学製品の新規性審査 |
2.基本的な考え方
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第1節「2. 新規性の判断」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)(タイ)第1章第3部3.実体審査 3.3.4.3.1 新規性の検討手順
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)では、新規性の検討手順が以下のとおり、日本の審査基準と比較してより具体的に記載されている。
1. 各クレームの構成要素を分節する。 2. 第1項で分類した各構成要素の範囲を決定する。 3. 最も関連性の高い先行技術における第2項に関連する構成要素の範囲を決定する。 4. 以下の原則に従って検討を行い、クレームと最も関連性の高い先行技術との間で構成要素の範囲が相違するか比較する。 4.1 クレームの構成要素の範囲が先行技術と同一の場合、当該構成要素は相違しないとみなす。 4.2 クレームの構成要素の範囲が先行技術より広い場合、当該組成又は構成要素は相違しないとみなすが、クレームの構成要素が先行技術より狭い場合、当該構成要素は相違するとみなす。 4.3 クレームの構成要素の範囲が先行技術と同一及び相違の両方がある場合は、当該構成要素は相違するが、相違する部分についてのみ保護を求めることができるとみなす。 5. 構成要素全てについて先行技術と相違する部分があるかあらゆる部分を検討する。相違する部分がある場合、クレームは新規性を有するものとし、相違する部分が無い場合、クレームは新規性を欠いていると判断する。 |
3.請求項に記載された発明の認定
3-1.請求項に記載された発明の認定
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第一段落に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)では、請求項に記載された発明の認定に関する記載は以下のとおりである。
「審査官は、記述されている用語又は文言に常に留意しながら、権利が発生する範囲を規定するクレームにおいて保護を受けたいと希望する発明を解釈する(特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)第1章第3部3.3.4.3)。」
しかしながら、日本の審査基準に記載されているような「請求項に記載された発明の認定」に該当する記載はない。
3-2.請求項に記載された発明の認定における留意点
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「2. 請求項に係る発明の認定」第二段落に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)に対応する記載はないが、クレームの記載と発明の詳細な説明の記載との関係について、以下の点に留意する必要がある。
クレームには、保護を求める発明の技術的特徴を明確かつ簡潔に記載しなければならない(タイ特許法第17条(4))。また、クレームに一般的でない技術用語が記載されている場合には、その定義や説明が、発明の詳細な説明の中に明確に記載されなければならない。
重要なことは、クレームに記載された用語が、発明の詳細な説明の用語と一致していなければならないことである。審査官は、発明の詳細な説明に一語一句の裏付けが存在しない場合、クレームの記載不備を指摘する傾向がある。
明確性要件の詳細については、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」第1章第3部3.3.2.2に記載されている。
4.引用発明の認定
4-1.先行技術
4-1-1.先行技術になるか
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1 先行技術」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)(タイ)第1章第3部 3.発明の審査3.3.4.1 第5条に定める検討に用いられるための先行技術の規定3.3.4.1.1 先行技術およびその記載に関する法令および規則
(2) 異なる事項または留意点
先行技術は検討する特許出願の出願日前に存在している技術であると定義されている(「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部3.3.4.1)。また、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部3.3.4.1.1において、先行技術を具体的に次のように説明している。
タイ特許法第6条に規定されているように、先行技術とは以下の発明を意味する。
(1) 特許出願日より前に,国内で他人に広く知られていた発明又は用いられていた発明 (2) 特許出願日より前に,国内外でその主題が文書若しくは印刷物に記載されていたか,又は展示その他の方法で一般に開示されていた発明 (3) 特許出願日より前に,国内外で特許又は小特許の付与を受けていた発明 (4) 特許出願日の18月より前に外国で特許又は小特許が出願されたが,かかる特許又は小特許が付与されなかった発明 (5) 国内外で特許又は小特許が出願され,その出願が国内の特許出願日より前に公開された発明 特許出願日前の12月間に,非合法的に主題が取得されて行われた開示,又は発明者が国際博覧会若しくは公的機関の博覧会での展示により行った開示は,(2)でいう開示とはみなされない。 |
なお、日本の審査基準では「本願の出願時より前か否かの判断は、時、分、秒まで考慮してなされる」が、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には「本願の出願時より前か否かの判断は、時、分、秒まで考慮してなされる」旨に関連するような記載はない。
4-1-2.頒布された刊行物に記載された発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.1 頒布された刊行物に記載された発明(第29条第1項第3号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
刊行物公知に関して、タイ特許法第6条(2)に規定されている。しかしながら、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「頒布された刊行物に記載された発明」、「頒布」、「刊行物」、「刊行物に記載された発明」の定義に関連する記載はない。
4-1-3.刊行物の頒布時期の推定
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節3.1.1「(2) 頒布された時期の取扱い」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、刊行物の頒布時期の推定に関する記載はないが、タイ特許法第6条(2)に規定されている先行技術を証明する書類について、「特許出願人が審査のために提出した特許文献の第一頁目におけるINID CODE(43)を検討して、(審査前の)特許出願の公開日が本願の出願日前であるか、又は公開された新聞又は公開文書、学術文書等の証拠書類は、本願の出願日前に開示されたか確認する」旨が記載されている(第1章第3部3.3.4.3.1(i))。
4-1-4.電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.2 電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明」に関連する記載はないが、実務上、以下の留意点がある。
出願に対して異議申立を行う場合、実務上、申立人は開示された資料を先行技術として提出することができる。開示された資料には、電気通信回線を通じて公開されたものも含まれる。ただし、そのような先行技術の場合、公開日が明確に示されていることが必要とされる。したがって、公開日が信頼できないと判断した場合、審査官は、当該先行技術を証拠として却下する。
4-1-5.公然知られた発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.3 公然知られた発明(第29条第1項第1号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「公然知られた発明」の定義に関連する記載はないが、「公然知られた発明」は、「特許出願日より前に、国内で他人に広く知られていた発明」をいう(タイ特許法第6条(1))。ただし、「公然知られる状態にある発明」が「公然知られた発明」に含まれるのか否かは不明である。
4-1-6.公然実施をされた発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.1.4 公然実施された発明(第29条第1項第2号)」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部 3.発明の審査 3.3.4.3.1.i 発明の新規性の検討に用いられる発明と先行技術との比較の指針
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には「公然実施をされた発明」の定義に関連する記載はないが、「公然実施をされた発明」は、「特許出願日より前に、国内で用いられていた発明」をいう(タイ特許法第6条(1))。「国内で用いられていた発明」であるか否かを証明する書類として、注文書、納品書、製品の広告宣伝チラシ等が挙げられている(第1章第3部 3.3.4.3.1.i)。
請求項に係る発明と引用発明との対比、特定の表現を有する請求項についての取扱い、その他の留意事項については「タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(特殊技術分野を除く)後編」をご覧ください。
タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)
新規性に関する特許法および審査基準の記載個所、基本的な考え方、請求項に記載された発明の認定、引用発明の認定については、「タイにおける新規性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)」をご覧ください。
5.請求項に係る発明と引用発明との対比
5-1.対比の一般手法
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.1 対比の一般手法」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部 3.発明の審査 3.3.4.3.1新規性の検討手順
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)では、「請求項に係る発明と引用発明との対比」ついて、以下のとおり記載されている(第1章第3部 3.3.4.3.1)。
4. 以下の原則に従って検討を行い、クレームと最も関連性の高い先行技術との間で構成要素の範囲が相違するか比較する。 4.1 クレームの構成要素の範囲が先行技術と同一の場合、当該構成要素は相違しないとみなす。 4.2 クレームの構成要素の範囲が先行技術より広い場合、当該組成又は構成要素は相違しないとみなすが、クレームの構成要素が先行技術より狭い場合、当該構成要素は相違するとみなす。 4.3 クレームの構成要素の範囲が先行技術と同一及び相違の両方がある場合は、当該構成要素は相違するが、相違する部分についてのみ保護を求めることができるとみなす。 5. 構成要素全てについて先行技術と相違する部分があるかあらゆる部分を検討する。相違する部分がある場合、クレームは新規性を有するものとし、相違する部分が無い場合、クレームは新規性を欠いていると判断する。 |
また、新規性の判断における「審査官は、独立した二以上の引用発明を組み合わせて請求項に係る発明と対比してはならない」に関連する記載として、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「・・・最も関連性の高い先行技術の一つを選んで、全ての発明の構成要素または工程との比較を実行し、先行技術において全ての本質な内容が開示されているかどうか検討する(第1章第3部 3.3.4.3)」と記載されており、独立した二以上の先行技術を組み合わせて対比を行うことはない。
5-2.上位概念又は下位概念の引用発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念又は下位概念で発明を表現している場合の取扱い」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部 3.発明の審査 3.3.4.3.1新規性の検討手順、3.3.4.3.2 新規性の検討例
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)では、「上位概念又は下位概念の引用発明」ついて、以下のとおり記載されている(第1章第3部 3.3.4.3.1)。
4. 2 クレームの構成要素の範囲が先行技術より広い場合、当該組成又は構成要素は相違しないとみなすが、クレームの構成要素が先行技術より狭い場合、当該構成要素は相違するとみなす。 |
なお、タイの審査基準では、「技術常識を参酌することにより、下位概念で表現された発明が導き出される場合には、審査官は、下位概念で表現された発明を引用発明として認定することができる」か否かは不明である。
新規性の検討例(第1章第3部3.3.4.3.2)として、「先行技術として開示されている化合物の化学式が、特許出願された発明のクレームにある化学式より広い場合、範囲の広い化学式はより範囲の狭い化学式の新規性を損なわないため、当該発明の化学式は新規性を有するとみなされる。他方、先行技術として開示されている化合物の化学式が特許出願された発明のクレームにある化学式より狭い場合、狭い化学式はより広い化学式の新規性を損なうため、当該発明の化学式は新規性に欠けているとみなされる。」旨が紹介されている。
5-3.請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「請求項に係る発明の下位概念に、発明の詳細な説明又は図面中に請求項に係る発明の実施の形態として記載された事項がある場合、実施の形態とは異なるものも、請求項に係る発明の下位概念である限り、対比の対象とすることができる」旨に関連する記載はみあたらない。
5-4.対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第3節「4.3 対比の際に本願の出願時の技術常識を参酌する手法」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
6.特定の表現を有する請求項についての取扱い
6-1.作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「2. 作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
6-2.物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、用途発明に関連する記載はみあたらない。しかしながら、実務上、医薬品の技術分野において、公知物質の第2医薬用途に基づく医薬品の発明は、医薬品が公知物質であるという理由により、審査官は発明の新規性を否定する。
6-3.サブコンビネーションの発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「4. サブコンビネーションの発明を「他のサブコンビネーション」に関する事項を用いて特定しようとする記載がある場合」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
6-4.製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「5. 製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第5章第1部6.化学分野の新規性審査 6.3化学的又は物理的パラメータ値又は、製造工程を説明した化学製品の新規性審査
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)には、「製造工程の特徴を説明した化学製品をクレームとした場合、新規性の審査では、・・・得られた製品から審査を行う。・・・説明された製造工程が、製品の明確に特別な新規の構造又は組成物を生み出すかどうかを検討しなければならない。当業者が、前述の工程が参照文献に開示された製品と異なる構造及び/又は組成物を生み出すと結論づけることができる場合、当該クレームは新規性があるとみなされる。一方、出願人が、当該製品の構造及び/又は組成物が変化したことを示す、当該工程における従来製品とは異なる構造及び/又は組成物を有する製品を生みだす、又は異なる能力を持つ製品を生み出すことを証明できない場合、製造工程が異なる場合であっても、出願する製品が参照文献で開示された製品と比較して、構造的に又は組成において相違がなければ、当該製品は新規性を有するとはみなされない。」旨が記載されている(第5章第1部 6.3.1)。
6-5.数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応する「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ) 第5章第1部6.化学分野の新規性審査 6.3化学的又は物理的パラメータ値又は、製造工程を説明した化学製品の新規性審査
(2) 異なる事項または留意点
「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)では、「既に説明したパラメータ値について、出願する製品と参照文献に開示された製品のパラメータ値を説明することが不可能で、又、双方の製品の間に違いを見つけることができない場合、出願する製品は新規性がないと結論づけることができる。」旨が記載されている(第5章第1部 6.3.1)。
なお、タイの審査基準では、「請求項に係る発明の数値範囲が引用発明の数値範囲に含まれる場合」や、「引用発明が数値範囲の構成を含まない場合」に関連する記載は、見つけられない。
7.その他
7-1.特殊パラメータ発明
特許・実用新案審査基準(日本)には特殊パラメータ発明に関する記載はないが、「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)にも、特殊パラメータ発明に関する記載はない。
7-2.留意点
実務上、優先権主張を伴う特許出願等の対応する外国出願がある場合、出願人は、対応する外国出願に対して付与された特許(対応特許)の特許文献とその審査書類 (審査報告書、意見書、拒絶理由通知) を提出する必要がある。その際、特許を受けるために、タイ特許出願の係属中のクレームを、対応特許の特許クレームにあわせるよう補正する必要がある。
なお、審査官が提出された対応特許の審査結果が信頼できないと判断した場合、さらに調査を行うことができる。
一方、タイ特許出願に対応する外国出願がない場合、審査官は、出願人に対し、オーストラリア特許庁またはタイ行政機関のいずれかによって行われる新規性および進歩性に関する調査請求を命令するオフィスアクションを発行する(「特許及び小特許審査マニュアル(2019年版)」(タイ)第1章第3部3.2.1.2および3.2.2)。
シンガポールにおける非アルファベット文字を含む商標の取扱いについて
1.商標審査の基本的な考え方
商標法(2022年5月26日改正施行、以下同じ。)第7条において、絶対的拒絶理由が列挙され、第8条において、相対的拒絶理由が列挙されている。
主な相対的拒絶理由を見ると、第8条第1項には、先行する商標の標章が同一で、指定商品・役務が同一な場合は拒絶することが規定され、第2項には、公衆の側に混同を生じるおそれがあり、
(a) 先行する商標の標章が同一で、指定商品・役務が類似する場合、または
(b) 先行する商標の標章が類似し、指定商品・役務が同一の場合
は登録されない旨が規定されている。
また、商標法第12条には商標出願の審査が規定され、その第2項には「登録官は,必要と認める範囲まで先行商標の調査を実施することができる。」と規定されている。
2.標章の比較における基本的な考え方
本稿では、商標法第8条第2項(b)と、アルファベット以外の文字で構成される標章に焦点を当て、その類似性について標章を比較する方法を解説する。
基本的なアプローチは、Staywell Hospitality Group Pty Ltd v Starwood Hotels & Resorts Worldwide, Inc.の代表的な控訴裁判所判決に示されているとおりである。[2013] SGCA 65(以下、「Staywell判決」)。このアプローチは、ステップ・バイ・ステップ・アプローチとして知られている。
商標が類似しているかどうかを確認する際には、「標章が与える全体的な印象に基づき、特にその特徴的で支配的な構成要素を念頭に置いて」、外観、称呼および観念の類似性を検討することになっているが、標章が類似していると認められるためには、類似性の三つの側面すべてが立証される必要はない(Staywell判決[20])。標章は、外形的なものを考慮することなく、全体として比較されなければならない(Staywell判決[20])。
Staywell判決では次のように述べられている。
「裁判所は、最終的に、標章を全体的に観察した場合、どちらかというと類似であるのか、あるいは非類似であるのか、を結論付けなければならない。類似性の3つの側面は、裁判所の調査を導くためのものであるが、標章を全体として良識的に評価すれば類似ではないと分かるような場合に、どれか一つのチェックボックスに、わずかでもチェックが入れば標章が類似していると判断せざるを得ないような使い方をすることは有益ではない。」(Staywell判決[17])。
この考え方は、英語のアルファベットを含む標章、英語以外の文字を含む標章、図形を含む標章のいずれにも該当する。
3.外観、称呼、観念の識別
視覚的類似性は、標章の外観を扱う。これは、問題の各標章を全体として検討し、その支配的かつ特徴的な構成要素に留意し、標章によって生じる全体的な印象を参照することによって評価される。
聴覚的類似性は、競合する標章の称呼を扱う。聴覚的分析では、単語によって具現される複合的な意味を探求することなく、音節の発声が含まれることに留意することが重要である。
観念分析では、商標の全体的な理解の背後にある考えを明らかにし、その理解を促す。標章間に観念的類似性があるかどうかを検討する際には、シンガポールの平均的消費者の視点から、標章の特徴的かつ支配的な構成要素を念頭に置いて、標章が作り出す全体的な印象を検討する必要がある。
なお、標章の類否は「商標が与える全体的な印象に基づき、特にその特徴的かつ支配的な構成要素を念頭に置いて」判断しており、外観、称呼、観念の全てで類似が必要とか、いずれか1つで類似とされるのではなく、全体的に判断されなければならない(上記Staywell判決[20]参照)。
4.シンガポールにおける判決に基づく非アルファベット文字からなる標章の外観の類似性評価
比較された標章のいずれか、または両方が非アルファベット文字で構成されている案件について、シンガポールにおける過去10年間の報告された判決を検討し、ヒアリングオフィサー(聴聞官)の所見を以下に記載する。
5.シンガポールにおける判決に基づく非アルファベット文字からなる標章の称呼の類似性評価
比較された標章のいずれか、または両方が非アルファベット文字で構成されている案件について、シンガポールにおける過去10年間の報告された判決を検討し、ヒアリングオフィサー(聴聞官)の所見を以下に記載する。
6.シンガポールにおける判決に基づく非アルファベット文字からなる標章の観念の類似性評価
比較された標章のいずれか、または両方が非アルファベット文字で構成されている案件について、シンガポールにおける過去10年間の報告された判決を検討し、ヒアリングオフィサー(聴聞官)の所見を以下に記載する。
7.英語以外の単語/外来語を含む場合の類似性の評価
カタカナ・ひらがなに関する判決例は報告されていない。類似性に関する審査基準(Trade Marks Work Manual Chapter 4)には欧州の判決例も紹介されている。
英語以外の商標の問題は、Starwood Hotels & Resorts Worldwide, Inc and Sheraton International IP, LLC v Staywell Hospitality Pty Limited [2018] SGIPOS 11のレジストリ判決で提起された。この判決は、高等裁判所への控訴審で支持された。
同判決において、比較された標章は「PARK REGIS」と「ST.REGIS」である。前者は英語単語要素、図形、外国語(中国語)要素からなる。
同判決において、聴聞官は、[68]で、「局所的文脈(Local Context)における漢字とローマ字からなる/含む標章の比較に関連する明確な指針は存在しない」ことを確認した。そこで、ヒアリングオフィサーは、香港知的財産局(HKIPD)作業マニュアルに外国語、文字またはキャラクタに関する特定の章があることを考慮した。
聴聞官は、重要な考慮点は「問題の言葉/文字の言語が関連する消費者に理解されるかどうか」であるとし、以下のように結論づけた。
(a) シンガポールの人口統計学を考慮すると、中国語は局所的文脈で理解されるであろう。シンガポールの人口の大半は中国人で、中国語と英語の両方に堪能である。その前提において、標章の中国語の部分は単なる装飾とは見なされないだろう。その意味と発音が考慮される可能性がある。
(b) とはいえ、標章「PARK REGIS」は英語の要素も含んでいる。英語はシンガポールで使用される言語であるため、中国語の構成要素とは対照的に、この構成要素が主要な意味を持つことになる。
また、聴聞官は、シンガポールには中国語を話す観光客が多数いることを考慮すべきかどうかも検討したが、シンガポールへの年間訪問者総数に対するそのような集団の割合はまだ低いので、その必要はないと結論づけた。
上記に基づき、聴聞官は中国語の単語の発音と意味を検討した。
最終的に、聴聞官は、これらの商標は外観、称呼、観念について非類似というより類似であると結論づけた。
8.外国語からなる商標の識別力に関する簡単なコメント
(1) カタカナ・ひらがなに関する判決例は報告されていないが、経験上、文字として取り扱われていると考えられる。
(2) 外国語からなる商標の識別性の問題は、The Patissier LLP v Aalst Chocolate Pte Ltd [2019] SGIPOS 6のレジストリ判決で取り扱われた。
聴聞官は[43]で次のように判示した。
「非英語の単語が関与する場合、出発点は、その意味が関連する商品または役務の平均的な消費者が関連する日付においてシンガポールで理解されるかどうかを問うことである。」
同判決では、商標は、英語の「The」と、「パティシエ」を意味するフランス語の「Pâtissier」からサーカムフレックスを除いた「Patissier」からなる「The Patissier」であった。
聴聞官は、一般公衆であるシンガポールの一般消費者が、フランス語の「Pâtissier」の意味を「パティシエ」と理解することは立証されていないとして、この標章は十分に識別力を有すると結論づけた。
(3) 願書の書式FORM TM4のPART 4Gにおいて、出願人は標章の非英語部分を翻訳および/または翻字(音訳)することが要求されている。このため、カタカナおよびひらがななどの外国語文字の標章は、基本的には原語の意味において識別力が判断される可能性がある。「Staywell判決」の上記7.(a)の趣旨およびフランス語の「The Pâtissier」の判例を考慮すると、原出願国における直接的な商品名の標章でない場合、標章全体の印象から識別力を有するとの主張は十分可能と考えられる。
タイの意匠特許における機能性および視認性
1.視認性
タイ国特許法(法律第3号)B.E.2542(1999)により修正されたタイ国特許法B.E.2522(1979)の第3条によれば、「意匠」とは、「製品に特別の外観を与え、工業製品および手工芸品に対する型として役立つ線または色の形態または構成」をいう。
この規定は、平面的もしくは立体的な形態により視覚を通じて美的な感覚を喚起しうるものでなければならず、かつ、製造物、商品もしくは工業製品および手工芸品の製造に使用することが可能でなければならないという意匠の定義を含んでいる。そのような例としては、テレビ受像器の形状、カーペットや日よけの色等が挙げられる。ある意匠が保護適格とされるためには、登録出願日の時点で一般に利用されている意匠とは区別される独特の外観を備えていなければならない。
1-1.外観の保護
タイ国の法には、視認できない意匠を保護するような具体的な法規は存在しない。製品の意匠が裸眼では目視しえない場合、その意匠は意匠登録には不適格とされる。登録された意匠の範囲は、出願時の願書に収載されていた意匠に基づくとともに、願書に添付された図面に基づいて画定される。
意匠の範囲および登録意匠に類似する意匠については、タイ国特許庁に判断を仰ぐことができる。特許庁の判断に不服がある者は、特許法第74条に基づき、「中央知的財産・国際取引裁判所(Central Intellectual Property and International Trade Court)」(通称:IP&IT裁判所)に上訴を提起し、なおも不服がある場合には「控訴裁判所(Court of Appeals)」に上訴することがきる。
1-2.最高裁判所の判決(最高裁判例16702/2555号)
2012年、最高裁判所は(16702/2555号の事件において)、「コップ」と題された原告の意匠は、製品の意匠の形状と外観において、意匠出願0302000881号の意匠と実質的に区別しえないとの判断を示した。問題の意匠特許訴訟の棄却は、「コップ」という意匠の主題の類似性と、後続出願の意匠に対する先行技術となる先出願の意匠に基づくものである。
意匠の新規性に関係する規定は、タイ国特許法第57条に以下のように記されている。
「以下の意匠は新規と見なされず、タイ国特許庁により拒絶されることとする。」(1)出願に先立ち、本邦において他人に広く知られ、または使用されていた意匠;
(2)出願に先立ち、本邦もしくは外国において開示または記述されていた意匠;
(3)出願に先立ち公開されていた意匠;
(4)(1)、(2)または(3)の意匠と外観が酷似しているために模倣とされる意匠;
上述した訴訟の場合、「コップ」は円筒形をなしていて既存の意匠と同一である。カップの上端が幅広で十字(クロス)の模様が施され、底部に鋭い凹みがあって容量がより小さくなることが予想されるのに対し、先行意匠には上端に模様がなく、底部もやや引っ込んでいる程度であるという点のみが、後続意匠を特徴づけるものである。「コップ」は先行技術に改良を加えた意匠に過ぎず、その改良は既存の意匠に対する識別性を構成しないと最高裁は判示している。2つの意匠の差異は観察者の注意を惹く部分に関わるものではなく、観察者の注意を惹く部分については、両者は類似している。両方の意匠を漠然と観察した場合、両者は視覚を通じて同じ美的感覚を生じさせると認識するのが合理的である。したがって両者は類似していると考えられ、タイ国における意匠の登録について適格性を持たないと認定される。以上の結果として、最高裁は原告の訴を棄却した。
また、意匠の新規性は既存の製品によって損なわれるだけでなく、登録された意匠によっても損なわれる。タイ国において意匠登録を取得しようとする者は、1個の製品の全体的な意匠だけでなく、保護される意匠の個別の特徴および構成要素について出願を行うことができる。
2.機能性
タイ国においては、機能的な目的に起因する特徴を含んでいる意匠、いわゆる「機能的意匠」は、発明特許もしくは意匠登録として保護されうる。発明特許が、主題が使用され、機能する方法を保護するものであるのに対し、意匠特許は、主題を見せる方法を保護するものである。言い換えれば、意匠特許の眼目は視覚的な外観であって機能性ではない。
一部の国では、「機能性」はいまだに意匠特許を妨げる障害となりうる。いくつかの国の法律は、機能的な意匠に保護を与えていない。その背後にある政策は、技術的な製品もしくは方法に対する特許権を保護するために知的財産制度が弱体化するリスクを避けようというものである。タイ国においては、特許法は機能的意匠の保護について明言していない。しかしながら、タイの裁判所は機能的な製品の意匠に対する登録を否定しようと務めてきた。
2-1.意匠保護に関するタイ国の法
タイ国特許法第56条は意匠登録に関して、意匠が登録の要件を満たすためには新規で産業利用可能なものでなければならないと規定している。さらに同法の第58条は、公序良俗に反する意匠および勅令により定められた意匠を含む一定の意匠については登録適格性から排除している。興味深いことに機能的意匠はこの適格性の規定の中で言及されていないことを指摘しておく。制定法には保護を妨げる障害は存在しないにも関わらず、一部の裁判所の判決に示されているように、機能的な特徴を備えた意匠は保護を拒絶されることがありうる。
2-2.最高裁判所の判決(最高裁判例16702/2555号)
この訴訟の原告となったタイ企業は、足全体と脚の下の部分を包むブーツを開発した。このブーツの上の方の部分には留め金具がついていた。留め金具はチューブ状の形状をなしており、この金具を紐で結んでベルトを取り付けるようになっていた。それにより、ブーツはベルトでしっかりと装着され、着用中ずっと所定の位置を保つようになっていた。このブーツの意匠の新規な特徴について、2000年に意匠保護が求められた。タイ国知的財産局(DIP)は、当該意匠は新規性に欠けており実質的に先行技術に類似しているとの理由で、上記意匠に関する意匠特許出願を拒絶した。原告はDIPの決定を不服として、中央知的財産・国際取引裁判所(IP&IT裁判所)に上訴し、さらに最高裁への上告を行った。
「意匠」とは、「製品に特別の外観を与え、工業製品および手工芸品に対する型として役立つ線または色の形態または構成」を意味すると規定した特許法第3条における「特別の外観」の解釈を示すことにより、最高裁は、意匠登録による保護される主題は視覚的外観、すなわち意匠の装飾的側面であるとの判断を示した。意匠登録は、主題の「機能性」を保護しないという点で発明特許から区別される。ブーツの調節具、すなわち留め金具は機能的なものであり、意匠特許法が要求する装飾には該当しないため、最高裁は、当該発明の主題が新規性に欠けており、かつ当該意匠はその機能性によって意匠特許に不適格なものとなっているという理由で原告の申立を棄却したIP&IT裁判所の判決を支持した。
2-3.評価
上述した法原則および判例は、タイ国内での意匠保護を求める企業に別個の法制度の理解を促すものとなろう。意匠登録は、識別性のある視覚効果を備えた意匠を保護するものであって、機能的な特徴を備えた意匠を保護するものではない。競業者が意匠の機能的な側面を模倣するのを阻止するために、意匠登録を利用することはできない。タイの現在の意匠保護制度がタイ産業界におけるイノベーションを推進する上で妥当なものであるか否かという疑問はある。工業意匠のより広範な側面について、もっと適切な保護を導入することもできよう。新たな制度は、単純な視覚的特徴にとどまらず、機能的にイノベーティブな意匠のあらゆる形態を保護するようなものにすべきである。
韓国司法実務における均等論についての規定および適用
1.韓国における特許均等侵害理論の導入
韓国特許法第97条は、特許発明の保護範囲という標題の下、「特許発明の保護範囲は請求の範囲に記されている事項によって定められる」と規定している。
これにより、特許権を侵害するのかどうかは相手方が製造、販売などをしている物や方法が、特許発明の保護範囲である特許請求の範囲に記載された事項を直接的または間接的に実施していているかによって定められる。すなわち、特許請求の範囲に記載された発明の構成要素と、侵害であると主張される物または方法とを、互いに具体的に対比し、法文上原則的には、上記物または方法が特許請求の範囲に記載された全ての構成要素を備えた場合に侵害を構成する(いわゆる「構成要素完備の原則」)。
なお、大法院2005.5.30.言渡2004フ3553判決は、「登録請求の範囲の請求項に記載された必須の構成要素のうちの一部のみを備えており、残りの構成要素が欠如している場合には、原則的にその確認対象考案は登録考案の権利範囲に属さず、請求項に記載された構成要素のうち、一部を権利行使の段階で登録考案の比較的重要ではない事項として無視することは、事実上登録請求の範囲の拡張的変更を事後に認めることになって許容されない」と判示している。
しかし、構成要素完備の原則をあまりにも厳格に適用すると、微細な設計変更で特許侵害を回避でき、特許権が有名無実になる結果を生みだす可能性がある。そこで、韓国法院は、韓国以外の様々な国家と同様に、特許請求の範囲の構成要素と実質的に同一であると認められる場合にも、例外的に侵害を認めている(いわゆる「均等侵害理論」)。韓国における均等侵害理論は、特許法条項によるものというよりは、継続的な判例の蓄積および発展を通じて定立されたと言える。
特許の属地主義の原則上、特許侵害判断も各国の特許実務に従って別個に判断されるが、各国の特許制度および実務の統一化を追求する最近の傾向に応じて、特許均等侵害に関する実務も各国間で類似性を持っていると考えられる。本稿では、韓国均等論適用の要件および判例法理の発展を詳察し、最近言渡された大法院判決について紹介した後、日本と韓国の均等論法理に関し比較して詳察する。
2.韓国均等論適用の要件および判例法理の発展
韓国大法院は、2000年に言渡した判決において、最初に均等論の適用要件に関する法理を提示し、均等侵害を認めた(大法院2000.7.28言渡9フ2200判決)。上記判決において大法院は、下記(1)~(5)の5つの要件を満たす場合、均等侵害が認められるとした。
(1)両発明の技術的思想ないし課題の解決原理が共通あるいは同一であること
(2)置換された構成要素が、特許発明の構成要素と実質的に同一の作用効果を奏すること
(3)置換すること自体が、通常の知識を有する者であれば当然容易なこと
(4)確認対象発明が、当該特許発明の出願時に既に公知となった技術であるか、その公知技術から容易に発明可能な技術ではないこと
(5)確認対象発明の置換された構成要素が、特許出願手続で請求の範囲から意識的に除外されたものでないこと
実務的に上記均等侵害の要件中、第1~3要件は積極的要件として、特許権者が主張、立証しなければならず、第4~5要件は消極的要件として、確認対象発明の実施者が主張、立証しなければならないとされている。
均等侵害の上記5つの要件は、その後、韓国大法院の判例で完全に同一には適用されず、一部法理の変化を経てきた。特に、上記要件中、実務的に最も論議が多い要件が「課題解決原理の同一性(第1要件)」である (参考文献 1)。次項で言及する焼き海苔切断機事件以前の大法院判例の法理の発展に関し、まず考察する。
大法院2005.2.25.言渡2004ダ29194判決では、上記大法院2000.7.28に言渡された97フ2200判決の均等論要件中、一部内容を修正した。具体的には、第1要件である「技術的思想ないし課題の解決原理が共通あるいは同一なこと」を「課題の解決原理が同一なこと」に変え、第2要件である置換の可能性要件において、「置換によっても特許発明と同じ目的を達成できること」という部分を追加し、第3要件から「当然」を削除した。
大法院2009.6.25.言渡2007フ3806判決では、第1要件である「課題解決原理の同一性」の意味を具体的に明示した。大法院は、「両発明で課題の解決原理が同一であるということは、確認対象発明で置換された構成が、特許発明の非本質的な部分であるため、確認対象発明が特許発明の特徴的構成を有することを意味し、特許発明の特徴的構成を把握するときには、特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に抽出するのではなく、明細書の発明の詳細な説明の記載と出願当時の公知技術などを参酌し先行技術と対比してみて、特許発明に特有の解決手段の基礎となる課題の解決原理が何かを実質的に探求して判断すべきである」と判示し、第1要件の判断基準を明確にした(参考文献 2)。
大法院2012.6.14.言渡2012フ443判決では、均等論第1要件を再度整理した。すなわち、「課題の解決原理が同一であるということは、置換された構成が特許発明の本質的な部分ではないため、置換したにもかかわらず、特許発明の特徴的構成が確認対象発明にそのまま存在することを意味する。そして、特許発明の特徴的構成を把握するときには、特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に抽出するのではなく、明細書に記載された発明の説明と出願当時の公知技術などを参酌して先行技術と対比してみて、特許発明特有の解決手段の基礎となる課題の解決原理が何かを実質的に探求して判断すべきである」とした。上記大法院判決に対しては、従前の大法院2009.6.25.言渡2007フ3806判決での均等論第1要件が「両発明の課題の解決原理」が「置換された部分が発明の重要ではない非本質的部分」という内容を指していると誤解されるおそれがあるため、「課題の解決原理が同一」であるという意味を再度整理し、さらに明確にしたという評価もある(参考文献 3)。
そして最近、大法院2014.7.24.言渡2012フ1132判決で、均等論第1要件である課題解決原理の同一性要件を再度整理した。この大法院判決を、以下でより具体的に考察する。
3.均等論関連最近の韓国大法院判決-焼き海苔切断機事件
均等論と関連して、最近、意味のある大法院判決が言い渡された。この大法院2014.7.24.言渡2012フ1132判決(いわゆる「焼き海苔切断機事件」)に関し考察する。
上記判決において大法院は、第1要件と関連し、「両発明で課題の解決原理が同一」であるかどうかを判断するときには、特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に抽出するのではなく、明細書の発明の詳細な説明の記載と出願当時の公知技術などを参酌し先行技術と対比してみて、特許発明に特有の解決手段の基礎となる技術思想の核心が何かを実質的に探求して判断すべきである」と判示した。
上記大法院判決は、第1要件である両発明において「課題の解決原理が同一」かどうかの判断と関連し、従前の判決で使われていた「本質的な部分」、「特許発明の特徴的構成」という用語を用いずに、代わりに「特許発明に特有の解決手段の基礎となる技術思想の核心」により判断すべきであると判示した。
当該判決の具体的事案を考察する。
特許発明は焼き海苔自動切断機に関する発明であって、装置の上部に多数の加圧切板(40)が設けられ、下部に下に行くほどその厚さが扇形に広くなる格子状切断刃(80)を備えている。上から加圧切板が下降しながら焼き海苔を加圧し、下部の格子状切断刃(80)により切断された海苔が扇形切断刃の傾斜面に沿って滑り自動収納される。
これに比べ、確認対象発明は、上部に多数の加圧切板(140)と格子状切断刃(180)が設けられ、下部には下に行くほど厚さが扇形に広くなる傾斜面を有する格子状ボックス(185)を備えている。加圧切板(140)と格子状切断刃(180)が下降しながら、格子状切断刃により切断された焼き海苔が格子状ボックスの傾斜面に沿って滑り自動収納される。すなわち、確認対象発明は、特許発明における下部の傾斜面を有する格子状切断刃(80)の機能を、上部の格子状切断刃(180)と下部の傾斜面を有する格子状ボックスに分けた点で特許発明と差がある。
本件の原審判決では、特許請求の範囲に記載された「格子状切断刃」を特許発明の特徴的構成と見て、確認対象発明は、特徴的構成を変更したため第1要件を満たさないと判断された。
これに対し、大法院は、請求の範囲の構成要素が本質的部分であるか、または特徴的構成であるか区分せず、発明の詳細な説明および出願当時の公知技術を参酌して「切断されたそれぞれの積層海苔が下降しながらガイドケースの下部に固定配置される格子状部材の外側傾斜面に沿って互いの間隔が広がるように誘導」することを特許発明の技術思想の核心として特定した。その上で、確認対象発明が特許発明の構成要素を上記のように変更したにもかかわらず、技術思想の核心が変わっていないため、第1要件を満たすと判断し、原審判決を破棄し差戻した。
大法院は「特有の解決手段の基礎となる技術思想の核心」を特許請求の範囲に記載された構成より広く認め、確認対象発明もその技術思想の核心で差がないという理由から第1要件を満たすと判断した。
上記大法院判決は、原審判決が既存の大法院判例の「置換された構成が特許発明の本質的部分ではないこと」という要件を誤解し、請求の範囲に記載された構成要素を細分化して本質的部分と非本質的部分に分けた後、本質的部分が置換・変更された場合には、第1要件が無条件に否定されると判断してしまった点を訂正したものと評価できる。
また、大法院は、均等論第2要件と関連して従前の2004ダ29194判決で使われていた「目的の同一性」という部分を削除し、均等論第3要件で「置換することがその発明の属する技術分野で通常の知識を有する者が容易に考え出すことができる程度に自明であれば」という内容のうち、「自明」という用語を削除した。
さらに、本判決は既存の大法院判決とは異なって、第4要件と第5要件を具体的に説示せずに、「特別な事情がない限り」に縮約して表現した。本件では、第4要件と第5要件は争点にならなかったため、上記のように具体的な要件に関し言及しなかったと見る余地もあるが、均等論の消極的要件が既存の第4要件および第5要件としてあえて限定する必要がないという考えからの判示である可能性もある。このような変更が、単純な表現上の変更であるか、判断要件上に実質的な変更をもたらすかは今後の大法院判決を詳察すべきであると思われる。
一方、上記焼き海苔切断機事件と同一の特許発明を請求権原としながら他の製品に対する侵害差止を求める仮処分事件があったが、ソウル高等法院は均等論判断と関連して様々な興味深い法理に関する判断をした(ソウル高等法院2016.3.24.付2015ラ20318決定;大法院に再抗告せず確定)。
本件決定は、「構成の変更にもかかわらず、(1)特許発明と課題の解決原理が同一であり、(2)特許発明と実質的に同一の作用効果を奏し、(3)そのような変更が通常の技術者であれば誰でも容易に考えることができるならば、その変更された構成は、特許発明の構成と均等なものである」と判示し、均等判断は、基本的に特許発明の構成と確認対象発明の変更された構成を対比・判断するものであると示した。
また、均等判断においては、特許発明や確認対象発明の全体的な脈絡から、それぞれの構成が有する技術的意味や作用効果を実質的に探求しなければならないのであって、発明を離れ分離された構成それぞれの課題解決原理や作用効果に基づいて判断してはならないと明示した。
この決定では、第2要件の「実質的に同一の作用効果」要件と関連して完全に同一の作用効果を奏することまで要求するのではなく、特許発明の技術思想の核心を具現できる程度の作用効果を奏すれば充分であり、技術思想の核心と関連のない慣用的技術手段を採択することによって付随的効果の差があっても実質的な作用効果に差があると見てはならないと説示した。
また、この決定は、既存の大法院判決で提示されなかった第3要件判断における容易性の程度や判断時点に関する基準を提示した。すなわち、決定文は、均等理論は特許発明の実質的価値を保護するためのものなので、進歩性などの特許要件判断とはその観点が異なると説示しながら、相手方製品などの製造、使用などがあった時点を基準に、通常の技術者にその変更された部分が特許請求の範囲に記載されていることと同様に認識され得るか、または通常の技術者が特に技術的な努力なしにそのような構成の変更を採択できる場合であれば、第3要件を満たすものと判断した。
ただし、上記決定で初めて認められた判断法理が、今後大法院でも認められ得るかは経過を見守る必要がある。
4.均等論関連大法院判決23件の調査結果
均等論と関連し、2000年均等侵害が大法院で認められて以来、2011年まで大法院で均等侵害が判断された計23件の大法院判決を分析した結果が発表されたことがあるので、これについて紹介する(参考文献 4)。
これによれば、計23件の大法院判決中、均等侵害が認められた事例は5件である。また、計23件の大法院判決中、第1要件が判断された事例は計4件(17.4%)、第2要件が判断された事例は計6件(26.1%)、第5要件が判断された事例は計10件(43.5%)である。第5要件が判断された事例のうち、均等侵害が認められた事例は1件(大法院2002.9.6.言渡2001フ171判決)だけである。
これを総合してみると、韓国での大法院事件で均等論と関連し、第5要件、第2要件、第1要件の順で多く争点になっている。そして、最も頻繁に争われる第5要件が大法院で満たされると認められ、均等侵害が認められる場合は稀だと言える。
5.日本と韓国の均等論に関する法理比較
韓国大法院の均等侵害適用要件は、日本の均等侵害理論の第1~第5要件と大きく異ならないものと思われる。ただし、先に説明した通り、韓国大法院は焼き海苔切断機事件で第1要件と関連し、既存の「本質的部分」という表現を用いず、その代わりに「特許発明に特有の解決手段の基礎となる技術思想の核心」であるという判断準則を導入しているので、一見日本の判例と差があると見えるかもしれない。
しかし、韓国法律家の立場から、日本の下級審判例を検討してみると、法理を表現する方法は異なるかも知れないが、実際の判断では類似する面があると言うことができる。すなわち、日本知的財産高等裁判所2016.3.25.言渡平成27(ネ)10014判決(大合議体)は「特許発明の本質的部分は、…従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定」されるとする一方、「第1要件の判断…を判断する際には、特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で、本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく、上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり、対象製品等に、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても、そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない」と判断した。
上記日本知的財産高等裁判所判決によると、「本質的部分」に対する判断を弾力的に運用しているものとして、韓国法律家が見た時には、韓国の大法院が焼き海苔切断機事件で示した見解と実質的には大きな差はないと思われる。
一方、日本知的財産高等裁判所は上記2016.3.25.言渡平成27(ネ)10014判決(大合議体)の判決において、第5要件と関連して出願人が出願時に特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成のうち他の部分に代替すると認識していたと客観的・外形的に見て認められる時、例えば、出願人が明細書でその他の構成による発明を記載していると見ることができる時や、出願人が出願当時、公表した論文などから特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載している時には、出願人が特許請求の範囲に該当の他の構成を記載していないということは、第5要件の「特段の事情」に該当すると判示したことがある。
上記4.項で考察した通り、韓国での均等論に関する大法院判決を見ると、出願経過禁反言に関する事例が最も多くはあるが、第5要件の「特段の事情」に関し、上記のような例を提示した判決はなかったものと思われる。
6.結び
本稿では、均等論に関する韓国法院の見解を日本以外の他の国家と比較してはいないが、各国の均等論に関する判例、法理などを比較・分析することは、各国の特許法の法理発展に役立つ相当意味ある作業であることを申し上げ、結びとする。
タイにおけるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈の実務
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