韓国における進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(後編)
進歩性に関する審査基準の記載個所、基本的な考え方、用語の定義については「韓国における進歩性の審査基準に関する一般的な留意点(前編)をご覧ください。
4.進歩性の具体的な判断
4-1.具体的な判断手順
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3. 進歩性の具体的な判断」に記載された「(1)から(4)までの手順」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1
(2) 異なる事項または留意点
発明の進歩性は、以下の手順により判断する。
(i) 請求項に記載された発明を特定する。
(ii) 引用発明を特定する。複数の引用発明を特定することも可能である。引用発明を特定するときは、請求項に記載された発明と共通する技術分野および技術的課題を前提に通常の技術者の視覚で特定しなければならない。
(iii) 請求項に記載された発明と「最も近い引用発明」を選択し両者を対比し、その差異点を明確にする。差異点を確認する際には発明の構成要素間の有機的結合性を勘案しなければならない。より具体的には、発明をなす構成要素のうち有機的に結合しているもの同士は構成要素を分解せず結合された一体として引用発明の対応する構成要素と対比する。
(iv) 請求項に記載された発明が最も近い引用発明と差異があるにもかかわらず、最も近い引用発明から請求項に記載された発明に至ることが通常の技術者に容易か、容易でないかを他の引用発明と出願前の技術常識および経験則等に照らして判断する。
4-2.進歩性が否定される方向に働く要素
4-2-1.課題の共通性
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(2) 課題の共通性」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.2
(2) 異なる事項または留意点
引用発明と請求項に記載された発明の課題が共通した場合に、それは通常の技術者が引用発明によって請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる(大法院2007フ5024)。
もし、引用発明が請求項に記載された発明と技術的課題が共通しない場合には、出願発明の課題が該当技術分野で自明な課題なのか、技術常識に照らして容易に考えられる課題なのかについて、より綿密に検討して進歩性を否定できる根拠にすることはできないか判断する。
引用発明が請求項に記載された発明とその課題が互いに異なる場合にも、通常の技術者が引用発明から通常の創作能力を発揮し、請求項に記載された発明と同一の構成を導出することができたという事実が自明な場合には進歩性を否定することができる。
4-2-2.作用、機能の共通性
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(3) 作用、機能の共通性」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.3
(2) 異なる事項または留意点
引用発明と請求項に記載された発明の機能または作用が共通する場合に、それは通常の技術者が引用発明によって請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる。
4-2-3.引用発明の内容中の示唆
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(4) 引用発明の内容中の示唆」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.1
(2) 異なる事項または留意点
引用発明の内容中に請求項に記載された発明に対する示唆があれば通常の技術者が引用発明により請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる(大法院2006フ3724)。
4-2-4.技術分野の関連性
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.1 主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」の「(1) 技術分野の関連性」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.1.4
(2) 異なる事項または留意点
出願発明に関連する技術分野の公知技術中に技術的課題解決に関係する技術手段が存在するという事実は、通常の技術者が引用発明によって請求項に記載された発明を容易に発明できるという有力な根拠となる(大法院2005フ3321等)。
4-2-5.設計変更
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(1) 設計変更等」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.2
(2) 異なる事項または留意点
請求項に記載された発明が引用発明の技術思想をそのまま用いて単純に適用上の具体的な環境変化にしたがい設計変更したものであり、そのためにより良い効果があると認められないときには特別な事情がない限り通常の技術者の通常の創作能力の発揮に該当して進歩性が認められない(大法院2004フ1137)。
例えば、請求項に記載された発明と引用発明との差異が公知された技術構成の具体的な適用により発生したもので、単純に構成要素の大きさ、比率、相対寸法または量にだけある場合には通常の技術者が有する通常の創作能力の発揮に該当するものとみて進歩性を否定する。ただし、そのような差異によって動作や機能等が異なる効果があり、そのような効果が通常の技術者の有する通常的の予測可能範囲を外れるより良い効果と認められる場合には進歩性を認めることができる(大法院2000フ2088、大法院2000フ3623)。
4-2-6.先行技術の単なる寄せ集め
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」の「(2) 先行技術の単なる寄せ集め」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.5
(2) 異なる事項または留意点
先行技術に記載され、その構成および機能が既に知られている公知の技術を出願発明の技術的課題解決のため必要により付加してその機能通りに使用することで予測可能な効果のみを得た場合には進歩性が認められない。ただし、出願時の技術常識を参酌する際に公知の技術が適用され、他の構成要素と有機的結合関係が形成されることにより先行技術に比べてより良い効果が得られる場合には進歩性を認めることができる(大法院2005フ2991等)。
4-2-7.その他
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.1.2 動機付け以外に進歩性が否定される方向に働く要素」と異なる特許・実用新案審査基準(韓国)の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 該当する事項が記載された審査基準の場所
(i)特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.1(均等物による置換)
(ii)特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.2.3(一部構成要素の省略)
(2) 異なる事項または留意点
(i) 均等物による置換
発明の構成の一部と同一の機能を成し遂げるため、互換性のある公知の構成に置換することは、より良い効果を有する等の特別な事情がない限り通常の技術者の通常の創作能力の発揮に該当して進歩性が認められない(大法院2002フ2099等)。
ここで、均等物による置換が通常の技術者が有する通常の創作能力の発揮に該当するというためには置換された公知の構成要素が均等物として機能するという事実だけでは十分でなく、その置換が出願時に通常の技術者に自明でなければならない。このとき、置換された構成要素が均等物として機能するという事実が出願前に知られている等、その均等性が該当技術分野において既に知られている場合、その置換が通常の技術者に自明であるという証拠となり得る。
(ii) 一部の構成要素の省略
先行技術に開示された公知の発明の一部の構成要素を省略した結果、関連する機能が失われる、または品質(発明の効果を含む)が劣化した場合には、そのような省略は通常の技術者に自明なこととみなされ進歩性が否定される。
4-3.進歩性が肯定される方向に働く要素
4-3-1.引用発明と比較した有利な効果
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.3
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
4-3-2.意見書等で主張された効果の参酌
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2.1 引用発明と比較した有利な効果」の「(2) 意見書等で主張された効果の参酌」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.3(3)
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
4-3-3.阻害要因
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2.2 阻害要因」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章8.(1)
(2) 異なる事項または留意点
先行技術文献がその先行技術を参酌しないように教示している(例えば、先行技術文献において、その先行技術の結合により先行技術文献内の発明が否定的な効果を有することが記載されている)のであれば、すなわち通常の技術者をして出願発明にいたらないよう阻害するならば、その先行技術が出願発明と類似していても、その先行技術文献により当該出願発明の進歩性が否定されない。このとき先行技術文献において、その先行技術が劣ったものと表現したという事実のみでは阻害要因とはいえない。
4-3-4.その他
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.2 進歩性が肯定される方向に働く要素」と異なる特許・実用新案審査基準(韓国)の該当する記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章8.(3)~(6)
(2) 異なる事項または留意点
(i) 出願発明が長期間に通常の技術者が解決しようとした技術的課題を解決する、または長期間要望された必要性を満たしたという事実は、出願発明が進歩性を有するという証拠となり得る。
(ii) 発明が当該技術分野において特定の技術課題に対する研究および開発を妨害する技術的偏見により、通常の技術者が放棄した技術的手段を採用することにより作られたものであり、これによりその技術課題を解決したならば、進歩性判断の指標のうちの一つとして考慮できる。
(iii) 出願発明が他の者が解決しようとして失敗した技術的困難を克服する方法を提示する、または課題を解決する方法を提示したものであれば、発明の進歩性を認める有利な証拠となり得る(大法院2006フ3052)。
(iv) 出願発明が新しい先端技術分野に属しており、関連する先行技術が全くない場合、または最も近い先行技術が出願発明と差異がかけ離れている場合、進歩性が存在する可能性が高い。
4-4.その他の留意事項
4-4-1.後知恵
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(1)でいう「後知恵」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章9.(1)
(2) 異なる事項または留意点
審査の対象となる出願の明細書に記載された事項により得た知識を前提として進歩性を判断する場合には、通常の技術者が引用発明から請求項に記載された発明を容易に発明できるものと認めやすい傾向があるので注意を要する。
4-4-2.主引用発明の選択
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(2)でいう「主引用発明」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「主引用発明」について、韓国の特許・実用新案審査基準では、最も近い概念として、「最も近い引用発明」と記載しており、以下のとおりの内容が記載されている。
請求項に記載された発明と「最も近い引用発明」を選択し両者を対比し、その差異点を明確にする(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(3))。
「最も近い引用発明」は選定された引用発明のうち通常の技術者が利用できる最も有力な先行技術を意味し、出願発明の技術的特徴を最も多く含んでいるもので、できる限り請求項に記載された発明の技術分野と近接している、または同一もしくは類似した技術的課題、効果または用途を有する引用発明の中から選択することが望ましい(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.2(2))。
4-4-3.周知技術と論理付け
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(3)でいう「周知技術と論理付け」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
対応する記載がない。
(2) 異なる事項または留意点
「周知技術と論理付け」について、特に記載されていないが、「7.結合発明の進歩性判断」の部分で、「結合発明の進歩性は2以上の先行技術(周知慣用技術含む)を相互結合させて判断できるが、その結合は当該発明の出願時に通常の技術者が容易にできると認められる場合に限る。」(特許・実用新案審査基準 第3部第3章7(2))と記載しており、周知慣用技術についても他の引用発明と同一に論理付けをすることができるのかを検討するものと思われる。
4-4-4.従来技術
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(4)でいう「従来技術」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.2(4)。
(2) 異なる事項または留意点
特別な点はないが、韓国では「背景技術」の用語を用いている。
4-4-5.物の発明と製造方法・用途の発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の「(5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有している」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章9.(3)
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
4-4-6.商業的成功などの考慮
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第2節「3.3 進歩性の判断における留意事項」の(6)でいう「商業的成功」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章8.(2)
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
5.数値限定
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「6. 数値限定を用いて発明を特定しようとする記載がある場合」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.4.2
(2) 異なる事項または留意点
特になし。
6.選択発明
特許・実用新案審査基準(日本)の第III部第2章第4節「7. 選択発明」に対応する特許・実用新案審査基準(韓国)の記載は、以下のとおりである。
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章6.4.1
(2) 異なる事項または留意点
日本の審査基準の該当項目に対応する記載はないが、選択発明の進歩性について以下のように記載されている。
公知技術から実験的に最適また好適したものを選択することは、一般的に通常の技術者の通常の創作能力の発揮に該当し進歩性が認められない。ただし、選択発明が引用発明に比べてより良い効果を有する場合には、その選択発明は進歩性が認められ得る。このとき、選択発明に含まれる下位概念の全てが引用発明の有する効果と質的に異なる効果を有している、または質的な差異がなくても量的に顕著な差異がなければならない(大法院2008フ736等)。
7.留意点
7-1.請求項に記載された発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(1)
(2) 説明
請求項に記載された発明の特定方法は新規性の場合と同一である。
7-2.引用発明の認定
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(2)
(2) 説明
引用発明の特定方法は新規性の場合と同一である。
7-3.請求項に記載された発明と引用発明の対比
(1) 対応する事項が記載された審査基準の場所
特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1(3)
(2) 説明
請求項に記載された発明と「最も近い引用発明」を選択し両者を対比して、その差異点を明確にする。差異点を確認する際には発明の構成要素間の有機的結合性を勘案しなければならない。
7-4.その他
1)有機的結合性の勘案
進歩性判断の手順(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1)において、請求項に記載された発明と引用発明を対比して差異点を確認する際に、発明の構成要素間の有機的結合性を勘案するようにしている。具体的に、発明をなす構成要素のうち有機的に結合されているものどうしは構成要素を分解せず結合された一体として引用発明の対応する構成要素と対比するようにしている。
これは請求項に記載された発明が個別の構成要素ではなく、個別の構成要素が有機的に結合された全体での技術思想だからである。また、両発明の個別構成要素の共通点・差異点のみを確認するにとどめることはできず、個別構成要素の有機的結合を通じて示す発明の効果および技術的課題の差異も確認しなければならない(特許・実用新案審査基準 第3部第3章5.1)。
2)他国の審査例
発明の進歩性は特許出願された具体的発明によって個別的に判断されるものであり、他の発明の審査例にこだわるものではないため、法制と慣習を異にする他の国の審査例は参考事項となり得るが特許性の判断に直接的な影響を及ぼさない(特許・実用新案審査基準 第3部第3章9.(7))。