フィリピンにおける均等論に対する裁判所のアプローチ
- 均等論の適用法文および規則
均等論は、フィリピン知的財産法(IP法)の第75.2条に以下のように規定されている。
「第75条 保護の範囲及びクレームの解釈
75.1 特許により与えられる保護の範囲は、クレームによって画定されるものとする。クレームは、明細書および図面を考慮して解釈される。
75.2 特許により与えられる保護の範囲を定めるにあたっては、クレームに記載されている要素のみならず均等物をも含んでクレームが考察されるように、クレームに記載されている要素に均等である要素を適切に考慮するものとする。」(強調箇所は本文書作成者による)
また、「特許、実用新案および工業意匠に関する改正施行規則」の規則204.1(以下、「規則204.1」)は、以下のように規定している。
「規則204.1 均等物
新規性の判断にあたっては同一性に関する厳格なテストを適用することが要求される。新規性が否定されるためには、特許請求された発明の個々の要素がすべて単一の先行技術文献に開示されていなければならない。均等物は、専ら進歩性を評価する際にのみ考慮される。」(強調箇所は本文書作成者による)
- 均等論適用の判例
フィリピンでは特許侵害に関わる訴訟の数が少ない。そのためフィリピン知的財産庁(IPPHL)および最高裁は、一般にフィリピンにおける特許事案に関しては米国の法原則に従うとし、特許事案に関わる決定・判決の中で米国の判例を引用している。
フィリピンにおいて、均等論への言及がなされた最初の判例は、Gsell vs. Yap-Jue (G.R. L-4720, 1909年1月19日)の事件であった。この訴訟の原告Gsellは、歩行用ステッキおよび傘に用いられる持ち手の製法について1件の実用新案権を所有していた。持ち手を屈曲させる工程には、石油もしくは鉱物燃料によって作動する小型ランプもしくはブローパイプが使用されていた。原告は、同じ製法を用いて同様のステッキおよび傘を製造していたYap-Jueを相手に侵害訴訟を提起したが、被告の製法では燃料として鉱油や石油ではなくアルコールが使用されていた。フィリピン最高裁は、この訴訟の事実関係には均等論(機械的均等論)の法理が適用されると認定した上で侵害を認め、米国連邦裁判所の様々な判決を引用している。「フィリピンにおける均等論の法理は理性と論理の健全な原則に基づいて構築されたものであり、特定の法域の法によって制限もしくは修正される場合を除いて普遍的に適用される。従って、特許を発行した国家がどこであったかは問題ではなく、特許発明の一部を周知の機械的均等物に置き換えるという偽装の下での模倣による特許侵害から特許権者を保護するために、適正に援用することができる」とフィリピン最高裁は判示した。
Godinez vs. Court of Appeals, SV-Agro (G.R. No. 97343, 1993年9月13日)の訴訟においても、フィリピン最高裁は米国の判例を引用して均等論を適用した。この民事訴訟の被告SV-Agroは小型耕耘機もしくは動力耕作機に関する実用新案権を侵害していると、フィリピン最高裁は判示した。フィリピン最高裁の判示内容は以下の通りである:「被告は自らの製品は実用新案権にかかる製品とは異なると主張し、裁判所はこの主張を認定するために均等論を導入した。均等論は、文言侵害の範囲から逃れるために特許発明の些細な変更を施した状況を想定している。それゆえ、この法理によれば、『ある装置が特許発明の革新的なコンセプトを取り込むことによって当該発明を盗用しており、何らかの改造や変更があったとしても実質的に同じ機能を実質的に同じ方法で実行し、実質的に同じ結果を実現している場合、やはり特許侵害が成立する。』。均等論は、特許発明の模倣がクレーム文言の細部までは模倣していないとしても、そのような模倣を許容すれば特許付与による保護は空虚で無益なものとなることを懸念する。そのような模倣は、無節操な模倣者が特許発明に些細で非実質的な変更や置換を施す余地を残し、実際にはそのような行為を促すことになる。そのような変更や置換を行うだけで、新たに何も追加しなくても、模倣品をクレームによる保護範囲すなわち法の力の及ぶ範囲から除外させるに十分だということになってしまうだろう。」
Smith Kline Beckman Corp. vs. CA and Tryco Pharma Corp. (G.R. No. 126627, 2003年8月14日)の訴訟において、フィリピン最高裁は、機能-手段-結果という基準を満たすことが均等論適用の要件であり、この均等論の基準の3要素が満たされていることを立証する責任は特許権者にある旨を明言した。特許権者がこの立証責任を果たさなかったため、特許侵害は成立しないと最高裁は判示した。この訴訟の原告Smith Klineはフィリピン国内で営業許可を得ている米国企業であり、「メチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートを用いて二相性寄生虫駆除活性を生じさせる方法および合成物」と題された特許を所有していた。特許発明は、各種の家畜およびペット動物の胃腸寄生虫を駆除する手段であった。Smith Klineは、「Impregon」と称する獣医薬品を販売したことについてTrico Pharmaを提訴した。「Impregon」にはアルベンダゾールと称する薬剤が含まれていた。これは、カラバオ(フィリピン水牛)、牛および山羊に寄生する胃線虫、肺線虫、条虫および吸虫を駆除する医薬品である。アルベンダゾールは前記特許の保護範囲に含まれるメチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートと実質的に同じものであるから、アルベンダゾールは自社の特許の保護範囲に含まれるとSmith Klineは主張した。両方とも動物の寄生虫の駆除を意図しているからである。原告はさらに、米国におけるアルベンダゾールの特許は実際に自社が取得しているとも主張した。一方、被告Trico Pharmaは、原告の特許にはアルベンダゾールの存在に言及した箇所はまったくないと主張した。そこでSmith Klineは均等論を援用して次のように主張した:問題の2つの物質は実質的に同じ機能を実質的に同じ方法で果たし、実質的に同じ結果を実現するがゆえに、アルベンダゾールという文言が原告Smith Klineの特許に記載されていないという事実に関わらず、両者は実は同一の物質であり、自社はアルベンダゾールとメチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートとの同一性を証拠により適正に立証している。
フィリピン最高裁の判示は以下の通りである:「ある装置が特許発明の革新的なコンセプトを取り込むことによって先行発明を盗用しており、何らかの改造や変更があったとしても実質的に同じ機能を実質的に同じ方法で実行し、実質的に同じ結果を実現している場合は侵害が成立する、と均等論は定めている。原告の証拠を精査したものの、当裁判所は、原告の特許化合物とアルベンダゾールの実質的同一性を確信できなかった。いずれの化合物も動物の寄生虫を駆除するという同一の効果を有しているが、アルベンダゾールが特許化合物と実質的に同じ方法で作用するか、実質的に同じ手段によって作用しない限り、結果の同一性だけでは、たとえ両者が同じ機能を果たして同じ結果を実現したとしても、特許侵害は成立しない。アルベンダゾールがメチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートと同様の駆虫剤であるという事実以外に特段の主張は提示されておらず、従ってアルベンダゾールが動物寄生虫を駆除する方法もしくは手段に関する立証がなされていないため、その方法が原告の化合物の作用方法と実質的に同じであるか否かに関する情報は提供されていないとみなす。作用原理もしくは作用方法が同一もしくは実質的に同じであることが均等論の要件である。」
さらに近年のVisita International Phils. Vs. Eddie T. Dionisio (IPC No.12-2015-00310, Decision No. 2016-37, 2016年2月9日)の事案において、フィリピン知的財産庁法務部は、判決の中で米国法の先例を引用して次のように述べている:「均等論の本質は、特許を回避するための些細で非実質的な変更を装置に施すという方法で発明を盗用することにより、特許に関する侵害行為がなされてはならないということである。2つの装置が同じ機能を実質的に同じ方法で果たし、同じ結果を実現する場合、それら装置の名称、形態もしくは形状が異なっていたとしても両者は実質的に同一であるというのが均等論の法理である。」
- 実用新案の均等論
1998年1月1日に施行されたIP法の下では実用新案の登録要件は新規性と産業利用性のみである、という点は指摘しておかねばならない。規則204.1は「均等物は、専ら進歩性を評価する際にのみ考慮される」と規定しているため、現状実用新案について均等論は適用されないことになる。
4.包袋禁反言について
IP法第231条は「本法に基づく当局での当事者手続においては、懈怠、禁反言および黙認に関する衡平法上の原則を適宜適用することができる」と規定している。フィリピン知的財産庁においては包袋禁反言もしくは記録簿禁反言の原則に関する一定の見解が存在しており、その見解は、特許取消に関するWestmont International vs. Merck & Co., Inc.(IPC No.548, Decision No. 802, 1974年6月10日)の事案から窺うことができる。この事案では特許局長は上記の原則を適用しなかったが、権利放棄もしくは記録簿禁反言は特許取消を申し立てる根拠とはならないと明言している。いまのところ、フィリピン知的財産庁も最高裁も、上記の原則の適用に関する判断を示した決定・判決を出していない。