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インドにおける技術流出対策と営業秘密の保護

【詳細】

 一般に企業は、特許保護を求めることにより自らの技術を保護している。ただし、特許要件を満たさない発明は、営業秘密としてのみ保護することができる。さらに、事業活動においては、自社の顧客に関する情報や構築した関係についての情報が収集され、顧客から求められた課題解決を導くための様々な情報がデータベース上に構築される。

 

 このように収集され、蓄積された情報には価値があり、営業秘密としての保護に適している。知的所有権の貿易関連側面に関する協定(TRIPS協定)は、誠実な商慣行に反するような方法での無許可の情報開示、取得、あるいは使用を防ぐため、秘密情報の保護を法的に義務付けている。

 

 営業秘密としての保護適格を有するには、秘密であり、商業的価値を有しており、その秘密を保つための合理的な措置が当該情報の保有者によってとられていなければならない。

 

○技術および営業秘密の保護と流出防止のための実務

(1)該当する情報に「秘密」の表示を付し、従業員や関係者に対し、専有情報に触れていること、および契約義務の一部としてこれらの秘密保持が求められていることを認識させること。

 

(2)特許技術や営業秘密に関する情報を保存しているデータベース、サーバー、コンピュータプログラムへのアクセスは、業務上の必要性を有する限られた者のみに制限すること。機密性の高い領域へ入るときは、サーバーへのアクセスはパスワードで保護するようにし、コンピュータスクリーン上に適切な注意事項を表示させるよう設定すること。

 

(3)営業秘密としての専有情報や技術情報の重要性を、従業員に教育すること。

 

(4)営業秘密の取り扱いが適切な文言で規定されているかどうか、雇用契約を確認すること。

 

(5)業務提携や取引可能性を検討するため、第三者やベンダーと専有技術情報を共有する場合、秘密保持契約を結ぶこと。

 

○労働契約における制限条項

 従業員が自主的にまたは雇用期間終了により退職した場合に、技術関連の秘密情報を持ち出す行為を制限するような契約を締結することが使用者にとって一般的である。使用者はまた、離職した従業員を競業者が雇用し、元従業員の顧客を勧誘することを制限したいと考える。秘密保持条項や競業避止条項を含む、適切に作成された雇用契約がビジネスにおいては一般的に使用されている。

 

 ここで、最初に懸念される事項としては、同一事業分野の他企業への転職や、同一事業分野において従業員が起業することを制限する競業避止条項が、法的に強制可能か否かである。このような条項はインド契約法第27条の定める取引制限に該当する可能性がある。インド契約法第27条は以下のように定めている。

 「合法的な職業に就き、事業を行うことを制限するいかなる契約も、不当な制限を課す範囲において無効である。」

 

 この規定に対する唯一の例外は以下のとおりである。

「ビジネス上ののれん(goodwill)を利用し、販売する者は、購入者が(またはのれんを使用する権利を受けている者が)特定の地域で、類似のビジネスを実施しないことを契約してもよい。」

 

 上記以外のすべての状況下では、従業員の職業選択の自由等を制限する契約は無効として取り扱われる。インドには営業秘密を保護する成文法が存在しないため、営業秘密を保護するために使用者が従業員に対して要求できる合理的制限については、各裁判所が異なる見解をとってきた。以下に紹介する判決は、従業員側に有利な判断を下している。ただし、裁判所は雇用期間中に従業員が当該使用者のみに雇用されることを義務とする契約条件については、不当な取引制限ではないとしている。

 

○商取引における営業秘密の保護に関する判決例

 ベンダー、フランチャイジーあるいはディーラーによる競合技術の使用を制限する契約条項は、フランチャイザーが商品の流通促進を目的とするものであって、不当な取引制限とはみなされない。

 

 John Richard Brady And Ors v. Chemical Process Equipments P. Ltd. and Anr事件(第AIR 1987 Delhi 372号)において、原告は「飼料製造ユニット」を発明し、その現地生産のため被告からの加熱パネルの供給が必要となり、その交渉期間中に「飼料製造ユニット」について被告との間で技術資料、詳細なノウハウ、図面および明細書を共有した。被告は同意したにもかかわらず加熱パネルを供給せず、自ら「飼料製造ユニット」の製造を開始した。原告は、被告に開示したノウハウ、情報、図面、意匠および明細書が不正流用されたとし、訴訟を提起した。裁判所は、たとえ契約書に明示的な秘密保持規定がなくとも、その義務は暗示されており、被告は秘密保持義務違反について責任がある判断した。

 

○営業秘密および著作権の保護に関する判決例

・Mr. Diljeet Titus, Advocate v. Mr. Alfred A. Adebare and Ors.事件(第130 (2006) DLT 330)

 

 原告は、被告が勤務していた法律事務所を運営していた。原告および被告の雇用関係が悪化した後、被告の一人が事務所の勤務時間後に原告の事務所を訪ずれ、原告の重要データを含む7.2ギガバイトのデータをダウンロードした、と原告は主張した。原告はまた、被告が原告の10件を超える文書のハードコピーも盗んだと申し立てた。原告は、1957年インド著作権法による占有データの保護を求めた。

 

 被告は、当該データや文書は被告が原告運営の法律事務所に勤務していた際に行った業務の著作物であり、著作権者は被告であると反論した。原告は、コンピュータネットワーク、カスタマイズしたソフトウェア、法律図書、オフイスのインフラ等を習得させるのに相当の費用が費やされ、被告の業務成果物は原告に帰属すると抗弁した。

 

 裁判所は、被告が類似サービスをおこなうこと自体は制限しなかったが、当該成果物は法的には原告のものとされることを認め、その範囲において、雇用期間後の被告による情報の使用を制限した。

 

・Zee Telefilms Ltd. v. Sundial Communications Pvt. Ltd.(第2003(27)PTC457(Bom)号)

 ボンベイ高等裁判所は、秘密保持義務違反に関する法律は著作権に関する法律とは異なる、として以下のように判示した。秘密保持義務違反に関する法律は、著作権に関する制定法上の権利よりも範囲が広範である。アイデアや情報に関して著作権は存在し得ず、アイデアが表現されたものの実質的な複製がなければ、他人のアイデアを採用しても著作権侵害にはあたらない。ただし、もしそのアイデアや情報が、それを公表することが信義に反し、公表する正当な理由がないような状況において得られた場合、裁判所は、秘密保持義務違反を根拠に差止命令を出すことができる。

 

 著作権と秘密保持義務違反に関する法律との間の区別は、提出された未発表の原稿であって公開または使用について未承認であるものに関しては、極めて重要である。著作権は、恒久的な形式とされた資料を保護する一方、秘密保持義務違反に関する法律は、書面および口頭による秘密情報を保護する。

 

○まとめ

 財産的価値のある情報の漏洩を防止する契約について、制限的な取り決めに関する法的な位置付けを以下にまとめる。

 

(1)雇用期間中、従業員はいかなる他の業務にも従事しないことを期待され、使用者の営業秘密を漏洩してはならず、従業員による営業秘密の漏洩を禁止する取決めは有効であり、強制可能である。

(2)退職後、使用者と同じ事業分野での転職または同じ事業を行う従業員の職業選択の自由を制限する取決めは、営業の自由の制限としても判断されている。

(3)使用者が、競業者への移籍を望む従業員に対して包括的な制限を課し、会社の秘密情報に従業員がアクセスしたといった曖昧な主張を展開しても、裁判所が認める可能性は低い。しかし、退職する従業員が実際に情報を入手し、あるいは営業秘密についてアクセスした具体的な証拠があれば、裁判所は、起業のためまたは新しい雇用者のために使用される情報について、使用差止命令を出す可能性がある。

(4)契約当事者間での非勧誘条項自体は、取引制限や職業制限にはあたらず、契約法第27条に該当しないと考えられる。

(5)商業上の契約、パートナーシップ契約、フランチャイズ契約などについて、裁判所は、使用者と従業員間の契約に比べ、制限的な取決めであっても、より寛大な態度をとる傾向にある。