中国で完成した発明に関する秘密保持審査制度
1.安全保障に係る発明の保全に関する制度の法的枠組み
安全保障に係る発明の保全に関する制度は、知財関連法(専利法、専利法実施細則(以下「実施細則」という。)および専利審査指南(以下「審査基準」という。))に規定されているほか、「国防専利条例」に規定されている(「専利」は、中国語の「专利」に該当し、特許、実用新案、意匠を含む概念である)。
中国国内で完成した発明を外国に出願する場合、先ずCNIPAによる秘密保持審査(中国語「保密审查」)を受けなければならない(専利法第19条)。意匠は秘密保持審査の対象とはならない。「中国で完成した発明」とは、発明・考案(中国語「技术方案」)の実質的部分が中国国内において完成されたものをいう(実施細則第8条)。
1-1.保全対象となる出願に係る発明のスクリーニング方法(明細書等に保全対象となる発明が開示されているかの判断基準(特定技術分野等)、判断手法)
秘密保持出願(国家の安全または重大な利益に関わり、秘密保持が必要な出願)は、国防利益に関わる出願と、国防利益以外の国家の安全または重大な利益に関わる出願を含む、意匠を除いた特許と実用新案のみが対象である(実施細則第7、8条、審査基準第五部分第五章3.1.2)。
国防利益に関わる出願は、国防専利として出願すべきである。国防専利とは、国防専用または国防に重大な価値のある発明を指し、主に軍用技術に関連する。
国防利益以外の国家の安全または重大な利益に関わる出願は、国防上の利益には触れないが、国家経済の安全または国家経済上の利益に重要な影響を与え、一定の期間内は公開すべきではない発明を指す。知財関連法には、特定技術分野などの説明は存在せず、国の必要に応じて定められる。例えば、金融体系のコンピュータシステムにハッキングすることを効果的に防止できる新式ファイアウォール技術、偽札の出現を効果的に防止できる新式紙幣印刷技術などが挙げられる(「中国専利法詳解」(尹新天著)、第39頁)。
秘密保持出願は、秘密保持審査請求書と明細書の提出により、出願人が自発的に提出することが可能であり(審査基準第五部分第五章3.1)(中国出願後に外国出願する場合の秘密保持審査の具体的手続は、下記2-1参照。)、また、CNIPAが自ら確定することも可能とされる(審査基準第五部分第五章3.2)。ただし、CNIPAを受理官庁として特許の国際出願(PCT出願)を提出する場合、同時に機密保持審査請求を提出したとみなされる(この場合の秘密保持審査の具体的手続は、下記2-2参照。)。
また、中国国内で完成した発明を、中国に出願せず外国に出願する場合、先ずCNIPAによる秘密保持審査を受けなければならない(この場合の秘密保持審査の具体的手続は、下記2-3参照。)。
前記のとおり、「中国国内で完成した発明」とは、発明・考案の実質的部分が中国国内において完成されたものをいうが(実施細則第8条第1項)、「発明の実質的部分が中国国内において完成されたこと」の判断手法について、第55586号無効審決には、以下のような見解が示されている(「2022年度の専利不服審判・無効審判十大事件」における4件目の無効事件)。
「まず、請求人は対象考案の実質的な内容が国内で完成されたことを証明する初歩的な立証責任を負い、その立証は高い蓋然性の要求に達する必要がある。その証明方法については、権利者の住所地および考案者の国籍の2点から総合的に判断できる。次に、権利者が上記の認定を覆す十分な反証を提供できない場合、不利な法的結果を負わなければならない。」
1-2.保全対象となるかの審査取扱手続(専門審査機関及び審査の内容等)
国防専利は、国防専利機構により審査される(国防専利条例第3条)。出願人が国防利益に係わると判断できる場合は、直接、国防専利機構に出願すべきであり、出願人自身が国防利益に係わらないと判断して、CNIPAに秘密保持出願または一般専利出願を提出した場合、CNIPAが受理した出願が国防利益に関わり、秘密保持が必要と認めた場合は、国防専利機関に移管する(実施細則第7条)。
国防専利以外の秘密保持出願については、CNIPAが国家安全または重大な利益に関連するかを審査し、必要に応じて、関連分野の技術専門家を招いて協力を受けることができる(実施細則第7条、審査基準第五部分第五章3.1.2)。
秘密保持審査は、CNIPAが行い、当該発明または実用新案が国家の安全または重大な利益に関連し、秘密保持を要する可能性があるかを判断する(実施細則第9条)。
1-3.保全対象と判断された場合の措置
(1) 特許出願の非公開(公開禁止として保全指定する期間及びその延長と解除等)
国防専利の公開範囲は、国防専利機構によって決定される(国防専利条例第28条)。また、国防専利機構は、状況の変化により保護期間内に秘密保持を解除し、または権利の終了後に秘密保持期間を延長することを決定できる(国防専利条例第6条)。
国防専利以外の秘密保持出願の秘密保持の解除について、出願人の請求に応じて判断可能であり、CNIPAが2年ごとに秘密保持出願を再チェックすることにより判断可能である(審査基準第五部分第五章5.1、5.2)。
(2) 外国出願の禁止(外国出願禁止として保全指定する期間及びその延長と解除等)
外国出願禁止として保全指定する期間およびその延長と解除等については、明確な規定はないが、公開禁止が解除された後は、一般的な出願として管理する(審査基準第五部分第五章5.3)ので、公開禁止として保全指定する期間およびその延長と解除等と同じであると解される。
(3) その他の保全措置(実施及び実施許諾の制限)
国防専利の実施および実施許諾は、関係主管部門に制限される(国防専利条例第22条)。
国防専利の権利者が、国外の団体または個人に国防専利の実施を許諾する場合、必要な審査および承認を受けなければならない(国防専利条例第24条)。
知財関連法には、秘密保持出願に該当する発明の実施および実施許諾について、規定していない。つまり、国防専利以外の秘密保持出願について、実施および実施許諾の制限の保全措置がない。
(4) 保全対象とされた場合の補償(補償制度の有無、主体的要件、補償請求理由及び補償請求額)
国は国防専利の権利者に補償費を支払い、具体的な額は国防専利機構が確定する。職務発明に属する場合、国防専利の権利者は50%以上の補償費を発明者に支給しなければならない(国防専利条例第27条)。
知財関連法には、国防専利以外の秘密保持出願に該当する発明の保全対象とされた場合の補償について規定されておらず、国防専利以外の秘密保持出願について、保全対象とされた場合の補償制度はない。
1-4.保全措置に対する不服申立て(不服申立て手段の有無、主体的要件、申立ての内容・手続)
知財関連法および国防専利条例には、秘密保持出願に該当する発明の保全措置に対する不服申立手段の有無、主体的要件、申立ての内容・手続について規定されておらず、秘密保持出願について、保全措置に対する不服申立て手段はない。
2.外国出願する場合の秘密保持審査の手続
秘密保持審査の手続は、外国への出願方法によって異なる。
2-1.中国に出願してから外国へ出願する場合
・出願人は、中国に出願してから外国へ出願する場合、中国での出願と同時に、または、その後外国へ出願するまでに、CNIPAに秘密保持審査請求書を提出しなければならない。なお、外国へ出願する内容は、中国出願の内容と一致していなければならない(実施細則第8条第2項第2号、審査指南第五部分第五章6.2)。
・秘密保持審査請求書が提出されると、審査官は予備秘密保持審査(初步保密审查)を行う。書類に形式的不備がある場合には秘密保持審査請求は申し立てられていないものとみなす通知がなされ、請求人は改めて規定に合致した秘密保持審査請求を申し立てることができる。また、審査官は、明らかに秘密保持の必要がない場合には当該発明について外国で出願できる旨を、秘密保持を必要とする可能性がある場合にはその旨を請求人に通知するため、外国専利出願秘密保持審査意見通知書(外国申请专利保密审查意见通知书)を発行する。また、秘密保持審査を必要とする場合には、請求人に対し、外国専利出願一時保留通知書が審査官より送付される。請求日より4か月以内に外国専利出願秘密保持審査意見通知書を受け取っていない場合、秘密保持審査請求人は、当該発明について外国へ出願することができる(実施細則第9条、審査指南第五部分第五章6.1.2)。
・その後、審査官は、さらなる秘密保持審査の結論に基づき外国専利出願秘密保持審査決定(外国申请专利保密审查决定)を出し、当該発明の外国出願を承認するか否かを請求人に通知する。請求日より6か月以内に外国専利出願秘密保持審査決定を受け取っていない場合、秘密保持審査請求人は、当該発明について外国へ出願することができる(実施細則第9条、審査指南第五部分第五章6.1.2)。
2-2.CNIPAを受理官庁として国際出願(PCT出願)を提出する場合
・CNIPAを受理官庁として国際出願(PCT出願)を提出する場合、出願と同時に外国への出願の秘密保持審査請求書を提出したとみなされる(実施細則第8条第3項)。
・国際出願が秘密保持を必要としない場合、CNIPAは通常の国際段階の手続きに従い処理を行う。国際出願が秘密保持を必要とする場合、CNIPAは出願日から3か月以内に国家安全のために出願書類とサーチレポートを世界知的所有権機関(WIPO)に転送しないとの通知書を発行し、出願人とWIPOに本出願を国際出願として処理しないことを通知して国際段階の手続きを終了する。出願人は上記の通知を受け取った場合、当該出願の内容について外国に出願してはならない(審査指南第五部分第五章6.3)。
2-3 中国に出願せず、直接外国へ出願または外国機構を受理官庁として国際出願する場合
・外国へ出願する前に、CNIPAに中国語で作成された秘密保持審査請求書と発明・考案の説明文書を提出しなければならない。なお、審査官の参考に供するために相応する外国語の文書を同時に提出することができる(実施細則第8条第2項第1号、審査指南第五部分第五章6.1.1)。実務上、出願予定の特許または実用新案の内容について、明細書と同様に詳しく記載した説明書が提出される。
・上記2-1.の場合と同様に、請求日より4か月以内に外国専利出願秘密保持審査意見通知書を受け取っていない場合、または、請求日より6か月以内に外国専利出願秘密保持審査決定を受け取っていない場合には、秘密保持審査請求人は、当該発明について外国へ出願することができる(実施細則9条、審査指南第五部分第五章6.1.2)。
上記2-1.~2-3.のいずれによる秘密保持審査請求についても、官庁手数料は発生しない。
また、秘密保持審査請求手続を代理人に依頼する場合には、特許等出願手続と同様に、委任状が必要となる。
3.まとめ及び留意点
(1) 秘密保持審査は、国家の安全また重大な利益に関わる発明を外国に流出しないようにするために導入された制度であるため、秘密保持審査を受けて外国への出願が許可されない割合は非常に低く、一般的な技術に関わる発明に関しては、通常、外国への出願が許可される。したがって、中国で発明がなされた場合、秘密保持審査を受ける手続を進めると同時に、外国への出願の準備に早めに着手することが望ましい。
(2) 秘密保持審査は、発明者の国籍を問わず、発明の実質的部分が中国国内において完成されたか否かによって、その要否が決定される。つまり、中国人発明者であっても外国人発明者であっても、中国国内において完成した発明を外国へ出願する場合は、秘密保持審査を受けなければならない。発明の実質的部分が中国国内において完成されたか否かについては、実務において権利者の住所地および発明者の国籍から総合的に判断することが一般的であるが、反証の証拠次第である。
(3) 日本企業の中国現地子会社の場合、中国国内でなされた発明の内容を確認するために秘密保持審査の請求前に発明に関する説明文書が、既に日本本社に送られていることがあるが、実務上、日本国特許庁への出願日が、中国での秘密保持審査決定書(外国出願を承認する旨の通知)の期日よりも後であれば、当該日本出願を基礎出願として中国に出願する場合、権利化には影響しないと考えられる。
(4) 中国では、国防専利以外の秘密保持出願については、保全対象と判断された場合の実施および実施許諾の制限、補償制度、不服申立手段がないことにご留意いただきたい。
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