インドにおける特許の実施報告制度(2020年特許規則改正)
1.特許発明の実施に適用される一般原則
インド特許法第83条は、特許発明の実施に適用される一般原則について規定している。とりわけ、第83条(a)項において、特許は発明を奨励し、インドで特許発明が確実に実施されることを保証するために付与されるものであることが規定されている。
第83条 特許発明の実施に適用される一般原則
(a)特許は発明を奨励するためおよび当該発明がインドにおいて不当な遅延なく、商業規模で、かつ合理的に実行可能な範囲で実施されることを保証するために付与されるものである。
特許法第83条は一般原則を規定しているにすぎず、本条文そのものが実施を強制するものではないものの、インドで特許発明を実施することの必要性(インドにおける特許発明の実施義務)を規定している。
一方で、インド特許法第146条は、特許権者および実施権者に対して、特許発明のインドにおける商業的実施状況を報告することを求めている。特許権者および実施権者によって提出される特許発明の実施に関する情報は、インドにおいて(インド特許法が規定する)特許制度が機能しているか否かを示す有益な情報である。
2.国内実施報告制度
(1)報告義務者
現存する特許権の特許権者および実施権者は特許発明の国内実施報告書を特許庁長官(Controller)に提出しなければならない(インド特許法第146条(2))。特許審査中にある特許出願人、消滅した特許の元特許権者には国内実施報告書を提出する義務は無い。
(2)報告対象
すべての特許発明が国内実施報告義務の対象である(インド特許法第146条(2))。報告対象には、実施されていない特許発明も含まれる。ただし、消滅した特許発明、特許審査中の発明は報告対象では無い。国内実施報告の対象となる期間は、図1に示すように、特許が付与された会計年度の直後に始まる各会計年度(4月1日~3月31日)であり、特許権者および実施権者は当該期間における特許発明の実施の有無および程度を報告しなければならない(特許規則131条(2))。
図1:国内実施報告の対象となる期間
(3)報告時期
特許発明の国内実施報告書は、報告対象の期間である各会計年度の終了後6か月以内(4月1日~9月30日)に提出しなければならない(特許規則131条(2)(2020改正))。なお、明文の規定は無いが、国内実施報告の対象期間中に存続していた特許権が、報告期間中に消滅するような場合(例えば、特許権を維持する意志が無く特許料を支払われていない場合)、国内実施報告は不要と考えられている。
(4)報告手続
特許権者および実施権者は、様式27(FORM27)に従って特許発明の商業的実施の程度を記載し、管理官に提出しなければならない(インド特許法第146条(2)、特許規則131条(1)、様式27(2020改正))。
国内実施報告書に記載すべき事項は次のとおりである。
(ⅰ)特許番号毎に実施しているか否かを記載する。
(ⅱ)実施している場合、インドで製造または輸入した特許発明によって得られた収益/価値の概算を記載する。また、実施の概要を記載する。
(ⅲ)実施していない場合、実施していない理由と、実施に向けて行った措置を記載する(500文字以内)。
3.実施/不実施 この様式を提出している各特許が実施済みか不実施かを述べてください。 | 特許番号 | 実施[該当する場合はチェック] | 未実施[該当する場合はチェック] | |
4.実施している場合 | (a)実施された特許番号の明細を提出した特許権者/ライセンシーにインドで発生したおおよその収益/価値 | |||
(1)インドでの製造….(INR) | (2)インドへの輸入………(INR) | |||
(b)上記(a)に関する概要 (500語以内) | ||||
5.実施していない場合 | 特許発明を実施していない理由と、実施のためにとっている措置。(500字以内) |
国内実施報告書には、特許権者、実施権者または代理人が署名する。権利者が同一で各特許発明から得られる収益/価値を区別できない場合、複数の関連する特許については一つの報告書にまとめて記載することができる。特許が共有に係る場合、共同で一つの実施報告書を提出することができる。
なお、旧様式27で要求されていた具体的記載、例えば、インドで生産されまたはインドに輸入された特許製品の数量および価格、ライセンス情報等の記載は、2020年特許規則改正により不要になった。また、適正価格で公衆の需要を満たしていることの陳述も同規則改正により不要になった。
3.国内実施報告義務違反
(1)国内実施報告書の提出を怠った場合
国内実施報告書の提出を拒絶した者は、1,000,000インドルピー以下の罰金に処される(インド特許法第122条(1))。
(2)虚偽の国内実施報告を行った場合
虚偽の国内実施状況を報告すると、その者は6か月以下の禁固もしくは罰金に処され、またはこれらが併科される(インド特許法第122条(2))。
4.国内実施報告書の提出率および実施状況
2018-2019年度について見てみると、有効に存在する特許権の約8割について国内実施報告書が提出されている。また、国内実施報告があった特許発明のうち、3割弱の特許発明が実施されている(Annual report 2017-2018、Annual report 2018-2019)。
5.国内実施報告書の公開
国内実施報告書の内容はインド特許庁のホームページに公開されている。図2のサイトのプルダウンメニュー「Complete available for Year」で報告年度を、「Location」のメニューで特許庁(デリー、チェンナイ、コルカタ、ムンバイ)を選択し、「Search」をクリックすると、当該報告年度に提出された国内実施報告の一覧が表示される。一覧にあるリンク「View Document」をクリックすると、国内実施報告書の内容を閲覧することができる。
図2:Dynamic Patent Utilities:Information u/s 146 (Working of Patents)
URL:https://ipindiaservices.gov.in/DynamicUtility/WorkingOfPatents/Index
(最終アクセス日:2022年3月1日)
6.国内実施報告書の記載例
国内実施報告書には収益概算、実施概要などを記載する必要があるが、その具体的な記載方法についてのガイドラインなどはない。記載の一例を紹介する。
(1)実施している場合の記載例
例1)収益概算…輸入250000000(INR)
実施概要…Imported from a joint venture in China
例2)収益概算…製造100000(INR)
実施概要…Over 1Lac INR (exact value cannot be ascertained)
※1Lac=10万
(2)実施していない場合の記載例
例1)The patentee is contemplating an opportunity to work the patent in India.
例2)No specific plan for working currently.
7.留意事項
国内実施報告を怠った特許権者に対して実際に罰金が科された事例はない。しかしながら、罰金の対象として条文に明記されていることから特許権者は国内実施報告書を提出すべきと考えられている。なお、特許発明を実施していない旨の国内実施報告書を提出することについて、不実施に基づく強制実施権の設定を過度に懸念する必要はない。
インドネシアにおける特許実施義務をめぐる問題と対応の必要性
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インドネシアにおける特許実施の延期申請について
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トルコにおける特許実施義務をめぐる問題と対処法
【詳細及び留意点】
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インドにおける特許の実施報告制度
【詳細】
「実施」の必要性についての考察
インド特許法第83条(1970)の下に制定された諸規定には、特許権者または実施権者(ライセンシー)に対して、特許発明のインドにおける商業的な実施状況を報告することが求められている。
インド特許法第XVI章「Working of Patents, compulsory licences, and revocation(特許の実施、強制実施権および取消)」第83条は、特許発明の実施に適用される一般原則について規定している。とりわけ、第83条(a)項において、特許は発明を奨励し、インドで特許発明が確実に実施されることを保証するために付与されるものであることが規定されている。
第83条 特許発明の実施に適用される一般原則
(a)特許は発明を奨励するためおよび当該発明がインドにおいて不当な遅延なく、合理的に商業規模で実行可能な範囲まで実施されることを保証するために付与されるものである。
法の趣旨に照らせば、上記規定によって特許制度の恩恵を万人が確実に受けることができると解釈できる。すなわち、インド中央政府から与えられる特許発明についての独占権と引き換えに、特許権者および実施権者は特許の公開を通じてこの発明の知識を公衆に広め、第三者は特許権者等の実施する特許発明を利用する機会が与えられることになるからである。
特許法第83条は一般原則を規定しているにすぎず、本条文そのものが実施を強制するものではないものの、インドで特許発明を実施することの必要性(インドにおける特許発明の実施義務)を規定している。
さらに、特許権者および実施権者によって提出される特許発明の実施に関する情報は、インドにおいて(インド特許法が規定する)特許制度が機能しているか否かを示す有益な情報である。
インドにおける特許発明の実施についての法的概要
特許法第146条および特許規則131によると、特許権者もしくは実施権者(専用実施権か否かを問わず)またはその代理人は、Form27(様式27)に則り、インドにおける特許発明の商業的実施の程度について、陳述書を提出しなければならない。また、特許庁長官は、特許権者または実施権者に対し書面による通知をし、当該通知の日から2ヶ月以内にForm27に則り情報を提出すべき旨を要求する場合がある。
特許法第146条 特許権者からの情報を要求する長官権限
(1)長官は、特許の存続期間中はいつでも書面による通知をもって特許権者または排他的かもしくは非排他的かを問わず実施権者に対して、当該通知の日から2ヶ月以内または長官の許可する期間内に、インドにおける特許発明の商業的実施の程度について当該通知書に明示された情報または定期的陳述書を長官に提出すべき旨を要求することができる。
(2)(1)の規定を害することなく、各特許権者および(排他的もしくは非排他的かを問わず)各実施権者は、所定の方法、様式、および間隔(前回の提出から6ヶ月以上)をもって、インドにおける当該特許発明の商業規模における実施の程度に関する陳述書を提出しなければならない。
(3)長官は、(1)または(2)に基づいて受領した情報を所定の方法により公開することができる。
特許規則131
特許法第146条(2)に基づき提出を求められる陳述書の様式および提出方法
(1)特許法第 146 条(2)に基づく各特許権者および各実施権者は、様式27により陳述書を提出しなければならず、当該陳述書は特許権者もしくは実施権者、またはその者により委任された代理人が適法に認証しなければならない。
(2)(1)にいう陳述書は、各暦年について各年末から3ヶ月以内に提出しなければならない。
(3)長官は、特許法第146条(1)または(2)に基づいて長官が受領した情報を公開することができる。
様式27は、特許権者または実施権者に対して、以下の関連情報を提出すべきことを要求している:
1)発明の実施の有無
a)実施されていない場合、発明が実施されない理由、および当該発明の実施計画
b)実施されている場合、当該特許製品の数量および価格(ルピー)
i)インド国内で製造した製品に関する情報
ii)他国からの輸入品に関する情報(国別)
2)その暦年に付与したライセンスおよびサブライセンスの数
3)公衆の需要が適正な価格によりどの程度(一部、十分、最大限)満たされているか
この情報は、特許規則131に準じて、毎年、年末から3ヶ月以内(翌年の3月31日まで)に提出しなければならない。
罰則規定
特許権者等が当該情報を提出しない場合、特許発明をインドで実施していないとみなされるため、特許庁長官によって第三者に強制実施権を付与される場合がある。
また、情報の不提出には罰則規定が設けられており、100万ルピー以下の罰金、さらに故意に事実と異なる情報を提出した場合には、6ヶ月以内の懲役もしくは罰金に処され、またはこれを併科すると規定されている(特許法第122条)。
特許法第122条 情報提出の拒絶または懈怠
(1)何人も次に掲げるものの提出を拒絶しまたは怠ったときは、その者は、1,000,000ルピー以下の罰金に処する。
(a)中央政府に対して、その者が第100条(5)に基づいて提出を要する情報
(b)長官に対して、その者が第146 条もしくは同条に基づいて提出を要する情報または陳述書
(2)(1)にいう情報の提出を要する何人も虚偽である情報もしくは陳述書、およびその者が虚偽であることを知りもしくはそのように信じる理由を有し、または真正と信じない情報もしくは陳述書を提出したときは、その者は、6 ヶ月以下の禁固もしくは罰金に処し、またはこれらを併科する。
実施報告に関する最近の動き
長官は、2009年に初めて「インドにおいて特許発明を商業的に実施しているか否かの情報を提出する義務があるのでこの情報を提出してください」という内容の通知をインド特許庁のウェブサイトに掲載した。また、長官はその後毎年この内容の通知をインド特許庁のウェブサイトに掲載して情報の提出を怠ることのないように呼びかけている。
さらに、インド特許庁は2012年から提出された特許発明のインド国内実施に関する情報を公開している。
提出された特許発明のインド国内実施に関する情報は、http://ipindiaonline.gov.in/workingofpatents/ で見ることができます。
公開された特許発明の実施に関する情報は、インドの特許制度が有効に機能しているか否かを示す有益な情報であり、さらに特許法の改訂、公開特許の評価、学識経験者の考察、将来の実施権者、立法者など様々な立場の人々によって有効利用されることが考えられる。