ホーム 台湾専利審査基準

中国および台湾における技術常識(中国:「公知常識」、台湾:「通常知識」)の立証責任の所在

1. 中国
1-1. 公知常識
 中国専利審査指南第2部第4章3.2.1.1(3)(i)では、「公知常識」は、当該分野において技術的問題を解決する通常の手段、または教科書もしくは参考書などで開示された技術的問題を解決するための技術的手段、および当該分野において特定の技術的問題を解決する通常の手段が含まれると例示されている。すなわち、関連技術分野の具体的な技術問題を解決するために、当該分野における一般技術者が容易に想到しかつ用いる技術的手段のことを示している。「公知常識」の判断主体は「発明が属する技術分野の通常知識を有する者」であり、通常知識とは、世間の民衆全員が知っている事実であるとは限らず、出願日より前に当該分野の一般技術者に公知となっていた一般的な技術常識を示している。

 この他、以前は革新的と認められていた技術が、科学技術の発展に伴い、多くの分野、商品で広範に利用され、また多くの特許文献もしくは科学出版物等で開示され、多くの特許文献で引用された結果、これらの広範に開示された技術は、当該分野の技術者に熟知され「公知常識(公知技術)」になると中国における実務でも認められている。

1-2.「公知常識」の立証責任
(1) 実体審査段階

 中国専利審査指南第2部第8章4.10.2.2(4)では「審査官が審査意見通知書(拒絶理由通知書)において引用した当分野の「公知常識」は、確実なものでなければならない。出願人が審査官の引用した「公知常識」について異議を申し立てた場合には、審査官は理由を説明するか、あるいは相応の証拠を提供して、これを証明できるようにしなければならない」と規定されている。出願人が審査官の引用した「公知常識」について異議を申し立て、かつ審査官に立証を求めた場合、審査官は申立てを直接却下することはできず、改めて審査意見書を通知することになる。

 審査意見において、通常は「公知常識」は引用文献と組み合わせて用いられる。「公知常識」が当該特許の技術的特徴を開示し、引用文献がその他の技術的特徴を開示している場合、公知常識と引用文献を組み合わせて当該特許の進歩性が否定される。

 なお、公知常識を示す証拠の類型について、2023年の中国専利審査指南の改正により、復審・無効審判の規定と同様に、実体審査に関する中国専利審査指南第2部第4章3.2.1.1の文献の列挙に「技術用語辞典、技術マニュアル」が追加され、技術用語辞典、技術マニュアルからも公知常識の関連情報を探すことが可能であることが明確にされた。

(2) 無効審判段階
 中国専利審査指南第4部第8章4.3.3では、当事者である請求人もしくは被請求人が、ある技術的手段は「公知常識」であると主張した場合には、その主張を行った者がその主張に対して立証責任を負うことになる、と規定されている。立証の形式には、教科書、技術用語辞典、技術マニュアル等の提出といった法律で規定された一般的方法による立証や、当該技術的手段が既に広範にわたり使用されていることを証明する証拠、例えば、特許文献、学術文章、商品説明等を提出し立証することが可能である。

(3) 行政訴訟段階
 中国最高人民裁判所が2020年9月10日に公布した「最高人民法院による専利の権利付与・権利確定に係る行政事件の審理における法律適用の若干問題に関する規定(一)」の第28条において、「公知常識」や「慣用設計」に関する立証責任について、以下のように規定されている。

 「当事者が、関連する技術内容が公知常識に属すると主張する場合、または関連する意匠の特徴が慣用設計に属すると主張する場合、人民裁判所は、当該当事者に対して、証拠を提供し証明するよう、または説明を行うよう要求することができる。」

2. 台湾
2-1. 通常知識

 台湾審査基準第2篇第3章の特許要件「3.2.1当該発明の属する技術分野における通常知識を有する者」では、以下のように規定されている。

 「当該発明の属する技術分野における通常知識を有する者とは、出願時における当該発明の属する技術分野の一般知識(general knowledge)および普通技能(ordinary skill)を有し、出願時の先行技術を理解し利用できる者として、想定された者を指す。」

さらに、以下のように説明されている。

 「一般知識には、参考書や教科書などに記載された周知(well-known)の知識が含まれ、普遍的に使用(commonly used)される情報や経験則から理解される事項も含まれる。普通技能とは、日常業務や実験を行うための普通の能力を指す。一般知識および普通技能を合わせて「通常知識」と称する。」

2-2.「通常知識」の立証責任
(1) 実体審査段階

 台湾審査基準第2篇第3章の特許要件「3.6審査時の注意事項」(5)では、以下のように審査官が進歩性を否定する場合、「一般知識」すなわち「通常知識」については、その理由を十分説明をしなければならないとされ、「通常知識」の立証責任はそれを主張する審査官にある。

 「特許出願に係る発明は進歩性を有しないと認定する場合には、原則として関連する先行技術の引用文献を添付しなければならない。ただし、当該技術が一般知識である場合には、引用文献を添付しないこともできるが、審査意見通知(拒絶理由通知)および拒絶査定書において、理由を十分に説明しなければならない。」

(2) 無効審判段階
 現行台湾専利審査基準には、無効審判段階での「通常知識」の立証責任に関する特別な規定はない(台湾専利審査基準第5篇第1章2.4.3)。無効審判の証拠は審判請求人により提出されるが、法理上、当事者が自らに有利な事実を主張する場合、その主張をする者が立証責任を負うべきであるとされているため、審判請求人が「通常知識」の立証責任を負うべきと考えられる(次節(3)の裁判例を参照。)。

(3) 行政訴訟段階
 台湾知慧財産法院は、台湾智慧財産局が提出した証拠に関して、それが「通常知識」であることを立証せずに拒絶査定を下したことについて、台湾智慧財産局による当該拒絶査定を取り消す旨の判決を下したことがある(知慧財産法院2011年度行専訴字第71号行政判決)。当該判決では、以下のように、「通常知識」の立証は客観的な事実に基づくものであり、通常知識の存在を主張する者(当該判決では台湾智慧財産局)が、通常知識の存在を立証する責任を負うべきであるとされた。

 「「通常知識」とは、当該発明の属する技術分野において既知の一般知識を指し、公知の若しくは普遍的に使用される情報及び教科書若しくは参考書に記載された情報、または経験則から理解される事項を含む。したがって、当該発明の属する技術分野の者が有する通常知識は、他の分野の者にとっては当該分野の専門知識である可能性があるが、当該発明の属する技術分野の者にとっては一般的かつ通常的な知識である。その知識が当該発明の属する技術分野における特殊な知識であり、当該発明の属する技術分野の通常知識を有する者が普遍的に有する知識ではない場合、その知識を発明の進歩性有無の判断基準として援用することはできない。また、『通常知識』が当該発明の属する技術分野に存在するか否かは、具体的な証拠によって証明できる客観的な事実であり、当該発明の属する技術分野の者の根拠のない主観的な判断に基づくものではない。通常知識は、当該発明の属する技術分野の者にとっての一般的かつ通常的な知識である上、公知のまたは普遍的に使用される情報及び教科書または参考書に記載された情報でない場合、経験則から理解される事項に該当すると言えるため、通常知識の情報が記載された教科書や参考書を提出し通常知識の存在を証明したり、または具体的な証拠を提出し特定の経験則の存在及び経験則から通常知識を推測し得ることを証明したりできる。もし当事者間で特定の通常知識が存在するか否かの事実について争いがある場合、特定の通常知識の存在を主張する者が、当該特定の通常知識の存在を立証する責任を負うべきであり、特定の通常知識の存在を主張する者が当該発明の属する技術分野の者であるという理由だけで、特定の通常知識の存否をその者の主観的かつ恣意的な判断に基づき認定してはならない。」(太字、下線は執筆者記入)