中国における特許出願の単一性の審査について
1.はじめに
中国において、1つの全体的な発明構想に属する、すなわち単一性を有する2つ以上の発明または実用新案は、1件の出願として提出することができ(専利法第31条第1項)、特許の実体審査実務において、2つの独立形式請求項が単一性を有するか否かは、同一のまたは対応する特定の技術的特徴の有無により判断される(専利審査指南第2部分第6章2.2.1)。なお、その判断は請求項の内容に基づいて行われるが、必要に応じて説明書(以下「明細書」という)や添付図面の内容も参照される。
2.「特定の技術的特徴」の定義
「特定の技術的特徴(中国語「特定技术特征」)」とは、各発明または実用新案が全体として先行技術(中国語「现有技术」)に貢献する技術的特徴をいう(実施細則第34条)。
また、専利審査指南では、実体審査における単一性審査に関する規定において、「特定の技術的特徴」(*)は、先行技術と比較して、発明に新規性だけでなく進歩性(中国語「创造性」)も具備させる技術的特徴であるとされている(専利審査指南第2部分第6章2.1.2)。つまり、いわゆる「特定の技術的特徴」は、「公知のものでなく、自明でもない技術的なもの」といえる。
(*)ソースに記載した専利審査指南の翻訳文では、「特定した技術的特徴」と記載されているが、ここでは用語を統一して記載する。以下同様である。
3.単一性の審査方法(専利審査指南第2部分第6章2.2.2)
専利審査指南において、実体審査における単一性審査については第2部分第6章2に規定されているが、実用新案は実体審査がなされないため、特許がこの規定の対象となる。ただし、実用新案についても、方式審査において、先行技術調査をしなくても明らかに判断できる単一性違反がある場合は、方式審査において指摘される。
3-1.1件の出願に2つ以上の発明が含まれる場合
1件の出願に2つ以上の発明が含まれる場合、先行技術の調査を行う前に、それらが明らかに単一性違反に該当するか否かが判断される。
・ それらの発明が同一のまたは対応する技術的特徴を有しないか、またはその同一のまたは対応する技術的特徴がいずれもその分野の慣用手段である場合、先行技術に対する貢献を明示する特定の技術的特徴を有する可能性がないため、明らかに単一性違反と判断される。
例:1件の出願の中に除草剤と草刈り機の2つの独立形式請求項が含まれている場合。
両者には同一または対応した技術的特徴がなく、さらに、同一または対応した特定した技術的特徴を持つ可能性もない。従って、明らかに単一性を有しない。
3-2.単一性違反が明らかでない場合
単一性違反が明らかでない2つ以上の発明については、先行技術を調査した上で単一性を有するか否かが判断される。
単一性違反が明らかでない場合、通常、以下の分析方法が採用される。
・ 1件目の発明の主題に関連する先行技術と比較して、先行技術に対する貢献を表す特定の技術的特徴を確定する。
・ 2件目の発明の中に、1つまたは複数の1件目の発明と同一または対応する特定の技術的特徴が存在するかどうかを判断することにより、この2つの発明に技術上の相互関連があるかを確定する。
・ 各発明間に、1つまたは複数の同一または相応する特定の技術的特徴が存在すれば、すなわち技術上の関連があるならば、1つの総体的発明思想に属しているとの結論が得られる。逆に、各発明間に技術上の関連が存在しなければ、1つの総体的発明思想に属してないとの結論が得られ、単一性を有しないとことを確定できる。
3-3.「特定の技術的特徴」
前述のとおり、専利審査指南上、「特定の技術的特徴」は、先行技術と比較して、発明に新規性・進歩性を具備させる技術的特徴であると規定されていることから、先行技術の調査により、ある技術的特徴が新規であるものの、発明に進歩性を持たせることができない(すなわち、公知文献の組み合わせ、あるいは1件の公知文献と技術常識の組み合わせから自明なものである)場合、この技術的特徴が先行技術に対して貢献をもたらすものではないと判断される。したがって、進歩性判断は、「特定の技術的特徴」の判断に直接の影響を及ぼす。
4.「対応する技術的特徴」の定義
4-1.専利審査指南での扱い
「対応する技術的特徴」の定義について、専利審査指南において明確な記載はなく、事例のみ記載されている。
実務においては、2つの技術的特徴が、異なる発明を相互に協働させて、関連する課題を解決させることができ、明らかな対応関係を有する場合(例:送信機と受信機、プラグとソケット等)のほか、2つの技術的特徴が同じような特性を有し、相互に代替可能であり、同様の課題を解決でき、先行技術に対する貢献も同様である場合(例:後述の【例9】)にも、通常、「対応する技術的特徴」であると判断される。
4-2.実務上の対応
2つの発明特定事項が「対応する技術的特徴」に該当することを証明するには、明細書の記載による裏付けが必要である。
例(専利審査指南第2部分第6章2.2.2.2【例9】):
請求項1:重量%でNi=2.0~5.0、Cr=15~19、Mo=1~2および残量Feを主成分として含有し、板厚が0.5mm~2.0mmであり、伸び率が0.2%である場合の降伏強度が50kg/mm2以上である高強度耐食性ステンレス板。
請求項2:重量%でNi=2.0~5.0、Cr=15~19、Mo=1~2および残量Feを主成分として含有する高強度耐食性ステンレス板の製造方法であって、
(1) 2.0mm~5.0mmの板厚となるように熱間圧延する工程、
(2) 熱間圧延されたスラブを800℃~1000℃の温度で焼鈍する工程、
(3) 0.5mm~2.0mmの板厚となるように冷間圧延する工程、
(4) 1120℃~1200℃の温度で2~5分間焼鈍する工程、
を含む高強度耐食性ステンレス板の製造方法。
上記の例において、審査官は公知文献を調査した上で、先行技術と比較して、0.2%である場合の降伏強度が50kg/mm2以上であるステンレス板は、新規性および進歩性を有すると判断している。
物の発明である請求項1の特定の技術的特徴は、「伸び率が0.2%である場合の降伏強度が50kg/mm2以上である」というものである。方法の発明である請求項2のプロセスは正に、このような降伏強度を有するステンレス板を製造するための加工処理であって、これは請求項2の文言には反映されていないが、明細書からは明らかである。よって、このプロセスは、請求項1の強度の特徴に対応する特定の技術的特徴であるといえ、請求項1と請求項2は単一性の要件を満たしていると判断される。
5.留意事項
中国においては、「特定の技術的特徴」の認定について進歩性の判断基準が採用されており、この基準は、日本における基準よりも厳しいものと思われる。そのため、日本で単一性要件を満たすクレームであっても、中国においても必ずしも単一性要件を満たすということではないということに留意すべきである。
また、同一ではなく、「対応する技術的特徴」の場合、単一性違反と疑われないように、明細書にこれらの技術的特徴がどのような対応関係を有するか(例えば上述の例のような製法プロセスと特性との対応関係など)について詳細に記載しておくことが望ましい。
さらに、「特定の技術的特徴」は、技術的なものでなければならない。例えば、ビジネス方法に関する発明において、ビジネス方法それ自体が斬新であったとしても、技術的特徴を含んでいない場合には、単一性の要件を満たす理由とはならない。
マレーシアにおける修正実体審査請求
1.修正実体審査請求
マレーシア出願においてクレームされている発明と同一または実質的に同一の発明について、所定の国で、出願人に対して(ただし、権利の移転により当該所定国での出願人とマレーシア出願の出願人が異なる場合、その当該国の出願人に対して)特許またはその他の工業所有権保護の権利が付与されている場合、特許法第29条A(1)に基づき、修正実体審査を請求することができる。修正実体審査の請求は所定のFormの提出により行う。(Form 5A)
修正実体審査の請求は、パリルートによる出願の場合にはマレーシア出願日から18か月以内(規則27(1))、PCTルートによる出願の場合には国際出願日から4年以内(規則27A(1A))に行わなければならない。
修正実体審査では以下の書類を添付しなければならない。(規則27A(3))
所定の国において、または所定の条約を基に出願人または前権利者に対して付与された特許またはその他の工業所有権保護の権利についての認証謄本。かかる特許またはその他の工業所有権保護の権利が英語でない場合には、英語による認証翻訳文。
所定の国による、または所定の条約に基づく特許またはその他の工業所有権保護の権利が付与された発明の明細書、クレームまたは図面が、形式的事項は別として、マレーシア出願でクレームされている発明の明細書、クレームまたは図面と実質的に同一でない場合には、それらを一致させるための補正。
ここで、「所定の国」とは、オーストラリア、日本、韓国、英国または米国を意味し、「所定の条約」とは欧州特許条約を意味する(規則27A(5))。
つまり、修正実体審査においては、外国で(所定の国でまたは所定の条約に基づいて)付与された特許が英語による場合には、その特許を発行した特許庁が証明した特許を証明する書類と、もし必要なら補正を提出すればよい。外国で付与された特許が英語によらない場合には、その特許を発行した特許庁が証明した外国語の特許を証明する書類とは別に、特許を証明する書類の英訳を翻訳者の証明書(宣誓書)とともに提出することが必要である。
日本国特許庁の審査結果に基づきマレーシアにおいて修正実体審査を請求する場合には、日本国特許庁が認証した特許公報とその英訳、翻訳者による宣言書、および出願人による宣言書を提出することが必要である(ただし、出願人による宣言書は提出を求められない場合もある。)。
修正実体審査の請求はその猶予の申立をすることができる。申立は修正実体審査を請求すべき期間内に行わなければならない。(特許法第29条A(6))
認められる猶予期間は出願日(PCTルートの場合には国際出願日)から最大5年である。(規則27B(2))
修正実体審査請求の猶予の申立は、請求の基礎とする所定の国での出願が特許になっていない場合や、認証書類が入手できない場合に行うことができる。(Form 5B)
猶予期間内に修正実体審査の請求ができない場合には、猶予期間満了後から3か月以内に通常の実体審査請求を行うことができる。(規則27B(3))
2.通常の実体審査請求と修正実体審査請求との比較
|
通常の実体審査請求 |
修正実体審査請求 |
(1)特許庁費用 |
RM1100(約USD275) |
RM640(約USD160) |
(2)請求時に提出すべき書類 |
a)マレーシア出願でクレームされた発明と同一または実質的に同一の発明について、オーストラリア、日本、韓国、英国および米国において出願された出願、並びにEPCおよびPCTの下に出願された出願の出願日と出願番号の情報 (規則27(3)(a)) |
マレーシア出願でクレームされた発明と同一または実質的に同一の発明について、オーストラリア、日本、韓国、英国、若しくは米国において、または欧州特許条約の下に付与された特許を証明する書類の認証謄本と、その特許を証明する書類が英語でない場合にはその証明付英語訳(規則27A(3)(a)) |
b) マレーシア出願でクレームされた発明と同一または実質的に同一の発明について、オーストラリア、日本、韓国、英国若しくは米国において、または欧州特許条約の下に付与された特許の番号 (規則27(3)(b)) |
||
c) マレーシア出願でクレームされた発明と同一または実質的に同一の発明について、オーストラリア、日本、韓国、英国、米国、または欧州の特許庁(特許協力条約に基づく国際調査機関または国際予備審査機関の場合も含む)による、調査または審査結果と、その調査または審査結果が英語でない場合にはその証明付英語訳 (規則27(3)(c)) |
||
(3) 補正要否 |
補正は必須ではないが、審査促進のためには上記(2)で述べた特許のクレームに、マレーシア出願のクレームを一致させる補正を自発的に行うのが望ましい。 |
マレーシア出願のクレームを上記(2)で述べた特許のクレームに一致させる補正が必要である。(規則27A(3)(b)) |
外国(所定の国)の出願が特許されていることがその発明の主題に特許性があることの一応の証拠となるので、修正実体審査を請求することにより審査が促進される。修正実体審査においては、審査官は、原則、マレーシア出願と外国で特許された出願とが一致しているかどうかについての審査を行い、(特別な状況の例外を除いて)先行技術調査を行わず、また、進歩性、単一性、明細書の記載要件、クレームの明確性等について審査は行わない。
ただし、注意すべき点として、発明の主題が対応国で特許性があったとしても、マレーシアで特許を受けることができない主題であってはならない。特許法第13条によれば、人間または動物の進退についての治療または診断方法、ビジネス方法、発見、科学理論、数学的方法、植物若しくは動物の品種、植物若しくは動物を生産するための本質的に生物学的な生産方法などは、特許を受けることができない。
3.特許審査ハイウェイ(PPH)
マレーシアと日本との間のPPH試行プログラムは2014年10月1日より始まり、2017年9月30日まで実施された。その後3年間延長され2017年10月1日から2020年9月30日まで実施される。また、マレーシア知的財産公社(MyIPO)と日本特許庁(JPO)は同プログラムを必要に応じて延長していく予定である。
PPHは、通常の実体審査請求と同時またはその後に申請する。MyIPOがその出願の実体審査に着手していないときに限ってPPHの対象候補となる。
マレーシア出願においてPPHを申請するための要件は以下のa~eである。
a. PPHを申請するマレーシア出願およびPPHの基礎とする日本出願において、優先日あるいは出願日のうち、最先の日付が同一であること。
b. 対応する日本出願があり、JPOにより特許可能とされたまたは特許されたクレームが一つ以上あること。
c. PPHの下で審査される全てのクレーム(出願時のクレームあるいは補正されたクレーム)がJPOにより特許可能とされたクレームの一つ以上と十分に対応していること。
d. PPHの申請時に、MyIPOがその出願の審査を始めていないこと。
e. PPHの申請時またはそれ以前に、通常の実体審査請求が行われていること。
PPHの申請時には、以下の(a)~(d)の書類を添付して提出する必要がある。
(a)対応する日本出願に対してJPOから発行された(JPOにおける特許性の実体審査に関連する)全てのオフィスアクションの写し、およびその翻訳
マレー語または英語が翻訳言語として利用可能である。JPOのオフィスアクションとその翻訳がAIPN(JPOの「ドシエ・アクセス・システム」:各国特許庁が有する審査関連情報を照会するシステム)により提供されている場合には、MyIPOの審査官はAIPNによりオフィスアクションの写しとその機械翻訳を入手できるので、出願人はそれらを提出する必要はない。MyIPOの審査官がAIPNによりオフィスアクションおよびその翻訳を得ることができない場合には、出願人には必要書類を提出するよう要請される。
(b)対応する日本出願で特許可能と判断されたすべてのクレームの写し、およびその翻訳
マレー語または英語が翻訳言語として利用可能である。JPOにおいて特許可能と判断されたクレームがAIPNにより提供されている場合に、MyIPOの審査官はAIPNによりクレームの写しとその機械翻訳を入手できるので、出願人はそれらを提出する必要はない。MyIPOの審査官がAIPNによりクレームを得ることができない場合には、出願人には必要書類を提出するよう要請される。
(c)JPOの審査官が引用した引用文献の写し
引用文献が特許文献の場合、MyIPOが通常所有しているため、出願人はそれらを提出する必要はない。MyIPOが特許文献を所有していない場合には、出願人は審査官から要求に応じてその特許文献を提出する必要がある。非特許文献は必ず提出しなければならない。引用文献の翻訳は不要である。
(d)クレーム対応表
PPHを申請する出願人は、マレーシア出願の全てのクレームが、対応する日本出願で特許可能とされたまたは特許となったクレームと十分に対応していることを示すクレーム対応表を提出しなければならない。クレームが直訳である場合、出願人は対応表において「それらは同一である」と記載することができる。クレームが直訳でない場合には、互いに十分に対応していることを説明する必要がある。
上記(a)および(b)における翻訳は機械翻訳でも認められる。ただし、翻訳が不十分のため翻訳されたオフィスアクションやクレームを審査官が理解できない場合には、審査官は出願人に翻訳の再提出を求めることができる。
最近の傾向では、PPH申請より3~4か月で審査報告書が発行される。
4.修正実体審査請求とPPH申請との比較
|
修正実体審査請求 |
PPH申請 |
請求または申請の基礎とする対応国(その条件) |
オーストラリア、日本、韓国、英国、米国、または欧州特許条約の下(いずれかにおいて特許が付与された場合) |
日本(対応する日本出願においてクレームが特許可能または特許となった場合) |
提出書類の条件 |
外国で付与された特許を証明する書類は、その特許を発行した特許庁による認証謄本でなければならない。 |
対応する日本出願の特許可能または特許となったクレームは単なる写しでよい。 |
審査促進の効果 |
請求から9か月~1年で審査報告書 |
請求から3~4か月で審査報告書 |