シンガポールにおける特許を受けることができる発明と特許を受けることができない発明
1. ソフトウェア
1-1. 特許法改正の経緯
1995年2月にシンガポール特許法が施行された際に、第13条(2)によって「コンピュータプログラム」は、以下のように「発明」ではないと規定されていた。
シンガポール特許法(1995年2月施行)第13条 特許性のある発明 (1) (2)および(3)に従うことを条件として、特許性のある発明とは、次の条件を満たすものである。 (a) 発明が新規であること (b) 発明に進歩性があること (c) 発明が産業上利用できること (2)次のものから成るものは、本法を目的として、発明ではないことをここに宣言する。 (a) 発見、科学的理論、数学的方法 (b) 言語、戯曲、音楽または芸術作品、もしくはその他あらゆる審美的創作物 (c) 精神活動、ゲームまたはビジネスのためのスキーム、ルールまたは方法、もしくはコンピュータプログラム (d) 情報の提示 ただし、前述の規定は、特許または特許出願に関する範囲内において、あらゆるものが本法における発明として取り扱われることを禁止するものである。 ((3)以下省略) |
しかし、1996年1月1日に施行された改正により、シンガポール特許法第13条(2)は削除された。
1-2.ソフトウェア発明に関連する裁判例
ソフトウェアクレームが特許を受けることができるかどうかを考察するために、First Currency Choice v Main-Line Corporate Holdings Ltd事件([2007] SGCA 50)を説明する。この事件において、クレジットカード取引を処理するために使用される希望通貨を、(データ処理方法を通じて)自動的に特定する通貨換算方法およびシステムに対して特許を付与することが、適切かどうかが争点となった。最高裁判所の高等法廷(High Court)は、この特許は新規性と進歩性を有さないと判示し、この判決は、最高裁判所の上訴法廷(Court of Appeal)によって支持された。
1-3. ソフトウェア発明の発明適格性
シンガポール特許法第13条(2)の削除とFirst Currency Choice v Main-Line Corporate Holdings Ltd事件の判決に基づき、シンガポールにおいてソフトウェアのクレームは特許を受けることができるとの見解を持つ者がいるが、シンガポール知的財産庁は、この見解を認めていない。ソフトウェア発明には、新規性、進歩性、産業上の利用可能性の要件に加えて、技術的特徴も含まれていなければ、特許は付与されない。
シンガポール知的財産庁の特許出願審査ガイドライン(以下「ガイドライン」という。)の8.6および8.7は、ソフトウェア発明の一種であるコンピュータ実装発明の発明適格性について、以下のように規定している。
特許出願審査ガイドライン 8.6 コンピュータ実装発明(computer-implemented inventions:CIIs)に関するクレームの実際の貢献を検討する場合、審査官は、クレームで定義された発明にコンピュータ(またはその他の技術的特徴)がどの程度貢献しているかを判断する必要がある。このようなCIIsの場合、コンピュータ(またはその他の技術的特徴)が実際に貢献するためには、クレームで定義されたコンピュータ(またはその他の技術的特徴)が発明に不可欠であることが証明されなければならない。 8.7 例えば、コンピュータが実装されたビジネス方法に関連するクレームは、さまざまな技術的特徴(サーバー、データベース、ユーザー・デバイスなど)がビジネス方法のステップと(i)重要な程度に、かつ(ii)特定の問題に対処するような方法で相互作用する場合、発明とみなされる。「重要な程度」が意味する例として、クレームは、ビジネス方法を実行するための既知のハードウェアコンポーネントを記載している場合があるが、ハードウェアの全体的な組み合わせが、取引を実行するためのより安全な環境を提供する場合、ハードウェアは特定の問題に対処するためにビジネス方法と重要な程度で相互作用しているとされる。この場合、実際の貢献は、ビジネス方法にそのハードウェアを組み合わせて使用することである可能性が高く、これは発明とみなされる。 ただし、クレームに記載されている技術的特徴が、標準的なオペレーティングシステムの動作に過ぎない場合、特に、純粋なビジネス方法を実行するための汎用コンピュータ、またはコンピュータ・システムの使用である場合、そのような相互作用は重要な程度とはみなされず、特定の問題が解決されないことは明らかである。実際の貢献はビジネス方法である可能性が高く、クレームされた主題は、クレームに「コンピュータの実装」という用語または同様の一般的な用語を単に含めるだけでは「発明」とはみなされない。 |
2. 治療方法
2-1. 特許法の規定
現行のシンガポール特許法(以下「特許法」という。)第16条(2)によって、治療方法は、以下のとおり、産業上利用可能であるとは認められないと規定されている。
シンガポール特許法 第16条 産業上の利用 (2)人もしくは動物の体の外科術若しくは治療術による処置方法または人若しくは動物の体について行う診断方法の発明は、産業上利用可能であるとは認められない。 (3) (2)は、物質または組成物から成る製品が当該方法において用いるために発明されたという理由のみの理由で、当該製品を産業上利用可能として取り扱うことを妨げるものではない。 ((1)は省略) |
しかし、産業上の利用可能性による特許適格性の除外は、人または動物の体について行う外科術、治療術または診断の方法にのみ適用され、特許法第16条(3)は、このような方法で使用する目的で発明された物質または組成物からなる製品については、特許を受けることができると規定している。
また、特許法第16条(3)は、さらに特許法第14条(10)によって補足されている。特許法第14条(10)は、第16条(2)により除外された治療方法において使用される既知の物質または組成物の場合、当該物質または組成物が技術水準の一部を構成するという事実は、当該物質または組成物の当該方法における使用が技術水準の一部を構成しないときは、発明を新規なものと認めることを妨げるものではないと規定している。
シンガポール特許法 第14条 新規性 (10) 人もしくは動物の体の外科術若しくは治療術による処置方法または人もしくは動物の体について行われる診断方法において用いる物質または組成物から成る発明の場合に、当該物質または組成物が技術水準の一部を構成するという事実は、当該物質または組成物の当該方法における使用が技術水準の一部を構成しないときは、発明を新規なものと認めることを妨げるものではない。 ((10) 以外は省略) |
2-2. ガイドラインの解釈による医療用途クレーム
ガイドラインの8.118および8.138において、特許法第16条(2)および第16条(3)の解釈に基づき、次のように説明している。
すなわち、ガイドライン8.118では「これまで医療目的で使用されたことのない既知の物質または組成物は、第一医療用途クレームとして請求項に記載することが可能である」とし、また8.138では「物質または組成物の第二以降の医療用途クレームは、スイスタイプクレームの形式でのみ請求項に記載することができる」としている。
2-2-1. 第一医療用途クレームの具体例
ガイドラインの8.120と8.122において、認められる第一医療用途クレームについて、例が示されている。
(1) 治療において使用される化合物X
(2) 薬品として使用される化合物X
(3) 疾患Yの治療に使用される化合物X
また、ガイドライン8.124には、認められない第一医療用途クレームの例が示されている。
(4) 治療時に使用される化合物X
(5) 疾患Yの治療のための化合物X
2-2-2. 第二医療用途クレームの具体例
ガイドライン8.145には、認められる第二医療用途クレームについて例が示されている。
(1) 疾患Yの治療のための医薬品の製造における化合物Xの使用
(2) 疾患Yの治療のための医薬組成物の製造における化合物Xの使用
ガイドライン8.146では、認められない第二医療用途クレームの例が示されている。
(3) 疾患Yの治療のための化合物Xの使用
(4) 病状Yの治療において使用する化合物X
3. 特許を受けることができないその他の主題
前述のシンガポール特許法(1995年2月施行)第13条(2)は削除されたが、これに替わってガイドラインは8.9から8.34において、特許を受けることができない主題を列記している。例えば、以下のような記載がある。
(1) 発見
多くの発明は発見に基づいているが、発明を構成するには「それ以上の何か」がなければならない。物質の特定の特性を発見すると、その物質に関する知識は蓄積されるがそれ自体は発明ではない。ただし、その特性によってその物質が新しい用途に応用される場合は、発明を構成する可能性がある(ガイドライン8.11)。
(2) 科学的理論および数学的方法
科学的理論や数学的方法それ自体は発明ではないが、その原理を応用することで新しい材料やプロセスが生まれた場合、その結果得られた製品は、発明とみなされる可能性がある(ガイドライン8.17)。
(3) 審美的創作物(言語、戯曲、音楽または芸術作品)
純粋に美的な創作物(文章、写真、絵画、彫刻、音楽、スピーチ、その他の芸術作品を含む)は発明ではない。これには、創作物のアイデアや精神的な側面だけでなく、作品の物理的な表現も含まれる(ガイドライン8.28)。
(4) 精神活動の遂行、ゲームの実行または事業の実施のための計画、規則または方法
精神的な活動や計画とみなされる方法は、一般的には発明ではない。これには、教授法(言語や読書の学習法など)、暗算法、記憶法、製品の設計法などが含まれる(ガイドライン8.31)。
(5) 情報の提示
情報の内容によってのみ特徴付けられる発明は、たとえ物理的な装置がその提示に関係していたとしても、発明ではない(ガイドライン8.33)。
シンガポールにおける特許を受けることができる発明と特許を受けることができない発明
【詳細】
1. ソフトウェア
1995年に特許法が施行された際に、第13条(2)によって「コンピュータプログラム」は、「発明」ではないと宣言された。
シンガポール特許法第13条(1995年施行時)では以下のように発明を規定していた。
「第13条 特許性のある発明
(1) (2)および(3)に従うことを条件として、特許性のある発明とは、次の条件を満たすものである。
(a)発明が新規であること
(b)発明に進歩性があること
(c)発明が産業上利用できること
(2) 次のものから成るものは、本法を目的として、発明ではないことをここに宣言する。
(a) 発見、科学的理論、数学的方法
(b) 言語、戯曲、音楽または芸術作品、もしくはその他あらゆる審美的創作物
(c) 精神活動、ゲームまたはビジネスのためのスキーム、ルールまたは方法、もしくはコンピュータプログラム
(d) 情報の提示
ただし、前述の規定は、特許または特許出願に関する範囲内において、あらゆるものが本法における発明として取り扱われることを禁止するものである。」
1996年1月1日に施行された改正により、第13条(2)は削除された。
ソフトウェアクレームが特許を受けることができるかどうかを考察するために、First Currency Choice v Main-Line Corporate Holdings Ltd事件([2007] SGCA 50)を説明する。この事件において、クレジットカード取引を処理するために使用される希望通貨を、(データ処理方法を通じて)自動的に特定する通貨換算方法およびシステムに対して特許を付与することが適切かどうかが争点となった。最高裁判所の高等法廷(High Court)は、この特許は新規性と進歩性を有さないと判示し、この判決は、最高裁判所の上訴法廷(Court of Appeal)によって支持された。
第13条(2)の削除とFirst Currency Choice v Main-Line Corporate Holdings Ltd事件の判決に基づき、シンガポールにおいてソフトウェアクレームは特許を受けることができるとの見解を持つ者がいるが、シンガポール知的財産庁は、この見解を認めていない。シンガポール知的財産庁の特許出願審査ガイドライン(以下、「知財庁ガイドライン」という)の段落8.5および8.6は、以下の通りである。
「8.5 しかし、特許法は特許規則と合わせて解釈されなければならず、特許規則第19条によれば、発明が関連する「技術分野」および「技術的課題」を明細書で特定し、クレームは、「技術的特徴」として発明を定義しなくてはならない。
8.6 したがって、規則第19条に定められた要件に鑑みて、発明は「技術的特徴」を含むことが要件である。」
2. 治療方法
第16条(2)は、人もしくは動物の体の外科術または治療術による治療方法、または人もしくは動物の体について行う診断方法の発明は、産業上利用可能であるとは認められないと規定している。したがって、そうした発明は、特許不適格である。
しかし、この除外は、人または動物の体について行う外科術、治療術または診断の方法にのみ適用される。
第14条(7)は、第16条(2)により除外された治療方法において使用される既知の物質または組成物の場合、当該物質または組成物が技術水準の一部を構成するという事実は、当該物質または組成物の当該方法における使用が技術水準の一部を構成しないときは、発明を新規なものと認めることを妨げるものではないと規定している。
第16条(2)および第16条(3)と合わせた第14条(7)の解釈に基づき、知財庁ガイドラインは、段落8.38において、以下の通り説明している。
「したがって、既知の化合物の『第一医療用途』はクレーム可能であり、または、医療用途として従前に知られている物質または化合物の場合は、異なる『第二医療用途』がクレーム可能である。」
知財庁ガイドラインの段落8.39において、認められる「第一医療用途クレーム」について例が示されている。
(1)治療において使用される化合物X
(2)薬品として使用される化合物X
(3)健康状態Yの治療において使用される化合物X
(4)抗生物質として使用される化合物X
知財庁ガイドラインの段落8.42において、以下の「第二医療用途」クレームの形式が認められると述べられている。
(1)健康状態Yの治療のための薬品の製造における化合物Xの使用 ― スイスタイプクレームの一般的形式
(2)健康状態Yの治療または予防措置用の薬品を製造するための化合物Xの使用
(3)健康状態Yの治療における使用指示とともにパッケージされる抗Y剤の製造における化合物Xの使用
(4)健康状態Yの治療または予防のための使用準備が整った医薬形態の抗Y剤の調整における化合物Xの使用
2-3 特許を受けることができないその他の主題
第13条(2)は削除されたが、知財庁ガイドラインは(パラグラグ8.7~8.25において)、以下のものを、特許を受けることができない主題として列記している。
(1)発見
(2)科学的理論および数学的方法
(3)審美的創作物(言語、戯曲、音楽または芸術作品)
(4)精神活動の遂行、ゲームの実行または事業の実施のための計画、規則または方法
(5)情報の提示
ニュージーランドにおける特許を受けることができる発明と特許を受けることができない発明【その1】
【詳細】
ニュージーランドにおける特許を受けることができる発明と特許を受けることができない発明について、全2回のシリーズで紹介する。(その1)
1.はじめに
2013年ニュージーランド特許法(「新法」)は、2014年9月13日より施行された。2014年9月13日以降にニュージーランドで出願されたすべての特許出願は、新法の規定に基づき審査されるが、2014年9月13日より前にニュージーランドで出願された特許出願は1953年特許法(「旧法」)に基づき審査される。
以下、新法における特許を受けることができる発明について説明する。
新法はニュージーランドにおいて特許を受けることができる発明を定義している。新法第14条に基づき、クレームに記載の発明が以下を全て満たす場合に限り、発明は特許を受けることができる。
(a)専売条例(Statute of Monopolies)の第6条における「新規製造の態様」(manner of new manufacture:方法・製造物・製造方法などを含む広い概念)であり、
(b)先行技術と比較した際に新規であり、また進歩性も有し、
(c)有用であり、かつ
(d)第15条または第16条に基づく特許を受けることができる発明から除外されていない
したがって、特許を受けることができるためには、発明が、専売条例第6条の意味における「新規製造の態様」でなければならない。この専売条例は、1623年にイングランドで制定されたものであり、第6条は、以下の通り規定されている。
専売条例第6条
前述の宣言は、いかなる特許状(現在の特許証に相当するもの)に対しても一切適用されず、今後14年またはそれ以下の期間について、王国内において、あらゆる「新規製造の態様」を独占的に実施または製造する特権を、当該製造物の真正かつ最初の発明者に付与することを定め、これを宣言し、制定する。ただし、当該特許状の発行または付与の時点において、他者が当該製造物を使用していてはならず、国内における商品の価格が上昇されたり、取引を阻害したり、その他一般的な不都合を生じさせることにより、法律に反したり、国家に損害を与えてはならないものとする。
この専売条例は、コモンローを成文化したものであり、特許を受けることができる発明に関して、約400年にわたるイギリスの司法解釈の基礎となるものである。ただし、イギリス連邦を構成する国々の中でも、特にオーストラリアおよびニュージーランドでは、特許を受けることができる発明に関する重要な規定を独自に追加している。
新法第15条及び第16条は、特許を受けることができない発明について、以下の通り規定している。
(i商業的利用が公序良俗に反する発明
(ii)人間およびその産生のための生物学的方法
(iii)人間を診断する方法
(iv)植物品種
さらに、新法第11条は、コンピュータプログラムを、ニュージーランドにおける特許を受けることができる発明から除外している。
2.発明の特許性
2-1. 公序良俗に反する発明
商業的理由が公序良俗に反する発明に関するクレームは、認められない。
ニュージーランド知的財産庁(Intellectual Property Office of New Zealand :IPONZ)が発行した特許審査基準によると、発明の利用が犯罪行為、不道徳または反社会的行為を助長することが想定される発明については、特許は付与されない。公序良俗に反するとみなされるものは、社会情勢の変化により変わるものであるが、審査官自身の個人的信条で判断してはならない。
人間のクローンを作成する方法、または人間の生殖細胞について遺伝的同一性を改変する方法に関するクレームは認められない。工業的または商業的目的におけるヒト胚の使用に関するクレームは認められない。また、動物の遺伝的同一性を改変する方法に関するクレーム、または、こうした方法により生じる動物である発明に関するクレームは認められない。
2-2.生物学的材料
遺伝子を改変または組み換えされた植物および人間以外の動物は、自然に発生した生物学的材料がクレームの範囲に含まれないことを条件として、特許を受けることができる主題であるとされている。
人間およびその産生のための生物学的方法は、特許性から除外されている。また、無傷ヒト細胞(intact human)またはヒト全能幹細胞を含むクレームは認められない。
微生物学的方法および当該方法による生成物、ならびに微生物自体は、特許を受けることができる。また、遺伝子配列は特許を受けることができる。
2-3.医薬品および化学組成物
医薬品および化学組成物は、特許を受けることができる。
2-4.既知の物質の新規医療用途
病気の治療用途として既に知られている化合物の第二以降の用途(「第二用途」)に関する発明は、そのクレームが、以下のようなスイスタイプの形式で作成されていることを条件として、特許を受けることができる。
病気Yの治療用の薬剤製造のための化合物Xの使用
2-5.治療方法
人間以外の動物に対する処置方法は特許を受けることができる。
しかし、人間に対する治療方法または人間に対する診断方法を含むクレームは、特許を受けることができない。
人間の治療方法に関する特許クレームが拒絶された場合、「スイスタイプ」クレームに補正する必要がある。
2-6.植物品種
植物品種については、特許を受けることはできないが1987年植物品種権法に基づいて保護を受けることができる。植物品種法は、菌類を含むすべての植物に適用される。藻類および細菌は、植物とはみなされない。なお植物品種権法に基づく保護は、特許法による保護と同じように、登録された特定の植物品種を業として育成することができる権利(育成者権)を定めるものである。
コンピュータプログラムとビジネス方法の取り扱いについて、【その2】で説明する。