中国の司法実務における均等論についての規定および適用
1. 均等論の基本的な適用規則
1.1 「基本的に同一」とされる3つの要件
法釈[2020]19号第13条においては、「基本的に同一の手段」、「基本的に同一の機能」、「基本的に同一の効果」という均等性の判断基準が明文化されている。
法釈[2020]19号 第13条 専利法第59第1項でいう「発明又は実用新案の専利権の保護範囲は、その権利要求の内容を基準とし、明細書及び付属図面は権利要求の解釈に用いることができる。」とは、専利権の保護範囲が、請求項に記載の全部の技術的特徴により確定される範囲を基準とし、当該技術的特徴と同等な特徴により確定される範囲も含まなければならないことをいう。 同等な特徴とは、記載の技術的特徴と基本的に同一の手段をもって、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果を達成し、かつ当業者が被疑侵害行為の発生時に創造的労働を経ることなく想到できる特徴をいう。 |
例えば、本稿末尾に示している参考事例1において、最高人民法院は、「被疑侵害品の技術的特徴と専利の技術的特徴が均等であるかどうかを判断する際には、被疑侵害品の技術的特徴が当業者にとって容易に想到できるものであるかだけでなく、被疑侵害品の技術的特徴が専利の技術的特徴と比べ基本的に同一の手段を採用し、基本的に同一の機能を実現し、かつ基本的に同一の効果を奏しているかをも考慮しなければならない」と論じている。そして、上記すべての条件が満たされた場合に限り、両者が均等な技術的特徴に該当すると認定される。
1.2 均等性の判断の基準時は侵害発生時
法釈[2020]19号第13条は、技術的特徴の均等性の判断について「訴えられた侵害行為の発生時に当業者が創造的な工夫を要せずに思い付くことができる特徴」と規定しており、これで均等性の判断の基準時は、侵害行為の発生時と明確化された。
1.3 オールエレメントルール
中国の法院では、侵害性の判断においてはオールエレメントルールが採用されているので、均等論を適用する際にも、均等性の判断対象は技術全体ではなく、その技術を構成する技術的特徴となる。
最高人民法院は、参考事例2において、「均等性とは、被疑侵害品における技術的特徴と請求項における対応する特徴との均等性を指し、被疑侵害品に係る技術と請求項に係る技術の全体的な均等性ではない」と強調している。
2. 各種技術的特徴の均等論の適用
2.1 数値または数値範囲に係る特徴の均等性判定
2016年に、最高人民法院により公布された「最高人民法院による専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)」(以下、「法釈[2016]1号」という。)の第12条において、「請求項が『少なくとも』、『超えない』などの用語により数値に係る特徴を限定し、且つ当業者が専利請求の範囲、明細書及び図面を閲読した後、当該用語が専利技術案の技術的特徴に対して限定作用があることを特に強調していると認めるとき、専利権者がそれと異なる数値につき均等の範囲内であると主張した場合、人民法院はそれを認めない」と規定されている。当該規定から、人民法院は、請求項における数値が数値範囲により限定されている特徴に関して均等性を判断する場合、非常に厳しい基準を採用することがわかる。さらに、前記司法解釈に対応し、北京市高級人民法院は、その策定した「北京市高級人民法院による専利権侵害判定指南(2017)」の第57条において、「請求項には「少なくとも」、「超えない」等の用語で数値特徴を限定し、かつ、当業者は専利請求の範囲、明細書及び図面を読んで、専利技術的解決手段において当該用語の技術的特徴に対する厳格な限定作用が特別に強調されたと考え、権利者はそれと異なる数値特徴が均等特徴に該当すると主張した場合、これを支持しない。」と明確に規定している。
2.2 閉鎖形式の請求項の均等性判定
化学や医薬分野でよく使われている閉鎖形式の請求項については、法釈[2016]1号の第7条によると、被疑侵害品に係る技術が当該閉鎖形式の請求項を基に他の技術的特徴を追加したものである場合、その追加した特徴が回避できない通常量の不純物でない限り、当該請求項の保護範囲に入らないと規定されている。
例えば、参考事例2において、最高人民法院は、閉鎖形式の請求項は、請求項に記載されていない組成成分や方法ステップを包含しないと一般的に解釈されていると論じている。また、組成物の閉鎖形式の請求項の場合、一般的には組成物には請求項に記載された成分のみが包含され、他の成分はすべて排除されるものと理解すべきであるが、通常量の不純物を含むことが許される。なお、補助原料は不純物に属さないとされる。
2.3 機能的特徴の均等性判定
請求項における機能的特徴について、法釈[2016]1号の第8条によると、均等性の判定は、被疑侵害品の技術的特徴を、当該請求項の機能的特徴そのものと比較するのではなく、明細書および図面に記載された当該機能を実現するために不可欠な技術的特徴と比較することによって行われるものとされている。
3. 均等論の適用に対する制限
3.1 包袋禁反言
包袋禁反言は、均等論の適用に対する制限であり、最高人民法院により2009年に頒布された「専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下、「法釈[2009]21号」という。)の第6条に明確に記載されている。具体的には、包袋禁反言の適用には、以下の論点1)から3)について注意すべきである。
論点1)どのような限定または放棄に対して包袋禁反言が適用されるか
論点2)包袋禁反言が特定の技術的特徴について均等を排除する範囲
論点3)包袋禁反言を適用する主体
論点1)について、専利権者は権利付与と確定の過程において、実質的な欠陥を克服するために行われた補正や意見陳述は、すべて禁反言の対象となり得る。ここで、実質的な欠陥には新規性や進歩性の欠陥だけではなく、サポート要件違反、実施可能要件違反、必要な技術的特徴の欠如などの欠陥も含まれる。
論点2)について、専利権者が確定の過程において「制限や放棄した範囲」とは、専利権者が明確に制限や放棄を示した範囲だけである。例えば、参考事例3において、最高人民法院は、「独立項が無効化され専利権が従属項で維持された場合、専利権者が自ら放棄したものではない場合は、その従属項に対して包袋禁反言を適用して均等論の適用を制限すべきではない」と判断している。
論点3)の包袋禁反言を適用する主体について、最高人民法院は、参考事例4において、「被告側が包袋禁反言の適用を主張したかどうかにかかわらず、法院は専利権侵害判定において自発的に包袋禁反言を適用して合理的に専利権の保護範囲を確定することができる」と論じている。
3.2 公衆への開放の原則
公衆への開放の原則も均等論の適用に対する一つの制限で、法釈[2009]21号に明確に規定されている。同法釈の第5条によると、明細書や図面だけに記載され請求項で限定されていない技術的範囲は、(専利権者が自ら公衆に開放したものとみなされるため)専利権侵害判定において専利保護範囲に取り戻すことはできない。ここで、公衆への開放の原則の適用の前提とは、前記技術的範囲が明細書や図面に記載されていることであり、もし記載されていなければ公衆への開放の原則が適用されることはない。
例えば、参考事例5において、最高人民法院は、明細書において発明方法のステップ10と11の順序を入れ替えることができると記載されているものの、請求項においては入れ替えた後のステップが反映されていないため、入れ替えた後のステップ11と10について均等の主張を受け入れないと判断している。
*注記1:中国法における「専利」とは、特許、実用新案、意匠の全てを包括したもので、「専利法」は、特許法、実用新案法、意匠法の全てに対応するものである。
*注記2:司法解釈(本稿において「法釈」と略した。)とは、中国最高人民法院または最高検察院により公布され、現行の法律規定の適用方法につきより具体的に明確化するためのもので、実務においては法律と同様な位置づけを有するものである。
台湾司法実務における均等論についての規定および適用
1. 台湾における均等論
1-1. 2016年以前の実務/基準
台湾における均等論の適用は、1996年に経済部中央標準局(すなわち、TIPOの前身)により発表された「専利侵害鑑定基準」、および2004年にTIPOにより発表された「専利侵害判断要点」に論拠を見出すことができる。実際問題として、特許クレームと被疑対象を比較する手順および段階には、基本的に下記が含まれる。
第1段階:特許クレームの技術的特徴(クレーム範囲)を解釈する。
第2段階:被疑対象の技術的内容を解釈する。
第3段階:オール・エレメント・ルールに基づき、被疑対象が特許クレームに文言通りに記載されているかどうかを判断する。
第4段階:第3段階が当てはまる(または当てはまらない)場合、逆均等論および均等論が被疑対象に適用されるかどうかを判断する。
文言通りの記載によって正確かつ周到な特許クレームを作成するのは困難であるため、特許クレームの範囲は、その特許クレームと実質的に同じ範囲にまで拡大され、文言通りの範囲に限定されることはない。それゆえ均等論を適用する目的は、侵害者が被疑対象の技術的特徴をわずかに変更するだけで特許権侵害の責任を逃れることのないようにし、特許権者の権利を保護することにある。
2016年以前における特許権侵害を判断するための段階を、下記のフローチャートに示す。
1-2. 2016年以降の実務および基準
2016年2月にTIPOは「専利侵害鑑定基準」を改定し、「専利侵害判断要点」(「新指針」)と名称を改め、参考のために台湾の裁判所に提出した。新指針において、均等論問題に関して重大な変更があった部分を以下に示す。
(1)以前の指針および指示に従い適用されていた逆均等論を削除
(2)均等論の適用上の制限として、オール・エレメント・ルールを記載
(3)均等論に基づいて侵害を判断する事例を提示
(4)出願経過禁反言の問題を検討する際に、フレキシブル・バーの原則を採用
逆均等論の削除に関しては、逆均等論が適用される非侵害事件はごくわずかであり、さらに逆均等論により解決すべき問題は、クレーム解釈段階で解決できるため、TIPOは新指針から逆均等論を削除することを決定した。
均等論の適用上の制限としてオール・エレメント・ルールを記載したことに関しては、均等論が適用可能な場合の要件とは、被疑対象がオール・エレメント・ルールに基づき特許クレームに文言通りに記載されていないことであるため、この改定は均等論の原理に即したものである。さらに新指針は、将来における均等論事件の判断を円滑にするため、様々な均等論の事例を提示している。
新指針に定められた特許権侵害の判断に関するフローチャートを、下記に示す。
(*4つの制限には、オール・エレメント・ルール、出願経過禁反言、先行技術の制限効果、および発明の開放原則が含まれる。)
2. 均等論が適用可能な場合の要件および制限
2-1. 均等論の要件
上記のフローチャートから分かるように、均等論が適用可能な場合の要件は、被疑対象がオール・エレメント・ルールに基づき特許クレームに文言通りに記載されていないことである。このような状況においては、均等論が適用可能かどうかを判断する必要がある。
新指針に従い、均等論を被疑対象に適用するかどうかを判断する際の基準は、「全体として」ではなく、「要素ごと」である。つまり、特許クレームの技術的特徴全体を被疑対象の技術的特徴全体といきなり比較するのは間違っている。特許クレームと被疑対象との間における技術的内容の相違を区別した後に比較を行い、均等論を被疑対象に適用するかどうかを判断すべきである。
対応する特徴が相互に実質的に同じかどうかを判断する上で、新指針において最も一般的な方法が、いわゆる三要素テスト(機能-方法-結果テスト)である。三要素テストに基づき、被疑対象の技術的内容が特許クレームと実質的に同じ方法を用いて、実質的に同じ機能を果たし、実質的に同じ結果に結びつく場合には、被疑対象の技術的特徴は特許クレームの技術的特徴と実質的に同じであると判断されるため、この場合に均等論が適用される。この「実質的に同じ」とは、被疑対象と特許クレームとの相違が容易に実現できる、または当業者に知られているという意味である。
三要素テストに加えて、もう一つのテスト方法が非実質的相違テストである。非実質的相違テストに基づく重要な点は、特許クレームと被疑対象との相違が「非実質的な変更」であるかどうかを判断することである。つまり、特許クレームに記載された発明を実現する上で、すなわち補正の時点で入手可能な情報だけを考慮して実質的に同じ方法により同じ機能を果たして同じ結果を得る上で、かかる均等物が当業者にとって予測可能であったかどうかを判断しなければならない。予測可能であれば、被疑対象の対応する特徴は特許クレームの特徴と非実質的に異なる(すなわち、実質的に同じ)とみなされるため、均等論が適用される。
2-2. 均等論の制限
新指針に従って均等論を適用する際には、4つの制限が存在する。かかる制限には次のものが含まれる
(1)オール・エレメント・ルール
(2)出願経過禁反言
(3)先行技術の制限効果
(4)発明の開放原則
上記いずれかの制限が存在する場合、均等論は評価の際に適用されない。
2-3. 最近の判例
三要素テストおよび非実質的相違テストは共に、新指針に基づき適用可能であるものの、知的財産裁判所(特許権侵害に関する事件および特許の有効性に関する行政訴訟に対する優先管轄権を有する)が、非実質的相違テストに基づいて均等論を適用することは稀であるというのが、当所の見解である。一方、三要素テストは、台湾ではかなり一般的に採用され、議論されている。
2016年以前、知的財産裁判所は既に、特許権者が均等論を主張する多くの事件で判決を下していた(500件を超える)。概算によれば、2016年以前は均等論事件の約25%で特許権者が勝訴していた。2016年に新指針が発効した後は、特許権侵害を主張する代わりに均等論に言及する事件が見受けられる(第一審および第二審を含めて、約50件)。2016年2月以降に下された判決のうち、約5件で逆均等論が主張され、かかる主張を知的財産裁判所が審理したことは、注目に値する。まだ判例となる事件の数が少ないため、知的財産裁判所が均等論問題の審理に関して自己の実務または基準を変更したのかを結論づけることはできない。
3. 均等論と出願経過禁反言との関係
出願経過禁反言(「包袋禁反言」としても知られる)は、均等論の制限の一つである。出願経過禁反言の原則に基づき、特許出願を提出した後、有効性の問題に対応するために当該出願の減縮補正を行った者は、補正により放棄された被疑対象を保護する目的でクレーム範囲を拡大するために均等論に依拠することを禁じられるべきである。
出願経過禁反言を評価に適用するかを判断する際は、下記の複数の要件が検討される
(1)特許クレームが補正により減縮されたかどうか
(2)補正により放棄された特許範囲に被疑対象が含まれていたかどうか
特許範囲が補正により減縮されていない場合には、かかる特許範囲に依然として均等論を適用できる(下記を参照)。
・補正手続中に特許権者により提示された目的または理由に基づき、補正により減縮された特許範囲に被疑対象が含まれていると確認できる場合には、均等論の適用を制限するために出願経過禁反言が適用されるため、被疑対象は均等論に基づく特許権侵害を生じない。
・一方、特許権者により提示された目的または理由が、補正により放棄された特許範囲を判断する上で十分ではない場合には、やはり出願経過禁反言が適用されるため、被疑対象は均等論に基づく特許権侵害を生じない。
・さらに、特許出願が提出された時点で被疑対象の技術的内容が予測可能ではなかったことを特許権者が立証できる場合には(例えば、電子分野における先端技術である「トランジスタ」は、真空管技術に基づいて予測できない)、被疑対象は補正により放棄された特許範囲とは無関係である、または特許権者が特許出願の提出時に被疑対象を特許範囲に含めることは不可能であるため、出願経過禁反言は均等論の適用を制限しない。
新指針は2016年に発効したばかりであるため、その後の裁判所の実務がどのように進展していくかはまだ分からない。しかし、新指針における均等論に関する改定部分から判断すると、知的財産裁判所の今後の均等論に関する判決は、新指針に定められた基準および事例に基づき、より慎重なものになると予想される。
シンガポールにおける均等論に対する裁判所のアプローチ
1.シンガポールには、均等論に関する確立された理論があるか
均等論の起源は米国であり、被告製品が特許権者のクレームを侵害したか否かを評価するにあたり米国裁判所が取るアプローチである。この法理に基づき、被告製品が、実質的に同一の結果を達成するために、実質的に同一の方法で実質的に同一の機能を果たす場合、被告製品は、特許権者のクレーム範囲内にあたるとみなされる。
米国とは異なり、シンガポールには、制定法であるか判例法であるかを問わず、均等論がない。代わりに、シンガポール裁判所は、クレーム解釈に対して、イギリスで採用されている目的論的アプローチを支持してきた。
実際、Bean innovation Pte Ltd & Anor v. Fexon (Pte) Ltd事件において、シンガポール控訴裁判所は、均等論を暗に拒絶したものと見受けられる。問題の特許は、個人向け郵便受け用のセントラル施錠システムを備えた郵便受けアセンブリ施錠システムに関するものであった。被告の郵便受けも、同一の結果を達成するセントラル施錠システムを有していた。特許権者は、被告製品が特許製品と同一の機能を果たすため侵害があったと主張した。控訴裁判所は、そのアプローチはクレームにおいて述べられていることを無視することと同等であるとして、本件クレーム全体を機能的に解釈する特許権者のアプローチに同意しなかった。
2.シンガポールにおける特許クレーム解釈に対する目的論的アプローチ
クレーム解釈に関する法律は、シンガポール特許法第113条(1)に規定されており、特許により付与された保護範囲は、特許明細書に含まれる説明および図面により解釈された、明細書中のクレームにおいて指定されたものであると解されるものとすると定められている。本条に基づくクレーム解釈に際して、目的論的アプローチが採用される。
目的論的アプローチはまた、Genelabs Diagnostics Pte Ltd v. Institut Pasteur(「Genelabs事件」)において、シンガポール控訴裁判所により支持された。本件特許におけるクレームは、ヒト免疫不全ウイルス2型(「HIV-2」)レトロウイルスに対する抗体との特定免疫反応を生じる18merのアミノ酸配列をカバーするものであった。被告の試験キットは、完全に同一の18mer配列と追加の5つのアミノ酸から成る23mer配列を含んでいた。侵害があったか否かの判断に際して、控訴裁判所は、Improver Corp v. Remington Consumer Products Ltdにおいて定められた精巧なテストにおいて要約された以下のプロトコルの質問事項に導かれた、Catnic Component Ltd v. Hill & Smith Ltdにおいて提示された目的論的解釈の法理を適用した。
(1)この異形は、本発明の作用方法に重大な効果を有するか。
Yesの場合、この異形はクレームの範囲外である。
Noの場合:(2)
(2)このこと(すなわち、この異形が重大な効果を有さない)は、当業者である読者にとって、特許の公開日時点において自明であったか。
Noの場合、この異形はクレームの範囲外である。
Yesの場合:(3)
(3)このこと(すなわち、この異形が重大な効果を有さない)にもかかわらず、当業者である読者は、クレームの文言から、特許権者が、主たる意味の厳格な遵守が本発明の重要な要件であることを意図していたと理解したか。
Yesの場合、この異形はクレームの範囲外である。
控訴裁判所は、5つの追加のアミノ酸は、ニトロセルロース片上における18mer配列にとっての固着剤および安定剤以上のものではないため、23mer配列は、取るに足らない異形であると判断した。よって、裁判所は、被告の診断キットが本件特許を侵害したと判示した。
3.目的論的アプローチの制限
しかし、採用されたクレーム解釈に対する目的論的アプローチには制限がある。
(1)クレームの本質的特徴を説明するために使用される用語が明確で明瞭な用語である場合、これら用語は無視されない。
(2)クレームが平易な意味を有する場合、クレームに異なる別の意味を持たせるように、明細書の本文において使用されている文言に依拠すべきではない。
4.包袋禁反言の法理
米国裁判所によりやはり採用されている包袋禁反言の法理の存在および範囲は、均等論と関係がある。包袋禁反言の法理は、特許審査に際して縮減補正を行う特許権者が、当該補正により譲り渡した主題をカバーすべく自らのクレーム範囲を拡大するために均等論を発動し、特許付与を受けることを禁止するものである。
シンガポールは、包袋禁反言を正式に認めていないが、Genelabs事件において、シンガポール控訴裁判所は、特許クレームの範囲を評価するにあたり、審査経過を考慮に入れた。
Genelabs事件は、シンガポールで再登録された欧州(イギリス)登録特許の侵害認定に関するものであった。本件特許は、特に、HIV-2、その抗原、ならびにヒトHIV-2レトロウイルスに感染したヒト中で発現した抗原の存在にかかるin vitro検出の方法をカバーするものであった。控訴人は、HIV-2を検出する診断キットを製造、販売した。
被告は、自身の診断キットはSIV抗原のアミノ酸配列を使用しているため、本件特許を侵害しないと主張した。この主張の裏付けとして、被告は、欧州特許庁(「EPO」)の通知書に対する特許権者の応答書の一部に裁判所の注意を向けさせ、この応答書に鑑みて、本件特許の範囲はHIV-2に限定されており、SIVを含むべきではないと主張した。
特許によりクレームされた独占の範囲を決定するにあたり、控訴裁判所は、特許権者の応答書を検討し、特許権者の完全な応答書を審査した結果、特許権者の権利をHIV-2抗原のみに縮減し、SIV抗原を排除するようなものは応答書には一切ないと結論付けた。よって、裁判所は、被告の診断キットが本件特許を侵害したと判示した。
まとめると、シンガポールにおいては、正式な包袋経過禁反言の法理はないが、裁判所は、特許クレームの範囲を決定するにあたり、審査経過を検討する用意があると考えられる。
フィリピンにおける均等論に対する裁判所のアプローチ
- 均等論の適用法文および規則
均等論は、フィリピン知的財産法(IP法)の第75.2条に以下のように規定されている。
「第75条 保護の範囲及びクレームの解釈
75.1 特許により与えられる保護の範囲は、クレームによって画定されるものとする。クレームは、明細書および図面を考慮して解釈される。
75.2 特許により与えられる保護の範囲を定めるにあたっては、クレームに記載されている要素のみならず均等物をも含んでクレームが考察されるように、クレームに記載されている要素に均等である要素を適切に考慮するものとする。」(強調箇所は本文書作成者による)
また、「特許、実用新案および工業意匠に関する改正施行規則」の規則204.1(以下、「規則204.1」)は、以下のように規定している。
「規則204.1 均等物
新規性の判断にあたっては同一性に関する厳格なテストを適用することが要求される。新規性が否定されるためには、特許請求された発明の個々の要素がすべて単一の先行技術文献に開示されていなければならない。均等物は、専ら進歩性を評価する際にのみ考慮される。」(強調箇所は本文書作成者による)
- 均等論適用の判例
フィリピンでは特許侵害に関わる訴訟の数が少ない。そのためフィリピン知的財産庁(IPPHL)および最高裁は、一般にフィリピンにおける特許事案に関しては米国の法原則に従うとし、特許事案に関わる決定・判決の中で米国の判例を引用している。
フィリピンにおいて、均等論への言及がなされた最初の判例は、Gsell vs. Yap-Jue (G.R. L-4720, 1909年1月19日)の事件であった。この訴訟の原告Gsellは、歩行用ステッキおよび傘に用いられる持ち手の製法について1件の実用新案権を所有していた。持ち手を屈曲させる工程には、石油もしくは鉱物燃料によって作動する小型ランプもしくはブローパイプが使用されていた。原告は、同じ製法を用いて同様のステッキおよび傘を製造していたYap-Jueを相手に侵害訴訟を提起したが、被告の製法では燃料として鉱油や石油ではなくアルコールが使用されていた。フィリピン最高裁は、この訴訟の事実関係には均等論(機械的均等論)の法理が適用されると認定した上で侵害を認め、米国連邦裁判所の様々な判決を引用している。「フィリピンにおける均等論の法理は理性と論理の健全な原則に基づいて構築されたものであり、特定の法域の法によって制限もしくは修正される場合を除いて普遍的に適用される。従って、特許を発行した国家がどこであったかは問題ではなく、特許発明の一部を周知の機械的均等物に置き換えるという偽装の下での模倣による特許侵害から特許権者を保護するために、適正に援用することができる」とフィリピン最高裁は判示した。
Godinez vs. Court of Appeals, SV-Agro (G.R. No. 97343, 1993年9月13日)の訴訟においても、フィリピン最高裁は米国の判例を引用して均等論を適用した。この民事訴訟の被告SV-Agroは小型耕耘機もしくは動力耕作機に関する実用新案権を侵害していると、フィリピン最高裁は判示した。フィリピン最高裁の判示内容は以下の通りである:「被告は自らの製品は実用新案権にかかる製品とは異なると主張し、裁判所はこの主張を認定するために均等論を導入した。均等論は、文言侵害の範囲から逃れるために特許発明の些細な変更を施した状況を想定している。それゆえ、この法理によれば、『ある装置が特許発明の革新的なコンセプトを取り込むことによって当該発明を盗用しており、何らかの改造や変更があったとしても実質的に同じ機能を実質的に同じ方法で実行し、実質的に同じ結果を実現している場合、やはり特許侵害が成立する。』。均等論は、特許発明の模倣がクレーム文言の細部までは模倣していないとしても、そのような模倣を許容すれば特許付与による保護は空虚で無益なものとなることを懸念する。そのような模倣は、無節操な模倣者が特許発明に些細で非実質的な変更や置換を施す余地を残し、実際にはそのような行為を促すことになる。そのような変更や置換を行うだけで、新たに何も追加しなくても、模倣品をクレームによる保護範囲すなわち法の力の及ぶ範囲から除外させるに十分だということになってしまうだろう。」
Smith Kline Beckman Corp. vs. CA and Tryco Pharma Corp. (G.R. No. 126627, 2003年8月14日)の訴訟において、フィリピン最高裁は、機能-手段-結果という基準を満たすことが均等論適用の要件であり、この均等論の基準の3要素が満たされていることを立証する責任は特許権者にある旨を明言した。特許権者がこの立証責任を果たさなかったため、特許侵害は成立しないと最高裁は判示した。この訴訟の原告Smith Klineはフィリピン国内で営業許可を得ている米国企業であり、「メチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートを用いて二相性寄生虫駆除活性を生じさせる方法および合成物」と題された特許を所有していた。特許発明は、各種の家畜およびペット動物の胃腸寄生虫を駆除する手段であった。Smith Klineは、「Impregon」と称する獣医薬品を販売したことについてTrico Pharmaを提訴した。「Impregon」にはアルベンダゾールと称する薬剤が含まれていた。これは、カラバオ(フィリピン水牛)、牛および山羊に寄生する胃線虫、肺線虫、条虫および吸虫を駆除する医薬品である。アルベンダゾールは前記特許の保護範囲に含まれるメチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートと実質的に同じものであるから、アルベンダゾールは自社の特許の保護範囲に含まれるとSmith Klineは主張した。両方とも動物の寄生虫の駆除を意図しているからである。原告はさらに、米国におけるアルベンダゾールの特許は実際に自社が取得しているとも主張した。一方、被告Trico Pharmaは、原告の特許にはアルベンダゾールの存在に言及した箇所はまったくないと主張した。そこでSmith Klineは均等論を援用して次のように主張した:問題の2つの物質は実質的に同じ機能を実質的に同じ方法で果たし、実質的に同じ結果を実現するがゆえに、アルベンダゾールという文言が原告Smith Klineの特許に記載されていないという事実に関わらず、両者は実は同一の物質であり、自社はアルベンダゾールとメチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートとの同一性を証拠により適正に立証している。
フィリピン最高裁の判示は以下の通りである:「ある装置が特許発明の革新的なコンセプトを取り込むことによって先行発明を盗用しており、何らかの改造や変更があったとしても実質的に同じ機能を実質的に同じ方法で実行し、実質的に同じ結果を実現している場合は侵害が成立する、と均等論は定めている。原告の証拠を精査したものの、当裁判所は、原告の特許化合物とアルベンダゾールの実質的同一性を確信できなかった。いずれの化合物も動物の寄生虫を駆除するという同一の効果を有しているが、アルベンダゾールが特許化合物と実質的に同じ方法で作用するか、実質的に同じ手段によって作用しない限り、結果の同一性だけでは、たとえ両者が同じ機能を果たして同じ結果を実現したとしても、特許侵害は成立しない。アルベンダゾールがメチル5-プロピルチオ-ベンゾイミダゾールカルバメートと同様の駆虫剤であるという事実以外に特段の主張は提示されておらず、従ってアルベンダゾールが動物寄生虫を駆除する方法もしくは手段に関する立証がなされていないため、その方法が原告の化合物の作用方法と実質的に同じであるか否かに関する情報は提供されていないとみなす。作用原理もしくは作用方法が同一もしくは実質的に同じであることが均等論の要件である。」
さらに近年のVisita International Phils. Vs. Eddie T. Dionisio (IPC No.12-2015-00310, Decision No. 2016-37, 2016年2月9日)の事案において、フィリピン知的財産庁法務部は、判決の中で米国法の先例を引用して次のように述べている:「均等論の本質は、特許を回避するための些細で非実質的な変更を装置に施すという方法で発明を盗用することにより、特許に関する侵害行為がなされてはならないということである。2つの装置が同じ機能を実質的に同じ方法で果たし、同じ結果を実現する場合、それら装置の名称、形態もしくは形状が異なっていたとしても両者は実質的に同一であるというのが均等論の法理である。」
- 実用新案の均等論
1998年1月1日に施行されたIP法の下では実用新案の登録要件は新規性と産業利用性のみである、という点は指摘しておかねばならない。規則204.1は「均等物は、専ら進歩性を評価する際にのみ考慮される」と規定しているため、現状実用新案について均等論は適用されないことになる。
4.包袋禁反言について
IP法第231条は「本法に基づく当局での当事者手続においては、懈怠、禁反言および黙認に関する衡平法上の原則を適宜適用することができる」と規定している。フィリピン知的財産庁においては包袋禁反言もしくは記録簿禁反言の原則に関する一定の見解が存在しており、その見解は、特許取消に関するWestmont International vs. Merck & Co., Inc.(IPC No.548, Decision No. 802, 1974年6月10日)の事案から窺うことができる。この事案では特許局長は上記の原則を適用しなかったが、権利放棄もしくは記録簿禁反言は特許取消を申し立てる根拠とはならないと明言している。いまのところ、フィリピン知的財産庁も最高裁も、上記の原則の適用に関する判断を示した決定・判決を出していない。
香港における均等論に対する裁判所のアプローチ
1.均等論とは何か?
均等論とは、製品または方法が、同一の結果を得るために実質的に同一の方法で同一の機能を果たすという点において、当該製品または方法が特許請求の範囲と均等であると判断される場合、特許権侵害が認定されるという法理である。均等論を支持する立場の者は、実質的に同一の機能を有する製品への軽微な変更により非侵害とするような特許の狭義の解釈により、独占権の保護が無用なものとなるとの見解を示す一方、均等論を批判する立場の者は、均等論は、特許範囲の予期できない拡大により不確実性をもたらすと見解を示す。
2.香港における特許法
香港における特許は、香港特許条例(Cap. 514)および特許(一般)規則(Cap. 514C)の規定に従い付与される。現在、香港には2種類の特許が存在する。すなわち、最大権利期間20年の標準特許と、最大権利期間8年の短期特許である。
香港標準特許は、以下の3つの特許庁のうち最初に付与された1つの特許の再登録である:(1)中国国家知識産権局(SIPO)、(2)英国知的財産庁(UKIPO)、または欧州特許庁(EPO)(英国(UK)を指定する欧州特許)。香港知的財産局(HKIPD)において関連する方式要件を満たせば、各特許庁により付与されたこれら3つの外国特許の1つを「指定して」香港標準特許を付与することができる。そして、指定した特許と全く同一の特許明細書を香港標準特許の特許明細書とする。
香港は、コモン・ローの国であり、その判例法の大部分は、英国の判例法に由来する。英国の判例法に依拠する傾向が強いものの、必ずしも香港の裁判所を拘束するものではなく、特に特許分野においては、英国判例の効力はあまり強くない。一方で、特許性に関して、香港の裁判所は、EPO審判部の審決例に依拠する傾向がある。しかし、これも必ずしも香港の裁判所を拘束するものではない。
3.「目的論的解釈」の原則の発展
香港は、特許請求の範囲を目的論的に解釈するという点において、英国の立場を採用してきた。目的論的解釈は、香港において均等論に最も近い法的理論であり、非文言上の特許権侵害を検討するための枠組みである。特許請求の範囲の目的論的解釈は香港特許条例第76条に基づく。第76条自体は、1977年英国特許法の第125条を原型とするものであり、英国および香港において裁判所により適用される欧州特許条約(EPC)第69条に対応する条項である。
特許請求の範囲の解釈にかかる基本的テストは、香港特許条例第76条(1)(b)に以下のように定められている:
香港特許条例第76条(1)(b)
(1)本[特許]条例の適用上、…
(b)特許付与された発明は、文言上特段の解釈を要する場合を除き、特許明細書に含まれる説明および図面により解釈される明細書の特許請求の範囲に特定される発明とし、
特許または特許出願により与えられる保護の範囲は、相応に決定される。
EPC第69条の解釈に関するプロトコルに基づき、香港特許条例第76条(3)は、下記記載の手法によって解釈するべきではなく、むしろ特許権者または特許出願人の公平な保護を、第三者のために正当な程度の安定性と結び付けることにより解釈されなければならないと規定する。
(1)香港特許の保護は、特許請求の範囲、および特許請求の範囲中に見出された曖昧性を解決することのみを目的として参照される明細書および図面において使用されている文言の厳密な意味により解釈されてはならない;または
(2)特許請求の範囲は、解釈の指針としてのみ役割を担うのではなく、香港特許の保護は、当業者による説明および図面の解釈を超えて、特許権者が予期するところまでは及ぶことができない。
目的論的解釈の原則は、これら2つの手法のバランスを取ろうとするものである。これらは、Improver Corp v Raymond Industrial Ltd [1991] 1 HKLR 251において香港控訴裁判所により採用されたCatnic Components Ltd v Hill & Smith [1982] RPC 183における英国貴族院の判決において定められた。要約すると、以下の通りである:
(1)特許権者は、表現を選択して、特許明細書中の発明の本質的特徴が何であるかを当業者に対して説明する;
(2)厳密な言語分析による、特許明細書の文言上の解釈は採用されるべきではなく、目的論的解釈が行われるべきである
(3)特許請求の範囲に記載の文言が厳密に解釈されることを特許権者が意図していた(特許請求の範囲における文言を補正した場合に、当該補正が発明に実質的影響を与えない場合であっても、当該補正は特許請求の範囲に記載された独占権の範囲外となる)と、当業者が理解するか否かによって、目的論的解釈の採用の適否が判断される。
裁判所は、特許請求の範囲の解釈にあたり、当業者の立場に立つこととなる。特許請求の範囲からの変更が発明に対して実質的影響を与える場合、侵害は認定されない。特許権者が特許請求の範囲中の特定の文言について、発明に対する実質的影響を与えない小さな変更を排除しないと当業者が考える場合のみ、侵害が認定される。
英国特許裁判所のHoffmann J(当時)はさらに、Improver Corp v Remington Consumer Products Ltd [1990] FSR 181において、Catnic Components Ltd事件における原則を「Three-part test」として体系化し、香港控訴裁判所は、Improver Corp v Raymond Industrial Ltd [1991] 1 HKLR 251において、これに追随した。「Three-part test」は、以下の通り定める:
(1)特許請求の範囲からの変更が、発明の作用に実質的影響を与えるか?与える場合、当該変更は権利範囲外である(すなわち、非侵害を意味する)。
(2)当該変更が、発明の作用に実質的影響を与えない場合、特許の公開日時点において、当該変更は当業者にとって自明であったか?自明でない場合、当該変更は権利範囲外である(すなわち非侵害を意味する)。
(3)当該変更が自明である場合において、特許請求の範囲の文言を厳格に解釈することが発明の本質的要件であることを特許権者が意図したと当業者が理解するか?理解した場合には、当該変更は権利範囲外である(すなわち非侵害を意味する)。
「Three-part test」の適用にあたり、(1)(3)の質問が否定され、(2)の質問が肯定された場合、特許請求の範囲中の特定の文言は、文言上の意味を有するものではなく、当該変更を含む意味を有するとして解釈される。したがって、保護の範囲は、均等論の適用に相当する効力を有するよう拡大される。
Kirin-Amgen v. Hoechst Marion Roussel [2005] RPC 9において、英国貴族院は、目的論的解釈の原則について、包括的な検討を行った。特許は、技術分野の一般的常識と共に当業者が理解するであろう意味に従い解釈されるべきであることが確認された。この原則は、SNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2014] 2 HKLRD 822において、香港高等裁判所により採用され、控訴審のSNE Engineering Co Ltd v Hsin Chong Construction Co Ltd [2015] 4 HKLRD 517において、香港控訴裁判所により認められた。
Catnic Components Ltd事件において、Hoffmann判事はさらに「Three-part test」について、均等物が特許請求の範囲内にあたるか否かを決めるための枠組であるとみなした。Hoffmann判事は、「Three-part test」に基づく目的論的解釈の原則と、均等物にこれを適用するための指針とを区別することが重要であり、これにより、「Three-part test」は、当業者が特許の意味を解釈する助けとなる、単なる指針であるという点で、法的規則として扱われるべきではないと強調した。
4.目的論的解釈の文言における均等論および禁反言
包袋禁反言の原則は、審査中の補正により関連する限定が導入された場合、均等論を適用することができないと定める。この原則は、審査の包袋を精査することなくして、特許の解釈および保護範囲を判断することはできないことを意味する。一方、貴族院によりKirin-Amgen事件においても判示された通り、特許は、当業者が包袋を取得したか否かにかかわらず変化しないものとみなされる。英国の立場は、包袋禁反言の適用に否定的な立場である。審査中に行われた補正等の証拠は、特許請求の範囲がどのように解釈されるかを判断するものではなく、裁判所は、特許権者が実際に特許請求の範囲に明確に記載したものを考慮する。
香港においては、禁反言に関する判例法はない。ただし逆のことを示すものがない限り、香港の裁判所は、包袋禁反言の適用に異を唱える英国の立場に追随することとなる。
5.まとめ
香港においては、非文言上の侵害を判断するために、一般的に均等論は用いられないが、これに近い目的論的解釈が用いられる。目的論的解釈の適用に際して、香港の裁判所は、当業者の立場に立ち、当業者が特許の意味をどのように解釈するかを求める。香港においては、包袋禁反言の原則に関する判例法はないが、訴訟手続において包袋禁反言が認められない可能性が高い。
香港において、特許は、特許権者が自らの言葉で当業者に向けた一方的声明である。裁判所は、目的論的解釈に基づき、特許請求の範囲を書き直したり補正したりしない。裁判所は、特許権者に合理的な保護を与える利益と、第三者に対して合理的な確実性を与える利益とのバランスを取る義務がある。
中国の司法実務における均等論についての規定および適用
1.均等論の基本的な適用規則
1.1「3つの基本的に同一と易に想到」という基準
2001年司法解釈の第17条においては、「基本的に同一の手段、機能および効果と当業者が容易に想到」という均等性の判断基準が明文化されている。
例えば、参考事例1において、最高人民法院は、「被疑侵害品の技術的特徴と専利の技術的特徴が均等であるかどうかを判断する際には、被疑侵害品の技術的特徴が当業者にとって容易に想到できるものであるかだけでなく、被疑侵害品の技術的特徴が専利の技術的特徴と比べ基本的に同一の手段を採用し、基本的に同一の機能を実現し、かつ基本的に同一の効果を奏しているかをも考慮しなければならない」と論じている。そして、上記すべての条件が満たされた場合に限り、両者が均等な技術的特徴に該当すると認定される。
1.2均等性の判断の基準時は侵害発生時
2001年司法解釈の第17条について、最高人民法院は、2015年に「均等に該当する特徴は、・・・当業者が被疑侵害行為の発生時に創造的な工夫をかけなくても想到できる特徴」という補正を加え、均等性の判断の基準時は侵害発生時であることを明確にした。
1.3オールエレメントルール
中国の法院では、侵害性の判断においてはオールエレメントルールが採用されているので、均等論を適用する際にも、均等性の判断対象は技術全体ではなく、その技術を構成する技術的特徴となる。
最高人民法院は、参考事例2において、「均等性とは、被疑侵害品における技術的特徴と請求項における対応する特徴との均等性を指し、被疑侵害品に係る技術と請求項に係る技術の全体的な均等性ではない」と強調している。
2.各種技術的特徴の均等論の適用
2.1数値または数値範囲に係る特徴の均等性判定
2016年に、最高人民法院により公布された「専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)」(以下「2016年司法解釈の二」と略す)の第12条においては、「請求項が『少なくとも』、『超えない』などの用語により数値に係る特徴を限定し、且つ当業者が専利請求の範囲、明細書及び図面を閲読した後、当該用語が専利技術案の技術的特徴に対して限定作用があることを特に強調していると認めるとき、専利権者がそれと異なる数値につき均等の範囲内であると主張した場合、人民法院はそれを認めない」と規定されている。当該規定から、人民法院は、請求項における数値が数値範囲により限定されている特徴に関して均等性を判断する場合、非常に厳しい基準を採用することがわかる。さらに、前記司法解釈に対応し、北京市高級人民法院は、その策定した「専利侵害判定指南」の第54条において、「被疑侵害品における数値が請求項に記載されている対応の数値と異なる場合、専利権者は、被疑侵害品における数値が請求項に記載されている対応の数値と比べて技術的効果において実質的な相違がないことを証明できた場合を除き、その均等論に関する主張は認められない」と明確に規定されている。
2.2閉鎖形式の請求項の均等性判定
化学や医薬分野でよく使われている閉鎖形式の請求項については、2016年司法解釈の二の第7条によると、被疑侵害品に係る技術が当該閉鎖形式の請求項を基に他の技術的特徴を追加したものである場合、その追加した特徴が回避できない通常量の不純物でない限り、当該請求項の保護範囲に入らないと規定されている。
例えば、参考事例2において、最高人民法院は、閉鎖形式の請求項は、請求項に記載されていない組成成分や方法ステップを包含しないと一般的に解釈されていると論じている。また、組成物の閉鎖形式の請求項の場合、一般的には組成物には請求項に記載された成分のみが包含され、他の成分はすべて排除されるものと理解すべきであるが、通常量の不純物を含むことが許される。なお、補助原料は不純物に属さないとされる。
2.3機能的特徴の均等性判定
請求項における機能的特徴について、2016年司法解釈の二の第8条によると、均等性の判定は、被疑侵害品の技術的特徴を、当該請求項の機能的特徴そのものと比較するのではなく、明細書および図面に記載された当該機能を実現するために不可欠な技術的特徴と比較することによって行われるものとする。
- 均等論の適用に対する制限
3.1包袋禁反言
包袋禁反言は均等論の適用に対する制限であり、最高人民法院により2009年に頒布された「専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(以下「2009年司法解釈」と略す)の第6条に明確に記載されている。具体的には、包袋禁反言の適用には以下の論点について注意すべきである。論点1)どのような限定または放棄に対して包袋禁反言が適用されるか、論点2)包袋禁反言が特定の技術的特徴について均等を排除する範囲、論点3)包袋禁反言を適用する主体。
論点1)について、専利権者は権利付与と確定の過程において、実質的な欠陥を克服するために行われた補正や意見陳述は、すべて禁反言の対象となり得る。ここで、実質的な欠陥には新規性や進歩性の欠陥だけではなく、サポート要件違反、実施可能要件違反、必要な技術的特徴の欠如などの欠陥も含まれる。
論点2)について、専利権者が確定の過程において「制限や放棄した範囲」とは、専利権者が明確に制限や放棄を示した範囲だけである。例えば、参考事例3において、最高人民法院は、「独立項が無効化され専利権が従属項で維持された場合、専利権者が自ら放棄したものではなければ、その従属項に対して包袋禁反言を適用して均等論の適用を制限すべきではない」と判断している。
論点3)包袋禁反言を適用する主体について、最高人民法院は、参考事例4において、「被告側が包袋禁反言の適用を主張したかどうかにかかわらず、法院は専利権侵害判定において自発的に包袋禁反言を適用して合理的に専利権の保護範囲を確定することができる」と論じている。
3.2公衆への開放の原則
公衆への開放の原則も均等論の適用に対する一つの制限で、2009年司法解釈に明確に規定されている。同解釈の第5条によると、明細書や図面だけに記載され請求項で限定されていない技術的範囲は、(専利権者が自ら公衆に開放したものとみなされるため)専利権侵害判定において専利保護範囲に取り戻すことはできない。ここで、公衆への開放の原則の適用の前提とは前記技術的範囲が明細書や図面に記載されていることであり、もし記載されていなければ公衆への開放の原則が適用されることはない。
例えば、参考事例5において、最高人民法院は、明細書において発明方法のステップ10と11の順序を入れ替えることができると記載されているものの、請求項においては入れ替えた後のステップが反映されていないため、入れ替えた後のステップ11と10について均等の主張を受け入れないと判断している。
*注記1:中国法における「専利」とは、特許、実用新案、意匠の全てを包括したもので、「専利法」は、特許法、実用新案法、意匠法の全てに対応するものである。
*注記2:司法解釈とは、中国最高人民法院または最高検察院により公布され、現行の法律規定の適用方法につきより具体的に明確化するためのもので、実務においては法律と同様な位置づけを有するものである。