タイの意匠特許における機能性および視認性
1.視認性
タイ国特許法(法律第3号)B.E.2542(1999)により修正されたタイ国特許法B.E.2522(1979)の第3条によれば、「意匠」とは、「製品に特別の外観を与え、工業製品および手工芸品に対する型として役立つ線または色の形態または構成」をいう。
この規定は、平面的もしくは立体的な形態により視覚を通じて美的な感覚を喚起しうるものでなければならず、かつ、製造物、商品もしくは工業製品および手工芸品の製造に使用することが可能でなければならないという意匠の定義を含んでいる。そのような例としては、テレビ受像器の形状、カーペットや日よけの色等が挙げられる。ある意匠が保護適格とされるためには、登録出願日の時点で一般に利用されている意匠とは区別される独特の外観を備えていなければならない。
1-1.外観の保護
タイ国の法には、視認できない意匠を保護するような具体的な法規は存在しない。製品の意匠が裸眼では目視しえない場合、その意匠は意匠登録には不適格とされる。登録された意匠の範囲は、出願時の願書に収載されていた意匠に基づくとともに、願書に添付された図面に基づいて画定される。
意匠の範囲および登録意匠に類似する意匠については、タイ国特許庁に判断を仰ぐことができる。特許庁の判断に不服がある者は、特許法第74条に基づき、「中央知的財産・国際取引裁判所(Central Intellectual Property and International Trade Court)」(通称:IP&IT裁判所)に上訴を提起し、なおも不服がある場合には「控訴裁判所(Court of Appeals)」に上訴することがきる。
1-2.最高裁判所の判決(最高裁判例16702/2555号)
2012年、最高裁判所は(16702/2555号の事件において)、「コップ」と題された原告の意匠は、製品の意匠の形状と外観において、意匠出願0302000881号の意匠と実質的に区別しえないとの判断を示した。問題の意匠特許訴訟の棄却は、「コップ」という意匠の主題の類似性と、後続出願の意匠に対する先行技術となる先出願の意匠に基づくものである。
意匠の新規性に関係する規定は、タイ国特許法第57条に以下のように記されている。
「以下の意匠は新規と見なされず、タイ国特許庁により拒絶されることとする。」(1)出願に先立ち、本邦において他人に広く知られ、または使用されていた意匠;
(2)出願に先立ち、本邦もしくは外国において開示または記述されていた意匠;
(3)出願に先立ち公開されていた意匠;
(4)(1)、(2)または(3)の意匠と外観が酷似しているために模倣とされる意匠;
上述した訴訟の場合、「コップ」は円筒形をなしていて既存の意匠と同一である。カップの上端が幅広で十字(クロス)の模様が施され、底部に鋭い凹みがあって容量がより小さくなることが予想されるのに対し、先行意匠には上端に模様がなく、底部もやや引っ込んでいる程度であるという点のみが、後続意匠を特徴づけるものである。「コップ」は先行技術に改良を加えた意匠に過ぎず、その改良は既存の意匠に対する識別性を構成しないと最高裁は判示している。2つの意匠の差異は観察者の注意を惹く部分に関わるものではなく、観察者の注意を惹く部分については、両者は類似している。両方の意匠を漠然と観察した場合、両者は視覚を通じて同じ美的感覚を生じさせると認識するのが合理的である。したがって両者は類似していると考えられ、タイ国における意匠の登録について適格性を持たないと認定される。以上の結果として、最高裁は原告の訴を棄却した。
また、意匠の新規性は既存の製品によって損なわれるだけでなく、登録された意匠によっても損なわれる。タイ国において意匠登録を取得しようとする者は、1個の製品の全体的な意匠だけでなく、保護される意匠の個別の特徴および構成要素について出願を行うことができる。
2.機能性
タイ国においては、機能的な目的に起因する特徴を含んでいる意匠、いわゆる「機能的意匠」は、発明特許もしくは意匠登録として保護されうる。発明特許が、主題が使用され、機能する方法を保護するものであるのに対し、意匠特許は、主題を見せる方法を保護するものである。言い換えれば、意匠特許の眼目は視覚的な外観であって機能性ではない。
一部の国では、「機能性」はいまだに意匠特許を妨げる障害となりうる。いくつかの国の法律は、機能的な意匠に保護を与えていない。その背後にある政策は、技術的な製品もしくは方法に対する特許権を保護するために知的財産制度が弱体化するリスクを避けようというものである。タイ国においては、特許法は機能的意匠の保護について明言していない。しかしながら、タイの裁判所は機能的な製品の意匠に対する登録を否定しようと務めてきた。
2-1.意匠保護に関するタイ国の法
タイ国特許法第56条は意匠登録に関して、意匠が登録の要件を満たすためには新規で産業利用可能なものでなければならないと規定している。さらに同法の第58条は、公序良俗に反する意匠および勅令により定められた意匠を含む一定の意匠については登録適格性から排除している。興味深いことに機能的意匠はこの適格性の規定の中で言及されていないことを指摘しておく。制定法には保護を妨げる障害は存在しないにも関わらず、一部の裁判所の判決に示されているように、機能的な特徴を備えた意匠は保護を拒絶されることがありうる。
2-2.最高裁判所の判決(最高裁判例16702/2555号)
この訴訟の原告となったタイ企業は、足全体と脚の下の部分を包むブーツを開発した。このブーツの上の方の部分には留め金具がついていた。留め金具はチューブ状の形状をなしており、この金具を紐で結んでベルトを取り付けるようになっていた。それにより、ブーツはベルトでしっかりと装着され、着用中ずっと所定の位置を保つようになっていた。このブーツの意匠の新規な特徴について、2000年に意匠保護が求められた。タイ国知的財産局(DIP)は、当該意匠は新規性に欠けており実質的に先行技術に類似しているとの理由で、上記意匠に関する意匠特許出願を拒絶した。原告はDIPの決定を不服として、中央知的財産・国際取引裁判所(IP&IT裁判所)に上訴し、さらに最高裁への上告を行った。
「意匠」とは、「製品に特別の外観を与え、工業製品および手工芸品に対する型として役立つ線または色の形態または構成」を意味すると規定した特許法第3条における「特別の外観」の解釈を示すことにより、最高裁は、意匠登録による保護される主題は視覚的外観、すなわち意匠の装飾的側面であるとの判断を示した。意匠登録は、主題の「機能性」を保護しないという点で発明特許から区別される。ブーツの調節具、すなわち留め金具は機能的なものであり、意匠特許法が要求する装飾には該当しないため、最高裁は、当該発明の主題が新規性に欠けており、かつ当該意匠はその機能性によって意匠特許に不適格なものとなっているという理由で原告の申立を棄却したIP&IT裁判所の判決を支持した。
2-3.評価
上述した法原則および判例は、タイ国内での意匠保護を求める企業に別個の法制度の理解を促すものとなろう。意匠登録は、識別性のある視覚効果を備えた意匠を保護するものであって、機能的な特徴を備えた意匠を保護するものではない。競業者が意匠の機能的な側面を模倣するのを阻止するために、意匠登録を利用することはできない。タイの現在の意匠保護制度がタイ産業界におけるイノベーションを推進する上で妥当なものであるか否かという疑問はある。工業意匠のより広範な側面について、もっと適切な保護を導入することもできよう。新たな制度は、単純な視覚的特徴にとどまらず、機能的にイノベーティブな意匠のあらゆる形態を保護するようなものにすべきである。
タイの営業秘密関連訴訟における損害賠償額の算定
【詳細】
損害賠償額の算定は、訴訟のあらゆる要素の中でも難しいプロセスである。そして、営業秘密を伴う事案は、他の知的財産権関連訴訟と比べてもとりわけ複雑で不透明な部分が多く、損害賠償額の算定は一段と困難を極める。
原告も被告も営業秘密が係わる製品を開発し販売しており、売上実績が把握されている事案では、現実の損害が立証できれば、逸失利益を回復できる可能性がある。逸失利益は、通常、純利益すなわち売上高から間接費と経費を差し引いたものとして算定される。多くの裁判所は、営業秘密関連訴訟における損害賠償額算定の基準として、原告の逸失利益または被告の利益を採用する傾向にある。このような算定の基準となる売上実績の情報が裁判所に提出されない場合、裁判所は、逸失利益について損害賠償額の基準としては推測的色彩が強すぎるとみなす可能性が高いと考えられる。
損害賠償額を算定する裁判所は、原告の逸失利益をさまざまな手法で算定する。これには比較的ストレートな手法もあれば、極めて複雑な手法もあり、以下に裁判所がかかる算定にあたり考慮する要因を示す。
・流用された営業秘密の性質
・研究開発費用
・原告および被告のビジネス上の競合関係
・市場の規模、および数量化が困難な他の要因
したがって、上記を踏まえ、原告には(公判中に)裁判所に対し、技術、時間、資金、知的財産権、予防措置、人員等に関連して、営業秘密に長年にわたり多大な投資を行ったことを立証することを強く推奨する。原告が、これらの要因を証明する証拠を裁判所に提出することによって、裁判所は損害賠償額の算定にあたり、これらの証拠を考慮することができる。
タイ中央知的財産・国際取引裁判所(Central Intellectual Property and International Trade Court:CIPITC)は、判決(No.IP38/2011、2011年4月4日)において、原告に認める損害賠償額の算定について以下のように明示している。
(1)侵害により、またはこれを理由として被告が得た利益の賠償金は、原告の営業秘密を侵害する装置および手順により作られた被告製品の売上に基づき算定される。
CIPITCはさらに、営業秘密法第13(1)条(B.E. 2545(2002))により、同裁判所は現実に生じた損害のみ判断する権限を与えられていると判示した。
この判例において原告は、被告の侵害装置および手順により製造された製品が流通したことにより、売上の損失を被ったと主張した。しかし、同裁判所は、原告は現実に被った損害につき(賠償を)請求していないと判断し、また、被告の製品を購入した顧客は、営業秘密侵害が無くても原告から製品を購入しなかった可能性があるため、原告の売上が失われたすべての原因が、被告製品の流通にあるとは言い切れず、原告の損害は不明確と判断した。しかし、被告が原告に対して行った営業秘密の侵害により、原告は不可避的に損害を被ったと思料され、この理由に基づいて、原告に認められる損害賠償額を判定するのが適切と判断された。
(2)本件訴訟で原告に生じた費用の賠償額を立証し、原告の営業秘密の機密性を維持し、訴訟費用、探偵の費用、輸送費用、弁護士費用、その他の費用を立証するためには、原告は輸送費用や弁護士費用やその他の費用の領収書などの証拠書類を裁判所に示さなければならない。
ただし、これらの裏付け書類が提出されたからといって、裁判所は、必ずしも原告の請求に応じた損害賠償額を認めるとは限らないので留意する必要がある。
(3)提訴日以降、被告が原告の営業秘密侵害を停止するまでに原告に生じた損害は、原告側の証拠次第で決まる。これをどのように判断するかは、判事の裁量に任される。
上記にもかかわらず、当事務所が手がけた最新の営業秘密侵害事件で、CIPITCは、損害賠償金として2000万タイバーツ(66万6666米ドル)、提訴日から損害賠償金が満額支払われるまで年率7.5%の金利を原告に支払うよう被告に命じた。これは同裁判所がこれまでに命じた最も高額な損害賠償金額であり、損害賠償額の決定に際しての同裁判所の柔軟性を示している。この柔軟性は利点もある反面、営業秘密関連訴訟における損害賠償額の予測を困難にすることになった。