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タイにおける商品・役務の類否判断について(前編)

1. はじめに 
 日本では先行商標と出願商標は非類似とされているケースで、タイでは、同じ商標の出願について、同じ先行商標と類似と判断され、拒絶査定を受けることがある。この相違は、両国の指定商品・役務に関する審査実務の違いによって生じる場合がある。例えば、日本は「類似群」と呼ばれるグループ分けを採用しており、商品・役務が同じグループに属さない限り、原則として非類似とみなされる。しかし、タイの審査基準では、商品・役務を事前にグループ分けしていないため、判断が異なる可能性がある。そこで本稿では、タイの審査基準に基づく商品・役務の類似・非類似の判断について紹介し、日本の審査基準との相違点を明らかにし、日本の実務家が、タイの商品・役務の類否判断について理解を深めることを目的とする。
 具体的には、①商品・役務の類似・非類似を判断する基本原則、②商品間の類似・非類似、③役務間の類似・非類似、④商品・役務間の類似・非類似、の4点について比較・検討する。

2. 基本原則 
2-1. タイにおける商標登録要件 
 タイ商標法B.E.2534(以下「法」という)第6条によると、商品商標/役務商標は、以下の3つの要件をすべて満たさなければ登録とならない: 
 (1)識別力を有すること 
 (2)法に基づいて登録が禁止されていないこと 
 (3) 他人の登録済み商品商標/役務商標と類似・同一でないこと。 

 タイ知的財産局(以下「DIP」という)は、上記3つの拒絶理由を同時に審査し、すべての拒絶理由を1通の通知に記載する慣行を有する。 

2-2. 各商標登録要件についての説明 

1) 識別力を有すること 
 法第7条第1項により、一般公衆が、その商標が使用されている商品・役務が他の商品・役務とは異なることを識別できる場合、当該商標は固有の識別力を有するとみなされる。また、その商標が法第7条第2項に規定する基準を満たす場合、固有の識別力を有するとみなされる。例えば、語句は、適用される商品・役務の性質または品質を直接描写するものであってはならず(法第7条第2項第2号)、文字または数字は、様式化されたものでなければならない(法第7条第2項第4号)等である。 
 法第7条第2項の基準を満たさず、識別力がないとされる商標であっても、商標が識別力を獲得する程度にタイで広く使用されていることを出願人が証明できれば、登録可能である(法第7条第3項)。使用による識別力の証明要件に関する通知(https://www.ipthailand.go.th/images/781/criteria_for_accreditation.pdf)によると、出願人は、一般公衆または関連公衆が出願人の商標であると認識できることを証明するために、合理的な期間、出願商標と全く同じ形態で商標が使用されていることを示す証拠を提出する必要がある。証拠には、請求書や販促資料のコピーが含まれるが、これらに限定されない。 
 また、複数の要素から構成される商標の場合、識別力を有さない要素が特徴的(顕著)でないと審査官が判断した場合は、法第17条に基づき、当該要素の識別力を否認した上で登録を認める。一方、識別力を有さない要素が商標の特徴的な部分を構成していると審査官が判断した場合、その商標は識別力を有さないとして完全に拒絶される。 
 DIPは、全審査官間の効率的で調和のとれた審査を確立するため、商標審査部および裁判所の関連事例とともに、審査手続および審査の流れを詳述した商標審査基準を発行している。本稿作成時の最新の審査基準は2022年1月に導入されている(https://www.ipthailand.go.th/images/3534/2565/TM/TM_2565.pdf)。

2)法に基づいて登録が禁止されていないこと 
 商標は、法第8条に規定された特徴を含んでいる場合、例えば、国または国際組織の紋章等を含む場合(ただし、外国の管轄官庁または国際機関が許可する場合を除く。)(法第8条第1項第6号)、公序良俗に反する標章(法第8条第1項第9号)、法律により保護されている地理的表示からなる標章(法第8条第1項第12号)等を含む場合は、その商標全体が禁止され、登録することはできない。

3) 他人の登録済み商品商標/役務商標と類似・同一でないこと 
 旧法下では、同法第13条(https://www.ipthailand.go.th/images/633/ActTrademark-2-edit.pdf)に基づき、出願商標が他人の先行商標と同一または類似し、かつ、指定商品・役務が同一区分であるか、または(区分が異なる場合)同じ性質である場合、拒絶されていた。 
 つまり、商標が同一または類似する場合、同一区分であれば、指定商品・役務の種類に拘らず、拒絶され、区分が異なる場合のみ指定商品・役務の性質が考慮された。 
 2016年に改正された法第13条では、出願商標が他人の先行商標と同一または類似し、かつ、指定商品・役務について他人の先行商標と同一の性質である場合、区分に関係なく、拒絶されると規定された。つまり、指定商品・役務については、区分が同じである場合も異なる場合も、その性質が常に考慮されることとなった。 
 新審査基準では、需要者が商品・役務の由来または商標所有者に関して混同する可能性を審査官が判断する際に、関連する商標の(A)全体的な外観、(B)称呼、および(C)指定商品・役務を考慮しなければならないと規定されている。(新審査基準84頁参照)。 
 実務上、審査官は、まず、(A)全体的な外観および(B)称呼を考慮する。同一または類似する先行商標が(A)および(B)に基づいて特定された場合、審査官はそれと出願商標の(C)指定商品・役務を検討する。

(A) 全体的な外観 
 商標の類似性は、特定の要素を個別に評価するのではなく、商標全体の外観から評価する必要がある。ただし、出願商標の特徴的部分は、先行商標と同一または類似であってはならない(新審査基準84頁参照)。つまり、異なる要素が十分に特徴的でない場合、出願商標は先行商標と類似または同一であると見なされる。 
 新審査基準から以下を例示する。

外観類似 例1 
は、と類似。
理由:商標の特徴的部分は楕円形の中の「MDS」の文字であり、類似。よって商標全体の外観は類似。

 外観類似 例2 

は、と類似。
理由:馬は反対方向に向いているものの、基本的には翼を生やした馬が同じ姿勢で足を挙げている構成の商標であり、外観は類似。よって商標全体の外観は類似。

外観非類似 例1
は、と非類似。 
(商標審決番号82/2551(2008)) 
理由:どちらも鷲の図を含むが、図は異なる様式で表示されている。さらに、「INC」と「KINGJO」の異なる要素から構成されている。よって商標全体の外観は異なる。

(B) 称呼 
 商標の全体的な外観とは別に、称呼も同様に重要である。新審査基準では、外観に関係なく、称呼が先行商標と同一または類似していることのみを理由に拒絶することができることが記載された(新審査基準84頁(2)参照)。類似性の判断は、例えば、音節の数、最初の音節の音、最後の音節の音などを比較することにより行う。 
 新審査基準から以下を例示する(称呼は英文字で示す)。

称呼類似 例1 
“STRIDE”は(称呼:“strive”)と類似。(商標審決番号169/2551(2008)) 
理由:両商標は異なる言語で表記されているが、称呼は同じ頭子音と母音で類似している。従って、両商標は紛らわしいほど類似している。

称呼非類似 例1 
”(称呼:“BOFTEX”)は“”と非類似 
(商標審決番号840/2559(2016)) 
理由:主な理由に、両商標の最初の音節、すなわち「BOFT」と「BON」の発音が異なることを挙げ、両商標は非類似とされた。

(C) 商品・役務の関連性・非関連性の検討  
 最後に、(A)および(B)により商標が同一または類似すると判断された場合、審査官は当該商標の商品・役務の関連性を評価する。一般的には、特定の商品および役務に関連する分類およびその他の関連要素が考慮される。 
 区分の適用上、商品および役務は、同一区分の他、異なる区分に属する商品および役務と類似または関連していると見なされる場合がある。DIPは、区分間のクロスチェックの目的で、事前に関連性があるとみなされる区分のリストを提供している(https://search.ipthailand.go.th/)が、これによれば、区分25(被服等)は区分9、24、35、40、45と関連する可能性があるとされている(中編の第3-1項、後編の第5項参照)。 
 しかし、同サイトで指定されている以外の区分とクロスチェックを行う例も見られる。 
 上記のリストとは別に、新審査基準は、その他の関連する要素を考慮するためのアプローチを以下のように示している(新審査基準89~90頁参照)。

ⅰ) 商品または役務が同一の需要者グループを対象としているかどうか。 
 審査官は、出願商標と先行商標の商品または役務の需要者を特定し、それらが同一のグループに属するかどうかを検討する。例えば、出願商標の商品が航空車両であるのに対し、先行商標の商品が陸上車両である場合、商品が同じ区分12に分類される車両であっても、想定される需要者グループは全く異なる。このことから、関連する公衆の間で混同が生じる可能性はない。(商標審決番号1136/2565(2022)) 

ⅱ) 意図する需要者が専門家または知識のある者かどうか。 
 商品または役務が、専門家または知識を有する者が使用する場合またはその監督下で使用することを意図している場合には、混同のおそれは生じない。例えば、両商標の商品が処方箋を必要とする医薬品である場合、意図される需要者は、医薬品または医療用品に関する特定の知識を有する者、または医師若しくは薬剤師によって処方される患者であろう。したがって、混同のおそれはない。(商標審決番号713/2553(2010)) 

ⅲ) 商品または役務の目的が同じかどうか。 
 このアプローチでは、商品または役務が同じ性質のものであっても、意図する目的が異なれば、関連性がないものとすることができる。例えば、出願商標の商品は色やカラーコーティングの製造に使用する化学品であるのに対し、引用商標の商品はプラスチック接着剤の製造に使用する化学品である場合、同じ区分1に分類される化学品であっても、その使用目的は全く異なる。このことから、関係公衆の間に混同のおそれは生じないというべきである。(商標審決番号43/2560(2017)) 

ⅳ) 商品または役務が同一の流通経路を通じて販売または提供されているかどうか。 
 審査官は、両商標の商品または役務が同一の場所または同一の流通経路で販売または提供されているか否かを検討しなければならない。例えば、出願商標の商品が機械およびその部品または産業用機械であるのに対し、引用商標の商品が電気ドリルである場合、同じ区分7であっても、流通経路は異なる。具体的には、出願人の商品は販売業者からのみ購入できるのに対し、先行商標権者の商品は一般の工具店で購入できる。このことから、関係公衆の混同の可能性は生じないはずである。(商標審決番号41/2560号(2017)) 

ⅴ) 商品または役務が高価格であるかどうか。 
 商品または役務の価格の相違は、需要者が商品または役務を選択する際に払う注意の程度に対応する。具体的には、需要者が高額な商品・役務を衝動的に購入することは考えにくい。商品や役務の価格が高ければ高いほど、消費者はより高度な注意を払うことになる。このような行動を考えれば、価格が大きく異なる場合、混同を生じない、とされる。 

ⅵ) その他の考慮事項 
 上記(A)、(B)、(C)のアプローチとは別に、特徴的要素と非特徴的要素の両方から構成される商標の場合、識別力を考慮しなければならない。現行の実務では、DIPは非特徴的要素を商標の非主要部分とみなし、ある商標を他の商標と区別することができないものとする。その結果、これらの要素は無視され、残りの識別力を有する特徴的要素のみが比較の対象となる。新審査基準では、このような実務に沿い、前述の第17条により権利不要求とされる要素は、非特徴的部分とみなされ、無視されることが規定されている(新審査基準88頁参照)。 
 以下を例示する。

称呼類似 例1 
“BILLY EIGHT”(“EIGHT”は権利不要求)は、“”と類似。 
(商標審決番号803/2559(2016)) 
理由:出願商標の“EIGHT”は権利不要求であるため、特徴的要素は“BILLY”とみなされる。両商標の特徴的部分は共通しているので、混同を生じるほど類似している。

称呼非類似 例1 
”は、“”と非類似。 
(商標審決番号 368/2564(2021)) 
理由:両商標の共通する“BANGKOK DRINKING WATER”は非特徴的部分とみなされ、残りの図形が特徴的部分とみなされる。これらの図形は外観が異なるので、一般公衆および関連公衆の混同の可能性は生じない。 

(中編に続く) 

タイ知的財産局が提供する産業財産権データベースの調査報告

 「タイ知的財産局が提供する産業財産権データベースの調査報告」(2018年3月、日本貿易振興機構バンコク事務所知的財産部)第2章から第7章

 

(目次)

第2章 タイIPデータベース P.7

 1. 概要 P.7

  1.1 タイ知的財産局ウェブサイト P.7

  1.2 PATENTSCOPE P.8

  1.3 ASEAN PATENTSCOPE P.8

  1.4 欧州連合知的財産庁ウェブサイト P.8

  1.5 WIPO Global Brand Database P.9

  1.6 FOPISER 9

 2. 直近の主な変更点 P.9

 3. 日本のJ-PlatPatとの相違点 P.9

第3章 特許・小特許(実用新案) P.10

 1. 特許・実用新案検索データベース「DIP」 P.10

  1.1 検索データベース仕様一覧 P.10

  1.2 特許・実用新案レコード収録数 P.12

  1.3 特許・実用新案要素収録率 P.17

  1.4 検索データベースDIP取扱い説明 P.29

  1.5 特許・実用新案DIP検索・表示項目留意点 P.39

 2. 考察・まとめ P.45

第4章 意匠 P.46

 1. 意匠検索データベースDIP P.46

  1.1 検索データベース仕様一覧 P.46

  1.2 意匠レコード収録数 P.48

  1.3 検索データベースDIP取扱い説明 P.49

  1.4 意匠データベースDIP検索・表示項目留意点 P.59

 2. 考察・まとめ P.63

第5章 商標 P.64

 1. 商標検索データベースDIP P.64

  1.1 検索データベース仕様一覧 P.64

  1.2 商標レコード収録数 P.67

  1.3 検索データベースDIP取扱い説明 P.68

  1.4 商標データベースDIP検索・表示項目留意点 P.83

 2. 考察・まとめ P.85

第6章 公報データベース P.86

第7章 統計情報 P.87

 1. 産業財産権の権利化期間 P.87

  1.1 出願日から公開日までの期間 P.90

  1.2 出願日から登録日までの期間 P.94

  1.3 考察・まとめ P.101

 2. 産業財産権の出願件数上位リスト P.102

  2.1 全出願人 P.102

  2.2 日本国籍出願人 P.103

  2.3 技術分野ごと P.104

  2.4 考察・まとめ P.104