ブラジルにおける特許審査ハイウェイの実効性に関する調査研究
「海外庁における特許審査ハイウェイの実効性に関する調査研究報告書」(平成31年3月、日本国際知的財産保護協会(AIPPI・JAPAN))第2部、第4部
(目次)
第2部 PPHの実効性について
総括 P.9
1 各国地域のPPHの実効性に関する統計情報分析概要一覧
ブラジル(BR) P.12
2 各国地域のPPH及び他の主な早期権利化手段概要一覧
ブラジル(BR) P.26
F.ブラジル(BR)
1 PPH及び主な他の早期権利化手段 P.116
1.1 PPH P.116
1.2 優先審査(決議No.151/2015) P.119
1.3 医療分野における優先審査(決議No.217/2018(旧決議No.80/2013))P.119
1.4 グリーンパテントプログラム(決議No.175/2016) P.120
1.5 その他の優先審査 P.121
2 海外ヒアリング調査 P.122
2.0 全体 P.122
2.1 概数 P.124
2.2 審査の着手及び審査の期間 P.124
2.3 早期審査の効果の範囲 P.126
2.4 審査の範囲及びプロセス P.126
2.5 第1国による違い P.128
2.6 実務上のコメント等 P.128
2.7 バックログ P.129
3 国内アンケート調査及び国内ヒアリング調査 P.131
3.1 PPHの効果の有無 P.131
3.2 PPHの負担 P.131
3.3 国内企業のコメント P.131
第4部 統計情報分析
F.ブラジル(BR) P.253
1 国内海外アンケート調査による統計情報調査①②(BR) P.254
2 国内事務所による統計数値調査③(BR) P.256
ブラジルにおける特許の早期権利化の方法
優先審査を請求できる場合がいくつかあるので、その制度を紹介する。特許について説明するが、いずれも実用新案にも該当する。
1.優先審査について
ブラジル産業財産権法第33条によれば、審査請求期間は出願日から36ヵ月あり、請求をしなかったときは、その出願は却下される。ブラジル知財庁(INPI)では出願順に審査を行っており、審査請求時期を早めたとしても審査着手を早めることはできない。
一方、審査を早める規定を含む6つのINPI決議が存在する。優先審査制度の一般条項を定めている決議第151/2015号、医薬分野の優先審査に関する決議第80/2013号、グリーンパテントの優先審査に関する決議第175/2016号、中小零細企業による出願の優先審査施行プログラムを設定している決議第160/2016号、最先出願もしくは基礎出願がブラジル出願であって、ブラジル国外にも出願している場合に、優先審査の請求を可能とする施行プログラムを定める決議第153/2015号、そしてINPIとUSPTOのPPH施行プログラムを定める決議第154/2015号である。これらの優先審査を請求するためには、特別な願書(FQ009願書、PPHの場合にはFQ-015願書)がある。
2.優先審査の請求(全分野):決議第第151/2015号
以下のいずれかの要件を満たす出願であれば、優先審査を申請することができる。
(1)出願人が、60歳以上の個人である場合
(2)特許出願の主題が、権原なき第三者に模倣されている場合
(3)特許の成立が、公的信用機関から財務資源を得るための条件になっている場合
(4)出願人が個人発明家であり、機能的または精神的障害、もしくは重大疾患を患っている場合
(5) 先願の特許出願もしくは特許権の内容が、第三者による後の出願と同じ内容である場合
優先審査請求をすることができるのは、出願人および利害関係人(例えば、上記の「特許出願の主題が、権原なき第三者に模倣されている場合」における被疑侵害者)である。
実務的には、外国企業が利用できるのは上記要件のうち2番目の要件に該当する場合が多いと考えられる。2番目の要件に基づいて優先審査を請求するためには、事前に被疑侵害者に対して警告書を送付する必要があり、送付した警告状を優先審査請求時に証拠として添付しなければならない。警告書においては、(a)出願番号、(b)出願人名、(c)侵害行為に該当する恐れがある第三者による侵害行為態様を明示しなければならない。
出願人が、60歳以上の個人であるという(1)の場合について、企業内での発明であっても発明者の中に60歳以上の者がいる場合に、その発明者の名義で出願を行い、優先審査を請求することが可能性として挙げられる。優先審査を経て登録になった特許権を、その後に企業へ譲渡をすることで、結果として特許権者であるその企業が優先審査の恩恵を受けたことになる。
(5)の場合は、優先審査請求できるのは先願の特許出願もしくは特許権を有している者のみである。実務上、優先審査を請求する前に、後願である対象出願の内容は先願の開示に含まれているという説明を含める情報提供を提出する必要がある。(5)の場合の優先審査の対象は後願の出願である。優先審査を請求するために、(a)審査対象とする出願の写し、(b) 審査対象とする出願に対して提出された情報提供の写し、を提出しなければならない。
(3)および(4)の場合は、一般的には、ブラジル国内の出願人である場合以外は考え難い。(3)により優先審査を請求する場合には、当該特許出願の対象技術を担保として財務資源を請求した申請書の写しと、財務資源の受領の要件として特許付与を要求していることが明示された書類の提出が必要となる。(4)の場合は、当該個人出願人が自分の障害を証明する書類を提出しなければならない。
優先審査を受けるための要件を満たしている場合には、原則として優先審査は認められる(現在、優先審査請求がなされた出願の内、80%以上において、優先審査の要件を満たしていると認められている)。優先審査に関する判断は、特許審査部長が下し、審査結果は官報により公表される。
3.医薬分野における優先審査:決議第80/2013号
決議第80/2013号によれば、特許出願が特定疾患(エイズや癌等)の診断、予防、または処置に関するものである場合には、優先的に審査される。具体的には、SUS(統一保健医療システム)による規制を受ける医薬品に関する特許出願である場合(RESOLUÇÃO N68/2013,)、特許出願が健康省の医薬分野の支援に係る国家戦略(National Policy of Pharmaceutical Assistance of the Ministry of Health)に関係し、かつ、ブラジル統一健康システム(Brazilian Unified Health System)に戦略的であると認められている健康に使用される製品、製法、装置および/または材料に関するものとして指定されているものが対象となる。しかしながら、出願人自らが優先審査を請求することはできず、国家戦略に係わる場合に、健康省が請求する。ただし、エイズ、癌、および「顧みられない病気(ポルトガル語:Doencas negligenciadas、英語:Neglected Disease)」とみなされる病気に関する発明の場合は、あらゆる利害関係人が請求することができる。
4.グリーンパテント分野における優先審査:決議第175/2016号
グリーンパテント分野に関する優先審査は、それまでは試行プログラムとして運用されていたものが、決議第175/2016号によって正式なプログラムになったものである。「グリーンパテント」に該当する発明は、WIPOが発行する「IPC Green Inventory」に基づく、環境に優しい発明および環境技術に関する発明を指す。たとえば、代替エネルギー、輸送、エネルギー保護、廃棄管理および農業に関する発明を含む場合が該当する。グリーンパテントの優先審査が請求できるためには、出願がすでに公開済みでなければならず、請求項数は15項以内で、独立請求項は3項以内であることが要件とされる。本優先審査の請求は、出願人のみが請求可能である。
5.中小零細企業による出願の優先審査施行プログラム:決議第160/2016号
ブラジルにおいて、2006年12月14日補足法第123号に規定されている中小零細企業であれば、その企業が、自分名義で提出した出願に対して優先審査を請求することができる。試行プログラムは300件までと限られている。
6.最先出願もしくは基礎出願がブラジル出願であって、ブラジル国外にも出願している場合に、優先審査の請求を可能とする試行プログラム:決議第153/2015号
決議第153/2015号による優先審査を利用するためには、最先出願もしくは基礎出願がブラジルであって、その出願を優先権主張してブラジル国外にも出願しなければならない。当試行プログラムは100件の受理を上限として始められたが、既に100件の優先審査請求が提出され、受付終了となった。
7.INPIとUSPTOのPPH試行プログラム:決議第154/2015号
PPH試行プログラムは2016年1月11日に開始された。試行期間は2年間、または、受理数が150件に達するまでのいずれか早い方とされる。最先出願は米国の出願でなければならず、出願日は2013年以降が要件とされる。さらに、PPH試行プログラムを利用できる出願はオイル、ガス又は石油化学関連分野に属しなければならない。また、実用新案は対象外である。適用範囲が非常に狭いため、PPH試行プログラムが開始してからの1年でわずか36件のみ申請された。
【留意事項】
優先審査の請求(全分野)(決議第第151/2015号)の2番目の要件に基づいて優先審査請求をする場合は、上述の通り警告書の発行が要件となるが、警告書においては、被疑侵害品の技術が自分の特許の技術的範囲に属するかについて、どの程度詳しく述べなければならないかの最低限の基準は定められていないため、被疑侵害者に対して余計な情報を提供しないようにするために、自分の特許を侵害している旨だけのシンプルな警告書でも足りる。
警告書には、上述の3点を記載する必要があるが、警告書の内容によっては被疑侵害者に過分な情報を与えてしまうリスクがあるため、内容は慎重に検討する必要がある。
また、第三者(被疑侵害者)に対して、権原なく自分の特許出願の主題を実施していると警告書を送付した場合、反対に被疑侵害者により優先審査請求が行われることがあることにも留意する必要がある。
日本国特許庁(JPO)とINPIの間で2017年4月1日から、PPH試行プログラムを開始することで合意したことが公表された。これにより、日本企業はブラジルにおいて特許権の早期取得が可能になる。記事作成時点では、INPIは、JPOとのPPHに関する運用規則等は公表していない。本PPH試行プログラムの試行期間は2年間、または両庁それぞれが申請を200件の受理を上限とする条件になるとの見通しである。
ブラジルにおける特許制度の運用実態
【詳細】
ブラジル・メキシコ・コロンビア・インド・ロシアの産業財産権制度及びその運用実態に関する調査研究報告書(平成27年3月、日本国際知的財産保護協会)第2部-Ⅰ-B
(目次)
第2部 各国の産業財産権制度・運用調査結果
Ⅰ ブラジル連邦共和国
B 特許 P.21
1 産業財産権制度の枠組 P.21
2 出願・登録の手続 P.31
3 審査業務 P.36
4 統計情報 P.41
参考資料 総括表
B 特許 P.410