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インドにおける医薬・化学関連発明の特許法3条(d)の特許適格要件を満たす「効能」の解釈に関する特許庁判断
2015年03月31日
■概要
インド特許法第3条は、特許を受けることができない発明を規定している。その中で、医薬関連発明や化学関連発明に関して、第3条(d)における「効能の増大」の解釈が争点となることが多い。この点について、インド最高裁判所の判断と審査官の判断と拒絶査定前の審査管理官との審問の判断が異なった事例について考察する■詳細及び留意点
【詳細】
最高裁での判断
インド特許法第3条(d)は近年、大きな議論を呼んでいる。問題とされているのは、「既知の物質の新規な形態(form)」と定義されることで、化学物質の特許性が認められるかどうかの一つの要因である、「効能の増大(enlargement of known efficacy)」の扱いと解釈が審査官、審査管理官(controller)と裁判所によって異なることである。
インド第3条(d)発明でないもの
次に掲げるものは、本法の趣旨に該当する発明とはしない。
(d)既知の物質について新規な形態の単なる発見であって当該物質の既知の効能の増大にならないもの、または既知の物質の新規特性もしくは新規用途の単なる発見、既知の方法、機械、もしくは装置の単なる用途の単なる発見。ただし、かかる既知の方法が新規な製品を作り出すことになるか、または少なくとも1つの新規な反応物を使用する場合は、この限りでない。
(説明)条文の適用上、既知物質の塩、エステル、エーテル、多形体、代謝物質、高純度、粒径、異性体、異性体混合物、錯体、組成物、および他の誘導体は、効能に関する特性が、実質的に異ならない限り、同一物質とみなす。
2013年4月1日、スイス・ノバルティス社(NOVARTIS AG)の抗がん剤「グリベック」についての判決(Nos.2706-2716 of 2013)において、本件化学物質は、「公知の物質の新規な形態であるが、30%増強した生物学的利用能(服用した薬物が全身循環に到達する割合を表す定数)だけでは、適切な研究データがないため、効能が増大しているとはみなせない」と判示しました。一方で裁判所は、効能はケースバイケースで判断しなければいけなしとし、本件は前例とはならないとしました。
ファキシミン出願についての審査官及び審査管理官の判断
本件は、すなわちインド最高裁が「グリベック」事件で判決を下す半年ほど前(2012年12月26日)に審査管理官が下したものである。出願人は、イタリアのAlfa Wassermann S.p.A.で、PCT出願(PCT/EP2004/0112490)に基づくインド出願の分割出願である。
本稿では3条(d)に基づく拒絶理由のみに限定して議論を進める。「ベータ形」と表現される新しい形態のリファキシミンと、その製法をクレームしている。リファキシミンは、リファマイシンに基づく抗生物質である。
先行例によると、リファキシミンは経口生物学的利用能が弱く、経口摂取した場合の血流への吸収量が非常に乏しいものであった。リファキシミンは、旅行者の下痢や肝性脳症の治療に使用される。
審査官は、当初第3条(d)に基づき当該クレームを拒絶し、当該クレームは既知の物質リファキシミンの新規な形態(多形相ベータ)を定義しているにすぎず、当該物質の既知の効能を何ら増強するものではないとの見解を示した。さらに、実験データが欠如しており、当該化合物の置換誘導体とその組成物が公知の効能の増大をもたらす、すなわちより大きな技術的効果を示すか、既知の化合物に関して物性が大幅に異なることを示すことが明らかではないと指摘した。
出願人は、拒絶理由を克服するため、拒絶査定前の審問(ヒアリング)において、既知の形態の分子は胃管にも吸収されるためドラッグデリバリーの標的化に適さないが、リファキシミンベータは腸だけで「選択的に吸収される」と主張した。出願人はまた、吸収動態という点でリファキシミンは予期せぬ物性を有すると主張した。出願人は提出した比較データにより、異なるリファキシミン多形相によって薬理学的特性に違いがあると示した。
本出願においても医薬品の生物学的利用能が議論され、主張における有力な根拠である。しかし、NOVARTIS AGの事件とは異なり、既知の形態のリファキシミンは、意図した標的、すなわち腸に達する前に胃管に吸収されて腸での効能はほとんど無効となる一方で、本出願の医薬品は選択的で生物学的利用能を有することになる。従って、本出願はインド特許法第3条(d)の効能の条件をクリアした。
審査管理官は、「使用される化合物が増大する薬剤学的特性を有すれば、組成物は新規である」という出願人の主張、ならびに効能の増強についての主張に同意した。審査管理官が、本件は第3条(d)に該当しないという出願人の主張に同意した上で、本件発明の最終的な特許性は異議あるいは取り消し手続きで争われるまで待つことになるかもしれないという点は注目に値する。
本ノバルティス事件についての現地代理人コメント
効能とは効果を生み出す能力であり、分野によって異なる意味を有する。生物学的利用能が30%というノバルティスの主張と、これは「治療増強効果」であるという主張を取り扱う際、マドラス高等裁判所は、「既知の効能の増加」という文言は曖昧ではなく、「効能」という文言は治療効果を意味すると判示した。この解釈は最高裁判所によって確認され、この事件の上告審ではさらに踏み込み、生物学的利用能の上昇が治療効果の増強につながるか否かは、明示的にクレームし、研究データにより立証されなければいけないと明確にした。
上記の「効能」と「治療効果」の意味に従えば、出願人は新規な発見が疾病の治療や人体への好影響にどの程度有効であるかを立証すれば特許取得に有利に働くことが期待される。これは、当該新しい形態の医薬品は、服用量の最小化および副作用の低減によって治療効果を引き出すはずであることを意味する。
生物学的利用能の上昇は、毒性の上昇をもたらす可能性があることにも着目すべきである。もし毒性が低下すれば(これは低吸収/低生物学的利用能の結果である可能性もある)、治療効果が高まると議論できる可能性がある。本件は、研究データによる裏付けがあれば、特許庁が選択的吸収または低毒性を効能増強の表れとして認める可能性があることを示している。したがって、第3条(d)に基づく拒絶を克服するため、特定の部位における選択的吸収、場合によっては動物実験で示された低毒性など、増強された「治療効果(Therapeutic effect))」を証明するために必要なデータの提出検討の余地があることを示している。
■ソース
・インド特許法■本文書の作成者
Rouse & Co. International (India) Ltd■協力
日本技術貿易株式会社 IP総研■本文書の作成時期
2015.01.05