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台湾における禁反言の適用範囲を縮小する知的財産裁判所の判例

2015年03月31日

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■概要
「禁反言」は均等論の阻却事由であるが、過去、台湾実務では禁反言の原則は過度に乱用されているという状況にあり、権利者にとって不利となっていた。台湾知的財産裁判所は「(2011)年100年度民専上字第53号判決」で、禁反言の原則についてその適用要件を明確に規定し、今後は権利者による権利保護の主張にとって有利となると思われる。判決の対象事例を以下に紹介する。
■詳細及び留意点

【詳細】

(1)事実概要

 係争専利は「改良型信号灯」特許であり、権利者(原告・上訴人)「悅誠科技有限公司」(以下、「悅誠科技」)は、被告・被上訴人である「力其摩科技商行」が製造販売する「三色LED手提げ信号灯」(以下、「係争製品」)が係争特許を侵害するとして、知的財産裁判所へ訴訟(一審)を提起し、損害賠償を請求した。

 

 一審では「悅誠科技」敗訴という判決が下された((2000年)99年度民専訴字第196号判決)が、「悅誠科技」は、知的財産裁判所に上訴(二審)するも、知的財産裁判所は一審判決を維持するという判決を下した((2011)年100年度民専上字第53号判決)。

 

(2)係争特許の技術内容

 原告(上訴人)は、訴訟期間中に請求項2(従属項)の内容を請求項1へ入れて、電圧スイッチの技術特徴をトランジスタの下位概念へと減縮するという、クレームの訂正を行った。

請求項

訂正内容

訂正内容

1 ・・・・・・回路制御には第一電圧スイッチおよび第二電圧スイッチが設けられ、前記第一電圧スイッチは緑光LED組と電池の間に設けられ、前記第二電圧スイッチは白光LED組と電池の間に設けられる事を特徴とする改良型信号灯。

・・・・・・回路制御にはトランジスタおよびもう一つのトランジスタが設けられ、前記トランジスタは緑光LED組と電池の間に設けられ、前記もう一つのトランジスタは白光LED組と電池の間に設けられる事を特徴とする改良型信号灯。

2

前記第一電圧スイッチと第二電圧スイッチはトランジスタであることができる請求項1記載の改良型信号灯。

 

 

 係争特許請求項1の訂正前と訂正後の最大の相違点は、訂正前の制御回路には「第一電圧スイッチおよび第二電圧スイッチが設けられ」ているのに対し、訂正後の制御回路には「トランジスタおよびもう一つのトランジスタが設けられ」ている点である。

 

(3)係争製品の侵害比較分析

 係争製品と訂正後係争特許のクレームにおける技術上の主な相違点は、係争製品は「電圧スイッチ」を使用することで緑光および白光発光ダイオード組と電池との間の回路を開閉させるのに対し、訂正後係争特許は「トランジスタ」を使用していることです。訂正後係争特許のクレームをA~Hの技術特徴へ分類すると、特徴Gおよび特徴Hの2つのみが文言上の侵害に該当しない。

技術特徴

訂正後請求項1の技術内容

係争製品の技術内容

文言侵害

G 管体の外側表面上にLED組を制御できる複数個のボタンが間隔をあけて設けられており、前記ボタンは赤光を制御する赤スイッチ、緑光を制御する緑スイッチ、白光を制御する白スイッチであり、それぞれのボタンは制御回路と電気連結されている

管体の外側表面上にLED組を制御できる3個のボタンが間隔をあけて設けられており、前記ボタンは赤光を制御する赤スイッチ、緑光を制御する緑スイッチ、白光を制御する灰色スイッチであり、それぞれのボタンは制御回路と電気連結されている

該当

しない

H

回路制御にはトランジスタおよびもう一つのトランジスタが設けられ、前記トランジスタは緑光LED組と電池の間に設けられ、前記もう一つのトランジスタは白光LED組と電池の間に設けられる

回路制御には第一電圧スイッチおよび第二電圧スイッチが設けられ、前記第一電圧スイッチは緑光LED組と電池の間に設けられ、前記第二電圧スイッチは白光LED組と電池の間に設けられる

該当

しない

 

 係争製品は特徴Gおよび特徴Gの均等範囲に属すると権利者は主張する一方、被告は禁反言の適用を主張した。

 

(4)知的財産裁判所二審の見解

(i)禁反言原則の適用は、権利者による補充、補正、訂正、意見書および答弁書提出等の、特許性と関連があり、かつクレーム減縮であるものに限られる

 

 「特許は公告制度を通じ、公衆に特許権の範囲を知らしめるものであり、出願から権利保護の過程における権利者による補充、補正、訂正、意見書および答弁書提出等の限定または排除が、特許性と関連がありかつクレーム減縮であるならば、それは公衆への信頼感が生まれるため、信義誠実の原則により、特許権侵害訴訟において「均等論」適用という名目で既に放棄した部分を再度主張するということは許されない。

 

 よって、「禁反言」は均等論の阻却事由である。禁反言原則の適用は、権利者による補充、補正、訂正、意見書および答弁書提出等の、特許性と関連がありかつクレーム減縮であるものに限られる。

 

 「特許性と関連がある」とは、先行技術の克服および特許査定に関するその他の要件(実施可能要件、先行技術文献情報開示要件等)が含まれ、その認定は権利者が補充、補正、訂正、意見書および答弁書提出等で説明した理由に基づき、特許性と関連があるか否か具体的に判断する。その理由の説明が不明確な場合は、特許性と関連があると推定される。

 

 しかし、特許性とは関連がないと権利者が証明した場合は、禁反言原則は適用されない。また、権利者による補充、補正、訂正、意見書および答弁書提出が特許性と関連があったとしても、クレーム減縮ではない場合、禁反言原則は適用されない。

この他、特許権の均等範囲を漏れなく保護し権利者が放棄した範囲を不合理に判定されないように、禁反言の阻却範囲は権利者が限定または排除した部分に限られる。

 

 しかし、補正等を通じて排除されなかった均等範囲についての有利な事実(補充、補正、訂正、意見書および答弁書等の提出時に予見できなかった均等範囲、補充、補正、訂正、意見書および答弁書等の理由と均等範囲の関連性が相当低く、権利者が提出当時に当該均等範囲を記載することに合理的期待ができない等)については、権利者が立証責任を負わなければならない。」

 

(ii)本件の権利者による訂正は特許性と関連があり、かつクレーム減縮である

 「被告は無効審判請求書の請求の理由において、係争特許の訂正前請求項1の電圧スイッチという技術特徴および請求項2のトランジスタという技術特徴が先行技術で開示されていると指摘していた。原告はこの請求の理由に対し答弁理由書を提出し、その後訂正の請求を行った。このことから、原告は先行技術を克服し進歩性欠如と認定されないように訂正の請求を行ったことは明らかである。

 

 本件の権利者によるクレームの訂正は、権利保護過程における特許性克服のための訂正であり即ち特許性と関連があり、かつ「電圧スイッチ」と「トランジスタ」両者は同等の意義ではなく上位下位概念の関係に属し、クレーム減縮に該当する。訂正前後のクレームの内容により、禁反言原則が適用され得るかを判断しなければならない。」

 

(ⅲ)訂正後の回路制御に関するクレームの解釈は、トランジスタ技術手段を採用しない電圧スイッチにまで拡張してはならない

 

 『原告は係争特許の訂正過程において「電圧スイッチ」(上位概念)を「トランジスタ」(下位概念)へと限定し、「トランジスタ」以外の他の「電圧スイッチ」を排除した。係争製品は「緑スイッチボタン」(第一スイッチ)および「灰色スイッチボタン」(第二スイッチ)等の「電圧スイッチ」を使用し、緑および灰色のスイッチの押下動作によりスイッチを入れたり切ったりし、緑光および白光LED組と電池の間の回路を開閉させるものであり、(係争特許のような)「トランジスタ」を使用することにより、緑および灰色のスイッチの押下動作によりトランジスタに圧力低下(0.7ボルト)を発生させるものであって、緑光および白光LED組と電池の間の回路を開閉させるものではない。 

 原告は「トランジスタ」以外の他の「電圧スイッチ」を排除したのだから、禁反言原則に基づき、「均等論」適用という名目で既に放棄した部分を再度主張するということは許されない。従って、係争製品は訂正後の係争専利請求項1の範囲に属さず、均等論は成立しない。』

 

 知的財産裁判所は本件において、米国連邦最高裁判所の判決で示された法則を引用した。

(1)クレームの修正はその修正原因が特許性と関係があるかどうかについて具体的に判断すべきである。原因が不明確な場合、裁判所はその修正は特許性と関連があると推定し、禁反言原則が適用され均等範囲が減縮される。(Waner-Jankinson Co.事件)

(2)審査過程で補正を行った場合、特許権者が以下の3要件のいずれかを立証しない限り、均等論は主張できない。

 (i)予測不可能性:均等物が補正時に予測不可であったこと

 (ii)関連微弱性:補正と均等物の関連がほとんどないこと

 (iii)合理期待性:均等物を記載できなかった合理的理由があること

 

 過去の台湾実務では、禁反言原則の適用に関し、権利者による補正が特許性に関わるものか否かによりその結果が変わるということはなかった。よって、一部の事例では禁反言原則が拡大適用され、均等論の主張が認められる可能性が縮小され、権利者に不利となるという事態が起きていた。

 

 しかし、本件で示された判断によれば、今後台湾実務でも禁反言原則の適用がより明確にされることが期待される。権利者が審査過程でクレームを補正した場合、その補正が「予測不可能性」「関連微弱性」「合理期待性」という3要素を満たすことを立証できれば、均等論が主張できることになり、権利者にとって大きな利点となる。

■ソース
・台湾専利法
・民国100年度民専上字第53号判決(http://jirs.judicial.gov.tw/Index.htm)
■本文書の作成者
維新国際専利法律事務所 黄 瑞賢
■協力
日本技術貿易株式会社 IP総研
■本文書の作成時期

2015.01.09

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