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台湾の商標登録における「逆混同」の訴訟実務について
2014年06月20日
■概要
後願商標が先願商標より有名かつ優位であり、関連消費者に先願商標権者の商品又は役務が後願商標出願人又は後願商標権者のものであるという認識を生じさせることは、米国法でいう商標の「逆混同(反向混淆)」である。このような「逆混同」のケースにおいて、登録を受けることができない事由に該当するか否かの判断について、米国の「逆混同」理論は採用せず、混同誤認のおそれがあるか否かに焦点を当て、先願商標の保護に留意しながら、商標の近似程度、指定使用商品が類似しているか、消費者に混同誤認を生じさせる可能性があるか等の関連要素を総合的に判断すべきであるとの見解が、最高行政法院により初めて示された。■詳細及び留意点
【詳細】
先願商標権者(以下、「先願者」という)と後願商標出願人又は後願商標権者(以下では併せて「後願者」という)が、同一又は近似の商標を類似の商品又は役務に指定使用するときに、後願者の商標が先願者のものより有名である場合、消費者に先願者の商品又は役務を後願者からのものであると誤認させることがある(米国法における「逆混同」)。
このようなケースにおいて、先願者が米国法の「逆混同」という見解を援用し、後願商標の登録が混同誤認を生じさせるから商標権侵害であると主張できるか否か(後願商標の登録が認められるか否か)について、台湾実務において論議が続けられている。
(1) 「逆混同」に関する見解
反対論者の主張:台湾の商標法は登録主義を採用しているが、商標法第30条第1項第11号に規定される不登録事由「混同誤認を生じさせるおそれがあるか」の判断に関する「混同誤認のおそれの審査基準」において、(a)商標の識別性の強弱、(b)商標が近似しているか及び近似の程度、(c)商品・役務が類似しているか及びその類似の程度、(d)先願者の多角経営の状況、(e)実際に混同誤認を生じた例、(f)関連消費者が各商標をどの程度周知されているか、(g)係争商標の出願人は善意か、及び(h)その他の混同誤認を生じさせる原因等の8つの事由を斟酌しなくてはならないと明文規定されている。同一又は類似の商標であるならば、実際には、後願商標出願人が努力をして宣伝し、大量に使用したことにより、関連消費者に先願商標を後願商標に結び付けさせることになったのであり、後願商標もある程度の保障を受けるのが筋であり、混同誤認の該当を容認すべきではない。
肯定論者の主張:米国とは異なり、台湾の商標法は「使用主義」ではなく「登録主義」を採用しているため、商標検索システムを利用して商標登録の時間の前後及び状態について調査しさえすれば、先願商標の存在を知ることができる。単に後願商標がより消費者に周知されているという事実から、先願商標権者の権益を否定することはよくない。そしてなにより、登録主義の精神が有名無実のものになりかねない。
(2) 「逆混同」に関する判決
台湾最高行政法院は、2012年12月13日付民国101年判字第1048号判決において、初めて、商標登録の「誤認混同を生じされるおそれ」について、たとえ後願商標が先願商標より有名であっても、重要なのは混同の「方向」ではなく混同誤認の恐れがあるか否かであり、「逆混同」の理論を基準として判断する必要がないと明示し、混同誤認の有無を判断するに当たっては先願商標の保護に留意し、後願者の大量使用により先願商標が取り上げられる不公平な現象は避けるべきであるとの旨を示した。
(i) 事案の概要
本案は、「智富網」、「Smart Net」及び「Smart News」等の商標(引用商標)を出願し、登録を受けていた奇唯科技株式有限会社(訴訟参加人・先願商標権者)が、その後登録された城邦文化事業株式有限会社(上訴人・後願商標出願人)の「智富Smart」商標(係争商標)に対して関連消費者に引用商標と混同誤認させるおそれがあること等を理由に異議申立を行ったが認められず(2010年11月25日付中台異字第960808號商標異議審定書)、これを不服として参加人が訴願を提起したところ、原処分を取消す旨の決定(2011年5月9日付經訴字第10006099220號決定)が出されたため、上訴人がこれを不服として知的財産法院に行政訴訟を提起した事案である。第一審判決は、上訴人の訴えを却下し、上訴人が上訴していた。
訴訟において、上訴人は、自身が出版した「Smart智富」経済誌等の係争商標が大量使用された資料を提示し、これらによって関連消費者の係争商標(後願商標)に対する認識が根拠商標(先願商標)よりはるかに高いと証明され、混同誤認のおそれはなく、係争商標と引用商標が台湾で併存できると主張していた。
(ii) 最高行政法院の判断
上訴人の主張に対する最高行政法院の判断は以下の通りである。
商標をめぐる争いにおいて、重要なのは「正混同」「逆混同」といった混同の「方向」ではなく、混同誤認のおそれがあるか否かであり、…台湾における商標侵害案件のうち当該理論を採用したものもあるが、有效性をめぐる行政訴訟においては、やはり混同誤認のおそれがあるかに焦点を当てるべきである。
参考:「…商標衝突之爭議,其重心在於混淆誤認之虞,而非正向混淆或逆向混淆之「方向」,…我國在商標侵權案件確有以此為論述理由者,但在有效性行政訴訟則仍應以混淆誤認之虞為重心…,本院重申並無採用所謂逆向混淆之必要,先此敘明。」
商標保護の目的の1つは、企業に商品の品質を高めさせ、商品への投資の拡大を誘因することである。商標権者が、商標という営業標識をもって、広告宣伝、市場拡大のための努力を行った結果、消費者に当該標識及び特定の商品又は企業を連想させ、当該標識を使用する商品を購入させるのである。これがすなわち、商標の発展的機能である。先願商標の自他商品識別機能はともかくとして、商標使用の初期において、又は商標の広告宣伝不足により、多くの消費者に商標を認知させ、商品の出所を示すことができなくても、それだけを理由にその商標が持つ発展的機能の可能性を否定すべきではない。商標権者が継続的な広告宣伝に努めたこと、市場において生じた有利的な変化により、商標の備える機能を達成できるようになるからである。
参考:「按商標保護之目的之一,在於給予提昇企業商品品質及擴大商品投資之誘因。商標權人藉由商標此一營業標識,因其努力行銷及市場逐步擴大結果,使消費者逐漸就該標識與特定商品或企業相連結,而購入使用該標識之商品,此即商標之發展機能。但不論該商標之先天識別性強弱,在商標使用之初期,或商標權人就商標推廣之拙劣不足,知名度尚無法讓廣大消費者認知或聯想商標與商品或企業,但即使商標權人使用商標處於該階段,亦不能因而否認其商標所具之發展機能,商標權人仍得經由不斷努力行銷推廣或因市場有利變化而達成商標應有之功能。」
財力又は強力な広告宣伝の手段を持つ企業がその商標を大量に使用することで先願商標の発展的機能が剥奪・制限されると、その発展的機能が確保できなくなり、「消費者により周知されている商標により大きな保障を与えるべき」という単一的な判断要素をあまりにも強調することは、弱肉強食の現象を生じさせ、商標法における取消制度が有名無実になる。
参考:「是以若其他具資力或強大行銷手段之企業就該商標大量使用,先註冊商標之發展機能將受剝奪與限制,其發展機能將無以確保,是以若太強調「應給予消費者較為熟悉之商標較大之保護」此單一判斷因素,將形成衝突商標弱肉強食之現象,並非商標法所應認許者。」
混同誤認のおそれがあるかを判断する各事由は、いずれも混同誤認のおそれの中心であり、いずれかの事由が無視されるべきではなく、いずれの事由を適用する場合にも、混同誤認のおそれがあるかを基に考慮すべきであり、実際の案件に応用するときは、各事由を総合的に斟酌する。…商標の近似程度が低いか指定使用商品が非類似の場合は消費者に混同誤認を生じさせる可能性は低く二つの商標は併存し得るが、後で使用される商標の知名度がその前に登録された商標より高い場合も、同様に、個別の案件について関連要素を総合的に判断すべきであり、一律に論じてはならない。
参考:「…判斷混淆誤認之虞之各因素均係以混淆誤認之虞為中心,任何一因素均不能偏廢,也就是在適用任何一因素時,均應以混淆誤認之虞為基本考量,運用在實際案件時,就各因素綜合斟酌,…同樣是後使用商標其知名度大於前註冊商標,但若其商標近似程度較低或指定使用商品並非類似者,則致消費者混淆誤認之虞之可能性較低,則二商標較有可得判斷為併存,但在個案仍應就相關因素綜合判斷,不可一概而論。」
【留意事項】
台湾では「登録主義」を採用しており、現在の商標登録の実務において、米国の「逆混同」理論は採用されていない。
本稿で紹介した判決は最高行政法院により初めてその旨が明示されたものであり、知的財産法院の行政案件及び行政機関(TIPO及び経済部訴願会)の判断に影響を与える。ただし、商標権侵害に係る民事・刑事事件における「逆混同」の主張については異なる見解が示される可能性もあるため、引き続き、動向を観察する必要がある。
■ソース
・台湾商標法・2012年12月13日付民国101年判字第1048号判決(下記URLから検索可能)
http://jirs.judicial.gov.tw/Index.htm
■本文書の作成者
聖島国際特許法律事務所■協力
一般財団法人比較法研究センター 不藤真麻■本文書の作成時期
2014.01.20