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(中国)請求項記載の発明が明瞭であるか否かに関する事例
2013年07月09日
■概要
北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)は、特許法実施細則第20条第1項には、特許請求の範囲は発明或いは実用新案の技術的特徴を説明し、保護を求める範囲を明瞭に簡潔に記載しなければならないと規定されているが、請求項が明瞭であるかを判断する主体は当業者であるとした上で、本特許権の請求項14の発明は、文法構造においても、技術的内容においても、当業者からみて明瞭である、として一審判決を維持した((2008)高行終字第682号)。■詳細及び留意点
【詳細】
本事件は、国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体が下した特許一部無効との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)で下された審決を取消すとの判決を不服として、北京市高級人民法院にて争われた事件である。
本事件の争点は、「請求項記載の発明が明瞭であるか否か。」である。
無効審判請求人は、本特許権の請求項14(その従属項15~24を含む)の構成は不明瞭であり無効であると主張した。
本特許権にかかる発明は、アンテナ制御システムに関し、無効請求の対象となった請求項14は以下のとおりである。
「2つ又はそれ以上の放射ユニット及び、少なくとも1つの位相移動ユニットのパーツを移動し、前記放射ユニットに提供する信号の位相を変えて、アンテナビームの下方傾斜を変えるためのメカトロ手段を備えるアンテナと、
前記アンテナと別の場所に設置され、アンテナビームの下方傾斜を変えるようメカトロ手段に駆動信号を提供するコントローラとを備えたアンテナシステム。」
無効審判請求人は、「請求項14に記載された発明は、それぞれ異なり、かつ互いに矛盾する構成を含む内容となっている。当該請求項記載の「少なくとも」が、パーツ又はメカトロのどれを修飾しているのか不明瞭である。メカトロ手段という表現は、上位概念の記載であるが、明細書及び図面には複数のパーツが開示されており、どのパーツが「メカトロ手段」なのか「パーツ」なのかを推論することが困難である。したがって、本特許権の請求項14及びその従属請求項15~24が保護する範囲は不明瞭であり、特許法実施細則第20条第1項の規定に合致せず無効である。」と主張した。
審判部合議体は、以下のように認定した。
(1)明細書の記載によると、位相移動ユニット及び位相移動ユニットのパーツはいずれも複数あり、明細書の記載に基づいて、請求項14に記載の「少なくとも1つ」が位相移動ユニットのパーツではなく、位相移動ユニットを修飾する表現であることを、直接的に導き出すことができない。
(2)明細書の記載によると、請求項14の発明は、コントローラがアンテナにおけるメカトロ手段を制御することで遠距離制御を実現しているが、本特許発明が先行技術に対して改善した点は、メカトロ手段及び制御装置の結合である。本特許に記載の前記メカトロ手段は先行技術における一般的なメカトロ手段と異なり、移相器駆動機構及びモータを含む。したがって、請求項14はメカトロ手段の構成、各構成同士及びこれらとアンテナシステムにおける他のユニットとの関係について明瞭かつ明確に限定していない。
(3)従属請求項15-24はいずれも請求項14に存在していた不明瞭な欠陥を克服していない。
以上により、本特許権の請求項14~24は、特許法実施細則第20条第1項の規定に合致せず無効である、との審決を下した(第10009号審決)。
特許権者は上記審決を不服として北京市第一中級人民法院に提訴した。
北京市第一中級人民法院は、「本特許請求項14に記載の「少なくとも1つ」は「位相移動ユニット」を修飾すると理解すべきであり、当該記載の内容は明瞭である。請求項14に記載の内容から分かるように、メカトロ手段は「少なくとも1つの位相移動ユニットのパーツを移動する」のに用いられ、コントローラがメカトロ手段に駆動信号を提供している。これらの記載は、メカトロ手段の機能及び位相移動ユニット、コントローラとの相互作用関係を限定し、明細書に記載の内容と合せて、当業者は、請求項14が保護する発明を明瞭に認定することができる。」として、審決を取消す判決を下した。
審判部及び無効審判請求人は、本判決を不服として北京市高級人民法院に上訴した。
北京市高級人民法院は、「「少なくとも1つの位相移動ユニットのパーツを移動する」との表現において、「少なくとも1つ」は直近の「ユニット」を修飾すべきであり、これは中国語の文法的習慣に合致する。もし「少なくとも1つ」で「パーツ」を修飾するのであれば、「位相移動ユニットの少なくとも1つのパーツを移動する」との表現になる。したがって、文法的な構造から判断しても、また技術的角度から判断しても、「少なくとも1つ」は「パーツ」ではなく「位相移動ユニット」を限定していることは明らかであり、当業者であれば明細書の記載と合わせて、多義あるいは不明瞭であるとの認識を抱くことはなく、請求項14の記載は明瞭である。」として、一審判決を維持した((2008)高行終字第682号判決)。
参考(北京市高級人民法院行政判決2008年12月19日付(2008)高行終字第682号より抜粋):
・・・判断权利要求是否清楚的主体为本领域普通技术人员。在阅读了本专利权利要求书及说明书后,如果本领域普通技术人员能够清楚地认定本专利权利要求的保护范围,则本专利符合专利法实施细则第二十条第一款的规定。
关于・・・“用于移动至少一个相位移动元件的部件”・・・从语法结构上讲,・・・“至少一个”紧邻“元件”,应当是就近修饰,这符合汉语语法习惯,・・・如果“至少一个”用于修饰“部件”,则应当表述为“用于移动相位移动元件的至少一个部件”,因此,“至少一个”应当理解为用于修饰“相位移动元件”・・・。从技术角度讲,・・・本领域普通技术人员通过阅读说明书特别是说明书第7页关于“相对移动一个或几个相位移动元件的零件”的记载后可知,“至少一个”是用于限定“相位移动元件”而不应当是用于限定“部件”・・・。
关于・・・“机电装置”・・・根据本专利权利要求14记载・・・限定了机电装置的功能及与相位移动单元、控制器的相互作用关系・・・本领域技术人员可以清楚地确定权利要求14保护的技术方案。此外,本专利权利要求14采用了功能性限定特征,该功能性限定技术特征所限定的功能、效果是清楚的,即该机电装置是用于移动至少一个相位移动元件的部件、以改变提供给所述发射元件的信号的相位、以改变天线波束下倾。采用功能性限定特征,其保护范围应当解释为仅仅涵盖了说明书中记载的具体实现方式及其等同方式。本专利说明书实施例对“机电装置”的结构、部件、连接关系做出了清楚的表述,本领域普通技术人员在阅读本专利说明书后对“机电装置”不会产生歧义或模糊认识。・・・
(日本語訳「・・・請求項が明瞭であるかを判断する主体は当業者である。当業者が本特許請求の範囲及び明細書を閲読したのち、特許請求の範囲の保護範囲を明瞭に認定することができれば、当該特許は特許法実施細則第20条第1項の規定に合致する。
・・・「少なくとも1つの位相移動ユニットのパーツを移動する」・・・について、文法的には、・・・「少なくとも1つ」は「ユニット」に近く、近いものを修飾すべきであり、これは中国語の文法的習慣に合致し、・・・「少なくとも1つ」で「パーツ」を修飾する場合、「位相移動ユニットの少なくとも1つのパーツを移動する」となるため、「少なくとも1つ」は「位相移動ユニット」を修飾すると理解すべきであり・・・。技術的角度から言えば、・・・当業者は明細書、特にP7の「1つ又は複数の位相移動ユニットのパーツを移動する」の記載を参照することで、「少なくとも1つ」は「パーツ」ではなく、「位相移動ユニット」を限定すると理解でき・・・。
・・・「メカトロ手段」については・・・、本特許請求項14の記載に基づいて、・・・メカトロ手段の機能及び位相移動ユニット、コントローラとの相互作用関係を限定し、・・・当業者は、請求項14が保護する技術案を明瞭に確定することができる。また、本特許請求項14は機能的に限定された特徴を採用し、当該機能的に限定された特徴が限定した機能、効果は明瞭であり、即ち、当該メカトロ手段は、少なくとも1つの位相移動ユニットのパーツを移動し、前記放射ユニットに提供する信号の位相を変えて、アンテナビームの下方傾斜を変えるものである。機能的に限定された特徴を採用すると、その保護範囲は単に明細書に記載の具体的な実現方法及びそれに均等な方法をカバーしていると解釈すべきである。本特許明細書の実施例は「メカトロ手段」の構造、パーツ、連結関係について明瞭に記載しており、当業者が本特許明細書を閲読すればメカトロ手段について、多義或いは曖昧であるとの認識を抱くことはない。・・・」)
【留意事項】
本事件は、日本でも良く見られる「語句の修飾関係」を巡る発明の構成認定に関する。人民法院は、審判合議体が認定した「いかようにも解釈可能」との判断を覆し、中国語の文法(慣習)である「修飾語は、直近の名詞を修飾する」を基準として、一つの解釈しかないと認定しているが、この判断は中文翻訳に不安のある外国人にとって有益な判例と言える。ちなみに、本件の特許権者は米国企業、無効審判請求人は中国の個人である。
■ソース
・北京市高級人民法院行政判決2008年12月19日付(2008)高行終字第682号http://law.china.cn/case/txt/2009-04/02/content_2828243.htm ・中国発明特許第95196544.1号(公告番号CN 1094260 C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2013.01.17