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(中国)請求項に記載された発明が明細書の開示によって支持されているか否かに関する事例

2013年06月06日

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■概要
北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)は、本特許明細書に記載された発明により、当業者は触媒の総孔体積及び比表面積の数値が大きいほど、触媒効果が向上することを認識するものの、実施例に開示された数値範囲でしか予測できず、また、本件特許は、下限値のみを限定しているが、その上限については合理的に予期できないため、本件特許発明は明細書に支持されていない、として、『中華人民共和国行政訴訟法』第61条第1号の規定に基づき、請求項9~15、19、20記載の発明は無効であるとして、一審判決を維持した((2010)高行終字第112号判決)。
■詳細及び留意点

【詳細】

 本事件は、国家知識産権局専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体が下した一部無効との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)で下された審決維持の判決を不服として、北京市高級人民法院にて争われた事件である。

 

 本事件の争点は、いわゆるサポート要件についてであるが、実施例で開示された数値範囲の内、下限値だけを限定した発明が認められるかどうか、である。

 

 中国国家知識産権局が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には「特許請求の範囲は明細書を根拠とすべきであり、特許請求の範囲は明細書に支持されていなければならない。特許請求の範囲の各請求項で保護する発明は、明細書に十分開示した内容から得る、或いは概括して得られる発明であり、且つ明細書の開示範囲を超えてはならない。」と規定されている(中国特許審査基準第2部分第2章3.2.1の関連規定を参照)。

 

 本特許権にかかる発明は、セリウム及びジルコニウム混合酸化物に基づく組成物及びその前駆体、製造方法及び応用に関する。本無効審判事件で無効請求の対象となった請求項は9~15、19、20である(独立請求項は9、14、20であり他は従属項であるため、独立請求項のみ以下記載する)。

「請求項9:

総孔体積が少なくとも0.6cm3/gであることを特徴とする、セリウム及びジルコニウム混合酸化物を主用成分とする組成物。」

「請求項14:

 総孔体積が少なくとも0.3cm3/gであり、当該体積は直径0.5mm以上の孔により構成されることを特徴とする、セリウム及びジルコニウム混合酸化物を主用成分とする組成物。」

「請求項20:

 請求項9~19の任意の請求項に記載の組成物を、内燃機の排放ガスの溶媒或いは溶媒の担体とする処理を行う設備。」

 

 本特許明細書には以下の内容が記載されている。

「第一実施例によれば、本発明は、総孔体積が少なくとも0.6cm3/gであることを特徴とする、セリウム及びジルコニウム混合酸化物を主成分とする組成物について更に言及する。

 第二実施例によれば、本発明は、総孔体積が少なくとも0.3cm3/gであり、この体積が主に直径0.5mm以上の孔で構成されていることを特徴とするセリウム及びジルコニウム混合酸化物を主成分とする組成物について更に言及する。

 第一実施例の組成物の総孔体積は少なくとも0.6cm3/gであり、より具体的には、少なくとも0.7cm3/gであってもよい。一般的には0.6~1.5cm3/gである。

 実施例9で得られた製品は、総孔体積が0.73cm3/gである。

 実施例10で得られた製品は、総孔体積が0.35cm3/gである。」

 

 無効審判請求人は、「請求項9~15、19、20記載の発明は上限値の限定が無く、非常に広い範囲を包括しているが、本件特許明細書には限られた実施例しか記載されておらず、明細書に支持されていない。」と主張した。

 

 これに対し特許権者は、「特許請求の範囲が明細書に支持されているか否かは、保護範囲の大小とは無関係である。当業者は特許明細書に記載された内容に基づき、本特許発明の目的を完全に得られるため、中国特許法第26条4項の規定に合致する。」と反論した。

 

 審判部合議体は、「本特許明細書には、本発明にかかる組成物の総孔体積が単に描写的な表現で記載されているだけである。本特許明細書に記載された内容に基づくと、当業者は、触媒の総孔体積及び比表面積が大きいほど、その触媒効果が全体的に向上することは認識できる。本発明の目的は、総孔体積が先行技術より遥かに大きいセリウム及びジルコニウム混合酸化物を主用成分とする組成物(触媒)を製造することであり、先行技術に対する改良点は、大きな総孔体積を有するセリウム及びジルコニウム混合酸化物を主成分とする組成物を製造することにある。本特許明細書に記載された内容から、当業者は、本発明の組成物の総孔体積が0.3~1.5cm3/gの範囲、或いは当該範囲に近い範囲であることを得られるが、請求項9~15及び19に記載された発明は、「少なくとも0.3 cm3/g 」又は「少なくとも0.6 cm3/g 」であって上限値は無制限である。一方、特許明細書には『総孔体積が1.5cm3/gを超える組成物』について一切開示されていないため、1.5 cm3/gを超える組成物が発明として成立するか否かを予期するのは困難である。したがって、請求項9~15及び19に記載された発明は、明細書に支持されておらず、中国特許法26条4項の規定に合致しない。」として、本特許権の請求項9~15、19、20記載の発明は無効であるとの審決を下した(第12760号審決)。

 

 本審決を不服とした特許権者は、北京市第一中級人民法院に審決取消訴訟を提起したが、中級人民法院は審判部合議体の認定を支持し、審決維持の判決を下した(第1121号判決)。

 

 特許権者は同判決を不服として北京市高級人民法院に上訴したが、高級人民法院は、審判部合議体及び中級人民法院の判断は妥当であると認定し、一審判決を維持、本件特許の一部無効が確定した(第112号判決)。

 

参考(北京市高級人民法院行政判決2010年3月19日付(2010)高行終字第112号より抜粋):

专利法第二十六条第四款规定,权利要求书应当以说明书为依据,说明要求专利保护的范围。本案中,独立权利要求9要求保护一种以铈和锆混合氧化物为主要成分的组合物,其特征在于它具有总孔体积至少是0.6cm3/g・・・独立权利要求14要求保护一种以铈和锆混合氧化物为主要成分的组合物,其特征在于它具有总孔体积至少是0.3cm3/g。

 

本专利说明书发明内容部分及实施例对总孔体积的记载仅仅限于0.3 cm3/g、0.35 cm3/g、0.6 cm3/g、0.7 cm3/g、0.6-1.5 cm3/g。本领域技术人员知晓催化剂的总孔体积和比表面积的数值越大,其催化效果越好。对于本领域的技术人员来说,催化剂总孔体积的合理上限应当是任何以铈和锆混合氧化物为主要成分的组合物的总孔体积所能达到的最大值,本专利说明书未对该最大值予以描述,也未描述・・・总孔体积是否能够达到该最大值或者二者之间的关系,因此,・・・本领域技术人员依据说明书的记载不能合理预期其能够达到所述最大值,即本专利权利要求9~15、19的技术方案得不到说明书的支持。

 

A公司主张,技术特征“总孔体积至少是0.6cm3/g”和“总孔体积至少是0.3cm3/g”并不包含“总孔体积远超过1.5cm3/g”,其明显具有“合理上限”,不可能无限大,本领域技术人员根据说明书及附图来确定该“合理上限”应该在1.5cm3/g附近。但是,在权利要求的保护范围是清楚的情况下,不需要用说明书及附图来解释权利要求的保护范围A公司的上述观点没有事实和法律依据,本院不予支持。

 

(日本語訳「特許法第26条第4項の規定によれば、請求項は明細書を根拠として保護を求める範囲を説明すべきである。本件において、独立請求項9はセリウム及びジルコニウム混合酸化物を主用成分とする組成物の保護を求め、その特徴は、その総孔体積が少なくとも0.6cm3/gであり、・・・独立請求項14は、セリウム及びジルコニウム混合酸化物を主成分とする組成物の保護を求め、その特徴は、その総孔体積が少なくとも0.3cm3/gである。

 

 本特許明細書の実施例で記載された総孔体積は、0.3 cm3/g、0.35 cm3/g、0.6 cm3/g、0.7 cm3/g、0.6-1.5 cm3/gである。当業者は、触媒の総孔体積及び比表面積の数値が大きいほど、その触媒効果が高まることを推測できる。触媒の総孔体積の合理的な上限は、セリウム及びジルコニウム混合酸化物を主成分とする組成物の総孔体積の最大値であるべきであるが、本特許明細書には当該最大値について何ら記載されておらず、総孔体積の最大値、或いは両者間の関係についても・・・記載されておらず、したがって、・・・当業者は本特許明細書の記載に基づいて、前記最大値を合理的に予期できず、請求項9~15、19の発明は明細書の支持を得られない。

 

 A社は、技術的特徴である“総孔体積が少なくとも0.6cm3/g”及び“総孔体積が少なくとも0.3cm3/g”は、“総孔体積が1.5cm3/gを遥かに超える”ことを含まず、明らかに“合理的な上限”を有し、無限に大きくなる可能性はなく、当業者は明細書及び図面に基づいて当該“合理的な上限”が1.5cm3/g付近であると確定できる、と主張している。しかしながら、請求項の保護範囲が明瞭である状況下においては請求項の保護範囲について明細書及び図面を用いて説明する必要がないが、A社の主張には事実及び法的根拠がなく、本院はこれを支持しない。」)

 

【留意事項】

 本事件は、中国における数値限定特許の難しさを示す典型的事案と言える。本件特許発明の特徴は、当該発明の目的達成のために、少なくとも下限値を示せば十分であると考えられ、実施例に記載された上限値を限定しなかったという理由だけで無効にされるのは、あまりに厳しすぎると言わざるを得ない。なお日本法では、無効審判段階で実施例記載の上限値を限定する訂正も可能であるが、中国法の場合、請求項に記載の範囲内でしか訂正できない。本件特許の請求の範囲には、上限値を限定した請求項が存在しないため、上限値を限定する訂正も不可能であり、最悪の結果を生むこととなったものと推測される。中国に数値限定特許を出願する際には、こうしたケースも想定し、いつでも訂正可能なように従属項に上限値、下限値のいずれも記載しておくことが望ましいと言える。ちなみに、本事件の特許権者はフランス企業、無効審判請求人は中国企業である。

■ソース
・北京市高級人民法院行政判決2010年3月19日付(2010)高行終字第112号
http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=613773 ・中国発明特許第94194552.9号(公告番号CN1039804C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2013.01.08

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