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(中国)特許明細書に記載の無い後付けの実験結果及び効果を、進歩性判断の基礎とできるか否かに関する事例

2013年05月10日

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■概要
最高人民法院(日本の「最高裁」に相当)は、特許権者は、本件特許発明の安全性、有効性及び安定性を解決するために、長期の毒性実験、急性毒性実験、一般薬理研究実験等の一連の実験及び研究を行った結果、所要の効果を得たと主張しているが、関連する技術内容は本件特許明細書に記載されておらず、本件特許発明が安全性、有効性、安定性等の面で先行技術に対して創造的な改善及び貢献をしたことの証明ができないため、これらの実験及び研究の結果を持って、請求項1記載の発明の進歩性を認定する証拠とはできない、とし、『中華人民共和国行政訴訟法』第54条第1号の規定に基づき二審判決を破棄し、本件特許権の無効が確定した。
■詳細及び留意点

 本事件は、国家知識産権局専利覆審委員会(以下、「審判部」という)合議体が下した特許無効との審決に対し、一審である北京市第一中級人民法院(日本の「地裁」に相当)で審決維持の判決が下され、これに対し二審である北京市高級人民法院(日本の「高裁」に相当)にて「一審判決を取消す」とされた判決に対し、最高人民法院にて争われた事件である。

 

 本事件の争点は、「特許明細書に記載の無い後付けの実験結果及び効果を、進歩性判断の基礎とできるか否か」である。

 

 本件特許権の請求項1に記載された発明は以下のとおりである。

「スルバクタム及びピペラシリン又はセフォタキシムからなり、

スルバクタム及びピペラシリン又はセフォタキシムを0.5-2:0.5-2の比例で混合して合成製剤を製造する、

ことを特徴とする抗β-ラクタマーゼ抗生物質複合物」。

 

 無効審判請求人は、証拠文献1(Manncke Kなど、International Journal of Antimicrobial Agents、Suppl:S47-54、1996(6))を提出し、本件特許権にかかる発明は、当該証拠文献1により進歩性を有していないと主張した。

 証拠文献1には、臨床においてスルバクタム及びピプラシル(ピペラシリン)又はセフォタキシムをそれぞれ特定の比率で併用して投与できることが開示されており、本件特許権にかかる請求項1に記載の発明と証拠文献1に開示された発明との技術的差異は、

 証拠文献1で開示された発明が、注入前にスルバクタム及びピプラシル又はセフォタキシムを混合して投与する(併用投与)ことであるのに対し、

 本件特許権にかかる請求項1に記載の発明は、スルバクタム及びピペラシリン又はセフォタキシムからなる複合物を合成製剤に製造することである。

 

 特許権者は、無効審判において以下のとおり主張した。

「合成製剤は人間に用いる薬物であり、薬物が具備すべき安全性、有効性及び安定性に合致しなければならない。

 β-ラクタマーゼ阻害剤とβ-ラクタム系抗生物質により合成製剤を製造するためには、一連の研究及び実験を行い、合成製剤の安全性、有効性及び安定性を証明・解決する必要がある。よって、本発明は証拠文献1から自明とは言えない。」

 

 審判部合議体は「異なる薬品を併用してある疾病を治療することで、良好な治療効果が得られるという証拠文献1に開示された内容に基づけば、当業者は、従来の技術でスルバクタム及びピプラシル又はセフォタキシムを混合して合成製剤を製造できる。証拠文献1に開示された発明をもとにすれば、本件特許権にかかる請求項1に記載の発明を得ることは容易に想到しうるものである。」と認定し、特許無効の審決を下した(第8113号審決)。

 

 本審決を不服とした特許権者は、中級人民法院に第8113号審決を取消すように訴えたが中級法院は審決維持の判決を下し、本判決を不服とした特許権者は、高級人民法院に対して一審判決の取消しを求めた。

 

 高級人民法院は、「審判部合議体による『スルバクタム及びピプラシル又はセフォタキシムを混合して合成製剤を製造するのは、当業者が容易に想到できる』との認定は、関連する根拠を示していない。証拠文献1に開示された併用投与と本件特許発明の合成製剤とは全く異なる技術的概念であり、両者が開示する技術には根本的な相違があり、当業者にとって自明ではない。」として、本件特許発明の進歩性を認め、一審判決を取消した。

 

 本二審判決を不服とした第三人(無効審判請求人)は、最高人民法院に対し再審請求した。最高人民法院は、

 「二審判決では、併用投与と合成製剤との相違を一方的に強調し、両者間の密接な関係を無視している。また、証拠文献1に開示された技術的内容についても、全面的且つ正確に把握せず、証拠文献1に対する請求項1記載の発明の進歩性の有無を誤認した。事実の認定及び法律の適用に誤りがある。

 特許権者は、スルバクタム及びピプラシル又はセフォタキシムから合成製剤を製造する際の安全性、有効性及び安定性の問題を解決するために、一連の実験及び研究を行い、所要の結果を得たと主張しているが、関連する技術的内容は本件特許明細書に記載されていないため、前記技術的内容を、本件特許発明が先行技術に対して創造的な改善及び貢献をしたと認定する証拠とすることはできない。よって本件特許権にかかる請求項1記載の発明は進歩性を有しない。」として二審判決を破棄し、本件特許権の無効が確定した。

 

参考(中国最高人民法院判例2011年12月17日付(2011)行提字第8号より抜粋):

 

  专利申请人在其申请专利时提交的专利说明书中公开的技术内容,是国务院专利行政部门审查专利的基础,亦是社会公众了解、传播和利用专利技术的基础。因此,专利申请人未能在专利说明书中公开的技术方案、技术效果等,一般不得作为评价专利权是否符合法定授权确权标准的依据。

 

  对于涉及药品的发明创造而言,在其符合专利法中规定的授权条件的情况下,即可授予专利权,无需另行考虑该药品是否符合其他法律法规中有关药品研制、生产的相关规定。

 

  在满足充分公开的前提下,专利申请人有权利决定其在专利说明书中公开的技术内容的具体范围,适当保留其技术要点,但也应当承担由此可能带来的不利后果。本案中,专利权人主张其为了解决涉案专利的安全性、有效性、稳定性,还进行了长期毒性试验、急性毒性试验、一般药理研究试验等一系列试验和研究,但由于相关技术内容并未记载于涉案专利说明书中,则不能体现出涉案专利在安全性、有效性、稳定性等方面对现有技术作出了创新性的改进与贡献。因此,这些试验和研究不能作为本院认定权利要求1的创造性的依据。对于专利权人有关“涉案专利说明书的撰写符合《审查指南》中的规定,专利说明书中无须记载其为了获得涉案专利而完成的其他试验和研究工作”的主张,本院亦不予支持。

 

  依据《中华人民共和国行政诉讼法》第五十四条第(一)项规定,判决如下:维持国家知识产权局专利复审委员会第8113号无效宣告请求审查决定。

 

(日本語訳「特許権者が特許出願時に提出した特許明細書に開示された技術的内容は、国務院特許行政機関が特許を審査する基礎であり、大衆が特許技術を理解し、伝達し、及び利用する基礎でもある。そのため、特許出願人が特許明細書に開示していない技術的効果などは、一般に特許権が法に定める基準に合致するか否かを判断する基礎としてはならない。

 

 薬品に関する発明創造について言えば、それが特許法に規定された権利化の基準に合致する場合、特許を受けることができる。当該薬品がその他法律や法規における薬品研究製造、生産の関連規定に合致するかどうかについては、改めて考慮する必要はない。

 

 十分な開示を満たす前提で、特許出願人は、特許明細書に記載の技術的内容の具体的な範囲を決定し、その技術的要点を適切に留保する権利を有するが、これによる不利益も負わなければならない。本件において、特許権者は、本件特許発明の安全性、有効性及び安定性を解決するために、長期の毒性実験、急性毒性実験、一般薬理研究実験等一連の実験及び研究を行ったと主張しているが、関連する技術的内容は本件特許明細書に記載されていない。したがって本件特許発明が安全性、有効性、安定性等の面で先行技術に対して創造的な改善及び貢献をしたことを証明できていない。よって、これらの実験及び研究の結果を、本裁判所が本件特許発明の進歩性を認定する証拠とすることはできない。「本件特許明細書の作成は『審査指南』の規定に合致し、特許明細書には特許を得るために完成させた実験及び研究内容を記載する必要はない。」という特許権者の主張について本院はこれを支持しない。

 

 『中華人民共和国行政訴訟法』第54条第1号の規定に基づき、中国特許庁審判部による第8113号無効審決を維持するとの判決を下す。」)

 

【留意事項】

 本事件の争点は、当初明細書に記載されていなかった特許発明の実験結果を、無効審判段階で提出(後出し)し、発明の効果における先行技術との相違を主張可能か否か、という点である。

 

 当初明細書に記載されていない実験結果(効果)を補正や訂正によって追加することは、技術内容からみて自明でない限り「新規事項の追加」として認められないのは当然であるが、後出しの実験結果を根拠として先行技術との差異を主張することもまた、「自明の範囲かどうか」にあるべきである。本事件においては、自明かどうかの議論は一切無く、単に形式的に「当初明細書に記載があったか無かったか」だけを判断しており、形式主義を採用する中国実務の難しさの一端を示す事例と言える。

 

 なお、中国の当事者系審決取消訴訟の被告は、審決を下した行政庁である国家知識産権局専利覆審委員会であり(一方当事者は第三人として訴訟参加。単独で上訴可能。)、行政事件訴訟の性格を有する。本事件において最高人民法院に再審請求したのは、被告国家知識産権局専利覆審委員会ではなく、訴訟では第三人として参加した無効審判請求人である。ちなみに特許権者も無効審判請求人のいずれも中国企業である。

■ソース
中国最高人民法院判例2011年12月17日付(2011)行提字第8号
http://ipr.court.gov.cn/zgrmfy/201207/t20120719_149655.html 中国特許第97108942.6号(公告番号CN1059086C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司
一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期

2012.12.26

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