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中国において当業者が有限回数の実験を通じて本件特許発明を得ることが可能か否かに関する事例
2013年04月25日
■概要
本無効審判事件では、特許権者が特許請求の範囲を訂正し、数値範囲の限定を独立請求項に追加した。中国専利覆審委員会(日本の「審判部」に相当。以下、「審判部」という)合議体は、本件特許は進歩性を有すると認め、「物」の発明について特許権者の主張を支持して維持したが、「方法」の発明については無効とした。■詳細及び留意点
中国国家知識産権局(以下、「中国特許庁」という)が策定した審査指南(日本の「審査基準」に相当。以下、「審査基準」という)には、請求項に記載の発明と引用文献記載の発明との相違する技術的特徴が特定の数値範囲であり、且つ当該数値範囲について当業者が有限回数の実験を通じても得られなければ、当該請求項記載の発明は進歩性を有する旨規定されている(中国特許審査基準第2部分第4章2.2参照)。
本件特許発明は、輪転機印刷用塗布紙に関する。特許権者は無効審判段階で請求項1を下記のように訂正した(下線部は従属項から追加された数値範囲の限定)。
請求項1
「広葉木材パルプ、針葉木材パルプから製造された紙パルプ、充填料及び化学添加剤を混合して製造されたベース紙を含む輪転機印刷用塗工紙において、
重量で計算すると、当該ベース紙における各紙パルプと助剤の比率が、
針葉木材パルプ:広葉木材パルプ=15~55:85~45、
充填料:紙パルプ=6~12:100、
化学添加剤:紙パルプ=0.5~5:100であり、
当該ベース紙の外面には高透気度の塗布層が施され、
塗布層は、表面サイジング層及び下地層からなり、又は表面サイジング層、下地層及び面塗布層からなり、又は下地層及び面塗布層からなり、
重量で計算すると、下地層の顔料配合比率が、
炭酸カルシウム:カオリン=100-50:0-50、
顔料:でん粉:ラテックス=100:2-6:11-7、
顔料:分散剤:消泡剤:耐水化剤:潤滑剤=100:0.05-0.10:0.05-0.10:0.3-0.7:0.5-1.0であり、
水を添加した固体含有量が64-67%である下地層塗料を配合することを特徴とする輪転機印刷用塗工紙。」
これについて無効請求人は、「訂正後の請求項1において、引用文献1に開示されていない技術的特徴は、下地層の顔料配合比率、即ち、『顔料:でん粉:ラテックス=100:2-6:11-7、顔料:分散剤:消泡剤:耐水化剤:潤滑剤=100:0.05-0.10:0.05-0.10:0.3-0.7:0.5-1.0であり、水を添加して固体含量が64-67%である下地層塗料を配合する』である。 顔料、でん粉、ラテックス、分散剤、消泡剤、耐水化剤、潤滑剤等、本技術分野で常用される各助剤の配合量及び配合する塗料の固体含有量は、当業者が実際の需要に応じて変更できるものである。引用文献1、8~10により、本件特許発明の技術的効果にいかなる優位性もないことが証明できる。」と主張した。
これについて、審判部合議体は以下のとおり認定した。
(1)前記数値範囲は単に有限回数の実験だけで得られるものではない。
(2)他の技術案を用いて本件特許発明の技術的効果を実現できることは、本件特許発明に進歩性がないことの証明にはならない。
(3)引用文献8~10に開示された各組成の配合比率は、本件特許発明と相違する。また前記技術的特徴を引用文献1記載の発明に用いる技術的示唆も記載されていない。
以上により、審判部合議体は「物」の発明である訂正後の請求項1から12を維持した。一方、「方法」の発明に関する請求項13については、前記数値範囲の限定が含まれておらず、各特徴が全て引用文献1~3、及び7に開示されているとして無効とした。
参考(中国特許庁審判部無効審決2011年3月1日付第16140号より抜粋):
在判断一项权利要求是否具备创造性时,首先要将该权利要求所述的技术方案和最接近的现有技术进行特征对比分析,确定两者之间的区别技术特征,进而考察对于所属技术领域的技术人员而言在该最接近的现有技术的基础上引入上述区别技术特征从而获得该权利要求所要保护的技术方案是否显而易见,如果是,则该权利要求不具备创造性。
合议组认为:首先,虽然本领域技术人员可以按照各种助剂的功能根据实际需要选择加入各种常用助剂,但助剂加入量的多少通常会对涂层的最终性能产生巨大的影响,并且不同种类的助剂之间也可能会产生预料不到的增效作用或协同效应,因此要获得所期望的涂层性能,需要在各种助剂的种类和用量以及固含量的确定方面进行大量的实验,并非仅仅通过有限的试验就可以得到的。其次,D1、D8-D10并未公开权利要求1的技术方案,即使用其他技术方案可以达到与本专利权利要求技术方案相同的技术效果,也不能否认权利要求1的技术方案的创造性。・・・附件8~10中也没有给出任何技术启示表明,将上述区别技术特征结合到最接近的对比文件中可以得到光泽度≥65°、粗造度≤1.2μm、油墨吸收性25~35%、耐温性大于等于180℃的轮转机印刷用涂布纸。・・・因此,请求人关于权利要求1中“涂层由预涂层、面涂层组成”的技术方案不具备创造性的无效理由不能成立。
(日本語訳「請求項が進歩性を有するか否かを判断する際、まず当該請求項に記載された発明と最も近い先行技術の技術的特徴との比較を行い、両者間の相違する技術的特徴を確定し、さらに当業者にとって当該最も近い先行技術に前記相違する技術的特徴を導入することで、当該請求項が保護する技術案を得るのが自明であるか否かについて考察する。自明であれば、当該請求項は進歩性を有さない。
合議体は以下のとおり認定する;まず、当業者は各助剤の機能に照らし、実際の需要に基づいて各種常用の助剤を選択・添加することができるが、助剤の添加量は一般的に塗布層の最終的な性能に大きな影響を与え、且つ異なる助剤間に予期できない互助作用や相乗効果が生じる可能性がある。よって、塗布層の所期の性能を得るためには、各助剤の種類、用量及び固体含有量の確定の面において数多くの実験を行う必要があり、決して有限回数の実験だけで所期の性能を得られるものではない。次に、引用文献D1、D8からD10は請求項1に記載された発明を開示しておらず、他の技術を用いて、本件特許請求項の発明と同一の技術的効果を奏することができたとしても、請求項1に記載された発明の進歩性を否定することはできない。・・・引用文献D8からD10においても、前記相違する技術的特徴を最も近い引用文献に用いて、光沢度≥65°、粗さ≤1.2μm、インキ吸収性25~35%、耐温度≥180℃の輪転機印刷用塗工紙が得られることの如何なる示唆もない。・・・したがって、請求項1に記載された「塗布層が下地層及び面塗布層からなる」との発明が進歩性を有しないという請求人の無効理由は成立しない。」)
【留意事項】
数値限定発明の進歩性判断は、世界各国の審査基準・運用において様々な考え方、議論があるが、一般論として中国の審査実務では「設計事項」と片づけられるケースも多々ある。こうした実態から見れば、本件がそもそも登録され、かつ特許権が維持されたのは特殊なケースであるとも推測できる。ちなみに本件の特許権者は中国企業、無効審判請求人は日本企業である。
■ソース
中国特許庁審判部無効審決2011年3月1日付第16140号http://www.sipo-reexam.gov.cn/reexam_out/searchdoc/decidedetail.jsp?jdh=WX16140&lx=WX 中国特許第200310112619.3号(公告番号CN1231638C)
■本文書の作成者
日高東亜国際特許事務所 弁理士 日高賢治■協力
北京信慧永光知識産権代理有限責任公司一般社団法人 日本国際知的財産保護協会
■本文書の作成時期
2012.12.14