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(中国)単数冠詞の翻訳について
2012年07月30日
■概要
英語には冠詞が存在し、単数冠詞「a」を直訳することで、中国語のクレームが必要以上に狭くなることがあり得る。日本語から英語等を介して翻訳する場合にも冠詞には注意する必要があり、単数冠詞をそのまま翻訳することにより、必要以上にクレームが限定されないよう留意する必要がある。■詳細及び留意点
北京市第一中級人民法院(2005)一中行初字第997号判決のケースでは、環状軌道を用いた移動金型の発明に関する国際出願の第1クレームにおける「an endless track」を中国国内移行時に「一环形导轨」(日本語訳「1つの環状軌道」)と訳していた。このクレーム中の記載を「至少一个环形导轨」(日本語訳「少なくとも1つの環状軌道」)とする補正が認められ、特許とされたことから、無効審判時にこのような補正が適正なものかどうかが争われた。「一环形导轨」という中国語表記について、特許権者は無効審判において、この記載は「1つの環状軌道」という意味ではなく、「一種類の環状軌道」という意味であると主張した。この主張について、「一环形导轨」とは、「一種類の環状軌道」という意味がなく、「1つの環状軌道」と解釈しなければならないと審判及び裁判で判断されている。しかし、上記の補正が適正なものかどうかについては、審判と裁判との判断は異なっている。具体的には、審判においては、明細書に記載の1つ及び2つの環状軌道を用いる発明から、請求項1の3つ以上の環状軌道を用いる発明を一義的に特定することができないという理由により、請求項1の上記の補正が新規事項追加に該当すると判断されていた。しかし、裁判においては、1つ及び2つの環状軌道の場合の実施例が明細書中に開示されており、これらの実施例から本件特許を3つ以上の環状軌道の場合にも適用できることを疑義なく導くことができるとして、この補正は元の明細書の開示を超えるものではなく適正なものであると認められている。
参考1(北京市第一中級人民法院判決(2005)一中行初字第997号より抜粋):
一、关于权利要求1的修改是否超出原始文本的范围
专利法第三十三条规定,申请人可以对其专利申请文件进行修改,但是,对发明专利申请文件的修改不得超出原说明书和权利要求书记载的范围。
首先,原始中文文本将原始英文文本权利要求1中“an endless track”翻译成“一环形导轨”,“an”可表示数量“一个”,也可泛指“一种”、“一类”等。双方当事人均未对上述中文译文有异议,而原始中文文本权利要求1中“一环形导轨”只能理解为“一个环形导轨”的含义。因此,“至少一个环形导轨”和“一环形导轨”的含义并不完全相同,原告关于“至少一个导轨”和“一导轨”范围相同的主张,本院不予支持。另外,在本专利的原始说明书中“上述大部分说明涉及多导轨模”之前的部分都是涉及双导轨模的实施例,并且整个说明书没有记载三个或三个以上导轨模的实施例,根据上下文,将“多导轨模”理解为“两个导轨模”较为恰当。
其次,判断权利要求1修改是否超范围的关键在于修改的内容能否从原申请公开的信息中直接地、毫无疑义地导出。本专利原始文本是通过“螺旋杆装置”使模块加速分离、减速重新组合,以实现减少模块数量、降低成本的目的。根据说明书中单导轨模和双导轨模的实施例,本专利原始文本对移动模的改进只涉及移动模中各个环形导轨本身的改进,即在各个环形导轨的自身回行路径上设置对模块进行加减速的螺旋杆装置,不涉及模块的结构、精度和工艺的改进,也不涉及如何对模具中模块分组和由此导致相应导轨数变化的改进,即平滑地嵌合和拆分模块以及模块的紧密配合并非本专利所要解决的技术问题。在一导轨中实施这种改进不会影响另一导轨的结构和设置。从本专利原始说明书单、双导轨模实施例中可以毫无疑义的得出本专利也同样适用三个以上导轨的技术方案。因此“至少一个环形导轨”的修改没有超出原说明书和权利要求书记载的范围,该修改符合专利法第三十三条的规定。被告关于本领域技术人员从本专利的原始文本的“导轨数为一个或两个的技术方案”不能毫无疑义地导出权利要求1“导轨数目为三个或三个以上的技术方案”的认定没有事实和法律依据,本院不予支持。
(日本語訳「一、請求項1の補正が元の出願書類の範囲を超えるか否かについて 専利法第33条の規定は、出願人はその特許出願書類について補正ができるが、ただし、特許出願書類の補正は原明細書及び特許請求の範囲の記載の範囲を超えることはできないとしている。まず、原中国語書類は、原英文請求項1中の『an endless track』を『一环形导轨』と翻訳しており、『an』は数量『一个』を示すものであり得るが、『一种(一種)』、『一类(一類)』を指すものでもある等のことがある。双方の当事者とも上記の中国語翻訳文に異議はなく、元の中国語書類の請求項1中の『一环形导轨』は『一个环形导轨(1つの環状軌道)』であると理解しなければならない。すなわち、『至少一个环形导轨』及び『一环形导轨』の意味は完全に同じではなく、原告の『至少一个导轨』及び『一导轨』の範囲が同じであるという主張は、本院は支持できない。そのほかに、本件特許の原明細書中の『上述大部分说明涉及多导轨模(上記の大部分の説明は多くの軌道のものも含む)』の前の部分は全て2つの軌道の実施例であること及び明細書全体に3つあるいは3つ以上の軌道の実施例がないことから、文脈上、『多导轨模』は2つの軌道のものであると理解するのが比較的妥当である。次に、請求項1の補正が元の範囲を超えるかどうかは、補正の内容が原出願の開示情報から直接的かつ疑義なく導くことができるかどうかにかかっている。本件特許の原出願書類は『ネジ棒装置』を用い、モジュールを加速して分離し、減速して再び組み合わせることによって、モジュール数を減少させ、コストを低減することを目的としている。明細書中の1つの軌道のもの及び2つの軌道の実施例によると、本件特許の原出願書類は移動モジュールの変更について移動モジュール中の各環状軌道本体の変更のみに関する。すなわち、各環状軌道の回る行路上に、モジュールの加減速を行うネジ棒装置を設置することは、モジュールの構造、精度及びプロセスの変更に関係せず、金型モジュールの分割の仕方、対応する軌道の数の変更にも関係しない。つまり、滑らかな嵌合及び分割、モジュールの緊密な組み合わせは本件特許が解決する技術的課題ではない。1つの軌道においてこのような変更を実施することは、別の軌道の構造及び設置に影響しない。原明細書の、1つ及び2つの軌道の実施例から、疑義なく本件特許を3つ以上の技術手段の場合に同様に適用できることが分かる。したがって、『至少一个环形导轨』という補正は原明細書及び特許請求の範囲の記載の範囲を超えるものではなく、該補正は専利法第33条の規定を満たす。被告の本領域における当業者は原出願書類の「軌道数が1つ又は2つの発明」から請求項1の「軌道数が3つ以上の発明」を疑義なく導けないとする判断には事実及び法律の根拠はなく、本院は支持できない。)
参考2:
【留意事項】
本ケースでは、明細書の記載がその技術的意味も含めて参酌され、翻訳に関する中間手続時の補正が適正なものと認められているが、気づかずに特許となってしまった場合の対応は難しいと考えられる。英語の単数冠詞「a」を直訳することで、中国語のクレームが必要以上に狭くなることがあり得る。日本語から英語等を介して翻訳する場合にも冠詞には注意する必要があり、単数冠詞をそのまま翻訳することにより、必要以上にクレームが限定されないよう留意する必要がある。
■ソース
中国特許第95192937.2号(対応PCT出願PCT/CA95/00220号)中国特許庁審判部無効審決2005年6月10日付第7282号
北京第一中級人民法院判決2006年3月6日付(2005)一中行初字第997号
http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=26107
■本文書の作成者
特許庁総務部企画調査課 古田敦浩■協力
北京林達劉知識産権代理事務所■本文書の作成時期
2012.07.02