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(中国)進歩性・当業者の技術常識に関する判断を示した事例
2012年08月21日
■概要
発明の進歩性の判断について、同様の技術的課題に直面した際、当業者に最も近い先行技術を改良する動機を与え、請求項の発明に想到させると論理付けが可能であるかという観点から検討される。本件では、構成要件の一つである測定精度を維持又は向上させるために測定時に測定対象と画像取得装置との物理的距離を一定に維持することが当業者にとって技術常識であるとする証明がなく、技術常識に該当するとしても、測定中に使用する方法、設備、計算方法、選択する光源などの具体的な実施形態は、依然として発明全体に新規性や進歩性を具備させることが可能であるとして進歩性を否定した、特許庁審判部の審決と第一審判決を取り消した。■詳細及び留意点
本件特許は、3次元形状計測装置に関するものであり、より正確な3次元画像を測定するため、一方の側から光をあて測定した場合に発生する影領域ができないように測定対象物を載せたステージを左右各方向に走査して測定をおこなうことに特徴を有する発明に関するものである。
その第1クレームは、対応する日本語の特表2006-516719号公報の第1クレームの通り以下のようなものであった。
「3次元形状を測定する装置において、
ベース部材の上側に設けられたXYZ軸移動手段と、
前記ベース部材に設けられ、測定対象物を測定位置に移動させて支持すると共に一方の側に所定の基準面が設定されたワークステージと、
前記XYZ軸移動手段によりX軸、Y軸及びZ軸に移動され、前記ワークステージに支持され固定された測定対象物の一方の側に格子イメージをN回走査して測定対象物により変形された格子イメージをN回取り込み、交互に測定対象物の他方の側にN回走査して測定対象物により変形された格子イメージをN回取り込むイメージ取り込み手段と、
前記イメージ取り込み手段の一方の側に設けられ、所定の波長を有する光を発生して入射する発光手段と、
前記ワークステージとXYZ軸移動手段とを制御してイメージ取り込み手段の一方の側に設けられた発光手段から発生した光がワークステージの一方の側に設定された基準面に入射されて反射される光イメージをイメージ取り込み手段を介して受信し、垂直距離を測定して測定対象物とイメージ取り込み手段との焦点距離を一定に保つと共に前記イメージ取り込み手段から取り込まされた変形された格子イメージをそれぞれ受信して測定対象物の3次元形状を算出する制御部とを備えることを特徴とする、3次元形状測定装置。」
このような特許に対し、無効審判請求がなされ、中国特許庁審判部(中国語「专利复审委员会」)は先行技術(中国語「现有技术」)に基づき進歩性(中国語「创造性」)がないとして特許無効の審決をおこない、出訴の後、この審決を北京市第一中級人民法院も支持した。
ここで、審判部及び中級法院の判断においては、ワークステージの基準面に入射されて反射される光を受信して垂直距離を測定し測定対象物とイメージ取り込み手段との焦点距離を一定に保つという構成は、測定対象物と距離を一定に保つことがこのような測定装置における技術的必須条件であることから技術常識(中国語「公知常识」)に属するとされていた。
しかし、その控訴審で北京市高級人民法院は、進歩性の判断においては先行技術全体に従来技術の課題解決に対する示唆・動機付けが重要あるとして、上記のような基準面を用いた構成について先行文献に何ら開示がないことから本件特許の進歩性を認め、中国特許庁審判部の審決と第一審判決を取り消した。
参考(北京市高級人民法院民事判決2012年4月24日付(2011)高民終字第464号より抜粋):
在创造性判断中,应当从最接近的现有技术和发明实际解决的技术问题出发,判断要求保护的发明对本领域的技术人员来说是否显而易见。在是否显而易见的判断过程中,要确定的是现有技术整体上是否存在某种技术启示,即现有技术是否给出将区别特征应用到该最接近的现有技术以解决其存在的技术问题的启示,这种启示会使本领域的技术人员在面对所述技术问题时,有动机改进该最接近的现有技术并获得要求保护的发明。・・・
本案中,专利复审委员会及原审第三人均未提交任何证据证明,在相同或相近技术领域中在测量时恒定地维持所述测量对象和所述图像获取装置之间的物距以确保或提高测量精度是公知常识。即使上述技术内容属于公知常识,测量中所使用的方法、设备、计算方式、所选择光源等具体的实施方式仍然可以使整体技术方案具有新颖性、创造性。不能认为测量过程中恒定地维持所述测量对象和所述图像获取装置之间的物距以确保或提高测量精度是公知常识而认为为实现这一技术目的的各种具体实施测量的方法、设备均属于公知常识。・・・
而本专利权利要求1采用具有预定波长的光能够确保物距测量的精确度。基于此,本专利能够通过“利用预设基准面以及维持物距恒定”,进而实现对测量对象本身变形的随时调焦,实现了准确测量被测物的发明目的。对比文件1、2均未披露上述技术内容,也没有给出任何技术启示。原审法院及专利复审委员会关于本专利权利要求1相对于对比文件1、2及公知常识的结合不具备创造性的认定有误,本院予以纠正。
(日本語訳:進歩性の判断においては、最も近い先行技術及び発明を実質上解決する課題に着目して、特許発明が当業者に自明であるか否かが判断される。また、自明か非自明かの判断においては、先行技術全体に、相違点に係る構成を最も近い先行技術に用いてその技術に存在していた課題を解決するという示唆、つまり、その課題に直面した際に当業者が最も近い先行技術を改良して特許発明をなす動機付けとなる示唆があるか否かを判断する必要がある。・・・
本件において、特許庁審判部及び原審の第三者は、同一又は近い技術分野において、測定精度を維持又は向上させるために、測定時に測定対象と画像取得装置との物理的距離を一定に維持することは技術常識であることを証明する何らの証拠も提出していない。たとえ技術内容が技術常識に該当するとしても、測定中に使用する方法、設備、計算方法、選択する光源などの具体的な実施形態は、依然として、発明全体に新規性や進歩性を具備させることが可能である。測定過程において測定精度を維持又は向上させるために測定対象と画像取得装置との物理的距離を一定に維持することは技術常識に該当するとしても、この技術的目的を達成するための各種の具体的な測定方法、設備も全て技術常識に該当すると考えてはならない。・・・
本件特許のクレーム1は、所定の波長を有する光によって物理的距離の測定精度を確保することができる。これに基づき、本件特許は「予め設置された基準面を利用し、物理的距離を一定に保つ」ことにより、測定対象自体の変形に応じて随時フォーカスすることを実現し、被測定物を正確に測定するという発明の目的を達成した。引用文献1及び2はいずれも上述の技術内容を開示しておらず、何らの技術的示唆もない。本特許のクレーム1が引用文献1、2及び技術常識の組み合わせに対して進歩性を具備しないとした原審裁判所及び特許庁審判部の認定には誤りがあり、本院はそれらを取り消すこととする。)
【留意事項】
進歩性判断における技術常識の認定について根拠が示されている場合でも、その技術常識を利用した特許発明の進歩性が当然に欠くということにはならないと判決は述べている。進歩性否定の認定がなされた場合の対応策として、裏付けとなる事実が明示されているか、認定された技術常識と特許発明との間に論理の飛躍が存在しないかについて検討することが重要と思われる。
あるいは、特許の無効を主張する側として考えた時には、例え当業者の技術常識に属すると思われることでも必要に応じ証拠を示しておくことが望ましい。
■ソース
北京市高級人民法院民事判決2012年4月24日(2011)高行終字第464号http://bjgy.chinacourt.org/public/paperview.php?id=828815 中国特許出願第200480003759.X号(公告番号CN100338434C、対応国際出願番号PCT/KR2004/000204)
■本文書の作成者
特許庁総務部企画調査課 根本雅成特許庁総務部企画調査課 古田敦浩
■協力
北京信慧永光知識産権代理有限公司 日本事務所 呉 毅北京林達劉知識産権代理事務所
■本文書の作成時期
2012.08.10