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中国における実用新案権の権利行使
2024年12月17日
■概要
中国において、実用新案制度は、特許に比べて審査スピードや権利化の容易さ等を理由に、主に中小企業を中心に利用されている。特許と実用新案は、いずれも専利法の保護対象であり、権利行使の場面においても、特許と実用新案はさほど違いはない。本稿では、実用新案権を中心に、被疑侵害者に対する権利行使の手段等について紹介する。■詳細及び留意点
実用新案権者は、自己の権利が侵害されていることを発見した場合、警告状・交渉、行政取締および訴訟の3つの措置を取ることができる。
1. 警告状・交渉
実務上、実用新案権者は、行政摘発または訴訟を提起する前に被疑侵害者に警告状を発送することによって、侵害を停止し損害を賠償するよう請求することが多い。警告状を発送した後、実用新案権者は、被疑侵害者と協議および交渉を行い、被疑侵害者の対応等を把握した上で、その後の戦略を構築する。
2. 行政取締の請求
2-1. 地方知識産権局への請求
実用新案権侵害行為を発見した場合、実用新案権者または利害関係人は、実際の状況に応じて、侵害行為地の専利業務管理部門(以下「地方知識産権局」という。)に取締を請求することができる(専利行政法執行弁法第29条)。なお、地方知識産権局は、紛争を解決する過程において、両当事者の意思に基づいて調停を行うことができる(専利行政法執行弁法第15条)。
2-2. 行政取締の請求のメリットとデメリット
(1) メリット
・短期間で結果が得られる。専利権紛争については、受理してから3か月以内に処理完了しなければならない(専利行政法執行弁法第21条)。
・費用が訴訟ほどかからない。請求する地方によるが、事件受理費用は一定額を納付する場合がほとんどである。また、弁護士費用については、事務所や担当弁護士のタイムチャージ等によって異なるが、通常、訴訟と比べて行政取締の方が低額である。
・証拠に対する要求が、訴訟ほど厳しくない。
・実地検証により、有力な証拠を入手できる。
(2) デメリット
・被疑侵害者が現地で一定の影響力を有する企業等である場合は、地方知識産権局の判断が地方保護主義の影響を受ける可能性がある。
・地方知識産権局は、調停(専利行政法執行弁法第15条)で解決を図る場合が多いが、調停では長期間経っても解決しない場合もある。
3. 侵害訴訟の提起
3-1. 訴訟前の準備
人民法院(裁判所)に訴訟を提起することは、実用新案権侵害紛争を解決する主たる方法である。実用新案権者が侵害訴訟を提起する場合、事前に十分な準備をしなければならず、次に挙げることから着手すべきである。
(1) 侵害証拠の收集
実用新案権者は、被疑侵害者に対する事前調査を行うことにより、被疑侵害者が侵害製品を生産・販売していることを証明する証拠を収集することができる。例えば、侵害製品の生産・販売を発見した場合、侵害製品を公証付で購入することにより実物証拠を入手する。インターネットでの侵害製品の販売を発見した場合も、公証機関によるインターネット上のウェブサイトに対する公証、およびタイムスタンプにより、証拠保全を行うことができる。
(2) 実用新案権評価報告書の請求
実用新案権者は、訴訟を提起する前に、国務院専利行政部門に実用新案権評価報告書(中国語「专利权评价报告」)の発行を請求することができる(専利法第66条第2項)。この報告における分析と結論に基づき、行使しようとする実用新案権について評価を行い、実用新案権に無効理由がないかを客観的に確認することによって、侵害訴訟の戦略をより確実にすることができる。実用新案権評価報告書は、訴訟を提起するために必須ではないが、実務において、人民法院がこの評価報告書の提出を要求することもある(最高人民法院による専利紛争案件の審理における法律適用の問題に関する若干の規定 第4条)。実用新案権評価報告書において、実用新案権者に不利な意見が提示されていない場合、専利侵害紛争の被告が答弁期間内に当該専利権の無効審判を請求している場合であっても当該紛争を審理する人民法院は裁判を停止しなくてもよい(最高人民法院による専利紛争案件の審理における法律適用の問題に関する若干の規定 第5条)。
実用新案権者だけでなく、利害関係人※および被疑侵害者も、実用新案権を付与する旨の決定が公告された後、国務院専利行政部門に実用新案権評価報告書の発行を申請することができる。また、実用新案権登録手続を行う際にも、出願人は、国務院専利行政部門に実用新案権評価報告書の発行を申請することができる(専利法実施細則第62条第1項)。従来、実用新案権評価報告書の発行を請求することができる者は、権利者と利害関係人だけであったが、2023年の専利法実施細則の改正によって、被疑侵害者にまで拡張された。また、申請ができる時期は、従来、実用新案権を付与する旨の決定が公告された後のみであったが、この改正によって申請時期が追加され、出願人が登録手続を行う際にも申請可能となった。
※ 利害関係人とは、専利権侵害紛争について人民法院に対して起訴するか、または国務院専利行政部門に処理を請求する者をいう。例えば、専利実施独占許可契約の被許諾人、専利権者によって起訴権を授与された専利実施通常普通契約の被許諾人が該当する(専利審査指南第5部第10章2.1)。
(3) 人民法院の選択
実用新案権に基づき権利侵害訴訟を提起する場合、侵害行為地または被告住所の所在地の人民法院が管轄する。侵害行為地として、被疑侵害製品の製造、使用、販売の申出、販売、輸入等を行った場所が挙げられる。専利紛争に係る第一審事件については、各省、自治区、直轄市政府所在地の中級人民法院(北京、上海、広東(深セン以外)、海南は、それぞれ北京知識産権法院、上海知識産権法院、広州知識産権法院、海南省自由貿易港知識産権法院が管轄する)と、最高人民法院の指定した中級人民法院とが管轄する(最高人民法院による第一審知的財産権に係る民事および行政案件の管轄に関する若干規定 第1条)。すなわち、第一審専利事件の裁判管轄は中級人民法院に限られ、かつ特定の中級人民法院のみが専利事件に関する管轄権を有する。
(4) 訴訟の時効
実用新案権侵害の提訴時効は3年である。その期間は、実用新案権者または利害関係人が権利侵害行為および侵害者を知った日または知り得た日から起算する(専利法第74条)。したがって、訴訟時効の経過による敗訴を避けるために、専利権者は、侵害行為を知った日または知り得る日から3年以内に訴訟を提起しなければならない。
3-2. 訴訟のメリットとデメリット
(1) メリット
・訴訟を提起することにより、被疑侵害者に強いプレッシャーをかけることができる。被疑侵害者が自ら侵害の停止や和解を求める場合もある。相手方が侵害を認めない場合でも、人民法院に判決を求めることができる。
・人民法院が被疑侵害者の権利侵害行為を認めた場合、判決書は法的拘束力を有するので、侵害者が判決書に要求される義務を履行しなければ、強制執行を申請することもできる。
(2) デメリット
・結論が得られるまでに時間がかかる(民事訴訟法152条において、一審の審理期間は6か月と規定されているが、実務上、審理期間が1年以上になる場合がよく見受けられる。)。
・費用がかかる(訴訟費用は損害賠償の請求額によっており、請求額が高ければ訴訟費用も高額になる。例えば、請求額が100万元の場合、訴訟費用は13,800元で、請求額が1,000万元の場合、訴訟費用は81,800元となる。)。
4. 権利行使中にあり得る抗弁
権利行使において、通常、被疑侵害者は非侵害の抗弁を行うが、抗弁の理由としては、提訴時効の抗弁(専利法第74条)、権利消尽の抗弁(専利法第75条第1項第1号)、自有権利の抗弁(実施権を有する抗弁;専利法第11条反対解釈)、無効審判請求の抗弁(専利法第47条)、公知技術の抗弁(専利法第67条)、先使用権の抗弁(専利法第75条第1項第2号)が挙げられるが、実務においてよく利用されている抗弁は、主に無効審判請求の抗弁、公知技術の抗弁、先使用権の抗弁である。
4-1. 無効審判請求の抗弁
被疑侵害者が最もよく利用する抗弁が、無効審判請求の抗弁である。この抗弁は、特許と比較して審査・許可が簡易な実用新案権の場合によくみられる。しかし、無効審判の請求は、復審および無効審判部(中国語「复审和无效审理部」、以下「審判部」という。)にしか提起できず、人民法院またはその他の行政機関に請求することができない。これは、実用新案権の有効性についての審理を行うのは審判部の専権事項だからである。人民法院が受理した実用新案権侵害事件において、被告が答弁期間内に実用新案権の無効審判を請求した場合、通常、人民法院は訴訟を停止しなければならない(最高人民法院による専利紛争案件の審理における法律適用の問題に関する若干の規定 第5条)。ただし、実用新案権評価報告書において権利者に不利な意見が提示されていない場合、実用新案権侵害を審理する人民法院は裁判を停止しなくてもよい。
加えて、被告が審判部に係争実用新案権について無効審判を提出した場合、権利者は、係争実用新案権のクレームに対して一定の訂正を行うことにより(専利法実施細則第73条)、係争実用新案権の安定性を強化することができ、司法実務において、無効審判における権利者の訂正を経て、実用新案権の一部のみが無効にされたケースが多数存在する。
なお、行政取締においては、被疑侵害者が審判部に無効審判を請求したことにより行政取締が停止されるか否かについてはまだ明確な規定はないが、実務上、地方知識産権局により、実情に応じて取締手続を停止するか否かが決定されている。
4-2. 公知技術の抗弁
2008年改正専利法において「公知技術の抗弁制度」が導入され、被疑侵害者が、自己の実施した技術が公知技術であることを証明する証拠を有する場合は、実用新案権の侵害にはならない(専利法第67条)。近年、実用新案権侵害訴訟において、公知技術の抗弁は被告に広く利用されている。
公知技術の判断基準としては、実用新案権の保護範囲に属すると訴えられた全ての技術的特徴が、ある既存技術における相応した技術的特徴と同一、あるいは実質的な相違がない場合、人民法院は、権利侵害で訴えられた者が実施した技術が、公知技術の抗弁が成立する既存技術であると認定する(最高人民法院による専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈 第14条)。
4-3. 先使用権の抗弁
専利法では、実用新案出願日前にすでに同一製品を製造し、同一方法を使用し、またはすでに製造・使用の準備を完了し、かつ従来の範囲内でのみ引き続き製造・使用する場合には、実用新案権を侵害しない旨規定されている(専利法第75条第2号)。本規定に基づくいわゆる「先使用権の抗弁」によって、権利者と同一内容の実用新案を実施した場合であっても、その出願日前にすでに独立して同一内容の実用新案を完成させた者、または合法的に技術を知得した者は、引き続きその技術を使用することができる。
被疑侵害者は、侵害訴訟において先使用権の抗弁ができるものの、先使用権の成立の要件は比較的厳格であり、司法実務上、先使用権の抗弁を主張する事例は多いが、被告の先使用権の抗弁が人民法院によって認められた事例は多くない。その主な理由は、先使用を証明できる証拠が不十分であったため、その先使用を完全に立証することができなかったためである。したがって、先使用権の抗弁で重要なことは、証拠の収集およびその真実性の確保にある。
5. 留意事項
以上のとおり、実用新案権が侵害された場合にとり得る権利行使の手段としては、警告状・交渉、行政取締および訴訟があり、特許と大きな違いはない。また、中国の実用新案制度は、小発明、小創造を奨励し、特許と比較して審査・許可が簡単かつ迅速で、かかる費用も低額である。そのため、特に中小企業の技術的成果を保護する上で有効である。
実用新案権の侵害に対する有効な措置は様々あるものの、実用新案権者が実用新案権を行使する際、または被疑侵害者に対する対抗措置を取る前に、先ず国務院専利行政部門に実用新案権評価報告書の発行を請求することが望ましい。そうすることで、評価報告書の分析と結論から、行使しようとする実用新案権を見直し、その実用新案権に無効理由がないことを客観的に確認することにより、権利行使の方策をより確実に定めることができる。
実用新案権に基づく訴訟を提起した後に無効審決が確定し、権利者の悪意により他人に損害をもたらしたことが立証された場合、権利者は、その損害について賠償しなければならない。しかし、実務上、悪意に関する立証は難しく、かつ、人民法院も非常に慎重に判断を行うので、実用新案権に基づき訴訟を提起した後に権利が無効とされた場合でも、被疑侵害者に損害賠償金を支払うリスクは、さほど大きくない。
現在、権利者の悪意の証明に関する明確な法的根拠はないものの、北京市高級人民法院「専利権侵害判定指南(2017)」において、次の場合が悪意により専利権を取得した場合として規定されている(北京市高級人民法院「専利権侵害判定指南(2017)」六、専利権侵害抗弁(二)専利権抗弁の濫用 127)。
・出願日前に専利権者が明確に知っている国家標準、業界標準等の技術標準に記載された技術的解決手段で出願して、かつ、専利権を取得した場合
・国家標準、業界標準等の技術標準の制定参加者は、上記標準の起案、制定等の過程において明確に知った他人の技術的解決手段で出願して、かつ、専利権を取得した場合
・ある地域で広く製造または使用されている製品であると明確に知りながらも、その製品で出願して、かつ、専利権を取得した場合
・実験データを捏造し、技術的効果を偽る等の手段をもって、係争専利が専利法の権利付与条件を満たすように見せ、かつ、専利権を取得した場合
・域外で既に公開された専利出願書類に開示された技術的解決手段を中国に出願して、かつ、専利権を取得した場合
この専利権侵害判定指南は、全国の人民法院に適用される司法解釈ではないが、これまでの司法実務上の判断と一致しており参考に値する。
■ソース
・中国専利法(2020年改正)(中国語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/regulation/regulation20210601.pdf
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/regulation/20210601_jp.pdf
・中国専利法実施細則(2023年12月11日改正)
(中国語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/origin/admin20240120_1.pdf
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/admin/20240120_1.pdf
・中国専利審査指南(2023年改正)
(中国語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20240120_2.pdf
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20240120_1.pdf
・専利行政法執行弁法(2015年7月1日施行)
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20150701.pdf
・最高人民法院による第一審知的財産権に係る民事および行政案件の管轄に関する若干規定
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/interpret/20220501_1.pdf
・最高人民法院による専利紛争案件の審理における法律適用の問題に関する若干の規定
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/interpret/20210101_2.pdf
・最高人民法院による専利権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/interpret/20091228.pdf
・北京市高級人民法院「専利権侵害判定指南(2017)」
(日本語)https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/law/pdf/section/20170420.pdf
・中国民事訴訟法
(中国語)https://flk.npc.gov.cn/detail2.html?ZmY4MDgxODE3ZWQ3NjZlYTAxN2VlNmFiOTlhZDFjYmM=
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■本文書の作成者
北京林達劉知識産権代理事務所■協力
日本国際知的財産保護協会■本文書の作成時期
2024.09.03